ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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春樹の追想 秋樹とサッカー

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佐山 秋樹、こいつは俺が物心つく前から一緒にいる兄弟のような男だった。

両親が俺たちが生まれる前からの友人で、俺が春に生まれたからハルキ、こいつが秋に生まれたからシュウキと名付けられた。

幼、小、中、高と一緒に過ごしたこの兄弟は、揃って小学校の頃からサッカーを行ってきた。

俺たちはプロになる!!

そう言って2人ボールを蹴り続けたのだ。そのきっかけは中学の頃、2人で自国開催のワールドカップを見に行った時の感動だった。

スタジアムに入るまでの人の多さや熱量もさることながら、普段なら身近にいない大勢の外国人が自国の勝利を願い声を上げる。
その声にブーイングや拍手が起こる。戦う前の闘争心と尊敬が交差する空間で俺たちは浮かれていた。

そしてスタジアムに入り、コンコースからスタンドに入った瞬間の景色が忘れられなかった。
5万を超える観客がカメラをフィールドに向けている。そのフラッシュの数たるやもうすぐ始まろうとする狂宴を、今か今かと待ちわびる人々の熱に俺は身の毛のよだつような感覚に陥った。

“武者震い"

俺がプレーをするわけではないのに起こる感覚に俺は感動していた。

その日の試合は日本代表が自国で初勝利をした。
その瞬間、この現場にいた…いや、日本中が勝利の歓喜に酔いしれた。

その日、帰りの道中で俺と秋樹は互いに顔を見なかった。いや、感動から互いの顔を見ることが出来なかった。お互いにあるのはため息だけだった。

「秋、俺は…絶対に代表になってやる。お前と…一緒に…」と、俺は呟いた。それに対して、秋樹は
「ああ」と返しただけだった。
それ以上の言葉いらなかった。

そこから俺たちは2人、練習を重ねた。
背の高い俺と足の速い秋樹、揃ってFWの2トップを任されていると、2人がゴールを量産する。

ゴールを決めると互いの拳を当てて、その後胸を叩く。そして再度互いの拳を合わせる。それが中学の頃どちらかが言わずとも自然と形成された儀式だった。

そして、中学で俺たちは同い年の四季に出会う。
サッカー部のマネージャーをしていた四季は目立たないが容姿は良かった。

その為、サッカー部のヤロー共には隠れ美人として人気だったが、告白してきた連中は悉く玉砕していったらしい。俺たちと仲良くなった四季にその話を聞いた時は2人して戦友の玉砕を笑い、そしてまた同志の玉砕を残念がった。

ただ俺も秋樹も当然好きになった。だが、どちらも告白する事なく中学を卒業した。もちろん、話す機会も多かった為、帰りは2人で四季を送って帰ったこともある。

3人でいる時間は楽しく、中学卒業後も3人同じ高校へ通った。

だが、ある日…2人の関係は一変した。
なんと俺たちはU-18日本代表に選ばれる事となり、プロへの道も見えてきたのだ。

その事でプレーへの意識がガラリと変わった。
双方に要求しあい、相反しあい、良いライバルとしての意識も芽生えてきたのだ。

背の低い秋は裏への抜け出しとプレイスキック、俺はポストプレーとヘッドを徹底的に練習した。互いの短所を補い、長所を伸ばすべく…。

すると、アンダー世代の代表合宿へ招集がかかったのだ。
それには互いに喜び合い、そして励まし合って合宿に向かった。
だがそこは今までのイメージが崩れるほど次元が違った。動きのキレやテクの質が違い過ぎ、意識も普通の高校生とは違った。

とはいえ、サッカーをする時間は楽しかった。

だがある日の練習試合で事件は起こった。
俺は秋樹と違うチームとなり、争う事となった。
結果だけいうと、1-0。俺のいたチームは勝ったらしい。だが、その試合の結果はその日の俺は知らなかった。

なぜかというと、コーナーキックを得て俺はヘッドを決めるべく秋樹ともう一人の選手とポジション争いをした…。そして、蹴り込まれたボールは俺の頭にジャストミートし、ボールはゴールへと向かう。俺の得点だった。

だが、俺はその後キーパーと交錯し転倒する。その際、膝を強く強打する。そして、体勢を崩した秋が
その足の上にのしかかると"ゴキッ”という嫌な音が耳に入る。

その瞬間、強い痛みが俺の足に走る。

強い痛みに悶絶する俺に試合は中断し、心配そうに秋は俺を見ていた。そしてすぐにタンカで運ばれて病院に送られた。

診断結果は骨折だけではなく膝の皿が割れていた。日常の生活にはさほど問題はないというが、激しい運動は出来なくなった。

…そう、事実上の引退勧告だった。

その衝撃は計り知れず、俺は呆然とした。
夢、潰えたのだ…。

そこから俺は回復し、再度歩けるようになったが、何も手につかなくなった。

ある日、秋樹が見舞いに来た。
この怪我は俺が引き起こしたと思っているらしく、何度も何度も謝ってきたが、この日の秋樹は違った。

「よう、兄弟。やっぱ、お前がいねーと俺はサッカー出来ねえよ。だから…俺、サッカー辞める」
その発言に俺は激怒した。ベッドから身を乗り出して俺は秋のシャツを締め上げる。

「出来ねえじゃねぇよ、馬鹿野郎。お前はサッカー、出来るんだ!!やるんだよ、くそが!!俺みたいに本当に出来ない訳じゃねぇだろ!!」
というと、秋樹は顔を背けて弱々しくいう。

「あの怪我は俺が原因だ。俺がこの身体で壊したんだ。あの感覚は…もう思い出したくない…」と言いきる前に俺は秋樹を殴った。秋はぽかんとした表情から怒りを含んだ表情に変わる。

「いてーな、何すんだ!!」

「何すんだじゃねぇよ!!この甘ったれのクソが!!もう二度と顔を見せるな、このヘタレ!!」
といい、俺は布団を被る。

その様子を見た秋樹は部屋から飛び出して行った。その様子を布団の中で感じ俺は泣いた。そして初めて他者を強く羨んだ。

秋樹とは幼い頃からよく喧嘩をしていたが、ここまで顔を見たくない日はなかった。その日から秋樹は見舞いに来なくなり、俺もサッカーと距離を置いた。

そして、1ヶ月後、退院の日を迎える。
松葉杖をついて歩く俺と両親に医者、看護師が退院を祝う。それに対して俺は御礼を言って帰るのだが、俺の後から声をかけてくる男がいた。もちろん、声の持ち主は秋樹だ。

俺はその声の方に向かって振り返ると案の定、秋樹と四季が待っていた。俺は秋樹の顔を見ることなく四季の方へ向かって行き、「来てくれたんだ、ありがとう」と心無く告げると四季は少し戸惑う。秋樹を気にしているようだ。

そして、秋樹を無視するように松葉杖で歩いていると秋樹は「おい、待てよ!!」と声を出す。

「俺は甘ちゃんには用はない。顔を見せるな、ヘタレ」と返事をすると、秋樹は再び俺の前に立ち手を掲げた。

その手には代表のユニフォームを持ち、背番号も11とエースナンバーだった。初代表で11番を背負って立つなど出来ることではない。

それ以上に、背番号の下に書いてある名前表記のローマ字を見て驚いた。

そこには“AKI”と書いてあった。それは中学時代に俺と四季は秋樹のあだ名をアキにしようとした。だが自分はシュウキだと言って嫌がった。

「お前の思いも背負って戦う。俺は日本を代表する選手になってみせるから、お前も一緒に戦ってくれ!!」

「やっぱヘタレだ…、日本じゃ狭いよ。お前は世界を代表する選手に成りやがれ」

というと、俺は右手を差し出した。それを見たシュウ…いや、アキは顔を伏せながら右手を差し出して2人のいつもの儀式をした。

そこから秋樹は変わった。

ワントップにポジションが変わり、俺が得意としていたポストプレーと、秋樹の得意な裏への抜け出しをこなす。

俺が理想とするプレーで、一人でゴールを量産し、アンダー世代の代表でもスタメンを張るようになる。強豪と呼ばれるプロチームからのオファーも来ていた。その為、俺達とは距離が自然と離れてくると思っていた。

 だが彼は強豪チームを選ぶことなく、地元チームを選ぶ。金はなく、優勝経験もないそのチームを彼は俺達と離れたくないからと言って選んだのだ。
 そして、入団後もチームの顔として現在に至るまで所属する。

 ゴールを決めるとあのパフォーマンスを行っている。俺と四季が観戦に行くと決まって俺達の所に来てくれる。

 入団15年目で初優勝をした時はセンターサークルで泣き崩れた姿は未だに俺の胸に刻まれている。そして、三度目の優勝した今期を最後のチャンスとイングランドに移籍が決まった。

 その間、彼は結婚することなくシーズンオフには俺達の自宅で過ごすことが年間の日常だ。
 何故結婚しなかったかということ、彼は四季が好きだったのだ。だが、入院を機に付き合いだした俺と四季は別れる事なく結婚する。
 だが、彼にとってはそんな事はどうでも良かったらしい。
 3人の関係が、変わる事なく続いたのは彼が本当は俺達とずっといたかった、家族になりたいと願っていたと、結婚式前夜に聞いたからだ。
 だからこそ冬樹が生まれた時は彼も自分のことのように喜び、可愛がった。俺は秋樹に何かが俺にあれば四季の事を託すことができた。

 だから俺が死んだ時は相当ショックを受け、移植手術の件を聞いた際にはどんな形でも生きて欲しいと祈ったらしい。
 だが、手術が終わり俺の葬儀の日も彼は試合があったらしく、試合には出ないと四季に喚いていたそうだ。
 だが、四季に諭されて試合に出た。
 そこで彼は獅子奮迅の活躍をし、ゴールを決める度に俺達との絆を確かめる為のパフォーマンスをしたらしいがハットトリックを決めた時には力無く泣いたそうだ。インタビューでも

「今日は一人だけの為に祈らせて下さい。皆さん、すいません…」とだけ言ってプレスを躱し、一人泣いたそうだ。

 そして、地元に戻ると香川 夏姫が目覚めるのを四季と共に待ったそうだ。

 そして今日、俺と再会するのだった。
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