ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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第7話 夏樹と秋樹

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俺は放火事件から半年後、ようやく香川 夏姫の体で日常の生活が出来る身体を取り戻した。
これからは自宅療養を主眼に、退院し、香川宅にお世話になる事になった。

お世話になるとはいえ、この身体の持ち主はもともと香川夫妻の娘、夏姫のものである。脳だけが返却不可能な状態であるため、否応なく身体は俺を道連れに他人の敷地で暮らす事となる。

決めたのは俺だが…。

さて香川宅に帰って退院祝いをした翌日、俺は夏姫母に呼ばれた。

俺は昨晩用意されていたピンクのパジャマを着たままリビングに降りると、夏姫母がニコニコしながら俺に話しかける。

「さて、夏樹ちゃん。これからは女の子の生活を送るべく、着替えと荷物の整理をしましょう」だそうだ。俺は力なく「はぁい」と返事をし、新しい自分の部屋へと夏姫母と向かう。

部屋の中に入ってまずは着替えをするのだが、無難にTシャツとジーンズを取り出そうとした途端に、夏姫母に呼び止められた。

「夏樹ちゃん、せっかくかわいいのに、そんな服はもったいないわよ。もっとかわいいのを着なきゃ!!」と、笑顔の裏に無言の圧力をかけてくる。

「…いや、分かってはいるんですが、流石に抵抗が…。やっぱ、中身がおっさんなものでそう簡単には…。シンプルに可愛く着こなす事も重要だと思いますし、慣れるまでは…」

というと、夏姫母は大きく目を開いて言う。

「ダメよ、夏樹ちゃん。慣れっていうのは恐ろしいの。シンプルな着こなしが身に付いたらそれこそ、これでいいかって思うようになるわ!!何事も最初が肝心なの!!」といい、夏姫の衣装ケースから長袖の水色のワンピースを取り出した。

胸部はスマートだが、スカート部は広がっているもので、フリルやリボンが程よいアクセントになっているものだった。

俺はそれを見て固まった。確かにそれはかわいいかもだけど…、そんな服は一般的に着てる子いる!?どう考えても発表会の衣装だ!!

「あの、つゆさん?それは流石に…無理です。日常的に着ないと思います!!」初日から反抗をしてしまっているが、できないことは出来ない。

「えぇ~、似合うのに!!じゃあ、これは?」と差し出す物もどう考えても、ゴスロリの衣装だった。

俺はまたしても首を振る。じゃあ、と次に出してきたのはなんとメイド服。これには驚いた。
娘の衣装ケースにメイド服を入れる親って!!
と思うが、まぁ子供を着せ替え人形にしたがる気持ちも分からなくはない。

四季も冬樹に対してそうだった。嫌がる冬樹に女の子の服を着せるのが楽しかったようだ。

「あの…つゆさん。夏姫さんにもこんな感じだったんですか?」

「いいえ、あの子は反抗期だったからこういうのは着てくれなかったの…。かわいいから、一度でいいからきて欲しいなぁって…」と、夏姫母が悲しそうな表情で言う。

そんな表情で言われると、なんか夏姫母が不憫に思えてきた俺は情にほだされてしまった。

「はぁ~。着ますよ。どれを着ればいいですか?」

と、ため息混じりに言うと夏姫母はパッと明るくなり、「じゃあ」と言って黒のゴスロリ衣装を差し出した。

…やられた。

そう思いながらも俺はそれを渋々着る。
ところどころ夏姫母に手伝ってもらい着終わると、俺はスタンドミラーの前に立って、香川 夏樹の姿を見た。

その姿は細く凹凸のない華奢な体は、少しぶかぶかな黒いゴスロリのワンピースを着ていた。
それだけでも可愛いのだが、夏樹の髪は短く白いせいで余計に黒と白のコントラストがはっきりする。

自分で言うのもなんだが、もはやこの世のものでないような印象を受ける。

「はぁ、可愛い。やっぱり私の娘。何を着ても似合うわぁ~」
夏姫母は恍惚そうな表情で俺を見る。

「まるで、妖精みたいね。黒い服が白い髪を映えさせるわ」と言い、夏姫母は俺の髪を撫で始める。

「けど…あなたの髪、染めなくていいの?」

「…はい」

「どうして?」

俺は鏡に映る自分を見る。撫でられている髪は確かに普通の女の子の髪の色ではない。

だが、俺自身が普通じゃない。

「これが“香川 夏樹”なんです」

この髪が、今の俺のアイデンティティである。目覚めた時から俺を香川 夏樹として認識させる唯一の手段であるこの髪を染めてしまっては自分がわからなくなりそうだった。

「この身体に慣れてきたら染め直します。それまでは…このままで」と、俺は顔を俯かせる。

「わかったわ。夏樹ちゃんが、夏樹になるまでは何も言わないわ。それに、綺麗な白だものね。不自然な黒に染めるよりこのままのほうがいいわ」

夏姫母が私の後ろから抱きつく。
俺はそれに対して、「すみません」というほかなかった。

「謝る必要はないわ。それじゃあ、続きをしましょう」

俺は「何を?」と思ったが目を輝かせてこちらを見る夏姫母の様子を見て、不安がよぎる。
絶対に整理ではない、着せ替えだ!!と思うと俺の背筋が凍る。

その後も数着の衣装をあれやこれやで着せられた。
 
…タスケテ、ドラエモン…

 ※

ピンポーン…

玄関のチャイムがなると夏姫母は「もうこんな時間?」と、ドアホンのある1階へ降りていく。

時計を見ると、着せ替えが始まって1時間が経っていた。

俺ははぁ…とため息をつきながらベッドに横になると、天井を見上げた。
この家が自分の家だという認識が持てない今、この家族と、どう接するべきなのかわからない。

だがこの家族の一員になると決めた以上は女の子、香川 夏樹にならないといけない。

…俺が夏樹に、女の子になれるのだろうか…。

ベッドから立ち上がって、再び鏡を目にする。
ようやくこの身体にも慣れてきた。心が乱れて気を失ったり、泣いたりすることもなくなった。

ただ、鏡の中で立ち尽くす女の子が自分なのか、実は鏡ではなく夏姫を映したただ板なのではないかと感じる。

俺は鏡の前でせくしぃなポーズを取ってみる。
それに合わせて目の前の夏樹も同じ格好をする。
目の前にあるのはやはり鏡だった。

その瞬間、鏡越しのドアの向こうに人影写る。
その人影は四季だった。四季は、どうやら笑いをこらえているように見えるが、鏡越しに俺と目が合うと、堰を切ったように大笑いをする。

「あははははは。ひー、お腹痛い!!春…じゃなくて、ナツキチャン、カワイイヨ!!あははは!!」

俺はその笑い声を聞いて「なっ!!」と言って顔を真っ赤にする。後ろでは夏姫母も笑いをこらえている。

「何?可愛い服を着て、そのポーズって昭和臭しかしないよ!!ひー。あなたの考える女の子らしいポーズってそれ?」
…なんで四季がいるんだよ!!しかも嫁にこんな姿を見られるなんて…

「死にたい…」しばらく笑い転げている四季を横目に呟く。

「ごめん、ごめんって!!つゆさんと買い物に行く約束をしてたから」
四季は笑いを止めようと、呼吸を整えながら話す。

「買い物?」

「そう、買い物。あなたの服を買わないといけないんだって。私も行きたいじゃん?かわいい女の子の服えらびたいじゃん!!」と、落ち着いた四季が目を輝かせて興奮気味にいう。

…そうでした、あなた女の子も欲しかったもんね。
次が女の子とは限らないから作れなかったもんな…

「わかったよ、お母さん」
俺は渋々四季の要求を飲むと四季は「判ればよろしい」と、ふんすという満足そうに息を吐く。

それを見ていた夏姫母は俺をうらめしそうに見て

「四季さんだけずるい。夏樹ちゃんのお母さんは私なんだから、私のこともお母さんと呼んで!!」と嘆願する。

「それはちょっと…」

確かに俺は夏姫母のことをつゆさんとしか呼ばない。年の近い…いや、近かった女性(四季を除く)に対してお母さんとは口が裂けても言えない。いや、夏姫母なのだから別に構わないはずだけど、なんか呼べなかった。

すると、夏姫母は涙目になりながらこちらをみると「なんなら、ママでもいいわよ?」などと言ってくる。

「勘弁してくださいよ…お義母さん…」と、諦めて口にする。恥ずかしいから言い方は四季の母のように呼ぶことにする。

「なんかちょっと違うきがするけど…まぁいいか」と、こちらをジト目で見ながらいう。

なんでこの人はこんなに鋭いのだろうと感じるが、考えたら負けだ。…いや、なんか目が覚めてから今まで押し負け続けている気がしてならない。

「まぁ、徐々に慣れてくれるといいわ」
と、夏樹母改めお義母さんは呟く。

「あ…」と、四季が思い出したように俺を見る。

「夏樹ちゃん…、あなたに会いたがっている人がいるの…。今車で待っているんだけど、会う?」

その目は真剣そのものでこちらを見る。俺もその目で誰が来ているのかすぐに分かった。
おそらくあいつだ。

俺は「うん」と頷くと、四季は「じゃあ…」と言って部屋から出て行った。お義母さんは誰が来たのかわからないらしく、首を横に傾けていた。

俺は着せ替え人形の様に着ていた服の中からまともそうな服を選んで着替える。

その途中、お義母さんは「夏樹ちゃん、誰がくるの?」と聞いてくる。

「…俺の兄弟みたいな奴で、今一番会いたいやつです」と、言うとお義母さんは少し複雑そうな顔をする。

「ダメですか?伝えとかないといけない事があるので…」というと、お義母さんは了解してくれた。

着替えが終わると、俺は下の階にいく。少し小さい靴を履いて、玄関のドアの前でゆっくり深呼吸をするとドアを開ける。

玄関の門を開けると、外に白い車が停まっていた。
BWMに乗っているであろうその男に会うのは10ヶ月ぶりだが、この姿で会うのは初めてだ。

四季と共に車道側に行き、運転席を見ると窓は開いていて、そこにはサングラスをかけた軽そうな30代の男が乗っていた。その男はサングラスを外して俺を見るとしばらく硬直する…がすぐに

「…よう、会いたかったぜ、兄弟!!えらく可愛くなっちゃって…」

と、言うと俺の前に手を伸ばしてきた。
その手は握り拳で、よく見ると小刻みに震えている。

俺はその手に向かって同じように拳を突き返して当てる。そしてお互いに自分の胸を2度叩くと俺は、

「俺もだ、兄弟。会いたかった…秋樹《アキ》」

と、言って再度互いの拳を合わせる。

…俺たちのゴールは、二人の誇り、俺たちの絆…
そういった意味を持つこの儀式は、俺たちの中学の頃からの絆の確認だった。

儀式をを終えた秋樹と呼ばれる男は黙って頷く。
不思議そうに見ていたお義母さんは何かを思い出したように「あー!!」と声を上げる

「サッカー日本代表の…佐山 秋樹《さやま しゅうき》さんじゃないですか!!」と、驚いている。

そう、こいつはサッカー日本代表のFWで、地元プロチームのキャプテンを務める男だ。
そして、俺が生まれた時から一緒にいた兄弟のような男だった。
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