ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬カナン

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第6話 夏姫と夏樹

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夕食後、俺は一人立ち尽くしていた。
お風呂だ…。

初めて一人で入浴をするのだが、四季曰く「女の子は大変だから」とのことで、最初は夏姫母と入浴するという流れになった?
 
だが、俺は大慌てでそれを固辞する。それはもちろん、年の近いオバ…ゴホン、夏姫母との入浴なんて男だった俺としては認められない。むしろ、夏姫父に申し訳ない。

なので、一人で入る事を強く推したのだが、慣れるまではダメとのこと。ならば四季と一緒に入る羽目になる。

う~ん、確かに四季ならば若い頃から嫌というほど、その裸体を抱いて…おほん、ごほん。見てきたから今更なんて事はないのだが、めんどくさい。

そして、冬樹が夏姫父と入浴している間、四季は荷物を取りに家に帰っていた。…というか、冬樹もよく初対面で入れるよな…。あとあと聞くと、たまに夏姫父と遊んでもらっていたようで、よく懐いているらしい。

そして四季が帰ってくると、俺にとっては処刑に近い状態の入浴が始まる。

まず、最初に髪を洗う。その時はまずブラシで髪をブラッシングをし、予洗いをしてから優しく洗い、しっかりとすすぐ。爪を立てたり髪を痛める行為は厳禁との事。その後もコンディショナーを使いしっかりと髪に馴染ませる。そしてコンディショナーが残らないようにしっかりと洗い流す。

まぁ、男の時も多少は意識して行っていた行為だが、女の子は繊細だからと四季に口うるさく教えられる。

…髪の毛全体が白髪に近いのになんでここまでするんだ?とも思うが、14歳という思春期真っ只中の身体は大切に!!だそうだ。

中身はおっさんですいません。

次に顔の洗い方。洗顔フォームをネットで泡だて、顔に乗せて優しく撫でるように洗う。強く擦らないように、優しく洗ったら泡が残らないようにこれまた優しく流す。うん、めんどくさい。

がっとつけて、バッと洗って、ざっと流したらあかんの?と関西訛りで思うが、それもダメらしい。

そして最後に身体を洗うのだが、四季はそれを見て呟く。

「はぁ、あなたも小さくなっちゃったね…」

「そうだな。俺もまさか女の子になるなんて思ってなかったよ」
俺は身体にシャワーでお湯をかけながら話す

「生きているだけ儲けもの…なのかしらね…」

「そうだな…」それを聞いてしばらく考える。

「はぁ、けど可愛い子だよね、夏姫ちゃんって…。細いし、肌はきめ細かいし、髪の毛は雪のように白い。なんか腹が立ってくるわ…」と、四季は俺の後ろで黒いオーラを発している。怖っ!!

四季も出産し少し肉がついたとは思うが、それなりに細く、綺麗な方だ…。年齢的には?

「お前も少し痩せたな…。俺が死ぬ前よりは…」というと、四季は身体を硬直させる。

「それは…そうよ。あの時は生きた心地はしなかった。冬樹がいなければ一緒にお墓の中に居たくらいに死んでたわ…。けど、あなたは今生きている。夏姫ちゃんの身体を借りて…」

「あぁ、生きてる。あの時は、2階から飛び降りていれば俺は怪我だけで済んだかもしれない」

「ううん、あなたはほっては置けなかったわ。そういうバカだもん。だから、私や冬樹は救われたの。一人で死ぬんじゃなくて、誰かを助けて死んだって。だから私たちはあなたを誇りに思うし、支えになっているわ…」

「ありがとう。そこで四季に相談なんだ…。俺はこのまま、香川 夏姫として香川さんのお世話になろうと思う」というと、四季は驚いた表情と半ば諦めていたような表情を浮かべる。

「そっか…」

「今の俺は四季のお荷物になる事は明白だ。家事や冬樹の世話くらいならできるかもしれないし、お金も研究費として支給されるものを家に入れる事は出来る。だけど、子供2人を一人で養っていくのは大変だと思う。それに…」

と言いかける俺に、四季は「そんな事ない!!」と叫ぶ。目には涙が浮かび上がるが、俺がじっと見る事が分かると顔を伏せる。

「聞いてくれ、四季。俺はお前に幸せになって欲しい。再婚もできるだろう。それを俺がいるせいでできなくなるのは嫌だし、再婚する姿も見たくないと思う。なら、いい相手ができるまでは冬樹を見る。」

「再婚なんてしない!!」四季は手を振り上げる。
手を振り上げる四季を俺はじっと見つめる。
彼女はきっと叩けない。叩いてしまえば、壊れてしまう可能性のある。
目の前にあるのはただの人形であり、もう田島 春樹ではない。そして、香川 夏姫でもない。
四季は振り上げた手を下ろす。

「そう、田島 春樹は死んだんだ。香川 夏姫もいない。ここにいるのは、ただの生きた屍なんだ。触れればいずれ壊れてしまう可能性がある。いつまでの命かもわからないのなら、そんな爆弾をお前一人に押し付けるべきではない。それに冬樹に嘘をついたまま生活はできない」
俺は声にならない声で四季を諭す。

…アタマとは違い、ココロは嘘つきだ。四季や冬樹と一緒に居たいと思うたびココロが震える。だが、この身体では何もできない。さらには今にも壊れてしまうかもしれないこの身体。

だからこそ、これからは一定の距離が必要になる。四季と冬樹に田島 春樹は死んだのだと、理解させる為に…。

俺たちはしばらく二人で泣き続けた。
それは、二人で田島 春樹の死を悼むかのように、静かに、厳かに…。

二人が泣き止むと、四季は「わかった…」と呟いた。

だいぶ時間が経った湯船から上がって、俺はそこからまた四季の地獄の美容術を伝授される。
 
美容液、乳液、保湿クリームetc…と意識が飛ぶほどの過程を踏んで、髪を乾かすのも事細かく教えられる。合わせて美顔器というものも顔にかけてコロコロコロコロ…。夏姫母と一緒に楽しそうに笑いながら3人で行う。

夏姫母曰く、美は1日にしてならず!!オトコを落とすための努力は欠かしたらいけないそうだ…
その隣では四季が云々と頷く。

…いや、オトコを落とす気はさらさらありませんよ?お母様?それに四季、あなたがここまでやってるのみたことありません!!と、夏姫母が見ていないところでいう。

「あんたに魅せるなんてもうとっくにやめたよ?けどこれからはもっと女を磨かなきゃ!!」と、俺の美肌に触発されてかはわからないが、力強く決意する。

…おーい、元旦那の前でその決意表明はやめてくれ。と、口には出さず心の奥で叫んでいた。



四季が入浴後、自宅へ帰る。俺は笑顔で二人を見送ると香川夫妻の元へいく。これからの事を話し合う為だ。

二人に声をかけて、ダイニングテーブルを挟んで二人に向き合う。

「あの…、お二人に話があります。これからの事で…」というと二人の顔は硬直した。

「…という事は答えが出たのかね」夏姫父が、恐る恐る尋ねる。その表情は強張っていて、その表情を見た俺は何も言えずにウンと頷く。

「…香川さんには申し訳ないのですが…」というと、二人は落胆の表情を見せる。だが、最後まで聞いて欲しい。

「俺はこれから、香川…夏姫として生きていこうと思います。中身は他人かもしれませんが、中学卒業まではお世話になります」というと、二人は安堵の表情を浮かべる。そして、夏姫母が俺の所へ来て頭を抱き寄せる。

「そんな事は気にしなくていい、いつまでもここにいていいからね。あなたの帰るところはここだって思えるようになりましょう」

夏姫母は安堵し、涙を流す。俺も、久々に感じる母という存在に安心し身を預けていた。そしてもう一つの懸念事項である俺の本来の家族、田島母子の存在について話をする。

「ですが、田島 春樹としての意識もあります。俺の家族のことも、やはり心配です。だから…田島の家にも定期的に行こうと思っていますし、援助も出来る限りしたい…。金銭面では研究費を当てますが、心身面でも援助して行きたいんです。その面でご迷惑を掛けてしまいます」
というと、田島父は力強く、そして優しく話す。

「それは心配しなくていい。今の君は中学生だ。金銭面での事は俺がどうにかする。君のご家族については君が今出来る限りのことをしてあげたらいい。
彼女らも、同じ辛い時間を過ごした仲だ、家族と思っているから、そこも気を使うな。冬樹は俺の息子同然だ!!」と、高笑いをする。

「はい…」

その言葉を聞いて、俺はこの人達がいい人でよかったと、つくづく思う。生きた屍にかける言葉など、本当はない筈だ…。
だがこの人達は自分達の運命を、俺の家族の運命をしっかりと受け入れ、俺を娘…いや、家族として受け入れようとしている。
ならば、俺もそれに応えなければならない。

ただあと一つ、わがままが言いたかった。

「あと一つ、お願いがあります。名前を…替えせて欲しいんです」

「名前を…?」というと、2人は怪訝な顔をする。

無理もない、彼らにとって夏姫は自分達がつけた最高の名前《たから》である。俺も冬樹に名前をつけるときは必死に考えた。

そして初めて我が子の顔を見た時に感じる宝物を掘り当てたような、ピタリとハマる瞬間があるから俺たちには名前がある。

だから、そう易々と名前は変えられないのだ。

だが、俺にはこの名前は重すぎる。彼らの思いの何分の一も叶えられないかもしれない。ならば…と、ペンと紙を取り思った名前を書いていく。

…香川 夏樹…
と、俺は紙に書いて渡すと、彼らの顔は緩んだ。
一文字変えただけ。読みは一緒だったからだ。

「俺に…姫は重すぎます。男だった俺が香川家の姫は名乗れません。それに、香川 夏姫の中に俺…田島 春樹がいます。これからは香川 夏姫の人生を生きる俺の名前の一部だけでも田島 春樹でいたいんです。お願いします…」というと香川夫妻は少し黙り、考える。だが、その沈黙もすぐに消える。二人は顔を見合わせて頷くと、答える。

「わかった。役所で香川 夏樹に変更の手続きをしておこう。新しい人生を私達と歩む君への僅かばかりの贈り物だ…」と、香川父は俺を抱きしめる。

流石に親父に抱きつかれるのは抵抗があったが、俺がこの家の一員として迎え入れられたことを喜び、今日だけは受け入れよう…と、俺は久々に男の胸に包み込まれる。

 ※

数日後、俺は香川 夏樹として退院の日を迎える。

退院後、我が家となった香川宅で四季、冬樹を含めた5人で小さな退院祝いを再び行う。

これからの夏樹の人生に幸あれと…俺は他人事のように、家族とともに自分の退院を祝った。
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