MIBUROU ~幕末半妖伝~

きだつよし

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第二章 思い出の鈴  其の四

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 見廻組に変わってひなたの護衛を務めることになった新選組は、土方副長指揮の元、沖田率いる一番隊を中心に屋敷を警護する体制を整えた。
 沖田は、裏庭で腕組みをしながら立っている土方に声をかけた。
「昼間は敵が動く気配はなさそうですね」
「ああ」
 土方は、沖田に顔を向けることなくぶっきらぼうに答えた。
「な~に考えているんです?」
 沖田はそう言いながら、土方の顔をいたずらっぽく覗き込んだ。土方は答えるかわりに尋ね返した。
「辺りに見廻組がうろついてないか?」
「いえ。怪しい人影は特に」
「そうか……」
 そう言って、土方は佐武要蔵が倒れていた場所を改めて見つめた。
 沖田は更に尋ねた。
「考えてるのは、佐々木さんのことですか?」
「ああ……」
 壬生狼の話では、佐武要蔵は死ぬ間際に佐々木の名を口にしたという。彼も自分と同じように、佐々木が何か隠し、一連の事件に関与していると考えたのかも知れない。だとすれば、それに気づいた佐々木が要蔵を始末したと考えてもおかしくない。
 ……となると、嚥獣を背後で操っているのは佐々木ということになる。京都遠征隊の痕跡を消そうとしたのは嚥獣とのつながりを隠すため、要蔵の警護を志願したのは警護に見せかけて嚥獣を引き込むため、そう考えれば全ての辻褄はあう……証拠はまだないが、土方の佐々木への疑いは今や確信となりつつあった。
 ひなたの警護にしても違和感がある。大事な任務を取り上げられた佐々木が食い下がると思いきや、事を荒立てることなく素直に引き下がり、囮作戦の時のように自分達を見張っている気配もない……土方は、見廻組が静かすぎることをかえって不気味に感じていた。
 土方がそんなことを考えていると、屋敷の奥からひなたが現れた。
 「御苦労様です」と、ひなたは土方と沖田に会釈した。
 父親を亡くして憔悴しているはずだが、それをおくびにも出さず、警護を務める新選組に心配りを忘れない。少女のようなあどけなさが残る顔をしているが、しっかりした娘だと土方は思った。
 挨拶をしたひなたは、その場を去らず、何か言いたげに二人を見つめている。
「どうしました?」
 沖田が尋ねると、ひなたが遠慮しがちに口を開いた。
「あの……京都守護職にうかがっても構わないでしょうか?」
「何か用ですか?」
「容保様の御様子をうかがえればと思いまして……」
 ひなたと父の要蔵が会津からわざわざ京に出てきたのは、会津藩主・松平容保に直々に何かを伝えるためである。だが、容保の具合が悪く、回復を待っているあいだに要蔵は殺されてしまった。残されたひなたは、父の意志を継ぎ、健気に務めを果たそうとしているのかも知れない……土方はそう思った。
「総司、支度しろ」
 土方は沖田にそう命じると、支度を整え、ひなたと共に屋敷を出た。

          ◯

 土方は、京都守護職に着くと、護衛についてきた沖田と二人の隊士を表に待たせ、ひなたと二人で中に入り、控えの間で亀井を待った。
 ひなたが容保の容態を尋ねると、容保の具合は以前より回復しているものの、まだ話をできる状態ではないと亀井が答えた。
 それを聞いて深くため息をつくひなたを見て、亀井は提案した。
「容保様の回復を待つのは構わんが、それではいつ話ができるかわからん。わしでよければ、かわりに話を聞いておくが」
「ありがとうございます。ですが、これは容保様と会って直にお話することであると父と固く約束しております。容保様の回復を待ち、改めて出直させていただきます」
 深く頭を下げるひなたに亀井は尋ねた。
「ということは、そちは要蔵殿の用件の内容を知っておるのだな……?」
「はい。自分に何かあった時は私が容保様にお伝えするよう、父から言付かっております」
 これは土方にとっても朗報だった。要蔵の死によって京都遠征隊失踪の謎を解く鍵は消えたと思っていたところだったので、ひなたが要蔵の用件を引き継いでいるのであれば、事件解決の新たな糸口になる。土方は、一刻も早く容保とひなたが会えることを祈った。
 土方とひなたが京都守護職を出た頃には、日がゆっくりと落ちかけていた。
 夕暮れに赤く染まってゆく道を、ひなたの歩調にあわせて、土方と沖田達がゆっくりと歩いてゆく。
 土方は、行きと道を変え、大きな寺の脇にある裏道に入った。
 寺を囲む長い壁と雑木林にはさまれたこの裏道は人通りもなく寂しいが、屋敷に戻るにはこの道を行く方が断然早い。暗くなると敵の襲撃も受けやすい。その前にひなたを屋敷に連れ帰るのが得策と考えた土方は、この道を選んだ。
「あ……」
 ひなたが小さく声をあげてつんのめった。
 足元を見ると鼻緒が切れ、草履が脱げてしまっている。
「おや、大変だ」
 沖田はそう言いながら近寄ってサッとかがむと、ひなたに自分の肩を差し出した。
「どうぞ。鼻緒を直すあいだ手を置いてください」
「もうしわけありません……」
 ひなたが遠慮しながら肩に手を置くと、沖田は懐から取り出した手拭いを小さく千切り、切れた鼻緒のかわりに草履に取り付け始めた。
「すみません、大事な手拭いを」
「気にしないでください。元々破れかけていたので、新しいのに変えようと思っていたところです」
 沖田は笑顔で答えながら、器用な手つきで鼻緒を直してゆく。
 その様子を見ていたひなたがクスッと笑った。
「どうしたんです?」
 沖田が尋ねると、ひなたが慌てて謝った。
「あ、すみませんッ。前にもこうやって鼻緒を直してもらったことがあったな……って思い出して」
「それって、もしかして許婚さんですか?」
 沖田が尋ねると、ひなたは顔を赤らめながら小さくうなずいた。
「優しい人だったんですね」
「はい、とても。いつも私の事を気にかけてくれて、困っているとすぐに駆けつけて
 くれました」
 そう話すひなたの顔がふと曇った。
「でも、鼻緒が切れたってことは……透志郎様の身に何か…………」
 沖田は明るい顔で言った。
「これはきっといい予兆です」
「え?」
「鼻緒が切れたのは、許婚さんとの思い出を蘇らせるためですよ。もしかすると、近いうちに会えるってことかもなのかも! そう考えた方が楽しくないですか?」
 沖田はそう言って、直した草履をひなたの足元に置いた。
「はい!……ありがとうございます」
 ひなたは明るい顔を取り戻し、沖田が直してくれた草履に足を入れた。
 草履を直しているあいだに日が更に落ち、辺りは少し暗くなりかけている。
「急ごう」
 土方は一同に声をかけた。
 その時、雑木林の中から覆面姿の侍達が飛び出し、土方達を取り囲んだ。
 顔を隠しているので嚥獣かと土方は一瞬思ったが、彼らの着物からのぞく首や手を見ると人の肌をしている。どうやら普通の人間らしい。
「何者だ……?」
 土方の問いに覆面の侍達は答えない。
 ひなたがいる時に現れたところを見ると、狙いはおそらく彼女だろう。相手の数は七人。こちらは、ひなたをのぞけば、自分と沖田、護衛の隊士が二人。人数が少ない上に、ひなたを守りながらでは分が悪い……土方が考えをめぐらせていると、沖田がふいに侍達の前に進み出た。
「あの~、すみません。ちょっと道を開けてもらえませんか?」
 沖田の人を食った態度に侍達は一瞬虚をつかれた。
 総司の悪いくせが出た……土方は思った。強そうな相手が大好物の沖田にとって、こういった分の悪い戦いに勝つことほど楽しいことはない。沖田がわざと敵を煽っているのは明白だが、ひなたを連れている以上、闇雲に戦うのは得策ではない。
「総司」
 土方は、余計なことをするなと目で合図を送ったが、沖田はにっこり笑って言った。
「土方さんは彼女を。ここは僕が」
「でぃやああ!」
 覆面の一人が隙をついて斬りかかった。
 だが、それより早く相手の懐に飛び込んだ沖田が刀の柄で腹に一撃を食らわせた。
 男は唸り声をあげて気を失い、沖田に倒れ込んだ。覆面の侍達は一斉に刀を抜こうとしたが、沖田が自分に倒れ込んだ侍を男達の方に押し投げ、陣形が大きく崩れた。
「土方さん、今のうちに!」 
 抜刀した沖田は、敵を振り払って退路を確保すると、しんがりを務めるように敵と土方達の間に入った。
 沖田ならこの数相手でも渡り合えるだろう。ひなたを連れている以上、ここは沖田に任せるのが得策だ……土方は瞬時に判断し、ひなたの手を引いて走り出した。
「あなた達は二人を守ってください!」
 沖田の指示を受け、護衛の隊士達が土方について走り出した。
 覆面の侍達も土方達を追おうとしたが、立ち塞がる沖田に次々剣を弾かれ、突破することができない。誰かが沖田に斬り込む隙に、他の者が走り抜けることもできるはずだが、沖田の剣技に見事に翻弄され、その隙が見い出せない。
「まだやりますか?これ以上やるなら命の保証はできませんよ」
 沖田は、覆面の侍達を涼しい顔で見ながら、ジリッと前に進み出た。

          ◯

 ひなたを連れて走ってきた土方は、街中を流れる堀のそばまでやってきた。
 辺りはすっかり暗くなり、水の流れる音が暗闇の中で静かに聞こえている。
 いきなり走ったので体力をかなり消耗したのだろう、ひなたが膝をついた。
 そこへ、少し遅れて護衛の隊士二人が駆けつけた。
「ここで少し休む。お前達は警戒を怠るな」
 土方の指示を受けた護衛隊士達は、土方達をはさむように両側に分かれ、周囲に目を配った。
 土方は、苦しそうに肩で息をするひなたに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「はい。それよりさっきの人達は……?」
「わかりません。ですが、目星は……」
 土方が答えようした瞬間、「うわッ!」と叫ぶ声が聞こえた。
 見ると、見張りに立っていた隊士の一人が、堀の中からのびた巨大な尻尾にからめとられている。
 その情景を見たひなたの顔に恐怖の色が浮かんだ。 
「あれはまさか……」
 ひなたの予感は的中した。巨大な尻尾につながって堀の中から這い上がって来たのは不気味な嚥獣……あの蛇顔だった。
 蛇顔は、尻尾で捕らえた隊士を乱暴に振り回し、地面に激しく叩きつけた。
 真っ逆さまに地面に叩きつられた隊士は、衝撃で頭をぐしゃりと割られ、そのまま物言わぬ骸と化した。
 残った隊士が土方とひなたを守るように前に出たが、蛇顔は素早く尻尾をのばし、その体をからめとった。そして、ぐるぐる巻きつけながら自分の方に引き寄せると一気に力を込めた。
「うがっ!」
 体中の骨を砕かれ、絶命した隊士の体が巻きついた尻尾の中からずるりと地面に落ちた。
 土方は、怯えて震えているひなたに言った。  
「見ましたか、今のを?」 
「……え?」
「亡くなった要蔵殿は体中の骨を砕かれていた。おそらく今のと同じ手口で……」
「では……!」
「父上を殺めたのは狼の顔をした男じゃない……こいつだ」
 土方の言葉が聞こえたのか、蛇顔はしたり顔で二人を見た。
 こいつは羆顔と違って妙に人間臭い。しかも残虐なことを楽しむ悪趣味な奴らしい……土方は、蛇顔の不気味な表情を見て嫌悪感を覚えた。
 シャアアッと奇妙な鳴き声を発し、蛇顔が長い尻尾を二人に向けて放った。
 抜刀した土方は、向かってくる尻尾を剣で弾くが、尻尾は右に左に揺れ動き、斬りつけるまでには至らない。
 蛇顔の尻尾は土方の攻撃を巧みにかいくぐり、ムチのようにしなって土方の剣を叩き落とした。
 落とした剣に気をとられた瞬間、次の尻尾攻撃が土方の体をふっと飛ばした。
 壁に激しく叩きつけられた土方は、そのまま地面に倒れこんだ。
「……ううっ……」
 並みの人間なら気を失っているに違いない。だが、土方の強靭な気力がなんとかその意識を保たせている。土方は、ひなたに迫る蛇顔を見て立ち上がろうとするが、叩きつけられた体の方は思うように動いてくれない。
 恐怖で動けないひなたの顔に、蛇顔が不気味な舌をのばそうとしたその時、暗い闇の中から飛び出してきた影が蛇顔に斬りかかった。
 蛇顔は瞬時にそれに気づき、ひなたから離れて身構えた。
 飛び出してきた影は、ひなたを守るように立ち、蛇顔に剣を向けて言った。
「腕も尻尾も生えそろったのか」
 蛇顔は忌々しそうな目で影を見た。 
 ひなたは暗闇の中で目を凝らし、男の顔を見た。だが、後ろから見ている上に、顔が浪人笠で隠れていてよくわからない。
「あなたは……?」
「……」
 男はひなたの問いに答えないが、土方にはそれが誰かわかっていた。
「なぜ出てきた……?」
「大事な者は……自分で守る」
 浪人笠の男……それは壬生狼だった。
 土方の命令でひなたの護衛をはずされた壬生狼だったが、そんな命令を受け入れられるわけがなかった。壬生狼は、土方達に気づかれぬよう、独自でひなたを守ることを決意し、護衛隊の動きを見張っていたのだ。そして、ひなたが土方と共に京都守護職に向かうのを見ると、密かに後をつけ、嚥獣の出現に備えていた。
 長く留まるとひなたに顔を見られてしまう……壬生狼は一気にけりをつけるべく蛇顔に斬り込んだ。
 蛇顔は尻尾を振って攻撃をかわそうとするが、壬生狼は尻尾をかいくぐって突っ込んだ。
「お前の手の内はわかっている!」
 懐に入られた蛇顔は抜刀して壬生狼の剣を受け止め、二人は鍔迫り合いにもつれ込んだ。勝機を急ぐ壬生狼は力任せに押し込み、蛇顔を壁に追い込んだ。
 窮地に陥った蛇顔は尻尾をうねらせ、ひなたに向かってビュンとのばした。
 それを見た壬生狼は瞬時に飛び上がり、ひなたにのびる尻尾の前に着地した。ひなたを狙った尻尾は、ひなたのかわりに壬生狼の浪人傘を弾き飛ばした。
 ひなたの目の前に、壬生狼の素顔……狼の顔があらわになった。
「ひいッ!」
 ひなたは声をあげ、その場にへたりこんだ。
 顔を見られた壬生狼も一瞬動揺したが、土方の声が正気に戻した。
「油断するなッ!」
 その声に振り返ると、蛇顔が背後から斬り込んでくるのが目に入った。
 壬生狼はその剣をなんとか弾くと、改めて身構え、考えた。
 ひなたがここにいると戦いづらい。蛇顔を他の場所に誘い出せればいいが、奴の狙いがひなたである以上、ここから引き離すのは難しいかも知れない……ならば……。
 壬生狼は、ひなたを突然抱き寄せた。
「きゃあああ!」
「しっかり捕まってろ!」
 悲鳴をあげるひなたを抱えながら、壬生郎は大きく飛び上がった。そして、近くの屋根の上に着地すると、ひなたを抱えたまま屋根伝いに走り出した。
「離して下さい!」
 壬生狼を蛇顔の仲間だと思い込んでいるひなたは、壬生狼を振りほどこうと必死にもがいた。
 壬生狼は叫んだ。
「安心しろ! 俺は敵じゃない!」
 その声にハッとし、ひなたは壬生狼の顔を見た。
 今の声、どこか聞き覚えがある……初めて会ったのに、しかも恐ろしい狼の顔をした男だというのに、なぜそんな風に思うのか……そう思った瞬間、不思議と心が落ち着いてきた。
 どうしてだろう?……私を抱きとめるこの腕も何故だが心地よく思えてくる。力強く、それでいて私を包み込むような優しい感じ……まるであの人の腕の中にいるような……ひなたは自分を抱えて走る壬生狼の横顔を見ながら、心に広がる奇妙な感覚に戸惑いを覚えた。



 その時、走る壬生狼の足元から突然何か突き出し、屋根が崩れた。
 体制を崩した壬生狼は、ひなたを抱えたまま落下し、激しく地面に叩きつけられた。
 屋根を破壊し,壬生狼の足元を崩したのは追って来た蛇顔の尻尾だった。壬生狼は気づかなかったが、彼が走った屋根は堀に沿って連なっていた。走るより泳ぐ方が早い蛇顔はそれに気づくと、堀に飛び込んで先回りし、屋根伝いに走ってくる壬生狼の手前の屋根を尻尾で破壊したのだ。
「うっ……ううっ……」
 壬生狼と共に地面に叩きつけられたひなたがゆっくり起き上がった。
 普通であれば、屋根の高さから落下して無事でいられるはずがない。だが、地面に激突する寸前に壬生狼がひなたの体をしっかり抱えこみ、自分の体を盾にして衝撃を和らげたおかげで、彼女は無事でいることができた。
 ひなたはそのことに気づき、倒れている壬生狼を見た。壬生郎は激しく地面に体を打ちつけたせいか、ぐったりしたまま目を閉じて動かない。
「大丈夫ですか……」 
 ひなたは、壬生狼は獣の顔をした恐ろしい存在であることを忘れ、自分を救った異形の男に手をのばそうとした……が、背後から聞こえるチュルルという気味の悪い音に気づき、振り返った。
 そこには、気味悪い舌を不気味に揺らしながら、自分をじっとり見つめる蛇顔の姿があった。
 ひなたは逃げようと思えば逃げられたが、自分のために体を張ってくれた人物を放っておくわけにはいかないとその場に留まった。
「私が狙いなら好きにしてください! けれど……この方に手を出さないで!」
 ひなたの言葉を聞いた蛇顔の目が妖しく光った。
 そして、いやらしく顔を歪めると、ならば好きにしようと言わんばかりに、不気味な尻尾の先をはだけたひなたの太腿に沿わせ、着物の裾にもぐりこませようとした。
 その時、ひなたの体の脇から突き出た剣が蛇顔の心臓を貫いた。
 キシャアア!と奇声をあげ、蛇顔は心臓に剣が突き刺さったままうしろに倒れた。
 ひなたが見ると、気を取り戻し、体を半分起こした壬生狼の姿があった。
 いや、正確には、気を取り戻したのではない。気を失ったふりをしていたのだ。屋根を壊したのが蛇顔だとすぐにわかった壬生狼は、やられたふりをして隙をうかがっていたのだ。
 壬生狼は立ち上がると、心臓に剣が刺さったままピクピク痙攣する蛇顔を見下した。
 そして、背中越しに、ひなたに向かって言った。
「あっちを向いていた方がいい。おなごが見るものじゃない」
 その意味はわからなかったが、言葉の裏に強い意志を感じ、ひなたは素直に後ろを向いた。
 壬生狼は蛇顔に近づき、静かに言った。
「お前がしゃべれるなら聞きたいことは山ほどあるが、それは叶わないらしい。ならば、人に戻してやるのがせめてものたむけだ……」
 壬生狼は鋭くとがった自分の爪を見つめると、大きく振り下ろし、蛇顔の頭を突き刺した。蛇顔はキシャアアアアアア!と一際大きな鳴き声をあげ、やがて息絶えた。
 やはりそうか……壬生狼は思った。
 羆顔と戦った時、剣で体を貫かれようが、首を食い破られようが、奴はなかなか絶命しなかった。だが、近藤の豪剣が頭を叩き割った時、羆顔はついに絶命し、人の姿に戻った……。
 嚥獣の弱点はどうやら頭らしい。頭を砕かれることによって意識が切れ、術が解けるのだろうか……力を失って人の姿に戻る。だが、それは同時に死ぬことを意味している。
 壬生狼は、目の前でゆっくりと人の姿に戻っていく元蛇顔の骸を虚しい気持ちで見つめた後、振り返って、うしろを向いたままのひなたに声をかけた。
「大丈夫か……?」
「……はい」
 ひなたはうしろを向いたまま答えた。
 ひなたのはかない背中を見て、壬生狼の心は揺れた。
 このまま抱きしめたい……そして、ずっとそばにいたい……壬生狼の体がひなたに引き寄せられえるように前に出た。
 が、壬生狼は思いとどまり、足を止めた。
 よく考えろ、こんな姿になった自分がひなたを幸せにすることができるのか……。
 壬生狼は、沸き起こった衝動を押さえ込むように、落下の衝撃で大きくはだけた着物の乱れを正そうとした。
 その時、はだけた着物から鈴がこぼれ、地面に落ちた。
 チリンと小さく響いたその音に、ひなたが思わず振り返った。
 壬生狼は素早く鈴を拾い上げ懐にしまったが、ひなたはその様子をジッと見つめていた。
 ひなたの視線を振り切るように、壬生狼は身を翻して走り出した。
「待って!」
 遠ざかる背中に向かって、ひなたは叫んだ。
 その声に応えられぬ自分の運命を呪いながら、壬生狼は闇の中を駆けた。ひたすらに駆けた。
 そんな壬生狼の後を、ボウッと光る小さな鳥のようなものが、音もなく追いかけていった……。

…続く 
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