アナザーワールド

白くま

文字の大きさ
上 下
18 / 49
国外遠征編

第十七話 〘試合開始〙

しおりを挟む
 部屋に帰った楓は早速新品の戦闘服に着替え、部屋の壁に立てかけてある刀【做夜】を手に取る。做夜は楓のマナに触れると、カタカタとその秘めたる力を増幅させる。

「ここから血を吸ってまだ強くなるなんて…まるで妖刀ね…。」

 楓はボソッっと呟き、少しだけ刀を抜いた。

「頼むよ…。もっと私に…力を貸して。」

 刀を握る手に力が入る。

【そんなに握ると痛いじゃろ?】
「!?」

 不意に聞こえた声に楓は驚き辺りを見渡す。しかし、自分以外にこの部屋に誰かいる訳では無い。それに、楓はさっきの声に聞き覚えがあった。

「まさか…、做夜?」
【そうじゃ?今頃気づいたか?鈍いやつじゃのぅ?】

 そう言うと、做夜はクスクスと笑った。

「あなた、刀の中からでも喋れるの?」
【お主に対してだけじゃがな?まぁ、精霊ではない者の数少ない特権じゃ。】
「他の武器に宿った精霊は出来ないってこと?」
【あぁ。今のところわしの知る限りでは、この芸当が出来る者はわしだけじゃ。】

 楓は做夜の言葉にある可能性を感じ始めた。もしかしたら、この刀はこの世界で最強クラスの刀なんじゃないかと…。

「ねぇ?做夜は自分の能力よりも上の武器ってあると思う?」
【急になんじゃ?】
「いいから。答えて?」
【自分よりも優れた武器じゃろ?うーん…。戦闘距離にもよるが…、近距離戦ならまずどんな武器にも負けんじゃろな。】

 做夜は少し悩む素振りを見せたが、ドヤ顔が想像出来るほどハッキリと言い切った。それを聞いた楓は、さっきまでの不安や恐怖がどこかへ飛んで行ってしまったかの様にクスリと笑った。


「じゃあ、後は遠距離戦だけって事ね。」
【あぁ。わしの力だけじゃ遠距離戦は好ましくない。お主の力と合わせてどうなるか…。】
「分かった…。それだけ聞けたら十分よ。」

 楓は再び刀に視線を落とし、黒く光る刀身を眺める。

「今から一試合すると思うからよろしくね。」
【分かった。わしからアドバイス出来ることがあれば何でも教えてやろう。】
「ありがとう。」
【まぁ、刀が鞘から抜けている時しか喋れんから、基本は戦闘中になるじゃろうがの。】
「その方がイメージしやすくていいんじゃない?」
【それもそうじゃな。】

 会話の最中、時計に目をやる楓。時計の針は午後8時を指し、それは局長室から出て四十分経ったことを意味していた。

(あと20分…。そろそろ行こう。)

 楓は刀を鞘にしまい、自室を出て訓練場へと向かった。


「来たか。」

 楓が訓練場に着くと、もう既に健太以外の全員がその場に集まっていた。

「石峰さんは?」
「健太君は能力解放に少し時間がかかるらしくて、遅れるって連絡が入ったわ。」

 楓の問いに柚枝がいち早く答えた。

「能力解放?」
「うん。一年前に行った遠征任務でマナを司る器官にダメージを受けたらしくて、マナが暴走しないように少し能力を封印してたのよ。それを、今外しに行ってるわ。」
「へぇ…。」

 健太の実力をここ一年見てきた楓は、その戦闘能力の高さに敬意を持っていた。しかし、その能力には更に上があるというのだ。

(一体、どれだけの力を持ってるのかな…。)

 楓は少し心強く思える反面、自分がこの部隊に相応しい能力を持てているのか少し心配になった。

「悪いな。解放するのに手間取っちまって…。」

 そうこうしている内に訓練場の扉を開け、健太が入ってくる。その体からは湯気のようにマナが溢れ、一目見ただけでさっきよりも断然強くなっている事が分かる。

「蓮。最初に俺がやってもいいか?久しぶりの力だから早く試してみたいんだ。」
「他のやつがいいなら俺は構わん。」

 蓮の言葉に健太は楓達の顔を見た。

「私はいいよ。楓は?」
「私も大丈夫。」

 楓達も了承した事で、1番手は健太に決まった。

「そうと決まれば早速やろうか。」

 訓練場の真ん中にある丸い円の中に健太が入る。

「では、先に攻撃を当てた者の勝ちと言ったが、少し予定を変更する。さっきまでここで訓練していた者が訓練場の特殊術式を起動していたらしく、今回はその術式を起動したまま模擬戦を行う。」

 円の真ん中で正隆がその場にいる全員に聞こえるように言った。

「皆も知っての通り、この術式は起動するのに丸々一日かかる。だから使えなかったが…ちょうど良かった。」

 足元を見る正隆につられて、楓達も足元を見る。そこにはマナによって青く光る幾何学模様が浮かび上がっていた。そしてその術式とは…。

「この円の中で死んでも、本当に死ぬわけではないからな。相手を殺せば勝利とする。いいな?」

 正隆の確認に円の中で向き合う二人が頷く。この円の中で戦う者は死んでも直ぐに復活する。受けた傷も全て回復する。命がけの戦闘部隊が本気で訓練するには、まさにうってつけの場所なのだ。

「それでは始めるぞ?…試合開始!」

 正隆の鋭い一言で訓練場の空気がピンッと張り詰め、命のやり取りが始まった。健太は素早く片手剣を取り出し、和海に向かって構えた。対する和海は…。

「弓…だと!?」

 和海の手には、片手で持てているのが不思議なくらい大きくごつい弓が握られていた。

「剣と弓じゃ間合いに差がありすぎて、石峰さんの方がどう見たって不利ね。」
「そうね。でも、弓には矢をつがえ直すための隙があるわ。それをどう使って戦うかが肝になってくるわね。」

 楓と柚枝は武器の特性から和海の戦い方を予測していた。偶然にも第一部隊のメンバーは彩夜を除いて全員が片手直剣か刀だ。近距離武器を持つ健太が、弓相手にどんな戦いを見せるのか…。

「能力を解放したあいつのスタイルは剛剣だ。切り裂くと言うより、叩き斬るの方がしっくりくるくらい力任せなスタイルに変わる。まぁ、力勝負には負けはしない。弓というだけで軽快な動きと鋭い一撃を警戒しがちだが、柚枝も言っていたつがえ直す隙とあの弓本体の大きさが命取りになる。見た感じあの弓はその大きさ故に長所を活かせないだろう。力勝負に持ち込めば健太が圧倒的に有利だ。」

 蓮も和海の弓を観察し、能力を探り始めていた。

「デカい弓だな…。重たくねぇのか?」
「えぇ。この子は見た目によらず軽いんです。」

 ニッコリと微笑んで弓を構える和海。その顔には重量物を扱っているとは思えない程の余裕が見えた。

「そうかよ。じゃあ、その強さを見せてもらおうかっ!」
「!?!?」

 健太が片手剣の柄に左手を添えると剣はその形を変え、さっきの三倍はあるであろう両手剣に姿を変えた。

「いくぜっ!」

 両手剣を構えたまま和海に向かって突っ込んでいく健太。しかし、和海は慌てること無く健太に向かって弓の弦を引いた。

「や、矢をつがえない?」

 そう。和海は弓に矢をつがえずに弦を引いたのだ。もちろん、矢が無ければ弓での攻撃は出来ない。

「…っ!」

 和海の表情が一瞬強ばる。何か計算違いのことが起きたのか。

「もらったぁぁぁ!」

 その表情に勝利を悟った健太は、その手に構えた両手剣を一直線に和海の頭へと振り下ろした。

バシュッ!…ドチャ。

 その直後、生々しい水音が訓練場に響くのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

処理中です...