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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/

ネイキッドと翼 55

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 支払いは、御園生みそのうが済ませてしまった。黒い猫はダンボールのなかで眠っている。
「ちゃんと返します……ちゃんと………」
 昔馴染みに金銭の恩を作ってしまったのが、彼女の胸を重苦しくした。
「少しずつだけれど、ちゃんと働いて……」
「まぁ、命に別状なくてよかったじゃねぇか。まっちゃんが頑張ったからだろ」
 支払い金額は決して安くはなかった。しかし御園生は飄然としている。
「るりるり……」
「あぁ、もう気にすんなって。まっちゃんがそういう人だからおれも気持ち良く支払えたわけ。帰ろうぜ。まっちゃんも濡れっぱで疲れたろ」
 慌ただしさのなかで茉世まつよは腹に卵を抱えていることを忘れていた。
 三途賽川さんずさいかわ邸ではまだ儀式が続いていた。しかし車の音を聞きつけてか、玄関から永世が飛び出してくる。茉世は息を呑む。車から降りたくなかった。
「お、久遠きゅん」
 何も知らない御園生瑠璃は気楽なものだった。永世は運転手のほうへやって来た。そしてその奥にいる茉世を見つけたらしい。アルパカのような睫毛が持ち上がる。
「ただいも、久遠きゅん。どした?」
 高校時代の友人の異変に彼は目敏い。
「おかえりなさい……茉世さんとご一緒なんですか」
「そ。黒ちゃん怪我しちゃって、獣医さんのとこ行ってきた」
 いつまでも車内に留まっているわけにはいかないようだ。彼女はドアを開く。
「お騒がせ、しました……」
 永世の顔が見られない。目が合ってしまったら逸らし方が分からない。どういう表情も浮かばず、どういう表情を繕えばいいのかも分からない。
 雨は上がっていた。車から降りようとした。サンダルが砂利を踏む。体重を乗せようとしたとき、足首が痛んだ。サンダルのストラップや甲バンドの|縁<ふち>に肌をこそぎとられた痛みではなかった。骨に響く痛みだった。だがまだ尻はシートの上にあり、片足も車に残っている。バランスを崩すことはなかった。しかしそこに走った痛みで、立てないことを覚る。
 茉世は足を車に戻した。そしてもう片方の足と入れ替えた。猫の入ったダンボールを抱え、痛めた足を庇いながら車から降りる。
「茉世さん……」
「……申し訳ございませんでした」
 何に対して謝っているのか明確にすべきだ。しかしそれを口にしたくなかった。
「いいえ……」
 落胆したような低い声が苦しい。ダンボールのなかで眠っている猫が動く。
「まだ入れないようですから、猫を頼んでもいいですか」
「入れないって?」
 御園生が容喙ようかいする。
「三途賽川の家の業務がありまして。けれどもう入れます。今は依頼主に説明をしているところですから」
 永世はダンボールを受け取った。黒い猫はとぐろを巻いていたが、抱えている主が代わると首をもたげた。先に家へ運ばれていく。御園生は茉世を振り返った。
「行こうぜ、まっちゃん」
 しかし彼女は歩けなかった。足首が疼いている。猫を預けた途端、擦り剥いた膝も、擦り切れた足も痛む。歩けそうにない。おそらく跛行はこうしてしまう。
「う、うん。ちょっと自転車の様子を見てくるから、るりるりは先に行ってて」
「いや、でも、疲れたろ」
 雨は上がっている。もう誤魔化しようはない。涙が滲む。しかし涙を流す資格というありもしないような資格検定について彼女は考えてしまった。試験も受けていないというのに。泣きたいのは書類上とはいえ妻が敷地内で別の男と淫戯に耽っていた蘭だ。そしてその場に出会でくわした永世だ。それから折り悪く善意で拾ってしまったため、安くない金額を支払うことになった御園生だ。
「すぐ終わるから」
「……まっちゃん」
 肩に手が置かれる。シャツは乾きつつあった。
「黒ちゃんが無事でよかったじゃねぇか」
 彼は誤解していた。けれども無理はない。誰が昔馴染みの縺れきった痴情を見透かすことができるのか。 
「う、うん。るりるりのおかげだよ。少しずつ、でもちゃんと返すから、待っててね」
「そんな恩着せがましいこと言わせたかったワケじゃねぇよ。膝、擦り剥いてるんだろ。明日にしておこうぜ」
 茉世は俯いてしまった。肩にある手が跳ねる。相手が小学時代の同級生ということもあるのだろう。不本意にも緊張感が解けてしまう。
「うん」
 御園生は彼女を玄関まで送ると離れへ帰っていった。引戸を開ける。三和土たたきにシャワーサンダルが並んでいた。スポーツブランドのロゴが入っている。オンラインショップかオンリーショップでないと手に入らない品である。三途賽川の連中のものではなかった。今回の依頼者の門町かどまちうたの足のサイズでもなさそうである。恍けずとも茉世はこのシャワーサンダルを誰が履いていたのか知っていた。青山藍がいる。
 片足を引き摺るようにして茶の間を脇を通り抜ける。落ち着いた会話が薄らと聞こえたが、何と言っているのかは定かでなく、誰が言っているのかも不鮮明であった。青山藍にも静かに人の話を聞く能は備わっているらしい。
 玄関を入って真っ直ぐ行き、茶の間の奥が台所だ。風呂場はその奥にある。玄関を真っ直ぐ行き丁字路にあたる。右手に風呂場があった。左手に三途賽川の連中の自室がある。永世は戻ってきたところらしかった。茉世を呼び止める。心臓が脈を跳ばした。鼓動が地響きを起こして相手に伝わりそうである。対峙するのに躊躇した。だが無視するわけにもいかない。顔を見ることはできなくても、身体を向けることくらいならばできるはずである。
「ごめんなさい、さっきは……変なところをお見せして。申し訳ないです」
「謝らないでください。ぼくのほうこそ……その、何と言ったらいいか……」
「何もおっしゃらないでください」
 沈黙。話は終わったようだ。茉世から言うことは何もなかった。
「茉世さん」
「……はい」
「ひとつだけ、お聞かせください。心苦しいことでしょうけれど……」
「嫌です。答えられません」
 やって来る質問はあらかた想像できる。
「茉世さん……」
「ごめんなさい」
「居たいです、もっと……茉世さんの傍に。でももしぼくのその気持ちが、貴方を追い詰めるのなら……」
 永世が離れてしまうかもしれない。その岐路に立っているらしい。茉世は重げに睫毛を屡瞬しばたたかせる。永世と離れる……
「ぼくのよこしまな気持ちが―」
「離れたくありません」
 服を脱いで往来に出ていくようなものだ。食い下がっていた。息が切れている。
「茉世さん」
「永世さんと離れたくないです」
 冷めていた頬に熱い塩水が沁みた。だが卑怯な真似はできない。試験を受けてはいないが、泣く資格はないらしいのだ。
「離れずに済むのなら」
 努めて落ち着いた態度を取り繕う。呼吸が乱れる。
「触れてもいいですか」
「はい。でも、外に出ましたし、ヨゴレテいます」
 慎重に手が伸ばされる。茉世は自ら彼に身を傾けた。この男に赦されている。確信した。不思議とそう思えてしまった。徐々に伸びてきていた手は勢いを守った。彼女を掻き抱く。
「貴方が苦しくなければ、もう少しだけこうしていたいです」  
 茉世は頷いた。背に、筋張った手の硬さを感じる。彼女は白いシャツに頭を寄せる。耳をそばだて、鼓動を聞いた。もとは硬い地合いが柔軟剤によって柔らかくなって肌を迎える。爽やかながらに甘い香りが鼻を包む。その奥には汗で蒸し返された彼の体臭が横たわっている。茉世は目元を眇めた。眉は力むが、弛緩した印象を与える。鼻から吸い込む空気が細胞に沁み入る。忌み地などというものは存在しない! この世のすべてが、西から東までが、北から南まであまねく、巨大な青い球ころそのものが忌み地なのだ。汚らしく醜い俗物どもの生臭い吐息、垢じみた砂塵が柔らかな化学繊維に濾されていく。肺に空気が満ちていくようだ。このまま時が止まればいい。或いはこのまま世界のすべてが滅びれば。
 足の痛みを忘れた。骨の痛みも擦り傷の痛みも忘れた。眠くなる。だがまだ寝る時間ではない。
「お風呂に入ってきます」
 自らこの時間を終わらせることを躊躇っていた。しかし何事にも終わりがある。望んだ形で穏やかに切り替えたい。
「はい。気を付けて……」 
 身を離す。ものの流れで顔を見上げてしまった。柔和な眼差しを向けられている。途端に気恥ずかしくなった。けれども逸らすのはもったいない。瞳を見詰めた。思考が吸い取られていくようだ。一歩近付いてしまいそうになる。ところが一歩分も距離はない。
 茉世は永世の腕に縋った。引き寄せる。引き寄せたのは腕だが、彼は頭を前方へ屈ませた。茉世は痛みも忘れて爪先で立つ。あとわずかで唇が重なる。
 足音が茶の間から出てきた。茉世は接吻を諦め、腕を引く。風呂場のドアを開けて、彼を放り込んだ。背の高い、健康的な男体だ。しかし体重の差、筋力の差など考えさせないほどなめらかな動きで彼は脱衣所へ納まった。
「オネエサン、やほ。帰ってたんだ」
 青山藍だ。シャワーサンダルで来ていたはずだがアンクルソックスを履いている。ルイスヴァトンとかいうハイブランドの代表的な模様が嫌味臭い。
「なんですか」 
 棘のある低い声が出る。
「哥さんが永ちゃんの部屋にいるからさ」
 後ろから蘭がついてきていた。彼は青山藍の脇を擦り抜け、茉世の横に立つ。
「妻の茉世です」 
 夫が言った。青山藍のふざけた面構えが引き締まる。
「前にリンジューインさんとお会いシましたよね、マツヨさん?」 
「は、はあ……」
「ハハ……やっぱりキレイな奥サンで緊張シちゃうなァ」
「そうなんですよ。自慢になってしまいますけれども綺麗な妻ですから何かと心配で」
 家庭内ではみせない口のきき方だった。
「い、いえ……そんな………」
 茉世は軽く頭を下げた。蘭の顔も青山の顔も見られない。
「それじゃあ茉世ちゃん、青山さんを永ちゃんの部屋に案内してくれるかな」
 断ることは気が引けた。足が痛むが、歩けないほどではない。骨が折れているわけではない。
「はい……」
「じゃあ、よろしくね。青山さん、この先は妻が案内しますので」
 夫がひとつ屋根の下にいる。侮れないほど常識のない青山藍だが、この場で手を出したりはしないだろう。さらにはガールフレンドもいる。
 蘭は下がっていった。茉世は青山を見もせずに永世の部屋へ向かっていく。片足を引き摺らないように歩いた。無意識に壁に凭れていた。
「オネエサン、足ケガしてんの」
「いいえ、別に……」
「姿勢ワルくなるよ、オネエサン。ちゃんと歩きな?」
 応えないことにした。痛めた足は床に置かれるたびに熱を訴える。目的地が遠く感じられた。永世の部屋に門町哥がいるらしい。若く無邪気な娘だった。駐車場へ迎えに来るまで一緒にいたのだろうか。晴れやかとは思えない感情が通り過ぎていく。だが不適切であるものだと彼女は断じて切り捨てた。
「オネエサン、なんでダンナさんのコト、ウソ吐いたの。一般的以上フツーにイケメンだし、ハズカシイカンジぢゃなかったじゃん。ナンデ?」
 応えなかった。
「オネエサン、ゆでたまご、ドウなった?」
 茉世は詰めの甘い女だ。動揺した。そして態度に現れていた。
「モシカシテ、まだ産んでないの」
「あちらがお部屋です」
 永世の寝泊まりしている部屋の襖を軽く叩いてから開く。門町哥はテレビを観ていた。画面には煌めいた衣装で踊る集団が見えた。暗く広大な空間に強い照明を焚かれ、彼等の後ろには大画面が置かれて、汗ばんだ笑顔を映し出している。だが彼女は音声を聴いていた。
「三途賽川茉世です。青山さんを連れてまいりました」
「哥チャン、お待た~?」 
 青山藍は両手を打ち鳴らして姿勢を低くした。犬や幼い子供を構う父親を彷彿とさせる所作だった。
「藍チャン!」  
 門町哥は青山の居場所を探っていた。特定したらしい。立ち上がり、蹌踉めきながらも飛びついた。ガールフレンドというよりも兄妹といわれたほうが納得できる空気感を持っている。
「今ね、永世さんに藍チャンの出てるところ観せてもらってたの。すっごくカッコよかった!」
「アタリマエぢゃん」
 門町哥は青山藍の他に誰か探しているのか、彼の左右を見回す。視線が交わった気はしたけれども、彼女の視力がそれを許していなかった。
「マツヨサンもいるの?」
「こちらに……」
「ああ、マツヨサン。ダンナサンのこと、ごめんなさいね。悪気はなかったの。それが気になってて」
「いいえ……わたしのほうこそ、はっきりしない態度をとったものですから……」
 青山藍は愛犬をあやすかのようにガールフレンドのよく梳かされた明るい茶髪を撫でていた。一方でもう片手は茉世の尻に伸びる。臀部を這い下り、太腿を撫で摩る。欲情は感じられない。嫌がらせであった。
「……っ」
 茉世は青山を睨んだ。青山は素知らぬ顔をしている。ガールフレンドの目が不自由であるのをいいことに、その眼前で他の女に触れている。
「リンジューインさんだったらヤバいなって思ってたからよかった。優しくしてくれたケド、身内には厳しそうだし」
 青山の手は内腿を揉んだ。動きを封じるために挟み込む。だが余計に他人の手を感じてしまう。下腹部が強張った。伝わってしまったかもしれない。
「帰ろっか、哥チャン。ちゃんとお祓いシてもらったんでしょ?」
「うん。ありがとう、藍チャン。ここを紹介してもらってよかった」
 手が離れた。他の女を触った手で、己のガールフレンドの肩に触れている。侮蔑の念が湧くはずだった。けれども理解してしまった。それは茉世も同じである。
「永世さんともアイドルの話できたし」
 門町哥は他意はないのだろう。ただ茉世の気分次第、機嫌次第で気にかかっただけの話である。茉世は俯いてしまった。
「じゃあね、マツヨサン。また来ます」
「どうもありがとうございました」
 茉世は頭を下げた。商売ならば相手は客だ。
 青山藍はガールフレンドを介助しながら茉世を振り向いた。口角が上がり、グリルズが輝く。彼女はテレビを消した。襖を閉め、カップルのあとをついていった。見送りを蘭と鱗獣院りんじゅういんだんに任せ、茉世は風呂場に入っていった。脱衣所の隅で永世は蹲っていたが、彼女がやって来ると腰を上げた。茉世は一気に距離を詰めた。しなやかな身体に縋りつく。もう弁解の余地はない。まさに禅から糾弾されるべき不倫であった。罪悪感はある。罪悪感に酔っている。判断はできる。だが行動は判断に基づかない。
 茉世は永世の鼓動を聞いていた。そして彼の周りに漂う空気を吸っていた。真上から吐息が聞こえる。罪悪感という概念は刻まれている。ただ機能しないのだ。
 彼の手が頭に落ちてくる。茉世も黒い猫と同様に喉を鳴らせればよかった。目元をすがめられるのみである。頭に落ちた手が櫛となって髪を梳いていく。腹の奥が熱くなっていく。焦燥を急かされている心地だった。けれども今は、布の下の肉体に身を寄せていたい。彼の体臭が肌理きめに沁みついていくのを望んでいる。ところが下腹部は熱く潤み、疼く。蠢いた。青山藍に仕掛けられた罠の存在を感じる。違和感がさらに収縮を呼ぶ。
「……っん」
 一度だけこの男の肌を知っている。だがあの経験が欲しいのではなかった。この男から安らぎが欲しい。しかし身体は焦る。
 息を詰めるのが頭上から聞えた。顔を上げる。溶けたキャラメルを彷彿とさせる眼に戸惑う。やはり温まったキャラメルシロップだった。粘こく彼女の瞳に纏わりついて目を逸らすことができない。
 まだ待てた。やぶさかではなかったが、もう少しばかり彼の引き締まった筋肉と柔らかな匂いを愉しんでいたくもあった。けれど終わるのも悪くない。
 頬に添えられた手にはまだ冷めている名残りがあった。黒い猫がやるようにゆっくり睫毛を閉じる。
 唇が迫る。迎えた。合わさる。たわんだ。刹那の接触。米粒ほどの距離が空く。溶けたキャラメルを間近で覗きたかった。
―蘭サンにワルイと思わないの。
 青山藍の声質も抑揚も覚えてしまった。実際に言われたことではない。むしろ茉世が対象こそ違うものの突きつけた言葉である。他人を非難し侮蔑する立場にはなかった。同じ穴の狢であった。そして青山藍の言うとおり、悪いと分かっていながら止められないのである。否、止めようと思えば止められる。問題は、止めたくないのである。後先のことを放り投げて、目の前の享楽に耽りたい。
「考え事、してる……?」
 溶けて滴り落ちそうなほど熱を持ったキャラメルが転がる。そしてそのまま口付ける。啄み、唇が何度も弾んだ。もどかしい。茉世は永世のシャツを摘んで、背伸びをした。足首に走る痛みによってもとに戻る。戻った分、彼が埋めた。痛みは反射的に彼女を床に留めたが、やがてその正体は拡散されて薄れ、違う解釈と混じって形を変えた。小さな痛みが気持ち良くなってしまった。しかし片足は片足を庇おうと、居場所を探る。
「ふ………、ん、ん………」
 彼女は必死に舌を伸ばした。教えられた内容は忘れてしまった。いいや、いいや、言われたことは憶えている。けれども実践しながらでは余裕はない。相手も待たず、主導権を握ろうとしていた。茉世は負けたくなかった。
「ん、んん……」
 息もできない。絡みつく舌から逃げ、絡みつきにいく。往なされて、組み敷かれてしまう。勝てば淫ら、負ければ甘やか。粘膜が荒れそうなほど擦れ合う。けれども荒れる前に溢れ濡れていく。
 白いシャツを摘んでいた手に、長い指が迎えにきた。外し取られ、握られていく。器用だった。茉世は接吻に夢中で、また精一杯であった。流されるまま、掌が合わさるのを放置していた。外でも深く繋がれる。互いに片手は塞がった。永世のもう片方の手は茉世の背にあった。力が込められる。接近を求められ、彼女は薄いなりに筋肉ののった胸板へ、柔らかな膨らみを押し付けた。重さを委ねてしまったような軽やかさと安堵感を覚える。
「……んっ」
 永世から吐息が漏れる。茉世は勝機を窺っていた。シャツを掴んでいた片手が、下がっていく。ハーフパンツのゴムをなぞり、ポケットの脇を抜け、腿を這う。舌の動きに動揺があった。
「ふ、………」
 彼の身体が小さく跳ねる。下腹部が当たる。牡のみなぎりがぶつかった。拙い舌遣いだった。けれどもその血を滾らせ、布を押し上げている。とてもそのようなおぞましく穢らわしい焼け爛れた巨大蚯蚓のことなど知らなそうな顔をしておきながら、永世もヒトのオスであった。男であった。そのために三途賽川の血を引いて存在しているのだ。ゆえに恐ろしい目に遭って皮を剥かれた哀れな火龍のごとき器官を生やしていることは何等不思議ではない。劣情に苛まれ、渇望に疼き、快楽に悶える場面もあるのだろう。
 加虐心が生まれた。同時に保護欲も芽吹いていた。自分よりも背丈も肩幅もある、健康で強壮な男に対して、包み込みたい気持ちが湧いている。
 茉世は永世の舌先を弱く噛んだ。甘い蜜が滲み出る。脳髄が温かい湖に浸されたようだ。
「ん、」
 腹に当たる膨らみを撫でた。布が張り、その下に凹凸を持った硬いものが浮き出ている。物珍しい器官だった。知らないわけではないが、知ろうとしたことはない。これは彼女にとって凶器であるはずだった。しかし持主の優しさを知っている。包丁は人を刺せるが、現代に於いては根菜を細かく切るものだ。不思議な肉体反応を触る。力加減が分からなかった。女のそこと同じように爪を立てず、力を込めず、なぞっていく。
「ぅ………」
 脈動が伝わる。彼の清楚な美貌にも、皮膚病の龍が生えている。その差異が彼女の胸までも熱くした。彼も彼の肉体に棲まう気色悪い龍も守らなければならない気になる。
 茉世は唇を離した。混ざり合った唾液が粘性を帯びて2人を繋いだが、長くは持たなかった。彼女はゆっくりと腰を屈めた。足が痛むため、膝立ちになった。
「茉世さん……」
 彼女はハーフパンツを下げた。現れた下着も下げてしまう。卑猥な雑誌を見たことがないわけではない。男の器官を女が口に咥える写真も見たことがないわけではない。永世からも以前そのように教わった。尤も、実践する相手は彼当人ではなかったはずだけれど。
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