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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/
ネイキッドと翼 53
しおりを挟む三途賽川で行っている祓や除霊は茉世の知るところではなかったし、受ける者を除けば女人禁制であった。
青山藍のガールフレンドのことは男連中に任せ茉世は庭に出ていた。通常ならば、少し離れたところにある堂でやるらしいが、今回は三途賽川邸でやるのだという。そのために門町哥を除いては、女は外に出ていなければならないのだという。家事代行員たちも出払っていた。茉世は物干し竿の近くノ外構に腰を掛けて時間を潰していた。絆にもすでに今日も戻れないことを連絡している。何故戻って来ないのか問うてくることもない。心配性ではあるようだが聞き分けはよかった。だが返信はないかと確認していた。絆からの返信はやはりなかった。黒光り蒲鉾板を指先で撫でていく。シャンソンの管理会社からの連絡もなければ、住人たちからの連絡もない。
彼女は近付いてきている砂利の音に気付かなかった。
「オネエサン」
高価なスポーツブランドのシャワーサンダルがまず目に入った。ロゴ入りの甲バンドから覗く五指には青と金の爪が乗っている。
おそるおそる見上げた。ビーズカーテンみたいな耳飾りを垂らし、ブルーのカラーサングラスをかけた、デニム生地のオーバーオールの男。今日は薄手といえども暑苦しい上着はない。洒落てはいるが、この者以外には似合いそうになかった。否、彼の頭髪や装飾にこの服装は不似合いであった。だがその不似合いさに潜む、見えないスタイリストに強いられ着せられているようなストーリー性を含め、活きたファッションといえるのかもしれなかった。
「カノぴ、来てるっしょ?」
青山藍である。石ころのごときリングの嵌った小指を口角に引っ掛け、ダイヤモンドを散りばめたグリルズを見せつける。それがアイデンティティで自己紹介と言わんばかりである。
「中にいますけれど……女人禁制ですから、わたしは入れなくて……」
だから一人で入っていけと、玄関へ促す。
「はー? そんな男女差別がイマドキ赦されてイイワケ? ヤバいね、オタク。じゃあオカマとオナベはどうすんのさ」
「多分ですけど、生まれた時の性別だと思います。ここはそういう家ですから……」
「ふーん。ワタシのカノぴ、見たでしょ?」
訊いた側はその返答にまったく興味はなさそうである。
「はい」
「オネエサンと違って若くてカワイイっしょ」
「そうですね」
比べるべくもない。20代の前半であろう。若々しく、髪や爪、服装にも手入れが行き届いている。
「この前ヘアサロン行ったし、昨日はネイル行ったの。ワタシと同じ店。シェリーンの服も似合ってたっしょ。オネエサンもダンナさんに連れてイってもらいなよ」
しかし茉世の脳裏に浮かぶのは夫のことではなかった。無邪気に腕に縋りついたオレンジ色のネイルカラーだ。
「……そうですね」
腹の辺りがざわめき、胸が膨らんで呼吸を妨げるようである。落ち着かない。
「オネエサン、ちゃんとジブンがブスでババアだって自覚しなきゃダメだよ。だからレスっちゃうんだ。アカチャン産まなきゃイケナイんでしょ。キレイになる努力しなきゃダメじゃん、オネエサン」
「はい……」
「ブスでババアで陰気なの、一番ダメでしょ。ちゃんとオモシロク返さなきゃ。ツマンナイ女ナンテ、すぐ捨てられちゃうよ」
「玄関はそちらです」
きゅりきゅりと音がした。振り返ると、茶の間の掃き出し窓に黒い猫が立っている。レースカーテンとの間に挟まり、窓ガラスを引っ掻いている。
「行かないよ。ワタシ、オネエサンとアソブ」
ペディキュアと同じ配色、同じ模様の爪が乗った手は、茉世の腕を掴んで引き摺った。
「よしてください! やめて……引っ張らないで!」
納屋へ茉世は攫われていった。
「オネエサンと初めて結ばれたトコロだよ、オネエサン」
壁へと叩きつけられ、跳ね返ることも赦されなかった。弾んだところにあるのは唇である。茉世は青山藍を拒みきれない。捕食のような口付けを受ける。角度を変え、幾度も幾度もキスを浴びる。唇に刺さる銀疣の硬さも押し付けられていた。青山藍は何を考えているのだろう。母屋には「女友達」とは訳さないガールフレンドがいるのだ。ここは三途賽川宅なのだ。茉世の夫がいるものと考えていいはずだ。
「ん………っ……キス、は………」
拒否の言葉は食われてしまった。二又に割れた舌を捩じ込まれ、喋ることはもうできない。
直前までガムを噛んでいたらしい。ミントの清涼感が生温く伝わる。柔らかな器官に、とても同じ器官とは思えない力で鑢をかけられてしまう。
「ふ…………ん……………っ、ゃ」
華奢な女を留めておくのには大袈裟なほどの力加減だった。口腔を漁りたい放題漁られる。乱暴に扱われた唇はみるみるうちに荒れてしまった。優しく蕩ける唇しか、暫くは知らずにいたのだ。甘やかされていた。砂と埃に白けたコンクリートには丸い染みが滴り落ちる。
「ベロ出せ、マツヨ」
男の力が怖かった。おそるおそる、彼女は指示に従った。戦慄く舌を、荒れた唇から突き出した。
「オネエサンのベロ食わせろよ」
迫る鋭い美貌の威圧に耐えられない。滑稽にも舌を出したまま、茉世の顔は逸らされようとしている。
「食わせろ」
低い声音で嚇され、茉世は背けてしまいそうな首を固めた。グリルズが彼女の舌を拾って食んだ。
「ぅ………う、う………」
溢水した歯列から小さな滝ができて、またもやコンクリートの床に染みを作る。青山藍は湧水を啜った。肩を砕くほど鷲掴んでいた手は彼女の輪郭に添えられ、さながら恋人に対する接吻であった。そこに第三者が現れる。しかしそれは人間ではなかった。カラスの仲間みたいに紫色を帯びた艶やかな毛並みに埃だの塵だの蜘蛛の巣だのを纏わせた猫であった。
「ん゛み゛ゃあああ゛! んぎぎぎゃぁぁあ!」
喉が潰れるほど鳴き喚き、納屋を覗いて硬直するやいなわ、真っ先に青山藍に飛びついた。脚を噛む。しかし厚手のデニムは牙を通しはしなかった。
「ネコちゃん。ダメだよ、ニンゲン様の邪魔しちゃあ」
納屋は広く、ほとんど空いていたが、端には様々な器具用具が於かれて砂をかぶっていた。青山藍はこの男の印象をいくらかまろく見せるオーバーオールのポケットから赤く平たい紐を取り出した。そしてデニム生地を噛む猫へ屈んだ。
「黒ちゃんには何もしないで……」
小動物である。言葉も通じない。多少の鬱陶しさは否めないが、だからといって傷付くことに清々するわけでもない。
青山藍はこの小煩い生き物の寸胴な首に紐を巻き付けた。左右に交差させ、別方向に力を加える。猫は口を開き、喉を引き攣らせた。やがて腹を大きさ波打たせ、息絶える―……
―……はずであった。
青山藍は黒い猫の首に赤いリボンを結んだ。そして噛まれ、引っ掻かれるのも厭わず、袖を長く伸ばして近場にあった汚らしい買い物かごをひっくり返す。中に入っていた細かな道具が散らかった。空になった逆さのかごに黒い猫を収め、上から壁に立てかけてある鉈だの鎌だの枝切り鋏だのを重りにしてしまった。
「オネエサンは今ワタシのご主人様だから。ご主人様寝取りシてゴメぇンね?」
「んぎぃみゃぁぁあ。みゃああぉぉお。んに゛ゃぁおおおー!」
茉世は逃げようと思えば逃げられた。しかしあの小動物は、いわば猫質であった。青山藍の機嫌を損ね、自分一人逃げ、あの猫は無事で済むのであろうか。青山藍は人格破綻者なのだ! それはすぐ傍にある母屋にガールフレンドがいるにもかかわらず、このような奇行に走れるところからも窺える。
「んに゛ゃおおおおー。あ゛お゛おおお……ぎゃおおおお………アぉぉぉ………」
「シキリナオシだね、オネエサン」
黒い猫が喚く。余計に茉世の恐怖心を煽るだけであった。
「黒ちゃん……」
「青ちゃんじゃダメぇ? ニャオン、ニャオン。オネエサ~ン。ニャオン。ゴロゴロ……」
青山藍は突然甘えだし、総毛立って凍りついている茉世に身を擦り寄せた。時折、唇を吸う。
「青山さんは、こんなことをしていて、いいの……?」
「ソウダヨ。ドウシテ?」
「自暴自棄になっていていいんですか……? 絆さんと戦わなくて……」
「タイマンでもしろって?」
薄い手が茉世の頬を撫で摩る。手つきそのものは優しいが、どこか脅迫めいている。
「そういうんじゃ……なくて…………」
「戦ってるデショ? "ブロークンハート" は潰す♡ ワタシは文秋に売られる。そうデショ? オネエサン」
ヘビのようになった舌はヘビほど長くなかった。青山藍は顔を近付け、ヘビよりも肉厚な舌で彼女の頬を舐め上げる。
「お化粧のアジがする~。お化粧してたんだ? ブスババアなのに。ブスババアだからお化粧してたんだもんね? ドコの? ヂオール? チャンエル? ギルシチュ? でもそんなにほひシナカッタよ? オネエサン」
青山藍は彼女の頬を万遍なく舐め続ける。それから耳を見つけて、噛みはじめた。
「オネエサンの耳のグミ美味しい!」
グリルズが何度も耳朶を噛む。
「よ………して………」
「オネエサンの耳オイシイよ! オネエサン………ピアス穴、塞いじゃったの?」
懲らしめるつもりなのだろう。一際強く噛んで、耳朶を引っ張る。
「痛いッ!」
「オネエサンの穴っぽこがナクナッテルよ? オネエサン? 穴っぽこ、ドコ?」
彼女の耳はべちょべちょに濡らされ、耳朶には赤く歯型が残った。
「オネエサンの穴っぽこは? オネエサンの穴っぽこにハメハメしたい」
青山藍は無遠慮に彼女の胸を揉んだ。
「触らないでっ! すぐそこには、あなたの―……」
「遠かったらイイの? 何キロくらい離れててホシイ? ポンニチはセマイよ、オネエサン。地球はとっても、セマイよ、オネエサン。宇宙からみたら地球ナンテ、四捨五入すればみんなオチンチンとおまんこが重なり合わさってるくらい、セマイよ?」
青山藍の指は乳房を一頻り揉むと、先端部で集合する。
「や……め………」
「ヤメナイよ、オネエサン! ワタシ、アイドル、ヤメナイ。ナゼナラ、"ブロークンハート"と共倒れするから」
対峙していた茉世を、青山は壁に向けさせた。彼女のシャツの裾を捲り、ブラジャーの上からまた膨らみを揉んだ。
「やだ………」
彼女のか細い腕では、青山の手を払い落とすことはできなかった。
「オネエサン」
まるでホラー映画の宇宙人だ。茉世の項に青い彩りの落ちた唇を当て、髄液を啜っている。
「や…………っ、」
「おっぱいでっかいね」
ブラジャーに手を入れ、素肌を触る。突起が掌に当たった。敏い青山が見逃すはずはない。
「オネエサンの勃起乳首見つかったよ? オネエサン。オネエサンの勃起乳首!」
耳殻を一舐めしてから、突起を摘む指に力が籠もる。
「あ………っ」
滲むような快感が広がる。この状況からすり抜けなければならないのだ。だがその計画が挫かれようとしている。
「オネエサン……ウッタエ出なよ。"ブロークンハート"なんか潰れればイインダヨ? 絆なんて、新しいプロジェクトがあるからすぐ尻尾切りすればイインダシ。無邪気キャラなんてウソウソ。トッテモ打算的ダカラ、絆って」
胸を揉み拉く。それは遊びであった。手慰みであった。柔らかな脂肪を楽しんでいる。
「よして……」
「んにゃおおおお~、あおおおお」
「オネエサン」
青山藍は後ろから茉世の首を吸った。よほど美味しいゼリーでも見つけたかのようである。赤い痕は彼女には見えない。
「えっちオネエサン。今日はオーバーオールで面倒臭いからおちんちんハメハメしないよ。デモおまんこはスりゅぅ!」
グリルズが彼女の耳の軟骨を挟んで上下する。
「痛い、痛い……」
出血はなかった。青山も噛み千切ろうというのではないようだった。
「オネエサン、オネエサン」
耳の裏を舌が這う。髪が唾液に濡れて乱れる。
「おっぱい、揉まないで……」
「オネエサンのデカぱいキモチイーヨ」
縦横無尽に揉み、不規則に突起を転がした。繰りり、繰りり、膨らんだ実粒が身を捩る。
「あ、ぁ……」
「寒いから乳首コリコリにシテルノ?」
乾いた指は容易く乾いた乳頭を捕まえる。あとは律動と強弱を持って、力を込めるのみだった。
「あ…………っ、だめ……」
「おまんこ濡れ濡れにシないと、おまんこデキないでしょ。男の子みたいに腰ヘコヘコしな?」
彼女を蕩けさせる絶妙な力が加わった。乳搾りのような手付きに辱められる。この小さな箇所を摘まれるだけで、全身が無防備になることを本能は理解していた。狡猾であった。そうなってしまえば庇護者が要る。探すまでもなかった。目の前に優秀な牡がいるではないか。この牡に媚びればいいのだ。この牡を庇護者にすればよい。
「や………だ、やだ……」
だが彼女はこの無意識に賛同しなかった。この男の手に溺れたくない。
「ダメだよ、オネエサン。ワタシとアソブの」
耳元では果汁を啜る音がする。実際に啜られているのは耳の裏である。割れた舌先が耳朶をサンドバッグ代わりに薙ぎ倒す。身体に力が入らない。下腹部が甘く疼く。肉体も命も結局のところは繁殖の味方である。人格を、彼女の意思を平然と裏切る。目の前の牡は番い候補として見事合格していた。身体は彼女の説得など聞きはしない。この牡と番い子孫を遺せと命じている。逃げる力は入らないと膝を戦慄かせるのが精々である。だがそれすら彼女という乗り物に潜む運転手の策略なのだろう。種を注がれるのを待っているかのようだ。婀娜な姿勢で、図体ばかり健康の愚かな牡を誑かしているかのようなのだ。
「はな………して、」
「"はなす" よ、オネエサン。何を話す? 絆のコト? ヒドイヤツだよ、アイツは。オネエサン」
乳頭を搾られる快楽に溺れ、茉世は口を閉じることも忘れた。散々吸われたために腫れて色付く唇から水飴が溢れ落ちる。
「アイツ等がヤッツケ仕事シてるクセに、ワタシに手抜きシろってヒドくな~い? ワタシ、明と銀蔵とずっとヤってきたかったのに。シッテル? ムカシは明と銀蔵と組んでたの」
「え、つー、じぃ…………」
彼女は自身の口腔で溺れかけた。まだ完全には消え失せていない思考を働かせる。鱗獣院炎が口にしていたのはそのような響きだった。
「ダンナさんに教えてもらったの?」
青山は二度三度、指を鳴らした。
「セイカイのオネエサンにはゴホウビあげないとね」
けれども褒美などなかった。青山が飴だかチョコレートだかの個包装を破り、自身の口に含むのみであった。
「オネエサン、はい。タベテ。タベルんだよ? オネエサン。ほら。チュー」
ネイルカラーのちゅるちゅる照り輝く指は嫌がる茉世の顔を捕まえ、首の骨を折るのも恐れずに後ろを向かせた。そしてすぐさま口を塞ぐ。
「んっ……!」
青山藍の口のなかにあるものを押し込まれようとしている。彼女は舌で拒んだ。チョコレートの甘さではなかった。かといって飴のような固さはない。砂糖の甘さが移されていく。軟かな固体を堰き止める茉世の舌を、青山の舌が撫で摩る。裏表の粗い質感と滑らかな質感を覚えさせでもしているかのようだった。
「んみゃおおお!」
遠吠えするあまり黒い猫の声は掠れていた。
「ふ………ぅ、ッ」
舌の力でも彼女は押し負けた。砂糖の味が強くなり、軟かなものが口腔に投げ捨てられる。砂糖のまぶされたグミである。パイナップル味だろうか。甘酸っぱい。砂糖は半分、青山によって溶かされていた。
「ゴホウビだよ、マツヨ。咀嚼して、ゴックンしな?」
茉世は吐き出そうとした。だが下顎を押さえつけられる。
「ノーセンキューはダメだよ、オネエサン」
「ん………ゃ、」
「ダぁメ。ポロソフのコラボグミだよ、オネエサン。1粒1000円。オネエサン?」
口寂しいのならこの男こそ、高価なこのグミを食うべきであった。青山藍は茉世の耳を齧った。
「オネエサンの耳おいち~!」
グリルズが軟骨を挟む。放っておけば食い千切られそうだった。
「う………うぅ、」
他人の口内で溶かされたグミを噛む気にはなれなかった。丸呑みする。滲む口水を吐き出した。
「オネエサンちゃんと噛まなきゃダメでしょ。オネエサン……噛まなきゃ」
噛んだのは青山藍であり、噛まれたのは耳であった。
「いたっ……痛い……」
「ん゛ん゛ん゛み゛ゃみ゛ゃみ゛ゃ!」
黒い猫はかごの中で暴れ、上に乗せられたものが落ちる。
「ちゃんと噛まなきゃダメだよ、オネエサン」
「痛い、痛い……」
「イタくないよ。イタくな~い。オネエサン」
出血したのではあるまいか。しかし青山に舐めしゃぶられ、患部は見えない。
「あっちへ、行って……」
「オネエサン」
青山の腕は要求とは反対に、彼女を強く抱き締める。
「く、苦しい……」
「オネエサンくっさ。ワタシのヨダレのにほひがスる」
肉が潰れ、内臓は拉ぎ、骨は軋む。
「放して………助けて………助け………」
「カワイイネ」
「哥さんが、いるのに………」
「うん。哥がカワイイんだよ? オネエサン、カンチガイしちゃったの? オネエサンもカワイイって言われたかった? オネエサン、ブスババアなのに?」
耳の裏を巨大なナメクジが駆けていく。巻き付いた腕が緩む。茉世の躯体も弛緩する。だが休む暇は与えられなかった。アナコンダだった腕は交差して彼女の胸の撓みをがちりと掴んだ。
「怖い……」
「ナンデ? ワタシ、オネエサンのコト殴らない。ブスなのに殴ったらカワイソウだろ! ブスなオンナノコは殴っちゃダメなんだよ。ブスがよりいっそうブスになっちゃったら生きてるイミがナイからね」
長い指は大きな蜘蛛のようだった。喋りりながら脂肪を揉む。
「酷い……青山さ、………も、放して………」
指は、この女の黙らせ方を熟知していた。
「んあ、……」
突起を擂り潰せば、彼女は腰をくねらせ、途端に媚びはじめる。
「おっぱいくりくりされてイっちゃうイっちゃうする?」
茉世は徐ろに首を振る。
「オネエサン、バカだね。ワタシの前で絆の話シたり、哥チャンの名前出すなんて。ヤキピー焼いてんだ? ワタシに妬いてホシイの? カワイイね。でもダイジョーブだよ、オネエサン。ワタシ、オネエサンのおまんこ気に入ってるから、放さないよ、オネエサンのコト」
片方の耳が曇った。地上にいながら水のなかに沈められたらしい。
「あ、あ………」
生温かく湿ったものが耳孔に侵入している。不快感に身をのたうたせた。耳のなかに居座る舌ものたうった。銀疣が冷たくぶつかる。彼女は身震いした。
「ぃや……!」
「ワタシのヨダレで中耳炎にナリナヨ」
笑い声が漏れていた。茉世の耳は唾液がしとどに照り輝いている。
「んぎぃ、みゃあああ!」
「ネコチャンはおまんこのアジもう知ってるの?……あのネコチャン、オトコノコ? タマタマ見せてよ」
青山藍は気紛れな人間だ。急に獲物から興味を失うと、かごのほうへ身体を向けた。茉世も詰めの甘い女だった。青山藍がかごのなかの小動物の雌雄を判別するだけで済むだろうか。この点に関して、彼女は青山藍を微塵も信用していなかった。その1足で最新の高機能携帯電話を買えそうな額のシャワーサンダルが黒い毛玉を蹴り上げないとは限らない。女の身でも苦しいが、小動物なら尚更耐えられなかろう。
「黒ちゃんに酷いことしないで……」
咄嗟に袖を摘まんでいた。
「ヤキモチだ、オネエサン! カワチイ!」
檻の中の黒い生き物に向かうはずだった足はふたたび茉世のほうに直る。
「にゃおお……」
猫も落胆するものらしい。金色の双眸が茫と人間の牝牡を凝らしていた。
「青山さん……っ」
青山藍はそうとう機嫌を好くしていた。鼻歌を歌い、銀色の面皰を生やした口元は弧を描く。カラーコンタクトレンズと思しき青い瞳も眇められている。
「ん~?」
相手が嫌がっていようが構うことはない。青山藍という男は青山藍がしたいようにするのだ。季節外れの長い袖を握られたのが気に入ったらしい。茉世の腕を握り返し、逃げられても追い回す。彼女の戦慄く唇を捕獲し、貪り食う。
「よ、よして………」
拒否の言葉を受け入れる人物ならば、こうはなっていなかった。口を開くだけ無駄であった。無駄どころか不利益を被るのだ。彼女は不用意に口を開いた。ヘビは隙間を縫い、暗闇に潜るものなのだ!
「ふ………ぅ、う」
飽きるほど絡ませ、巻き付かれた舌が再来する。今度は唾液を流し込まれ、茉世は嘔吐いた。
傲慢なキスだった。機嫌を窺い、懐に入り込んで、すべてを掠めていく優しくも狡猾な口付けしか知らない。このような愚直で浅慮な接吻はとうてい受け入れられない。茉世の眦に悔し涙が光った。
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