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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/

ネイキッドと翼 51

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 結局、茉世まつよは帰れなかった。永世は蘭とともに病院へ行かなければならなくなり、鱗獣院りんじゅういんだんは本家で怠ける喜びを知ってしまったらしい。図体も態度も大きいが、鱗獣院家では余程肩身が狭いのだろう。制服からまたきつそうな着流しに着替え、茶の間で横になっている。家の事情もあったけれども、一番の問題は黒い猫だった。何が何でも茉世から離れようとしない。一度はタクシーで帰ろうとした人間どもの心意を見透かして甲高い声で泣き喚き、暴れ回る。ネコは怒り狂うと床を走り、宙を舞う。鱗獣院炎も諦めて猫を構うのをやめ、茶の間に寝転ぶわけである。
 茉世は荷物を部屋に戻すと、救急箱を持っ茶の間に来た。この家の大黒柱よろしく偉そうにしている高校生の傍に腰を下ろす。
「あまり近付くと、また獲って食っちまうぞ」
「ですが、手当てしないと……」
 鱗獣院炎は身体を起こした。彼は引っ掻き傷の目立つ手を茉世に預けた。その間も黒い猫は自ら毛尨体を擦り付ける。
「優しくしてくれな?」
 鱗獣院炎は彼女を覗き込み、あざとく首を傾げた。しかしいくら垂れ目を見開いたとしても、その外貌は力強そうな大男。ギャップはあるがすぐに目が覚める。
「できるだけ……」
 引っ掻き傷は血が滲む程度の規模だった。ろくに洗いもしていない。けれどもどこを徘徊してきたのか分からない猫の爪だ。毛艶もよく、見たところ綺麗ではあるが、その爪が衛生的か否かは定かでない。
 ピンセットが青白く濡れた綿を抓み、色黒い手の甲で弾む。
ばんが出てるが」
 流していただけだと思われていたテレビに、彼女も目を遣った。画面には確かに絆が映っている。インタビューを受けているところだった。彼に連絡することがあった。
「アホに見せかけて、あれでとんだ食わせ者だぞ。さすが芸能人。そうでなきゃ生き残れねーってワケかぃ」
 けれども茉世はその人物評に納得しなかった。絆の執着は、彼に元から備わっていた気質ではないだろう。その種をこの三途賽川さんずさいかわが植えて立派に育てたのだ。
六道月路ろくどうがつじとこのオレ様を出し抜くとは思わなかった」
 使った消毒綿を捨て、濡れた部分を乾いた綿で拭う。
「蓮さんがいてくれたら、よかったんですけれど……」
 軟膏を掬った。
「それはオレがやる。嫁さんに生傷触らせるのはさすがに、な」
 太く長く浅黒い指が、茉世の薬指に纏わりついた軟膏を掠め取っていく。不慣れな、新鮮な感触に彼女はたじろいだ。堅いクリーム状の奥に、荒々しい肌理きめを感じた。人の皮膚で作ったやすりだ。
「あ……」
 咄嗟に手を引っ込めてしまった。目を逸らす。取り繕い方も忘れた。取り繕うという選択がまず湧かなかった。接した箇所が腫れていくようだ。沸騰して間もない湯を飲んだときに味わう胸の熱さを覚える。
「発情しちまったか?」
 揶揄する調子ではなかった。体調不良を案じる口振りであった。
「オレ様に近付くと、女はムラついちまうんだよ。オレ様に魅力を感じてるなら同性ヤロウでもな。だから自己嫌悪する必要はねぇや」
 茉世は蕩けた目を鱗獣院炎へ流す。
「適性があるな、あんた。オレ様の子を産む」
 彼女は外方を向いた。
「子供が何を……」
「お家が子供でいさせちゃくれなかったんでね」
 同意を示そうとしたとき、玄関扉が叩かれた。金具が甲高く軋む。出て行こうとした茉世を鱗獣院炎が制する。重げな身体が玄関へ出ていった。
 蓮かと思われた。彼はスマートフォンも鍵も持っていかなかった。しかし違った。引戸の音の後に聞こえた声は『茉世義姉ちゃんは?』だ。絆である。テレビで観たばかりの人物が壁一枚隔てたところにいる。
『茉世は帰ったよ。残念だったな。入れ違いだ』
 来訪者が誰であるか分かったとき、彼女も腰を上げていたが、立ち上がるのは思い留まった。
『本当ニ? 本当に茉世義姉ちゃん帰ったノ? 見てってもイイ? 隠れてるかもしれナイ』
 ふざけた調子ではなかった。その音吐おんとは切実だ。
『お前、おかしいぞ。働き過ぎか? 売れっ子アイドル』
『茉世義姉ちゃん、ドコ? 蘭と蓮に酷いことされて、出て来られないンダ。だから茉世義姉ちゃんのコト、隠すノ? 地獄に堕ちろヨ! 地獄に堕ちろ!』
 絆は徐々に語気を強めた。男声とは判じられるが喋り方がゆえに幼く感じられる。
『三途賽川一族郎党が堕ちるのは、血沼苦獄だ。そんな楽園に案内すんなや、生温い』
『婦女暴行野郎! 茉世義姉ちゃんを出セ!』
 鱗獣院炎という人物の気性をすべて知っているわけではなかった。だが、これから玄関で起こることを茉世は想像できてしまった。
「待って」
 男の喧嘩だ。口を挟み、邪魔をするのこそ野暮。そして全力で挑むのが礼儀。鱗獣院炎ならば言いそうで、やりそうなことである。彼女は茶の間から顔を出した。黒い猫もやって来て、脚の周りを回る。
「茉世義姉ちゃん!」
 絆は三和土たたきに立っていたが、式台へ迫った。けれども彼の前を仁王像みたいなのが塞いでしまった。
「茉世義姉ちゃんを返してヨ。茉世義姉ちゃんを虐めないデ。茉世義姉ちゃんを虐めないデ!」
 泥沼みたいな目の色で、絆の焦点は覚束ない。かといって眼球の疾病や障害とはまた異質であった。
「大丈夫ですよ、絆さん。みんな優しくしてくださいました」
 そうは言った。言うまで何の疑問も持たなかった。ところが口にした途端、甦るのは妻を弟に譲ろうとする夫であった。そして兄にその嫁を乞う義弟であった。しかし義母が遭っていたらしきことに比べれば、何のこともないのだろう。
「騙されてるヨ! 茉世義姉ちゃん、帰ってキテ……ドコにも行かないデ……」
 鱗獣院炎をそこにある大きな置物だとでも思っているらしい。絆は右から左から義姉の姿を窺い、手を差し伸べた。すると黒い猫は毛を逆立てて茉世の脇を擦り抜けていく。
「うぅ~! ぅに゛ゃに゛ゃ! にゃぐぐ……」
 高い声で呻き、静電気を帯びたような身体を強張らせて、今にも人間へ飛びかかりそうだった。絆は虚ろな目を黒い静電気毛尨に落とした。
「ああ……猫が恋しくて帰れないんダ。シャンソン荘、自分の部屋だけだったらペット大丈夫だヨ。戻ってきテ……」
「その猫、よく見てみ」
 絆は虚空を映す目を屡瞬しばたたかせ、黒猫に凝らす。矯正し漂白した歯が噛み締められていく。
「気持ち悪いッ!」
 茉世も焦茶を帯びた黒い毛並みを観察していたが、それは何の感慨もない猫である。絆が何故叫んだのか分からない。
「茉世義姉ちゃんのコト監視して回る気なんダ! 最低ッ! クソ野郎! 保健所に連れていってやる!」
 気違いの沙汰であった。絆は正気ではない。上がりかまちに這い、この小動物を邪険に扱った。
「どうしたんですか、絆さん」
「コイツはストーカーなんだヨ!」
 確かにストーカーじみた猫であることは否めない。だが所詮は猫だ。茉世は絆が恐ろしくなってしまった。
「落ち着いて……! 落ち着いてください、絆さん……」
 気の狂ってしまった義弟から、茉世は黒い猫を遠ざけた。抱き上げると喉を鳴らし、顔を寄せる。
「おもしれーだろ、あの猫」
 同い年の親族が現れたためか、大男の垂れがちな目がさらに垂れて見えた。肩や背を叩かれている絆は凝然としている。
「すみません。絆さんが猫嫌いだとは知らなくて……」
 茉世は茶の間に猫を放り、扉を閉めようとした。しかしストーカーみたいな毛尨は軽く踵を返し、閉まりかかる隙間に首を挟んだ。
「きゃ! ごめんなさい、黒ちゃん。ごめんね……」
 自ら断頭台に向かっていったというのに、彼女はすぐさま猫を救い出して首を撫で摩る。当たり屋だ。当たり屋の猫だ。
「もう少し嫌われるがいいさ。絆ちゃん、そういうこった。茉世姉ちゃんは借りるよ。"キボク"を出すことにした。もう少し一緒に居させてやりてぇ」
 絆の眉が跳ねた。
「おっ……と、絆。口出しはさせねーよ。男のコトなんかどうでもいいって言ってたろ」
「……分かったヨ。で、その永ちゃんは?」
「出掛けた。オレ様はこれから蘭ニーサマの代理で出掛けなきゃなんねーのよ。茉世 義姉ねえも連れて行く。絆ちゃん、逃がしたくないなら、脚の骨でも砕いとけ」
 茉世には途切れ途切れにしか聞こえなかった。しかし鱗獣院炎が挑発したのは分かった。絆に胸ぐらを掴まれていた。しかし体格に差がある。鱗獣院炎はびくともしなかった。
「バカにすんなヨ!」
「少なくともお前のことはバカにしてないが、一体誰をバカにしたと?」
「オレのマミィと、茉世ちゃん……嫁もらうたびにそんななら、オレ、マジで赦さナイ」
 どちらかの拳が飛びそうであった。茉世は黒い猫を放って、二人の間に割り入った。
「喧嘩はよして」
 勝つのは鱗獣院炎であろう。首の太さ、腕の太さ、図体を見れば一目瞭然である。アイドルとして理想の体型に整えられたスリムな絆に勝ち目はない。
 彼はスマートフォンめいた腕時計に目を遣った。
「じゃあ、もう帰るネ。永ちゃんにヨロシク。茉世義姉ちゃん、連絡ちょーだい。心配になっちゃっテ……お願いだヨぉ」
「分かりました」
 砂利を踏む音が聞こえ、玄関扉の磨りガラスにスーツ姿らしき人影が映った。茉世は鏡花辺津きょうげべつ月かと思ったが、絆のマネージャーであるらしかった。そこにアイドルがいるとは思えない生々しさ、生活感、現実味を帯びて、絆は帰っていった。磨りガラスの影が消えるまで茉世は見ていた。鱗獣院炎もまた腕をふるう組み、家主よろしく踏ん反り返っている。
「束縛の強いやつだな」
「そうなってしまう生育環境だったのでしょう」
「あんたが何を知ってんだ?」
 問うた形の嫌味にも聞こえたし、本当にどこまで知っているのか訊ねているようにも聞こえた。茉世は前者と受け取った。所詮は夢でみた光景である。堂々と語れることではない。彼女はこの件について口を噤んだ。
「出掛けるんですか」
「いや。オレぁここに住む。ケツから根っこを生やして、二度と鱗獣院には帰らん。ここで上げ膳据え膳で引きこもって暮らしていく」 
「学校も行かないんですか」
 鱗獣院炎は厚みのある唇を尖らせる。
「何もんもかなぐり捨てて、どっか遠いところに行きてーなー」
「"キボク"ってなんですか?」
 彼は口笛を吹いた。垂れ目が泳ぐ。光に向かって見ると、瞳は琥珀色に澄んでいた。
「下僕みたいなもんじゃねーの」
 永世は遠くに行くと言っていた。そして"キボク"というものに彼は関係があるらしい。
辜礫築つみいしづくせがれに何か言われたか」
「いいえ、別に……」
「何か大事なことならあんたに言うさ。きっとな」
「そうでしょうか」
 鱗獣院炎は大げさに鼻を鳴らした。
 「言わねーかもな。男は惚れた女に本音は言わん。隠蔽と糊塗。頭バカになってな」 
 茉世は息が苦しくなってしまった。相手は高校生である。子供だ。揶揄からかわれている。
「その"キボク"というもので、永世さんは遠くに行ってしまうのではないのですね?」
 鱗獣院炎を見遣る。玄関から入る光によって琥珀色を曝したその目は、茉世から逃げるようだった。できるだけ彼女から離れたがっているようであった。
「やっぱり何か聞いてんだな」
「 遠くへ行くと……」
「資格試験で海外に行く。それだけのこった」
 大きな掌が彼女の頭に乗った。まるで年長者で上位者のような所作であった。
「……そう、ですか………」
 やらぬ後悔よりもやる後悔とは嘘である。訊くべきことではなかった。頭上でバケツを覆したような後悔に襲われる。
『んなぉー! んなぉー! んにゃう』
 茶の間の引戸がきゅりきゅり掻き鳴らされる。
「他の男の話をするから妬いちまってるじゃねーか」
 鱗獣院炎は茶の間に戻ろうとした。黒い猫が飛び出し、急停止して、茉世のほうへ方向転換する。薄気味悪い人懐こさであった。
「なーぉ」
「早く飼い主さんが見つかるといいけれど」
 喉を鳴らしている小動物を撫でていると、また訪問者があった。磨りガラスと同化する距離に立っている人物は、茉世にも気付いているに違いなかった。刈り上げられた側頭部に、甘芭蕉の葉のごとく青い髪を垂らし、耳元ではウィンドウチャイムめいた飾りが踊っている。青いサングラスを掛け、弧を描く唇には紫色の化粧が施されている。肘で着ているサテン生地のスーベニアジャケットが普段よりもその者を細く見せた。しかし茉世は内心で誰何すいかするよりも、ヤモリよろしく磨りガラスに張り付くほど至近距離にいる奇行に息を呑んだ。
「オネエサーン……」
 ねっとりと呼びながら、玄関戸が横に滑っていく。
「さっき絆来てたデショ。ワタシのほうが先だったのに。酷いなぁ……ほんと、ウザいよねぇ……」
「んなーお! ぐぎぎぎ……!」  
 白い毛の混ざった腹を晒して可愛い子ぶっていた黒い猫は四つ足に立ち上がって、尾を持ち上げると毛を逆立てる。
「オネエサンのおまんこの匂いが嗅ぎたくてここまで来ちゃった」
「シャー!」
「ウルサイよ、猫畜生。この世はニンゲン至上主義なんだからね。ニンゲンと同じになりたかったら、まずカミサマを見つけなきゃ」
 玄関戸が完全に開いた。青山藍がそこにいる。
 茉世は呆然としていた。茶の間から足音がやってくる。
「宗教勧誘なら断ってくれ。それかそちらさんがウチに入れ」
「ああ、オネエサンのレスりダンナさん? 思ったよりチンポ大きそうですね、アナタ。チンポがとっても大きそう」
 鱗獣院炎は眉を顰めて上がり框から三和土の青山藍を見下ろしている。裸足と思しき靴下の見えないワニ革の黒い靴から染めたての青い脳天まで。
「気色悪い。どういう育ち方してんだ。ケーサツ呼ぶぞ」
 青山藍はグリルズを覗かせる。
「もっとモヤシっ子みたいなダンナさんかと思ったよ、オネエサン」
「ちが、―……」 
 大きな掌が茉世を抱き寄せる。
「妻に近寄らないでもらえるかぃ。お前みたいなヘンタイのクソ野郎に近付かれると嫌なんだよ。見損なうのも疲れるんだ、A01アオイさんよ。これでもA2Gエーツージーのなかじゃ、一番推してたんだぜ」
 青山藍は顔を伏せた。肩を震わせる。泣いているのかと思われた。しかし茉世には青山藍がそのようなことで泣くとも思えなかった。
「ク……ク、クックック、AHAHAHA! イイネ。この世に存在するA2Gの記憶も印象もゼンブ台無しにしてやりたいよ。時代は、"ブロークンハート"。違った。BANG SANG KANG。そうだろ? そうだって言え! そうなるために捨ててやったんだから。お前等のかわちい絆チャンのために!」
「あいつは可愛くねーよ。微塵もな。母ちゃん振り向かせたくてアイドル目指したマザコンだぞ。そのために家もとっ散らかった。18にもなってまだ夢見てやがる。絆がお前に何したか知らねーが、できることなら返してほしいくれぇだよ。いくらバカでも一応は三途賽川本家の血を引いてるんでね。アイドルがどの程度そっちの世界でお偉いのか知らないが、オレの世界からすりゃちっぽけなもんだ。売れてねーならとっとと解散してくれや」
「縄で縛って犬小屋に閉じ込めておいてよ……」
 茉世は鱗獣院炎の陰に隠れ、肩を落とす青山藍を窺った。
「絆さんと、一体何があったんですか……」
 大男の庇護を受け、彼女もいくらか尊大になっていたらしい。一対一であったなら訊きはしなかっただろう。理性と倫理、良心のある人物とは思えなかったのだ。
「ナニもナイよ。絆のほうが人気だから嫉妬してただけ! ソレにカワイイお義姉さんもいるし」
「歌も踊りもヘタ。見た目もちんちくりん。二流だ。愛嬌だけでやってこれちまってる。あんたが嫉妬する理由はねーだろ。"妻"に近寄らないでくれ。絆のことは好きにしろ。実家に帰るよう説き伏せてくれてもいいんだぜ。最初はなから応援なんざしてねーんだ。何がアイドルだ。手前ひとりの人生も捨てきれねぇクセに、誰に尽くしてるつもりだ」 
 鱗獣院炎の腕が茉世を守らんと構えられた。
「コレは視聴者アンケートなんだけど、ねぇねぇ、オネエサンのダンナさん。オネエサンのダンナさんならオニイサン。アイドルは全体の見栄えのためなら、クオリティを下げてもイイと思う?」
「職人とエンターテイナーが同じ穴には棲めねーよ。美味しいもの足す美味しいものが、めちゃくちゃ美味しいものとは限らねーだろ」
 茉世は目の前の大きな背中を見上げてしまった。
「……ならヤッパリ絆ってキライだな」
「手前のなかに答えがあるなら、わざわざ訊いてくるんじゃねーよ、構ってちゃん。帰ってくれ。茉世に二度と手ぇ出すな」
「イヤだよ。ワタシもオネエサンのコト気に入っちゃったもん。アイドルってかまちょナンダヨ?」
 執拗なあの黒い猫よろしく青山藍は可愛い子ぶる。小首を傾げ、お前等の庇護対象なのだとばかりに大柄な躯体をくねらせる。
「用は済んだだろ。とっとと帰ってくれ。そろそろヒルナノデスワが始まるんでね」
「待って、待って。この前オネエサンのトコロにいたイケメンと連絡とれない? モデル探しててさ」
 青山藍はしなを作って茉世へ上目遣いをする。目つきのために睨んでいるように見えた。
「イケメン連れ込んでんのか」
 鱗獣院が振り向いた。青山は意地悪げに口の端を吊り上げ、茉世を見つめた。
「蓮さんです……」
「んにゃう」
 近い距離にいる鱗獣院炎を器用に避けて、黒い猫は茉世の脚に擦り寄る。
「その人は今いねーんだわ」
「オネエサンにベタ惚れだったケド? 呼べば来るんじゃないの。呼んでよ、オネエサン」
「んなぅぅ……」
 構われずにいる黒い猫は茉世を見上げていたが、とうとう脹脛を噛む。
「痛っ! 酷いよ、黒ちゃん。なんでまた噛むの?」
 彼女は鬱陶しいまでに人懐こい毛尨を抱き上げた。呑気に喉を鳴らし、鳴き声まで震えていた。
「イイナァ……ワタシもオネエサンの脹脛噛みたいナァ……ダンナさん、3Pシない? 猫も入れて4Pしよう。3Pはね、オトコ2人のほうが盛り上がるからね。同じチンポの大きさなら、同じチンポの大きさだけ……」
「しない。どうしてもヤりたきゃ性病検査受けてくるんだな。茉世にはガキ産んでもらわなきゃならねーんだわ」
「ダンナさんの前ダヨ! ゴムくらい着けるよ! ジョーシキでしょ」
「ゴム着けても伝染うつるもんは伝染る。常識だろ?」
 青山藍にも鱗獣院炎にも、常識はない。
「検査を受けてもらってきても……しません。青山さんと、そういうこと……」
「……だそうだ。妻が嫌がってる」
「レスってるクセにダンナさん、偉そー。オネエサンが奥さんなら、ワタシ毎日セックスするのに。ってかレスってるのに赤ちゃん産ますって、ダンナさん、何言ってんの? お手々繋ぐとコウノトリが赤ちゃん運んできてくれると思ってるんだ? 違うよ。ダンナさんの大きそうなチンポを、オネエサンのきつきつのおまんこに入れて、パコパコ腰振ると、ダンナさんは太チンが気持ち良くなって、オネエサンのきゅんきゅんのおまんこのなかに臭いヨーグルトみたいなのを出すんだよ」
 茉世は居た堪れなくなった。高校生であればそれくらいの知識はあろう。だが目の前で改めて聞かされている場面に出会でくわすというのはどうにも具合が悪い。世の連中は卑猥なことなど知らないという顔で爽やかに振る舞っているが、そのようなはずはない。それが社会性なのだ。眼前の高校生は腕を組み直し、黙って聞いている。
「オネエサンのたまごにダンナさんの気持ち悪いネズミ精子がぴょろついて……まぁつまり、セックスしないと赤ちゃんデキないのに、なんでレスるの? レスるならちょーだい。オネエサンと毎日おまんこすりゅぅぅぅ!」
 脱色された金髪が掻かれ、乾いた音がする。
「ろくでもないやつにしか好かれないのな……いや、辜礫築の倅がいたか。そらあいつを選ぶわ」
「あ、ワタシがオネエサンとダンナさんが赤ちゃん仕込むトコロ見ててアゲル!」
 青山藍は式台に素足を乗せかけた。青地に金色の模様のペディキュアがちゅるりと光る。 
「オレたちは出掛ける。帰ってくれ。絆も帰してんだ。あかの他人のお前も帰るのが道理」
「ドコ行くん? 産婦人科? レスってるのに赤ちゃんデキてるワケないデショ」
「思春期じゃねーんだぞ、エロ河童。神社だ、神社。よその国みたいにウチでも処女受胎してくんねーかってお祈りして拝んでくんだよ」
 おそらく冗談であった。少なくとも茉世は冗談だと思った。けれども青山はそうではないらしかった。気味の悪いものを見たかのようなつらで上がり框の大男を見上げている。
「……怖」
「拝み屋みたいなもんなんでね。お望みなら、"ブロークンハート"が落魄れますように、って拝んできてやろうか? ガキがデキねーのはセックスが足らねぇからだ。お前等が市中の連中が腰抜けなのは拝みが足らねぇからだ。根性が足らない。根性ってのはなんだ? 信心だ。分かったな。"ブロークンハート"がぶっ潰れるように祈ってきてやる。アイドルなんてチンドン屋なんざこっちから願い下げなんだよ。絆には家に戻って来てもらわねーとな」
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