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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/

ネイキッドと翼 49

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 滑車の軽快な音が夜に沁み入っていく。茉世まつよは目を覚ました。外の冷気と、布団に籠もる温気うんきの差異が心地良かった。だがまた眠りに戻れそうにはなかった。喉が渇いているのもある。茉世は布団を抜け出した。隣の部屋へ歩く。
 どんぐりのケージは夜間、茉世が預かることになった。襖を閉じることができるはずであったが、しかし彼女は義弟の暑気中しょきあたりを気にした。襖はわずかに開いている。身を小さくして、開いたままの空間を通る。義弟はこの部屋にいないものだと思ってしまうほど静かだった。
「先輩?」
 足音を殺し、明かりも点けていなかった。蚊や蛍よりも無辜むこであったはずだ。しかし過敏な青年は人の気配にも反応してしまうのだろう。
「起こしてしまいましたか」
「……だいじょうぶ。どこに行くの」
 寝起きらしき掠れた声に、その声質とはまた異なる甘えた語調。
「お水をいただきに……」
 義弟の姿は暗闇に塗り潰されている。日焼けしない色白の顔も見えなかった。
「帰ってくる?」
 その問いの意図が分からなかった。明日の話をしているのか。また三途賽川さんずさいかわ邸に帰ってくるのかと、問うているのか、将又はたまた、この部屋に帰ってくるのかと問うているのか。
「ここへは、戻ってきますが……」
「ん……」
 寝呆けているらしかった。上体を起こしているのは声の響きで分かったが、そのまま寝入ってしまったようだ。
「風邪をひきます」
 茉世は無防備に布団へ近付いた。暗闇の濃淡を頼りに、寝間着までも黒の長袖シャツを着込む義弟の肩を枕のほうへ倒そうとする。少し汗ばんでいる。冷房を嫌っている場合ではない。
「先輩が帰ってくるまで、待つ……」
 彼は温順に枕へ頭を沈めたが、またすぐに寝入る音吐おんとであった。
「おやすみなさい、蓮さん」
 布団を掛け直し、襖をさらに開けてから台所へ向かう。
 水を飲み、部屋に戻るときだった。風呂場の照明が落ちる音がした。
「茉世さん?」
 ふわ、と入浴剤の匂いが漂う。今日はローズの香りがする炭酸入浴剤だった。最初に入浴したりんが選んだのだと思われる。
「永世さん」
「お風呂でしたか」
「いいえ。喉が渇いてしまって。お水をいただいたところなんです」
「そうでしたか。ぼくも寝汗が気になって、またシャワーを浴びていたんです」
 暗さが、永世の半裸を隠す。玄関戸から差し込む微かな月明かりか、もしくは外灯が薄らと腰に巻かれたバスタオルを光らせる。しかし視覚は頼りないものであった。情報を得る手段の大幅な減殺げんさいに、生存本能は聴覚と嗅覚に信頼を寄せた。それは生存本能で、生存戦略によるものであったはずだ。それ以外に理由はない。ローズ薫る入浴剤のなかに微小な彼の肌の匂いを嗅ぎ取ってしまった気になるのは。
 茉世は大して見えはしないというのに顔を伏せた。廊下に外の明かりが照っている。妖しい輝きだった。すぐ傍から漂う匂いに、頭は冴えているというのに不思議な眠気が恍惚を誘う。
「行きましょう。お部屋の前まで送ります。夜は、怖いですから」
 彼女は焦った。何か気の利いたことを言おうとした。失敗しても構わなかった。だが相手を見誤った。最も誤魔化したい相手は永世ではなかった。自身だったのだ。
「狼男とか、ですか」
 月の明かりに惑わされた。
「ええ、送り狼とか」
 手に、濡れた跡のある温もりが触れた。
「あ……」
 意識がぼんやりとする。それでいて高鳴る心臓は現実に置き去りだった。乖離していくようだ。しかし目は開いている。
 腕を引かれ、玄関の明かりを失う。暗闇が濃くなる。廊下に取り付けられていたはずのコンセント式で自動点灯する間接照明も今は寝入ってしまっている。壊れているらしい。
 突き当りで永世は立ち止まった。そこが別れ道だった。手が放される。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい、茉世さん」
 夜は怖かった。現実と夢の境目を失した。どちらからともなく、背を丸め、或いは背を伸ばし、唇を求めた。熱い掌が肩に乗り、滑り落ちて二の腕を掴む。
 夜だった。暦のうえでは晩夏といえども現代からすれば盛んな夏と変わりない。まだ瑞々しい強壮な肉体を持て余している。感情の澎湃ほうはいは倫理をかなぐり捨てる。あるのは無言のうちに伝わってしまう互いの渇望だけだった。
 湯上がりの湿気と体温、布の減った肉感、入浴剤の匂いに混じる暗香。
 水滴はほとんど消え失せたはずだ。しかしそこでは水の音が静かに奏でられていた。
 茉世は墜落の恐怖に襲われ、眼前の、今や舌と唇によって同体と化した肉体にしがみついた。密着する。粘こい肌だった。薄手の寝間着が蒸れていく。
「ふ、ぅ……ぅん」
 小さく呻くと、さらに苛烈な水責めが彼女を襲う。彼のなかには海原がある。
 脳髄を啜られているようだった。無関係なつらをしていた下腹部がじんと疼く。妖怪じみた男に官能を覚えているのだろうか。
「は……ぁ」
 男の息継ぎの音が、また彼女の肉体を炙る。嗜虐心だった。この肉体で、この男を苦しめている。自身の状況を棚に上げて。
 茉世から大威張りの紅蛇を虐めにいった。
「う……、んっん」
 注がれる口水を飲む。酔っていく。唇が荒れるほど擦れ合った。逆剥けた薄皮が癪だった。蛇めいた紅を引いてやる。
 糸を吐きながら彼が距離を作った。茉世はその頬を捉えて舌を吸う。
「あ…………ッ、ふ」
 耳に心地良い男の喘ぎをまだ聞いていたい。彼女は欲をかいた。仕掛けた側だというのに溺れてしまう。敵は舌だけではない。漏れ出る声も音も、触れている肌の質感も体温も、鼻を通り抜けていく匂いも、忘れた瞬間に逆襲するのである。意識が薄れ、身体中に甘い痺れが駆け巡る。局所的な快楽ではなかった。万遍なく心地良い。絶頂に似ていた。胸の膨らみを引き締まった胸板に押し付ける。たわむことに安堵と悦びを覚える。腕を掴んでいた手が彼女の背へと回る。掻き抱かれ、彼女はふるえた。
 すぐ傍の茉世の自室に通じる襖が開いた。しかし普段ならば滑らかに動くはずが、このときばかりは軋み、引っ掛るような動きをした。
 とん、と永世の手が彼女の胸元を叩く。透明な糸は闇夜に溶けていった。両者を縫っていた物的証拠はもうなかった。
 永世は入浴剤の香りを残して去っていく。何度もがたぴしやっていた襖がようやく開いた。
「先輩……?」
 蓮だった。頭を重そうにしている。眠いのだろう。だがあることに気付い多様だ。すんすんと鼻を鳴らす。猫のようだった。黒猫のようだ。だが黒猫にありがちな無邪気さ、人懐こさを、茉世は彼に見出だせない。
「誰かいたのか」
「いいえ、誰も。蓮さんは、どうなさったんですか」
「先輩が遅かったから……何かあったのかと思った」
 疑念が湧いた。すべては茶番。すべては三途賽川の嫁を欺くため。やはり三途賽川の嫁として、監視されているのではあるまいか。
「明日のお弁当の仕込みをして、お手洗いにも行きたかったものですから……」
 嘘を並べたてた。
「何事もないならよかった」
 だが蓮のほうでそれを掘り下げようとはしない。
「先輩、寝よう」
「そうですね。ご心配をおかけしました」
 部屋へ向かおうと踏み出すと、蓮は茉世へしかかるような所作で肩を組んだ。
「先輩……寂しいなら、俺が居る」
「な、なんですか……」
 耳殻に吐息が当たった。身体の芯を引き抜かれていくようだった。膝から力が抜ける。立ち眩みを起こした。後ろへ足を出すが、泥沼に着地したらしき覚束なさで、そこから立て直すことはできなかった。後ろへ倒れるところを、圧倒的な力で助けられる。
「先輩の匂いがする」
「汗臭いですから……」
「いい匂いがする……」
 上擦った、舌足らずな喋り口で、吐息はうなじを辿っていく。放置していれば穏やかに燃え尽きるはずだった隠火が、いたずらに燃え盛ってしまいそうだ。
「先輩のことは、俺が気持ち良くする……独りでするより、気持ち良く……」
「大丈夫です……結構です。わたし、もう、寝ないと……」
 明日も、帰る前に霖の弁当を作らなければならなかった。ところが蓮は、彼女が布団に戻ることを許さない。
「声、いやらしくなってる。匂いも……」
 自身は非力で無害、無垢な被庇護者だとばかりの棘の削がれた声音と態度で、蓮は、茉世に鼻先やら口元やらを好き放題に寄せる。相手が首を仰け反らせ、躱そうとするのにも気付かない。
「蓮さ…………ん」
 酔っ払いを運ぶような苦労であった。彼は酔っているのか。しかし酒の匂いはしなかった。ボディソープと汗と、噎せ返るような発情の匂いが立ち込めているばかりである。しかし茉世にそれを嗅ぎ取れる能はない。
「嫌われること、しない…………気持ち良く、なってほしい……先輩」
 抗えば泣く。そういう卑怯な弱者の脅迫を意識的なのか無意識的なのか、ちらつかされる。抗わずとも今にも泣きそうな調子で蓮は茉世を巻き込んだまま布団へ身投げした。痛みはなかった。すべて男体が緩衝材になった。酒気は感じられなかったが、しかし彼は酔っ払いと大差ない。
「先輩、柔らかい……」
 下に敷かれておきながら呑気である。茉世の頬を撫でて、髪に触れる。
「もう寝ますから……」
 逞しい男体ならば何でも誰でも構わないわけではなかったはずだ。それでいて、茉世は蓮に大しても自身の肉感を預けることに心地良さを覚えた。戸惑う。
「気持ち良くする」
 意地っ張りの子供になりきっているに違いなかった。
「蓮さん……」
「気持ち良くなって」
 蓮の腕が背に回った。そして抱き締められながら、彼は一回転した。上下の位置が入れ替わる。
 真上にある唇が降ってくるのが、暗闇のなかでも分かった。
「キスは嫌……」
 咄嗟に拒絶を口にしていた。茉世は自身に驚いた。首を曲げ、顔を背ける。相手には見えているのだろう。落ちてきた唇は、首筋へ着地する。
「ん……」
 擽ったさに身を捩る。
「大切にする」
 彼は肌を吸った。首は急所。危機と錯覚した鼓動が、この幼気いたいけで健気な愛猫を装った肉食動物みたいな男を魅力的にみせる。生殺与奪権をくれてしまったことに淫らな悪寒が駆けていく。
「蓮さん、よして」
「先輩が考えている人が俺でなくてももういいから……先輩に尽くしたい」
 今度は彼は茉世の耳に口付けた。耳朶を吸う。甘く齧り、その弾力を確かめて遊んでいる。
「あ、あ……!」
 グミを食うような咀嚼だった。痛みはない。湿った音と温もりと淫らな舌遣い我ひたすらに肉癢こそばゆい。
「先輩」
 おそらく熱かった掌が胸の膨らみを這う。汗ばみ、火照った身体では、彼の温度など分かりはしなかった。寝間着もうに湿気を帯びていた。一部屋隔てた冷気では乾かしきれない。
 肌は敏く反応した。肉体は接吻を交わした者に愛撫されている。そう勘違いしているようだ。濃密な口付けで果てたときの甘美な痺れは、義弟の劣情に応えるためのものではないはずだった。
 彼女は迫り寄る身体を押し撥ねた。
「蓮さん……」
「先輩……! 先輩!」
 嘆きを押し殺す熱気が皮膚を撫でていく。茉世は首筋に鋭い痛みを感じた。噛まれている。しかしそれを緩和する新たな刺激が生まれた。胸の先を掻かれている。もどかしい肉の悦びが鈍痛に似た広がり方をした。
「あ、ん」
 耳元で蓮もまた喘いだ。先輩、先輩、と艶やかな質感の語気が間延びする。だが彼の片腕は茉世の頭の近くにあり、もう片方の手も、布を押し上げる胸の突起を甚振っていた。何を以って彼は思い詰めたように喘いだのだろうか。
「先輩、好き…………好き」
 伝える気はないらしかった。囁きであり、独り言であった。唇が耳元になければ聞き取れはしなかっただろう。羽虫の羽搏はばたきにも劣る声量であった。
 彼はやがて湿気を放ちながら身を起こすと、茉世の寝間着ごと下着の裾を捲り上げた。
「だめ……!」
 制止は届かない。指と口での刺激がはじまる。
「あ、ああん……」
 抗うことはもうできなかった。彼女の肉体も劣情を催している。力強い牡を求めている。身悶え、官能の渦に巻かれていく。舌先と指先に嬲られた小さな蕾は花が開きそうだった。
「だ……め、も、だめ……ぇ」
 しかかる身体を剥がそうとする。けれども蓮は引き下がろうとはしなかった。
「よして……よして、おっぱい、取れちゃう……!」
 彼女の悲鳴は、さらにこの捕食者を昂らせたらしい。男体の鼓動が伝わる。熱気が増した。蒸れていく、蒸れていく、蒸れていく。
 浅く牙と爪が突き立った。電撃が脳を走る。腰が浮くけれど、男体がそれを許さない。酸素を含んで沈んでいくもののように、陰阜いんぷが幾度か男の、腹の当たりを打った。
「ああッ!」
 一際強く彼女が男体を打つ。哺乳類のオスが同族のメスにするように。
「イったのか」
 媚びきった声で蒲魚かまととぶるものだった。茉世は男をあまり知らない。出会いさえ違っていたなら、その装われた可憐さを鵜呑みにし、真に受けていたかもしれない。
「もう……放してください……」
「茉世はここだけでイくのか」
 散々蕾を摘み取ろうとしていた手は、パジャマのボトムスに伸びていた。
「もう、十分です、から……」
「先輩の汗の匂いがする……」
 義弟は聞いていなかった。先程とはうって変わって軟体動物のごとく身を引き、
茉世の腿の間に顔を埋めた。彼女の下肢をがっちりと固めた両手は火照りきって、触れられているほうにも灼熱感が与えられた。
「汚いですから……」
「先輩のなら綺麗」
 すんすんと鼻を鳴らして彼は汗ばみ、そして淫らに薫る箇所を無遠慮に嗅いでいた。姿さえ見えなければ、鼻詰まりを起こしているように聞えた。
「そんなことは……」
「汚いなら、俺が舐めて綺麗にする」
 大義名分を得たとばかりに彼は茉世の衣類を剥いだ。そして絹屑に鼻先を埋めた。急な静寂。蓮は動かなくなった。眠たげであった。寝入ったのだろう。茉世は好機を得たりと徐ろに這い出でようと試みた。しかし。
「寒かったか?」
 蓮は掛け布団を手繰り寄せた。そして彼女に掛け、自身もそのなかに覆われていった。包み込んだ冷気はすぐさま熱に変わり蒸れていく。
「もう、寝なきゃ……」
「あと、少しだけ……」
 名残り惜しげに陰阜を嗅ぎ、それからすぐに彼は女花へ舌を伸ばした。
「んあ!」
 敏感な蕊肉を擽って通り過ぎていく様は挨拶にも似ていた。
「あっあっ、」
 舌の表面の質感を塗りつけられている。すでに牡を受け入れようとしている瑞々しい多肉植物を、彼は丹念に舐めねぶった。唾液をまぶし、しかし茉世のそこは何によって潤んでいるのかもはや分からない。
「あ……あんっ」
 茉世は蓮の髪を掴んでいた。汗なのか、乾かしていないのか、そういう髪質なのか、しっとりとして肌理きめに吸いつくようである。拒むための力もまた、その豊かな黒い髪に吸われていった。彼女の指は、拒むどころか手櫛を入れて、その佳麗な毛並みを梳いていた。すると、蓮はまた喘いだ。髪が性感帯だとでもいうのだろうか。
「あ、あ、……あ!」
 確信的な肉珠を避けていた舌先は気が変わったらしい。質感の少ない裏側から圧しかかり、重さも加える。
 茉世は義弟の頭を内腿で挟んだ。しっとりした黒髪が粘こく張りつくようだった。柔らかな腿肉が男の頭でたわむ。華奢な女が腿の力を以って大の男の頭部を粉砕できるはずはなかった。しかし激しい快感に力加減のできなくなった彼女にとって、義弟の頭を潰してしまうような錯覚に囚われていた。そして理性を浚われ、淫蕩な欲望が剥き出しになった。残忍な劣情は、腿で義弟の頭を押し潰す妄想すらも媚薬にしてしまった。
「あ、ああ……だめ、」
「ん…………ふ、」
 女の泉に沈められた男は苦しげだった。しかし茉世は構わず、さらに彼を泉の底に引き摺り込んだ。
「…………く、ぅ」
「ああん!」
 外面を這っていた舌が、槍と化した。そして女壺をつらぬく。そこにはおぞましくうごめいた夥しい数の軟体動物が棲んでいるに違いなかった。槍は瞬く間にその餌食となる。肉蛞蝓は、美味そうに舌槍を食った。
 吐息が蜜もしとどの淫皐を吹き抜けていく。
「もぉ、よしてぇ……!」
 ところが彼女の所作は真逆であった。黒髪を毟るように掴み、花園を設けた丘を義弟の美しい顔面に押し付ける。
 舌の槍はまだ活きていた。牙のない生き物に咬まれながら、奴等を退治していく。
「だめ、だめ……! なか、変になる!」
 彼女は身を震わせた。義弟の頭を押さえつけるのも疎かになった。隙を与えてしまったのだ。彼は、恐ろしい牝崖から顔を離した。
「先輩の匂いで窒息するの、気持ちいい……」
 部屋が暗く、夜目よめも利かずにいたのは幸いだったのかもしれない。美貌を粘液に光らせた様を彼女は見ずに済んだ。そこにある興奮しきった微笑と、淫欲に淀んだ双眸も。
「寝かせるね、先輩。おやすみなさい」
 寝かせる、と彼は言った。けれども兄嫁の乱れた寝間着を直すでも、隣室の布団に促すでもなかった。舌を挿れた箇所に、今度は指が入る。
「あ、んん!」
「かわいい……」
 根本まで通された指を、彼女は締め付けた。餌を待ちかねていたような有様だった。
「あ……あ、指、入ってる……」
「うん。気持ち良くなって」
 嫁を甚振っていたころの手際を彼は実によく覚えていた。慣らし方も、さらに指を加える時機も、よく心得ている。茉世は見通されていた。自身も知らない肉体の慰め方を見抜かれていた。熟知されている。
「もう寝ます、寝ますから……、あっあっあ、!」
 淫核の裏側の熟れた箇所を突かれる。視界は暗かったが、一瞬一瞬白飛びする。
「俺の布団で寝て」
「そ、……んな、ゃあんっ」
 突く間隔が狭まる。一気に性感の坂を駆け昇った。頂上が見えはじめたところで、蓮は止まる。
「あ、あ、あ、あ、……ぅ」
「まだ、遊んでくれ」
「寝ます……眠いんです、ぅんんんっ、あ!」
 彼のおやゆびが外に咲いた小花を潰して脅した。眼前に真っ白な打ち上げ花火が飛ぶ。舌先では得られない的確で適度な強い悦楽。
「遊んでくれ」
「そこ、捏ね……るの、ぃや、あんっ」
 蓮の影が色濃くなった。汗の匂いと、そこに混じる洗剤の匂いも厚くなった。耳朶を吸われている。口腔で揉みくちゃにされていり。
「ん、んっん……」
 なかに居座る指を食い締めた。腰が揺れる。拇にさらに淫花を潰してもらう気でいる。
「先輩、かわいい……」
「あんんっ、あ、あ!」
 あとは一直線に、追い風に背を押されて坂道を走り抜いた。光芒に包まれ、身体が大きく引き攣った。
「ああああ!」
 蓮の指を食い千切ろうとする。しかし牙はなかった。代わりに蜜が迸り、洪水を起こす。噴き出した汗に身体中がべとついた。しかし不快感を覚えなかったのは、意識そのものを失ったからだ。
『先輩好き……好き、苦しい…………先輩、好キ…………、クるしイヨ…………』


 淫夢をみた。茉世は飛び起きた。蓮の匂いに包まれている。呆けた。そしてすぐに違和感に気付く。弁当を作る時間をゆうに越えていた。彼女はすぐさま台所へ向かった。弁当を作ること自体の時間はあるが、遅れると家事代行員の朝食作りで台所が混むのである。
 結局、冷凍食品を温め、すでに夫たちの集まっている茶の間で詰めて、彼等の朝食中に玉子焼きを作った。蓮の姿はなかった。訊ねてみると、散歩に出掛けたのではないか、というのが蘭の見解である。りんもまた心配している様子はなかった。鱗獣院りんじゅういんだんげんの隣で押し黙って飯を食っている。蓮は成人男性である。確かに心配する必要はなさそうである。家が家だ。遅れた反抗期によって家出したくなることもあるのかもしれない。
 茉世は永世の部屋で朝餉を摂った。御園生みそのう瑠璃はまだ眠そうで、永世のほうは朝から爽やかであった。
「蓮さんの姿が見えないんです。男の子ってやっぱり家出とかしたくなるのでしょうか」
 熱い味噌汁で目の覚めたらしい御園生が笑った。
「いうても大学生だろ」
「でもおうち厳しいみたいだったから」
「久遠きゅん反抗期あった?」
 茉世はぎくりとした。耳をそばだててしまう。
「ぼくの家はそんな厳しくなかったです。反抗期はなかったと自分では思うのですが、父はあったと言っていましたね」
「ふぅん。でも反抗期で家出ってさすがにそれはねぇだろ」
 朝食の後、茉世は自室に戻るつもりだった。その前に蓮の使っている部屋を通らねばならなかった。起きたときは気付かなかったが、布団の脇に彼の高機能携帯電話が置いてある。携帯電話であるにもかかわらず、彼は携帯していかなかった。寝間着もそこに脱いだまま放置されていた。着替えてどこかへ行ったのだ。しかし家の連中は気に留めた様子はない。珍しいことではないのだろう。自室に戻る。昨晩使われなかった布団が部屋を占めている。そのうえに、黒い猫が一匹、転がっていた。ケージのなかのどんぐりは引き籠もっている。
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