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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/

ネイキッドと翼 41

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 茉世まつよは四つ這いになりながら、後ろから抱えられていた。この巻きつく腕がなければ、床に伏せていたかもしれない。ハンカチーフが落ち、視界が拓けるが、彼女は呆然と虚空を凝らしていた。あらゆるものを眺め、情報を集め、意識を分散させるべきであった。だが愚かにも彼女の肉体は視界を制限し、肌の感覚を研ぎ澄ましてしまっていた。
 青山は長い指を使って、彼女の生白い膨らみを揉みしだいた。豆腐を崩さず掴み取るような手加減が、この男らしくなかった。手からこぼれ落ちそうな脂肪は二つの白桃のようだった。その瑞々しさからして、果汁を滲み出さないのが不思議に思えるほどだ。
 沈黙のなかに、ひとつだけ吐息がある。この場には2人いるはずだった。青山は死んだのだろうか。茉世の胸に冷たい氷のようなものが触れる。それは死体の温もりであったのか。違う。この比較対象によって、背中に張り付いてしかかる死体が温かく感じられたわけでもなかった。桃肌を収めた指には意思がある。色付きを、触れるか触れないかのところで擽った。
「ん……っ」
 もどかしい痺れが起こる。閉じたままの目蓋を、さらに強く閉ざした。悩ましげに眉根が寄る。男の肉体から逃げるつもりで、容赦せず体重をその腕に預けていた。だが落ちることはない。しっかりとそこに巻きつき、胸を捉えている。
 頸が生温かく湿った。軽快な音がたつ。それは肩から背中から鳴り響く。唇の音だった。茉世の身体は波打ち、胸元に巻きついた腕では頼りなくなった。彼女は自身の腕で自身を支える。
 青山は白桃を食ってる気分であるらしかった。夢中になって、肌理細かい女の肩を吸う。啄み、リップ音を残していく。
「あ………、あ………っ」
 茉世の身体が仰け反る。擽感りゃくかんが、彼女を打ち据えるようだった。
 真後ろの男は吐息も消し、声も出さず、口と指で彼女を愛撫する。ただ、指輪やピアスの冷たさや、耳飾りの軋りが彼女を現実に戻す。しかし背後にいるのがあの傍若無人、乱暴者であっけらかんとした青山藍とも思えないのだった。
「ぅう………」
 胸の先端が、揺れによって曖昧なところを交う青山の指をどうにか掠めようとする。当たるか、当たらぬか。大した接触はないが、しかし刺激としては受け取っている。肉癢こそばゆさに、彼女は呻いた。青山藍に、黙るということができるというのか。青山藍が、女の性感帯を嬲りたいだけ嬲るということをせずにいられるのだろうか!
 どこまで降りていくつもりなのか。青山は尻に向かって一歩ずつ唇を押し当てていた。
「もう………いい、でしょう………?」
 弱りきった懇願は届かない。機嫌を窺うように、指先が白桃の色付きをタップする。深く触ってやるつもりはないのだ、とばかりのあっさりした動作であった。
「ふ、…………っん」
 小さいなりに硬く充血していることを、青山はうに気付いているのだろう。羞恥と快楽と、急激な優しさに、茉世は何も考えられなくなった。考えてはいた。しかし何も分からない。皮膚の接触によって気が散ってしまう。
 まだ、逃げようとしていた。けれども打算があってのことではなかった。唇が怖い。くすぐったさが怖かった。真冬の素肌に冷えた鉄球を当てられるような怖さだった。身が竦む。青山藍は腕を抉じ開けて逃げようとする茉世を抱き締め直した。彼女の耳朶を吸う。痛みとも振り切れず、痒みにも至らない曖昧な感覚を与えられ続け、背中を警戒すれば胸を捏ねられ、余韻が響き渡り頃に肌を舐められる。
「う………ん、ん…………」
 茉世は受診を拒む犬猫みたいに硬直し、あわよくば逃げ出そうとしていた。青山だと理解しておきながら、青山ではない愛撫が恐ろしい。化膿した傷口みたいに腹の底が濡れていく。
 身体を横たえられ、天井が見えた。褪せて緑色になりかかっている毛束も見えた。だがすぐにハンカチーフがまた視界を覆ってしまった。迫りくる体温を押し除けても意味がない。片手は繋がれてしまった。大差のある掌と掌を合わせ、指は指の間をすり抜け、関節や銀塊がぶつかる。
 挙措こそゆっくりとし、青山藍らしくない丁寧な扱いであったが、彼女は、彼女のみを切り取っては、懸河けんがに身を任せ、流れに呑まれ、奔流に翻弄されていた。静かな激流のなかで、彼女の耳には微かな物音が届いていたはずだ。しかしおそらく、彼女はそれを聞いてはいなかった。首を嗅がれ、舐められ、吸われているむず痒さともいえないむず痒さに騙されていた。怪我をしたわけでもなく膿んでしまったように潤みを持った場所を探られる。長居はしなかった。濡れた指が腰に添えられた。
「あ!あ………っ、」
 圧迫が下からやってくる。茉世はわずかに我に帰った。青山藍だ。これは青山藍なのだった。青山藍でしかないものを、この肉体は持っている。隠すこともごまかすこともできない。
 彼女は内臓を押し広げられる感覚に唇を噛んだ。何度経験しても慣れない。けれども青山藍はそれを赦さなかった。噛んだ下唇を引っ張られる。真珠環に備えた。それは確かに存在した。だが、感覚が鈍い。ぎゅむむ、と弾力を帯びた摩擦が起こり、やはりその肉体の一部を持ってしても青山藍らしくない。肉感はあった。だが、ラテックスを挿れられているようだった。
「だ………れ…………」
 無意識に呟いていた。青山藍である。それは分かっている。理解している。納得できていないだけである。
 返事はなかった。ただ口角の辺りに唇が落ちてきた。青山藍とはこういう男だったであろうか。女体に闖入し、好き放題動き回り、蹂躙と暴虐の限りを尽くす男ではなかったか。今、眼前にいる人物は苔生した岩のごとく静止している。粘膜が慣れるのを待っているらしい。茉世は腰にある手を叩いた。叩いたというよりもその手の甲に、掌を二度ほど当てにきたようなものであった。繋がれたもう片方の手も自由を得ようとした結果、肘で立てていたはずだが、押し合いし合い、共に倒れてしまう。しかし、何かしら効果はあったらしい。茉世によってぽんぽんとパフでルースパウダーでもはたかれたような青山の手は、腰から離れた。今度は彼女の頬に触れ、口付ける。バニラの香水の香りだ。薔薇の香りはシャンプーかボディソープか。茉世は青山の肩を押し返す。力は入っていなかった。縋りついていたようにさえ見えた。
「んん………」
 下唇を吸い、舌の半ば、側面でなぞられていく。青山藍は、己の青山藍と証明する肉体的アイデンティティを殺していた。互いに口元が荒れるほど濡れていく。ぐい、と腰が、茉世の心臓へ近付いた。ゴムの軋りを粘膜の狭間に感じる。
「は……ぁん」
 男との肉体の接触ではなく、逞しい男体に犯されているという認識によって、厭な快楽が身体を巡る。繋がった場所から遠い脳天のほうで花が開いている。異物感も痛覚も困惑もそこが花開いてしまえば、途端に官能の桜並木、愛欲のチューリップ畑、淫楽の果樹園へと様変わりしてしまうのだ。
 彼女の変化に、男は巧みに応えた。器用な牡であった。優秀な牡であった。強壮な牡であった。そして屈強な腰のばねを持っていた。牝のために、牝の身体を荒々しく癒やすために存在するかのようだった。文明と倫理、権利を捨てたとき、それは種人と成り得たかもしれない。
 茉世は珠門を緩やかに打ち据えられていた。緩やかで、穏やかな抽送であるが、的を外すことなく、的確な加減で打ちのめす。快感だけではない情動まで呼び起こす、彼女の弱点中の弱点が、惨めに打たれている。
「あ、………ああ、!」
 相手が誰であるかを忘れ、己が誰であるかも忘れて、茉世は自由な片手で恐ろしい男を抱いた。律動に揺れ、滑り落ちることに焦ったくなった手は、しなやかな背中に爪を立てる。吐息が降ってくる。朝露を滴らせる白百合の姿が彼女の目蓋の裏に繁吹しぶいた。
「ああんっ」
 困惑を起こしたの彼女の感情のなかではなかった。あの男を掻き抱いた箇所が困惑していた。ゴムの軋りが消え失せるほど、純潔の創傷が膿んでいた。
 悩ましい顔が忘れられない。伏せられた長く濃い睫毛のひとつひとつを思い描ける。寄せられていた眉根の色香にてられてしまう。
「ふ、あああ……!」
 消し去らねばと思うほど、それは意識を強めていく。彼女の罪業は、他人にとっては蜜の味であり、蕩けた感触を生み、廻りまわってさらに彼女をさらに追い詰める。
「だめ……………だめ……………」
 深い忘我の予感があった。恐ろしい!
 繋がれた腕を振り払って、彼女は男体へしがみついた。恐ろしい悦楽の波に呑まれ、そのまま流されてしまうかもしれない。藁に縋っていたのだった。だがその藁は逞しく、悪趣味で、露悪を遂行するだけの技量を持っていた。
「ああ………!ああんっ……あ、あ!」
 派手な見た目ならば、毒を持っているものなのだ。青山藍も毒針を持っていた。哀れで惨めな牝敵に突き刺して弄び、喜んでいる。虫のように腰をかくつかせ、憫然たる弱い牝を甚振った。喉を擦り切らせて悲鳴をあげているというのに、毒針で突つくのをやめない。一気に刺しはしなかった。刺されている自覚を持たせるために、徐々に腰を進めていく。
 茉世は卑猥で淫靡な妄想に取り憑かれていた。白百合の花粉がべったりとついて、風呂に入っても、シャワーを浴びても、身体を洗っても落ちないのだった。気高い純潔の馨りが染みついてしまったのだ!
 バニラの匂いも薔薇の匂いももう分からなかった。彼女自身が匂い立っていた。そして相手は、女の渇望に応えられる男であった。
「ああああああっ!」
 雷が落ちたのではないか。彼女は稲光を眼球の裏に見た。脳天から下腹部を突き抜け、全身へその枝葉を伸ばしていく。ショック状態に似たエクスタシーに、彼女はすべてを忘れていた。記憶を抹消し、思考は停止して、息もできなかった。意識が飛びかける。だが視界が明るさを取り戻したのだった。
「イくたびに気絶する気なわけ?」
 平生へいぜいの青山藍がそこにいた。
「それじゃマオトコも愛想尽かすんじゃね」
 茉世のなかから青山は去っていった。塗り潰したかのように黒いものが陰茎を覆っている。よく濡れた光沢となめらかな表面は避妊具であろう。だが包んでいるはずの肉茎を透かすこともない。青山はすぐにこの黒い膜を剥ぎ取った。グロテスクな肉物が露わになる。
「お掃除フェラとかやってあげられないじゃない、イくたび気絶してたらさ。まんこ貸すだけじゃ好きになってくれないよ。胃袋で掴む時代はもうおしまいなんだから、オネエサン。キンタマ袋で掴む時代だよ。違うか。キンタマ袋を掴む時代。まんこでね。オナホがある時代に、モノホンまんこに挿れたいのが男だから仕方ないね」
 黒い膜を眺め、その口角が歪む。
「オネエサンの本気汁スゴイな。見て、この白い、ザーメンみたいなやつ。ワタシ、ローション使ってないからね。これ全部、オネエサンの本気汁だよ。オネエサンの、女の子ザーメンだ。お掃除クンニしてあげよっか」
 分厚い避妊具を放り投げ、青山藍は剥き身のグロテスク棒をまだ収縮の治まらない茉世のなかへ突き入れた。
「今、だめ………っ!今、ぃや………!」
「オネエサンはいつだって上のオクチで嫌がって、下のお口で喜ぶじゃ~ん」
 青山はあっけらかんとして彼女の細腰をがっちりと左右から固定して、仰向けに寝てしまった。そして腹の上に彼女を持ち上げた。
「オネエサン、ワタシ、ドMだからね。上に乗られるとコーフンしちゃう。いや~ん、あは~ん、イくイくぅ~!」
 茉世は後方へ仰け反った。彼女に構うこともなく、青山藍は腰を突き上げる。
「さっきのオネエサン、カワイかったよ。ワタシにもああやって、まんこキュンキュンしてよ。あんなの、ワタシを使ったオナニーだよ、オネエサン。オネエサンは他人を使ったオナニーが好きなんだね。そんなだから旦那サンに抱いてもらってないんじゃないの? レスられ欲求不満不倫妻サン」
 喋っていてもリズムを崩さずに悍ましい銛で牝肉を抉じ開け、凶悪な返で刮ぎ取っていく。
「あ……っ!あ………っ!」
 暴力的な快楽の乱打だ。まだ先程のオーガズムも治まっていなかった。そこが壊れたように痙攣を続ける。
「オネエサンのおまんこ、下から打つのキモチイイ! オネエサン……マオトコにも中出しさせてあげなよ。オネエサン、人妻ブスババアだから中出しさせてくれなきゃすぐ捨てられちゃうよ。中出しさせてくれるしか価値ないんだから。ピストンずこばこさせながら出すのキモチイイんだよ……マオトコにも中出しさせてあげな? ワタシも中に出すね、オネエサン」
「だ、だめ……ッ」
 青山藍は涎を垂らし、下からの衝撃に耐える茉世の顔を眺めていた。やがて結合部を食い入るように見詰め、彼女の腰を落とさせた。密着後、間もなく放精。
「純愛不倫レスられ人妻のガチイきまんこ、キモチイイね……オネエサンのおまんこ好き………オネエサンのおまんこ!」
「ああ!」
 ぱん、と嫌がらせのごとく青山は彼女を突き上げた。
「さっきみたいにワタシのこと抱き締めて」
 茉世は涙に目を潤ませて首を振った。
「ゼッタイ、3Pしようね、オネエサン。オネエサンがマオトコとちゅぱちゅぱベロセックスしてるときにオネエサンのイき寸まんこに入ってみたい……」 
 青山藍は身を起こし、嫌がる女にキスを迫る。飽きるまで口付けると、彼女にスマートフォンを握らせた。
文秋もんしゅうに売ってね。オネエサンの不倫もバレちゃうけど……ブロークンハート、潰そ?」
 茉世の萎れた指から、機械板が落ちて鈍い音をたてた。直後、ドアが開く。
「文秋に売るな。今じゃない」
 眠ってしまうはずだったところに我が物顔で現れたのは鱗獣院りんじゅういんだん。茉世はその登場にも驚いたが、彼が高校生と思しきブレザー姿であることにも驚愕した。似合っていない。茉世は鱗獣院炎を自身よりも年上だと思っていた。否、高校は義務教育ではないのだから、30手前だろうが過ぎようが、還暦だろうが関係はないはずである。
「マオトコ?」
 ライオンのような面構えが青山藍を捉える。
「子供の前で、虐待だぞ。やめろ!」
 ジャケットは小さく見え、逆三角形を描くシャツはぱつっと胸筋を透かす。その上に濃い紅色のネクタイがたわんで乗っていた。捲られた袖からは丸太のような腕が伸びている。一体どこに子供がいるのか。
「子供?」
 青山藍もその一言に引っ掛かったらしい。大仰に当たりを見回す。
「ふん……本家うちの嫁の前からとっとと失せろ」
 青山藍は疑問符を浮かべている。輪ゴムに巻かれた紙幣を摘んでいるところだった。
「ああ、コノヒト、旦那サン?」
 7枚を数えて、また投げ散らかす。
「これ、中出しボーナスね。オネエサン、処女じゃないしブスババアだから3万減額の7万ね。でもイかせてくれたから3万追加で……」
 様々なところを触ったというに、青山は汚らしく指を舐めて紙幣をまた繰った。
他家ひとの嫁に勝手に金を渡すんじゃねーよ」
「ハァ?オタク、イタめのヤバ客?カノジョじゃない女とセックスしたのに金払わないのは万引きと一緒だよ、激ヤバイタ客万引き旦那サン」
 鱗獣院炎は唖然としている茉世へ寄っていった。
「オネエサン、いくらブスでババアのパンピ顔非モテ雑魚でも、イタ客万引き激ヤバコップレ野郎を旦那にするのはちょっとナイと思うな。ソノヒトと離婚して、ワタシと結婚する? ばんとも赤の他人になれるじゃん。優しくするよ? そうしたらオネエサンとパコパコするの無料になるもんね?」
 言われている本人よりも、剽悍ひょうかんなつらをした大男が鼻梁に皺を寄せる。
三途賽川さんずさいかわの嫁が、蟄居ちっきょしたかと思わせておいておかしな男と関わっているとはいい度胸よな」
「どうして、ここに……」
 やっと絞り出せた言葉に、鱗獣院炎は溜息を吐いた。
「売春してるってのは本当なのかぃや?」
 散らばった紙幣の1枚を掴み、彼は茉世の目の前にひらめかせる。
「い、いいえ……」
 売春、という単語は、あまりにも突然であった。腑に落ちない。
「ウソだ~。ワタシ、何万も課金したでしょ。即イき優秀まんこと牛イきドスケベ乳首に課金したでしょうが?」
辜礫築つみいしづくせがれでは満足できなかったと?」
 茉世は喧嘩中のオス猫みたいに顔を逸らし、横面を晒していた。
「いいえ……」
「じゃあなんだこの有様は? 旦那の子を産む器官ところで金を稼ぎ、あんな家からは出ていきたいと?」
「い、いいえ……」
 息が詰まる。茉世は目を閉じた。夢なら覚めてほしいが、生憎、夢とは思われない。
「キモチワル……オジサン、キモいよ。若作りしたいのも分かるけどさ……まずセクハラやめたほうがいいって。いっくら旦那サンっていってもさ……まぁ、確かにイケメンっちゃイケメンだけど……DVじゃん。ドン引きなんだけど。オネエサン、非モテで男旱おとこひでりだからってそんなヤバ男選ぶことないでしょ。 この前のどちゃくそイケメンは? あれも遊び相手なん?」
 またも話しかけられている本人よりも、獅子のような男が深々と眉間に皺を寄せた。
「ほぉ? まだ他に男をたらし込んでいると?」
 茉世は首を振った。
「違うと? あんたのところの次男か?」
「は、はい……」
 沈むような消え入るような返事だった。溜息が帰ってくる。そして鱗獣院炎はライトブルーとブラウンがチョコミントアイスを彷彿とさせるジャケットを脱ぎ、茉世に羽織らせる。
「これは預かっておけ。そいつの人生の最盛期に売り飛ばす」
 死骸のごとく転がっている高機能携帯電話を拾い、彼は薄らと模様のあるスラックスのポケットに入れてしまった。
「ワタシの人生のサイセーキなんてもう過ぎたよ。オタク、ワタシのこと買い被り過ぎ。っていうかワタシのこと知ってるんだ?」
A2Gエーツージーだろ。昔昼のパフォ対決見てた」
 青山藍の年柄年中ふざけた顔が、急に引き締まる。
「でもこんなことになって残念だ。合併したことがじゃない。こんなこと言わなきゃならなくなった立場ってやつによ」
 鱗獣院炎はジャケットごと茉世を抱え上げた。
「金は要らん。他家うちの嫁に勝手に餌付けをされると困るな。金は兵器。分かるか? これで刃物でも買われて、一家心中になったら誰が責任を取ると? 」
 青山藍の顔は引き攣っていた。
「自己責任」
「そらそうだ」
 鱗獣院炎は茉世を連れ去ってしまった。あまりにも軽々と、容易に運んでいった。
 黒塗りの鏡面の装甲を持った車に放り込まれ、行先は三途賽川。
「困ります……」
 茉世も図々しい女である。一体誰が一番困るのか。彼女は自身を一番困っている人間に据え置いているのか。
「困る? ああ、困るね。オレ様もえらい困ってる。本家の嫁が売春だと? 避妊もせずに? 清らかな学徒の制服を生臭く汚しよってからに……」
 丸太のような膝に乗せられ、そのままシートベルトを掛けられ、さながら乳飲み児であった。そしてとても安全な乗車とはいえなかった。半裸の彼女は他者の体液を垂れ流し、鱗獣院炎のスラックスに染みを作る。
「そんなんじゃ………」
「オレ様は嫁を手放すなと、あんたの旦那に口酸っぱく言ったからな。あとは知らん。旦那が赦せば現状維持だろうが、嫁が隠れて売春していただなんて尋常な男は耐えられない。性病検査するこった。旦那が赦さなきゃ出て行け。あとのことは知らん。独身女の売春ならとにかく、既婚者の売春たぁ……子供にこんなこと言わせるな」
 しかしどこを見ても子供はいない。運転手は明らかに成人であったし、助手席に人はいない。
「……ごめんなさい」
「謝る相手はオレじゃねーが、オレも学校休んでここまだ来てんだ。まぁ、受け取ってやるよ、オレ様はな。あんたの旦那がどうするかは分からんが、口添えくらいはしてやるぜ。青山藍が相手じゃまぁまぁの高級娼婦。花魁がステータス扱いのこの国じゃ、売春婦蔑んでるのも訳分からんしな。とはいえども、青山藍も落魄おちぶれたもんだな」
 鼻を鳴らし、片側の口角吊り上げる様は、ただの侮蔑一色だけではなかった。
「ご迷惑をおかけします……」
「ふん、まったくだ。こんな面倒と手間のかかる嫁、オレ様の女なら悪くなかった。他人に尽くすのは嫌いなんでね」
 運転中にもかかわらず、鱗獣院炎は運転手にアルコールティッシュを求めた。運転手は所望されたものを渡す。
「あ……」
 茉世は冷たいながらも粘膜が熱くなる感覚に呻いた。大きな手がアルコールの染みた紙片で、他人の体液を垂れ流す弱い場所を拭いたのだった。
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