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蜜花イけ贄(18話~) 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意
蜜花イけ贄 32
しおりを挟む男は帰らなくなってしまった。部下とは格子越しに話し、座敷牢の中で紙仕事を片付けると、上げ膳据え膳用の孔からそれを突き出す。食の細い女に無理矢理食わせ、彼女を抱いて布団に入る。長くは眠れないようだった。目を覚ましたかと思うと、女の赤い斑点を舐めてまた眠る。集団で暮らす猫みたいだった。
彼の情緒はおかしくなっていた。静かに起き出して仕事をしている最中に、急激に叫び出すのであった。そして嘆くのであった。女を罵り、蔑み、しがみついてまた静かになる。彼は気を病んでいた。
葵を一人にしておけば、彼はやがて共にいる女を殺すだろう。天井からは金雀枝が降ってくることが多くなった。石蕗も忙しい合間を縫って見回りにくるようになった。
桔梗は盛り塩の上の拝香枝に手を合わせていた。以前の痩せ方とは違っていたが、無理矢理食わされては吐く生活では、そう肥えもしない。太ろうが痩せようが、座敷牢に住み着いた男は彼女を抱いた。道具のように抱き、人形のように手放さない。
「俺は妻を愛している……」
ぼそぼそとひとりで喋りながら、彼は筆を動かしていた。喋っていることを書いているのかと思えば、まったく違うことを書いていた。民草の訴状を却下する文言を記しながら、妻への情愛について口にする。
「俺は妻を……」
「無様ですな、葵殿」
格子の前に現れたのは白粉を厚く塗り、唇に色濃く紅を引いた、黒い髪の男である。顔を下に向けることはなく、ひたすらに眼球のみが下を見ている。墨汁をかぶったのかと思うほど艶やかな美しい毛であった。背が高かった。凛とした顔立ちには黛も引かれ、嫋やかさと勇ましさが同居している。葵はぼそぼそと罅割れて色の悪い唇を動かしながら首だけを曲げた。
「俺は妻を……」
「"俺は妻を?"他の女性のいるところで、戯けたことを」
背の高い、白粉の特徴的な男は伺候を連れていた。それがさらに彼を高圧的に見せる。
「……殺してしまえばよかった。何故殺してくれませなんだ………」
「自刃ならば好きにすることですな、葵殿。アタクシめに安泰の席まで、道を空けていただけるか」
「死ぬのはその女だ!」
葵は勢いよく立ち上がった。膝に当たった文机が飛び上がり、筆が転がる。硯が墨を噴き上げる。畳が黒く染まる。
「おお!おお!気が狂れておりますな。これではアタクシめが、讒言を受けるのも致し方のないこと」
彼は手の甲を口元に添え、「ほっほっほ」と高らかに笑うや否や、眦を吊り上げた。
「アタクシめが桔梗嬢のお命を頂戴するですって?どの口がおっしゃるやら!ほっほっほ。葵殿……直接、兄が手を下さずとも、桔梗嬢のお命を頂戴する要因は、兄であることにも気付かないようですな。ほーほっほっほ」
しかし彼のその目は笑っていなかった。葵は愕然としていた。そして格子まで蹌踉として歩み寄り、崩れ落ちる。落ち窪んだ目にかろうじて嵌っている萎れた瞳は涙に潤む。
「お願いです……お願いです、この女を殺してください。この女を殺してください………俺から遠ざけてください。この女を殺してください………」
葵は平伏し、額を擦り付けながら、啜り泣きはじめた。
「葵殿が病んでいるという噂は本当のようですね!恋の病で気が狂れる!美しいことですな。実に美しいことですぞ。葵殿。兄はそこでそうして蝸牛のように引きこもり、ダンゴムシのように平伏しているのがお似合いだ。美しいこと、美しいこと」
「殺してください、この女を……殺してください!」
「葵殿が引きこもり、自ら上様の信用という釣瓶を地の底まで引き摺り下ろしているときに、何故アタクシめがその邪魔をすると言うのだい、葵殿。ほっほっほ。アタクシめが桔梗嬢のお命を頂戴すると!逆ですな。アタクシめが持ったのは折衝薬。桔梗嬢のお命が頂戴されては!葵殿……兄はしこしこと務めに励むのでしょう!目障りなことですな。上様に気に入られているからといって……百薬明帝の祖先はこのアタクシめ。片田舎の土臭い薬師の倅め。自重なさい」
「そのとおりなのです!片田舎に帰り、鋤鍬鎌鉈をこの女の頭蓋に振り落とせたら……この女を殺してください。それか俺の首を斬り落としてください」
白粉の男は平伏せる葵をきつく蔑んでいた。天井板が開き、金雀枝が降りてくる。彼は白粉の男を前に深々と一礼した。
「葵様は深刻な神経衰弱のなかにあります。あまり、刺激なさらぬよう」
「隠密衆が明るいうちから出てくるというのは美しくないですね」
「とんだご無礼を」
「元はといえば隠密衆の生半可な仕事のために、アタクシめは毒盛りの汚名を着せられているのですよ。ほっほっほ。しかし、いいでしょう。アナタに当たり散らすのは美しくないですからね」
隠密衆に対して、彼の語気は淡々としていた。
「いいですかな、葵殿。他の女性について戯けたことばかり口にしているのであれば、アタクシめに薺様をください。ください!アタクシめはいつでも、それを上様に言いますからな。鋤鍬鎌鉈の胼胝だらけの田舎臭い手が、花門の生まれの薺様に触れる!あってはならない。この白桐にこそ相応しい御方なのです。兄は、気を病むまでに惚れている桔梗嬢と共になるのが美しい」
「俺は妻を愛している!」
金雀枝が尚のこと深く頭を伏せる。
「白桐様」
「ほっほっほ」
「妻を愛している」
冷ややかな白桐の眼差しは葵を蔑み、隠密衆に移る。口紅から小さな溜息が漏れ、彼は踵を返した。
「俺は妻を愛している!」
葵もまた格子扉を開け放ち、どこかへ消えてしまった。立膝をついていた金雀枝は徐ろに立ち上がるが、その扉を閉めることもなく去っていった。この間、桔梗は紗に覆われていた。瞑目し、合掌していた。
ぴゃっ、と水がかかる。知らない顔だが同じ顔が、かぎろう明かりに目元を映し、桔梗へ器を傾ける。
視線は搗ち合っていた。彼女には水をかけられているという意識が足らなかった。ただぼんやり、その姿を見ているのである。
隠密衆が闇夜に姿を消すやいなや、格子扉が開いた。躓き続けているような覚束ない足取りが近寄り、桔梗の傍で倒れ込む。彼が伏した途端、彼女は顔を逸らしてしまった。鼻腔を劈く異臭がするのである。酒だ。
「俺は妻を………へへ、へへへ………」
決まり文句を口にして笑いはじめる。そして啜り泣く。
「花をあげます。もらったんです。大切な人に花を渡すといい日なんだそうです、ひひ、俺はいい男ですから………」
痩せ細った葵の手が、桔梗の髪へと花を挿した。だが茎は長く、一房 梳ったに過ぎなかった。彼女の髪を朝な朝な、梳かすのはこの気の狂れた男であった。己の精神を彼女の肩の辺りで切られた髪に見立てているらしかった。否、彼はもともと神経質なのだ。
花は髪に留まらない。彼は内懐から櫛を取り出して彼女の髪を梳いた。燈火に浮かび上がる面立ちは食が細まったのともまた違う窶れが見えた。精力を削っているような……活力を削がれているような。牡として、さらには生まれてしまった有限の生物としての役割を果たそうとするかのような窶れ方である。
彼は櫛をしまう。そして桔梗の指を取って口に入れてしまった。噛み潰すことはなかったが、彼は歯を立てたり、舌を絡め、人の指を食べながら眠ってしまった。
桔梗は明かりに染まった白い花を拾う。冷たい花弁には血がついていた。
濡れた身体が寒かった。彼女は寝息をたてる男体に擦り寄って暖をとる。酒気で鼻が曲がりそうであった。そしてこの行いは猛獣を勘違いさせるに足るのであった。理性的で知的、清廉だった男はもうどこにもいなかった。眠気を吹き飛ばし、膨張した肉欲を牝門に突き挿すのであった。掌で女の肌、脂肪、肉、骨を愉しみながら腰を振る。女を揺らす。短い狭間を上下に往復する。
この陽陰、男女の交わりを格子の外から熱心に眺めている者があった。左右の手を組み木に絡め、隙間へ顔を突き入れんばかりであった。女の淫声を聞き、男の喘ぎを聞き、肉のぶつかる音を聞いて、ねとねとした光をその瞳に携えている。女の嬌声が高く頻りに漏れ出るようになると、やがてその者は片手を腰に持っていった。そして布に包まれた悍ましい隆起を露出させ、指を絡めると擦りはじめる。
檻の中の女が絶頂に達する婀娜やかな悲鳴をあげた。少し遅れて手筒を嵌めた太棒が爆ぜた。女体に被さる四つ這いの男もぶるりと震えて肩から女の肉体に落ちていく。
この者がここに来るのは初めてではなかった。夜な夜な闇夜に潜んで現れ、檻の中の交合を眺めては腕てんごうに耽っていた。噴き出した粘液を青磁の小瓶に集めていく。
一晩で大酒の気配は消えなかったが、葵はこれから茉莉と会わなければならない用事があるらしかった。そしてそこには桔梗も同席しなければいけないらしい。彼女は脱がされ、艶やかな着物を身に纏っていた。肩を大きく曝した着せ方は、茉莉の前に出るにはそぐわない。首には真っ赤な絆が結ばれている。彼女は人ではなかった。葵の家畜だった。宮中引き廻しの刑であった。
茉莉のいる大広間には白桐と、見慣れない男がひとり部屋の隅に座っていた。近侍の身形でもなかった。扇子で口元を隠し、顔を伏せている。
葵の登場に茉莉は姿勢を崩した。げらげら笑っている。反対に白桐は眉を顰めた。
「葵殿。何をお考えで?さらには酒気帯びと……」
「肌寒いので、牝猫と一緒に失礼します」
白桐はさらに眉根を寄せる。茉莉は笑い転げた。
「酒臭いのはいいよ。昨日斬り殺してきたんだろ?それはいいけど、君は猫にも絆綱を繋ぐの?」
「悪い猫なのです」
「はっはっは。おれも猫好きなんだよなぁ。触らせてよ、葵。君にじゃないよ。その猫に」
葵は桔梗を見遣った。彼女は動かなかった。首の縄を引っ張られる。
「飼主のいうこと聞かないなんて悪い猫だなぁ」
茉莉は転げていたのから立ち上がり、自ら葵の飼い猫へ躙り寄る。
「言うことをきくのは犬と馬でございましょう。人と猫は言うことなど聞きはしないのです」
白桐は厚く塗られた白粉の下でも青褪めているのが分かった。
「あっはっは。白桐、そんな皮肉を言って、かわいいやつだな。おれは君を疑ってるわけじゃないし、縦しんば君が桔梗を毒殺しようとしていたって、別にそれは構わないよ。葵はちゃんと妻をもらって、そのガキ畜生はおれにくれるって言ってるんだから、それならおれのこと拒絶したこんな女がなんだというのさ。躑躅には戻ってきてほしいけれど、自分のかわいい姪御を殺した男のいるところには戻ってきちゃくれないでしょうし。白桐、君は少し真面目すぎるね。葵を見てみなよ。この気違いを。おれや君にかわいい愛猫を犯してほしくて堪らないんだよ。競争が男に課された宿業だからね。おれや君の種を、自分の種で洗い流して出し抜こうって魂胆なのさ。君は長年想い焦がれてきた葵の妻を抱けはしないけれど、ここで葵の飼い猫を犯すことはできるわけだ。やりなよ。おれが許すよ。はっはっは。君が悪いよ、葵。こんなところに連れてきて。愛猫を犯してほしかったんだろ?」
茉莉の手が、鮮やかな着物に包まれた女の腕を引っ張った。彼女は両腕を縛り上げられ、縄の端は欄間を通って結ばれる。
「あ………」
桔梗は吊り上げられ、踵をつけることができなくなってしまった。
茉莉は彼女の脚を開かせる。裾を開くとすぐに素肌。内腿を液体が伝う。白濁をわずかに帯びた透明な粘液の正体……
「これは昨晩の?」
「今朝のものでございます」
顔を伏せていた葵は冷淡に答えた。
「だめじゃないか。まずは妻とやることをやってからだろう。男は有限なんだからね。気違いの君におかしな解釈をされたら困るな。つまり、まずは妻を孕ませてからでしょう。最近、子供を作れないって話をよく聞くんだよ。もう少し民には飯食わせるようにしたほうがいいのか、とか、働かせ過ぎないほうがいいのかとか、もっと着飾らせるべきなのかとか、艶画をもっともっと大衆に晒すべきなのかとか、おれなりに考えたんだよ。でも圧倒的に、交合いが足らない。やるべきは色街の廃止だと分かったんだよ。妻に注いでやるべき子種を、子供持つと厄介な連中に注ぐからいけない。妻帯者に禁止すべきは色街と自涜だね!そして夫婦が交合っている間、ガキ畜生を預けておく小屋が必要だね。ガキ用の座敷牢を作るべきだな。畜生どもに交合いが解せるわけないのに!そうは思わない?白桐」
白桐はこの話題を、この光景を悍ましく思っているようだった。茉莉に振り向かれ、答えに窮している。
「まぁ、そんなことはいいでしょう。桔梗!いい気味だよ。とてもいい眺めさ。ここを景勝地にしたいくらいにね。今朝も葵とお楽しみだったの?」
しなやかな貴人の指が彼女の脚の間から滴り落ちる液体を掬った。
「これが一端の人間になるかもしれないだなんてねぇ!葵……掻き出してもいい?妻より先に身籠っちゃまずいからね」
貴人の指は白濁を含んだ粘液を辿った。
「あ………ああ………」
さらに湧水を量を増やす。
「うわ、すごい。ぬめぬめだ。すごいよ、桔梗」
貴人は蜜壺を掻き回して遊んだ。落ちてくる他人の津液が卑猥な音を鳴らす。
「ぐちょぐちょだ。昔泥遊びをしたのを思い出すよ。桔梗、葵の子種をお漏らしして、恥ずかしいね」
牝牡汁の絡んだ指を、貴人は彼女の目の前に見せつけた。
「ああ………」
桔梗は顔を赤く染めて外方を向く。
「上様。そして葵殿」
「堅いことを言うなよ、白桐。葵の飼い猫で君の童心貞潔を捨てておしまいなさいよ。葵の妻の清廉さと可憐さに惚れてるんだろうが、もう毎晩、おれにガキ畜生をくれるために励んでいるんだから。君には葵の妻のお姉さんの菘御前と契ってもらって、仲良くやってもらいたいんだよな。上下桜梅としてね。ダメかな。競争心は男の宿業だもんなぁ!」
喋りながら貴人の指は種水を秘溝全体にに塗りつけ、珠芽を扱いた。
「あっ、あっ……」
喉が熱くなった。彼女は腰を揺らした。動くと縄が肌に食い込んだ。
「男たちがいっぱいいて興奮しちゃったのかな。恥ずかしいね、桔梗」
厚みを持っていく雛尖を捏ね回しながら、貴人の指は彼女の中へ難なく入っていった。隘路は散々行き来した葵の太さをまだ保っていた。
「んん……っ」
唇を食んで、声を抑えようとした。
「だめだよ、桔梗。ほら、舌出して。食べてあげる」
意固地な唇はもう片方の手で抉じ開けられ、彼女は活きのいい蛭を口腔に迎えた気分だった。
「ふ………んっ、ん………ぁ」
踵をつけられないことにより、彼女は貴人の指を力いっぱいに締め付けた。関節の曲線を感じる。舌は根元から吸われて奪い取られそうだった。
「んく………んん……、んっ」
白桐はこの光景から目を逸らし、硬直していた。部屋の隅に座す男は口元を扇子で隠しながら、いやらしい目を貴人と女に向けていた。葵は貴人を前に慇懃に座すのみであった。
「かわいいね。どう犯してやるかな。もっと人を呼んで犯そうかな。石蕗くんの童心貞潔も捨てさせてあげたいな。あっはっは。白桐」
「ワタクシは十分でございます!」
「ふぅん、残念だな。饅腔の味を知らないなんて。葵。自分で出したものなんだから、自分で舐め取りなよ」
「御意」
葵は立ち上がり、女の股を開かせるとそこに頭を埋めてしまった。
「あ……!あ、ああ……!」
縄が軋る。桔梗は口淫を施され、縛られた腕を引っ張った。皮膚が擦れ、薄く皮が剥ける。
「白桐が珍棒を差し出してくれないとなると、木瓜殿を呼ぶしかなくなるなぁ?」
葵が女を正面から舐めるために、貴人は彼女の後ろに回り、粘液まみれの指で痩せた乳房を弄った。先端はすでに張り詰め、硬くなっている。
「上様……」
「どうして自分が可愛がられないのか分かったでしょ?今の天下人はおれなんだよな。帝ってのはもう終わった話さ。白桐くん。もう少し、柔軟に時代に沿っていかなきゃあ。そういうことだよ。おれが女のあそこを舐めろと言ったら、舐めなきゃあ。ま、葵は昇進のためではなくて、おれのために、それで自分も舐めたいからやってるだけなんだろうけど。そうだろ、葵。女のあそこは……違うな、桔梗のあそこの味はどう?」
ずるるる、っと葵は水を啜ってから顔を上げた。
「たいへん美味でございます」
「うんうん。妻のあそこを舐めた途端に飯も食えなくなった君が!飼い猫の饅腔なら喜んで舐め尽くすんだから。さ、さ、隠密衆くん。木瓜殿を呼んできておくれ」
この言葉に、白桐はぶるぶる震えながら口を挟んだ。
「ご慈悲を……!どうかご慈悲を………!」
「まぁまぁ、白桐。よく考えてみなよ。あとは余生を檻の中で過ごす木瓜殿が桔梗の饅腔に尊い珍棒を出し入れして精を噴き出せば、もしかしたら子を成すかも知れないよ。そうしたら、君の願う帝位復古も有り得るかもしれないんだ。あっはっは。ちなみにね、白桐。女は気をやるだけ、身籠りやすくなるらしいよ」
白桐は頭を振った。
「嫌でございます」
そこに声をつけたのは葵である。
「茉莉様でないのなら、桔梗を渡したくありません。嫌でございます」
「ほぉ、葵……あっはっは。こんなときばかりは相性がいいんだねぇ」
襖が開く。石蕗が、縄で巻かれた者を連れてきた。まだ童であった。
「ご苦労」
茉莉は手を打ち鳴らした。連れてこられた童児は桔梗の着ていたものと同じ白装束に、壊れかけ曇って錆びた冠を被っていた。痛々しく悪趣味である。茉莉は子供であろうと容赦しないのだった。
石蕗が大広間の状況を見ようともせず踵を返そうとしたとき、彼は後ろから来た者に斬られた。一斉に視線を集める。
「あーあ」
茉莉は高座に戻った。貴人の好む形になった枕の向こうから金襴に包まれた刀を引き抜く。白桐と桔梗は固唾を呑み、葵は茫然としていた。石蕗は畳へ崩れ落ち、赤く染まっていく。
貴人の手にあるのは黒い鏡のよう鞘であった。躊躇いもなく、茉莉は倒れた者を見て固まる葵へと投げつける。
「この世は金子、交合い、そして一騎討ちだよ。葵。桔梗は死んでもいいけど、おれのことは守ってね。白桐は、そうしてくれないだろうから」
彼等の視界から、帝から囚人に身を落とした男児は消えた。石蕗を斬った者だけが見えていた。若い男であった。忍び褌に似た黒い首掛けのような肌着を身に纏っている。線の細い体躯ながら、曝された肩や腕には筋肉の隆起が見える。千切れた縄が腕や腰に巻きついている。手には刀。ここに至る道中で強奪したものらしかった。
正気の人間でないことは目を見て分かった。俎上に横たわる魚連中と同じ、光の入らない澱んだ眼をしている。
「はっはっは。頑張ってよ」
石蕗を斬った若者は縄をぶら下げながら茉莉へ斬りかかった。葵は投げられた刀を引き抜いてその間に割り込む。火花が散り、金属のぶつかる甲高い音が鳴り響く。呆然としていた白桐も跳び上がって、惨めな子供のほうへ駆け寄った。
「逃がすな」
貴人の愉快げな一声によって、大広間には朽ちたツバキみたいにぼとりぼとりと神馬藻隠密衆が落ちていく。
葵と迫り合う少年を卯木といった。彼は身を引いた。大きな隙を作るのも厭わず、己が仕え、共に投獄された幼い主君を囲む隠密衆を一刀のもとに斬り伏せていく。貴人の部屋はたちまち鮮血に染まり、生臭くなっていく。
葵は急に力の矛先を失った反動を往なし、卯木に斬りかかる。隠密衆を薙ぎ払った白刃が、そのまま葵の刀身を受け止めた。
茉莉は呑気なものだった。まったりと足取りで斬り倒された石蕗の脈を測っていた。卯木は簒奪者と幼帝の距離が縮まるのを赦さず、肉を斬らせて茉莉へ躍り懸かる。またぼとりと、隠密衆が落ちてくる。貴人に迫った鋒は、卑しい身分の肉盾によって守られたのだった。葵が後ろから斬りかかる。卯木の背中から血が噴き出す。この者は己の防御にまるで興味がなかった。肌の裂ける衝撃に蹌踉けはしたが、幼い主人の傍に辿り着くと、身を翻し、やっと葵と斬り合う算段ができたようだった。
「残念だな、白桐。謀ってなんて酷いや」
白桐の脚も手も震えていた。だが惨めな冠をいただく囚人を放すことはしない。
「頑張ってね、葵。おれを守ってね」
貴人は放っておかれた桔梗を思い出したらしく、彼女を見遣ると侮蔑的な微笑を浮かべた。そして白桐と過去の権力者へ躙り寄るのだった。
「うう………上様」
「今の君に"上様"だなんて呼んでほしくないな。でもすごいや。ずっと心の中では、帝のことを想ってたんでしょ?帝のものなら尻の穴まで舐められるんでしょう?あっはっは」
「上様をお慕いする気持ちも本当でございました……けれども時代は簒奪者を許しません!」
「よく言うよ」
脇で斬り合っていた卯木は、己の肩を差し出した。桶をひっくり返したような量の赤水が畳へ溢れた。狂人は刀を捨てた。懐から篠笛を引き抜いたが、それは刃物であった。躙り寄る簒奪者へ踏み込む。
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