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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/

ネイキッドと翼 26

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 茉世まつよは空いた時間を見つけては、義母の世話をした。扉の髪の毛を除去し、部屋を掃除する。壁の黒ずみは消えなかった。この部屋には窓にも黒髪が巻き付いていた。
 アリジゴクめいた盛り塩も捨ててしまった。だがやにだらけの写真立ては捨てられなかった。裏側のコルクを留めるツメを外した。中身を取り出そうとスタンド部分を引っ張ると、彼女は固唾を呑まなければならなくなった。写真の白い裏面が見えるはずだった。だがそこにははがきが入っていった。宛名は「三途賽川蘭」。赤ペンがその名の上にばつをつけていた。ボールペンの黒が僅かに滲んでいる。茉世はそのはがきの表を見てしまった。幼い兄弟の家族写真である。ばんも写っている。しかし、長男と次男の顔には大きな赤いばつ印がついている。写真立てに表れている写真の裏側には「こいつらのせいだ」と走り書きが記されていた。
 やにだらけのガラス板のない写真を見た。義妹にあたるじんが写っている。幼い頃から蓮によく似ていた。縹緻きりょうが良い。美少女であった。尽の隣には控えめな感じのする女性が写っている。母親であろう。茉世にとっては姑である。
 茉世は写真立てを替えようとした。だができなかった。水拭きで黄ばみは落ちなかった。しかし、それはそのまま残しておくことにした。周りの埃だけ拭っていく。
 三途賽川さんずさいかわ家には秘密があるのだろう。そして娘は殺される。嫁がすべてを知れるはずもない。夫は人殺しであるかもしれなかった。実妹を手に掛けているかもしれない。妻に浮気された男は、実妹殺しかも、しれないのだ。
 開き直るつもりはなかった。だが世間一般の感覚がそれなりに彼女には染み付いている。浮気は犯罪ではないが、殺人は犯罪である。
 玄関扉が開く。ばんが立っていた。草臥れた服を着て、髪は櫛も通していない。
「ここにいたんダ」
 茉世を探していたらしい。彼女は写真立てを然りげ無さを装って戻した。だが義弟はそれを捉えていた。
「見ちゃった?」
「お写真?」
 とぼけるつもりでいたが、食い気味になってしまっていた。それが不自然であった。
 妙な沈黙があった。絆は写真立てに外方を向いた。
「お掃除してくれてありがとうネ。でも大丈夫だヨ。ゆっくりしてなヨ」
「わたしがしたいんです。でももし、ご迷惑なら……」
「別にメーワクじゃないけど、義姉ちゃんがいいなら……とりあえずここの人たちのコト紹介しておきたくて。時間、いいカナ?」
 茉世は紙マスクとバンダナを外す。エプロンの結び目も解いた。
「大丈夫です。お願いします」
 絆はまず、彼の部屋の隣へ案内した。ここの住人は事故物件と言われた不気味な部屋を、一部屋挟んで暮らしているということだ。
「帰ってくるのカナ~。ちょっとゴタゴタがあって、今は出ていっちゃったんだケド、一応紹介しておくネ。青山あおやまあいってやつで……芸名は、らんっていうから、ちょっと、気拙いよネ」
 義弟が引き攣った笑みをこぼしている横で、彼女は青褪めた。青山藍。三途賽川家に来た珍奇な男だ。そしてその男に、犯されてしまった。
「ちょっと、今後の方向性でモメちゃってサ。帰ってきてくれるといいんだケド」
 絆は階段へ向かっていった。茉世は義弟の部屋の隣の部屋の前から動けなかった。
「義姉ちゃん?」
「ごめんなさい。今行きます」
 人感センサーは作動しなかった。ほんの短かな階段は暗がりである。小さな明かりが点いたと思えば、それは絆の持つキーホルダー式の頼りないライトであった。
「故障じゃないヨ。だから安心して。この前も点検来たし」
 降りていく足音が響いた。茉世もその後をついていく。
「明くんといのりくんは昨日会ったもんナ」
 次に案内された部屋の扉には、オーナメントが吊るしてあった。絆はインターホンを押す。家主はすぐに現れた。瓶底のような眼鏡を掛けて、前髪をカチューシャで上げていた。だぼついた袋のようなスウェットには、美少女アニメらしき絵がプリントされている。
「こんちゃ」
 服装こそ気が抜けていたが、肌の質感によく手入れが行き届いているのが、ただ見た目に頓着がないのとは違っていた。
たまきくん。ごめんネ、お休み中だった?」
「ん~、いんや。アニメ観てた。ハムカー。あれ結構すごいよ。ん~?」
 家主は絆から顔を逸らし、茉世の姿を認めた。分厚いレンズによって寝呆けていそうな目が縮んで見えた。
「新しいカノジョ?」
 目が合う。だが一瞬で逸らされた。
「違う、違う!オレの義理のお姉さん。兄嫁」
「ああ、花道か茶道の家元なんだっけ……?」
「一般家庭だヨ。でもワケあって、ちょっとここに居てもらうコトになったの」
 絆に促される。
「三途賽川茉世です。よろしくお願いします」
「ん、環です。知ってるかも知れませんけどBANGばん SANGさん KANGかんかんやってます」
 茉世は絆を見遣る。
「ブロークンハートと別口に、派生ユニットやってて。これからさんちゃんに挨拶に行くところなんだケド」
ひかりなら事務所行ったと思うよ~。じゃ!」
 環と別れ、絆は首を捻った。
ひかりくんいないんだ。じゃあ後回しにしよ」
 茉世は、建物の外へと案内された。玄関を出てすぐのところに、鉢植えやプランターがいくつか置かれている。背の高い、色の黒い男が、インディゴの作務衣に身を包み、縮こまって花を触っていた。周りにある道具からして、彼が育てているらしい。
「銀ちゃん」
 絆は少し野暮ったい感じのするその人物に話しかける。
「オレの兄のお嫁さん。形式的にだけど、ここの管理人になってもらうカラ」
 背の高い男はのっそりと立って、茉世の前まで来ると、ぺこッと頭を下げた。手脚は長く、身体も引き締まってスタイルはよいが、全体的に野暮ったい感じがあるのは挙措のせいだろう。
「三途賽川茉世です……」
 胸ポケットに、白いうさぎのぬいぐるみが挿してある。雰囲気にそぐわなかった。彼女がそれに気付いたことに、相手も気付いたらしかった。大きな手が、ふわふわと毛並みの良さそうなぬいぐるみを隠してしまう。
「こちらは銀蔵くん。寡黙なだけで怒ってはないヨ」
「よろしくお願いします」
 銀蔵という長躯の男はまた頭を下げた。
「燦くんが帰ってきたら、また改めて義姉ちゃんのところに連れていくヨ」
 絆の白い歯が日の光で輝いたときだった。どぉんっ、と大きな揺れに襲われる。空が破裂するような音がした。鼓膜が数秒、働かなくなった。不穏な静寂が起こる。
「またか……」
 しかし絆にも銀蔵にも驚いた様子はない。
「警察と救急に連絡するネ」
 彼等は連携していた。銀蔵が道の方へ走っていったのを、茉世も追っていった。シルバーの車が、十字路の電信柱に激突している。運転席は拉げていた。運転手が無事とは思えない有様である。


 絆は茉世に気を遣っていた。おそらく、運転手は死んでいた。運ばれていくのを目にした。
「マミィだヨ。マミィなんだ」
 管理人室脇の私室で絆はキッチンテーブルセットに座っていた。缶ジュースは開けられるもせずにそこにある。
 茉世も車のドアに巻きついた黒い髪の毛を見てしまった。
「男の人を、ああやって事故に遭わせて殺してるんだ。マミィは、男が嫌いだカラ。多分、何か、女の子に酷いことしたんだと思う。この前もそこで事故って死んだ人、調べたら性犯罪者だったし。姉ちゃんのコト、重ねちゃうんだろうな……」
 茉世は頭を抱えている義弟を見ていた。
「あそこで人がばたばた死んでいくのは別になんとも思わないんだ、正直。ただ、マミィが殺してるってコトがつらくってネ」
 彼はひょいと顔を上げて力無く笑みを作った。
「マミィに姉ちゃんと会わせてあげたいんだけどネ。親孝行、したかったナ……」
「もう随分、親孝行しているように見えましたけれど……わたしには」
「えぇ……?全然だヨ。マミィのお願い事、全部叶えたくなっちゃうジャン?それが、パピィにも愚兄どもにも酷い扱いされてたマミィならサ、もっと。オレの欲が深いのかナ」
 茉世はふいと顔を伏せた。
「絆さんがそれを理解していたことが、多分、お義母様には救いになっているかも知れませんね。わたしはまだ三途賽川に嫁いで間もないですが、霖くんの気遣いに、とても救われたものですから」
「ほんとぉ?それちょっと、めっちゃ嬉しいカモ。禅はダメだったケド、霖にはよく言っておいたんだ。蘭とか蓮とかああいうふうにはなるなって。男尊女卑の家庭から見ても、恥ずかしくて情けないことだって」
 義弟はにこりと幼く笑った。憎んでいるらしき長兄とよく似ている。
「ダメだネ、オレはアイドルなんだから。こんなカオしてらんないヨ!」
 彼はぺちぺちと顔を叩いた。
「戻るネ。何かあったら連絡ちょーだい。あ、あと、夕方からグループ仕事だから、全員空けちゃう」
「分かりました。わたしも、お義母様のところに戻ります」
 茉世は掃除に戻った。ある程度片付けると、義母の身体を摩った。
「暑くはありませんか」
 夏の装いをしてはいるが、義母はミイラのように痩せていた。背中を曲げ座っているが、下半身には布団を掛けたままであった。
 義母に反応はなかった。項垂れ、白髪混じりの長い髪は簾のごとく彼女の顔を覆い隠していた。横面からして、蓮や尽の面影の由来が窺える。
「お義母様……絆さんは、とても素敵な方ですね。霖くんも……わたし、とても、救われました」
 彼女にはある活気がみなぎっていた。夕方から、人が出払うという。本屋に行きたくなった。土地勘はないが、この周辺を散策するのも悪くない。秋冬に向けて義母に肩掛けを編みたくなった。簡易的なマッサージを覚えるのも悪くない。
「また来ます。"おかあさま"と呼べる人がいて嬉しいんです」
 茉世はゴミ袋を持って、管理人室へ帰っていった。夕方になると絆たちが出掛けていくらしい音が聞こえた。
 何かしら物音があったのが、一気に静かになってしまった。
 着替え、周辺を散歩する気でいた。管理人室の呼び鈴が鳴った。誰か鍵でも忘れたのかと思った。ドアを開ける。ふわりと、清涼感のある甘いシトラスが薫る。ブルーを帯びた、金縁の円いサングラスがまず視界に入った。
「こんにちワ」
 タンクトップに、肩を晒して羽織るMA-1コートは袖が長い。青山藍が、そこに立っている。茉世は目を白黒させた。
「あな……たは、………」
「青山藍デス」
 ずい、と青山藍は顔を突き出した。茉世の腕を鷲掴みにし、引っ張った。彼女は咄嗟にドアの脇へ手を伸ばしたが、踏み留まることはできなかった。
 彼女の足は、よく彼女の身体を支えていた。転倒し、怪我をしては逃げられない。だが足がついていくことを拒んだとしても、男は力尽くで茉世を引き摺っただろう。シャンソン荘とかいう建物の前の道に停められている車に彼女は押し込められようとしていたが、ドアの把手には髪の毛が巻き付いて、開けられることはなかった。
 青山藍に驚いたり怯えたりする様子はなかった。鼻で嗤っている。
「放して、ください……」
 この男は獲物の匂いを嗅ぎつけて、ここまで来たのだろうか。これは偶然なのであろうか。茉世は頭を真っ白にしていた。声は震える。
「放して……、放し、」
 腕が、いっそう強く引かれる。肩や肘から関節を外さんばかりであった。
「あぁ……!」
「ウルサイよ」
 唇を塞がれる。一瞬であった。柑橘類だけではない甘い香りが鼻を通っていく。
「ん、ふ………」
「絆に置き土産をあげなきゃイケナイから、我慢して」
 外へ引き摺り出されたかと思うと、今度はふたたびシャンソン荘の中に引き戻される。管理人室が開き、茉世は畳に放り込まれた。人魚のように脚を投げ出し、上体を慌てて起こす。
 カシャン、カシャン、とあちこちで錠の掛かる音が聞こえた。管理人室の扉もそうであった。不都合なことであった。青山藍と密室に閉じ込められたも同然である。明かりは消えて、まだかろうじて日の長い外の自然光に頼るほかなかった。
「本当に事故物件にしちゃおうか?」
 ごてごてと石ころめいたシルバーの指輪を嵌めた手が、ゆっくりと、選択を強いるように、彼女の首へと近付いた。
「う………うぅ、」
 指輪は氷のように思えた。肌が温かく感じられた。手は首に回るだけで、力は入っていなかった。しかし十分、威圧的であった。
「冗談だよ。殺しはしない。そういう恨みじゃない。でもアナタには犠牲になってもらう」
 ブルーを帯びたサングラスが外された。切れの長い目は人を喰ってようだったが、茉世を睨み上げた途端、ふと殺伐とした。笑わなくなったのだ。
「絆さんと、何かあっ―……」
 口は塞がれた。指が入り込んでいる。
 すぐ隣の私室のほうから、がしゃん、ばりばりと甲高い音が鳴った。ガラスか陶器でも割れたのだろう。食器棚に入っていたグラスや湯呑か。
「アイドルって何だ?アイドルって何?」
 青山藍は茉世の舌を二指で挟んで引っ張ると、下の歯へと押し付けた。
「んぐ………ん、ん………」
「どこか行くつもりだった?」
 サングラスを隔てていない目が、茉世の全身を舐め回す。
「ふ………っぅん、」
 下の歯が舌に刺さり、血の味が広がっていった。閉じ切れない唇からは涎が溢れ出る。
「これじゃ喋れないね」
 意地の悪い指が口内から去っていく。
「今日はちゃんと、正常位でしようか」
 茉世は頭を真っ白く塗り潰した。足が床を蹴る。彼女は逃げた。掃き出し窓のカーテンへ縋りついた。
「い、いや……いや……………っ」
 譫言のように繰り返す。青山藍は奇抜に整えた髪を掻いて、茉世をただ目で追っている。
 こんなはずではなかった。今頃はシャンソン荘周辺を散策しているはずだった。本屋に行き、編み物と按摩の教本を買っているはずであった。それからスーパーマーケットに寄って、夕食の献立を考えているはずであった。
「正常位は、無理か」
 重げに腰を上げ、青山藍はやっと逃げ惑う小動物の捕獲に乗り出したらしかった。廊下に出る扉にせよ、私室に繋がる扉にせよ、掃き出し窓すら、鍵が掛かっていた。そしてそれは超自然的な力によって、開くことはできなかった。廊下へ通じる窓口のガラス戸も開かないのである。
 茉世は捕まってしまった。身包みなどは容易に剥がされる。四つ這いになってうずくまり、抵抗を示したが無駄であった。青山藍は宣言とは違ったが、彼女を背後から襲った。
「あああ!」
 じ開けられる粘膜の軋みがあった。ひたすらに自己の保護のためだけに分泌された潤滑液では、血が出ない程度に留めることしかできなかった。痛みも圧迫感もあるのだった。
「ここに来たってコトは、カキタレをやるってコトだよ。絆は何も言わなかった?ここで若くて有名なオトコノコたちと、おまんこするんだ、アナタは」
 ぱん、ぱん、ぱん、と青山藍は拍手を彷彿とさせる肉の衝突を聞かせた。
「あっ、あっ、あっ………」
 畳に置いた手に、石ころを嵌めた手が重ねられた。強姦魔に、まるで合意のもとの行為のような素振りをされている。激しい屈辱であった。同時に、それが強く己の身に起こっている惨劇を生々しくする。種の保存を急いた本能が、おぞましい反応を示す。
「は………んっう、ぅん………」
 改造の施された凶器を、彼女は食い締めてしまった。だが本意ではなかった。
「何?その気になった?絆のオネエサン」
 青山藍は、渾身の一撃とばかりに力強く腰を打った。
「ああああんっ」
 立たされた膝が震える。そして官能が伝播していく。恐ろしい箇所に、恐ろしいいぼが減り込み、恐ろしい快感が広がっているのだった。全身を性感帯にされてしまいかねない。
「このペースでイってたら、キツくない?」
 抽送が円滑になったとばかりに、腰は一定の速度を保って茉世を苛んだ。
「は、あ………、んっ、あっ、あんッ」
 下腹部が疼き、その疼きを的確に突かれている。疼くことすらも求めていた。暴力的な悦楽に目が回る。
 ただの交合に飽いたのか、青山藍は前後に揺れる乳房へ手をやった。まるで抱擁であった。
「自分で支えろ」
 茉世青山藍の上体も戦慄く前足で支えなければならなかった。それは乳房に触れることを許し、むしろ懇願しているかのような様である。
 固く冷たい指輪が無遠慮に柔らかな脂肪を揉みしだく。
「おっぱいのデカい女は最高だ」
 凶器がずくんと脈打った。隘路がさらに詰まる。ピストンが激しくなり、乳房は荒々しく握られる。
「出るからね、オネエサン。出る、」
 茉世は首を振る余地も与えられなかった。加減のない抱擁と、容赦のない体重を加えられ、苛烈な精の噴射を受けながら、汗と香水の匂いに身悶えた。
「あ………ああ…………」
「オネエサンのカラダ、最高だよ。まだ足らない。もっとナカ、汚させて?」
 目眩と変わらない絶頂の余韻はまだ引いていなかった。茉世は張って逃げようとした。またあの暴力的な淫楽を与えられてしまうことが恐ろしかった。それは理性よりもはやく判断された。彼女は反射的に這っていた。だが赦されやしなかった。最奥部と凶器の先端が癒着するほど、青山藍は密着を強いた。
「あ………!ア、あっ」
「イきまん、すごいね、オネエサン。気持ちいいよ。必死にちんぽ締め付けてくる」
 彼女のそこは、活きのいいヘビになっていたのかもしれない。うねりに蜿り、蠢いて、ひしめく。肉体の主に逆らい、牡へ媚び、子種を乞うていた。
「動かない、で………!ぃや゛、あ、ああア、あ……」
 痙攣が治まらない。脳髄が爆発したみたいだった。意識が薄れていく。
「オネエサン」
 鋭い痛みが耳に走った。耳殻を齧られたのだった。軟骨が一瞬拉げ、熱を持った。
「気絶してタイムワープして無かったことにしようとか思ってる?」
 ぬぽっ、と栓が抜かれた。開放感を覚えた。身体から、大量に注がれた他人の液体が漏れ出ていく。
 肩で息をしている茉世に、青山藍はやはり容赦がなかった。彼女の身体を翻すと、対峙しながらまた女の中へ入った。
「う………う、ぐ、」
 咳の衝動に似ていた。それが胃の辺りで起こっている。
「吐く?」
 銀色の石ころのついた手が、彼女の腹を押した。
「や………め、」
「精子が逆流して口から出るほど中に出してやるよ」
 何かの権威のように、青山藍はスプリットタンを見せつけた。そして銀疣も見えるのだった。
「い、や………いや、助けて………お願い、しま………」
 完全に背面を見せることはできず、身を捩って、恐ろしい強姦魔から逃亡を試みる。ピアスの刺さった唇が嗜虐的な弧を描く。
 だんっ!と大きな音がした。床に接していた茉世には地響きも分かった。大型の家具が倒れたらしかった。
「お願い……」
 腰が引き寄せられる。それは肉欲だけではないように思えた。支配欲と加害欲、征服欲が多分に見てとれた。陰茎を牝肉で扱くことよりも、精神の充実を求めているらしかった。最奥を一直線に叩かれる。さらに何度も追撃するのだった。
「ぐ、ふ………ぅ、う、」
「だめだよ、オネエサン。別に殺したりしない」
 彼女はひっ……と、吃逆と紛う呼吸をした。反射的に身を逸らし、一気に胃のものを吐いてしまった。蛙の喚くような声が漏れ出る。喉が酸に焼けた。
「ぐ………ぅぅっ…………」
「あーあ、吐いちゃった。変なへきに目覚めそう」
 嘔吐について、上手く認識ができていなかった。彼女は、はく、はく、と息を整えていた。腹が捩じ切れるようだった。
 青山藍は龍みたいだった。上体を伸ばし、首を伸ばし、嘔吐直後の口に接吻した。先の割れた舌が探すように唇を這う。そして目当てのものが見つからないとなると、二股の舌は口腔へと入っていく。彼女はまた嫌悪に嘔吐えづいた。はずみで舌同士がぶつかる。腹を一撃殴られた心地がした。嘔吐きによってまた嘔吐く。
「美味しいワケねぇか」
 青山藍は肩を竦めた。呑み込みきれないほどの唾液が滲み出る。
 獲物が弱っているからといって、慮るような相手ではなかった。強者の優越感に満ち満ちた喜色といい、狭孔に突き入れられた狂器といい、むしろ好機とばかりであった。
「赦して………」
「オネエサンには何の恨みもないよ。絆のコトは赦さないだけ。絆のケツ掘れっていうの?ワタシが?やめてよ。オネエサンが絆のケツ穿繰ほじくればいいじゃん」
 強姦魔は、強姦相手を恋人だと勘違いしているらしかった。仲睦まじそうに手を繋ぎ、肉杭を打ちつける。
「ぃや………嫌………!嫌ぁああ―……!」
 受付の窓口のガラス戸が砕け散った。
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