18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-3

結局は俗物( ◠‿◠ )

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蜜花イけ贄(18話~) 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意

蜜花イけ贄 26

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 男はおそらく欲情の発散だけを目的にしていたのではなかった。罪悪感を拭いたいわけでもなかったようだ。彼は本当に女体の持ち主を慕っていた。それは異性だったこともあろう。だが肉欲のみを向けていたのではなかった。
 身を清め、服を着せ、傍で語らい、やがて立ち去る。
 桔梗はされるがままにして横たわっていたが都合の良い情夫が帰ると身を起こした。
「あの男に鞍替えするのが、楽さ」
 女体を堪能して帰っていった男と入れ違いに棕櫚しゅろが姿を現した。彼はつい先程までこの家で行われていたことをよく承知していたようだ。
「しません」
「宮仕えなら守ってくれるだろう。都に行くのがいい。誰もお前さんを知らない土地へ行くのが……少なくとも、この村の近辺であったことについて………いずれにしろ、心も身体も一緒になるのが……」
「あの男に、わたしは一度、幸せを奪われていますから……幸せ、ではありませんね。安寧を……」
 棕櫚は一段上がった畳へ腰掛けた。
「安寧とはまた」
 彼は桔梗の自嘲的な口元を見たはずだ。
「聞きますか。ありがちでつまらない話ですけれど」
「聞いておこう」
 彼女は事のあらましを話した。他人事について語っているかのような口振りだった。生まれ、叔父との出会い、叔父との別れ、現在に至るまで。安寧とは無自覚で、平凡で退屈なあまり、失ってから気付いてしまうこと。そしてある青年との出会いに一度は手放した安寧を取り戻してしまったこと。そしてその言葉の意味を知ってしまったこと。
「詰めの甘い女です。一緒になったら、憎い相手のことも、いずれは……」
 彼女は棕櫚の後ろで座っていた。膝の上に置いた手が震える。
「女の業というやつか」
「あの男を憎み続けるのがわたしの宿命つとめです。一緒になるなど、有り得ません」
「抱かれてもか」
「男も思慕していない女を抱くでしょう。女もそれができます。利があるのなら」
 棕櫚は苦げに微笑する。
「利があったようには見えなかった」
「わたしのあの男への憎み方は、相手にしないことです。憎悪をぶつけて、怒らせておけば、ああいう男は自分で自分の矜持を傷付けにかかるのです」
「お前さんも傷付きたがる。ここが墓なんだろう」
 桔梗は畳を見下ろした。棕櫚は腰を上げる。勝手を知っているふうだった。家人が完全にいなくなってしまってから桔梗がある程度は手を入れたが、彼はそこから鍾甌ちょくを見つける。埃を吹いて、持参の酒瓶を傾ける。
「愛した男の前ですることもなかろう」
「わたしは愛していましたか」
「愛していなかったのか?」
 桔梗はゆるゆると首を振る。
「分かりません。分からないのです。愛していたのなら、どうして後を追わないのでしょう……何故、今からでも、後を追わないのか……」
「愛していれば、後を追うのが筋だと?」
 棕櫚の声音が変わった。だが彼女はそこを気にするふうもない。
「そのような気もするのです」
 彼は鍾甌に注いだ酒を呷った。そしてまた注ぐと、桔梗に差し出した。
「お前さんの番だ。飲みなさい」
 水と見紛う透明な酒を、縁の欠けた鍾甌で呷る。少量だが、粘膜を焼いてはらに落ちていく。粗末な空の器はまたもや狂い水を注がれ、畳の隅に置かれるのだった。
「愛のために死ぬのは、ばかげている。我々は、色恋のためだけに生きている虫連中のようにはいられまい。後を追おうとしないのはまだやることがあるからでは」
「お墓を作ったあとは……仇討ちを考えてしまうのが、人の常ではないでしょうか」
 堂々として佇んでいた棕櫚が、くさめの衝動に駆られたかのようにふいと顔を逸らした。
「あの街にいたのは下見のためとは言うまいな」
「下見……ですか。夢に細部を与えるための?」
「あいつのことは忘れなさい。今語ってくれた叔父御の身を案じる生活に戻るのが良かろう。もうここには来るな。家は残しておく。それで良いな?若者の死が、また若者の人生に長い陰を落とすのは好かん。老人同士ならばこうは言わない。だがお前さんは若いのだ」
 桔梗は徐ろに頭を上げる。棕櫚は気難しそうな顔をしていた。
「思い出してしまいます。歩くだけで。手を繋いで、隣を歩かせてくれた人なんです。日々の中に落ちていた小さな喜びを、教えてくれた人だから……」
「お前さんはあれを愛していないのかもしれないと言った。だが少なくとも、尊敬しているのだ。だから莫迦な真似はできぬと、死ねないのだ。それだけのこと」
 彼女はその気難しげな表情の奥にあるものを凝らす。伏せられた双眸を。
「あなたがそうだからですか」
「答えてはやらん」
「わたしが生きているこの世は、わたしにしか見えませんからね。わたしが消えればわたし以外のものもみな、消えてしまいそうですもの。それはもう居ない人のことも含めて……」
「人は名を遺す。史書に刻まれなくともな。或いは名を遺すために、情を寄せ合うのだ。ここまででいい。お前さんは元の生活に戻れ」
 返事はしなかった。彼女は静かに座り、茫としていた。虚空を睨んでいるようでもあった。
「そのうち忘れる。時間で決着する。憎しみはそうでなくとも、情愛とはそういうものなのだ。それが人にかぎらず、生きる者のことわりだ。巻き込んだことについては、ただ詫びるしかない。すまなかった」
 棕櫚の長い指が。戸口に伸びる。彼は帰ろうとしていた。
「それはつまり、いずれわたしは想い人を忘れ、憎き人狼の顔のみを思い出すわけですね。あなたと共に……」
 出入り口で鼻を鳴らすのが聞こえた。
「……そうだ」
「他の人たちは、憎む相手の顔も知らずに、ただ憎しみを思い出して、亡くした人々のことのみ忘れていくと?ではあなたは何を思い出すのです」
 彼女の声は琴の弦のようだった。
「俺にも恨んでいるものはある」
「人狼ですか」
 沈黙が流れるのだった。桔梗は項垂れている男の脳天を見詰めていた。
「それはお前さんだろう」
「いいえ。傍にいながら人狼を野放しにしていたあなたを、わたしは一番、恨んでいます」
 棕櫚は帰ろうとしていた身体の向きを、桔梗のほうへ回す。
「その怒りや恨みは最もだ」
 乾いた跫音はわざとらしい。
「もしやつが人狼だったら?お前さんだってきっと殺せやしなかろう。人には各々立場がある。それを度外視して一貫できるのは気違いだ」
 畳に上がることもなく、彼はそこで立ち止まる。視線を繋いでいた。
「殺しはしませんでした。殺しはしなったでしょう」
「俺の怠慢だ。それは否定しない。お前さんの恨みの矛先が俺であることも自然だろう。だが、人狼なら………人狼なら、処して当然だというその考えが気に食わん。人狼だ。野良狗じゃない。人だ。人でもあった。俺の大切な人だったんだ」
 桔梗は、側められた瞳をまだ執拗に追っていた。
「存じています。そのお気持ちも。わたしもそうでした」
 劣勢のオス猫みたいに顔を逸らしていた棕櫚は噛み付くように彼女を睨んだ。崩れ落ちるように、片膝が一段高い畳へ乗り上げる。そしてのっそりと、もう片方の膝も乗った。膝で立ち、燃えかすみたいに佇んでいた。しかし突然、目をかっと見開いた。
「お前に何が分かる!」
 膝で歩く妖怪だった。桔梗に迫り、そしてしがみついて揺さぶった。彼女の口から、正しい答えか救いの言葉でも吐き出されると思っているみたいだった。
「アサガオさんは人でした!人狼ですらなかった!」
 だが彼女も揺さぶられることに甘んじはしなかった。黒い着流しへ掴みかかる。
「安全なところで高みの見物をしているだけだ、お前は!疑ったんじゃないのか?一度くらいは疑ったんじゃないのか!人狼が他にいると知れた途端に、貴様は他人事か!」
「だから何だというのですか!あなたはアサガオさんが人狼でないと知っていたのでしょう!確信していたんじゃないですか!それならどうして助けてくださらなかった!人狼を表に引き摺り出せとは言ってません!どうして知っている立場にあぐらをかき続けたのです!民草の味方だなんて言えたのです!どうして!」
 歯軋りが間近で聞こえた。
「わたしが目の前にちらつくかぎり、あなたはあなたご自身の辜と向き合わなければいけなくなる!だから言うのでしょう?忘れろ、と……そんなお為倒ためごかしに、あなたみたいなのはまた思い悩むくせに!」
 両の二の腕を潰されそうな痛みがあった。だが彼女は喚いた。その唇が破裂した。血が滲む。男が噛み付いたのだ。人狼はもう一人いたのだ。自身の唇が染まったのを舐め取る。
 桔梗のほうは顔中の皺を眉間に集めた。鉄錆びの匂いと独特の甘味が不愉快だったのだろうか。
「人狼というのは感染うつるわけですから。それとも番いだからですか?」
「減らず口を……」
「恨んでいる相手への恨み言ですよ……減るわけない……!」
 押し倒しにかかる棕櫚を、彼女は押し返す。互いの衣服に互いの指が食い込んでいく。
「お前のお望みどおり人狼になって、食い殺してやりたい……!」
「あなたが人狼なら、突き出して八つ裂きにしてやりたかった……!」
 男の力が勝っていた。桔梗を畳へ押し付け、額をぶつける。鼻先も当たりそうだった。力み過ぎた手は震え、捕らえられた桔梗が戦慄いているようだった。
「食い殺してやる……!」
 棕櫚は彼女の首に寄せた。桔梗は迫りくる喉笛を押さえた。おやゆびに、男の呑み込み損じた飴玉が当たる。
「痛……っ」
 しかし飴玉は転がるのだった。気を取られた瞬間に、彼女も首に痛みを覚える。熱さに近かった。噛まれていた。彼はやはり人狼ではあるまいか……
 桔梗の手はただ男の首に添わるのみだった。その目には涙の玉雫が浮かぶ。悲しかったのだろうか?いいや、喜びだった。待ち望んでいたものだった。やっと手に入れたのだ。哀れな百姓が受けた仕打ちとは程遠いが、確かな痛みというものを。しかし痛みのみだった。あの者が味わった恐怖と落胆、悲しみはそこにはないのである。過ぎ去ったことだというのに、空想はまだ彼女の中で解決していない事柄として去来するのだ。
 男は、顎の力を緩めた。彼には牙がなかった。人の歯では、上手く人の肌を突き破ることはできなかった。また彼自身に、この女の肉を食い破る意思があったのだろうか。
 唾液に濡れた口を離し、彼は桔梗のよく照りつけた眼を観察していた。そして今度は引き破れた唇に噛みつく。彼女はこの男に期待していた。屈辱を欲していた。褻涜せっとくを望んだ。帰らぬ者の覚えのない重罰に比べたら、それはおそらく生温く生優しいもので、この男が相手なら、それは傷の舐め合いでしかなかった。膿んで腐ることもない。けれどこの男が相手だからこそ、その気になったのかもしれない。
 彼女の裂けた唇が唇によって押し潰される。熱い舌は彼女の喉奥を舐めたがっていた。
「ぐ………ぅッ」
 口腔に生きたナマズを押し込められているようだった。嘔吐えづく。歯が当たることも厭わない。熱い接合が吐息によって冷めると、生々しく相手の体液を感じた。
「は………ぁっ、んく」
 桔梗は棕櫚の舌を押し返す。彼の身体にしがみつく。相手もまた罰を望んでいたのだろうか。女の反撃で躯体ごと簡単に入れ替わるのだった。彼は桔梗を抱き締めて寝返りをうった。下敷きになっても、口接が途切れることはない。
「あ、ふ………」
 引けば息苦しいほどに攻め込まれる。押し返せば絡め取られてしまう。男の舌にはいぼがあるらしかった。小さく、固く、冷たい。取れそうに揺れて、取れなかった。掠れるたびに意識させられる。他者の堕液と肉のうねりを強く感じた。陶酔に視界がぼやけたとき、彼は桔梗の首元を押して遠ざけた。掌が汗ばんでいた。彼女は潔かった。呆気ない糸は両者の目に映ることなく消え失せた。
 桔梗は自身が跨っている男の顔を見た。水を飲み損じたように濡れた唇を舐める舌に、銀色の疣があった。光っているそれは、自然のものには思えない。
 彼は熱に浮かされているみたいな虚ろな目に、拗ねているらしき表情をしていた。
「カラダひとつで成り上がった」
 すぐに意味を読み取ることができなかった。彼がこの時機に言葉を発すると思っていなかった。
姐親仁あねおやじに気に入られるために……」
 河原で見かけた、背の高い痩せぎすの女。不健康なほどの青白さは、肌の気質のものではなく、日に当たらないがゆえのものだったのだろう。姐親仁とはその者のことだろう。
「その結果がこれか」
 嫌味たらしく彼は口角を引き攣らせた。白翡翠の並ぶ奥で、輝く銀の疣がいやらしい。
「姐親仁もいなくて、お前さんも泣いている」
「泣いてはいません」
 彼女は咄嗟に自身の目元に触れた。指は乾いている。泣いては、いないのだ。
「遊女上がりの人だ。女の泣かない街をあの人は作りたかった。それが俺の務めだった。なのにお前さんは、泣いている」
「泣いていませんが」
 語気を強くした。侮られている気になった。それはこの男に求めているものではない。
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「泣いてるのはあなたのほうです」
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 彼女は手を伸ばした。黒い髪に指で櫛を入れる。
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 棕櫚は生白い華奢な腕を叩き落とす。けれども桔梗はやめなかった。抱え込み、その頭を撫でつける。
「男とは、女を守るものなのだ」
 二度目の抵抗はなかった。身体を硬くして、ぎこちなく肩を落とし、背を丸めている。男の髪は見た目よりも柔らかかった。毛先がわずかに外側へ跳ねている。ほだされた野良猫みたいに、彼は急に身を擦り寄せる。頭を撫でる手を掴み、頬へ持って来させた。
「女の、手が好きだ」
 声を絞り出して彼は桔梗の掌に愛撫を求めた。伏せられた睫毛が濡れている。手の持ち主は、忽如として懐く素振りを見せたどら猫の好きにさせていた。やがて彼は機嫌を窺うように桔梗の目を覗く。本当に猫のようであった。我儘の限りを尽くし、図々しい野良猫が飼われたことで棘を失くすかのようなまるさとおどけなさが顕れていた。
 棕櫚は彼女に縋りつく。木登りの上手い黒猫だった。胸元に顔を押し付け、それから唇へと這い上がる。
「いいのですか、そんなことをして」
 害意ではなかった。唇を食い千切るのでも、舌を引き抜くのでもない。それを読み取ってしまった。
 返事はない。代わりに視界が横転し、畳を見下ろしていたのが、今度は天井を仰いでいる。返事がないのも頷ける。答えるべき口はすでに使われていた。互いに口唇をしとどにして貪り合う。開いた傷は唾液で埋めるのだ。歯がぶつかり、噛み、嘔吐えづき、どちらのものか分からない鉄錆びの甘みを味わう。ヘビの交尾だった。ほどくのは難しい縫い糸のようだった。
 棕櫚は女の着物を脱がせ、桔梗は男の着流しの奥にある胸板に触れた。しかし彼は胸を辿る手を拾って頬に当てさせた。親指が接吻で創った噛み傷を掠る。微かに寄った眉間の皺に桔梗は刹那の歓びを感じた。底意地の悪い女の意地の悪い指は、鱗を張った唇の赤い裂罅れっかを甚振る。けれど大きな黒猫は頬を撫でる掌から逃げられず、唇を蠢かせ誤魔化すのだった。
 彼女は傷に沿って爪を立てた。あとは散るのを待つだけの薔薇そうびの花弁を捲るように弾く。するとうろの中から紅色の住人が現れ、門扉を荒らす乱暴者を捕まえた。意地の悪い指は追い払われるどころか、侵入を試る。
 欲熱に潤んだ視線同士がぶつかった。
むすめ……」
 桔梗は真っ直ぐな眸子に恐ろしくなった。彼は女体に、喪った人を重ねているものと思った。だがそうではなかった。咄嗟に目を逸らしてしまう。指と指の間に舌が割り入る。表面の質感の違いが肌理に刻み込まれていく。
「止まれない。抱くぞ」
 それは彼女の意思を訊ねたのではない。宣言でしかなかった。
「いいのですか、あなたは、それで……」
 声はしわがれ、震え、消え入った。
「傷が乾いて、痛む」
 棕櫚は衣を剥いた女の乳房へ頭を寄せた。その先端は張り詰め、すでに熟れていた。収穫を待っていた。種の循環を期待していた。唇と指にはすでに馴染んでいる温もりと湿しとりが実粒を包んだ。
「は………んっ」
 河原で見かけた痩せぎすの青白い女を平生へいぜいから抱擁し、愛撫し、慰めていたのだろう。彼の指先は彼よりも素直だった。女の官能を労っていた。
 桔梗は胸の先にともる甘やかな灯りに身を捩った。
「ぁ……」
 何も知らないわけではないはずだが、けれどよく知らない相手に、無防備な姿を見せている。彼女は突然、我に帰った。胸元へ手をやった。
「隠すな」
 腕を掴む手は加減されていた。おそらく彼も相手が相手なら、このような挙措はしなかっただろう。しかしその声も妙に甘たるい。腕を掴んでいることを詫びるかのように、外気に晒された肌には接吻の雨が降る。
 彼は舐め狗だ。彼も舐め狗だ。流れ込んでくるように理解した。桔梗は得体の知れない切なさに襲われたのだった。彼女は弛んだ黒い着流しを摘む。彼はわずかに眉を下げた。
むすめ……」
 桔梗は男を押した。大袈裟に彼は尻餅をついて見せる。黒い布を捲れば、彼はされるがまま、腰のものを晒した。
「俺のは少々見苦しいぞ」
 悄然とした様子からして、彼は己の芯を疎んでいるらしかった。桔梗は布の狭間からそのものを目にしたとき、確かに怯み、怖気付おじけづいた。
 彼の牡身には改造が施されていた。先端部の膨らみからそう遠くない箇所に輪状のいぼが並ぶ。それは皮膚の上から生えていたのだろうか。いいや、皮膚の下に埋まっているのである。数珠の実大のものが肉を押し上げている。その一箇所のみではない。同じような細工が、男体を男体たらしめる奇妙な凹凸の上に沿うように施してあるのだった。それはおぞましかった。桔梗にはない器官ではあるけれど、肉体の延長としてみれば、施術の際の痛みも感じさせた。痛々しかった。見苦しく、恐ろしいものだった。
「これは……」
「真珠を入れた。言っただろう。ツテのない者は、カラダでのし上がるしかない」
 桔梗の手が動いたのと、彼が己の弱みを隠そうとするのはほぼ同時だった。
むすめ……」
「そのまま触れて、痛くはないのですか」
「痛くはない」
 彼女は恐る恐る指を回した。男の敏感な部分全体に異物が埋まっているのだ。その小さな球体に触れては、痛むのではあるまいか……
 そっと扱く。
「……っ、」
 棕櫚が身動ぐのさえ、彼女は過敏になる。手が汗ばむ。握っているものも熱かった。玉の感触が鮮明になっていく。
「怖いのなら無理をするな」
「痛そうで……」
「もう痛くはない」
 彼はとうとう肉体改造の施された猟奇的な肉竿を隠してしまった。
「嫌なものを見せた」
 扱いていたものを失った手をまたもや彼の頬に行く。そうとう、撫でられるのが好きらしかった。
「見たのは、わたしですから……」
 桔梗はばつが悪くなった。一瞬の同情は驚愕によって露と消えた。はしたない自身の愚行をなかったことにしたくなった。
「すまなかったな」
 彼は腰を下ろしている桔梗へ近寄ると、腰を引き寄せた。
「でも、ありがとう」
 その一言に、懲りず裂帛と似た情動を覚えるのだった。ただでさえ、どんな絶世の美男子といえども、男を男たらしめる恐ろしい部位は悍ましく、穢らわしく、気味の悪い片輪の蚯蚓みみずみたいな風貌をしているというに、そこに新たな嫌悪感を装飾していた。あの有様は彼女の目蓋に張り付いた。男女の性別の違いは、肉体にせよ取り巻く環境にせよ世間的な価値にせよ、そこに伴う使い道にせよ大きな違いはあるだろう。しかし置かれた場所の中で成り上がるため、己が身体に異物を入れねばならない、傷を入れねばならない、糸を入れねばならない背景を、ただそこに滾り勃つ気持ち悪い蚯蚓から読み取ってしまうのだった。
「忘れてくれ」
 桔梗の動揺は伝わっていたようだ。彼女の膝の間を逞しい腕が通っていく。
「忘れさせてやる」
 彼女を支えていた腕が後ろへ下がった。寝転がる体勢に近付き、彼の腕の接近を許す。
「あ……」
 指先が柔らかくも張り詰めた突起に当たった。だが触れるか触れないかのところで留まっている。彼が触れたかったのは小さな屑繭なのかもしれない。その親指は大胆に絹の糸くずで遊ぶのだった。
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