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蜜花イけ贄(18話~) 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意

蜜花イけ贄 23

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 葵は無抵抗な女の肌を撫で摩っていた。労わるような挙措は、薬を塗りつける様に似ている。彼女の首筋に散った虫刺されと見紛う赤い痕に、実際何か塗っているのかも知れなかった。
「薬師さま……?気が冷めてしまいましたか」
 桔梗の中にあったのは安堵か、落胆か。起き上がりかけたところで、指の甲が頬に添えられた。おそるおそる葵を見遣った。
「そのように感じられましたか?」
 声とは正反対の妖しい陽炎を湛えた眸子と視線がち合う。皮膚を掠める体温からして、冷静ではなかった。彼の喋り口と、体表から得られる情報が合致しない。
「冷めたように見えました」
「では貴方様は、睦事を知らないのです」
「当然です。穢らしい!」
「俺には好都合です。夫君がいて、なおも好きな御人のいた貴方様が……無知でいらっしゃるのは」
 彼の熱い手が頬を捉えた。おやゆびがふやけたような下唇をなぞる。紅でも引いたかのような動きをしたが、油を思わせる抵抗はなかった。
「好きだなんて嘘ですね。そんなふうに、わたしを嘲って……」
 桔梗は頭を振って、纏わりつくものを払った。
「これでも妬いているんです」
「嘘です!要りません。薬師さまがここで甘言を吐いてくださらなくても、わたしが憎いとおっしゃっても、別にここで逃げたりなんてしません」
「貴方は人の話を聞かないのですね。俺が話を聞くに足る男ではないからですか」
 答えはない。
「でもよかった。こういうのはお初ということですね」
 葵はやり方を変えなかった。女のしっとりした柔肌を愉しんでいる。飽きもせず、掌と手の甲、指の腹、指の甲で皮膚を擦る。彼女は壁や天井ばかり見つめていた。退屈と言い切るには、腹や胸や脇腹、腰をなぞる感触が煩わしかった。指を軽く噛んで気を紛らわせる。
「ここに俺の子が、宿っているといいのですが」
 彼は臍の周りを撫で回す。それから肌着を取り払って、陰阜いんぷまでを往復した。
 桔梗は眉を顰めた。夫は結実していると言った。それは不貞を犯した妻に対する当てこすりだったのかもしれない。彼女はそれを夫の嫌味だと信じた。しかし恐ろしくなってしまった。噛んでいた手が、目元へとまた帰っていく。
「嫌ですか。こんな男の子供を孕むのは」
「はい……」
 陰阜の薄い叢を赤みのひいた指先が弄ぶ。毛先を繰り、絡ませ合っては丹念に梳いた。
「だめですか、俺は」
「はい……」
 彼は薄い目蓋を下ろして、拒否を受け入れようとしているようだった。わずかに寄せられた眉を見ると、桔梗は胸を縫針で突つかれた気分になった。
「でも今は……今だけは、俺のものになってもらいます」
 細蜈蚣の脚みたいな睫毛が持ち上がると、その奥には黒真珠が置かれていた。一度は火照ったように見えたけれども、葵の身体は冷えたようである。乳房に乗った体温だけでもそれが分かった。相手の爛れていくような疼きの籠った掌が、今では何ともないのだ。
 鯛の刺身みたいな手は少し臆病だ。躊躇いがちに搗き立ての餅めいた胸の膨らみへ指先を沈める。
「……っ、」
「痛いですか」
「痛くてもそうでなくても、今は薬師さまのものです。気遣いなど不要です」
 返事はないが反応はあった。舐め濡らした黒飴が横に転がったところをみると。彼はついに動いた。左右の柔らかな膨らみの頂を摘んだ。
「ぅん……っ」
 彼女は口元を覆った。
「俺もあまり、色事に達者なほうではありませんが……礼として自ら身を差し出すのであれば、市場のしび同然では務めは果たせません。これは俺の我儘ですし、今後このようなことが貴方の身に起こるのはとても耐え難いことですけれど……」
 瑞々しく甘そうな小さい実粒を捏ねながら彼は言った。ぼそぼそとした語り口は外の雨音に負けているのではないか。
「ぅ、あっ……」
「俺の技量がないだけですね」
 余った指が脂肪を揉み、その先端部を的確な力加減で擂る。技量がないなどとは謙遜だった。卑屈で謙虚な気質がそうさせるのか、はたまたこの性根の腐りきった女の悪辣な物言いに自信を喪失したか。
 左右の胸のみを刺激して、暫くすると彼は上体を伏せて、口元を覆う女の額に額を当てた。
「やめてほしければすぐにやめます。幸い、貴方はまだ生きて逝ける苦獄に堕ちたわけではないのですから……俺も、こんな人買いめいた形の礼だなんて、望んじゃいません」
 鼻先同士がぶつかるほど近付いた。
「お望みのようにいたします。不覚悟をお赦しください」
 それが虚勢であることは、潤んだ目を見れば分かることだった。桔梗は起き上がった。そして葵に縋りつく。彼の胸へ、怯えた童子みたいに割り入ろうとする。
「俺みたいな甲斐性のない無粋な男は、市場のしびを抱いていればいいのです。畑の案山子かかしを……寝ていてください。所詮俺は、この機に乗じなければ惚れた相手にも触れられないしがない男なのです。貴方の反応は真っ当だ」
 うろだった。彼は虚無を顔面に貼り付けて、阿諛追従あゆついしょうの姿勢をとる女を剥がした。そして畳へ押し戻し、乳を吸った。もう片方の胸にも刺激を忘れない。
「あ……っ」
 生温かく包まれ湿ったものに胸の先を転がされ、じんわりとした欣快きんかいが広がっていく。硬さを増して勃ち上がるのを、葵の舌と指で気付かれたかも知れない。
「んっ……あ、」
 片方は柔らかく漠然とした感触で、もう片方は意思の強い、器用で核心を小突く刺激であった。まるで桔梗にとって畳は擂り下ろし器だった。背中が反り、腰を捩って、尻が忙しない。踵も焦れている。
 甚振られるだけ、感度が増していく。彼は上手かった。甘い波紋が二箇所から響き、彼女の頭の中で結びつき、靄をかける。眠気にも似ていた。
「あ………ん……は、ぁ………」
 指で摘むほうは痛みに近かったのかもしれない。しかし舌の裏側でされ、躙り潰される快楽で些細な痛覚は誤魔化されてしまった。すると桔梗の心境にも影響が出るのである。乳を吸う男に妖しい情感を覚えるのだ。彼女は青白い顔に触れた。乳飲みのような有様でも、この男は美しかった。曲線を帯びて降りかかっていた目蓋が上がる。悩ましげに眉根が寄った。巽與そんよを美德としているような、弱者を気取る眼で女を見遣る。彼女は見た目の印象より硬さのある細い髪に手櫛を入れた。否、彼女にそのつもりはなかった。しかし結果、そうなってしまった。得体の知れない感情が渦巻き、桔梗自身、訳が分からなくなってきていた。恐ろしさのあまり、撫で梳いた直後には乳頭を咥える男を押し剥がそうとした。だが彼は、指で捏ねていたほうの乳の先を口に含むのみであった。
「ああんっ、!」
 唾液が滑りをよくした。怪我しているほうの手のぎこちない動作でも、また新たな触感を生み出し、まず彼女の官能を刺激した。下腹部の内側の、淫らに燻蒸くんじょうされていくのがさらに加速する。桶の中の鰻が尾を振るように、彼女も腰を揺らす。
 葵は口を離した。首を伸ばし、上体を前にのめらせ、少し進むと女の唇を吸った。両肘を張って体勢を保つのは、まだ怪我の治りきっていない身体にはそうとうの負担だったに違いない。だが彼は、そうして女の舌を舐めながら彼女の小さな双蕾を撚り続けた。
「ん……、っふ、ぁん………っふぅぅ………」
 呼吸は許されない。嬌声が漏れ出れば、大きな隙を与えてしまった。口腔から喉奥まで馴染んでしまう蜜液を注ぎまれ咽せ返る。相手にも体温があるはずだった。だがそれを感じさせない。宮殿の大貴人は彼を雪女と呼んでいたが、その冷ややかな風貌と相俟あいまって、的を射た形容と認めずにいられない。わずかばかり体格のよい、氷雪地帯の妖女だ。
 舌を吸い上げられ、両方の胸を摘まれると、彼女は腹の奥底で昇龍を孕んだ気になった。絡み、蜿り、昇ってきた龍は脳天まで駆け抜けて四散する。
「んんんッ………!んっ、んんん、!」
 桔梗は男の下で跳ねた。背筋は畳を離れ、胸と陰阜を上辺に据わる男へ擦り付ける。彼は身悶える女体を搦め捕って押さえ込んだりはしなかった。むしろ空間のできた背へ腕を回し、腰の辺りを己へ縛り付ける。胸への責め快は止んだ。ところがまだ口腔では繋がっていた。
「ん………っ、んや………っ、」
 女は男を拒んだ。彼は従順に応える。透明な糸が途切れ、どこかへ消えた。彼女は四肢を投げ出し、陶然としている。葵のほうは、彼女に背を向けて座っていた。叱責を待つ、いじけた子供のような所作であった。
 雨は依然として降り続いている。
 桔梗は強い眠気に抗った。身体を起こし、葵の肩に触れた。振り向いた彼を押し倒す。それは押し倒すというより、転倒に巻き込むようなものであった。
「桔梗様……!」
しびでは礼にならないのでしょう」
 彼女は葵の脚の間に触れる。硬くいきり勃っている。敷かれた男は狼狽えていたが、彼女は構わず、それを露出させる。この男はいくらか腺病質な感じの否めない楚々とした秀麗な顔立ちに、儚げな雰囲気をしている。だが股に生えたものはそうではなかった。彼の空気感を覆す。貪欲そうで、意固地な、彼の主のように暴君めいた、おぞましい形と大きさ、太さをしていた。この肉杭を桔梗は何度か身に埋めたことがある。とはいえ、そのときは己に打ち込まれる凶棒をまじまじ見ることもなかった。
「歯は立てませんから……噛んだりしません。暴れないでください」
 男の弱みを捕らえ、葵の動きを封じる。口を近付けた。先程よりも牡の香りが匂い立つ。そうしたときでさえ、手の中に収めたものは脈を打った。
「桔梗様がこういったことに手慣れているとは思いません……」
「そうです。手慣れていません」
「鮪と申し上げたことについてお怒りなのですね。お詫びします。あれは、我慢なさるなと言いたかったのです……ぅ、あ」
 よく喋る口の閉じさせ方を桔梗は知っていた。朝露を浮かべたすももを彼女は口内に迎えた。歯は立てないと言ったはいいが、実際は難しい。
「桔梗様………あ、あ………」
 上擦って高くなる声で呼ばれると、また彼女は異様な情動に戸惑わなければならなくなった。口の中に含む前からそれなりの硬さと大きさがあったはずだが、歯を当ててしまってもなお、それは膨張し硬直する。
 彼女は目を瞑って口淫に集中する。口に入らない部分は手で扱く。
「桔梗様………っ、桔梗さま………」
 彼は股ぐらで顔を動かす女に触れたかったようだ。しかし留まった。宙で止まった手は、畳に置かれ、爪を立てた。
「う……桔梗さま………」
 溢れた唾液が滝となって陽根を握る手に落ちていく。曖昧な刺激に焦れたのか、喉を突き上げられてしまう。
「ンぐ……っ、ふ、うっ!」
 こぽぽ……と音がして、彼女は後ろへ跳び退いた。咽せてしまう。けほ、けほ、と喉を押さえ、つかえにも痒みにも似た違和感を取り除こうとする。
「桔梗様……申し訳ございません!桔梗様………!」
「平気です……そこにいてください。わたしが下手なのが悪いのです」
 口元を拭い、寄ってくる男を睨み付けた。
「俺は、桔梗様にしていただけた……それだけで……」
「座ってください。壁に背を預けて……」
 咳が鎮まると、彼女は葵を壁際に追い込んだ。そして彼の腿に跨がる。
「桔梗様……まだ、」
 一度達した桔梗のそこは濡れてはいたが、しかし濡れているのみである。葵はおそるおそる彼女の腰の脇で手を添えるか否か迷っている。
「解さなければ怪我をします……」
 しかし首を振られてしまった。我儘な女に対して、惚れてしまった男の立場はあまりにも弱かった。膂力りょりょくの問題ではなくなってしまうのだ。惚れた女が腰を落とす様を、葵は茫として眺めていた。懸想相手が肌を晒し、交接に挑む姿はさぞかし魅惑的だったことだろう。
「う………あ、あ………」
 自ら股を裂き、串刺しになっていく。桔梗は葵の肩を掴んだ。だが一瞬、彼の表情が引き攣ったように見えた。大きな怪我をしているのだ。
「桔梗様……」
 痛みによって汗が吹き出していた。髪が口周りに張り付くのを、葵の指が退けていく。優しい男だ。好意を受け止めることができたなら、かけられる情も深いのだろう。見目も勤先も悪くない。理性と理屈でいえば、何が不満なのか桔梗は自身に問いたいくらいであった。だがこの男ではないのだ。彼女が癒され、安らぐのは違う人であった。そこに色艶めいたものはないのかも知れないけれど。
「あ………っううぅ………」
 粘膜の痛みを感じながら、最も太い部分が、痛みの強く出る箇所を通過した。男のたぎり勃ったものは女の体重にも、内圧にも負けず、ぎっちりと彼女の蜜洞を埋めてしまった。
「ゆっくり、息をしてください」
 炎天下の犬を彷彿とさせる息遣いは、薄情な雨音と合わない。
「ん………あ、…………あァ……」
「痛いですか」
 隘路を最も拡げなければならない痴点から、上にも下にも動けないようだった。接合部の真上の雛尖ひなさきを抉る熱がある。桔梗は気付かなかった。鋭い甘美の波がり上がってきた。
「あっあ、あ……!」
 力が抜ける。圧迫感と痛みが、直接的な快感の裏に隠れてしまった。まだきつい。にもかかわらず、締め付けてしまう。腹に葵の雄物があることを、はっきり理解してしまう。
「息をしてください。唇を噛まないで……」
 肉芽を揉み、捏ね回しながら、彼は桔梗の上下の歯の間に拇指を捩じ込んだ。皮膚が擦れるのも構わず、舌で遊ぼうとしている節がある。にち、にち、と濡れた小肉を扱く音は、間近な分、雨より鮮明に聞こえる。冷静なふりをして欲熱に浮かされた息遣いが、さらに雨音とは異質の水音を生々しくした。
「……っ、慣れてきました………か?」
 淫核の弾力を確かめるように擂られ、隘路はさらに窮屈になる。葵もまた女肉にそうされると、眉間に皺を寄せて眼を潤ませた。
「あ……ああ……ん、ん………」
 彼は恋慕と劣情を抱く相手の媚態を惚けて観ていた。目の前には、張りのある胸と、いたいけな実が震えている。男としての理性をかなぐり捨て、いつ牡に堕ちてもおかしくはなかった。
 桔梗のほうでは、前から与えられる刺激に連動し、楔を食い締め、腰を揺らすことしかできなかった。口の中を泳ぐ指を舌で押し除けようとすれば、今度は戯れに付き合わされる。ずくん、と精一杯納めたものがさらに大きくなると、彼女は閉じきれない唇から涎を垂らして呻めく。
「薬師さま…………ッ」
 蜜肉がきゅんと蠢いた。咬まされたおやゆびが煩わしくなる。後ろへ頭を転がした。反り返った喉が、溢れ返った唾液を呑む。その首筋の小さな動態が、必死に人であろうとしていた牡の陋劣ろうれつな穢欲を解き放ってしまう。
「桔梗さま………ああ……、桔梗さま………ああ………うう、ごめんなさい」
 指の背の薄皮が彼女の歯によって削れることも厭わなかった。彼にはまた別の緊急な用事を両腕に命じなければならなかった。だがそれは理性を経由しなかった。
「ああ!」
 桔梗は縄で縛られたのかと思うほど強く抱き締められ、乗っていたはずが乗られている。壁を向いていたはずが、天井を向いている。
「好きです、桔梗様………好き、好きです。お慕いしております」
 女をヒキガエルの裏返ったみたいな体位にして、自身は尾を振る犬のようである。彼女は急に横転した視界に訳が分からず、水に沈められる猫よろしく男へ縋り付いた。それがさらに好色的になっている牡の情欲を誘う。
「好きです………好き………桔梗様………………」
 彼は抽送をはじめず、締め殺すほど腕に力を入れていた。
「ぐ、ううう………うぅ」
 骨の軋みを感じる。息がしづらくなっていた。殺されるのかも知れなかった。
「桔梗様………桔梗様…………好きです」
 激しい密着によって、彼女の体内に打たれた熱杭はさらに硬くなっている。彼は己の肋骨に女を挟み込んでしまいたいらしい。あまりに苛烈な抱擁に、彼女は乱れた衿の合わせから見える色の白い胸板を引っ掻いた。嫌な肉感がある。
「桔梗様………」
 淫欲に曇った昏い鏡面が双つ、桔梗を捉えた。狂犬に石を投げるべきではない。毒蛇を突いてはならない。同じく気違いを刺激してはならなかった。
「ご……ごめんなさい………」
「桔梗様………」
 まどかな鏡面は欲熱でしとどになっていた。黒豆の蜜煮然としている。
「赦してください」
「好きです」
 狂気の沙汰としか言いようがない。この場でそれを言うのはもはや脅迫ではあるまいか。
「赦してください。傷を付けたことは謝ります」
「傷……傷付けてください。傷を、俺に、ください」
 酔っ払っているかのような喋り口だった。桔梗の指が胸板の傷を撫でた。彼は衿を掴んで、さらに肌を晒す。
「好き、桔梗様………好きです、好き………」
 名医にも兄香せのかの湯にも治せぬ病2つありという。片方は桔梗も訪れたことのない山間地方独特の腹が膨らむ風土病らしいが、残りの1つが恋煩いらしい。死水の膨満、恋の病い、と続いたはずだ。
 彼女は風土病のほうを恐れた。恋煩いとか飾り立てた色情症、欲求不満と並ぶはずがなかった。しかしこうしてみると発狂と何ら変わらない。恋煩いという名の狂人病である。
「桔梗様……好きなんです。好き………」
 本で読んだことのある、惚れ薬を飲ませたかのような反応である。だがあまりにも暴力的だ。彼女は男の猛烈な慕情を拒んだ。岡惚れも甚だしい。彼女はこの男に好かれる理由を知らない。思い当たる節がないのである。宮仕えで、大君たいくんの側近ともなれば家柄がいいのだろう。同隷の躑躅の姪と夫婦になればそれなりの地位も確保できるというもの。そこに懸想は不要のはずである。いやいや、葵という男は狡辛こすから豺狼さいろうだ。腹の黒い狐狸こりだ。つまるところ、これは演技なのではあるまいか。優秀な官吏が、色欲に狂うなどということがあるはずがない。
「よして」
 呪いのような睦言ばかり吐き出す口を塞ぐ。だが彼は目を虚ろにして、彼女の掌を舐めた。毛繕いする猫みたいに舌で深追いする。
「桔梗様………好き、好きです、好き、好き………」
 彼は諦めたように腰を引いた。桔梗は油断する。直後に稲光があった。今日は雷雨なのか。いいや、それは彼女一人に起きたことだった。
「あああっ!」
 奥深くを突かれ、女は反り返った。掘鑿くっさくされて抉じ開けられた狭路は肉栓に吸い付いて塞がった。
「桔梗様………かわいい」
 彼女の背中に固く交差していた腕は後頭部まで上り詰め、葵は逃げ場を失った唇を貪る。そして活塞をはじめる。だが彼女の朱筒にはあまりにも突然なことだった。押し出そうとしているのか、引き入れようとしているのか分からない力が働いてしまう。牡獣が苦しそうに唸った。色事に疎い、長けていないなどとは純情を気取ったものだ。女壺の扱い方をよく心得ている。彼は動かず、女に奉仕した。尽くした。献身した。奴隷になったようなつもりになって、彼こそが女をほしいままにしている。
「だめ………、あっあっ………ああんっ」
 桔梗は下に敷かれたまま腰を振ってしまっていた。自ら刺されにいく。そして快いところとして教えられたところに当てた。執念深い接吻に呼吸を制限され、冷静ではなかった。思考も舌と口水同様に吸われている。
 固執する女に淫技に於いて求められてしまっては、牡獣も平静ではいられない。自慰に耽っているかのような有様の懸想相手を穿つ。彼女はまたもや油断していた。予期し、期待していた快楽とは異質の、叩き込まれ、強いられる淫楽に悲鳴を上げる。
「んあ、あっ、あ、あ、あんんっ」
「桔梗様……好きです。好き………お慕いしております………」
 彼はそれを繰り返す。独り言のようにも思えた。譫言のようにも思えた。泥酔しているようにもみえた。
 天井が上下する。深い悦楽を与えられ、脚が男の肉体に巻き付いた。弱いところをすべて見抜かれている。どこを抉られると蕩けてしまうのか。どう打ち当てれば、女が惚れ返したような眼になるのか。
「も、だめ………も、突くの、だめ………」
 それは絶頂の兆しであった。そこで止まる牡ではなかった。むしろ意中の牝を得る絶好の機会ですらある。
「ん、だめ、壊れちゃ……ああああ!」
 彼女が最も素直に、従順に、かよわくなってしまう箇所を、彼は的確に突き上げた。蜜肉が蜿る。蠕動し、肉銛を扱く。返の裏側の隙さえ見逃さずに蠢く。
「桔梗様………―っ!」
 彼は身を引き攣らせた女を激しく掻き抱いて、子種を放った。そのままひとつの庭石と化して苔がしそうである。そして女を除いて本人も、それで構わないというような為体ていたらくであった。
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