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ネイキッドと翼 ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/

ネイキッドと翼 14

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 てんは馬乗りになって茉世まつよの細い首に、青や緑を帯びてさえみえる真っ白な手を乗せた。力は込められていなかった。形の良い指先は天井へ沿っている。だがその行動だけで、茉世は身を強張らせた。
「旦那さんにたくさん、吸われたんですか」
 首に置かれた片方の手が茉世の唇を触った。弾力を確かめるようだった。火傷の痕が美点に変わるほど、妖艶に嗤っている。だが彼は中学生なのだった。子供である。だが邪悪であった。その面構えは無垢さを前面に押し出しているけれど。
「霑くん……お願い、どいて………」
「家政さんがいるんでしょう?」
 指の2本が、突如茉世の口腔に突き入れられた。嘔吐反射によって、茉世は呻いた。舌が細い指を押し戻そうとする。唾液が多く分泌された。指は一瞬慌ただしくなった彼女の口腔から帰ろうとせずに居座り、追い返したがる舌に構いたがる。
「ん、ふぅう……!んっ」
「旦那さんのベロと、たくさんいやらしいキスしたんですか?」
 白い指は舌を挟んで扱き、巻き付けたり、引っ張ったり、横から揉んだりして遊ぶ。茉世の閉じることを赦されなくなった唇の端からは、涎がとめどなく溢れる。
「いいなぁ。人妻と濃厚なキス、したいです、ボクも」
 やっと、口の中の蹂躙が止む。だが中学生は、他人の津液しんえきにまみれた指を、何の屈託もなく舐めた。それが茉世の厭悪感を煽った。
「ボク、一応、血筋は旦那さんと同じなんですよ。似てないんですけど……だからカラダは、そんな変わらないと思うんですよね」
 霑の上半身が伏せられていく。茉世は顔を背けた。
「だめですよ、三途賽川さんずさいかわのお嫁さん。ボクといやらしいキスするんです。旦那さんとするみたいに」
 世間一般では、夫婦は身体を重ねているのが当然であるらしい。子を望まれる三途賽川ならば尚更だろう。しかし茉世と夫はそうでなかった。次男から散々嫌味を言われ、セクシヤルハラスメントを喰らうほど、夫との間には何もなかった。
 冷たい手は茉世の顎を正面に向かせた。
「いや……!」
 拒む手は薙ぎ払われる。茉世はとうとう、中学生と、子供と、夫の実質的な弟と唇を合わせてしまった。彼女は身震いした。弾力の深浅を確かめるような力加減で、彼は口を押し当てた。そして角度を変えながら、地合いの最も合致するところを探っていた。
「ぁ、や………っ」
 今度は指ではなかった。柔らかく濡れて冷えたもの。耳殻を這っていたものが口腔へ侵入する。強烈な眠気に似た陶酔に襲われる。舌に絡みつかれると尚更だった。下腹部が熱く重くなっていく。
「ん………ぁぁ、ふ………」
 中学生を撥ね返すための手は、彼の二の腕に添えられるだけのものになってしまった。
 魂まで吸い取られそうな口付けだった。中学生はようやく飽きたらしい。茉世は息が吸えず、半ば意識が朦朧としていた。しかしその顔は官能に蕩けている。糸を引きながら霑は口を離した。
「いいなぁ。旦那さんはいつもこんな思いができて」
 霑は冷ややかに茉世を見下ろした。そして再度、身を屈めると、彼女の唇についた唾液を舐め取った。
 廊下を、家事代行サービスの従業員が歩いているのが聞こえた。茶の間に来るのも時間の問題だった。
「もう……帰って………」
「嫌です。声出しちゃダメですよ。別にバレてもいいですけど、ボクは。呼びますか?」
「やめて!」
 この中学生は、その辺を歩いている中学生とは違っていた。どこかたがの外れた異常者だ。
「三途賽川のお嫁さんが、旦那さんの子を無事に産むためには、初産じゃ心許ないですもんね。ボクの赤ちゃん産んで、骨盤開いてからがいいですよ。こんな細腰で、丈夫な赤ちゃん産めるんですか?お手伝いさんもその辺、十分理解していると思いますから、別に三途賽川のお嫁さんがボクと交尾しちゃってても、なんとも思わないと思います」
 茉世は一生懸命に首を振った。相手に届くとは思っていなかった。ただこの状況を否定したかった。
「ぃ………や!赦して……」
「だめです。三途賽川のお嫁さんは、ボクともエッチするんです」
 霑は虚ろな目に妖しい光を携え、晒された乳房へ吸いついた。
「ああ……!」
「おっぱい大きい……」
 幼児みたいに彼は頬を擦り寄せた。上擦って甘えた喋り方が、血縁的には長兄によく似た。
「触らないで……吸わないで………」
 中学生は退かなかった。人妻を美味そうに食った。己は乳飲み児だとばかりの、横柄な態度で乳頭を吸う。
「ぃや………!ぃや!」
「お手伝いさん、呼びますか?」
 彼女は目を見開いた。呼んで、助けを乞うべきか。中学生に組み敷かれているのだと。だが、このままよりはいいはずだ。この選択を、利口な中学生は悟ったらしい。茉世の口元に掌が当てられる。
「ボク、いくら霖さんのコピー品で弐号機でも、この家、出禁なんです。困るんですよ」
 霑は三途賽川の次男がやるように、陰湿な微笑を浮かべる。彼女がそれを見るやいなや、部屋着にしていたパンツを脱がされてしまった。下着も奪いさられる。声を出す間もなかった。
「三途賽川のお嫁さん」
 冷たい手が彼女の肌を摩った。
「やめて、やめて……!お願い、赦して……!」
「時間ないので、すみませんね」
 強姦は完遂された。中学生は無理矢理に茉世の中へ入ってきた。
 柔らかくも筋のあるものが断裂されるかのような気味の悪い軋り。そして体内に入ってくる鋭い痛み。息を制限される苦しみ。臓物が歪む重圧。茉世は寒くなっていった。クーラーを消したい。それでも異様に熱かった。背中に汗が籠っている。それでいて手足の先は真冬のように冷えた。汗ばみながら。彼女の顔は蒼褪め、唇が戦慄く。
「あ゛う、ぅ………っ!」
「あっれぇ………」
 腹が引き攣った。エイリアンが寄生したかのように蠢く。
「おかしいですね。三途賽川のお嫁さんともあろうお方が………ヴァージンだなんて」
「あ……は、………ア、っう、」
 茉世は通常の呼吸ができなかった。息をしてもしても、息苦しい。
「きゃはは。三途賽川のお嫁さん、レイプされて過呼吸になってしまったんですか?処女喪失レイプをされて?」
 中学生は愉快げだった。空回った呼吸をして苦しがる茉世を見下ろし、腰を引いた。
「処女妻!だからこんなに締まるんですね!旦那さんも知らない人妻のおまんこ!」
 制服のスラックスに覆われた尻が、茉世の脚の間に衝突した。
「あァ!」
 身体を破られてしまう。奥のほうから亀裂が入り、二つに裂かれそうだった。
「きもちいい………お嫁さん…………おまんこ、気持ちいい………」
「ぁ………あ、あ………」
 中学生には早すぎる体験であろう。彼は感じ入っているのか、甘ったれた語調で独り言ちて腰を揺らした。シャツの前を開けて、平たい胸が露わになる。左半身は胴体も火傷痕があった。
「い………たい、いた………っ」
「ちんちん、溶ける………溶けちゃう…………ふああっ」
 やがていじらしい声を上げて、霑は金縛りにあったように動かない人妻の躯体にしかかった。
 茉世は体内に広がる形のないものの感覚に眼球が転げ落ちるほど目蓋を開いた。涙が静かに落ちていく。頭が痛くなった。雨のせいだろうか。
「三途賽川のお嫁さん………好き………」
 小さなシロクマに懐かれてしまった恐怖だった。ただ感触がある。どれも冷たく、寒く、固い。
「お嫁さんのこと、好きになっちゃった。お嫁さん…………また会いに来るね」
 コンクリートブロックを唇に押し当てられたのかと思ったが、それは霑の桜唇であった。
「きゃはは。泣いちゃった。可哀想……お嫁さん、処女奪われたの、悲しかった?」
 唇を吸った桜の花弁は彼女の目元にも落ちる。涙の筋を舌が這う。
「レイプされたから哀しいの?」
 額や頬に、次々とコンクリートみたいな口付けが降ってくる。
「可哀想」
 氷漬けになったな女を、彼は抱き起こした。彼女はぬいぐるみになった。シャツの狭間にある色白い華奢な身体が恐ろしくなった。競りに出されたマグロと化していた彼女はこの幼い強姦魔を拒む。
「お嫁さん……処女膜破れて痛いの?」
 彼はそうとう、自らが手籠にした人妻が気に入ったとみえる。抱き締め直した。そして剥き出しのままの乳房で勃ち上がってる小さな粒を摘んだ。
「うう………」
「旦那さんにいつも吸ってもらってたんじゃないんですか」
 邪悪な中学生は、好き放題に彼女のそこを捏ね繰り回した。爪を立て、力任せに擂り潰した。熱を持ち、痛みへと変わる。
「イけなかったから臍曲げてるんですか?」
 霑は乳頭を嬲っていた指をべろりと舐めて、人妻の引き裂かれたばかりの股へやった。
「あ…………あ」
 頭が考えることを放棄していた。相手は中学生で、発育途上の、色白で少女然とした人物である。しかし人倫から外れた邪悪な魂の持主だった。脅威であった。命の危機を覚えた。ただ喉を灼くような呻めきが出るのみだった。
 霑の蝋燭みたいな指は彼女の陰核を押し潰した。弾力に任せてタップする。
「ここ、女の子のおちんぽなんでしょ?」
 奸悪な中学生は面白がっていた。敏感な箇所を執拗に触られて、平然とはしていられなかった。フラッシュが目を狂わせるように、蚊の羽音が耳を苛立たせるように、酒気が鼻を劈くように、彼女はそれを無視できなかった。
「くにくにで、ぷりぷりだ……!ああ………お嫁さん!」
 切り餅みたいな手は頻りに一点をく。
「う、あ、あ……」
「女の子もおちんぽくにくにされたら、気持ちいいでしょ?」
 茉世はぐったりしていた。霑はまったく気にしなかった。指と指の狭間で捉えた。妙な感覚が走る。肉体と気力と感覚がばらばらになっている。
「またおちんちん、つきつきしてきた……」
 彼は飽きたのか、はたまた、気分が変わったのか。四肢を投げ出し、抱き枕みたいになった女をもう一度倒し、その上に乗った。性器を繋ぎ、腰を振る。好き放題、サケみたいに放精し、茉世は身体の奥でそれを受け止めなければならなかった。外は天気こそ悪かったが雨は上がっていたというのに、昼間の蓄光グッズみたいな白い素肌から、玉の汗が滴り落ちる。
 クーラーが、室内の温度の高まったのを感知したらしい。風が多めに送られてくるのだった。
「きもちぃ………きもちぃ……………おまんこ好きッ!好き…………あ、あ、あ、………!」
 彼は一生懸命に人の妻の膣を使って自慰に励んだ。
「女の子すごい………おまんこ好き…………っ、おちんちん溶ける!」
 前後させていた小さな尻が前進したまま止まった。




 霑は茉世に背を向けていた。シャツの前を閉じ、身形が整えられている。あとは帰るのみというところで、ぐったりしている茉世を振り返る。精を注いでいる間も傍若無人、勝手気侭に口付けていたくせに、またもや彼は彼女の顔面に余すことなく唇を落とした。
「また来ます。お嫁さん………」
 凶悪な中学生はゼリーを食うように唇を吸い、頭を撫でて去っていく。
 雨上がりまでの暇潰しだったのかもしれない。玄関の引戸の開閉を聞いて、茉世は意識を失うことに抗わなくなった。だが足音が近付くのだった。誰何すいかする気力はなかった。口を閉じる気力もまたなかった。髪を鷲掴みにされて、頭をわずかに持ち上げられる。彼女の口腔には一気に大振りな粒状のものを突き込まれた。ぼやけた視界の中で、白いものなのは分かった。味はない。だが粉っぽい感じがあった。固めのラムネのように思えた。そして、水が入り込んできた。これは何かしらの薬であった。だが掴み取りしたような夥しい数の錠剤を服用していいものなのだろうか。
「か………ふ、」
 鼻先を摘まれ、口元を塞がれる。彼女は効能不明の薬を、或いは甘みもないラムネをいくつか飲んでしまった。やがて、手が離れた。足音が遠ざかっていく。彼女は飲み込みきれなかった錠剤を吐き出した。畳を枕に意識を失った。溶けかかっているが、厚みのある平たい薬であった。見覚えのある刻印は、薬の名前の頭文字で、箱のフォント同様だった。鎮痛剤だ。茉世は頭痛薬として使ったことがある。だが焦りはなかった。彼女は畳と溶けた錠剤を枕に意識を失ってしまった。



 茉世に錠剤を飲ませた人物は雨が上がった外へと出た。左右を窺い、駐輪場のほうへ足を踏み出した。鈴のぶら下がった鍵を手にしていた。
「きゃはは。一族会議、行かなかったんだ?この落ちこぼれ」
 高笑いに足を止めた。また別の足音がした。



『赦せねぇヨ!自殺しようとしてんだぞ。おい!聞いてんのカヨ!』
 茉世は怒声で目を覚ました。誰かが自殺をしようとしていたらしい。物騒な話である。
 寝心地の悪いベッドから身を起こす。暗く狭い部屋で、屋根裏部屋なのか、天井に傾斜がついていた。ベッドの置かれたほうは天井が低く、膝立ちをすれば頭をぶつけそうだった。ベッドのある反対側にはソファーがあり、怒声を上げていた人物は、座面に足を投げ、その後ろの広くスペースをとった窓辺に腰掛けていた。ブラインドから光が差し込み、逆光していた。どうやら通話中であった。所狭しと観葉植物だの多肉植物が置かれ、寝室なのか物置きなのか分からない様相を呈していた。
『あ、起きた。でもお前等のうちには帰さない』
 窓辺で通話していた者は、耳から薄い小型の板ぺらを離した。
「やあやあ」
 ソファーを台にして降りてきた人物を覆う影が薄まった。小綺麗な男である。三途賽川の奴等も食うものが良いのか毛並みも肌も綺麗ではあった。だがそこに、さらに努力の垣間見える、つまり美容に気の遣った感じのある綺麗さだった。夫にほんのりと似ている顔立ちに覚えはあるが、確信が持てなかった。戸惑いさえする。夢かうつつか、判断がつきかねる。
「分かんない?ばんだケロ……」
「……アイドルの…………?」
 あれが夢であったなら、おそらく訳が分からないことを言っているのだろう。だが相手は、目を煌めかせた。
「そうそう。大変だったネ、茉世義姉ちゃん」
 絆は抱きつこうとした。それは人懐こさによるものであった。だが彼女の身体は反射的にそれを拒んだ。絆は、きょとんとした。落胆したような、しかし動揺したような顔で停止する。
「あ………」
「ごめんなさい………」
 取り繕おうとした。手が震えた。彼女は自身のその戦慄にまた恐ろしくなった。何故ここにいるのか分からなかった。だが思い出してしまった。子供に乱暴されたのだ。寒気がする。
「茉世義姉ちゃん……?」
「すみません………」
 だが悟られてはならない気がした。今は人懐こくやっているが、目の色を変えて、道具のように見られてしまうかもしれない。
「三途賽川には帰さないカラ」
 絆はベッドの傍に小型の冷蔵庫を置いていた。ペットボトルの水を差し出す。
「ここは、どこなんですか」
「オレの別荘。狭いトコでしか寝られなくってサ。窮屈?リビングいこっか」
「いいえ………大丈夫です。すみません。ご迷惑をおかけして………でも、三途賽川に帰ります。やることがありますから」
 絆は綺麗に整えられた眉を顰めた。
「三途賽川の家には帰せないヨ」
「な、何故ですか………夫と話さなければならないことがあります………」
 彼は俯いた。唇をむにむにと動かす。
「テレビ通話なら………茉世義姉ちゃんは、三途賽川に帰っちゃダメだ」
 それは妥当な判断な気もするのだった。極悪非道の中学生から離れられるのなら。しかし、義末弟について夫と話し合わなければならなかった。だが、それよりも身体を洗いたかった。
「どうして、わたしはここにいるんですか」
 絆は不思議そうな顔をした。夫の面影が、兄弟のなかで誰よりも強い。
「え……?覚えて、ないの?」
 茉世は返事に困ったのだ。知られたくないことを知っていると明かされることが、今となっては最もつらい。
「ごめんなさい……」
「ううん。いいの、いいの………ああ、そうだ。オレこれからバイトなの。茉世義姉ちゃんのこと1人にしておけないカラ、一緒に来て」
 絆は急に、ディスプレイ型の腕時計を見遣った。
「え……?バイト?」
「そ!現場仕事ない週はこっち帰ってきてバイトしてんの」
 彼は浪費家なのであろうか?それともアイドルでは食っていけないのだろうか。或いは金銭欲旺盛なのか……
「なんの、アルバイトですか……?」
 アイドル業に纏わる仕事なのだろうか。
「スーパーの品出し。1時間950円。安いデショ。田舎だからネ……都内なら同じ仕事で1000円越えてるもんな」
 絆は壁に掛かっていた帽子を被り、黒いマスクをした。
「一緒に来て。休憩室にいてヨ。テレビでも観てて」
「あ………あの、わたし………その、汚れてて………」
 立つことができない。注がれた獰悪どうあくな中学生の垢液が落ちてきそうだった。すでに不快感があるのだった。
「へ?」
「ごめんなさい……だから、あの………三途賽川に帰して欲しいのです。カバンも、着替えもないし……」
「あ~………ああ、ああ。なるほどね。元カノが置いていったやつがあるカラさ………ね?」
 帽子のつばの下で、翳った絆の目が宙を泳ぐ。
「トイレのラックの上に、水色の袋があって、その中……」
 急に彼は歯切れが悪くなった。
「オレが勝手に連れてきたんだし、気にしなくて大丈夫……」
 誤解があるらしいことは分かった。しかし弁明する気にもなれなかった。
 この屋根裏部屋みたいな変わった小部屋の外へと促される。隣がリビングルームだった。広くとってある。極端であった。扉の横には大きな壁掛けのテレビがあり、その対面にはソファーとガラスのローテーブル。洒落てはいるが剽軽だ。
「嫌な汗かいたデショ?男モノでよかったらこれで拭いて」
 絆はボディーペーパーを用意していた。清涼感の残る、柑橘系の香りのついたタイプで、彼女は一旦冷気で鎮まったけれども、べとついている気のしてならない肌を拭った。
「元カノにあげようと思ったときに別れちゃったんだケロ、着る?体格そんな変わらないと思うし」
 メロンシャーベットを彷彿とさせるワンピースだった。絆の元交際相手というのはまだ若いのだろう。茉世は首を振る。彼女はシャワーを浴びたかった。そういう状態で着られるものではなかった。シフォンの綺麗なワンピースだった。眩しく感じられた。それはその衣服の持つ魅力だけではなかった。自己嫌悪が急に湧くのだった。身を突き破ったのは好いた相手ではなかった。夫でもなかった。暴行であった。それも義務教育の最中にある子供だった。どこに訴え出ればいいのだろう。誰も彼もが、子供を擁護するに決まっている。
 彼女は呆然としていた。
「茉世義姉ちゃん?」
「いいえ……わたしは一人で平気です。どこにも行きたくなくて……」
 たとえスーパーのバックヤードであろうと、どこかへ行く服装ではなかった。それは外貌的なこともあっただろうが、人目に触れぬ、茉世自身しか感じ得ない部分での話でもあった。
 この絆という夫の生物学的弟は、何故、頑なに帰してはくれないのだろう。
「でも………変なこと、しない?」
 勝手に連れてきて、帰すのを拒むのは彼であった。それでいて窃盗を疑われているらしい。腹立たしさを感じるべきところであったが、彼女はそれどころではなかった。
「しません……わたしの素性はご存知でしょう。何かあれば三途賽川まで……」
 絆は綺麗に整えられた眉を下げる。
「帰りに下着とか買ってくるネ」
「あの、お風呂をお借りしてもいいですか……?」
「うん。着替えは……これが部屋着。バスタオルは洗濯機の上に丸めてあるやつ使って。それじゃあ行ってくるケロ…………」
「洗ってお返しします……」
 茉世は嫁ぎ先へ帰してもらうつもりでいた。彼は何か言うのを躊躇ったのが、落ちた視線で分かった。
「いってらっしゃいませ……」
 浴室の扉に半分隠れながらなのは、無遠慮な感じはした。だが焦っていた。身体が気持ち悪かった。
 三途賽川に帰りたくなる日が来るとは思わなかった。だがこの家よりはまだ好きにできる。帰る場所はもはやひとつしかないのだ。
 暑いシャワーに打たれながら彼女は項垂れていた。他人の手垢と汗が、塗りつけた柑橘系の匂いに紛れているのだろう。使ったことのないボディーソープは、真新しい風呂場の光景よりも他人の家だと実感させるが、味方であった。しかし無能だった。生優しかった。肌を荒らしはしなかった。だが彼女の要望には応えない。それは外側にあるものではなく、内側から発生するものだったのかもしれない。
 やがて呆然とするのだった。思考は脳が百舌鳥の巣に置き換わったみたいになっていた。だが徐々に撤去されていく。直視できなかった。下着を洗う。
 女に権利などないような家だ。知られたならば捨てられるのだろう。帰る場所がなくなる。行くあてはない。いいや、人には行くあてがある。それは恐れであったが、今となっては救いですらあるのだ。地獄だ。或いは天国だ。それか極楽浄土だ。しかしばからしかった。そこへは足が向かない。まだどこかで期待を抱いているのだった。
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