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叢雲に消ゆ(14話~) ロボットヘテ恋/独自世界観/暴力・流血描写/未定につき地雷注意

叢雲に消ゆ 16

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 仕事用の端末にイセノサキからメッセージがあった。貸衣装屋に予約を取り、ホテルまで来るそうである。
 実際の時間はそう経っていないようだが、アサギリの体感としては長い沈黙のなかで、小刻みに体勢を変える音が目立ち、彼女の耳は腫れていく心地がした。
「わたし、ロビーに行かなきゃなんだけど……」
 アサギリはベッドから立ち、身体のもどかしさに耐えているレーゲンを振り返る。
「気を付けて」
 投げやりに彼は言った。これからすれ違いにイセノサキが戻ってくるのかもしれない。男同士であれば羞恥心はないものなのだろうか。レーゲンは俯いて、彼女から顔を背けている。アサギリは通った鼻梁と緊迫した口角を見下ろした。
 彼女は戦慄く手を握り締める。頭の中を真っ白くした。
「やってあげる」
 大きく開いた膝を手動ドアよろしくさらに割り開いた。
「おい!」
 細い造りのスラックスのホックとファスナーを開いた。レーゲン少年は抵抗するが、護衛対象を前に手荒なことはできないらしい。否、それは平生へいぜいから彼が口にする女という弱者相手に本気の抵抗などはできないのだろう。精々、身体を揺らしたり、後退ろうとするだけである。
「前からは恥ずかしいから後ろからね……」
 アサギリは軽くレーゲンの腰を叩いて浅く座らせ、ベッドに乗った。着崩れているとはいえ、元々の形状が脚を開きづらい衣装のため望む姿勢では座りづらかった。
「よせよ、ミナカミ先生」
「綺麗な女の人でも想像してて」
 ちかり、と視界に豹変した弟が思い浮かぶ。
「男の人でもなんでもいいけど……」
 弟は同性愛者なのであろうか。だとすれば義妹になるかもしれない娘も、弟本人も哀れではないか。いいや、弟はただ異性の真似事をするのが好きなのかもしれない。あるいは、肉体が自己認識した精神と性という観点に於いて乖離してしまっているか…
 アサギリは、恐ろしい毒毛虫を触るかのようなたどたどしさでレーゲンの前に手を回した。
「ミナカミ……せんせ………」
 彼は息を詰め、間伸びし、甘えた声を出す。
「呼ばないで」
 指に熱が掠る。驚いて手を引っ込めかけた。
「……っ!ムリなら、いい………」
 中途半端に刺激され、彼の身体が小さく跳ねる。衣装の構造上、腕が上手く届かないためにアサギリはその引き締まった背中に密着し、抱きついている。微かな動きでも伝わってしまう。
「慣れてないから……痛かったら言って」
 力加減の分からない器官を緩やかに握る。硬さからいって、もう少し力を入れてもいいのかもしれない。
「ミナ……カミ、せんせ……」
「呼ばないでって言ったでしょう」
 腕の中にいたのは冷徹なボディーガードでも、理解できない元軍人の異邦の出の人間でもなかった。アサギリの知る霹靂神はたたがみ統治ノ地の18歳にしては幼い。脚の間のものだけ露出した滑稽な姿が彼をそうさせるのか。
 躍起になって手を上下運動させた。
「痛い……痛い、痛い」
 聞いたこともない甘えた音吐おんとにアサギリは驚きを通り越して激しく戸惑った。
「血、出た?」
 根元から裂けたのかと思った。銃で撃ち抜かれようが、ガラス片で足を刺そうが、ペンを突き立てようが、痛みを訴えることのなかったレーゲンが上擦った声で気弱くなっている。器官が千切れるくらいはしているのかも知れない。
「出てない……けど……ああ、もう放っておいてくれ。放っておけば治まる……」
「力、強い?」
「……っ」
 レーゲンは項垂れて肯定の仕草をする。
「いつもどうしてるの」
「どうって……………………恥じらいはないのか」
 他意はなかった。善処のために深く考えず問うてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
「履かせてくれ。そうしたら手を洗って、あんたはあんたのすべきことをしろ」
 アサギリはレーゲンの露出しているものをしまうと、予めイセノサキに預けておいた手荷物を見つけた。端末を取り出す。検索すれば手淫のやり方などいくらでも載っている。レーゲンは不愉快げにアサギリを見つめていた。彼女は手荷物から端末と入れ違いにハンドクリームを取り出す。
「ランドロックトくん。多分これで平気」
「いい!放っておいてくれ!元々人に触られるのは好きじゃなかった」
「今度はちゃんとする」
 彼女は開かれたレーゲンの膝の間に入ってしまった。
「いやだ!」
「だめ。そんな顔をして。本当はつらいんでしょう?」
「痛かっただけだ。よせ………!」
 アサギリはレーゲンの拒否を聞かなかった。スラックスを開け、下着を下ろし、まだ衰えない若いものが彼女の眼前で跳ね上がった。
「いやだ……」
 ハンドクリームが掌に多めに出されていく。甘い香りがふわ、と漂う。この異様な両者の雰囲気と混ざると毒物のような匂いだった。
「いやだ……ミナカミ先生………いやだ………」
「ランドロックトくん」
 子供みたいな喋り方をする少年に惻隠の情が湧いてくる。
「やめてくれ……」
「ランドロックトくん、本当に嫌……?」
「怖い…………自分でも、したことないのに、女に……………やらせるのは………」
 ばつが悪そうだった。レーゲンはふいと外方を向く。
「したことないって……」
 同棲しているマージャリナが夜間にこそこそ何かしている頻度を考えると、この少年の発言が異様に思える。いいや、マージャリナの体質が火照りやすいのか。アサギリもまた身近な例がマージャリナ一人しかなく、またマージャリナのその行動について詳しいわけではなかった。
「放っておけばいい。放っておいてくれ……」
 必死になって頼んでいる。しかしやはり病熱に蝕まれているかのような顔の赤さである。
「身体に悪いよ、多分。やるね。健康診断か何かだと思って」
 掌でハンドクリームが溶けつつある。アサギリはレーゲンの猛ったものにそれを塗った。持主から相手にされていないらしい器官が即座に反応する。
「ぁ………っ、ぅく…………」
「痛くない?」
「いたくない……」
 頼もしく冷徹な護衛など、どこにも存在しなかったのかもしれない。レーゲンはまだ怯えて俯いている。その顔をアサギリは下から覗き込んだ。
「見……るな……」
「うん」
 ハンドクリームの甘い匂いが蒸れていく。正規の使い方ではすぐに肌に馴染んで無色になるはずが、粘着質な音を立ててまだ白く残っている。
「ぅ、っう……ぁ、」
 レーゲンは啜り泣いているのかと紛う声を出し、アサギリを不安にさせる。
 彼はホテルのカーペットを踵で蹴り、尻は後退ってベッドシーツを擦る。
「ミナカミ先生……っ」
「呼ばないで」
「ミナカミせんせぇ………ミナカミせんせ………いっ!あ、……ああ、」
 レーゲンが吼えるのと同時に、アサギリの手の中のものが脈動する。それに合わせて飛び散ったものが手にかかる。驚き、衝撃、そして漠然とした自己嫌悪が次々とやってくる。彼女は汚れた手で拭って手を洗いにいった。それから横たわるものをしまう。
「ミナカミ先生……」
「もう出るから、留守番よろしくね」
 彼女は一度も少年を見遣ることはなかった。冷ややかに言って出ていく。彼女はすぐにはロビーに行かなかった。トイレの洗面所で改めて手を洗った。液体石鹸で擦っては洗い流し、擦っては洗い流す。飛沫がまだ熱く皮膚を焼いているみたいだった。呆然としたあどけない顔と、らしくない情けない声が脳裏と耳にこびりついている。水を撒き散らし、衣類を濡らし、彼女は手を洗う。あの粘ついた液体で爛れそうだ。やがて混乱に等しい感情が込み上げる。恨みと嫌悪が湧きながら、理屈がそれらを迎え撃ち、彼女もどこに落ち着いていいのか分からない。内側から鼻の粘膜、目の粘膜を炙りはじめる。
 そろそろ時間だった。彼女はやたらめったらに手を洗い、フロントへ向かった。アサギリはよく熟れたマンゴーの果実そのままを思わせる、赤みの強いオレンジのドレスに着せ替えられた。これはエンブリオの機体カラーの鮮やかなオレンジと、アクギの独自カラーの暗赤色をイメージして、スポンサーのエアフォルクタカザキ・ダルマン社から贈られたものらしい。
 ディナーパーティーの会場にはすぐには向かわなかった。ラウンジのシングルソファーでぼけりとブラインドの掛かった窓を所在なく眺めていた。
「ミナカミさん」
 幻聴じみていた。胸に染み渡る声が誰のものか知っていた。アサギリは振り向いた。マヤバシが立っている。いつもの作業着とは違う正装で、髪も綺麗に整えられている。普段は油汚れにまみれ、髪にはキャップや手拭のあとがついている。
「あ、れ……」
「こんにちは、ミナカミさん……」
 アサギリは尻を蹴飛ばされたように立ち上がった。含羞に目を泳がせる。フブキ・マヤバシもいくらか照れた様子でアサギリの傍へやって来た。
「ディナーパーティーのパートナーとして、よろしくお願いします」
「え……っ」
「あれ……?あの、イセノサキ副基地長から、そういうお話があったのですが……」
 まったくそのような話は聞いていなかった。しかし、巡航船アスマデモニヲで、フブキ・マヤバシに探されていたことを思い出す。
「さっきの船で、わたしを探してたって……」
 そこまで言って、彼も理解したらしい。
「ああ、いいえ。あれは違います。ミナカミさん、来てるのかな……って。その……どんな風なドレスを着てるんだろうって……思っただけですよ」
 愛想笑いなのか照れ笑いなのか分からない緩んだ表情で彼は言った。
「あ、あ……なるほど。よ、よろしくお願いします……で、でも、あの……マヤバシくん、パートナーの方は………?」
「いませんよ。おれ1人です。なんて、情けない話ですね」
 彼はまた、場を持たせるような笑い方をする。それがアサギリの罪悪感を刺激する。
「あ、あの……よろしくお願いします、ディナーパーティー……」
 アサギリは姿勢を正した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 フブキ・マヤバシも畏まる。
「ミナカミさん」
「はい……」
「手が荒れてませんか」
 アサギリは寒い季節の冷たい風に晒されたような自分の手を見た。
「よかったら、どうぞ」
 彼はスラックスからハンドクリームのチューブを取り出した。
「塗りますか。おれのでよければ……」
 アサギリは突っ張るような手の甲を見ていた。
「事務所の油落とし使うと、荒れちゃって。こまめに塗るようにしてたんですけど……」
 マヤバシの厚意を、彼女は拒めない。彼との関係は脆いのである。
「いいですか、少しもらっても」
「どうぞ」
 それは無香料で、硬さゆえの濃厚さがあるハンドクリームだった。手の甲に塊を出し、両手に塗り込んだ。
「よかったら、手袋……使っていませんから。少し大きいかも知れませんが……」
 彼は白い手袋を差し出した。保湿用の柔らかな素材である。
「乾燥、そんなに……酷いの?」
 アサギリはたじろいだ。まさか白手を携帯しているとは思わなかった。
「おれは結構、ぱっくりいっちゃいますね。あと、爪とか黒ずんじゃってるので……」
 マヤバシが手を見せた。大きくしっかりした手である。所々、確かに乾燥した皮が白くなっている。爪の周りも白くなっているが、爪と肉の間は黒ずんでいる。 
 何でもないふうに彼は語っている。しかしアサギリは、自身がいかに機体に対して乱雑な態度をとってきたかばかりを反芻する。
「ありがとう、マヤバシくん。でも平気。ハンドクリーム塗らせてもらったし」
「喜ばしくないことですけど、手荒れ、酷かったら言ってくださいね。おすすめのハンドクリームとかありますから」
 マヤバシは柔和な笑みを浮かべた。
「う、うん」
 そこへ、イセノサキがやってきた。彼は正装を解き、スラックスはそのままだったが、ウエストコートもジャケットもネクタイもなく、基地ジャンパーを着て、社員証をぶら下げている。だが髪はサザンアマテラス基地で働いているときとは違っているために、真新しい雰囲気がある。
「急に呼び立ててすまなかったな、マヤバシくん。ミナカミをよろしく頼む」
「いいえ。呼んでくださってありがとうございます」
「そういうことだ、ミナカミ。上手くやれ」
「はい……」
 こわい上司との目交ぜがいくらかぎこちなかった。しかしマヤバシがその意味を知るよしもない。
「弟は無事だ」
「ありがとうございます」
 マヤバシは不思議そうにアサギリを見る。彼もアサギリがどういう立場の人間かは知っている。フブキ・マヤバシはアサギリの手を見て、彼女の目を見た。アサギリもそれに気付く。
「弟さん、何かあったんですか」
 フブキ・マヤバシとユウナギは個人で知り合いではないけれど、アサギリに弟がいることくらいは、マヤバシも知っている。
「ちょっと、怪我をしちゃったみたいで。イセノサキさんに付き添っててもらってたんです」
「そうなんですか。お怪我を?大丈夫ですか」
「階段から落ちて少し骨を痛めただけだ」
 イセノサキが容喙ようかいする。
「それはそれは……」
「俺はまた行かなければならないから、ここで。ミナカミ、マヤバシくんに我儘を言うんじゃないぞ」
「……はい」
 彼女はここで「分かっています!」といつもどおり強気に出るべきだった。おそらく上司もそれを期待していた。しかしアサギリは悄然と応えた。直後に己のしくじりを知る。そしてマヤバシに心配げな眼差しを送られていることに気付く。
「ああ、ごめんね。久々に会った弟だし……それに、あんまり、怪我とかするような子じゃなかったものだから……」
 アサギリは取り繕おうとしたが、それは自身からみても怪しい感じがある。
「大変でしたね。あまり気乗りはしないと思いますが……」
「う、ううん!弟はイセノサキさんが付き添っててくれるから」
 彼女は手を構えた。それが合図となって、マヤバシの顔も引き締まる。その手の受け皿になるように彼も掌を天井に向けて宙に据えた。アサギリはそこに手を置いて、会場へと入っていく。


 まったく、そこは同じ建物の上階で発砲事件があったとは思えなかった。クルーズ船アスマデモニヲのパーティー会場よりも規模は小さかったが、それでも絢爛豪華な内装であった。シャンデリアのせいで天井が低く見える。暗赤色の垂れ幕と、同じ暗赤色に模様の入った絨毯がハイヒールの音を消す。夕食には遅い時間であるが、ディナーパーティーというだけあって、軽食ながらも飲食物が長テーブに並んでいる。隅には丸テーブルが置かれ、本格的に食事もできるようだ。
「マヤバシくん、ごはん食べた?」
「さっき、クルーズ船で。ミナカミさんは、どうですか」
「わたしもさっき」
 アサギリとマヤバシは、ホテルの従業員によって指定のテーブルへと案内された。すでにシマ・フォーティタウゼント指揮官が、昼間とはまた違うネイビーのドレスを身に纏ってすでに着席していた。丸テーブルは4人掛けで、ステージを向くように偏って置かれているが、シマ・フォーティタウゼント指揮官は端に座り、その隣にマヤバシ、彼の隣にアサギリが指定されていた。アサギリの隣の空席に、シマ・フォーティタウゼント指揮官のパートナーが来るはずだが、彼女の対面にはなるけれど、パートナーでありながら離れている。
「うふふ、そこに私の元夫が来ます」
 マヤバシが着席前に躊躇い、アサギリもちらちらと配置を疑ったのを見て、シマ・フォーティタウゼント指揮官は苦笑した。
「悪い人ではないから、そう堅くならないでいいわ」
 このようなシマ・フォーティタウゼント指揮官は、職場ではまず見なかった。家庭を顧みない様子でさえあった。夫がいたことにアサギリは驚いた。
「来ないかも、知れないし」
 指揮官は戯けたが、マヤバシもアサギリも愛想笑いですらできはしない。何か事情があるのは容易に察せられる。
「そんな湿っぽい話じゃないのよ。基地勤めじゃ、まともな結婚生活なんてできないわよ……なんて、あなたたちには酷かしらね」
「い、いえ。覚悟していますよ、僕は」
 マヤバシが答えた。
「仕事一筋の君に惚れたのに、君が離れていったんだろう?」
 隣から低く心地の良い声が降ってきて、アサギリは驚いた。シマ・フォーティタウゼント指揮官に気を取られ、ほぼ背後からであった。背の高い、がっしりとした男が椅子を引いている。
「シマの夫、ゲイル・フォーティタウゼントです」
 わっはっはと彼は闊達かったつに笑った。カラーサングラスを着けた、少し長さのある癖毛の茶髪の男だった。捲り上げた袖から伸びる逞しい腕から見ても、豪胆な感じで野生的な風貌ではあるが、しかし垢抜けてもいる。
「元、よ。ちゃんと挨拶して」
 その一言で、この元夫婦の力関係が垣間見える。
「ポテンザ・ドゥミリオン・ゲイルです。ゲイルと呼んでくださいね」
 シマ・フォーティタウゼント指揮官の元夫はまたもや開豁かいかつに笑う。白い歯が健康的だ。
「シマの後輩たちかい?」
「後輩じゃないわ。もっと上よ。パイロットと、その整備士さん」
「い、いいえ。上ってことはないです。指揮官にはお世話になっていて……」
 アサギリはシマ・フォーティタウゼントとその元夫の間で顔を左右に振る。
「パイロット……!」
 ポテンザは強靭そうな顎を撫でた。
「そうか……」
「あ、もしかして……」
 マヤバシは何か閃いたらしい。
「以前のパイロット訓練にいらした……」
「そうそう!いやぁ、素質がなかったなぁ。目をやってしまってね……ああ、あれか!コックピットをぶち破ってくれたあの子か、君は」
 基地所属隊に、エンブリオと繋いだコックピット単体の筐体で、エンブリオを擬似操縦する訓練がある。これはパイロット不在時、緊急事態が発生した場合にエンブリオを操縦をさせるためのものであった。メイヒル・アザレアの例からみるに、操縦者はおそらく無事ではすまないだろうが、基地や人民の安全を確保するためならば仕方がないのかも知れない。少なくともサザンアマテラス基地では有事の際の対処策にその方法が用いられている。
 ポテンザはその訓練中、筐体の暴走に遭った。アサギリがエンブリオに乗り込み、固く閉じた装甲を剥がしたが、彼は内部破裂した部品で頭を強打したらしい。
「あれは、こちらのミナカミさんです」
「駆けつけてくれたのは君だったろう。失明を免れたのは手当てが早かったからだと聞いたよ。礼を言いそびれたが、あの時はどうもありがとう、お2人さん」
 彼はマヤバシとアサギリを交互に見て、磊落な態度である。
「でもまさか、指揮官の夫だったなんて」
「知らなくて当然よ。言ってなかったもの」
「ところで、その、だからつまり、この場に2人揃っているということは、2人はそういう仲なのかい?」
 ポテンザはふたたびマヤバシとアサギリを見比べた。
「えっ、いや……」
「あ、いいえ、えっと……」
 マヤバシは面食らい、アサギリも言葉が出てこなかった。シマ・フォーティタウゼント指揮官がくすくす笑う。
「代理よ。パンフレット見なかった?イセノサキが急用で来られなくなったの」
「はぁ、なるほど……いや、野暮なことを訊いてすまなかったね」
 だがポテンザの口元目元には含みがあった。
「忙しい基地勤めだからこそ、法律で捕まえておかないと……いつの間にか、知らない奴等に掻っ攫われるのさ」
 彼はマヤバシを見てそう言った。
「あ……、そ、そうかも知れませんね……」
 マヤバシは顔を赤らめたが、シャンデリアの光の加減だったのかも知れない。彼はポテンザから顔を逸らして俯いてしまった。
 やがてディナーパーティーがはじまる。内容はほぼ、講演会、出資会社の宣伝、ピアノの演奏会、交友会であった。参加者はサザンアマテラス基地広報部の発表を終えると席を立ち、軽食やカクテルを取りに行った。
 シマ・フォーティタウゼント指揮官とその元夫も席を立ち、アサギリとマヤバシに好きにするよう言った。また昼間に続いて挨拶回りがあるらしい。
「何か飲みますか」
 マヤバシが訊ねた。会場にはピアノとバイオリンの演奏が流れている。
「い、いいえ、わたしは」
「適当に何か取ってきますね」
 彼はジャケットを脱いで席を立った。
「アサギリ・ミナカミさん?」
 まるで彼女が1人になるのを見計らったように声をかけてくる者があった。振り返ると、若い男がいる。
「やっと会えた。なんだか退屈そうだし、こんなパーティー、抜け出さない?」
 前に暇潰しで読んだ娯楽本で見たようなことを言われ、アサギリはきょとんとその者を見上げた。
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