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スピンオフ【雨蜜】唾と罪とナイトメア feat.霙恋 全3話。姉ガチ恋義弟美青年/飲酒運転描写あり/差別的表現/明るい終わり方ではない

【雨蜜スピンオフ】唾と罪とナイトメア 1 【雨と無知と蜜と罰と】スピンオフ。アンケート1位獲得の霙恋編。24話辺りから

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「その子にも、同じこと言ってるんでしょ」
 視線の先で、天井に張られた糸状の巣にいる蜘蛛が1匹蠢くのを見た。醜い透過刺繍レースを、彼は凝らす。

 姉は清楚だ。どれだけよごそうとしても穢れないものがある。だから、不潔な自身を赦してはくれないのだ。
 霙恋えれんは喉元までり上がってきた発作の悲鳴を堪えた。すべてを赦してもらえることなどないのだ。

 ―赦されないと分かったとき、彼のなかでたがが外れた。「赦されるかもしれない」という希望が打ち砕かれたとき、彼は自由を感じた。
 獲物を捉えた野生的なネコよろしく爛々として隙のない眼差しが、実弟を人質に、脅して付き合わせた義姉を真っ直ぐ見下ろした。
 赦されないのだ。姉は怒っているのだ。賢さに恵まれなかった女たちに甘言蜜語を吐き、金を巻き上げ、不健全の汚染路に突き落とすことに慣れてしまった。蔑むことに。貶めることに。侮ることに。貴方は違うのだ、そうではないのだと否定して聞くような相手だろうか?努力は正攻法てはない。行使の仕方が正しくなければ、事は捻じくれる。つまり、彼女を逆上させる。
 孔雀を見てみろ。女が男に媚びるのはおかしいのだ。極楽鳥を見てみるがいい。牝が秀でた牡を見定めるべきなのだ。札束を見せ、高額な酒を開け、身を差し出す女に何の価値があるというのだろう。
 霙恋は己を赦しはしない女の肩を掴んでいた。彼女は不信感を一切合切隠しはしない。姉に劣情と恋慕を同時に抱いてしまう前から、冷ややかな異性にばかり惹かれていた。オスのライオンを冷たくあしらうメスのライオンなど。交尾の後に食われてしまうオスのカマキリに。
 だとしたら、彼は自身の身の振り方を心得ていた。メスに拒まれたオスは、すぐさま、このマンションからでもいい、飛び降りるか、首を括るか、毒を飲むかするべきなのである。しかし霙恋をこだわりから引き留めるのは嫉妬と羨望と幻想である。
「痛いよ」
 姉が露骨に不快を示した。多いに余裕をもって掌に収まる肩を、彼は握り潰すつもりらしかった。
「俺はホストだからな、姉さん。甘い言葉なんていくらでも吐ける。あの女にも言うし、姉さんにも言う。の女たちみたいに破滅するまで言ってやろうか」
 引き寄せると、彼女は抗った。だが力で敵うはずない。華奢な身体は傾いてしまう。
「サイテー」
 霙恋は罵られながら、口の端を吊り上げた。
「行こう、姉さん。蜘蛛の巣みたいな姉さんにお似合いのプレゼントがあるんだ。姉さん……あっはっは……」
「要らない」
「必要になる」
 姉を連れてホテルへと向かった。そしてマーメイドラインのウェディングドレスを見せるのだった。彼女はそれを従順に着ていた。霙恋という男がスタイリストをわざわざ現地まで呼んだからであろうか?


 姉の強欲で業深い蜘蛛の巣に捕らえられた哀れな弟を、彼は兄として救ったのだ。翅も脚も毟り取られ、餌を与えられ生かされるだけの、無垢な羽虫を。
「もういいでしょ……あーくんを出して……」
 純白のウェディングドレスを身に纏った姉は、上質な地合いと引けを取らぬほど白くなっていた。青白い顔をしていた。彼女は何を見せられたのだろう。
 霙恋はまだ点いたままのスマートフォンをベッドへ放り投げた。画像が一枚映っている。それは本当に画像であったのだろうか。画面端に表示された時計と思しきものは秒数を刻んでいるけれど……しかしおそろしく動きのない画であった。シェパード犬でも放り込んでおくような檻の中で、下着姿の少年が膝を抱いて座っているだけの、つまらない画面である。
嵐恋あれんを出したら、また蜘蛛の巣に引っ掛かるだろう」
 手袋に包まれた女の小さな握り拳が戦慄いている。
「可哀想だと思わないか。蜘蛛の巣に引っ掛かったが最後。いくら糸をほどいてやっても、翅が傷めばもう飛べない」
「好きに言いなさい。早く、あーくんを解放して!」
 姉の睨みつける顔が好きだった。彼女は何故弟が兄2人から虐待されるのかまったく分かっていないのだ。理解しようともしていない。憤怒という感情、甘美な怒声、淑やかな睥睨へいげいを容易くくれるのは一体誰なのだ。
「解放するのは姉さんのほうだろう?それに、人にものを頼む態度じゃないな」
 霙恋は小さな板っぺらのみならず檻にまで囚われた弟に目もくれず、ベッドへ腰をかけた。そしてサイドチェストの上でワインを開け、グラスに注ぐ。赤い液体が嵩を増していく。
「飲ませてくれ」
 リップカラーを塗った唇が歪んでいるのを眺め、彼は愉快げだった。
「自分で飲みなさい」
「それなら、嵐恋も出たければ自分で出るさ。出ないのは何故だ?姉さんが怖いんだ。姉さんに逆らえない。それを理解して、恥じているんだろう。守られてばかりの男というのはどこかで挫けて、立ち上がるすべもない。哀れだな」
 膝の辺りまで窄み、膝下から大胆に広がる襞の奥が小さく揺らめいた。
「綺麗だよ、姉さん。毒蜘蛛みたいに綺麗だ」
 髪を上げ、後ろで纏めた姿も普段とは違う魅力を引き立たせる。
「ふざけないで」
「本気だよ、姉さん。プランナーとよく話し合ったんだ。本人不在の会議がどれだけ難しかったか分かるか?けれど楽しかった。色々な姉さんを想像できて。モデルの髪が少し赤く染まっていたからどうしようかと思ったが、今のままの姉さんの髪でも十分だな。今度は、もう少し手を入れさせてくれ。髪も染めて、化粧品も……」
「今度なんてない」
 姉は歩きづらそうに傍までやってきた。
「隣に座ってくれないか」
「ここは変なお店じゃない」
 冷ややかに吐き捨てる姉へ、後ろから手を伸ばして抱き寄せた。力尽くで隣に座らせる。ベッドが弾んだ。
「姉さん」
 間近にきた姉の顔を覗き込む。しかし彼女の大切なものを甚振り、虐げ、冷遇に冷遇を重ねてきた男が簡単に受け入れられるはずはなかった。おぞましい虫や痛ましい写真を不意に目にしたときみたいに、姉の眼は逃げてしまった。だが律儀に赤ワインの入ったグラスを手に取る。彼女はただ赤紫色の液面を気にしているようだった。それが霙恋には健気に映る。彼の目から見て、この姉もまた愚鈍だった。要領の良い、賢い女ではなかった。だが清らかで健気なのだ。向上の才もない迂愚な弟とは違う。時折、彼は弟を憐れむ。女にさえ生まれていれば、或いはその不器用ぶりを好意的に捉えるつまらない貧窮した男相手であっても、己を庇護する他人と出会えたかも知れないのだ。これが霙恋なりの同情であった。いいや、女にさえ生まれていたならば、ああいう類いの往く道は決まっている。彼は己の手で様々に沈めてきた。いいや、いいや、もっと希望的な観測をしよう。もし妹でさえあったなら、いくら姉を独り占めしていたとて、擬似的な保護者を気取り兄としての情を注いでやれたかも知れぬ。だが現実は違う。聡くもなく、可愛げもなく、若さのみを武器に囲われる弱い牡の同胞はらからだった。本当に同胞かも疑わしい。だが妹ならば、それを伏せて思い遣ってあげられたのかも知れぬ。
 所詮、身内にしろ他人しろ、愛か情かを奪い合い続ける関係なのだ。互助するすべのない牡同士、共存できない理なのだ。
「はい」
 口元まで運ばれたグラスを一瞥し、霙恋はそのままは頭を横へスライドした。
「介助しろという話じゃない。こういう場合は口移しで飲ませるものだよ、姉さん」
 するとグラスは彼から遠ざけられてしまった。ふたたびサイドチェストに帰っていった。
「図々しい!」
「諦めてくれて構わないよ、姉さん。姉さんが諦めてくれるのなら、可哀想な弟を救えるわけだ。恐ろしい蜘蛛から。けれども弟は洗脳されているからな。屠殺場に行きたがる家畜だということにまるで自覚がない」
「散々いじめてきたクセに、今更お兄ちゃんぶらないで。雫恋かれんちゃんって、偽善者だよね」
 霙恋は口で弧を描く。姉は双子の見分けがつかないのだ。わざとやっているのか、本当に分かっていないのか。髪色を変え、服装を変え、装飾を変えても理解しようとしない。できないのだろうか。彼女は愚鈍だ。根本の問題として、人の容貌の認識というものができないのかも知れない。その点で、勝手に家に帰ってきて傍に擦り寄る莫迦な年少者は、弟として認識しやすかったことだろう。それはさぞ可愛く映ることだろう。
「俺は雫恋なのか?」
「どっちだって変わらないでしょ。2人束になって、同じことしか言えないんだから」
「わざとだろう?」
「そんなに嫌なら、坊主にでもしたら?顔に名前でも書く?」
 彼は腹を抱えて笑いたくなった。女はこうでなければならない。メスカマキリはオスを食わなければならない。メスアンコウはオスを吸収しなければならない。女に素気無くされるのは快楽だ。
「悪くない。姉さんのディルドだということも書いておこう。同じディルドに識別は要らないものな。それは雫恋でも構わないよ、姉さん。だが賢くないな」
 霙恋はベッドから腰を上げた。そしてサイドチェストのグラスを取る。
「雫恋は少し姉さんに甘いからな。嫌われるのが怖いんだろう。可哀想に。まだ期待を捨てきれない。姉さんは残酷だからな」
 彼はグラスの中身を口に含んだ。姉を見下ろした。彼女も弟を見上げていた。身を竦ませ、怯えている。リップカラーの下は色が悪いことだろう。だが彼は、その唇に襲いかかった。抉じ開けて、赤ワインを流し込む。はずみで押し倒してしまった。口の端から溢れ落ちていく。彼女は咳き込んだ。弟に敷かれながら、身を捻る。白いベッドに赤い飛沫が落ちていく。
「ワインは嫌いなのか、姉さん」
「こんな飲ませ方されて、好きなわけないでしょ……」
 咽せながら、姉は懲りずに彼を煽る鋭い目をくれた。顎を伝う赤い滴の跡。咽せたことによる潤んだ目。その強気な眼差し。無防備なウェディングドレス。霙恋は真正面から鼻柱を殴打されたような衝撃を受けた。
「ああ……姉さん!姉さん………!姉さん!」
 激しい情動が湧き起こった。彼は姉を強く抱き締めた。華奢な身体をへし折り、臓器を押し潰すことも厭わず力を込め、全体重を乗せた。
「あ……い、痛い、苦し………」
 霙恋に殺意はなかった。だが殺せてしまうかも知れない力加減だった。彼は人の苦しみに構うことはない。姉の肌を嗅いだ。
「姉さん……!姉さん……!かわいい……」
「放して……っ、痛い、痛い……」
 子猫を見つけたときの感動に似ている。痛めつけたいわけではないが、巻き起こる欲求を満たそうとすれば手酷く扱うことになる。
「ぁう……」
 過呼吸に陥ったかのような自身の息切れを霙恋は聞いていた。白い生首が鮮烈な印象を叩きこむ。彼の節くれだった手が絡みついた。
「い、や………」
「姉さん、かわいいよ………綺麗だ。姉さん………」
「赦して………」
 怯えきって青褪めた顔が、さらに情欲をそそる。クリーム色を帯びたウェディングドレスがさらに黄ばんで見えるほど、彼女は色が悪くなっていた。両手に力を込めたなら、赤く染めることもできるのだろう。
「かわいい!かわいい!姉さん!姉さん!」
 下腹部が猛々しく疼いていく。馬乗りになった真下に、姉の細い肉体を感じた。彼は女と接し、本能のまま腰を揺らしてしまう。
「首、絞めないで………」
「姉さん………」
 霙恋は姉の手を掴んだ。そして砲身を露わにすると、彼女に跨ったまま手淫させた。レースに包まれた彼女の手は硬直していた。
「気持ちいい………姉さん………かわいいよ。姉さん………」
 姉の手を使った自慰であるというのに、彼はあたかも姉に手淫をしてもらっているかのような態度であった。冷ややかな美貌が劣情に茹っている。
「姉さん………ああ………姉さん、好きだ」
 恐れ慄く姉の眼差し!清楚なレースから透けた肌!優雅な意匠のなかに押し込まれたたわわな胸!
「も……早く、終わって……」
「姉さん………まだイきたくない。姉さん……」
「終わって……終わって!早く……!」
 霙恋は姉の手だけでは物足りなくなっていた。自ら腰を振って摩擦を促す。
「姉さん、一緒に暮らそう……一緒に暮らすんだ………姉さん!」
 咆哮が上がる。彼は膝で立った。姉の顔面に白い液体が飛ぶ。
「姉さん好き………姉さん………」
 まだ他人の手を使いながら、彼は陰茎が鎮むまで擦った。脈動しながら液を飛ばすが、徐々に勢いを失っていく。やがて上等な布まで汚してしまった。
「姉さん……」
「もうあっち行って……退いてよ!」
「一緒に暮らそう、姉さん。決めた。一緒に暮らす。そうすれば、姉さんは嵐恋と居られる。姉さん!俺も嵐恋のいい兄になる。これからは……姉さん!一緒に暮らすんだ。姉さん………嵐恋を息子にできるよ、姉さん。俺と夫婦をやろう。姉さん!姉さん……!」
 彼はまだ満たされていなかった。上体を伏せ、姉を包む固い布で白粘液をまだ垂らしているだらしのない肉棒を砥ぐ。
「姉さん……!」
 美しいウェディングドレスは鎧だった。それを脱がせるののも引き裂くことも彼はできなかった。物理的には可能だ。だが美学がそれを許さない。自涜ばかり繰り返し、しかし一度姉の虜になっている彼にとってそれで満足できるはずはなかった。結局、彼は手だけでなく、姉の足を使い、口を使い、あらゆる方法で射精した。彼女は寝そべっているだけだったはずだ。しかし疲労が見える。
「姉さん……一緒に暮らそう。一緒に……」
 己の精を注いで間もないところに、彼は舌を突っ込んで掻き回した。脱力した彼女の舌を拾っては落とし、拾っては落とす。
「もう帰らせて……」
「一緒に暮らすと言ってくれ」
「うぅ……」
「一緒に暮らそう、姉さん」
 姉は頷かない。そうなっては無理矢理に頷かせるしかなかった。そして頷かせ方を知っていた。何よりこの姉は、人よりその手段が多いように思えた。
「姉さんは俺と暮らしたくなる。今に……あっはっは。姉さん……姉さん!」
 昏い目が見開かれた。そして散々陰茎を擦った姉の肌各所を舐め回し、今日のところはやっと満足した。



 果たして彼は姉を自宅に送り届けたのだろうか。たった一口。されど一口。飲酒運転の禁を犯して走らせた車は寄り道などせず、洒落たアパートへ直行していた。散々にワインを飲まされた姉は一人では立てず、眠げであった。
 荷物を下ろすように、純白を身に纏う姉を後部座席を抱えた。瀟洒しょうしゃを狙うあまり危険な造りの階段を上り、玄関扉を開ける。
「かえして……」
 酔ってぐったりとしながら、姉はまだ反発を示す。
「帰さない」
「あーくんのこと、返して……」
「返さない」
 霙恋は爛々とした眼差しで、腕の中の姉を見下ろした。彼女は寝かかっていた。はたからみれば、ウェディングドレスの女を抱えている美男子の図は異様であった。非日常であった。その面に正気の輝きがないことに気付けば、それはホラーであった。事件の兆しであった。
「どうして……」
「後戻りできないところまで来ることを選んだのは姉さんだ。俺にも兄弟の情はある。雫恋とは違ってな。姉さん次第で嵐恋のことは悪いようにはしない。けれど姉さん次第で、大怪我させても構わない。この階段から突き落として骨を折らせてもいいし、熱湯をかけて大火傷を負わせても俺は一向に構わない。雫恋みたいに殴ったり蹴ったりはしないが、姉さん次第ではやぶさかじゃない」
「脅迫するの」
「脅迫と取るか、予定ととるかは姉さん次第だな」
 彼女は半分寝ているようでもあった。酒臭さと姉の芳しい匂いが合わさって鼻腔に届いた。
「この悪人」
「否定はしないよ、姉さん。あっはっは……」
 姉が寝入ってしまったのを見届けてから自宅に入った。まず彼女をソファーに寝かせた。明かりの点いていない暗い室内に小さな蠢きがある。
「霙恋くん……」
 巨大な家具を鬱陶しく思っていると、格子の奥から声がする。中にはペットシートが張られ、水の入ったペットボトル1本立っている横に、少年がうずくまっていた。
「後戻りできないところまで自分で来たのはお前だ、嵐恋」
 まだ1日も入れていないはずだが、少年はやつれていた。簡易栄養食のショートブレッドをくれたはずだが、それは空箱になって転がっている。
「姉ちゃん家、帰る……」
「今更もう遅い。俺にとってはありがたいことだがな」
 霙恋は姉の身体を固く締め上げる衣装を脱がせた。ウェディングドレス用のインナーを脱がせ、裸に剥くと厚手のバスタオルで彼女をくるんでおいた。
「そこにいるの……誰……?」
 部屋は暗かったが、檻の中の少年は人がもう一人いることに気付いたらしい。
「俺の恋人だ。ここで一緒に暮らすことになった」
「おで……じゃぁ、」
「3人で暮らすのさ。俺の弟なら、きっと好くしてくれるに決まっている。自分の弟同然に、な」
 檻の中の少年は、ソファーに寝そべる人物を見ようとしていた。大型犬用の檻である。彼は出ようと思えば出られるのではあるまいか?少年の手足には枷が嵌められていた。両手両足を留められ、また手枷足枷もそう長くない鎖で留められていた。彼に自由はなくなっていた。本物というような拘束具ではないが、ある種、その道に於けるものとしては高価であったし本格的な代物だっただろう。
「姉ちゃんが、帰って来なさいって、言うかも……」
 嗄れたような声からして、少年には元気がなかった。
「姉さんはカレシができたのさ。お前はここにいるのが姉さんへの孝行だ」
 檻の中の人影が縮こまったのを霙恋は冷ややかに見ていた。
「姉ちゃんのところに、帰りたい……」
 大型犬ほどの可愛さも聡明さもない生き物を閉じ込めた檻に大判の布を掛ける。
「ああ……」
 溜息と思しき声には、疲れたように、諦めたように抑揚がない。
「騒いだらまた、ドライヤーの刑だな」
 昨晩受けた刑罰がそうとう効いたらしかった。少年はドライヤーを当てられて背中に火傷を負っていた。彼は布に覆われて無と化した。
 邪魔な気配が消え、霙恋はソファーの上に横たわる姉の身体を包むバスタオルを捲った。ホテルでは触れなかった肌に触れることができる。
「姉さん……」
 彼は冷静だった。布の下の檻の中には弟がいる。声を潜め、姉を呼ぶ。彼は姉を呼ぶだけで激しい興奮を覚えた身体になっていたのだ。姉さん……なんと甘美な響きであろう。
 部屋の明かりを点けることもなく、彼は姉の閉じられた場所に頭を埋めた。叢へ鼻先を押し入れ、肺いっぱいに香気を吸う。ほんのりとした汗の匂いを帯びているが、多くは洗濯用洗剤からの移り香だろう。ボディクリームのミルキーでフローラルな香りもする。
「いい匂いだ」
 彼は姉の陰阜いんぷに繁茂した花園を嗅ぐのが好きだった。脳が痺れていく感じがする。酒では得られない陶酔が、姉の小さな花壇にはある。
 悪魔をみたように寒気がするほどの美貌が恍惚に染まる。彼としてはもう少し姉から野生的な匂いがしていてもよかったくらいだった。
「ああ………姉さん………」
 我慢のできなかった己を霙恋は恨んだ。ホテルで何度も質の低い射精をするべきではなかった。ここで姉の匂いに顔を伏せながら射精するべきであった。だがドレス姿の彼女を軽視できなかったのもまた事実。
「いい匂いがする」
 花畑の下に潜るのはまだ早い気がした。彼はすでに射精し尽くしていた。外面的な著しい変化を遂げることはもうできない。しかし体内ではもどかしい疼きに苛まれている。肉体の一部が内外で乖離している。質の低い射精などするべきでなかった。
「はぁ………ああ………姉さん…………」
 依存性の高い違法薬物を吸っている光景というものを、彼はイメージでしか知らないが、この状況と似通っていた。だが姉の陰毛が醸し出す馥郁としたフェロモンを無限に摂取することに、一体何の罪があるというのか。彼は蜘蛛の巣に引っ掛かったアゲハチョウであった。
「いい匂いだ………甘くて、いやらしい匂いがする……………姉さん…………」
 欲熱によって、また過度な吸気によって、彼の声は掠れていた。布を被せた大きな家具の存在も忘れてしまった。
 酩酊感は呼吸が追いつかないせいもあったかも知れない。彼は姉の下生えに頬擦りした。そして指先で遊んだ。
「ぅ……ん………っ」
 彼女は眠りながら、弟の指を感じ取っているらしかった。
「姉さん……」
 すぐにでも彼女が舐めたくなる。しかしソファーの背凭れも肘掛けも邪魔だった。彼はどうしても姉の秘所が舐めたかった。それが悦びであった。寝ている身体を起こすのだった。
「う………んっ、」
「大声を出したらいけない、姉さん。嵐恋に聞かれるぞ」
 だが聞かれてしまっても構わなかった。酒気による睡魔に襲われている姉は、体勢を変えてもまだ眠っていた。座面のへりに踵を引っ掛け、彼女は大胆に肉花を晒した。
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