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Side T 70
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Side T
1時間くらい経ってリビングに戻ったら染サンはもういなかった。重恋くんだけが座ってる。こっちに背中向けてる。声を掛けても返事はなかった。染サンはどこへ行ったのかとか、重恋くん何言われたのかとか、訊きたいことはあって、もう一度だけ控えめに重恋くんを呼べば振り向くこともなく返事だけしてくれた。ゆっくりと重恋くんの前に回り込めば静かに頬を濡らして重恋くんは気付いてないのか冷生ありがとうって笑ってくるもんだから僕は何か言うことも浮かばず黙ってしまう。
「染サンは?」
「急に用事入ったみたい」
は?って思いながら染サンの後を追おうとしたけど、重恋くんを残していくこともできなくて、空気読まないケータイがメッセージ通知音を鳴らして、多分染サンで2通来てて、1通目は少し前で帰るわって内容で、今来たのが朝比奈頼むねで、朝比奈頼んだのはあんたになんだけどな?って悪態が内心止まらない。
「話、できた?」
動揺がバレたかもしれない。変な声が出た。
「うん。ありがとう。ありがとうね、冷生」
背が急に温かくなって、軽く指立てられて、わずかに震えている気がして、まじかって。
「話したいこと、話せたから」
重恋くん、やっぱ間違いだったかな、僕。
「ありがとう」
何言われたのかな。何となく予想はつくけど。重恋くんの口から言わせるの、僕は嫌だし。
「重恋くんは温かいな」
手は冷たいけど、体温は高いのかな。顔見たい。でもそうしたらきっと僕は彼の“友達”じゃいられなくなる。それはダメだ。結局僕が軽蔑した「傍にいることを選んだ人たち」に僕もなってしまったんだから。卑怯かも知れない。臆病かも知れない。時間は解決してくれないかも知れない、むしろ。
「冷生」
泣いたっていいのに。何回言えば分かってくれるかな。僕が変わらなきゃムリかな。でも僕、変われるかな。傍にいるつもりなら、変わらなきゃな。
「フラ、れたよ」
僕は失恋を報告される運命にあるのか。そうだろうな。重恋くんに失恋させたかったわけじゃないんだけどな。
「でも好きって言えたから。迷惑だったみたいだけど、おれは好きって言えたから」
うん、うんって僕は頷く。整理する時間がきっと必要だから。そこに多分、僕の言葉は必要ない。
「だからありがとう、冷生。情けないところ見せて、ごめん」
ううん、って首を振る。別に情けないとか思ってないし。あの人だって重恋くんのこと、憎からず思っていたはずだ。だから僕は。でも。多分。ただあの人が勝手に色々自分の中で決めちゃってるだけで。そういうところがホント、面倒臭い人なんだよ。言うべきことは言わないから。分かってるくせに。
「初めて人のこと、好きになった」
重恋くんが言った。胸がささくれたみたいだ。でも君はそれを知らなくていいよ。僕もだから。僕も初めて好きになった。その相手が君。また短く、うんって返す。
「出会えて、よかったとは思うんだ」
うん。僕は同じ言葉を繰り返すだけ。僕だって君に出会えてよかったよ。文字通り痛い目に遭っても。
「だから、ちゃんと、これから前、見るからさ」
うん。でも重恋くんはいつだって前、見てるでしょ。僕みたいに迷ってない。鼻を啜る音がする。伝わる震え。僕はただ頷くだけ。
「冷生はやっぱりすごいや」
背に立てられた指の力が強くなって、今どんな顔してるのかな、って気になるけど僕は背筋正したまま見慣れまくってる室内を見回す。お洒落さにこだわって、落ち着きもしないリビング。まるで喫茶店。壁を暗い茶色にしているのがそもそも間違い。シュミの悪い家族にはよく合うのかも。
重恋くんが僕の名を口にした。すごくないよ。僕はまだ迷って、迷っていないフリしてるだけ。友達に戻りきるなんてムリなんじゃないかなって半分思っちゃってるもん。でももう半分はやっぱり重恋くんを困らせたくないから。僕はどれだけの言い訳と理由を考えるのかな。自分が納得できるほどの。僕、やっぱり卑怯かな、鷲宮先輩?
1時間くらい経ってリビングに戻ったら染サンはもういなかった。重恋くんだけが座ってる。こっちに背中向けてる。声を掛けても返事はなかった。染サンはどこへ行ったのかとか、重恋くん何言われたのかとか、訊きたいことはあって、もう一度だけ控えめに重恋くんを呼べば振り向くこともなく返事だけしてくれた。ゆっくりと重恋くんの前に回り込めば静かに頬を濡らして重恋くんは気付いてないのか冷生ありがとうって笑ってくるもんだから僕は何か言うことも浮かばず黙ってしまう。
「染サンは?」
「急に用事入ったみたい」
は?って思いながら染サンの後を追おうとしたけど、重恋くんを残していくこともできなくて、空気読まないケータイがメッセージ通知音を鳴らして、多分染サンで2通来てて、1通目は少し前で帰るわって内容で、今来たのが朝比奈頼むねで、朝比奈頼んだのはあんたになんだけどな?って悪態が内心止まらない。
「話、できた?」
動揺がバレたかもしれない。変な声が出た。
「うん。ありがとう。ありがとうね、冷生」
背が急に温かくなって、軽く指立てられて、わずかに震えている気がして、まじかって。
「話したいこと、話せたから」
重恋くん、やっぱ間違いだったかな、僕。
「ありがとう」
何言われたのかな。何となく予想はつくけど。重恋くんの口から言わせるの、僕は嫌だし。
「重恋くんは温かいな」
手は冷たいけど、体温は高いのかな。顔見たい。でもそうしたらきっと僕は彼の“友達”じゃいられなくなる。それはダメだ。結局僕が軽蔑した「傍にいることを選んだ人たち」に僕もなってしまったんだから。卑怯かも知れない。臆病かも知れない。時間は解決してくれないかも知れない、むしろ。
「冷生」
泣いたっていいのに。何回言えば分かってくれるかな。僕が変わらなきゃムリかな。でも僕、変われるかな。傍にいるつもりなら、変わらなきゃな。
「フラ、れたよ」
僕は失恋を報告される運命にあるのか。そうだろうな。重恋くんに失恋させたかったわけじゃないんだけどな。
「でも好きって言えたから。迷惑だったみたいだけど、おれは好きって言えたから」
うん、うんって僕は頷く。整理する時間がきっと必要だから。そこに多分、僕の言葉は必要ない。
「だからありがとう、冷生。情けないところ見せて、ごめん」
ううん、って首を振る。別に情けないとか思ってないし。あの人だって重恋くんのこと、憎からず思っていたはずだ。だから僕は。でも。多分。ただあの人が勝手に色々自分の中で決めちゃってるだけで。そういうところがホント、面倒臭い人なんだよ。言うべきことは言わないから。分かってるくせに。
「初めて人のこと、好きになった」
重恋くんが言った。胸がささくれたみたいだ。でも君はそれを知らなくていいよ。僕もだから。僕も初めて好きになった。その相手が君。また短く、うんって返す。
「出会えて、よかったとは思うんだ」
うん。僕は同じ言葉を繰り返すだけ。僕だって君に出会えてよかったよ。文字通り痛い目に遭っても。
「だから、ちゃんと、これから前、見るからさ」
うん。でも重恋くんはいつだって前、見てるでしょ。僕みたいに迷ってない。鼻を啜る音がする。伝わる震え。僕はただ頷くだけ。
「冷生はやっぱりすごいや」
背に立てられた指の力が強くなって、今どんな顔してるのかな、って気になるけど僕は背筋正したまま見慣れまくってる室内を見回す。お洒落さにこだわって、落ち着きもしないリビング。まるで喫茶店。壁を暗い茶色にしているのがそもそも間違い。シュミの悪い家族にはよく合うのかも。
重恋くんが僕の名を口にした。すごくないよ。僕はまだ迷って、迷っていないフリしてるだけ。友達に戻りきるなんてムリなんじゃないかなって半分思っちゃってるもん。でももう半分はやっぱり重恋くんを困らせたくないから。僕はどれだけの言い訳と理由を考えるのかな。自分が納得できるほどの。僕、やっぱり卑怯かな、鷲宮先輩?
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