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小松先輩のこと、好きです。言えなかった言葉は一番言うべき言葉だったのかもしれない。小松先輩を怒らせる結果になるくらいなら。もしかしたら小松先輩とはもういられなくなるかもしれないけど。
小松先輩は自己犠牲って言ったけど、違う。くだらなさっていう点では同じかもだけど、おれは鷲宮先輩に逃げただけ。利用したことに変わりはないんだけれど。でもおれはこんなつもりじゃ、全然なかったのに。ごめんなさい、そう謝るしかできない。小松先輩は前に見た時より痩せた。笑ってるけど、本当は笑いたくないんじゃないかって思う。いつも笑ってるけど、そうするしかないんじゃないかと思う。そういうところに強く惹かれた。今も。キスする度にちょっとだけ泣きそうになるのとか、他の人にも向ける目尻に皺が寄る笑い方とか。おれはひたすら謝ることしかできないけど、そんなカオさせたくなくて、なんでそんなカオするのって傍で聞いてられる未来を望んでたはずなんだけど。だからおれは泣いちゃいけない。
冷生が横たわったままおれの腕掴んでて、おれが甘かったせいだって思うと怖くて仕方ない。いつの間にか鷲宮先輩も来てて、小松先輩と話してて、そしたら冷生がよろよろ起き上がって、話つけたほうがいいって言い出して、どういうことなの。おれはどうすればいいんだろう。小松先輩のビンタ、もう一回ちょうだい。そうすればきっと何か、嫌な夢から覚めるんじゃないかって。
「派手にやられたな」
鷲宮先輩がおれのすぐ傍で鼻を押さえながら壁に凭れてる冷生に言って冷やかすみたいに笑った。
「うっさいですよ」
鼻血が止まらないままシャツにまで血が垂れて、ギャラリーと化してる誰かがポケットティッシュを放り投げたのでおれはそれを拾い上げて冷生の鼻に当てられるようティッシュを取り出す。
「観月、サボってないで授業戻れよな」
小松先輩はフツーだった。普段通り。鷲宮先輩はやっぱ特別なんだなって思ったら、なんだかおれも笑えてきてしまって、でも楽しくなんてなくて。
「頭おかしくなった?」
小松先輩のトゲのある口調がおれに刺さって、それを鷲宮先輩が咎めた。そんなでも、おれは小松先輩がおれに気を留めてくれたことが嬉しいから、バカだなって。
「ちょっと冷生チャン、どうなってんの、説明してよ」
「僕がするんですか?染サンがいきなり重恋くんのこと殴ったんですよ」
「なんで?」
「本人に訊いたらどうですか」
小松先輩がうんざりした表情で、もしかして鷲宮先輩に知られたくなかったのかなって思った。冷生に促されて鷲宮先輩が小松先輩を向いたら、小松先輩は俯いてしまって、気付けばおれが口開いていて、あマズイなこれって思った頃には鷲宮先輩が小松先輩殴り倒していて。音が消えたと思った。ただ視界だけが動いて。ギャラリーのドン引きした様子がどこか他人事で自分も渦中にいるつもりなんてなかった。
「お前オレのことバカにしてたのか!」
鷲宮先輩の怒号が廊下に響き渡って、重いパンチを喰らったらしい冷生は鼻血を拭っている顔を歪めて、小松先輩が殴られる音を聞いていた。そしておれも。鷲宮先輩に顔を背けて、口の横を切ったみたいで舐めていた。
「まさか」
小松先輩は嘲るみたいに言った。鷲宮先輩はまた小松先輩を殴る。唇の端が切れてたけど、その一撃で今度は鼻血出してた。
止めなきゃ、と思って動こうとすれば冷生に肩を叩かれた。小松先輩に馬乗りになって殴り続ける鷲宮先輩の腕を冷生が止める。でもそれじゃ収まらなくて、鷲宮先輩の意識の矛先が冷生に向いてしまって、おれも呆然としてる場合じゃなかった。殴られたこととかおれには今までなくて、ドラマで見るケンカのシーンとかきっとおれの人生には関係なくて、おれのずっと知らない世界だと思ってたのに。冷生を殴ろうとしたところで小松先輩が鷲宮先輩の肩を掴んだ。その隙に冷生を引き寄せた。
「鷲宮、せんぱ…」
「お前は黙ってろよ」
肩で息をする鷲宮先輩は無理矢理おれを抱いていた鷲宮先輩と同じだった。この前までの鷲宮先輩は、おれが作り上げた幻想だったのかな。
「お前最低だな、小松。どういうつもりなんだよ」
「どういうつもりも、ないけど」
鷲宮先輩がもう一度身動きの取れない小松先輩を殴るつもりで、冷生がおれの元から離れて鷲宮先輩に肩から体当たりして、2人で廊下に転ぶ。そのまま圧し掛かった冷生がビンタする。
「邪魔すんな!」
「落ち着いてくださいよ」
冷生が止まらない鼻血を手の甲で拭ってるのを黙って見つめた。冷生がおれを見て、すっごく優しく笑った。最悪だ、おれ。我慢しなきゃと思っていた涙が止まらなかった。
おれの好きな人は小松先輩なんです、言っちゃいけなかったんだ。鷲宮先輩がどうしてこんなに怒るのか分からなかったけど、多分おれが鷲宮先輩を利用したから。それに怒ってるんだ。それでもしかしたら、小松先輩もグルでからかってるって思われたのかな。
「どうしてオレがコイツと別れたのか、分かるかよ、お前に」
少し落ち着いたらしい鷲宮先輩がおれを指差す。飽きたから、でしょ。どうして小松先輩に訊くの。
「俺で確認しないでよ」
小松先輩が起き上がって鼻を押さえた。そんな姿もやっぱりかっこよくて、好きで、悲しくなった。
「お前いっつもオレ優先じゃん。なんでだよ…なんで…!」
また感情的になってる鷲宮先輩に掴まれた小松先輩の答えは、やってきた先生たちの声で掻き消された。男性教員が6人くらい来て、鷲宮先輩と小松先輩、それから冷生を引き離して取り押さえて、おれも1人先生付きで会議室に連れていかれた。
小松先輩のこと、好きです。言えなかった言葉は一番言うべき言葉だったのかもしれない。小松先輩を怒らせる結果になるくらいなら。もしかしたら小松先輩とはもういられなくなるかもしれないけど。
小松先輩は自己犠牲って言ったけど、違う。くだらなさっていう点では同じかもだけど、おれは鷲宮先輩に逃げただけ。利用したことに変わりはないんだけれど。でもおれはこんなつもりじゃ、全然なかったのに。ごめんなさい、そう謝るしかできない。小松先輩は前に見た時より痩せた。笑ってるけど、本当は笑いたくないんじゃないかって思う。いつも笑ってるけど、そうするしかないんじゃないかと思う。そういうところに強く惹かれた。今も。キスする度にちょっとだけ泣きそうになるのとか、他の人にも向ける目尻に皺が寄る笑い方とか。おれはひたすら謝ることしかできないけど、そんなカオさせたくなくて、なんでそんなカオするのって傍で聞いてられる未来を望んでたはずなんだけど。だからおれは泣いちゃいけない。
冷生が横たわったままおれの腕掴んでて、おれが甘かったせいだって思うと怖くて仕方ない。いつの間にか鷲宮先輩も来てて、小松先輩と話してて、そしたら冷生がよろよろ起き上がって、話つけたほうがいいって言い出して、どういうことなの。おれはどうすればいいんだろう。小松先輩のビンタ、もう一回ちょうだい。そうすればきっと何か、嫌な夢から覚めるんじゃないかって。
「派手にやられたな」
鷲宮先輩がおれのすぐ傍で鼻を押さえながら壁に凭れてる冷生に言って冷やかすみたいに笑った。
「うっさいですよ」
鼻血が止まらないままシャツにまで血が垂れて、ギャラリーと化してる誰かがポケットティッシュを放り投げたのでおれはそれを拾い上げて冷生の鼻に当てられるようティッシュを取り出す。
「観月、サボってないで授業戻れよな」
小松先輩はフツーだった。普段通り。鷲宮先輩はやっぱ特別なんだなって思ったら、なんだかおれも笑えてきてしまって、でも楽しくなんてなくて。
「頭おかしくなった?」
小松先輩のトゲのある口調がおれに刺さって、それを鷲宮先輩が咎めた。そんなでも、おれは小松先輩がおれに気を留めてくれたことが嬉しいから、バカだなって。
「ちょっと冷生チャン、どうなってんの、説明してよ」
「僕がするんですか?染サンがいきなり重恋くんのこと殴ったんですよ」
「なんで?」
「本人に訊いたらどうですか」
小松先輩がうんざりした表情で、もしかして鷲宮先輩に知られたくなかったのかなって思った。冷生に促されて鷲宮先輩が小松先輩を向いたら、小松先輩は俯いてしまって、気付けばおれが口開いていて、あマズイなこれって思った頃には鷲宮先輩が小松先輩殴り倒していて。音が消えたと思った。ただ視界だけが動いて。ギャラリーのドン引きした様子がどこか他人事で自分も渦中にいるつもりなんてなかった。
「お前オレのことバカにしてたのか!」
鷲宮先輩の怒号が廊下に響き渡って、重いパンチを喰らったらしい冷生は鼻血を拭っている顔を歪めて、小松先輩が殴られる音を聞いていた。そしておれも。鷲宮先輩に顔を背けて、口の横を切ったみたいで舐めていた。
「まさか」
小松先輩は嘲るみたいに言った。鷲宮先輩はまた小松先輩を殴る。唇の端が切れてたけど、その一撃で今度は鼻血出してた。
止めなきゃ、と思って動こうとすれば冷生に肩を叩かれた。小松先輩に馬乗りになって殴り続ける鷲宮先輩の腕を冷生が止める。でもそれじゃ収まらなくて、鷲宮先輩の意識の矛先が冷生に向いてしまって、おれも呆然としてる場合じゃなかった。殴られたこととかおれには今までなくて、ドラマで見るケンカのシーンとかきっとおれの人生には関係なくて、おれのずっと知らない世界だと思ってたのに。冷生を殴ろうとしたところで小松先輩が鷲宮先輩の肩を掴んだ。その隙に冷生を引き寄せた。
「鷲宮、せんぱ…」
「お前は黙ってろよ」
肩で息をする鷲宮先輩は無理矢理おれを抱いていた鷲宮先輩と同じだった。この前までの鷲宮先輩は、おれが作り上げた幻想だったのかな。
「お前最低だな、小松。どういうつもりなんだよ」
「どういうつもりも、ないけど」
鷲宮先輩がもう一度身動きの取れない小松先輩を殴るつもりで、冷生がおれの元から離れて鷲宮先輩に肩から体当たりして、2人で廊下に転ぶ。そのまま圧し掛かった冷生がビンタする。
「邪魔すんな!」
「落ち着いてくださいよ」
冷生が止まらない鼻血を手の甲で拭ってるのを黙って見つめた。冷生がおれを見て、すっごく優しく笑った。最悪だ、おれ。我慢しなきゃと思っていた涙が止まらなかった。
おれの好きな人は小松先輩なんです、言っちゃいけなかったんだ。鷲宮先輩がどうしてこんなに怒るのか分からなかったけど、多分おれが鷲宮先輩を利用したから。それに怒ってるんだ。それでもしかしたら、小松先輩もグルでからかってるって思われたのかな。
「どうしてオレがコイツと別れたのか、分かるかよ、お前に」
少し落ち着いたらしい鷲宮先輩がおれを指差す。飽きたから、でしょ。どうして小松先輩に訊くの。
「俺で確認しないでよ」
小松先輩が起き上がって鼻を押さえた。そんな姿もやっぱりかっこよくて、好きで、悲しくなった。
「お前いっつもオレ優先じゃん。なんでだよ…なんで…!」
また感情的になってる鷲宮先輩に掴まれた小松先輩の答えは、やってきた先生たちの声で掻き消された。男性教員が6人くらい来て、鷲宮先輩と小松先輩、それから冷生を引き離して取り押さえて、おれも1人先生付きで会議室に連れていかれた。
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