18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-2

結局は俗物( ◠‿◠ )

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蜜花イけ贄 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意

蜜花イけ贄 14

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 対面に叔父とダリアと、隣にはアサガオがいる。家主の茜も一緒にいる。団欒である。分かりやすい歓談の声など要らない。空気で知れるのだ。皆、安らいでいる。各々の幸せに浸っている。しかしこれはまやかしであった。
 夢に浸らせもしない。
 叔父は囹圄れいぎょの中で病に臥せ、ダリアも茜も叔父と共にいて会えた人間ではない。
 叔父に歓迎されたかった。他の者たちがああだのこうだのと言っても、それが桔梗の中で決定打にはならなかった。
「起きたまえ」
 目を開く。睫毛に絡まったものが形のない痒みを生む。
 ぼやけた視界に真っ先に映る人影は怪物のようだった。桔梗は驚いて飛び上がり、後退り、頭痛に悩む。
 黒い着流しに暗赤色の帯と、金塗の算盤玉の首飾りが妙に厳しい青年が立っている。炭を扱った手で触れたみたいに、所々、顔が黒く汚れている。艶やかな黒髪に墨を流しているのかもしれない。そしてそのために汚れているのかもしれない。
「あなたは……」
 アサガオの村で見覚えがある。彼女が口を開くのと同時に、大きな揺れと轟音があった。桔梗の頭から痛みが引いていく。冴えていく。
 彼女は眦を裂くほど目を見開いた。男を突き飛ばして走り出す。足袋を脱がされ、裸足だった。だが構っていられない。外へと飛び出した。
 街は黒焦げで、壁は崩れ、瓦を散らかし、細くなった柱や梁を晒している。まだ火も完全には消えていなかった。晴れた空に黒煙が濛々と膨らみ、上を見ても下を見ても眩しい。
「どこに行く」
 黒い着流しの男が追ってくる。激しい敵意と害意を向けられていることにも、そしてその身に覚えのない罵詈雑言から擁されていることにも桔梗はまったく無頓着であった。
 落ち着きなく左見右見とみこうみめつすがめつ、酔歩蹣跚すいほばんさんの如く、彼女は炎に呑まれた街を彷徨する。後ろからくる黒い着流しの男は、怒鳴り散らし襲いかかろうとする輩を宥めていた。
 やがて桔梗は膝から崩れ落ちた。蹲り、泣き叫ぶ。血溜まりを目にしたのだ。それは牛裂きの刑の跡であった。
「昨晩、人狼ひとおおかみを1頭処断した」
 傍に、あの男が歩み寄る。桔梗は彼に縋りついた。
「アサガオさんじゃ、ないですよね?アサガオさんじゃ………ああ…………ああ…………」
 アサガオの姿が見えないが、この血溜まりの正体がアサガオとは限らない。すれ違っただけの可能性も、まだ捨てきれないのだ。ただ一言、否定が欲しかった。彼女は人前にもかかわらず慟哭する。顔に乱れた髪が張り付き、裸足で、身形も外を出歩いていていいようなものではなかった。火災の真っ只中にある街に、山姥がいる。
「アサガオさんなわけ……」
 何故、アサガオだと思ってしまったのか。それが彼女自身を不安にさせた。
「うう……」
 蹄が地を駆る音がして、馬のいななきが近くで聞こえた。桔梗は縋りつく腕を外される。しかしまだ、否定の言葉を受け取っていない。黒の着流しに金塗りの算盤玉の首飾りを掛けた男は、鞍を見上げて跪く。
「桔梗の嬢ちゃん。帰る時間だ」
 彼女は蹲ったままだった。そのすぐ隣で大男が地に降りる。
「帰る時間だ」
 大きな掌は容赦なく泣き崩れた女の肩を突き払う。
「アサガオさんは……?」
 やっと上げられた顔中津液まみれで、毛を食み、砂埃を纏っている元は貴人の養女の姿に、椿の山茶は不快の色を隠さなかった。
「知らん。村には帰ってきてねぇよ」
 どうしても打ち消せない、払底しきれなかった願望は綺麗に射抜かれていく。椿の山茶が弓の名手であることを、ふと彼女は思い出す。アサガオが帰っていない。アサガオの姿が見えない。彼はどこにいるのか……導き出される答えを見つめるのをやめ、無関係なことが次々と脳裏を過る。
「諦めろ。人狼に恋慕なんかするからだ。諦めろ。元々、おめさんに色恋を愉しむ自由なんかなかった。それを忘れるんじゃねぇや」
 椿の山茶が取り出すのは縄である。黒の着流しに金塗りの首飾りの男は跪いたまま頭を伏せ、横で女が縛り上げられ、泣き叫び激しく暴れるのを聞いていた。
「いやです!いやです!いやぁ!」
 嬰児みたいに何の気遣いも頓着も遠慮もなく彼女は喚いた。叔父と共に捕らえられ引き離されたときも、こうまではならなかった。
 不愉快を露骨に出していた椿の山茶はとうとう彼女の頬を張った。はたからみれば、首の骨が折れて頭蓋が砕けそうな体格差であった。しかし桔梗は弾かれて尻餅をついた先で、打たれた頬に手を添えるだけで済んだようである。
「あーしゃ散々言ったぞな。賤民とくっついてもろくなことにはならないってな。それで実際どうなった?相手は賤民どころか人狼か……つくづくおめさんの鈍臭さには呆れるよ」
 椿の山茶は嘆息した。座ったままの彼女の腕を鷲掴む。
「アサガオさんを見つけるまで……」
「人狼の遺骸が丁重に扱われるわけねんべに。今頃肥溜めにも入れてもらえずに、焼け焦げた廃材と埋められたんべ」
「うう………アサガオさん…………」
「賤民でもって人狼のクセに、人並みに愛されやがって、幸せなこったろうさ。身の丈に合わねぇことをするとばちが当たんのさ。それでもいい思いしただろう。やめやっせ。おめさんはとっとと葵ノ君に娶られるこったな。茉莉の大殿もこのザマにはがっかりさ」
 桔梗との椿の山茶の間に上から降って湧いた人がある。最初はカラスかと思われた。すばやい身のこなしで尻を地面につけたかと思うと、椿の山茶の足を蹴り払い、間髪入れずに逞しい胸板も蹴り飛ばす。
 彼女はそれが誰なのか分からなかった。腕を掴まれ、引っ張られて、走らざるを得なかった。背の高い女である。長い髪を揺らし、身形からすると御家人の娘のようだ。
 街の外れの雑木林に入り、そこでやっと彼女は女の顔を見た。片方の瞳が赤い。その上にある眉毛も、どこか怪しい黒をしている。鳶尾いちはつである。彼は生きていた。妖艶な美女に装い、そこに立っている。
「アサガオさんのことについてですが」
 桔梗はその一言に飛びついた。縋りつく。
「川にいます。アサガオさんの村の近くの川です」
 それを聞くと、彼女は泣き出した。鳶尾の顔は冷たい。目を合わせようとはしなかった。
「元気……なのね………?」
 返事はない。鳶尾は彼女を見ようとしなかった。
「元気……なのね……」
「夜に行くのがいいでしょう。昼間は人目につきます。人目につけば、貴女様も無事では済みますまい」
 鳶尾の手袋に覆われた手が彼女の肩に触れようとして、結局は何に引っ掛かることもなく垂れ下がっていく。
「行きます」
「……然様さようでございますか」
 桔梗は裸足である。足の裏の皮膚は火事場を走り痛んでいた。骨もまた昨晩走り回ったことで軋んでいる。しかし彼女は雑木林を戻った。


 川に着いたのは、夕暮れである。焦り迅る気持ちに肉体はついていかなかった。
 背の高い雑草たちが橙色を帯びている。昨晩みた火難を思わせた。痛みに甘えそうになるのを、彼女は耐え忍ぶ。片足はほぼ引き摺っていた。水面を見下ろし、ただ進む。本当にアサガオは川辺にいるのだろうか。釣りをしているのだろうか。将又はたまた、避難している。家にも戻れず、畑の傍の川で夜を過ごしたのだろうか。一体彼に何の咎があるというのか。
 桔梗は立ち止まった。アサガオを発見したのだ。四肢を引き千切られ、浮かんでいる彼の胴体を見つけたのだ。長いこと立ち尽くして肉塊を見下ろしていた。緋色を帯びた水が涼やかな音をたて流れている。よく育った水草が絡まって、彼は流れずそこに揺蕩う。
 鳥が鳴いた。桔梗は自身が意志を持ち、生きていることを思い出した。土手を駆け下りる。川に入り、アサガオの死骸を抱き締める。布を裂いたような傷口は川に洗われていたが、それでもまた血が滲み、桔梗の衣類を染めていく。
 彼女はこの瞬間に気が狂った。
 わなわなと手を震わせ、啜り泣いた。左右の手足を失くしても死骸は重かった。濡れた肌に頬を擦り寄せる。うっう、と泣き崩れ、やがて虚無となる。
 果たして彼は人狼だったのだろうか。
 アサガオの剥き出しになった肉を洗った。巻いてあるだけの襤褸布を取り払い、彼女は着ているものを肉塊に与え、さらし姿で川の中を彷徨う。片腕が見つかり、片脚も見つかる。肉を洗い、やがてすべて揃う。最後に探し当てた手にはまだ、見覚えのある柄の布が縛ってあった。それを拾おうとしたとき、白い蛇が草の間を這って、桔梗の眼前にまで首を伸ばした。何か言っているが聞きもせず、彼女は先程川底に沈めた大きな石を持ち上げ、その蛇を撲り殺した。
 千切れた腕を回収し、持ち主の身体から離れた掌で自身の頬を撫でた。
「アサガオさん……」
 彼女はまた泣き始めた。持主のところまで運ぶまで泣いていた。
「アサガオさん……アサガオさん………」
 随分と小さくなった想い人に巻いた衣を引き寄せ、紫色の唇を吸う。死骸はまだそう水を含んでいなかったため、生前の面影がそのまま残っていた。
「アサガオさん……」
 彼の頬を撫で、髪を撫で、耳をくすぐる。
「人狼だったの?」
 彼女は紫色の唇を触って、それから少しだけ捲り、歯を見ていた。だが何も変わったところはない。歯で判別がつけば、人狼討伐隊など編成されずに事が足りただろう。
「アサガオさん……」
 胴体だけの骸を抱き抱え、彼女は寝転んだ。空が暗くなっていく。
 足音が近付いてくる。桔梗は肉塊を抱き締める。野犬が血の匂いを嗅ぎつけたのか。
「気が違ってしまったか」
 黒の着流しに金塗り首飾りの男が法面のりめんから話しかけた。聞き覚えのある声に桔梗は男を見上げる。しかし何の関心も示さず、彼女はまた濡れて匂う死骸の髪に顔を埋めた。その様はすでに人ではなかった。野良犬であった。野良猫であった。体温も持たず濡れて冷たい肉塊で暖をとっている半裸の婦人を、金塗り首飾りの黒着流しはどう思ったのだろう。彼は気違い婦人の傍までやってきたが、さすがに気の触れた者を相手にするとあって、その手には刀が握られている。人狼討伐のために許されたものであろう。
「娘。斬るぞ」
 それは冗談であったのかもしれない。ところが気の狂った女はどうぞそうしてくれとばかりに無防備であった。丸めた背中を晒している。
「街の者たちが、人狼はあの男に違いないと決めて、やつがれの元に処断せよと頼んできた」
 彼は突然語りはじめた。野良犬じみた気違い女は丸くなったまま興味を示さない。
「……私たちは、上様に申し出た。人狼討伐隊という名を借りた…………」
 鳥が鳴いている。カラスかもしれない。桔梗は悍ましい鳥に食われぬよう、千切れた手足も一緒に抱き込んだ。
 突然語り始めた男は気違いの奇行を苦しげに一瞥してから、後悔したように表情を歪める。否、ここは緑生い茂る水辺である。口に苦虫でも入り込んだのであろう。
「獣を匿う番い。それが人狼だと広まった。君たちは猫だか犬だかを街に預けただろう。家族のない変わり者……真っ先に疑われるものだ。あれが決定打になってしまったけれど……」
 頭のおかしくなってしまった女は徐ろに身体を起こした。
「アサガオさんは人狼なんじゃないの。だから処刑したんじゃないの」
 気の狂った女は誰もいない方向へ喋りかけた。
「人狼じゃない」
「じゃあなんで止めなかった!」
 それはやはり獣であった。狩猟をする獣であった。牙剥き、爪を立てて、気違い婦人は男に飛びかかった。黒い着流しの衿を掴む。
「なんで止めなかった!無実の人間を見殺しにしたのか!あんたには止められる力があっただろ!人狼討伐隊なんだろう!」
「人狼を討ったことにしておきたかった。そうすれば混乱は、治まる……」
 男は呻くように呟いた。
「なんでだ!それなら無実の人間一人殺してもいいのか!いいのか……?人一人、見殺しても……?」
 怒りのあまり、狂った精神が一瞬元に戻ってしまった。しかし一度おかしくなったものはまたおかしくなるのである。詰問は純粋な疑問へ移ろいゆく。
「彼には済まないことをした」
 彼女は虚無の面構えで、男の胸元に拳を入れる。強いものではなかった。戯れのような一撃だった。だが彼は咽せた。前のめりになって苦しそうである。
「彼は俺の家を継ぐはずだった。俺の義弟おとうとなんだよ!俺の、義弟なんだ!」
 怒声がこだまする。
「なんでこんなことに………俺のせいだ………俺の、………!」
 気違い婦人は叫び出した男を冷ややかに横目で捉えた。彼女はまた死骸を抱いている。
「お棕櫚しゅろ……」
 土手にもうひとつ、人気ひとけが増えた。気の弱そうな女が転びそうなほど頼りない足取りで人を探しているようだ。
 金塗りの首飾りの男が振り返った。
「ああ……お棕櫚」
 三十路半ばほどの女だろうか。痩せぎすで青白い。腺病質な美人である。年上女房であろうか。しかしそれは夫婦というよりも母親と息子のようである。しかしそうみると年齢にあまり違いがない。
「ひっ……」
 痩せぎすの女は気の狂った娘を見つけて声を上げ、怯えるあまり卒倒しそうなところを黒着流しの男に抱きついた。
「昨晩、処断した者の……―恋人です」
 金塗り首飾りの男は胸の中の女にそう説明した。
「まぁ……!」
「気が狂ってしまったんです」
 彼の腕の中で、女はさめざめと泣き出した。
「なんてこと……、うう………」
 歔欷する声を煩がって死骸の毛髪へ顔を埋め直す野生婦人の傍へ、のそのそと這い寄るものがあった。先程この気違いに頭部を碾き殺された白蛇である。拉げて中身の飛び出した頭を擡げ、活動に何の問題も無いかのように彼女へ近付く。
"およめしゃん、あの女、人狼だよ"
 夫の間抜けな喋り方とまぬけな声が耳に届く。
「人狼なんですか」
 頭のおかしくなった女は後先も考えずに人狼討伐隊とかいう男と一緒にいる女に投げかけた。途端に、女は黒い着流しの男を後ろに突き飛ばして前へと出た。
竜胆りんどう姐親仁あねおやじ……何を……」
「ここまでしてわたくしは生きたくありません……!けれど、お棕櫚、貴方まで殺されるのは……」
 頭のおかしくなった女は男女のやりとりを冷ややかに見ていたが、結局行動を移す様子はなかった。腕の中の生臭くドブ臭い死骸に夢中だった。
「娘。このことは、誰にも言うな。俺を怨みに思うのは分かる……でも、」
「お棕櫚!殺すしかありません!わたくしはとにかく、貴方まで……」
 2人は2人で楽しくやっているようである。気の触れた女は空の星が煌めいたのを眺めていた。
 この肉塊を持ち帰りたいと思ったが、持ち帰る場所がなかった。いいや、この死骸が生きていた頃の家がある。千切れた四肢を縫ってやらねばなるまい。
 気の違った彼女は濡れた襤褸布で四肢を包む。重かった。足を引き摺り、首の据わらない胴体を抱き上げて土手を登っていく。
「娘……」
「黙っておいてあげる。こんなのつらいもの……」
 桔梗は淡々と告げた。彼はどんな思いで死んでいったのか。そればかりを考えてしまう。


 死骸が死骸となる前に住んでいた家に着いた頃には、もう夜になっていた。
 懐かしい匂いがする。彼女は窓辺に吊るされた干し柿をひとつ取って、人形遊びよろしく紫色の唇に押し当てた。しかしよく喋りよく笑っていた口元は動かなかった。
 ぐっと、胸の辺りから熱が迫り上がる。それは口も鼻も通らず、彼女の目の粘膜を灼く。
 桔梗は干し柿を一口齧り、噛み砕くと、紫色の唇を舌先で抉じ開けて食わせた。
「好きよ、アサガオさん。アサガオさんのこと好き……」
 冷たい額を撫で、そこに額を合わせた。そして裁縫道具を手にした。
 肉に針を刺し、皮を繋いでいく。ぽつりぽつり雨の如く涙が落ちていく。怒りを指に込め、好きだった人を貫く感触にまた気が変になっていく。
 この家に久々の明かりが点り、湯気が出て、煙が上がる。


 蹄の音が外で止まった。快晴である。馬も走りやすいであろう。桔梗はこの家の媼のものだったらしき着物に身を包んでいた。彼女の目の前には布団があった。寝ている者は顔に白布を被せられている。四肢の繋がれた遺体がそこにあった。
 戸が開く。うんざりした溜息を聞く。椿の山茶は大仰に髪を掻いた。
「世話焼かせてくれらぁね」
 彼は、匿名のある報告書が葵の元に届けられ、その内容が大怪我人では到底叶えられそうにないことを知って、自らここに赴いた。
「何のつもりで?良妻の次ぁ未亡人け?」
「はい」
 そう易々と肯定されると、椿の山茶もどう反応していいのか困ったらしい。苦りきっている。
「殊勝なこった」
「人狼も処刑されたことですから、市井しせいには平穏と安寧が取り戻されたことでしょうね」
 彼女は白い布を鼻先まで捲り、遺体の頬を撫でた。
「人狼だったんけ」
「処断されたのが答えではないのですか。まさか人一人牛裂きの刑に処しておいて、今更違いました、なんてことはないでしょう。街も燃えていたようですからね。あれは人民の怒りがみせた幻なのでしょうか」
「いいや。あれは間違いなく火炎さ。街の復興もめどが立たねぇときた。一体誰が火を点けたんだか」
「火を点けた人間は、市中引き回しになるのですか」
 椿の山茶は不気味げに桔梗を見ている。
「心当たりがあんのかい」
「もし全員で点けたらどうなります」
「全住民てことけ?理由によるんじゃないか。どうした?」
「1人なら理由も問われないのですか」
 彼の端麗な顔面には面倒臭そうな色が濃い。
「1人殺せば罪人だが1000人殺せば将軍さな。999人じゃまだ罪人だから、自刃しておくと殉死によって二階級特進するから、そこにぶち殺す人っ子一人もいないなら、自害を勧めるぜ。それと同じさ。1人処せば粛清で、100人処せば悪政よ。ンで?何の話だったか」
「いいえ」
 話は終わったとばかりに彼女は白い布を被せ直すと立ち上がった。粗末な衣装に貴人の所作は異様な感じを与える。
「ところで人狼は感染するとのことですね。まだ市中には人狼が隠れ住んでいるのでは」
「咬まれたのか」
「いいえ。あの人はわたしを咬むどころか引っ掻きもしませんでした。ヒトオオカミノクセニ……」
 桔梗は椿の山茶に擦り寄った。屈強な腕を取り、吊り下がるみたいに身体を密着させている。彼は眉根に深い皺を刻む。
「なんの真似で?」
「ご迷惑をおかけしたと思って」
「あーしがぶん殴って、頭がおかしくなったんじゃねぇか」
「逆です。正気に戻ったのです。あの人は人狼だったのですわ、どうしてもっと山茶様の言を信じなかったのでしょう?何故…とそればかり。だって、人狼でもないくせに、処されるわけがありませんもの」
 腕を振り払われるが、今度はその頑強な腕に掴まれた。牛でなくても彼女の肩は千切れてしまいそうだった。
「媚びる相手が違うぜ、お嬢ちゃん。身体は大怪我でも口は動く。好いた男を守りてぇならよごれ仕事でもやるんだな」
 彼女は何も分かっていないようなあどけない目で大男を仰ぐ。椿の山茶は嘆息する。
「こんな女でも心底惚れてるやつがいるんだから魂消たまげらぁ。いいや、100年の恋も冷めるかも分からんね」
 大きな掌が女の頭に乗った。

 馬に乗れる装いでもなく、跛行はこうしている桔梗は、村の者たちの荷車に乗せられて帰った。
 噂はこの村まで流れ、人狼の番いも処断され、その容姿風体はこうこうこうであると事細かく、桔梗を知る者はすぐそれと信じてしまえる内容だった。
 椿の山茶が発ってから鶴の如く首を長くして待っていたのだろう。ダリアは涙を溜めて彼女へ抱き着いた。
「ダーシャ……アサガオさんは、夜這い星になってしまわれたよ」
 この哀れな使用人も、新しい友人が没したことを察していたのだろう。何度も頷いて、そのたびに大粒の雫が落ちていく。
「ダーシャ」
 四肢のない肉塊と違い、使用人は温かく柔らかかった。
「心配をかけて悪かったよ。寿命が縮んだかな」
 おいおい泣く少年を、彼女は凪いだ様子で慰める。
「すまなかった。すまなかったよ……悪かった」
 可憐な少年を抱いたまま、彼女は荷車を降りた。村の者たちに礼を言う。椿の山茶も、彼等を労い、少しの金子きんすを与えた。
「他のやつに言わねぇこったな。戦になる」
 厚みのある唇が嫌味な笑みを浮かべたのを、桔梗は所在なく捉えていた。咎のない、身寄りもなく見せしめにしても文句の出ない人間を処刑するときも、似たような軽さであったのかもしれない。
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