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花狩り移紅し 一人称視点/差別的表現/猟奇的な描写/和風モノ
【花狩り移紅し】徒桜の章 白梅千花ルート/ 男性一人称/年下女性優位/年上男性受け
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徒桜の章
花ヶ住村は、花狩川の桜並木で連日催される祭で得た収入で成り立っている。そのためには桜を咲かせなくてはならなくて、では桜を咲かせるにはどうするか?
生贄だ。それなりの品性を身に付けた容姿端麗な生娘を桜ノ怪に捧げる。零花部落に住まう者たちでもなく、花ヶ住村から出す。それなりの品性を身につけるのはとにかく、容姿端麗とまで制限されては、どうしようもない。
そこで考えのだろう。容姿端麗な胤を村に住まわせ、次々と村の女に孕ませる。
早い話が種芋だ。そしてその1つでよかった種芋が二子であったなら?ヒトは一度に1人しか産まないのが常。一度に2人も3人も産むのは狗畜生だというわけで、二子のうちの一人として産まれ堕ちた私の人生というものは狗畜生同然であるはずだった。たまたま自分たちの容姿が端麗であり、容姿端麗な胤を欲しがる稀有な村があった。それだけで野良狗になるはずだった私たちは突然、貴族よろしく扱われるのだから人生とは三日乞食の一夜天下も存在し得る。
容姿端麗な胤を欲しがる稀有な村……
私は弟である。二子にも腹から出た順で兄弟の差がある。家督は兄の紅梅千花が継いだ。
つまり私は村の女と一切交わらないことを条件にあとは遊民暮らしというわけだ。
村の女は、自分の夫か、紅梅千花の子を産むことになる。そしていずれは、濃い血の交わりが起きるのだろう。そしてそれが諸々の方法で"明らか"になったとき、哀れな子の行先はすでにある。零花部落だ。よくできている。私はあくまで叔父であり、大叔父でしかない。割り切っている。だが父であり祖父になる紅梅千花の心境は如何に。訊いてみたことはない。
村の女と交わるな。その約束を破るつもりはないけれど、私の気質として女は嫌いではなかった。時折街に行っては女と遊ぶ。私の胤が身を結び、紅梅千花の胤やその胤の胤と身を結んでしまうことも無いとはいえない。家庭という枠組みを作らないとそうなるが、後のことは知らない。そして花ヶ住村にはその対策を零花部落が兼ねているのだから、私たち花ヶ住村の人間は易々と楽界に逝けるなんて思ったらいけない。
村の女と交わらない。ひいては関わらない。つまり村の男との関わりは特に制限がないわけだ。
村には吉野といういじけた子供がいる。祖父母両親とはすでに死別して、今は姉と2人で暮らしているらしい。
このいじけっ子が、私は可愛くて仕方がなかった。要は野良猫だ。気付けば屋敷の庭に忍び込んでいる。それを見つけると、餌付けをしたくなって菓子をくれる。するといじけっ子は姉に持ち帰ろうとするから、いじらしくて仕方がなかった。村の女と関わるな。私はこのいじけっ子の姉を、弟という監視があるのをいいことに部屋に寄せた。八重というしっかり者の可憐な娘だ。
私はこの村に何の頓着もない。機会があれば出て行ってしまってもいいくらいだった。二子の兄にも大した関心がなく、それはおそらく他人というにはあらゆるものが同じ過ぎたからだろう。離れる離れないという認識もない。ただ、私はこの姉弟が好きだった。
そんなこんで桜の季節が来た。また花ヶ住村から一人、生贄が出る。
一人、生贄が……
私の手には簪がある。呆然とそれを凝らしていた。街に行ったとき、買ってきたものだ。村の女と関わるな……か。私は自嘲した。しかし自嘲している場合ではないのは、膝を突き合わせて座るいじけっ子だ。
「姉ちゃん、帰ってこなくて……俺………俺…………」
この簪が花狩川の土手で見つかったという。私は屋敷の者を呼びつけて、吉野を世話を頼んだ。
「白梅千花!」
小生意気ないじけっ子はまだ泣き止まずに、席を立った私を睨む。
「村の取り決めだよ。嫌なら出て行くしかない。この村に生まれたからには生き方はぜんぶで3つ。桜供物になるか、紅梅と契るか、男なら紅梅の娘を育てるか。姉のことは忘れて、君も一人前の男になって早く妻を迎えなさい。紅梅との子を育てるかも知れないが、耐えることだね。この村に生まれたからには」
私は吉野を置いて屋敷を出た。すでに外は暗かった。普段の素行からいって、何も言われることはなかろう。酒か女か賭博か。私に村の生活は合わなかった。ただもし叶うなら……
吉野の姉のことは予想外だった。いいや、しかし冷静に考えてみれば、品性のある若く可憐な年頃の娘といえば、彼女しかいなかった。私は不都合から目を逸らして浮かれていた。彼女には弟以外に身寄りがない。身寄りがないというのはつまり彼女の為人如何にかかわらず、まず対象外になるとすら甘いことを考えていた。村には父もあり母もある、あれくらいの娘ならば数人いる。縹緻の程は知らないが。
花狩川に着いた途端に潺が聞こえ、歓迎されてはいるようだ。桜並木は妖怪みたいに枝を伸ばし、神だの妖怪だのも結局は人を滅ぼせず共存をしようというのだからご寛大なことだった。人が消えれば畏怖の念も崇拝の念も消えて、人が真に畏れるのは地揺れと雷、焼亡といったところか。けれどもこれもまた神だの妖怪だのを創り上げるには十分な恐怖だった。善良な心がそんなものを生み出す。
私は物騒な桜並木の傍を歩いた。半ばまで来る頃には月は煌々として、完全に夜としか言いようがなかった。それでもここの桜は血腥い肥料のために不気味に闇の中を輝いているようだ。
桜が嫌いだ。咲いたら咲いたで呆気なく散り、その様を美しいと褒め称えられたところで、消えることもなく醜く腐り、土へと還る。醜態だ。
私は1本の桜の木の前で立ち止まる。後ろからは暢気に潺が聞こえる。図々しく伸びた枝木に守られるようにして、女が立っているけれど、それは八重ではなかった。
「花刻」
呼んではみたものの、彼女の顔は桜の花と枝で隠されていた。肉が腐敗し削げ落ち、或いは干涸びて張り付いた指先の尖った白骨だけが見える。地面を差して動かない。
私の20年以上も前に散らした恋である。私の6つは上だったか。生きていれば、夫を持ち、子を産み、或いは紅梅の胤を受ける村の女だっただろう。
「新しくここに来た娘を……探しているのだけれど」
顔は知らない。見たとしてもあるのは腐り落ちた肉と髑髏であろう。彼女は花刻ではないかもしれないし、花刻かもしれない。私の呼べる女の亡霊の名はこれしか無かった。
私はふと哀しいような、やるせない気持ちに襲われた。簪を差し出す。異様な変化は、却って猜疑心となる。私が誘われている。
屍肉の指は相変わらず地面を向いている。それが答えだ。
「ありがとう。それから、貴方を助けられなくてすまなかったね」
私は桜の枝を潜る。村でも目立つほど背が高い。暮らしも食べているものも、村人たちとは違うからだろう。彼女よ指差すところに膝をつき、そのまま首を横へと向ければ、その顔を見られないこともなかった。けれど私は見なかった。死後なおもここに繫ぎ留められて、いつの間にか私のほうが歳を喰い、うら若い娘のまま醜く腐り落ちていく姿を晒している。この意味を無視できる人間ならよかったのだけれど、生憎、私はそうではない。
私は簪を地面に突き刺した。そして土を掘った。簪は途中で折れけれど、手で掘れないこともない。
桜の枝が私のほうへ伸び、不気味な花が頬を掠める。
一人ひとり娘がここへ差し出されるたびに、私はこうして土を掘り返すのだろうか。
それは私の問いであったけれど、私の中に生まれたものではなかった。
枝は私の頬を刺し、邪魔をする。
すでに済んだ問いだ。私は傍観者でいると決めたのだ。村に生かされた私に傍観以外、何の役目があるというのだろう。紅梅千花もそれで納得している。おそらく。自分の胤の行先が桜ノ怪物の贄であろうと、間引きであろうと。
私は土を掘り続け、やっと八重が埋まっているのを発見した。彼女を土から取り上げて、抱き抱えてはみるけれど村には帰れない。私はそのまま街へ出ることにした。幸い、花ヶ住村の風習はおそらく外には漏れていない。訪問してみれば察するかもしれないけれど。私たち二子に顔立ちのそっくりな女の子が何人かいる。男の子はいない。何故か?私たちに似た男児は不要だからだ。胤として村で生きるには不都合も起こす。
私は八重と夜の道を歩いた。
間引きに似ている。私が生かすべき命か、捨てても構わない命か選んでいる。花刻は見殺した。八重はこうして連れ帰っている。
私は土手を歩き、何度か背後への好奇心に惹かれている。後ろにある跫音に算勘が働かない。生きた人間ではないのは分かっている。桜ノ怪に喰われた娘たち、それから、そのために私が間引いた子供たち。私たちが男になってすぐに村の女を孕ませたから、そろそろ私も大叔父になる頃だ。同じ胤が交じわれば血が濃くなる。私の役目が増える頃合いに、私は何をやっているのだろう。
桜並木で百鬼夜行。私も妖物と大差ない。純潔に生きるには明らかに、手を汚し過ぎている。
私は八重を、街に借りた長屋に置いた。
「……―さま」
彼女は目を覚ました。覚ましたけれど、曇った眼を見た途端、私はこの娘がすでに桜ノ怪に喰われ、気が狂れてしまっていることを知る。
「……―さま」
土で汚れた白い手が私の頬に触れて接吻をねだる。罅割れた唇、動かない眉、鏡のような瞳……八重は廃人になってしまったのだ。
「いけない、八重」
しかし私は拒まなかった。なるようになってしまっても構わなかった。私はこの娘を……
しかし誰が、止めもせず、抗いもせず、案じもせずにこの娘を壊したのか。
迫る唇を断るのが私の償いではなかろうか。私は彼女の手足を縛り、柱へ括り付けた。
「八重……すまないね。君の弟を迎えにいってくるから、いい子にしていて」
自由を奪われた娘の姿から目を逸らしたい。だが逸らしてはならない。これが私たちが狗畜生の生まれを捨てて代わりに得た現状だ。
私は不都合から目を逸らしていた。八重が桜供物に選ばれるだなんて思っていなかった?どの口が言うのだろう。
零花部落の青年が、罪も恐れせず私に言いに来たではないか。八重が候補に挙がっている。八重が次の供物になるかもしれない、と。
私は花ヶ住村へと帰った。私の朝帰りに文句を言う者などいない。目的の人物は座敷牢にいた。屋敷の者を噛んだらしい。折檻の痕がある。私はこのいじけっ子の耳を掴んで歩かせた。
「火種の懼ありとして、ボクが始末しておくから」
このやり取りを見た屋敷の人間にはこう告げた。吉野は暴れたけれど、力で敵うはずもない。私は彼を引き摺っていって、櫻雲という偏屈爺のところに預けていった。子供嫌いだが、悪人ではない。廃人の姉と、この弟でどう暮らせるというのか……そして彼女は生きていると思われてはならない。この子供も、生きていることが知られてはならない。
吉野は最後に私の腕に噛みついた。私のすべきことは彼を突き離すことだ。あの村にさえ生まれなければ……
所詮、村に生かされた私と相容れる存在ではなかった。
折れた簪を返し、偏屈屋の爺さんには当分の銀子を渡し、あの子供の世話を頼んだ。
「使用人に年頃の娘がいるんだろう?小僧旦那にしてしまっても構わないよ」
そのときの偏屈爺の侮蔑に満ちた顔。彼は銀子を私に投げつけて扉を閉めてしまった。子供の売買を最も嫌う。真っ当な爺だから私はこの男を頼った。
私は長屋へと帰った。八重は縛を解いても自分から動こうとせず、誰かの名を呼んでいるようであったが、私が腕の傷の処置をしていると、眠ったまま歩くような足取りでふらふら傍へ寄ってきた。弟の付けた傷が分かるのだろうか。
「吉野は死んだよ。死んだんだ。だからもう村に帰ってはいけないよ。探してはいけない。悲しいことだけれど……」
八重は訳が分かっていなげであった。
「吉野はボクが殺したんだ。一揆を起こされては困るからね。君を探されては困るからね。これが形見だよ。大事に持っておきなさい」
私は途中で捨ててきた彼の着物の端切れを見せた。八重は相変わらず暗い眼であったけれど、徐々にその目は涙を溜めた。弟のことは分かるのであろう。
「ボクが憎かったら殺しなさい。君にはそうするだけの資格がある。けれど村に帰ってはいけないよ。絶対に。ボクを殺すのなら、絶対に村へは帰るな。その資格は、君にはない」
彼女は嗚咽することもなく、ただ静かに涙を溢した。彼女を抱き寄せる能が、私にはなかった。
彼女の身を清め、飯を食わせるのが私の体力の限界だった。二子揃って、身体があまり強くはない。紅梅千花は命を削るように胤を搾り出し、そのために私は悠々と生きてきた。だが私は暫く歩き続け、疲れてしまった。まるで使用人みたいに畏まる廃人の八重を前にして眠った。
彼女は私に寄り添った。私の薄い身体で暖を取るように胸元に頭を寄せた。昔猫を拾ったときに似ている。
「寒いかい?」
反応はなかった。ただ、私が動こうとするとしがみついてくる。恐ろしい思いをしたのだろう。私は彼女の好きなようにした。
夜が明け、朝が来る。私は彼女を連れて街を出た。村とは反対の方角へ進んだ。彼女は嫌がる素振りもなく、私に従う。身の落ち着くところさえ見つかれば、私は算盤塾でも筆学所でも開いて金を稼ごう。偏屈屋の爺さんから突き返された銀子もあるから当分暮らしは持つだろう。
私たちは牛車を使い、山を越え、漁港近くの町に身を落ち着けた。
八重は相変わらず廃人だった。私は町で算盤塾と筆学所を開いて日銭を稼いだ。依頼があれば漁港などで買い付けも行った。八重は廃人ではあったけれど、言葉は通じるようで、文の代筆業などをして私たちは夫婦として世を忍んだ。夫婦……歳の近い男1人、女1人が一つ屋根の下で暮らしていたら、自然と周りの評価はそうなってしまう。私も私たちのこの生活を俯瞰してみれば、夫婦だと思うだろう。兄妹だと先回りしておくべきだった。しかし……
夫婦……私が花ヶ住村にいた頃、密かに憧れ、思い描いていたことだ。私はそこにしがみついていた。私にその資格はないのに、夫婦と間違われるあいだばかり、夢をみていたようだ。夢を……
そしてまた、あの季節がやってきた。桜の季節が……
私たちの住む近くにも、桜が蕾をつけた。所々咲いてはいるけれど、花狩川に咲くものとは違う。
たまの休みを利用して、私は八重の手を引いて桜並木の下を歩いた。
海の見える散歩道で、空と海、2つの青と、昔見慣れた桜より少し濃い淡紅色。生活は安らいできたとは思う。私というのは狭量な人間だ。これだけで、私は彼女の弟のことを告げる気が起きてしまった。廃人なりに、桜と二青の美しさに感じ入るところがあるのだろう。考えが甘い。詰めも甘い。私の選択はほとんど誤っているのかもしれない。
八重の元に、最近よくやってくる青年がいる。私よりは少し下で、彼女とは同じ年頃ではないだろうか。見目の爽やかな、人の好さそうな風貌だ。発話や言葉遣いからして育ちも良い。彼女に構う彼の姿を見たとき、私は理解してしまった。そして私は考えた。だから私は、その話をするために彼女をここへ連れてきた。
私たちは夫婦ではないんだよ。あの青年にそれを言ったとき、私は笑えていただろうか。
私の切り出した声は冷たく湿った風が吹いて攫われた。私は八重の前に立った。八重は私の腕に身を寄せて、私は堪らなくなったけれど、しかし私は抱き締めたい衝動をどうにか抑えた。
「身体を冷やす。帰ろうか」
気が変わってしまったのだ。私はくだらない人間なのだ。
私が住まいに帰ったあと、八重は私にしがみついた。そして押し倒されてしまった。私は身体は弱いけれど、背丈はあるし、骨と皮だけというわけでもない。ただ、彼女に抵抗する理由が私にはない。
八重は私の着ているものを開けさせた。肌が露出して、彼女はそこに頬を寄せた。私は戸惑った。けれど私から彼女に触れるのが怖かった。彼女は脚と脚の間を撫で摩る。私は慄然とした。暫くそのような行為はしていないし、八重と共に逃げてきてからは一人で処理をするのにも躊躇いがあった。
私は彼女にだけは、この反応を見せたくなかった。彼女に男体に対する恐怖心というものを植え付けたくなかった。私は建前でも彼女の兄でありたかったというのに、本音はそうではなかったから。
私のものは簡単に変化を遂げた。だらしなく彼女の目と鼻の先で勃ち上がった。
「八重……恥ずかしいものを見せてすまないね。向こうに行っていておくれ。すぐに、」
私は慌てた。これでは八重は、警戒心を持って私と暮らさねばならなくなる。私の元を出たいあまり、おかしな男に頼り、不幸な目に遭ってしまうかも知れない。
八重は顔色ひとつ変えず、やはり廃人のような昏い目をして、私の恥部を舐めた。私は驚いてしまった。そして肉体が味わう久々の甘美な刺激に、私の薄弱な意志は傾きつつあった。彼女は私のものを舐め、口に含み、頭を動かした。私は本気を出せば八重を拒むことはできたはずなのにそれをしなかった。私は後見人も失格だ。彼女から汚いものを離させることもしないで私は床に爪を立てていた。今動けば、彼女の小さな喉を突き上げてしまいそうだった。
「いけないよ……八重…………いけない。君には、結婚だって……八重、嫁入り前の君が……、こんなんじゃ………」
けれども八重は私の不浄を舐め続け、私はそろそろ達してしまいそうになった。
「八重………口を離して!八重………いけない!ああ……ッ!」
私も口ばかり。彼女を離させるなど簡単なのだ。けれど私はそれをしなかった。守らなければならない娘の口に私は恥ずかしい膨張を自ら突き入れて、そこで種を放った。久々の射精に私はうっとりして、それは肉体的なものだけではなかったからなお、その後すぐに押し寄せる悔いは大きかった。
八重は最近になって一人で自分の身を清められるようになった。それまでは私が洗っていたということだ。眠るときも、彼女は私に寄り添わなければ寝なかった。私の気持ちは掻き乱される。しかし私は八重の伴侶に相応しい人間ではない。私は垢にまみれた、薄志弱行の、狭量な人間なのだ。一度は夢見た相手との、夢見た夫婦生活。選び取るのが怖かった。
だから私は八重を早いところ、嫁に出してしまいたかったのに……そしてその相手を見つけて、あとは彼女にそのことを相談するだけだったのに……私というろくでなしはあろうことか命を賭けても守らなければならない娘に欲情しているのだ。肉欲に身体を火照らせている。
八重は着物の裾を割り開いて、まだ強欲に天を衝く私の醜態に跨った。何故私は止めなかったのだろう。何故私は止めない?私は獣だった。村の在り方を非難できるような高尚高潔、義心の徒ではなかった。
吉野に済まなく思いながら、私は私に跨る八重を突き上げた。苦しそうだったのに……痛がっているようだったのに、私は止まらず、肉体のもどかしさに辛抱せず、私より小さく私より細い、守らなければならない相手を貫いた。
「すまない、すまない、八重………赦しておくれ…………赦しておくれ」
赦されるはずはないのに、私は腰を止めずに八重を突き上げ、彼女との交合いの喜びと背徳感、罪悪感にすっかり酔ってしまった。すべてが糖蜜に酒を混ぜたみたいだった。
八重は私に養われ、私が彼女の生活を維持している。対等でない彼女が気を遣ったに違いはなくて、私はそれをよろしくないと思いながら甘受している。最低だ!
軈て私は彼女の中にも種を吐き出した。私の情動は止まらなかった。彼女を床に引き倒し、娼婦にしたように、街娘にしたように、顔を擦り合わせて抱きたくなった。けれども私は捨て放題に投げ捨てた理性を払底させることはできなかった。
「こんなことはいけないんだ、八重。君は嫁入り前で、君を想ってくれている人もいる……縹緻もいいし、人当たりもいい。育ちも悪くはないのだろう……八重、いいね、こんなことは………」
けれども八重は、私の唇を塞ぎにかかった。
いけない。こんなことは………
一日の業を終え、2人きりになる。すると八重は私を抱き、私も八重を拒まなかった。拒むべきところで、拒まない。そんな生活を続けた。八重が私に櫛を渡した。土で汚れ、金箔の剥がれたそれを私は知っていた。そして直感したのだ。
予想通り、八重の腹が膨らんだ。当たり前だ。私たちはほぼ毎日のように身体を重ねた。
私の子が、産まれる。桜の咲く季節に。私はその子供が男児だと思った。私が細い首を捻ってきたのは、圧倒的に男児。花ヶ住村の柵は、きっと私たちを解き放ちはしないだろう。
「幸せになろう。君の弟にもこのことを告げるよ。君には嘘を言ったけれど、弟は生きているんだ。君の弟は、今、都で……」
私は涙が止まらなかった。そんな私を八重は抱き締めてくれた。
吉野を預けた偏屈な爺さんへ手紙を宛て、叔父になることを知らせた。
それから私は、彼からの返事によって、"ある狂者"によって花ヶ住村の村民は全滅し廃村したこと、同時に私の兄・紅梅千花も病没していたことを知った。他にも零花部落が解体されたこと、自分は甥姪に会う資格のないことが記され、くれぐれも姉とその子供を頼むと重ねて書き添えられていた。
【完】
花ヶ住村は、花狩川の桜並木で連日催される祭で得た収入で成り立っている。そのためには桜を咲かせなくてはならなくて、では桜を咲かせるにはどうするか?
生贄だ。それなりの品性を身に付けた容姿端麗な生娘を桜ノ怪に捧げる。零花部落に住まう者たちでもなく、花ヶ住村から出す。それなりの品性を身につけるのはとにかく、容姿端麗とまで制限されては、どうしようもない。
そこで考えのだろう。容姿端麗な胤を村に住まわせ、次々と村の女に孕ませる。
早い話が種芋だ。そしてその1つでよかった種芋が二子であったなら?ヒトは一度に1人しか産まないのが常。一度に2人も3人も産むのは狗畜生だというわけで、二子のうちの一人として産まれ堕ちた私の人生というものは狗畜生同然であるはずだった。たまたま自分たちの容姿が端麗であり、容姿端麗な胤を欲しがる稀有な村があった。それだけで野良狗になるはずだった私たちは突然、貴族よろしく扱われるのだから人生とは三日乞食の一夜天下も存在し得る。
容姿端麗な胤を欲しがる稀有な村……
私は弟である。二子にも腹から出た順で兄弟の差がある。家督は兄の紅梅千花が継いだ。
つまり私は村の女と一切交わらないことを条件にあとは遊民暮らしというわけだ。
村の女は、自分の夫か、紅梅千花の子を産むことになる。そしていずれは、濃い血の交わりが起きるのだろう。そしてそれが諸々の方法で"明らか"になったとき、哀れな子の行先はすでにある。零花部落だ。よくできている。私はあくまで叔父であり、大叔父でしかない。割り切っている。だが父であり祖父になる紅梅千花の心境は如何に。訊いてみたことはない。
村の女と交わるな。その約束を破るつもりはないけれど、私の気質として女は嫌いではなかった。時折街に行っては女と遊ぶ。私の胤が身を結び、紅梅千花の胤やその胤の胤と身を結んでしまうことも無いとはいえない。家庭という枠組みを作らないとそうなるが、後のことは知らない。そして花ヶ住村にはその対策を零花部落が兼ねているのだから、私たち花ヶ住村の人間は易々と楽界に逝けるなんて思ったらいけない。
村の女と交わらない。ひいては関わらない。つまり村の男との関わりは特に制限がないわけだ。
村には吉野といういじけた子供がいる。祖父母両親とはすでに死別して、今は姉と2人で暮らしているらしい。
このいじけっ子が、私は可愛くて仕方がなかった。要は野良猫だ。気付けば屋敷の庭に忍び込んでいる。それを見つけると、餌付けをしたくなって菓子をくれる。するといじけっ子は姉に持ち帰ろうとするから、いじらしくて仕方がなかった。村の女と関わるな。私はこのいじけっ子の姉を、弟という監視があるのをいいことに部屋に寄せた。八重というしっかり者の可憐な娘だ。
私はこの村に何の頓着もない。機会があれば出て行ってしまってもいいくらいだった。二子の兄にも大した関心がなく、それはおそらく他人というにはあらゆるものが同じ過ぎたからだろう。離れる離れないという認識もない。ただ、私はこの姉弟が好きだった。
そんなこんで桜の季節が来た。また花ヶ住村から一人、生贄が出る。
一人、生贄が……
私の手には簪がある。呆然とそれを凝らしていた。街に行ったとき、買ってきたものだ。村の女と関わるな……か。私は自嘲した。しかし自嘲している場合ではないのは、膝を突き合わせて座るいじけっ子だ。
「姉ちゃん、帰ってこなくて……俺………俺…………」
この簪が花狩川の土手で見つかったという。私は屋敷の者を呼びつけて、吉野を世話を頼んだ。
「白梅千花!」
小生意気ないじけっ子はまだ泣き止まずに、席を立った私を睨む。
「村の取り決めだよ。嫌なら出て行くしかない。この村に生まれたからには生き方はぜんぶで3つ。桜供物になるか、紅梅と契るか、男なら紅梅の娘を育てるか。姉のことは忘れて、君も一人前の男になって早く妻を迎えなさい。紅梅との子を育てるかも知れないが、耐えることだね。この村に生まれたからには」
私は吉野を置いて屋敷を出た。すでに外は暗かった。普段の素行からいって、何も言われることはなかろう。酒か女か賭博か。私に村の生活は合わなかった。ただもし叶うなら……
吉野の姉のことは予想外だった。いいや、しかし冷静に考えてみれば、品性のある若く可憐な年頃の娘といえば、彼女しかいなかった。私は不都合から目を逸らして浮かれていた。彼女には弟以外に身寄りがない。身寄りがないというのはつまり彼女の為人如何にかかわらず、まず対象外になるとすら甘いことを考えていた。村には父もあり母もある、あれくらいの娘ならば数人いる。縹緻の程は知らないが。
花狩川に着いた途端に潺が聞こえ、歓迎されてはいるようだ。桜並木は妖怪みたいに枝を伸ばし、神だの妖怪だのも結局は人を滅ぼせず共存をしようというのだからご寛大なことだった。人が消えれば畏怖の念も崇拝の念も消えて、人が真に畏れるのは地揺れと雷、焼亡といったところか。けれどもこれもまた神だの妖怪だのを創り上げるには十分な恐怖だった。善良な心がそんなものを生み出す。
私は物騒な桜並木の傍を歩いた。半ばまで来る頃には月は煌々として、完全に夜としか言いようがなかった。それでもここの桜は血腥い肥料のために不気味に闇の中を輝いているようだ。
桜が嫌いだ。咲いたら咲いたで呆気なく散り、その様を美しいと褒め称えられたところで、消えることもなく醜く腐り、土へと還る。醜態だ。
私は1本の桜の木の前で立ち止まる。後ろからは暢気に潺が聞こえる。図々しく伸びた枝木に守られるようにして、女が立っているけれど、それは八重ではなかった。
「花刻」
呼んではみたものの、彼女の顔は桜の花と枝で隠されていた。肉が腐敗し削げ落ち、或いは干涸びて張り付いた指先の尖った白骨だけが見える。地面を差して動かない。
私の20年以上も前に散らした恋である。私の6つは上だったか。生きていれば、夫を持ち、子を産み、或いは紅梅の胤を受ける村の女だっただろう。
「新しくここに来た娘を……探しているのだけれど」
顔は知らない。見たとしてもあるのは腐り落ちた肉と髑髏であろう。彼女は花刻ではないかもしれないし、花刻かもしれない。私の呼べる女の亡霊の名はこれしか無かった。
私はふと哀しいような、やるせない気持ちに襲われた。簪を差し出す。異様な変化は、却って猜疑心となる。私が誘われている。
屍肉の指は相変わらず地面を向いている。それが答えだ。
「ありがとう。それから、貴方を助けられなくてすまなかったね」
私は桜の枝を潜る。村でも目立つほど背が高い。暮らしも食べているものも、村人たちとは違うからだろう。彼女よ指差すところに膝をつき、そのまま首を横へと向ければ、その顔を見られないこともなかった。けれど私は見なかった。死後なおもここに繫ぎ留められて、いつの間にか私のほうが歳を喰い、うら若い娘のまま醜く腐り落ちていく姿を晒している。この意味を無視できる人間ならよかったのだけれど、生憎、私はそうではない。
私は簪を地面に突き刺した。そして土を掘った。簪は途中で折れけれど、手で掘れないこともない。
桜の枝が私のほうへ伸び、不気味な花が頬を掠める。
一人ひとり娘がここへ差し出されるたびに、私はこうして土を掘り返すのだろうか。
それは私の問いであったけれど、私の中に生まれたものではなかった。
枝は私の頬を刺し、邪魔をする。
すでに済んだ問いだ。私は傍観者でいると決めたのだ。村に生かされた私に傍観以外、何の役目があるというのだろう。紅梅千花もそれで納得している。おそらく。自分の胤の行先が桜ノ怪物の贄であろうと、間引きであろうと。
私は土を掘り続け、やっと八重が埋まっているのを発見した。彼女を土から取り上げて、抱き抱えてはみるけれど村には帰れない。私はそのまま街へ出ることにした。幸い、花ヶ住村の風習はおそらく外には漏れていない。訪問してみれば察するかもしれないけれど。私たち二子に顔立ちのそっくりな女の子が何人かいる。男の子はいない。何故か?私たちに似た男児は不要だからだ。胤として村で生きるには不都合も起こす。
私は八重と夜の道を歩いた。
間引きに似ている。私が生かすべき命か、捨てても構わない命か選んでいる。花刻は見殺した。八重はこうして連れ帰っている。
私は土手を歩き、何度か背後への好奇心に惹かれている。後ろにある跫音に算勘が働かない。生きた人間ではないのは分かっている。桜ノ怪に喰われた娘たち、それから、そのために私が間引いた子供たち。私たちが男になってすぐに村の女を孕ませたから、そろそろ私も大叔父になる頃だ。同じ胤が交じわれば血が濃くなる。私の役目が増える頃合いに、私は何をやっているのだろう。
桜並木で百鬼夜行。私も妖物と大差ない。純潔に生きるには明らかに、手を汚し過ぎている。
私は八重を、街に借りた長屋に置いた。
「……―さま」
彼女は目を覚ました。覚ましたけれど、曇った眼を見た途端、私はこの娘がすでに桜ノ怪に喰われ、気が狂れてしまっていることを知る。
「……―さま」
土で汚れた白い手が私の頬に触れて接吻をねだる。罅割れた唇、動かない眉、鏡のような瞳……八重は廃人になってしまったのだ。
「いけない、八重」
しかし私は拒まなかった。なるようになってしまっても構わなかった。私はこの娘を……
しかし誰が、止めもせず、抗いもせず、案じもせずにこの娘を壊したのか。
迫る唇を断るのが私の償いではなかろうか。私は彼女の手足を縛り、柱へ括り付けた。
「八重……すまないね。君の弟を迎えにいってくるから、いい子にしていて」
自由を奪われた娘の姿から目を逸らしたい。だが逸らしてはならない。これが私たちが狗畜生の生まれを捨てて代わりに得た現状だ。
私は不都合から目を逸らしていた。八重が桜供物に選ばれるだなんて思っていなかった?どの口が言うのだろう。
零花部落の青年が、罪も恐れせず私に言いに来たではないか。八重が候補に挙がっている。八重が次の供物になるかもしれない、と。
私は花ヶ住村へと帰った。私の朝帰りに文句を言う者などいない。目的の人物は座敷牢にいた。屋敷の者を噛んだらしい。折檻の痕がある。私はこのいじけっ子の耳を掴んで歩かせた。
「火種の懼ありとして、ボクが始末しておくから」
このやり取りを見た屋敷の人間にはこう告げた。吉野は暴れたけれど、力で敵うはずもない。私は彼を引き摺っていって、櫻雲という偏屈爺のところに預けていった。子供嫌いだが、悪人ではない。廃人の姉と、この弟でどう暮らせるというのか……そして彼女は生きていると思われてはならない。この子供も、生きていることが知られてはならない。
吉野は最後に私の腕に噛みついた。私のすべきことは彼を突き離すことだ。あの村にさえ生まれなければ……
所詮、村に生かされた私と相容れる存在ではなかった。
折れた簪を返し、偏屈屋の爺さんには当分の銀子を渡し、あの子供の世話を頼んだ。
「使用人に年頃の娘がいるんだろう?小僧旦那にしてしまっても構わないよ」
そのときの偏屈爺の侮蔑に満ちた顔。彼は銀子を私に投げつけて扉を閉めてしまった。子供の売買を最も嫌う。真っ当な爺だから私はこの男を頼った。
私は長屋へと帰った。八重は縛を解いても自分から動こうとせず、誰かの名を呼んでいるようであったが、私が腕の傷の処置をしていると、眠ったまま歩くような足取りでふらふら傍へ寄ってきた。弟の付けた傷が分かるのだろうか。
「吉野は死んだよ。死んだんだ。だからもう村に帰ってはいけないよ。探してはいけない。悲しいことだけれど……」
八重は訳が分かっていなげであった。
「吉野はボクが殺したんだ。一揆を起こされては困るからね。君を探されては困るからね。これが形見だよ。大事に持っておきなさい」
私は途中で捨ててきた彼の着物の端切れを見せた。八重は相変わらず暗い眼であったけれど、徐々にその目は涙を溜めた。弟のことは分かるのであろう。
「ボクが憎かったら殺しなさい。君にはそうするだけの資格がある。けれど村に帰ってはいけないよ。絶対に。ボクを殺すのなら、絶対に村へは帰るな。その資格は、君にはない」
彼女は嗚咽することもなく、ただ静かに涙を溢した。彼女を抱き寄せる能が、私にはなかった。
彼女の身を清め、飯を食わせるのが私の体力の限界だった。二子揃って、身体があまり強くはない。紅梅千花は命を削るように胤を搾り出し、そのために私は悠々と生きてきた。だが私は暫く歩き続け、疲れてしまった。まるで使用人みたいに畏まる廃人の八重を前にして眠った。
彼女は私に寄り添った。私の薄い身体で暖を取るように胸元に頭を寄せた。昔猫を拾ったときに似ている。
「寒いかい?」
反応はなかった。ただ、私が動こうとするとしがみついてくる。恐ろしい思いをしたのだろう。私は彼女の好きなようにした。
夜が明け、朝が来る。私は彼女を連れて街を出た。村とは反対の方角へ進んだ。彼女は嫌がる素振りもなく、私に従う。身の落ち着くところさえ見つかれば、私は算盤塾でも筆学所でも開いて金を稼ごう。偏屈屋の爺さんから突き返された銀子もあるから当分暮らしは持つだろう。
私たちは牛車を使い、山を越え、漁港近くの町に身を落ち着けた。
八重は相変わらず廃人だった。私は町で算盤塾と筆学所を開いて日銭を稼いだ。依頼があれば漁港などで買い付けも行った。八重は廃人ではあったけれど、言葉は通じるようで、文の代筆業などをして私たちは夫婦として世を忍んだ。夫婦……歳の近い男1人、女1人が一つ屋根の下で暮らしていたら、自然と周りの評価はそうなってしまう。私も私たちのこの生活を俯瞰してみれば、夫婦だと思うだろう。兄妹だと先回りしておくべきだった。しかし……
夫婦……私が花ヶ住村にいた頃、密かに憧れ、思い描いていたことだ。私はそこにしがみついていた。私にその資格はないのに、夫婦と間違われるあいだばかり、夢をみていたようだ。夢を……
そしてまた、あの季節がやってきた。桜の季節が……
私たちの住む近くにも、桜が蕾をつけた。所々咲いてはいるけれど、花狩川に咲くものとは違う。
たまの休みを利用して、私は八重の手を引いて桜並木の下を歩いた。
海の見える散歩道で、空と海、2つの青と、昔見慣れた桜より少し濃い淡紅色。生活は安らいできたとは思う。私というのは狭量な人間だ。これだけで、私は彼女の弟のことを告げる気が起きてしまった。廃人なりに、桜と二青の美しさに感じ入るところがあるのだろう。考えが甘い。詰めも甘い。私の選択はほとんど誤っているのかもしれない。
八重の元に、最近よくやってくる青年がいる。私よりは少し下で、彼女とは同じ年頃ではないだろうか。見目の爽やかな、人の好さそうな風貌だ。発話や言葉遣いからして育ちも良い。彼女に構う彼の姿を見たとき、私は理解してしまった。そして私は考えた。だから私は、その話をするために彼女をここへ連れてきた。
私たちは夫婦ではないんだよ。あの青年にそれを言ったとき、私は笑えていただろうか。
私の切り出した声は冷たく湿った風が吹いて攫われた。私は八重の前に立った。八重は私の腕に身を寄せて、私は堪らなくなったけれど、しかし私は抱き締めたい衝動をどうにか抑えた。
「身体を冷やす。帰ろうか」
気が変わってしまったのだ。私はくだらない人間なのだ。
私が住まいに帰ったあと、八重は私にしがみついた。そして押し倒されてしまった。私は身体は弱いけれど、背丈はあるし、骨と皮だけというわけでもない。ただ、彼女に抵抗する理由が私にはない。
八重は私の着ているものを開けさせた。肌が露出して、彼女はそこに頬を寄せた。私は戸惑った。けれど私から彼女に触れるのが怖かった。彼女は脚と脚の間を撫で摩る。私は慄然とした。暫くそのような行為はしていないし、八重と共に逃げてきてからは一人で処理をするのにも躊躇いがあった。
私は彼女にだけは、この反応を見せたくなかった。彼女に男体に対する恐怖心というものを植え付けたくなかった。私は建前でも彼女の兄でありたかったというのに、本音はそうではなかったから。
私のものは簡単に変化を遂げた。だらしなく彼女の目と鼻の先で勃ち上がった。
「八重……恥ずかしいものを見せてすまないね。向こうに行っていておくれ。すぐに、」
私は慌てた。これでは八重は、警戒心を持って私と暮らさねばならなくなる。私の元を出たいあまり、おかしな男に頼り、不幸な目に遭ってしまうかも知れない。
八重は顔色ひとつ変えず、やはり廃人のような昏い目をして、私の恥部を舐めた。私は驚いてしまった。そして肉体が味わう久々の甘美な刺激に、私の薄弱な意志は傾きつつあった。彼女は私のものを舐め、口に含み、頭を動かした。私は本気を出せば八重を拒むことはできたはずなのにそれをしなかった。私は後見人も失格だ。彼女から汚いものを離させることもしないで私は床に爪を立てていた。今動けば、彼女の小さな喉を突き上げてしまいそうだった。
「いけないよ……八重…………いけない。君には、結婚だって……八重、嫁入り前の君が……、こんなんじゃ………」
けれども八重は私の不浄を舐め続け、私はそろそろ達してしまいそうになった。
「八重………口を離して!八重………いけない!ああ……ッ!」
私も口ばかり。彼女を離させるなど簡単なのだ。けれど私はそれをしなかった。守らなければならない娘の口に私は恥ずかしい膨張を自ら突き入れて、そこで種を放った。久々の射精に私はうっとりして、それは肉体的なものだけではなかったからなお、その後すぐに押し寄せる悔いは大きかった。
八重は最近になって一人で自分の身を清められるようになった。それまでは私が洗っていたということだ。眠るときも、彼女は私に寄り添わなければ寝なかった。私の気持ちは掻き乱される。しかし私は八重の伴侶に相応しい人間ではない。私は垢にまみれた、薄志弱行の、狭量な人間なのだ。一度は夢見た相手との、夢見た夫婦生活。選び取るのが怖かった。
だから私は八重を早いところ、嫁に出してしまいたかったのに……そしてその相手を見つけて、あとは彼女にそのことを相談するだけだったのに……私というろくでなしはあろうことか命を賭けても守らなければならない娘に欲情しているのだ。肉欲に身体を火照らせている。
八重は着物の裾を割り開いて、まだ強欲に天を衝く私の醜態に跨った。何故私は止めなかったのだろう。何故私は止めない?私は獣だった。村の在り方を非難できるような高尚高潔、義心の徒ではなかった。
吉野に済まなく思いながら、私は私に跨る八重を突き上げた。苦しそうだったのに……痛がっているようだったのに、私は止まらず、肉体のもどかしさに辛抱せず、私より小さく私より細い、守らなければならない相手を貫いた。
「すまない、すまない、八重………赦しておくれ…………赦しておくれ」
赦されるはずはないのに、私は腰を止めずに八重を突き上げ、彼女との交合いの喜びと背徳感、罪悪感にすっかり酔ってしまった。すべてが糖蜜に酒を混ぜたみたいだった。
八重は私に養われ、私が彼女の生活を維持している。対等でない彼女が気を遣ったに違いはなくて、私はそれをよろしくないと思いながら甘受している。最低だ!
軈て私は彼女の中にも種を吐き出した。私の情動は止まらなかった。彼女を床に引き倒し、娼婦にしたように、街娘にしたように、顔を擦り合わせて抱きたくなった。けれども私は捨て放題に投げ捨てた理性を払底させることはできなかった。
「こんなことはいけないんだ、八重。君は嫁入り前で、君を想ってくれている人もいる……縹緻もいいし、人当たりもいい。育ちも悪くはないのだろう……八重、いいね、こんなことは………」
けれども八重は、私の唇を塞ぎにかかった。
いけない。こんなことは………
一日の業を終え、2人きりになる。すると八重は私を抱き、私も八重を拒まなかった。拒むべきところで、拒まない。そんな生活を続けた。八重が私に櫛を渡した。土で汚れ、金箔の剥がれたそれを私は知っていた。そして直感したのだ。
予想通り、八重の腹が膨らんだ。当たり前だ。私たちはほぼ毎日のように身体を重ねた。
私の子が、産まれる。桜の咲く季節に。私はその子供が男児だと思った。私が細い首を捻ってきたのは、圧倒的に男児。花ヶ住村の柵は、きっと私たちを解き放ちはしないだろう。
「幸せになろう。君の弟にもこのことを告げるよ。君には嘘を言ったけれど、弟は生きているんだ。君の弟は、今、都で……」
私は涙が止まらなかった。そんな私を八重は抱き締めてくれた。
吉野を預けた偏屈な爺さんへ手紙を宛て、叔父になることを知らせた。
それから私は、彼からの返事によって、"ある狂者"によって花ヶ住村の村民は全滅し廃村したこと、同時に私の兄・紅梅千花も病没していたことを知った。他にも零花部落が解体されたこと、自分は甥姪に会う資格のないことが記され、くれぐれも姉とその子供を頼むと重ねて書き添えられていた。
【完】
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