18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-2

結局は俗物( ◠‿◠ )

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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年

熱帯魚の鱗を剥がす 37

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 インターホンが鳴る。そのとき朋夜ともよは甥の腕の中にいた。震える手を振り払えない。彼は怯えている。
「出ないと……」
 胸のざわつきがないでもなかった。しかしその予想とは反するかも知れない。
「行かないで……」
 とうとう身動みじろぐ隙も与えないほどに京美みやび は叔母のいましめと化す。
「配達の人かも知れないから……」
「やだ」
 リビングの窓際で、義甥は朋夜にしがみついている。日光浴をしながらまだ寒がっているみたいだった。
「京美くん……」
「行っちゃやだ」
 彼は叔母の耳元に埋めていた鼻を逸らすと、一、二度の小さな咳をした。そしてまた彼女の匂いを至近距離で吸い込む。
「困らせないで」
「放したくない」
 インターホンは一度だけだった。配達員だったならすまないことをしたと朋夜はそれを気にしてしまう。要領のいい専業主婦でないことが日頃から彼女に負い目を抱かせているのだ。そして働いている者に無駄足を踏ませたことが、また彼女の罪悪感に触れるのだった。
「放したくない……放したくない……」
 彼は虚ろに呟きはじめた。嫌な予感は玄関扉の奥ではなく、間近にあったのだ。
 叔父を襲った病魔と同じものが降りかかっている。このことは若い少年を内側から蝕んでいるようだった。最近、時折り、癇癪のようなもの起こす。暴れたり騒いだりはしないけれど、叔母に抱きつき、情緒不安なことを口にする。
「京美くん……?放さないよ……」
 朋夜も甥がこの状態に入ると恐ろしくなった。殴る蹴る首を絞めるということは確かにない。落ち着け方も分からなくなる。死が迫っているという状況が、彼女には理解しきれないのだ。病臥する夫の傍にいても尚、彼女にはすべてを理解することができなかった。
「放すよ、朋夜は俺を放す……」
 青褪めているのかと思うほど白い肌に涙が伝う。彼はこの頃泣いてばかりいる。
「放さないよ……?」
 同じやりとりの繰り返しだった。こうなると、放すと言ってしまったほうが彼も楽なのではあるまいか。すでに漫才と化している。
「嘘だ。朋夜は俺を放して、どこか遠くに行くんだ……」
「離れたいのは、京美くんのほうだったりして……」
 彼は壊れかけたモーター音みたいに唸った。ポルターガイストの如く震え、それはかじかんでいるのかも知れなかった。
「朋夜……朋夜………」
 わなわな振動し、そして叔母を自身から勢いよく剥ぎ取ったかと思うと、ソファーへ押し倒してしまった。
「朋夜……!朋夜」
「京美くんっ!」
 彼は仰向けになった叔母に覆い被さって抱き締めた。揺れる乳房へと顔を埋める。
「朋夜……朋夜………朋夜………」
 匂いを嗅ぎ、頬擦りし、顔を埋めて止まった。情緒不安定な少年を刺激してしまった自覚がある。彼女は強く拒めなかった。乱暴にされる胸に小さな痛みがあるけれど、それを訴えられずにいる。
「京美くん……落ち着いて。放さないから……」
「放す……朋夜は俺を放すから、ちゃんと帰ってくるようにしないと……」
 彼は這い上がって、叔母の首を吸う。
「痕が……」
「ついたよ。俺の朋夜……」
 皮下に小さな赤薔薇が咲いたような箇所を、彼は嬉しそうに啄む。
「帰ってきてね」
 こういうときばかり、寡黙な義甥は饒舌になる。
「帰ってくるから……安心して。京美くんところに帰ってくるから……」
 しかしそれで満足し、納得する少年ではない。京美は叔母の顔を覗き込む。見た者が朋夜でなかったら、その悩ましい表情の帯びた艶に眩暈がしたかもしれない。ところが朋夜でなければ彼はこのような精神の不均衡に苛まれこともなかったのであろう。ゆえに詮無い仮定である。
「身体で覚えて、朋夜……俺のこと忘れたら嫌だ」
「そんなことしなくても、忘れないよ……?忘れるわけないよ」
 彼女は焦った。どうにか愛撫を回避しようとする。流されてしまうことを知っていた。特に陵辱の肉録を元にした自涜の快美を知ってから、以前よりも鋭利にこの甥の指先に反応してしまうのだ。
「嘘だ。忘れる。俺が死んだ後に、他の男に抱かれて、忘れる。思い出してくれるの?俺のこと、誰と一緒になっても……」
 潤んだ眸子に彼女も眼を掴まれた。
「京美く……」
 彼の掌が腿の側面を撫でる。デニムの下の肉感を愉しんでいるようである。摩擦によって火傷しそうだ。
「好きだよ、朋夜」
「う、うん……ありがとう……」
「好き……朋夜、好き。好き」
 薄い手が腿と腿の間に挟まれにいく。
「わ、わたし……で、出掛けなきゃ……」
「じゃあ、すぐに済ませる」
 繊維を撫で摩っていた京美は叔母のジーンズパンツから薄手のニットへ執着の先を移す。赤みの強いピンク色の編み目が彼女の大きな胸の穹窿きゅうりゅうを生々しく魅せる。彼は鎖骨側からの丘陵きゅうりょうを辿らず、いきなり山頂に居座った。しかし揉みはしない。
「朋夜、ここでイこうね」
 乳頭によって快楽の頂点へ昇らされるのだ。後ろ暗い期待に甘く胸が疼く。
「だめ……そういうこと、しないの……」
「する」
 抵抗は弱かった。京美は濃いピンク色のニットの裾を下着ごと捲り上げた。水色のブラジャーが柔らかな脂肪を窮屈そうに押さえている。溢れそうだ。
「恥ずかしいから……」
「綺麗だよ、朋夜。ブラジャー、かわいい」
 ハグロトンボの胴体を思わせる長い指が、表面張力を起こしているかのようなたわわな肉感と肉感の渓谷に挿し込まれる。
「柔らかい……」
「京美くん、おっぱいが好きなの……?」
 これは時間稼ぎであった。そして揶揄によって彼の目が覚めるのではないかとも考えた。
「嫌いじゃないけど、好きでもない。朋夜がいい。朋夜が好き」
 義甥はブラジャーと捲られて裏返しになっているインナーの間でふっくら盛り上がる餅のような大丘と大丘の接線へ顔を埋めた。微かすぎるほど極めて微かな叔母の汗の匂いと、洗濯用洗剤の移香うつりが、そしてボディソープの残り香、保湿クリームの匂い、彼女本人の匂いと、それから狙った若い女から薫る誘惑に、彼はてられてしまったらしい。窒息死したのかた見紛う。ただ朋夜は胸に息吹を感じる。
「大きいほうが好きだけど、朋夜が大きかったからかも」
 彼は顔を上げた。遠い陽炎を望むような蕩けた眼差しである。
「髪も、肌も、背丈も、全部、朋夜と同じの人じゃないと、気にならなくなっちゃった……」
 唇が降りてくる。彼女は首を曲げて避けた。甥の接吻を受け容れるわけにはいかない。
「キスして」
 躱されたからといって諦める甥ではなかった。着地点変更はない。横面にも口はある。彼は口角を吸った。頬を舐め、眉尻を啄む。手はすでに叔母の胸にる朱粒を摘んでいた。くりりと微かに捻られてしまえば、たちどころに身体の芯から熱がみなぎる。
「あ……っ、」
「急いでるんでしょ?すぐイかせるからね」
 加減をしながら両胸の弱味を抓られれば、朋夜は腰をよじり、それでいて股を甥へと擦り付けているようだった。
「あ……っあ、んん……っ」
「かわいい……」
 朋夜は踵でソファーの座面を蹴る。甥はうっとりと叔母の嬌態に見惚れていた。己の巧みでいやらしい指遣いによって女を悶えさせているとは思えないほどに、純真な感動を覚えているようだ。顔と腕が同一人物のものとは思えない。
「や………ぁあんっ」
「朋夜……好き。好き……すごくかわいい」
 どろどろに熱して溶かして濃厚なチョコレートだの蜂蜜だの黒糖だのを次々と耳に注がれているような、甘たるすぎてからさまで感じられる独り言だった。
「みやびく………っ、だめ……!もう、放して………おっぱいで、」
「おっぱいでイきそうなの?」
 淑やかに微笑する美男子に、彼女は構っていられない。淫らに捏ね回されて、下腹部の中の活力が膨らみつつある。絶頂が差し迫っているのだ。
「い、痛いのよ……痛いわ……!」
 嘘である。痛みなどない。痛みなどないがゆえに、彼女は焦っていた。痛みさえあれば、腹の中に埋もれた焦燥にたじろぐこともなかったはずだ、ら
「痛い?じゃあ、舐めておかないと」
 甥は朋夜の眼を覗き込み、あざとく首を捻った。朋夜の邪悪さに比例した美しさを誇る弟とはまた異質の小賢しさであった。
 指の腹に撚られてもひしげることなく天を衝く小振りな勃起が甥のノースポールみたいな唇に消えていった。敏感な箇所が生温かく包まれる。
「あんん」
 舌先で転がされるだけではない。唇で扱かれ、吸われるのだ。空いたほうの胸にはまだ悪戯好きの指先が纏わりつき、倒しても起き上がるものを挫こうと嬲っている。
「ゃ……あん」
 腰が揺れる。甥もそれが堪らないらしい。彼も身悶える。互いに下半身を擦り合わせる。
 乳を吸われ、朋夜は混乱する。様々な感情が混ざり合うのだった。淫欲と庇護欲がせめぎ合っている。乳頭を捉えられては、彼女は弱かった。嫌がらなければならぬ手は、京美の艶やかな黒髪を撫で、梳いてしまっていた。それが彼の口淫を助長する。
「あ………ぁっ、京美く、」
 彼女の上体も忙しない。劣情を煽る指技舌技に奔放され、被虐心と庇護欲が混同した。すべてを忘れ、さらなる快楽を望んでしまいもする。だが理性も捨てきれない。自身の中から生まれる誘惑も顔を出し、大人といっても差し支えない年頃の男を、児童や息子と錯覚する。そしてそういう幼い子どもに陵辱されることに身体の芯が深く疼くのだった。
「吸っちゃいや………あんっ」
 離れたところを擂られておきながら、かもどかしくも下腹部の中に熱が集まっていく。太陽を孕んでいるみたいだ。
「だめ……っ、あ、はぁん………ごめんなさっ………」
 唇越しに歯を立てられ、朋夜はまったく触られてもいない朱門をうねらせた。幻影に似た快楽がその一帯を駆け巡る。
「変なの、きてるから………っ、ああっ!」
 身籠った熱が爆ぜる。彼女の全身が引き攣った。視界は明滅し、心地良い温度のプールに沈められたような浮遊感と耳の閉塞感を覚える。
「……朋夜、かわいい」
 快楽の余韻から抜け出せずに腰を揺らす叔母の背骨を粉砕するつもりなのか、京美はぎちぎちに固く抱き締めた。
「前よりえっちになってる……誰かに抱かれたの?」
 身動みじろぐことも赦さないほどきつく、己の腕で叔母を縛りつけ、彼は彼女の耳朶を舌先で弾く。
「あ………ああん………」
「かわいい………かわいい…………朋夜、朋夜、好き。好き………かわいい、苦しいよ……」
 朋夜は力が入らなかった。息ができないほど強く締め付けられたかと思うと、途端に放される。義甥が身を退いたのだ。しかし彼は自分の下着を下ろし、そそり立つものを露わにした。大振りで、血管の浮き出た、憤怒や暴力といったものを連想させるグロテスクな肉砲が、彼の引き締まった肉体とほぼほぼ平行に反っていた。
「だめ………、だめ……京美くん………いい子だから……」
 彼女はやはり力が入らなかった。座面の上で向きを変えられてしまう。下肢を覆う衣類を抜き取られてしまう。ブラジャーと同じ色のショーツは蜜糸を紡いで、肌から去っていった。彼女はほぼ裸体と変わりがなくなってしまった。隠したいところは隠せていないのだ。
「だめよ……っ!やめて!」
「好きだよ。嫌われても、ずっと好き。大好き。愛してる」
 拒否の声は届かなかった。甥の手は叔母の括れを掴み、腰を一気に進めてしまった。花門は呆気なく打ち破られる。
「ああああっ!」
 溢れ出た泉が潤滑油代わりになって、抵抗も虚しく、彼女の絶頂したばかりの蜜壺は圧迫される。隘路は削られ、淫玉の裏側を的確に貫かれると、またオーガズムに達さざるを得ない。
「あ………あ………だめ、なのに……」
「ごめん……ゴム、忘れちゃった。外に出すから…………あ、ナカが………締まって………」
 女を悦びに至らせたときの激しい収縮を、牡のさがは逃せなかった。このわずかな時間を惜しんで、甥は腰を速めた。この滑稽な動作に、朋夜も猛烈に感じてしまう。
「あ、は……ッあ、あ、あ、あんっ!」
「朋夜………朋夜、朋夜、朋夜ぉ」
 麗しい獣と化して、甥は咆哮し、抽送に励む。ソファーが喚いた。ピストン運動する肉楔の感触と乾いた音だけでなく、軋みがこの交合を生々しくする。
「あん、あっ、ゃあんッ、みやびく、ああんっ」
 しかかる男体との間に肘を割り入れる。しかし京美はその隙間を埋めたがる。肘を痛めそうなほど、彼は叔母を抱き締めた。普段は汗のひとつもかかず、冷えた身体に濡らされ、蒸らされている。
「ごめ……っ、やっぱ外出すの、ムリ………っ、朋夜………、好き、朋夜……」
「中はいや……っ、京美くん………っ赤ちゃんデキちゃうからッ……!んぁっだめぇっ!」
 平生へいぜいの、理性の輝きが、もうこの麗獣にはなかった。ひたすらに牝へ胤を注ぎ、それしか意義のない哀れな存在であるみたいだった。否、肉体の苛烈な悦びひとつだけで、その尊大さすらうかがわせる優美な気品を、自ら破壊するのも厭わない。
「好き、朋夜、好き………好き、………あ、あぁ………ッきもちいい」
 甘えた媚声を耳元で漏らし、硬く大きく膨らんだ肉銛に出入りされてしまう。
「京美く………あ、あんっ、だめなの…………!」
 ところが肉体は、義甥をひとりの番い、伴侶、恋人、夫、繁殖相手と判じてしまう。胤を搾り取ろうと牡杭を食い締め、引き絞り、扱くのである。こうされてしまえば、男は逆らえなかった。引き抜く選択を奪われたも同然である。あとは牝の腹に放精するしかない。そして義務も権利も責任も忘れ、それがこのときの存在理由になってしまうのだった。
 冷淡で薄情だった美男子の汗が散る。朋夜もまた、自身の熱だけでなく、牡の体温によって玉の汗をかいている。
「あ………っ、朋夜………外、ムリだ………っ、ごめんっ、―うぅっ」
 一際強く、甥が腰を突き入れた。ソファーが叫ぶ。
「ああんっ……あああッ!」
 怒涛が彼女の意識を攫っていく。脳天を突き抜ける龍をみたような感じだった。腹の中では胤粘液が大量に迸り、今頃は父親と母親の意思も関係なく、子を為さんと競争しているのかも知れない。
 京美は射精を終えても緩やかに内部を掻き回していた。とろんとした目は虚ろである。恍惚に浸り、叔母の唇を吸う。
「あ………あ……」
「好き。朋夜、好き。好き。好き、好き、好き。離れたくない」
 発火点に辿り着き、あとは冷めていくだけだった。巷でよく聞く睦み合う男女のすれ違いとは、些か逆転している。
 咳をしながら頬擦りし、接吻を求め、または乞う男に反し、女は冷たくあしらう。
「離れて、京美くん。だめだわ……こんなの、だめなの」
 叔母は甘えたがる美男子の肩を優しく叩く。この緩やかさが、終いには彼女を追い詰めることに、自分で気付いていないらしい。
「朋夜……」
「わたしは貴方の叔母さんよ。歳も離れてるから……今だけの気の迷い。ね……?京美くんの思うような人間じゃないから。年上の女の人に、憧れがあるだけなのよね、?」
 努めて冷静に、朋夜は甥を諭した。腹に沈められているものは、まだ勢いを保っている。それが、最奥を撞きにかかる。
「あっ、!京美くん……!話を聞いて……っ」
「朋夜が好き……朋夜が好き……朋夜が好き……俺は朋夜だけが好き。朋夜が一番、かわいい。離したくない………」
 叔母にはもう何も喋らないつもりなのか、彼は唇で朋夜の唇を塞いでしまう。舌を捻じ込み、拒否など赦さない。





 あまりの疲労に、甥を乗せたまま眠ってしまっていたのまでは覚えている。しかし目が覚めると、服装が整えられていた。腹にはブランケットまで掛けられている。朋夜は起き上がり、ソファーの上で膝を抱いた。
 またもや義甥と身体を重ねてしまった。
 男は年の近い、それかもしくは年下の女が好きなのである。若く健康な個体に惹かれる。それが手近にいる限りは、本能に沿って、そうでなければならない。そうでなければ生き物の摂理ではない。交際相手が年下の女に惹かれたのは自然だ。道理であった。同い年の男を選んだ自身の咎ではあるまいか。昔、何度もそう言い聞かせては溜飲を下げたではないか。
 朋夜の目蓋の裏にちらつく青年は、誤りである。夫を亡くしたとはいえ妻である。甥もいる。この暮らしが幸せで、甥の病が懸念事項。
 玄関ホールから数度続く咳が聞こえた。
 全身は重く、腰に鈍痛がある。だが彼女はソファーから降りた。下半身はショーツだけである。身体を縦にすると、数回出された甥の情液が流れ落ちてきているのを感じた。
「京美くん」
 玄関ホールでは、京美が口元に肘を当て、げほげほやっている。その手には封筒が握られていた。行政から来たものではない。
「ドアポストのほうに入ってた」
 このタワーマンションは、造りこそ立派だが、エントランスの受付近くに集合ポストルームがある程度で、オートロックが付いていない。ゆえに高層階にもドアポストがついていた。そこにマスタードを思わせる色味の封筒が入っていたという。ぴたりと止まった怪文書であろうか。糸魚川いといがわ瞳希とうきかもしれない。しかしふと、彼女は小さな電撃に打たれた。
「か、貸して」
 朋夜が飛びかかる。だが甥は、そう易々と渡しはしない。
「誰……?またストーカーの?」
「違う、と、思う……」
「じゃあ、誰?中、見ていい?中見たら、俺のこと、嫌いになる?」
 彼女は黙った。肯定も否定もできずにいたのではない。甥のことなど嫌いになれるはずもなかった。返答に遅れてたのは彼の問いのためではない。自身で直視できない感情のためだった。
「朋夜……?」
「うん。開けてみて……」
 白百合を思わせる指と、芥子からし色がどこか不釣り合いだった。引っ張り出された中身は短冊のような紙だった。京美が裏表を確認した際に、朋夜にも手書きの字が見える。
 甥が字を読み、そして彼女に渡す。
「喫茶店でピアノのコンサートだって」
 2枚入っている。悪筆家なりに丁寧に書いたらしいインキが、紙面をのたくっている。横に書かれた絵は、ネコなのかウサギなのか、はたまたクマなのか分からなかった。それを眺めていると、喉がつかえた。胸がちくちくと痛む。呼吸とはまた別の息苦しさに襲われる。
「……そう。ピアノを聴かせてくれるって、前に言ってたから。それかも」
 先程まで激しく犯されていたなどとは思いもしない、さっぱりとした有様であったが、それは朋夜の演技であった。
「行くの……?」
「行かないで、ほしい?」
 卑怯な訊き方をしてしまった。口にしてから気付く。
「行きたいの……?」
 彼女はまた、返答を逃す。
「行ってきたら。手書きでわざわざよこしたんだし……」
 封筒に切手はなかった。宛名も書かれていない。糸魚川 瞳汰とうたの名が記されているのみである。彼女はその悪筆を見ると、眼球が熱くなる。とはいえ下手な字に怒りを覚える性分ではない。甥に性交を迫られる以上に、感情を揺さぶられてしまうのだ。
「うん。行く」
「でも俺は行かないよ。ただ、外で待ってる」
「そんな……外で待つの?結構かかるんじゃない?わたし1人で行けるから」
 京美の昏い双眸は叔母を捉えている。
「朋夜は自分の魅力に気付いてない……魅力云々てだけじゃないんだ……」
 彼はけほ、といくらか浅い咳をこぼす。
「だ、大丈夫よ……あ、そうだ。じゃあ、糸魚川くんに送ってもらうよ。瞳汰くんに」
 上擦った声音になり、わざとらしくなった。ピアノコンサートの出演者で、その会場である喫茶店のアルバイトである。観客を送っていく余裕などあるだろうか。朋夜も本当に、糸魚川瞳汰に送るよう求めるつもりはなかった。この怪しい咳をしている甥を外で長いこと待たせるのは躊躇われる。つまり、彼女の出任せだった。
「……分かった」
「ありがとう」
 ずい、と京美は叔母に迫る。血の繋がりがあろうとも、異性ならばそこまでは詰め寄らない、パーソナルスペースを無視した近さであった。
 痛みと恐怖こそなかったが、暴力的な快楽を与えた個体に、無意識な畏怖の念が出てきてしまう。踵が浮きかけて、後退りそうだ。
「ど、どうしたの……?」
「俺に、ありがとうなんて、言うなよ」 
「な……んで?行かせてくれて、嬉しいもの。ほら、わ、わたし……専業主婦でしょ?おうちのこと、するのが……当たり前だから……」
 いつかこの義甥も、そのようなことを言っていた。専業主婦は家にいろ、家のことをするのが仕事だと。掘り起こすのが苦々しい思い出だが、つい最近のことのようにも思う。
 京美の眉根が歪む。
「ごめん……俺の言ったことだよね。朋夜を外に出したくなかった。俺の知らない人に会ってるのが怖かったんだ。赦してくれとは言わないから……朋夜。自分を縛りつけないで」
 京美の腕が背に回る。朋夜はまた別の苦しみに睫毛を伏せた。応えられない。そしてこのような好意をぶつけられていい人間にはなれなかった。あれこれと考えやすい気質なのである。
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