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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年
熱帯魚の鱗を剥がす 36
しおりを挟む背徳感が媚薬になったわけではなかった。ただ己の悍ましさを克服すること、味方にすることで不均衡をどうにか均衡へ持っていこうとしていた。そのために、いけないと分かっていながら、朋夜は陰核を捏ね扱き、膣を弄る。
自分に肉欲をぶつける血縁外の2人の男の姿ばかりが蘇っておきながら、年齢にそぐわない白痴さの否めない無邪気な笑顔が頭の中に瞬間的に紛れ込む。後ろめたさ、息苦しさ、不快感を生むことで快感を期待する。泣きたくなる心地を誤魔化すために濡れた肌を慰める。
「あ……、んぅう……っ」
昼間のリビング、ソファーの上で彼女は身悶える。まだ弟の盗聴器が仕掛けられている可能性があったけれど、その恥じらい、後から訪れるであろう嘲謔を然るべき自身への罰とした。昂った肉体はすでに混乱に似て、抑制も利きづらくしている。
「あっ、ああ……」
彼女は卑猥な音を掻き鳴らしながらラストスパートをかけて身を震わせた。快楽の澎湃。そして余韻は引潮。次にやってくるのは後悔と落胆だ。何故、性欲を抑えきれなかったのか。朋夜は嫌気に襲われ、それを払拭することもできずに家事へと移る。
身体は朗らかで清々しかった。しかし胸のあたりだけが妙に苦しい。甘酸っぱいものを突如閑散としている口に入れたときのような頤の引き締まるような痛みに似ている。その原因を彼女はおそらく分かっていて、認めないのだ。向き合わない。知りたくない。そうしていなければ、激しい自己嫌悪と羞恥心に苛まれることになるのを薄らと計算してしまっているようだ。義甥や半弟に深々と触れられたことよりも恐ろしいことだと告げているのだ。もはや理屈ではどうにもならない。それはおそらく彼女が自ら凝り固めた矜持を揺り動かすに違いない。自分で狭めたハムスターのトンネル玩具じみた世間体に身を縮めて進むしかなくなる。
だが……彼女は作り変えられている。黒い靄に隠して誤魔化し糊塗して蔽虧したものによって、朋夜は己の変化に戸惑う。
会いたい……会いたい、会いたい……
昼飯を作ろうと包丁を握るが、手につかないのである。ニンジンは白刃を寸前にして脅されている。
苦しくなればなるほど、都合の良い考えが浮かぶ。どうすれば解放されるのか、或いは緩和されるのか。彼女はまたその解決策、治療法も心得ていた。ちょうど良く、そうするだけの口実があったのだ。だからつまり、謝り、礼を言いにいくだけの事柄があった。これは朋夜の中で湧き起こる衝動、目の前のことに対する停滞を解くための方法と合致していた。それでいて迷っている。
会いたい……会いたい。
会いたいのだ。彼女は野暮ったい、貧相で滑稽な痩身の青年に会いたいのだ。すでにニンジンを切り終えていてもいい頃だったが、いちょう切りにされたものは1枚ほどしか増えていない。昼飯に対する執心も今はなかった。微熱が出ているときのようなぴりぴりとした奇妙な血潮の滾りが指先そして足先を巡る。調理どころではなくなってしまった。
朋夜は作り変えられてしまった。忌まわしく悍ましく穢らわしい感情から逃げて、彼女は今日何度目かの自慰に耽ける。義甥や半弟と肌を重ねた事実よりも向き合い難いことなのだ。いくつも年下の子供みたいに迂愚な歌唄いへ恋心を寄せるなど。彼女は混乱する。義甥や半弟、あの者の不埒な双子にされたことを思い出してその矜持を傷付け、肉体を昂らせた。水壺は甘く腫れて蜜を溢れさせた。拒絶を訴えながら快楽を淫らに叩きつけられて、いつのまにか肌は虜囚になっていた。
ソファーの上に寝転がって身悶える。考える隙を与えてはいけなかった。理性によって彼女は身を燃やしにかかる。
指先に自身の蜜を纏わせ、牡どもに好き放題突かれ、抉られ、擦りつけられた箇所を柔らかく掻いてみるけれど、彼女は自身の抽送では達せなかった。多少の快楽はあれど速歩きのようなものでしかなかった。己の後ろめたさを塗り潰せるほどはなく、むしろまた別の厭悪を生むだけだった。朋夜は自分の不器用さを理解しなければならなかった。そして桃紫色の真珠貝を擂る。
「あ……あ、あっん……」
鋭い肉の悦びに踝が軋る。
『何してるの、朋夜さん……』
野暮ったいほど清楚な青年が、眉を顰め、自慰に励む女を見下ろす。蔑んでいる。
膨れた真珠鞘が指の腹から逃れる。激しくなっていくはずの律動が止まってしまった。朋夜は欲熱なのか悲哀なのか、潤んだ瞳を見開いて、くしゃと顔を歪めた。肉体が冷めていくのが恐ろしい。
『朋夜……朋夜………―』
悍ましい沼へ一歩踏み入れてしまえば、あとは底もなく、呑まれ、溺れるだけである。それは身投げだった。応えるべきでない、応えてはならない者の諄々しい求愛と憐憫を誘う訴えが毒々しく甦る。
『朋夜……』
汗の雨を降らせ、夢中になって腰を揺らす様は文化文明それから理性のある世界に住まう生き物とは思われない。
「あ……んっ……」
世間的に赦されない、また朋夜自身良しとしない相手に舐め回されたときの感覚を耳や首筋、股の奥へと馳せる。核心的な性感帯を捉えた指遣いが勢いを増す。情欲の気焔に薪が焼べられていく。途中でやめてしまうことはできなかった。後悔を予見しても、オーガズムへ駆け抜けることしか考えられない。
「ん、ああ……あん」
全身が湿っていた。仄かに肌を薫らせ、ソファーが小さく呟いている。座面の上で、彼女はそうするには忌まわしい関係の男と交尾をしていた。怨念かと紛うほど甘い言葉を囁かれ、彼は自己暗示みたいにそのたび強靭な腰を打ちつける。艶やかな髪を前後に靡かせ、弧線を描く目蓋からは長い睫毛が伸びて照る。通った鼻梁の奥では形の良い冷淡げな唇が情炎に焦がれて引き結ばれているのだろう。
音吐もなく口だけが動いて彼が何か要求する。朋夜は首を振った。鉾を納めた腹を左右からがっしりと掴み、これ以上は彼本人の腰が千切れるほど抽送する。
『だめ………だめっ!中は………っ』
以前の会話がそのまま再現された。
『我慢、できないよ………出すから………っ朋夜……ッ!』
喉を焼き切って二度と声が出せなくなるような呻めき方をして、彼は朋夜の子城めがけて白粘液の津波を起こしたのだった。あのときは。
朋夜は不道徳な相手との、不本意だったはずのセックスを記憶の中から手繰り寄せ、発散までの階段を一気に昇ってしまった。
「だめ、だめ………ああんっ」
『赤ちゃん、できちゃうから……』
性交中の興奮した状態での拒否としてはむしろ逆効果であった。義甥の子を孕んでいたかも知れない嫌悪、厭悪、羞悪、拒否感が却って彼女を燃え上がらせた。その恐ろしさと背徳感は被虐心にも似ていた。しかし思考放棄への願望にも近かった。出会った頃はあどけなく可愛いらしかったが、いつしか逞しさ頼もしさを持っていた少年の哀願、切望に応えられないことへの……
彼が亡父の掌中の珠でなかったら。いいや、この綾鳥朋夜という女の性分からしてできなかったであろう。年下の男の気紛れを知っていた。そして年下の女に惹かれた男のことも他人事ではなかった。何よりも小心者である。
「ん………、もぅ……っあああ!」
仕上げとばかりに核珠を磨くと、彼女は甘く鳴き叫んだ。収縮が治まるまでソファーに体重を預けていた。息を切らす。余韻は短かった。痴の沙汰ともいうべき妄想が衝天の域に達したの同時に雲散霧消すると、今度は掻き消して塗り潰したはずの重苦しい姿がまたもや脳裏で明滅する。
自涜は気分転換にはならなかった。むしろ二重の疚しさを背負うだけであった。
うっかりを寝返りをうったのか、それとも投身のつもりなのか、彼女は座面を転がり、床へと落ちた。そしてカブトムシの幼虫みたいに丸まった。
家にいてはだめになる。彼女は外にいるあらゆる厄介事を忘れた。映画で観た生きた死体みたいに朧げで虚ろに、蹣跚とした足取りだった。何かから逃れたい。そしてどこへ向かおうともそれはついてくるのである。追ってくるのである。鞭で臀を叩かれた競走馬ほど猛々しくはないものの、ふらついた感じの否めない足はある方向を目指していた。目的地などないはずだった。マスターベーションの際の慣れない体勢によって鈍い痛みがアスファルトと共謀して背骨と腰骨をせせら嗤う。それも鞭であった。気が触れたような朋夜にとって、その痛みは何を強く想起させるのか。
彼女の足は元職場に向かい、しかし通り抜ける。公園を通り、或る民家の前まで来てしまっていた。そして彼女は手土産のないことに気付くのである―が。
「綾鳥さん」
我に帰るのとほぼ同時であった。唯一にして多くない利といえば、痴態を自覚する間を奪われたことだろう。
朋夜はとある民家のベランダを仰いだ。爽やかな青年が、これまたよく晴れた空を背景にこちらを見下ろしていた。手摺りを越えてスマートフォンを触っているのが危うげだった。
彼女は踵を浮かせた。靴裏がアスファルトを擦る、元来た道を帰らず、別のルートを辿った。頭が真っ白になっていたのは、浮気性で女卑思想のろくでもない男に姿を見られてしまったからか。
「綾鳥さん」
今までされたことを考えれば、変質者同然である。糸魚川瞳希は変質者の強姦魔の浮気男だ。朋夜は走って逃げるべきだった。隠れて逃げるべきだった。だが彼女は賢くなかったのだ。何よりもこの愚鈍な女の頭の中にあったのは、そういう危うさではなかった。この哀れなほど愚かな女にとって、このろくでもないすけこましは今、他の要素の付属品としてしか良心の呵責を苛むことはない。
「綾鳥さん」
肝の小さく意気地のない彼女は無視すればいいものを、態々立ち止まってしまう。あからさまに顔を顰めて振り返る。
「どうかなさったんですか。兄に御用が?」
彼女は答えなかった。眉根に刻んだ皺を濃くして、それが返事のようなものである。
「兄なら家に居ますよ、今」
「ただ通りかかっただけです」
「随分と大がかりに通りかかるんですね」
糸魚川瞳希は朋夜へ歩み寄る。
「急に走り出さないでくださいね。この辺って入り組んでいるので、飛び出されたりすると大変なんですよ。悪いのは車のほうになりますけれど、正しさでは命の保障なんてできませんし」
「急いでいるので……」
「急いでいるのなら通りかからないでください。綾鳥さんをみたら声を掛けたくもなります。上がっていってください」
糸魚川瞳希は危ない男である。
「来てください。兄も喜びますよ」
恐ろしくなってしまった。朋夜は忽如、寒気に襲われた。顔を見たいと思った相手と会えるのである。しかしそれは限界まで膨れ上がった風船に針を近付けるほどに神経の大胆さと繊細さを要するものだったのである。
「急いで、いますから……」
「この前は、京美くんのお父さんとの3P、兄に邪魔されたじゃないですか。欲求不満で、ぼくに抱かれに来たのかと思っちゃいました」
「そんなこと、あるわけないでしょう!」
「いいんじゃないですか?ソロラト婚だかレビラト婚だかいうじゃないですか」
異性の家族がいると告げたとき、卑猥な妄想を広げ、それをあたかも己の先鋭的なユーモア、距離感の誤りに気付かず、或いは意図的に女を辱めて手前で満足している下劣で下品、無礼な男が学生時代に幾人かいたことをふと思い出す。
憤激する前に退散するだけの能は彼女にもあった。足を止めた甘さに、また反省しなければならない事柄が増える。
「綾鳥さん」
後悔がやってくる。怒りもある。朋夜は理性と意思とを持って帰路に就いた。それもまたまずかった。タワーマンションのエントランス前に立つ人影に気付いてしまったのだ。その者は中を窺っていた。白い服ばかり着ているのも特徴的だった。出てくる人間を観察しているのであろう。一体"彼"は、誰を探しているのか見当もつかない。このマンションに知り合いでも暮らしているのだろうか。表立って会いに行けない事情があるとでもいうのか。
朋夜はその男の背後をとっているのをいいことに、背を向けた。これでは帰れない。知り合いである。何階の何号室に住む何某を知らないか、見ていないか、聞いたことはないかと訊ねられかねない。
来た道を戻る。幸い、京美の帰りは遅いはずだ。実際本人も家を出る間際にそう言っていた。
自宅マンションから離れるためだけに彼女は所在なく歩いていたが、時間を潰せるようなところがふと浮かんできた。そこに糸魚川 瞳汰はもしかするといないだろう。双子の弟の口振りからも分かることだ。残念に思ったのか、都合が良いと思ったのかは朋夜本人にも分からなかった。
もし顔を突き合わせたら、謝らなければならないことがある。
目的がはっきりしたときに、だが彼女の愚かな性は前進を阻む。これでは、今、エントランスの前でヤモリよろしくガラスに張り付いている男と同じではあるまいか。猪突もできず周辺を嗅ぎ回って、様子を探る。あのだらしのない惨めな男と同じだ。
何かの振付でも踊っているみたいに迷ってばかりの足は右往左往する。そして結局、エントランスに吸い寄せられていく。朋夜は、彼女の甥が叶わない恋の八つ当たり、当てつけ、鬱憤晴らし、獲れぬ葡萄を散々悪罵し負け惜しみ正当化するキツネの如く指摘したとおり、要領が悪く鈍臭い。"天条奏音"ならば、難なく事を遂げられていたかも知れない。
「朋ちゃん」
そして聞き慣れた呼び声に反応を示してしまうのだ。
「文くん……」
隈の濃い、疲れた顔がそこにある。口元は笑っているが、落ち窪んで空洞のように思える目は微塵も笑ってはいない。
「朋ちゃん……大事な話があるんだよ。お茶でもしない?」
元交際相手は朋夜の傍にやって来ると、彼女の腕を両側からがっちりと掴んだ。
「しません……大事な話をされるような相手でもないから…………わたし……」
そのようにしたのは、この男であろう。しかし忘れているらしき様子だった。何か大きく超常的な出来事が起きて、已むくなく別れたとでも言いたげである。
「朋ちゃん、頼むよ」
「お金の話……?」
身形からいって困窮している感じはなかったが、著しく窶れているのは朋夜の気になるところだった。
「違うよ」
円満とまではいかなかったが、すっぱり別れた相手が今更何について話すことがあるのか。
「宗教の勧誘の話なら、」
「違うよ。違うよ、朋ちゃん。ここじゃあれだし……どこかでお茶しよう。ね?朋ちゃん」
綾鳥朋夜という女は詰めが甘い。情に絆されやすい。優柔不断で、志が薄い。そして愚かなことに、それを隠し通せない。
彼女の目が泳ぐ。
「あのピアノのカフェは?朋ちゃんの知り合いも居るんでしょ?」
元交際相手の媚び諂った態度がさらに彼女を戸惑わせる。以前の彼は言葉の端々に高圧的な調子と嫌味な語気を混ぜてくるのが常だった。
「ここでできない話をするつもりはありません」
「朋ちゃん……なんだよ、それ。いいだろ、少しくらい……全部出すし……」
「そういう問題ではなくて……わたしに用?それともここの住人に他に用があるの?」
朋夜は美しく飾られながら駆け巡る記憶を振り払う。少し強引なくらいの、この男に惹かれていた。遠い遠い遙か彼方昔のことに思える。温かく、形を変えず在ってほしかった。彼女の眼球に涙が滲みる。
「朋ちゃんに用があるんだよ。朋ちゃん……」
「ここに来てること、相手の方は知っているの?」
元交際相手がたじろぐ。
「や、やめてくれよ……」
「相手の方を不安にさせるような会い方にわたしを巻き込まないで。さようなら、鷹任さん」
居心地の悪さを繕う。平然としていた。それでいて気を抜けば眉も唇も歪みそうで、瞬けば張力の利いた水膜を断ち切ってしまう。大丈夫だ、平気だと日々空虚に響いていたひたすらに明るく前向きな商業用の歌どもが再生リストにピックアップされている。あれは機嫌の好い、元気で、幸せに浸っているときに聴くものではなかったのだ。
「待ってよ。朋ちゃん。オレたち、やり直せないかな?」
後ろから腕を掴まれ、前に進もうとする身体が揺れた。そのために聞き間違えたのだろう。それか彼女の中で完結していた、耳触りの良い言葉ばかり並べた安げな歌を錯覚したか。
「もう朋ちゃんも、独身みたいなものなんだろ?」
夫は多額の財産を遺していった。甥はもうすぐで法的には自立する。
「まだ若いんだし、やり直せるはずだろ……?そういう自由だって、無きゃおかしい」
彼女の潤んだ目は大きく瞠いて乾かしていたためか、やがて白点を失う。
「放して、鷹任さん。それなら貴方はやり直せばいいわ。けれどわたしの知らないところで……」
叱り、諭すような立場ではなかった。それは彼の気の好い友人たちのすることである。捨てられた女のすることではない。捨てられて仕合わせを拾ってしまった女のすることでは。
「朋ちゃん……」
手を振り払って、そそくさと彼女はエントランスの中に入っていった。元交際相手も追ってくる気配はなかった。
甥が帰ってくるまで、朋夜はぼんやりとしていた。思案に耽っているようで、先程のような苦しさや何者かに対する済まなさ、罪悪感の漣めいた気忙しさはない。燃殻みたいになっていた。触れたら柔らかく崩れてしまう線香の灰みたいだ。
だが鍵の外れる音を機に、彼女は動作を改める。
「ただいま、朋夜」
甥は帰宅するやいなや叔母に接吻するため、玄関まで出迎えるのはやめてしまった。だがリビングで留まっていても結果は変わらないのである。
「朋夜」
京美は低く甘く叔母を呼び、キッチンにいた彼女に腕を絡める。
「京美くん……お手々洗って、嗽しないと……」
どこかで会話の波長が合わなくなっている。何も朋夜は外から帰ってきた彼を、自身が近付くには汚いものと思ってそう促したわけではない。だが京美は叔母に言われたとおり、すぐに行動に移すと、また戻ってきてべたべたと朋夜に触れた。
「嗽してきた。手も洗った……」
自分は哀れで惨めで可愛いつらの捨て猫なのだとばかりの顔をして、京美は叔母を覗く。朋夜は逃げた。
「キスして」
「京美くん……」
「朋夜、泣いてるの?」
「泣いてないよ」
嫌がろうとも、京美は徐々に力に任せ、しかし憐れな生い立ちの猫を気取り、叔母の唇を吸うのだった。
「ともよ……」
寝言みたいな曖昧な声が、まだ唇を合わせているというのにその狭間から洩れていた。叔母の腰を抱き寄せて確保していた手が滑り落ち、途中で引っ掛かった指先がエプロンを軽く摘む。
「ん……ぅ」
角度を変えて叔母の唇を啄み、逃げることを赦さず追撃し、リップクリームを塗ってぬるつく間を突き破ろうとする。
「朋夜……口開けて」
叶えないなら泣くぞというような孅さをその声音と伏せがちな睫毛にちらつかせる。
「だ……め、」
渇望者の狡猾な罠であることに、愚かな被捕食者は気付かなかった。そして嵌まったことにも気付いていないのか。彼女は何度もこの手の陥穽に落ちている。だがおそらく分かっていない。ゆえに学習もしない。否、分かっていて気付いていても尚のこと、譲れない矜持のために自ら計略に嵌まり、実質は何も守れていないことを良しとしているのかもしれない。いいや、いいや、突破されることも見越したうえで、ただひたすら拒否の姿勢を示し続けることに彼女は意義を見出し、意固地になっているのではないか。叔母としては越えてはならぬ一線を張っている。甥のほうでは煩悩に目が眩んでいるようだけれども。
京美の冷たい舌は叔母の拒否の言葉を押し返した。彼女の口腔は征服される。初めてやってきた秘密基地みたいに義甥の舌は忙しなく朋夜の中を荒らしていった。口水が溢れて落ちていくのも構わない様子だ。糸をひいて、唇の先から顎を掠り、朋夜の前に大きく膨らんだ乳房へ滴っていく。
「あ………ふ、」
後ろへ腰を引こうとする朋夜を、京美は抱き寄せて均衡をとる。この甥が手を離せば、彼女は後ろへ転倒しかねない。だが甥も甥で、執着するのをやめられない女を腕の中に残しておくのに必死なようだった。均衡などとれていない。圧倒的に男のほうが優位であった。だが彼は媚びずにはいられなかった。その執念の先にあるのは、ある種の隷属である。すでに彼は、保護し慈悲をくれる女の、憧れの女の、恩人の妻の虜囚なのだ。
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