18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-2

結局は俗物( ◠‿◠ )

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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年

熱帯魚の鱗を剥がす 35

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 弟は時折その怪力で姉を良いように扱うが、体躯は華奢である。しかし貧相という感じがしないのは、その顔立ちや雰囲気に合致した体格で、肉付きもバランスを欠いていないからだろう。しかし朋夜ともよの弱みとして脅しの種になっている人物はもう少し肉が付いていてもよかったし、縮尺を誤ったように縦に伸びて横がない。背丈の分、贅肉がこそぎ取られたような体格であった。
 彼に対して、朋夜はこれといって生々しい欲望など抱いていなかった。ひっそりと心の隅に書き留めておくような仄かな甘酸っぱさだけで満足していたし、またそれも彼女が乞い求めたものではない。自ずとそうなってしまった。萌えてしまったこの若芽を育てる気などなく、むしろできることならば摘みとっておくべきものだという認識であった。
 それでいながら弟の背中に腕を回して揺さぶられているあいだ、朋夜は違う男の体躯について考えていた。それどころか、弟の体格にその男の体躯を馳せて、その細さについて考えていた。置き換えていたわけではない。朋夜にとって、彼はそういう対象ではなかった。彼の双子の弟もそういう対象ではなかったし、彼女にとって異母弟も義理の甥もそういう対象ではなかった。
「お姉ちゃん、もしかして余裕?」
 ふと腰を振っていた神流かんなが止まった。
「ふ、ぇ……?」
 朋夜はといえば、快楽で蕩けてはいた。しかし慣れてしまえば眠気に似て、微睡みに似た空想に浸っていた。
「激しくしていいんだ。そうだよね。お姉ちゃんくらいになると、毎日京美みやび兄さんにアイシテもらってるんだもんね」
 神流が姉の腹から出ていった。そして彼女を転がした。
「だめ……」
 気怠るそうに彼女は這った。その声にも勢いはない。形式上、ただ口先だけで嫌がっているみたいだった。弟を玄関に入れてから、この玄関ホールで交合うまでに、朋夜は散々愚かな画像を見せられた。彼女の胃にはすでに弟の種が収まっている。無力感を理解せずにいられない。
「疲れた?お尻でする?」
 逃げる姉の腰を引き寄せ、卑猥にてらてらと照りつけるグロテスクな肉銛を彼女の双丘の狭間に窄まる蕾孔に押し当てた。
「それ、だけは………」
「嫌?」
「い、や……」
「おしりセックスしたかったな」
 彼はぼやいて腰の屹立を姉の桃窪に擦り付ける。
「ん………や、ぁ」
 慣れない擽ったさは空虚になった蜜壺の疼きと混ざってしまう。
「ここ、いい?もしかしておしりでイける?」
 強い興味を示す弟に朋夜は大きく首を振った。
「いや!」
「そっか。じゃあおまんこ突かれるのは嫌じゃなかったんだ。よかった」
 神流は無邪気を取り繕って姉を穿つ。
「あ、ああ……ッ!」
 ばつ、と弾ける音がした。眦が裂けて眼球が溢れ落ちるほど彼女は目を見開いた。まるで球撞きだ。官能が突かれている。殴打に似ている。
「い、や!あっん……ああッ!やめ……あん」
 諦めの境地に入っていた彼女はまた活気付く。しかしそれは拒否に忙しい。やがて喉が擦り切れて、声が嗄れていく。反して結合部は掻き回されるたびに潤っていく。弟が楔を打ち込むと、柔肉が削れて淫蜜が溢れ出る。
「お姉ちゃん」
 腰を振りながら、彼は姉の敏感な尖肉と揺れ惑う果肉の先端片方を捏ね繰った。弱すぎる3ヶ所を嬲られ、頭も肉体も性感に支配される。思考は泥みたいだった。浚っても浚っても劣情が湧く。肉体は牡の虜になる。相手は弟であるにもかかわらず、姉の濡れた壺孔は牡を食い締める。そのために彼はさらに腰を振って悦楽を貪った。
「お姉ちゃん……イく、イく………もう出ちゃう……!」
「んあっあっあっ……!熱い………っあああ、!」
 強制的な鋭い快感を叩きつけられ、朋夜は激しく絶頂した。猛烈な収縮が弟を扱き誘爆する。腹の中の怒涛に落胆し、疲弊し、彼女は逃げ出すが如く意識を手放す。だがほんのわずかな時間のことだ。生まれたての子鹿や子馬や子キリンみたいに震えながら身体を起こす。弟はまだ姉の中で余韻に浸っていたかったようだが、彼女はそれを許さない。栓が抜け、内腿から逆流した白濁が伝い落ちる。神流はそれを惜しむ。色白の指がコルクに代わって栓をする。否、それはマドラーだった。姉弟の粘液をよく混ぜ合わせ、しかしその目的は果たして攪拌であったのか、はたまた指姦であったのか。
「んっ……」
「もし赤ちゃんデキたら、僕の子になるのかな。京美兄さんの子?それとも……写真の人?」
 この弟はわざわざ項垂れて触診めいたことを受け入れている朋夜の顔を覗き込んだ。あざとく首を傾げるのが小憎らしい。
 朋夜も朋夜で、弟の口から「写真」と出た途端に俎板まないたの上の鯉と化していたのがアリゲーターガーだのウツボだの軍隊を組んだピラニアだのみたいになった。
 可憐な弟は大袈裟に突き飛ばされることを良しとした。自ら床に転がり叩きつけられる演出をしたようにも見えた。弱々しさをみせるのも欠かさない。姉の罪悪感を煽るすべを彼は熟知していた。
「あ……」
「痛いよぉ」
「ご、ごめんなさい……」
 神流は首を振った。つまり赦さないのである。女をひとり手籠めにするには十分すぎる力を使い、彼は姉を転がした。仰向けになったとき、大きな乳房がたわんで弾む。熟れて勃ち上がる実粒が妖艶に舞う。
「神流ちゃ……っ、!いや……!」
 弟は姉に乗り、嬰児みたいに乳を吸った。しかし乳は出ず、また乳を吸うにはその舌遣いに悪意と欲望がかぎろう。また片方も、授乳を促すには妙に技巧的な扱き方をする。
「あ……っんぅ」
 じんわりと深く遠くへ広がるような陶酔に彼女は怯え、口元を押さえた。腹奥を突かれるよりも恐ろしい快楽の箇所も弟はよく知っていた。肉体の持主本人よりも詳しくさえあるようだ。
 柔らかな脂肪の上にのった小さな凝りが舌先で転がされ、舌裏で焦らされる。
「ん………ぅんんっ………!」
 弟の華奢な体躯の下で腰が揺れる。密着していた。彼は姉の淫靡な身動みじろぎに気付いていることだろう。しかし朋夜にもまだ躊躇いがあった。指と口唇によって与えられるねっとりとした快感は、その程度の運動では振り切り逃れられない。
「あ……ぅう………」
 弟の劣情の証が擦られる。姉の肉体は自慰に使われている。
 彼は時間さえかければ朋夜から乳が出るとでも思っているのか、長いこと口と指によるマッサージをやめなかった。ときには膨らみ全体を揉み込んだ。そして柔肌を吸って小花を散らす。もはや手淫と口淫であった。頭の中身が、否、全身がふやけていく。
「あ……もう………ダメっ!」
 眠気なのか人事不省なのか分からない明滅と同時に激烈的な快波に呑まれた。自身の悲鳴を聞いた覚えがある。喉のひりつく感じも曖昧ながらそこにあったけれど、確信しきる前には意識を手放していた。


 幸せな夢をみていた気がする。内容は忘れてしまった。だがそのまま閉じこもってしまいたい程度には満ちた心地があった。ところがそれに感化されたまなじりの冷えによって目が覚めてしまったのだから皮肉なものである。
 朋夜はリビングのソファーに寝かされていた。下着姿である。弟に違いない。姉の目覚めが先か、その姉の義甥の帰宅が先か。美しい魔獣の思惑がそこにある。いいや、思惑だろうか。性癖であろう。嗜好でもあろう。また計画でもある。
 結果は朋夜の目覚めが先だったらしい。すでに家の中に神流の気配はなかった。
 朋夜は壁掛け時計を見遣り、それからシャワーを浴びた。京美が帰ってくるのではないかと戦々恐々としながら気忙しく身体を洗った。
 バスタオルを巻き、脱衣所を出たところで玄関扉が開いた。朋夜は足に釘でも打たれたみたいに固まってしまった。開いていく扉の隙間から京美の姿が現れていく。
「ただいま、朋夜」
 彼の表情は普段と変わらない。バスタオルを巻いただけの叔母を見て、顔も目も伏せてしまった。それは遠慮であったのだろうか。
「おかえり……なさい……」
 茫然とした叔母の喋り方は分かりやすかった。彼女は動揺している。
「誰か、来たの」
 朋夜は逡巡する。そして返答としてはこれで十分だった。
「来たんだ。だからシャワー、浴びたの?」
 誤魔化してももう無駄である。嘘を吐く後ろめたさを考えれば、認めてしまうほうが手っ取り早い。しかし明らかに尊大に肯定することもできなかった。朋夜は曖昧に頷いた。またしても京美にとっては、これだけで反応としては十分だったであろう。
「そう」
 彼は足音もなくゆったりと歩み寄る。冷たい手がバスタオルには入らない肩に置かれた。それが温かく感じられた。
 彼女の身は竦んで、捉えどころのない甥に怯える。甥のほうは甥のほうで、その所作は繊細であった。だが背の高い男である。それだけで女の本能は義甥を恐れる。
「こっち向いて」
 顔ごと目を逸らす叔母の小さなおとがいを掴んで、京美はその唇を吸って塞いでしまった。ひくりと朋夜が強張る。
「何も、なかったよ。ただの気管支炎」
 朋夜は穏やかなキスを終了させて甥の双眸を見澄ました。昏い目が微かに泳ぐ。蔚然うつぜんとした睫毛もわずかに震えたような気がしないでもなかった。
 喜びはない。朋夜に安堵の様子もまたない。彼女は念を押せなかった。疑いを向けることができなかった。
「……そう」
 そして沈黙である。
「加湿器がいるかしら……」
 身体が冷えていくのは風呂上がりのまま服も着ていないからに決まっていた。
「朋夜」
 理由をつけて動きはじめた叔母の腕を、それよりまだいくらか人肌の残っている京美が掴む。
「冷える……ね。コーヒー飲む?」
「うん……」
「じゃあ、淹れておく」
 しかし、甥がコーヒーを淹れにいくよりも、朋夜が服を着て、部屋から出るほうが早かった。京美もまた部屋着に着替えていた。彼が脱衣所から出てきたところで鉢合わせる。彼は鉢合わせて足を止めたが、距離感もパーソナルスペースも関係なく叔母に接近した。
「京美く、……」
 語尾を奪われる。甥は彼女の唇を吸った。今度は角度を変え、長いこと叔母の肉感を探っている。彼は相手の罪悪感を掌中に収めているみたいだった。朋夜は拒否もしきれずに流される。それでも彼女の中に押し問答、葛藤がないわけではなかった。しまいには密着した身体に肘を入れて距離をとる。目を合わせた途端、彼は動揺を示す。
「……コーヒー、淹れるね」
 そう言ってリビングへ行ってしまった。



 病院から連絡が来たのはその数日後だった。京美は気管支炎ではなかった。叔父と同じ病に侵されていた。それも、叔父より進行が速い。



 京美の拒否は強かった。治療を嫌がっている。そのことで言い合いがあった。今日もである。昨日も一昨日も然り。治療のために叔母という自覚を捨て、身を任せるのが、果たして賢明なのだろうか。また同じことを悩んでいる。一度は覚悟を決めたはずだった。
 子供を産ませたいのだという。実子が同じ目に遭うのを、歯痒く思っていろと彼は言った。近付く死を恐れる我が子を傍に、手前はその恐怖に打ち拉がれる子を眺めて悦に浸っていればよいと。そして早くに片親になり、女手ひとつで育てながら、生い先の短い自身の子にも先立たれればいいのだと彼は言った。感情的に口にしている様子はなかった。いつもの昏い双眸で、生まれさせられた側の業を語るのである。あなたの子はそうと決まっていないと返したとき、京美は酷薄に笑った。自分の親もそういうつもりで、否、そのようなことは考えもせずに自分を産んだのだろうと自嘲した。小星こぼし花祈かおるのことも話題に挙げた。あの少年は父親を刺して家を焼いた。母親だけは助かっている。
 治療を求めるのなら、それだけの業を背負えと言った。自分の子で同じ目に遭わせろ、そのエゴは自分の娘や息子に向けろと吐き捨てた。
 朋夜は視界が潤んでいくのを、いつものソーダ割りで誤魔化した。氷が心地良く鳴る。アルコールが胸へ落ちていくのと同時に、彼女は気配を感じて振り返った。リビングの出入り口に京美が立っている。目が合う。 
「怒ってる?」
「え?」
「怒ってる……でしょ」
 それが子供のような拗ねた物言いだが、率直な問いは素直である。
「怒ってないけれど……」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ。どうしてわたしが怒ってると思ったの?」
 まるで朋夜は自分が厳しい教師にでもなったかのような気分になった。京美はダイニングテーブルセットの脇に突っ立って俯き、叱責を受けているみたいな雰囲気を纏っている。濡れてぺたりとした髪も、それを助長する。
「俺が言うこと、聞かないから……」
 朋夜は心臓をどしんと打ち殴られたような心地がした。19の少年とは思えない、あどけない様相で、彼女は見たことのない甥の幼少期をそこに馳せてしまった。
「怒らないよ。京美くんだって京美くんなりに考えてるんだものね……?それはわたしの希望と合致しないけれど……怒るはずないよ。わたしがわたしの希望エゴで困ってるだけ。怒ってるのと違うよ」
 声が震えた。甥は俯いたまま、すまなそうに細く背の高い身体を萎縮している。京美という年若い人間の背負うものに、朋夜は立ち向かえない。我儘ひとつ言えなかったのではないか。
「……ごめん」
「謝らないで」
 ひ、と彼が吃逆でも起こしたような音を鳴らす。
「京美くんの、謝ることじゃないよ……?」
 朋夜は怯えてる男児みたいになってしまった京美の顔をおそるおそる覗き込む。彼は身体を背け、目元を拭う。
「朋夜が悪いんじゃないのは、分かってる。叔父貴とのことがあるから、治療を勧めるのは当たり前なのも分かってる。なのに八つ当たりして、酷いこと言って、ごめん……」
 謝られてしまうと、朋夜も苦しくなった。傷付いていたわけではないのだ。ただ彼の思いがあまりにも重く切なく、理解するだけの器を持ち合わせることができなかった。屈託がある。こだわりが。頓着が。
「京美くんの謝ることでも、気にすることでもないの。自分のことで精一杯でもいいのに……」
 彼は勢いよく首を振った。
「朋夜のこと好きだから。傷付けたくなかったし、嫌われたくなかった。かっこよくいたかった。でももう無理だ。怖い。死ぬの、すごく怖い。でも治療して先延ばしたって……俺の目の前には、病気の陰がちらついたまま、何をするにも……不安と切なさが、ちらちらちらちら……幸せなのに、満たされない毎日なんか、要らない」
「わたしは傷付いてないよ。嫌ってもない。京美くんのこと、かっこ悪いだなんて思ったことなんかない。京美くんは自分のことだけ考えていていいのよ。だって……」
 言葉が続けられない。彼の前では何を言っても軽く薄く、気休めにも慰めにもならず、魔法の呪文にもならない。
「俺は目の前に吊るされたエサを追うことしかできないんだな。釣竿にニンジンを括り付けて、同じところをぐるぐる回っている馬なんだ」
 朋夜は痛々しく萎んだ姿を背後から抱き締めたくなった。しかし彼から向けられている感情がそれを邪魔する。いいや、彼は目の前で児童の如く泣いているではないか。それをあれやこれやと何故躊躇うのか。
「ごめん、朋夜。2人も見送ることになるのは、朋夜のほうなのに、情けないこと言ってごめん……俺、叔父貴が結婚したのが朋夜でよかったと思ってる。叔父貴と結婚してくれてありがとう……」
「やめて……やめてよ……」
「酷いこといっぱい言ったし、誰かと比べるようなこともたくさん言ったけど……」
「京美くん」
 朋夜は割らんばかりに握っていたグラスを置いた。彼に必要なのは人の温もりなのではあるまいか。そう決めつけにかかりそうだった。彼女は目元を拭う甥の腕に触れた。縋りつく。このままどこかに消えていきそうだった。まるでこの家が異界のようにみえる。
「京美くんは振り回されただけ。いいんだよ。お礼なんか。大人として、当たり前のことなんだから……」
 だが彼は左右に頭を揺らした。薄い目蓋から蔚然と伸びた睫毛はしとどたる輝きを持っている。
「俺の親はしてくれなかった」
「京美くん。もう寝よう。寝付くまで、一緒にいる」
 腕を引き、背伸びをして、大きな子供の頭を撫でる。洗髪によって湿しとっていた。
「いいよ。手、出すかも知れないんだよ」
「それは困るけれど……1人にしておけない」
「勘違いするから。別に今は平気だし」
 朋夜の指から京美の寝巻きが抜けていく。
「……おやすみ、朋夜」
 彼は踵を返す。背を向けられ、それを追おうと身体が前にのめる。そして静止していた。ところが甥の姿が廊下に消えかけたところで、朋夜は足の裏からジェット噴射でもしたみたいにフローリングを蹴った。
「京美くん。やっぱり傍にいるわ」
「話、聞いてなかったの?」
「わたしはあなたの叔母だから。大好きだった人の大切な人。そこは変わらない。嫌いになったりしないよ。京美くんはちゃんと忠告してくれたんだもんね。そうするって決めた、わたしの責任」
 しかし手は震えた。弟、糸魚川いといがわ瞳希とうき、ジョーとかいった茶髪の青年、そしてこの甥と身体を重ねたことが何度もあるけれど、慣れることはない。況してやどれも力尽くの、無理矢理に行われたものであった。命を奪われるような危機感はいつの間にか覚えなくなってきたけれど、次々と彼等から吐かれる甘言蜜語は信じられず、道具のように扱われる肉体や踏み躙られていく立場、蔑ろにされる人格に、嫌悪と羞悪と忌避がある。すでに性行為に対して消極的な印象が根強く残ってしまった。恐怖心もある。
「……朋夜」
 泣きそうな顔が見えた。しかし瞬時に陰に呑まれる。冷たい抱擁に包まれる。家の中を構成する知った匂いが鼻腔を擽る。背中に薄い掌が当たる。
「少しだけ、こうさせて。そうしたら一人で寝られる」
 朋夜はそのまま彼の腕の中にいた。冬の朝の目覚めに似た、微かな温もりがある。
「キス、したい」
 耳元で彼が囁く。ぞくりと首筋を駆け下りて、背骨を痺れさせ、腰骨が振動する。膝から力が抜ける。
「……だめ」
 しかし彼女は甥を突き飛ばしたりはしなかった。
「だめ?」
「うん」
 弱々しく訊ねられると、立場などかなぐり捨てて、受け入れてしまいそうになる。だが叔母と甥だ。
 すると京美は朋夜の腕を取った。彼女の指に口付ける。指を吸って、舐めた。口に入れ、舌を這わせる。
「京美くん……」
 忠僕の如く手を舐める姿は、妖しく、異様な感覚をもたらした。悩ましく寄った眉間は飢渇に打ちのめされているようである。
 彼の口水が粘性を帯びる。朋夜は手を引き戻しかけた。肩が狭まってしまう。臍の裏が熱を集め、腰が疼く。膝の皿は針金で突かれているみたいでありながら、全身が妙に温かい。
 指を遊んでいた唇が掌に移り、接吻する。唾液にまみれた叔母の指が頬を掠るのも厭わない。
「ん……っ、」
 噎せ返るような甥の色香にてられる。朋夜の目は眠気を纏って蕩ける。その唇からも声が漏れ出た。
「おやすみ、朋夜。また明日」
 終わりは呆気なかった。彼はすんと手も口も放す。朋夜の眸子にも正気の瞬きが戻ってくる。
「おやすみ……なさい……」
 形の良い薄い唇が莞爾と吊り上がる。そして甥は自分の部屋へゆったりと入っていった。朋夜もリビングに戻ると、グラスに残った酒を呷った。そして片付けを終え、ベッドに戻っても鮮烈な甥の| 
艶冶《えんや》な仕草と冷水で洗い流しても残っているなめらかで温かな感触が、彼女の心身を支配する。
 布団の中で彼女は身悶えた。肉体が疼いていく。爪先同士を擦り合わせ、自身を抱き締めて摩擦する。だが鈍く重い違和感は泥沼のようになって、彼女を揺蕩わせ、呑むか呑まぬかどちらともつかずに肌を焦らす。
 とうとう彼女は自身を慰めにかかった。戸惑いが濯がれていく。混乱に似た妄想は逆張り的な強迫観念に似て、そこに甥の陰を射す。だめだ、いけない、不適切だと淡くなっていく理性を呼び戻そうとするだけ、指先が技巧を持つ。
「あ……ん………あ、ぁ………」
 無理矢理に刻み込まれていた快楽がそこにある。彼女は掛布団の下で小さく痙攣した。ただ、背徳感の奥の背徳感を知るはめになる。甥の残像が蝋燭の灯火然として消えたとき、そこにまったく違う、純朴な青年の楚々とした姿が現れてしまったのだ。
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