18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-2

結局は俗物( ◠‿◠ )

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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年

熱帯魚の鱗を剥がす 34

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 糸魚川いといがわ瞳汰とうたは感情の分かりやすい人柄であったが、優しさもある。衝動的に口付けてしまったことに対して、糊塗ことできなかったくせ、しかし触れるでもなく、ぎこちなかった。怒りもせずに、しかし普段の剽軽さもない。朋夜ともよの過ちを強めていくばかりである。彼は黙っていて、また朋夜も話しかける資格を失ったと思い込んで無言のまま目的地へと着いた。けれど朋夜にとってもそれがよかったのかもしれない。彼女の思考は澎湃ほうはいたる惑乱と後悔に苛まれていた。
 そして無味無臭の乾燥した別れ方をする。礼を言いそびれたと知るのは玄関
扉を潜ってからだった。
 玄関ホールで腕を組む京美みやびが佇んでいることにも気付かない。口元を押さえて、三和土たたきの柄を凝らしながら、つい十数秒前のことを反芻した。
「おかえり」
 いつから義甥がそこにいたのか。彼女が帰ってくる前にはそこに立っていた。
「あ……ただいま………」
 見下ろす目に蔑む意図はないのであろうが、訝しげであることは否めない。
「ごめんね、ちょっと帰ってくるの遅くなっちゃったね」
 朋夜は甥の姿を認めた途端に血の気が引いていった。繕った愛想笑いは本人なりに上手いつもりであった。その痛々しさを自覚していない。
「誰かと会ってた?」
 朋夜は硬直しながら首を振った。靴を脱いで玄関ホールに上がるけれども、京美は退かない。彼女は甥を除けたが、彼の胸板を眼前に迎えなければならなくなった。
「朋夜」
 頬に冷たい手が添わる。上を向かされ、甥の唇が降りてきた。触れかけたところで、膝蓋腱反射が肘で起こったみたいな、つまり肘蓋腱反射が起こったみたいに京美を拒んだ。それは叔母と甥だから、相手が未成年だから、年の差を感じているから、というような理屈によるものではなかった。ただ朋夜は考えなしに京美の肉体を突き撥ねた。
 京美が傷付いた表情を見せたその刹那を、朋夜は捉えてしまった。
「ご、ごめ……んなさい………」
「どうして謝るの?キスされかけたのは朋夜なのに。俺とキスしてもよかった?」
 怒っている様子ではなかった。内容こそ嫌味臭いが、語調は穏やかだった。朋夜は答えられない。
「誰にも会えなかったんだ。糸魚川瞳汰にも?」
「瞳汰くんには、会ってきたよ」
 京美は一度拒絶されても叔母の肩に触れ、顔を寄せた。
「京美くん……近、」
 必ず接吻しなければならなかったらしい。叔母の唇は捉えられてしまった。そして後退れば後退るほど彼は追ってくる。歩を退くあいだも唇は啄まれ続け、やがて朋夜は壁に背を打った。逃げ場はない。断続的だった口付けが継続的なものになる。すでに彼は叔母の唇のその弾力を散々愉しんでいた。密着してからは舌が突き込まれ、糸魚川いといがわ瞳希とうきに舐め回された口腔を洗われていく。けれども京美はあの場にいなかった。叔母が肉体関係を迫られたことなど知らないはずだ。だからこれはただ、京美が気紛れに叔母を辱めて遊んでいるだけなのである。
 彼は叔母の舌を転がして左右行き場もなく追い払いながら、彼女の胸を触った。朋夜は濃密なキスに力を奪われながら、胸を揉む手を押さえた。しかしそれは抵抗しているのか促しているのか分からない有様である。
 甥の指が朋夜のかよわい手の下で指を動かす。布を何枚か隔てているが、感じやすい彼女は微かにでも官能を呼び起こされる。
「ん、……っ」
 巻き付く京美の舌ごと、朋夜は溢水しつつある口水を嚥下する。彼が喉蛇を引き抜いた。
「朋夜」
 息を切らして俯く叔母を、京美はぎらぎらとした眼で見詰めた。彼女の毛一本でも落ちるのを逃さない妖光と炎火えんかを秘めている。
「誰かに抱かれた……?」
 京美は叔母の上下する肩に手を置いた。彼女は顔を上げ、甥を見上げた。貪られたキスによって朋夜の眸子は熱っぽく潤む。そのまま視線が搗ち合うと、義甥は不機嫌そうに眉を顰めた。しかしその目玉には炎が迸っている。
「別に怒らないけど。妙に色っぽいから、びっくりした。誰……?」
 朋夜は首を振る。誰にも抱かれてなどいない。しかしそれを口にする気力がない。
「言えないの?」
 否定は黙秘と捉えられた。
「誰とも……そんなこと…………」
「朋夜」
 名前を呼んだ直後、彼は怪しい咳をした。
「京美くん、それ……」
「平気。朋夜が犬猫と一緒にいたんじゃない?さっきまで……」
 彼は取り繕う笑みを浮かべて戯けた。それが朋夜の目には新鮮に映る。甥がこのように笑ったことはあっただろうか。
「京美くん……病院に、」
 急な力で抱き寄せられる。唇は再度繋がり、舌が連結する。今しがたの口交の続きだった。
「京美く、誤魔化さないで……っ」
 舌が絡まり、持っていかれかけたとき、彼女は顔を背けた。
「朋夜が乳首でイかなかったら、行ってあげる」
「ふざけてる場合じゃ……」
「ふざけてる?俺はふざけてないよ。朋夜に触れるのに、ふざける余裕なんかないけど」
 京美の腕が叔母を壁に縫い付ける。
「京美くん……」
「朋夜。自分で服、脱げる?」
「脱いだら、病院行ってくれるの?」
 彼は頷いた。朋夜は甥の様子を窺っていたが、やがてキャミソールごとトップスを脱ぎ、鮮やかなブルーのブラジャーを晒した。京美は彼女の滑らかな肩や腕を撫でながら、その視線は強い力に支えられて谷間を作り、カップで撓む乳房とも、華美ではないが優雅な刺繍とレースのついたブラジャーともいえない箇所に釘付けになっていた。
「綺麗だ」
 朋夜は顔を横に向けて、頬を赤く染めた。
「これで……」
「病院には行くよ。病院には」
 最初は安堵した。そして納得するのと同時に、疑念が生じた。
「京美くん……?ちゃんとお医者さんに、診せるの」
 下着姿のまま、彼女は甥に詰め寄った。冷たい目に見下ろされる。
「やらせろよ」
「え……?」
「朋夜がやらせてくれたら、言うこときく。この咳がなんなのか、診てもらう」
 朋夜は後退ってしまった。京美は長い睫毛を伏せる。
「……もし叔父貴と同じものなら、怖いよ」
 去り際のそれは呟きに似ていた。彼は自室に吸い込まれていく。




 酒を傾けた。肴はない。見慣れるとただ電気が普及し、人々の暮らしに明かりがあるだけの夜の風景を眺めた。テーブルを隔てた対面にあたる隣人に問いかけるが、もちろんのこと返答はない。そこには誰も座っていない。
 ひたすらに過去の会話を思い出し、正解は二度と分からぬまま答えを探る。
 求められたら求められるだけ応じ、道を外すのも厭わずいるべきか、否か……
 彼女は酒をいつもより2杯ほど多く入れた。そして義甥の部屋を訪ねる。
「何」
 甥は扉を開けるとずいずい彼女を部屋の向かいにある壁へ押しやって唇を寄せた。しかし朋夜は彼を押し退ける。
「お酒、入れてるから……」
「うん。お酒の匂いする。朋夜の匂いも」
「本当に、お医者さんに相談してくれる?ただの風邪でも気管支炎でも、ちゃんと治療……してほしいの」
 朋夜は縄張り争い中の劣勢の牡猫みたいに目も合わせない。
「病院に行って医者には、診せるよ」
「治療も……」
「……俺のため?叔父貴のため?医者には診せるよ。それは約束する。最後まで条件は呑めないから抱かないけど……」
 甥の腕が一瞬にして彼女を部屋に引き込んだ。さながらカメレオンが羽虫を食うかの如くすばやさである。叔母は京美の部屋に食われ、気付けばベッドに転がされていた。この一部屋だけ電気が止められているのか、明かりが点いていない。しかしラックの上の電子機器のグリーンだのレッドだのオレンジだのの頼りなさすぎる光ならばあった。
「京美くん……」
「約束全部は守らないから挿れないけど……気持ち良くするから」
 起き上がることは赦されない。
「いい……要らない……」
「もし治療するって言ったら、本当にセックスしてくれた?」
 朋夜は答えられなかった。答えてはいけない問いというものがある。
「朋夜が手に入らないのに、生き延びてどうするの?朋夜との未来を目の前にぶら下げながら生きるの?これから?」
「どうして……わたしじゃ、なくても………」
「なんで朋夜がいいかなんて俺にも分からないよ。朋夜じゃなきゃ、こんな苦しまなかった」
 酔いが覚めてしまう。何のために飲んだのか分からない。これほどアルコールの無駄遣いはないだろう。
「京美くん、わたしのこと嫌いだったはずでしょう……?」
「そう思った?だってそうしてなきゃ……朋夜は俺にファックされたかった?いつもぶち込みたかったよ。あんたにキスして胸揉んで、股舐めて、尻叩いてファックしたかった。困らせて、悩ませて、俺の女だって叫びたかったよ。朋夜は、そうされたかったの?」
 京美は普段どおりの冷淡さで、彼女の寝間着を捲った。
「あっ」
 ほよん、と大きな胸が揺れて素肌を晒す。
「無防備だよね。驚きの新事実なんだけど、俺って男なんだよ。血の繋がってない、ヤりたいサカりの」
 彼の部屋を訪ねるにあたって胸を出す覚悟はあった。しかし普段と違う装いも躊躇われたのだった。真っ向から甥に身売りする己を、彼女は正面から受け止めきれなかったのだ。
「でも、そんなもんなんだよね。わざわざ寝る前に、俺のためだけにブラジャーなんてしたくないよな」
 京美は叔母に被さりながら、ベッドサイドに手を伸ばした。明かりが点く。だが局所的であった。歯科医院を思わせるライトが女の肌を照らす。朋夜は眩しさに顔を覆った。すると甥は何度かボタンを押して常夜灯に切り替える。
「朋夜」
「おねがい……」
「電気消してほしいの?」
「病院、行って……」
 豊かな胸は丸出しで顔を覆ったまま彼女は言った。蚊の鳴くような声である。
「俺が、大事?大切……?」
「おねがい……好きにして、いいから………」
「好きにしていいの?言うこときけば、生でナカに出してもいいわけ」
 朋夜は返答に窮する。
「俺の子孕ませてもいい?」
 やはり彼女は返事をしない。
「薬も飲ませない。朋夜に俺の子供産ませる。いいの?」
 自ら選びながらも不本意なところにいて、さらに選択を迫られる。どれもこれもやはり不本意である。しかし自分が選んだのだ。どうにか糊塗して誤魔化して正当性のみを抽出してこの場に来た。だが所詮は猪武者である。覚悟もないのに言うな、と責められている心地になった。嫌味と叱責であり、少し前までこの甥と叔母の日常によくみられたやりとりである。
「ご、………ごめん、なさい………」
 朋夜はやっと声を出した。顔を隠したまま震える声で謝る。
「そこまでは、できないってか」
「……ごめんなさい」
「いいよ。所詮は他人事。朋夜にそこまで身を削れなんで言えないよ」
 京美は身を起こし、ベッドの脇に腰掛けて叔母へ背を向けてしまった。
「口で……するから………」
 彼女は寝間着を直し、胸をしまってからベッドの上に座った。
「いいって。診察してもらえばいいんだろ。それで、相手してもらうかは結果と俺の気分次第。だから覚悟しておいて。俺の奥さんになる……」
 彼の声音は優しかった。だが言っていることは残酷である。
「そ、んな……そんなこと……」
「できないなら、この話は無し。面倒だし、俺は別にこのままでもいい。本当なら叔父貴に見つけられることもなく押し入れで飢え死にしてる身だったんだから」
 朋夜は思わず、甥の腕を掴んでしまった。彼が振り向いた。
「生きるのって朋夜にとって楽しいこと?」
 微かに傾げられた柔らかな表情に、近いダウンライトが黒々と陰を落とす。
「……うん」
「それならよかった」
 彼は穏やかに口角を上げると、首を前に戻してしまった。
「京美くんは、そうじゃないの?」
「シアワセは、シアワセだよ」
 しかしそれだけでは納得できない。彼女は甥の腕を掴む力を強めた。
「京美くん」
「男は好きな女に、ものの相談はしないんだよ」
「でもわたしは、貴方の叔母だから……他に相談する相手はいるの?どこの誰かなんて訊かない……」
 叔母のほうを向くでもない。彼は黙ってしまった。
「……頼りない叔母だし、覚悟も何も足らないけれど……できるだけ受け止められるようにする。家族、だもの……」
「朋夜。家族ならこんな想い、抱きはしないんだよ―って、あんたに言うのは酷か。違うかも。神流かんなおぢさんみたいに異性に対する欲望、だけじゃない。だから、ただ異性おんなって記号ものに対する興味だけなら、手を出す家族なんているだろうさ。事件にもなってる。でも俺は、朋夜が好きなんだ。家族なのにな」
 叔母の手から彼は腕を抜いた。
「あんたとこうしたい、ああしたいってのはあるけど……人は誰しもが好きな相手と結ばれるものでもない」
 朋夜は何か後ろめたさでもあるのか、彼女の眸はシーツを泳ぐ。
「俺があんたに求める覚悟は、あんたにとっての堕落だよ」
 彼は改めて叔母を向いた。鋭い眼差しは睨むようでもある。朋夜はその光を知っていた。怯えが彼女に走る。
「一緒に寝てくれ。変な意味じゃない。添い寝だけ……来週空いてるから、行ってくる」
 京美はそうとう叔母に気を遣っているらしい。緩慢な動きでベッドに乗る。壁際に彼女を寄せ、背を向けて横になった。それからは触れもせず、橙色の明かりを落とした。



 疑いがあったわけではない。京美は嫌がったけれど、朋夜はエントランスの外まで彼を見送ることにした。
「鍵、掛けて。それからチェーンもして。俺は何の注文もしてないから配達も来ないはず。気を付けてね」
 彼は人目も憚らず叔母の腕に指を添え、熱心にそう説いた。はたからみれば若いこの男女は、―よくよく観察してみればいくらか女のほうに落ち着きのあるこの2人は、どういう見え方をするのだろう。
「京美くんも、気を付けて。何があったら電話してね……本当に、一緒に行かなくて平気?」
「うん。ヤバかったら病院のほうから連絡いくんじゃない?でも心配しないで。俺は平気」
 冷たい手なりに温もりを帯びて、京美は叔母の手を握る。淡々とした物言いの裏にあるこの甥の不遇な人生を考えてしまうと、彼女は眉を下げた。
「そんなカオしないで。行けなくなる」
「ごめんなさい。ちょっとお腹が減っちゃっただけ……行ってらっしゃい、京美くん」
 やはり彼は人目も憚らない。朋夜の頭を抱き寄せ、その前髪越しの額に口付ける。
「行ってくる」
 朋夜が言葉を失っているうちに甥は行ってしまった。彼の背中を見つめているうちに、背後から抱きつく手がある。彼女は驚いて振り返った。
「お姉ちゃん」
 羽根の舞い降りる中に立っていそうな美少年がそこに佇んでいる。弟の神流である。
「神流ちゃん……どうしたの?」
「また変なおっさんに絡まれてないかなって」
「だ、大丈夫よ」
 私服であるから学校も休みなのだろう。神流は柔和な笑みを湛えて姉に擦り寄った。
「お姉ちゃん」
 弟は異様な空気感を纏っている。莞爾かんじとしているが、妙に剣呑で、朋夜はこの雰囲気に何度流されたか知れない。
「好きな人、できたんだ」
 彼の手の中に端末がある。ある画像が表示されていた。生白く細い指がそれを拡大させていく。男と女が口付けを交わしている。男は引き寄せられる体勢で、主導権は女のほうにあるようだ。見慣れた服装は、朋夜自身である。相手は糸魚川瞳汰。
 朋夜は視界が明滅するのを感じた。同じく頭の中も明滅し、適切な、不適切であっても言葉が出ない。否、言葉に限らず声そのものが出せなかった。しかし何か言わねばならないことだけは分かっていた。何か言い返せと己の中の澎湃ほうはいに、身体がついていかない。結局何の命令かを聞きもせずに焦燥した身体は目の前の事柄からの逃避を選んでしまった。彼女の足はエントランスの床を蹴る。
 しかし綾鳥神流という少年はクリオネのような男だ。普段は羞花閉月の容姿をしているが、姉に対する執心をみせたとき魔憑きの者と化すのだ。
 彼は爪を研ぎ、牙を剥き出しに、瞳孔を爛々と開いて姉を捕食した。
「どこ行くの、姉さん」
 朋夜は冷汗を噴いてぎこちなく弟を振り返った。
「神流ちゃん……ゆ、赦して………」
「どうしたの、姉さん……僕は嬉しいんだよ。でも、いつも嫌イヤ言ってる姉さんな、こんな大胆なところがあったなんて……しかも自宅付近でしょ。誰が見てるかも分からないのに。実際僕に撮られてちゃってさ」
 彼女の顔色は青白くなっていた。唇も色が悪く、戦慄いている。
「京美兄さんは知ってるの?お姉ちゃんに好きな人いるって」
 姉とは反対に、弟は活き活きとしている。その桜色の唇も、緩く弧を描く目元も、これほど面白いことはないと伝えている。
「やめて……」
「やめて……って何をやめて欲しいの?」
「言わない、で……」
 絞り出すような声だった。自身の醜態に緘口を乞うのは、彼女にとって羞悪すべきことだったが仕方がない。
「言わないよ。すごく言いたいけどね。だってこんなビッグニュース……」
「やめて、やめて……」
「姉さんが京美兄さんとデキってるって聞いたときはコーフンしたのに、なんでだろう。この人にあんまりソソられないの、やっぱりなんか、姉さんて男の人見る目ないよね」
 黙らない口に彼女は手を伸ばした。弟にそのような真似をしたのは初めてである。いくつになっても弟を圧倒的弱者と見做していた彼女は弟にそういう挙動はしない。神流も神流で姉の反応に驚きつつも面白がっているようである。
「姉さん。僕が姉さんに何を求めるか、分かってる?僕がどうしてこんな消したくなるような写真、わざわざ持ってるのか……姉さん、分かるよね」
「……いくら欲しいの。アルバイト辞めちゃったから、あまり多くは渡せないけれど……」
「恍けないでよ、姉さん。別に僕、お金には困ってないよ」
 朋夜もまた弟が金に困窮しているとは思っていない。ただ姉の立場として言い当ててしまうのがおぞましいのだ。だが、何かと痴情に翻弄される年頃である。そして人目を惹く美貌である。周りの同年代の異性を傷付けるより先に、身内としてその贄になるべきか。保護者に違い場所にいた年長の同胞として、彼女は忌避と倫理と責任の狭間に押し潰されている。
「わ、分からないわ……」
 神流の目が据わる。彼は姉を引っ張った。
「ここでしていい話?」
「用がないなら帰って」
 透き通った大きな目が姉を凝らす。
「うん。じゃあ、帰る。うっふっふ」
 それはとても楽しそうなことを思いついた様子である。身を離した弟を、今度は朋夜が引き留める。直感がそうさせた。
「なぁに、姉さん」 
 眩いばかりの美少年がいやらしく微笑を返す。
「相手の子に、迷惑かけたくないの」
 態度ばかりは刺々しかったが、彼女は弟の裾を摘んでエレベーターに乗り込んだ。自身で蒔いた災厄の種である。あの一瞬の気の緩みが、このようなことになろうとは、彼女はまったく考えもしなかった。
 エレベーターが閉まる。他に乗った者はいない。弟はクリオネのような男だ。隣の獲物を放っておくことなど有り得ただろうか。
「神流ちゃ……っ」
 美少年はかよわい容貌からは想像できかねる怪力で姉を壁に叩きつけた。そしてクリオネは妖しい触手で哀れな女を食ってしまった。
「んっ……」
 朋夜は本当に口腔を荒らす弟に食われる心地であった。拒む手は握り込まれ、まるで恋い焦がれる者同士の演出を思わせる。怪力の潜むことを知ってると却って恐ろしいくらいの華奢な男体が、姉の豊満な乳房へと胸板を当ててきているかのようだった。
「お姉ちゃん、こんなところ、ストーカーのクズに見られたら、殺されちゃうよ?」
「その人は、ただ……」
「その人は、ただ?ただ、何?ただの人に、お姉ちゃんはキスしちゃうの?ダメな人妻」
 美弟はあざとく媚びて舌足らずに喋った。
「ちが……」
「違くないよ」
 口腔を舌で塞がれて荒らされているうちにエレベーターが目的の階へと着いた。神流は姉を軽々と引き摺って、彼女の自宅前に連れて行った。
「神流ちゃん……」
 鍵を出す手が震える。
「僕もう我慢できないよ。早くお姉ちゃんとイチャイチャしたい」
 寒気が止まらなかった。近親者である。姉弟間であるまじきことだ。
「この相手の人、紹介してよ。お姉ちゃんのことならなんでも知りたいもん」
「本当に、何も無いのよ。魔が差して……」
「何も無いのに?魔が差したの?お姉ちゃんは、そんなに欲求不満なの?京美兄さんは満足させてくれないんだ」
 弟は朋夜の背中に張り付いて、彼女の耳元で囁いた。
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