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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年
熱帯魚の鱗を剥がす 30
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玉子焼きを作るときのような、生卵を溶いているような音によって朋夜は微睡から目を覚ました。
短い夢の中で流れていた、頼りない子守唄が途絶える。どういう歌だったのかも思い出せない。ただそれは、主旋律ではなかったように思う。
身体を起こし、夢を閉ざした音の正体を探ると、義甥が目の前で自慰に耽っている。
「朋夜………ともよ、ともよ……っ」
彼は家に軟禁している叔母の目が覚めると、脚の間で竪立しているものへの摩擦を速めた。そこには透過性のある柔軟な素材の筒が嵌められていた。音はそれから出ているらしい。
「朋夜……して…………朋夜………イきたい…………」
甥は上擦った声で言った。性交しない代わりに突き付けられた条件が、自慰の手伝いだった。
朋夜はシリコン素材らしき透過性のある筒を受け取った。京美が傍へやってきた。
「キスして……」
「だめ」
彼は諦めずに、叔母の唇を追う。
「キスして」
「だめ」
叔母を鎖に繋いでから、彼は幼少期に満たされなかった母親からの情を、異性に対する欲望と融合させて彼女に求めるようになった。そしてそこに意固地にもなる。
京美は叔母を、彼女が今まで眠っていたベッドへ押し倒す。
「京美くん……だめ」
「キスしてイきたい………しないから………キスだけ…………キスだけ………」
彼は泣きそうな顔をして乞う。鎖に繋がれてから、朋夜はまったく知らなかった甥の顔を見ることになった。それが彼女の胸を打つ。梵鐘を鳴らす撞木に打たれているみたいだった。
「キスだけ、だよ……?」
朋夜は圧しかかる義甥の屹立にシリコン筒を嵌めた。
「んぁ………」
服を着ると華奢に見えてしまう京美の細い腰が撓る。
「朋夜、キスして……」
あくまで彼は叔母からの接吻をせがんでいる。
「自分でなさい」
彼に切ない表情で切なく求められると、その奥にある飢渇の時代を想像して逆らえなくなる。朋夜にその自覚があった。だが同時に、叔母としての立場を払拭することもできない。自身の至らなさが、八つ当たりに等しく甥への語気を尖らせる。
「朋夜……」
朋夜のすべきことは、早くこの義甥の欲望を発散させることだった。シリコン筒を握って動かす。
「ともよ………っ、」
「早く、出しなさい………」
「まだイきたくない」
しかし猛々しく芯を持つものを柔らかく濡れた筒で扱かれると堪らないらしい。彼は四つ這いのまま咽喉を仰け反らせ、ぼんやりとどこか見ている。
「ともよ………ともよとセックスしたい………ともよ、」
快感の中で彼は譫言を漏らし、朋夜は真上にある義甥から顔を逸らした。ぐちぐち、くちゅくちゅとシリコンホールが音を立てる。その中にある器官の感触を、なるべく受け取らないようにしていた。
ところが京美は上体を伏せた。頭が下降し、顔が近付いた。
「京美くん……近い、」
「あ………―ともよ………」
彼は自身がキスをねだったことも忘れたらしい。上体を支えていた片方の腕は叔母の手の上からシリコンホールを掴んだ。朋夜の手はさらに握力を強めて自慰道具を握らなければならなくなった。柔らかい素材越しに、若い男の強壮な証がある。
「い……や、京美く………」
「朋夜、お腹、出して…………お腹に出したい」
片腕で腕立て伏せでもしているような有様で彼は苦しそうに言った。それから叔母の唇を吸う。朋夜は何を言われたのか、まったく聞いていなかった。唇を吸われ、口腔を暴かれる。
「ん………ぁ、」
片手も舌も甥に委ねられる。興奮した息吹を聞きながら舌が絡まっていく。
「ふ、ぁ……」
舌の底に潜り込み、縮こまって控えていることは許されない。擦り寄りってその質感を存分に刻み、根元から巻き付いて、舌だけで器用に引き千切っていきそうだった。脳髄まで掻き回されていくみたいだった。この男とどういう関係で、自身はどういう立場であるのか、彼女の思考も掻き混ぜられてバター状にされそうである。
「ぅんん………っ、ぁ、む、」
「ともよ……―ぁあッ」
京美は慌てて叔母の服の裾を捲ったかと思うと、その反動みたいに力無く開いた口の上で、快感に蕩けた蜜を溢水させながら喘いだ。ぶるぶると震える。
朋夜の腹の上に液体が飛び散る。そのたびに、彼女の臍の辺りが引き攣った。
「朋夜………セックスしたい」
「だめ」
「したい。朋夜の中に入りたい………」
「京美くん。カノジョ作りなさい。好きな女の子、いないの?京美くん、かっこいいからモテるでしょ……?」
京美は首を振った。まだシリコンホールを叔母の手ごと動かしている。
「朋夜」
「わたしじゃなくて……若くて綺麗な子、大学にいっぱい……」
京美は聞き分けの悪い子供みたいに首を振る。男女比に大きな偏りのあるような構成の大学ではないはずだ。金持ちの家が幼少期から大金を注ぎ込み、効率的な学習と様々な経験を積ませて入るような、煌びやかな大学である。そういう点では、高校時代の学業成績一辺倒で受かった彼は少数派で、決して貧しくはなかったけれどその大学に通う学生の中では惨めな思いをしたのかもしれない。父親も母親もいない家である。
「朋夜がいい」
「いいじゃない、女子大生……華が、あるでしょう?」
朋夜は華のある女子大生というものを謳歌しなかった。しかしこの甥が通う大学の女学生ならば……
「朋夜より綺麗で可愛い子、いっぱいいるよ」
この場に於いて、そういう言葉はむしろ彼女を安堵させた。そもそもこの義甥は、以前から天条奏音に執心していた。しかし相手は社会人で、他の男の影がちらついている。あの茶髪の青年とどういう関係なのか、きっちり明言はしなかったけれど。
「そ、そう。じゃあ、まずはお互い知り合って、デートに誘ったら……?」
「でも朋夜が一番綺麗で可愛い……勃つだけじゃ意味ないだろ。ヤりたくなるだけの女になんか……抱き締めてキスして守りたい女じゃなきゃ、付き合ったって意味ないだろ」
「京美くん……?」
彼は乱暴に叔母の頭を抱いて、何度も唇を押し付けた。
「朋夜がいい。他の女なんかどうでもいい……他の女でよかったら俺、こんなことしてない」
荒れ狂う波みたいに、彼は叔母の口を吸って彼女の息を奪う。
「朋夜……」
「ま、待って……待って、待って、京美く、」
「他の女に、好きな女がいるけど付き合ってくれって言えばいい?気が済むまで好きでもない女を抱き潰せば、朋夜、俺のこと、抱き締めてくれる?」
計算なのか否か。京美は叔母の双眸を覗き込むと首を傾げた。
「京美くん。女の人は、道具じゃないの。生きてる人間なんだよ」
「そうかも知れないけど……俺は朋夜のことしか、そういうふうに考えられない。男も女も関係ない……有象無象だ。俺の目には、朋夜だけ人間ならいいんだ。他のものなんか、どうでも……叔父貴ももういないんだから」
「京美くん」
繋ぎ留められてから甥はあからさまに感情を見せるようになったが、その半分は悲哀である。
彼はけほけほと咳をして、朋夜の腹の汚れを拭き取ると彼女の服を戻して隣に寝転ぶ。
「京美くん」
「朋夜がいい。他の女なんかどうだって……」
「一緒に居たから、そう思うだけ。憧れの叔父さんと結婚した相手だから……きっと、同い年くらいの、それか年下の子がいいよ。男の子は若い子、好きでしょう?わたしだってもう少ししたら30代だもの。京美くんから見たら、若い叔母さんから、急におばさんに見えると思うんだ。男の子からみたら年上の女の人の30代って、そういうものじゃない?」
京美は叔母の手を握った。
「なんで決めつけるの」
「若い女の子を追うのが、男の人の本能だから。今はまだ若いから、年上の女の人に甘えたいのも分かるけど、そのうち自信がついて……なんであんなおばさんを、って思うよ。それも、叔父の奥さん」
朋夜の声は掠れ、段々と彼女の望む先が遠くなっていく。
「俺は朋夜がいい。朋夜がいい。朋夜じゃなきゃ、やだ」
京美は同じことを繰り返しながら、その言動は徐々に癇癪じみてくる。彼は叔母の身体に絡みついて乗り上げる。
「朋夜がいい……朋夜がいい!」
軟禁されてからというもの、こうである。彼は結局、啜り泣くことになる。朋夜はここ数日間、毎日のように甥の歔欷を聞いている。
京美は何度か咳払いをして、朋夜の身体に顔面を擦り付ける。
アルバイトを無断欠勤している。家まで送ると約束を交わした糸魚川瞳汰はどうしているであろう。しかし朋夜はそれどころではなかった。甥の疑念、警戒、不安は大きいらしかった。彼女は部屋を引っ張りだされ、廊下に布団が敷いてある。鎖は短くされ、廊下からトイレに行けるまでの長さしかなかった。玄関ホールからリビングに行くまでの廊下を横断するように柵が設けられている。朋夜の部屋の扉は閉められ、京美は帰ってくるのと同時に、叔母がいることを知れるのだ。
鍵の解かれる音がして、まもなく玄関扉が開いた。京美はけほけほと咳をして入ってくる。朋夜は寝転んでいたところを起き上がった。
「ただいま、朋夜。遅くなってごめんね」
しかし遅いという感じはなかった。彼の手にはケーキかドーナツでも買ってきたような長い紙箱がある。
「朋夜……おやつ買ってきたんだ。食べよう」
京美は昏い目元をそのままに、口元だけで笑む。
「太っちゃうから……」
朋夜は顔を背ける。
「朋夜」
叔母の反応に京美は傷付いた顔をする。そして焦りへと変わっている。
「朋夜……」
紙箱を投げ捨てて、彼は柵の中に入ってきた。横たわる叔母の身体に圧しかかり、乗り上げる、彼女を構う。
「朋夜、朋夜。怒ってるの?」
「怒って、ないけど……」
京美は叔母の身体に擦り寄り、そして突然腰を引いた。
「朋夜……勃っちゃった」
「そう……」
「朋夜としたい」
「だめ」
一度は腰を引いたが、その理由を白状すると、彼はもう躊躇いもなかった。叔母へ硬く膨らみはじめたものを押し付ける。
「舐めて」
「京美くん……」
「朋夜の中に入りたい……口でもいいから、朋夜の中に入りたい………」
甘えた声で義甥は朋夜へ勃起を押し付け、腰を揺らした。その手は彼女の下腹部を撫で回す。彼は甘えて媚びているようで、情緒不安定になっている。下手に刺激すれば、下腹部で性交させられてしまうかも知れない。
「……分かった。出しなさい。口でするから…………」
京美は喜びに目を眇め、叔母の唇を吸う。
「朋夜」
「早くなさい」
彼は大いに頷いて、欲望の芯を作る場所を晒した。朋夜の睚眥を浴びて、先端のプラムがさらに熟れた。
彼女はおずおずと舌を伸ばした。唇で焦らし、舌先で舐め上げ、それから口腔に迎える。
「あ………ともよ、」
京美の掠れた声はやはり甘えていた。
溢れてくる唾液を使って甥の劣情を扱く。卑猥で陋劣な音がした。甥の冷たい手がいやらしい温もりを纏って髪を撫でていく。
「中に出したい……」
口を離す。内容も然ることながら、その表現に厭悪を催す。
「朋夜……」
彼女は敢えて嚥下しなかった涎を、その場で垂れ流した。口を開いたまま下を向き、吐き出した。
「ごめんね、朋夜。赦して」
京美は朋夜に飛び付いた。
「俺を嫌いにならないで。俺から離れないで……」
彼は叔母に頬擦りする。そして匂いを嗅いだ。風呂も共に入らねばならず、甥の手によって洗われる。甥はその艶やかな黒髪に、購買層を女性主流にしたシャンプーを塗りたくり、リンスをつける。ボディーソープ、洗濯用洗剤、家の匂い、それ以外に髪まで同じ匂いがするようになった。
朋夜は両手の間で揺れる鎖を鳴らしながら甥の欲熱の始末をした。
「朋夜………、出る…………」
「出しなさい」
「キスして……」
「だめ」
熱く硬く、脈の浮いたものを擦り続け、掌が爛れそうだ。疼いているのは握っているものなのか、自身の手なのか、彼女にも分からない。
「朋夜、好き………好き、ァっ!」
激しく抱き付いた甥の肉体が弾む。手の中のものが爆ぜる。背に回った彼の指と爪が背中に減り込んだ。
「ぅ………うぅ………」
淫らで儚い微睡み然とした時間が呆気なく終わったことを惜しみ悲しんでいるのか、将又、ひとつ欲望を解き放ち、また違う憂愁に襲われているのか。甥は呻めき嘆いている様子である。
「俺を嫌いにならないで……」
「ならないよ」
「離れたら、いやだ」
「離れない」
やがて子供みたいに首にぶら下がるようにして抱きつく。彼はけほ、と咳をする。
「京美くん」
朋夜の眉に皺が寄る。
「知らない父親のところに、引き渡すの、やだ」
「うん。分かったから……引き渡さない。京美くんの傍にずっといるから……京美くん、その咳……」
甥は激しく首を振った。女性向けシャンプーとリンスが薫る。洗髪剤を変えたせいか、髪型が変わり、雰囲気もいくらか幼くなってしまった。だが雰囲気は、シャンプーやリンスのせいだけではないだろう。
「平気……不安になっただけだから…………朋夜のこといっぱい虐めたから、俺のこと親父のところに引き渡すんじゃないかって………不安になって、よく寝られなかっただけだから……」
「でも、」
彼はまた髪を振って甘い香りを放つ。
「本当…………ちゃんと寝るから平気……朋夜が傍にいるって約束してくれるなら、大丈夫…………ちゃんと寝る………」
朋夜は甥の瞳を覗き込んだ。彼は怯えて暴れ、彼女を突き飛ばす。
「京美くん」
彼は頭を抱え、蹲って泣き出した。不可視の棍棒で背でも打たれているみたいに、咳嗽が続く。朋夜は驚愕に目を見開いていることしかできなかった。病没した夫も20歳手前、こうであったのか。遺伝にせよ、まだ若くはあるまいか。叔父と比べると、あまりにも早くはあるまいか。
「京美くん……」
「普通に、喘息……叔父貴だって、そうだったろ。だから……大丈夫なんだ。朋夜……」
顔を赤くし、涙でぐしゃぐしゃになった顔が、歪な笑みを作る。
京美はさらに警戒心を深めた。朋夜はとうとう視覚を奪われ、手枷首枷と同様の素材の目隠しが顔の上半分を覆っていた。後頭部でベルト式に留められているらしい。足枷も増えた。手はまだある程度の自由はあったが、ぴたりと右足枷と左足枷が接着している。暇潰しのためにと小型のラジオが置かれ、延々と名文学を朗読している。しかし朋夜はろくに聞いてもいなかった。
気が狂うのかもしれない。朋夜は自身にその兆しがあるような気がした。しかし気の狂う兆しがどういうものなのか分からなかった。
彼女はこの誘惑に負けてしまった。音鳴きしない小動物の断末魔じみた奇声を上げる。
おそらく京美はペット用カメラでそれを見ていた。翌日には口枷が追加され、ヘッドフォンを付けられたが、それはすぐに外れてしまった。
軟禁がほぼ監禁に変わり、さらに数日経った頃のことだった。鍵の軋る音と玄関扉の開く感じは朋夜にも分かった。しかし京美の声がしない。彼は『ただいま、朋夜』と言ってすぐに駆けつけてくるのだ。咳の頻度が悪化したということはここ数日間なく、彼の帰宅後に目隠しは外されるため、そのときにみた顔色、容貌からみても急激な悪化ということは、少なくとも今朝まではなかった。
「京美くん……?おかえり………」
情緒不安定で、幼児退行せざるを得ない境遇にあった彼なりの陽動だったのかも知れない。
「綾鳥さん」
しかし返ってきた声は京美ではない。朋夜はびっくりして身を竦めた。
柵を退かす音が間近に聞こえる。異国情緒溢れる甘い香りは、シャンプーやリンスでついたものではない。エスニックな雑貨店の前を通ったときに嗅ぐものである。
「驚きましたよ。まさに、小説より奇なり、ですね」
朗らかな口調に驚いた様子はなかった。口枷を解かれると、朋夜は顔に触れる体温を拒む。
「ぃや……!」
「ぼくが誰だか、声だけで分かるんですか?それはそれで嬉しいですけれど。それとも、肌が覚えている……?」
視覚が利かず、朋夜はどこに逃げたらいいのか分からなかった。相手は戸惑う彼女を容易に捕まえることができる。
「綾鳥さん。ぼくは誰ですか」
「い、糸魚川さん……」
「そうです。正解」
「み、京美くん……多分見てるから、帰って………」
京美は確かなことは言わなかったけれど、言動からしておそらく監視されている。甥が情緒不安定に陥るのはまだいいほうだった。彼は心身共に脆くなっている。早まったことをするかもしれない。
「いやです。見てるんだ、甥っ子さん。やっぱりただならない関係だったんですね。素敵だ」
目隠しが解かれていく。朋夜は眩しさに目を瞑った。目の前の男がするみたいに目元を細めながら、徐々に慣らしていく。
「カメラ、ああ、あれですね。ペットカメラで不倫発覚なんてよくある話です」
糸魚川瞳希は朋夜の肩を抱き寄せて白いプラスチックの機械を指した。
「いや……!京美くんが、」
「綾鳥さんにとっては甥っ子さんが大事なんでしょうね。でも甥っ子さんにとって綾鳥さんはどうでしょう。こんな刑務所より酷い生活……甥は叔母の人権を奪ってもいいということでしょうか?」
「京美くんが、死んじゃう……京美くんが死んじゃうわ!こんなことをしたら……帰って!」
この監禁生活は、気弱で臆病な彼女の精神を汚染するには十分だったのだろう。朋夜は糸魚川瞳希を薙ぎ払う。
「帰って!帰ってよ!京美くんが死んじゃう!」
「あっはっは。綾鳥さん、すごいな。洗脳されてるんですね。ペットカメラ不倫、ぼく一回やってみたかったんです。興奮しちゃうな。安心のために設置したカメラに、好きな人が自分じゃない男と交尾してるところが映っていたら……寝取られた側に感情移入して寝取る。これって寝取りの醍醐味なんですよ」
瞳希は目を爛々と輝かせた。カメラの前へ朋夜を押し出し、足枷を解いてしまう。
「やめ……てっ!京美くんが、死んじゃう……!自殺、しちゃう!」
「そう言って脅されたんですか。自分の命を盾に、綾鳥さんを脅したんですか。だとして、本当にそれを実行したとき、脅迫者は幸せですよ。綾鳥さんを雁字搦めにして、息絶えるその瞬間までおめでたい妄想に取り憑かれながら、高笑いして逝けるんです。はたから見て自殺でも、こんな幸せがありますか?世間なんぞは非業の死ばかりで溢れているのに?」
瞳希は相変わらず朗らかだった。
「やめ………っ」
首輪に指を引っ掛けられ、彼女は瞳希の顔に迫る。
「閉じ込めたつもりで、今窮地じゃないですか。大切なものには足を与え、翼を生やさなくては」
噛み付くような口付けだった。
「やだ………」
拒めば拒むほど、引き留める力は強い。押し付けられるだけのキスが解かれる。
「京美くんが、」
「燃えちゃいますよ、そういうの」
首輪から伸びる鎖を短く持たれ、朋夜に自由はない。
「放して……」
「放します」
糸魚川瞳希は銃社会の人間みたいに両手を上げた。朋夜は彼の膝の上を落ちて、床に転がった。鎖がじゃらじゃらと鳴る。
「解放しますよ。警察沙汰ですよ、こんなの。合意の上なんですか?それならどうして無断欠勤なんて。連絡もつかないようでしたし。解雇でしょうね、多分」
「どうしてうちの鍵、持ってるの……?」
「ナイショです」
瞳希は朋夜の手枷を外しはじめる。
「やめて!」
「何故ですか」
針金にしては固そうで、クリップを真っ直ぐ伸ばしたにしては太い金属の棒を彼は手にしていた。手枷の鍵穴に挿し込んでいる。
「京美くんを刺激したくないの……」
「そうやって甥っ子さんの機嫌とっていくんですか」
朋夜は腕ごと手枷を取り戻す。彼女は瞳希を睥睨する。
「各々のやり方がありますからね、ご家庭の。正解なんてありませんし……あっはっは」
彼は虚しく、わざとらしく乾いた笑い声を出した。咳払いにも似ている。
「テレビや新聞って、見ました?」
「え……?」
「いいえ……それどころではありませんもんね」
両手を結び鎖を引っ張られる。
「糸魚川さん……」
真上をとった糸魚川瞳希は彼女を見下ろし、淡い陰を纏った。彼はいつものように涙袋を膨らませない。笑いもしない。
「糸魚川さん……放して…………」
「チョウやトンボって、翅を捥がれたらもう生きていけない設計してるの、残酷だとは思いませんか。いいえ……あいつ等はただ生殖のためだけに生まれ墜とされたんですものね。一個体の幸福なんてものは、あったものじゃない」
彼女を引き倒して被さる糸魚川瞳希の穏和な顔が凶暴になっていく。
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