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蜜花イけ贄 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意
蜜花イけ贄 12
しおりを挟むアサガオはぼんやりと椿の山茶が出ていくのを見ていた。桔梗は負傷した彼の手を取る。
「洗って、薬を塗りましょう」
彼の手を汚す血は乾いて、鱗のようになっていた。水場に行くと、桔梗はその傷口を洗った。
「わっ!わっ!怖いよ!」
傷の近くに触れる指が痛みを想起させるのか、アサガオは喚き、顔を背けた。桔梗は彼の手首を掴んで、逃げようとしているというほど意図的でないけれど、腰が引け腕を取り戻そうとしているアサガオを押さえつけていた。
「しっかり洗っておかないと……」
「痛いの、怖い……」
アサガオは情けなく眉を下げた。桔梗は弱った表情を見つめたが、彼の腕を脇に挟んだ。
「怖かったら、抱きついていたら。何か抱き締めていると、そういうの、和らがない?」
彼女は最初、賢い閃きをしたつもりだったが、いざ口にすると恥ずかしくなってしまった。途中からそのおもてに苦い微笑が混ざる。
「桔梗ちゃぁん」
だがそれを気にするアサガオではなかった。おどけているのか本当に怯えているのか、頼りない声を上げて彼は彼の目の前にある華奢な背中に片腕で縋る。
「や、やっぱり少し、くすぐったい……かも」
傷口を洗うと、彼は桔梗の背中で震えた。顔を埋めたらしく、局所的に温かくなるのが妙に力が抜ける。
「ちょっと、痛い」
「ごめんね。でも薬塗っちゃうから、綺麗にしておかないと」
傷を左右に開くと、ひゅっと息の切れる音が耳元で聞こえる。
「じゃあ今度から、怪我したら、桔梗ちゃんのところ来よぉ~っと」
「うふふ。分かった。おいでなさい。でも気を付けて。怪我しないように」
桔梗はダリアに使っていた薬をよく洗ったアサガオの傷口に塗って塞いだ。その上から包帯を巻き、さらに彼女は、使わなくなった着物で作った柄布で締めた。
「ありがと、桔梗ちゃん」
彼は華美な布切れを眺めている。暗い地にそう淡くもない鮮やかな紫色の花と、靄のような白点が染め抜いてある。
「いいのよ。お大事にね」
そうは言いながら、桔梗はアサガオの傷付いた手を両手で握ったまま、なかなか返せずにいた。彼もまた、彼女に傷のある片手を託したまま取り返そうとしない。
「桔梗ちゃん、人狼、怖い?」
澄んだ双眸が真っ直ぐに彼女を射抜く。桔梗は彼の緩んだ顔のほうに見慣れていたが、今はしかつめらしい。
彼女は首を振って俯いた。
「今は、怖くない。その人狼ってものを身近に感じないから……けれど、あれが人狼だ、あれは人狼ではないかと、疑い合う人たちが怖い。そのうちわたしも人狼を身近に感じて、誰かを疑ってしまうかも知れないことが……」
アサガオは彼らしくない無表情で口を閉ざし、前に座る桔梗をただ見ていたが、やがて膝をついたまま腰を上げると、彼女に抱きついた。
「大丈夫……きっと。多分……疑っちゃうのは、仕方ないよ。それは桔梗ちゃんが悪いからじゃない」
桔梗は暫くのあいだ、アサガオの腕の中に甘えていた。
アサガオはすぐにダリアと打ち解けた。客人用の布団を出して、彼はダリアの部屋で寝るらしい。桔梗は自室の布団に入ったまま、アサガオとの抱擁を思い出し、全身といわず特に頬と足先と手先を火照らせていた。そして堪らなくなって自身を抱き締める。すると、窓も襖も閉め切っていが、どこからともなく純白の蛇が現れた。桔梗はすぐにそれを認めたが、見慣れた様子でさほど驚きもしなかった。ときおり同衾するのである。気分次第では両足や両手に巻き付いたり、衣の中に潜り込んで悪さをする。こう頻繁に姿を見せ、好色的なところはあれど噛みつきもせず毒も移さないとなれば、ただの白い爬虫類に対して、彼女は―この妻は関心すらも抱かなくなっていた。人外の夫ではなく、生身の凡夫に誑かされている。このことを、細長く純白で鱗に覆われた人でないものはどのように思っているのだろう。
妙に温かくなった布団と布団の狭間に入り、妻と添い寝するのかと思うと、蛇は彼女の首に巻き付いた。そうでもしなければ、この妻は夫に意識を割かないふうでもある。それが策ならば成功である。彼女は首に巻き付かれたことで蛇に意識を割いた。
「赦して……赦してください」
蛇は桔梗の細い首の上を回る。野うさぎを絞め殺すのとそう変わらない要領である。夫は恋に浮つく妻を殺すつもりらしい。
桔梗は死ぬのが怖くなってしまった。夫の鱗が剥がれようとも、疵つこうとも構わないようだ。彼女は爪を立てて体温の感じられない縄蟲を取ろうとする。或いは引き千切ってしまうことも厭わない感じだった。
桔梗は死ぬのが怖くなってしまったのだ。アサガオが視界に映ると高鳴る胸、軽くなる足、歌い出しそうな喉を知った瞬間、死ぬのが怖くなってしまった。
「赦してください……」
"ならば口付けよ"
白蛇は頭を横に持ってきた。以前は泣くほど嫌がった。しかし今となっては、農民の輝かしい笑顔を前に、穢らしくいやらしい淫蕩な白蛇の悍ましい鱗などは、湯呑だの土瓶だのに口を付けるの大差がない。迷いもなく彼女は白蛇の匙みたいな頭に接吻する。
蛇は妻の首に巻いた身体を解いた。布団の中へ消えていく。しかし彼女の衣の中に侵入しただけである。華奢な体躯の割りに豊満な左右の胸の狭間を住処にしてしまった。
夜が明け、朝飯を食らうと、アサガオは畑仕事に出るらしかった。桔梗は出遅れる。すでに外に出ている彼を呼び止めた。
「桔梗ちゃん!行ってくるね」
「アサガオさん。お弁当を作ったの。よかったら食べて。また戻ってくる?」
「ううん。ありがと!」
着物の切れ端で作った弁当包みを差し出すと、日輪が恥じらい、飼犬も悄気返るような眩しく無邪気な笑顔を浮かべた。
「おんなじだね!」
彼は弁当の包みと怪我を締めた布を見比べた。桔梗はその傷のある手を両手で大事そうに握る。
「気を付けてくださいな。夕飯を作って待っていますから」
そこには良妻めいた女の姿がある。夫にしては甲斐性のなさそうな、頼りなさそうな男が畑に向かい、彼女は見えなくなるまでその背中を見送っていた。
「朝から見せつけてくれるねぇ~」
大きな欠伸をしながら、華美な衣服に身を包む椿の山茶が露出した逞しい胸板を掻きながら言った。
「おはようございます」
桔梗は先程の春風のごとし麗かさはどこへやら、小嵐のごとくすげなさで身を固くした。
「そう身構えるないや。護衛を替えてほしい~り言ったのは、お嬢さんだんべがな。ま、葵ノ君があれじゃ、間違いじゃなかったってことさな。あーしは命じられた仕事以上のことをする気はねぇんでね。
義憤に駆られて人狼討伐に赴くなんて殊勝な心掛けはありませんや」
彼は不躾に桔梗の肩に手を置いた。彼女は露骨に不快を示す。彼女は男への厭悪を知ってしまった。その体温や肉感に対する拒否感を、知ってしまったのだ。アサガオに抱き締められてから。
「で?腹には何も、いねぇね?」
またもや不躾に、彼は桔梗の腹を押さえた。だがそれは戯れではなかったのだろう。口調こそふざけていたが、声は低くなり、何より彼の放つ空気が、肌を痛めるほどに尖りきっていた。無粋な揶揄ではなく、彼なりの職務上の訊問である。
「居るとしたら、山茶様か、薬師様の子です」
桔梗は自身をも斬り苛んで嫌味を言った。椿の山茶は笑っている。
「よろしい。悲劇は作らねぇこった」
彼はぺち、と桔梗の腹を叩いた。まるで小悪党の子供じみている。
「葵ノ君が寝込んでるから、暇なら見舞いに行ってやることさな」
「……はい」
「嬉しさのあまり即座に全快しちまうかも分からんね」
椿の山茶はいやな冗談を言って溌溂と彼女の住まう屋敷に入っていった。隠れて酒でも飲むのだろう。
桔梗は見舞いの品を買うと、薬屋の裏にある葵と山茶の屋敷を訪れた。使用人が中へ案内する。まだ若い、篤学者の見習い風の青少年である。
すでに襖の奥から、魘されたような喘鳴と鼾めいた吐息が聞こえる。
「容態は、よろしくないんですか」
「かろうじて一命を取り留めたとのお話です」
桔梗は眉を顰めた。何者かの冗談を、この使用人も信じているのではあるまいか。葵の病状はあまりにも急激な悪化ということになる。否、彼は病を伏せて今まで活動していたのか。
使用人は襖を軽く叩いたが、応答はなかった。
「あの、これ、お見舞いの品です」
襖の向こう側から反応のなかったことに、彼女はいくらか安堵していた。使用人は桔梗を無表情に一瞥し、勝手に襖を開けてしまった。暗い部屋がまず見えた。そして薬草らしき香りと、仄かな酒臭さと、鉄錆の匂いである。
匂いの発生源は腰下だけ布団を掛けて寝ている葵だった。一体、左肩から右腰骨の辺りまで肉の裂ける病とは何であろうか。包帯の上からでも傷の形が分かってしまった。太く滲んだ赤線によって。
「本当に病なの」
「病……?」
使用人が反問する。
「病ではないの?」
「怪我です。人狼討伐で、袈裟斬りに……」
「袈裟斬り?人狼は刃物を使えるの?」
「人と狼の姿を渡り歩くそうですから……」
いくらか彼女は、この使用人に対して威圧的で嫌な客人になっていたことだろう。特にこの使用人が苦りきっている様子はなかったが、彼女の面構えには棘と険とがある。
「失礼。椿の山茶様から、ご病気と聞いていたものだから」
「人狼が剣を扱えるとなると、いたずらに混乱を招く虞があるためと、承っております」
苦痛の中にある葵が桔梗の声に気付いたらしい。小刻みに震えた右手を上げる。
「き、きょう………さま………」
深くも擦り切れた息遣いに、音が混じっている感じだった。
「薬師様」
「何も、お出しできず……申し訳ございません……」
震えている右手を差し出され、桔梗はそれを受け取った。互いに意味はなかったのだろう。いいや、それがこの哀れな怪我人の本心で、桔梗の後ろめたさだったのかもしれない。
「お恥ずかしい……」
彼は身体を起こしかけたが、激痛が走ったらしいのがその表情からよく分かった。ただで汗ばんでいた額から汗が落ちる。
「人狼が刀剣を持っていると知れたら、民草は狼狽えるでしょう……どうか、私は病に臥せっているということに、しておいてください」
途切れ途切れ、ほぼ痛苦による喘鳴に紛れながら、葵は言った。
「はい」
「人狼は2人組です……」
弱った目が些か媚びているふうだった。
「2人組の人物には、ご注意ください。しかし、他言は無用です……みな疑心暗鬼の沙汰ですから。2人組の者たちが、無益に殺されてはなりません」
彼は痛むであろう左腕も動かして、両手で桔梗の手を握った。
「このような風体を晒して、お恥ずかしい限りです」
「忠義に篤いのでしょう。その傷を誇ることはあっても、恥じ入る必要はありません」
彼女は心にもないような淡々とした響きで喋った。しかしそれでも、葵は苦痛の拭い切れない顔に、わずかな微笑を含ませた。
「そうおっしゃっていただけて、私は幸いです」
彼は嘆息した。握った手が力を失う。隈の浮かぶ白磁みたいな顔色で、安らかに目蓋を閉じた。
そのとき傍に座していた使用人が前のめりに動いたのも手伝った。
「薬師様!」
桔梗は膝立ちになって大怪我人の前にもかかわらず、咄嗟に大声を出してしまった。
「まだ生きています……申し訳ありません。少し、疲れてしまって……」
そよ風みたいな喋り方であった。
「いいえ。どうぞ、そのままお眠りください」
先程の動揺が嘘のように、桔梗は冷淡な態度をとる。
「男所帯のむさ苦しい屋敷さ。お嬢さん、その怪我人の夜伽なんかをしてくれないかね」
すぱんと快く襖を弾いて開くのは椿の山茶である。使用人は身を小さくして部屋から出ていった。
「部外者がここにいては、薬師様も気が休まらないでしょう」
桔梗は座ったまま椿の山茶を見上げる。彼が桔梗の前まできて大仰に屈んだ。顎を撫でている。
「へっへ。女人の看護のほうが治りが早いもんなのさ」
「何か根拠が?」
「ねぇ。ただ、沸き立つ生命力が違かろうて」
話にならぬと彼女は葵のほうに直った。
「ちったぁ弱音のひとつでも吐いたらどうだい。御大の褒賞に与る前に、ぽっくり逝っちまいますど」
椿の山茶は立ち上がり、布団の上で苦痛に息を切らす怪我人へ投げかけた。
「なんてことを……」
桔梗は非難の声を上げた。
「弱音なら……すでに、いくつか……」
葵は薄い目蓋を閉じたまま、呂律も回さずに答えた。椿の山茶はおどけたように目をまろくし、直後には引き攣った微苦笑を浮かべる。
「ほぉ?珍しいこって」
2人の目交わしを桔梗は側から見ていた。異様な感じがあった。
「それで?お嬢さん。叶えてやる気はあんのかね」
「わたしには、わたしの暮らしがございますから」
桔梗は立ち上がって、適当な挨拶を吐くと、屋敷を出ていこうとした。玄関で使用人に呼び止められる。
「桔梗様と、葵の旦那様との仲は、椿の旦那様から聞いております。葵の旦那様は粥もお吸い物も召し上がらなくて……ですが桔梗様なれば、その意地ゆえに……口にしていただけるかと……」
村夫子にかぶれていそうな使用人は困り果てている様子である。あの葵の痛苦に呻く容態をみて、桔梗も何も思わなかったわけではない。
「では、夕飯どきに参ります。いつ頃です」
使用人は項垂れていたのが、ぱっと顔を明るくして時刻を告げた。
「分かりました。それから椿の山茶様の言う薬師様とわたしの関係には誇張があるかも知れませんから、先に言っておきますけれど、ただの監視と監視される者で、今は薬屋とその客です」
「ふふん。あーしとお嬢さんのどっちを信じるかね?石蕗二等祐筆補佐官見習いくん」
椿の山茶は使用人の肩を抱き寄せる。
「どこにでも現れるんですね」
桔梗は冷ややかにこぼした。
「そら、お嬢さんの護衛だん」
椿の山茶はひょいと若い面皰の青臭い青少年を放り投げる。
「それではまた、例の刻に」
彼女はほぼ使用人のほうへ向いて頭を下げた。
「ンで、お嬢さんはこれからどちらに行くんで?」
「隣町へ、買い出しに……」
「ほぉ。あの百姓に美味いものでも食わしたいという算段だね」
「そうです」
顔を顰めながら、桔梗は素直に肯定した。
「良妻ごっこには手間暇がかかるこって」
「ほんの数日です。贅沢をお許しください」
「普段が質素すぎる。もっと贅沢をしたっていいくらいだった。あの叔父の財産相続人かつ、元貴族の家に身を寄せてるならねぇ」
彼女は顔を伏せていた。椿の山茶の茶々の入れ方は、図星を突く。人の傷に鋭爪を捩じ込み、割っ開くのだ。
「ほんの数日。いいねぇ」
桔梗は俯いたところで、固く目を閉じ、唇を噛んでいた。
「目を瞑ってやるさ。ただ、何も宿すな」
逞しい腕が首に引っ掛かり、肩に乗った。背中に他者の体温を感じる。耳元の囁きは低く威圧的だった。肩を抱く腕も親交を示したものではなく、脅迫なのかもしれない。空いた手が、先程と同じように腹に添わる。首を竦め、肩を上げて、桔梗は身を縮めた。使用人から背を向けるようにしても、椿の山茶はついてくる。
「そういう関係ではありません……」
「自重しているならよろしい」
「…………」
「あちらさんが、興味を示さないのか知らんがね」
鼻を鳴らして嗤うのが聞こえた。
「そうですね。イモリでも捕って焼こうかと」
「ほぉ。炭になるまで丹念にな。で?買い出しならそこにいる石蕗補佐官見習いに頼むでな。人狼がのさばってんだ。好き勝手行かせらんねぇわな」
「監視されている身ですからね。分かりました」
嫌味たらしく彼女は返す。
「村でおとなしく過ごします」
「早々と人狼片付けばいいのだがね」
含みのある視線を寄せられる。椿の山茶はまだ彼女の引き連れてきた貧しい農民が人狼ではないかと疑っているらしい。桔梗はその目を無視した。
「昨夜逃げたあの忍びのこと、薬師様はなんて……?」
「あの大怪我も大怪我人には言えないこってすわ。あれで付き合いが長いんだで。身分こそ違ぁけどな。そんな幼馴染みたいなんが敵方に回っちまいました、なんてなったら、治るもんも治らんわ。黙しておきやっせ」
彼は肩を竦める。
「分かりました」
桔梗は改めて頭を下げ、使用人の務めにある青少年へ目配せすると、屋敷を出ていった。
自身が身を置く屋敷に戻ると、戸を開けてすぐの玄関で、ダリアの姿をしたダリアでないものが、脚を広げて自涜の最中らしく股を見せていた。それを美女が男に対してやるのなら誘惑の意味合いがあったかもしれないが、生憎桔梗には不快なものでしかなく、またダリアの風貌であるという点については怒りに至る。
「ダーシャを辱めるのはやめて」
彼女は語気をきつくした。ダリアは光にぶつかったように突然身体の力を失ってぐったりと横たわってしまった。そしてまたどこから入ってきたか、白い蛇が家主然とした威風でやってきて、まるで子や妻の帰りを待っていたかの有様であった。比喩も誇張もなく、言葉そのまま首を長くして、彼女が履物を脱ぐのを待っている。桔梗は桔梗で、薄気味悪い蛇を前に豎立し動かない。焦れたほうが食われるか飢えるか、彼女はカエルと化したのだ。だが蛇のほうは圧倒的に優位にあった。人質もいる夫である。険しい表情を隠さずとも佇立している妻に巻きついた。一体それはどれほどの長さであったか、頭はそう大きくなかったが、胴はあまりにも長い。大蛇とはいえなかったが、長蛇であった。妻の下肢に蔓よろしく絡みつき、胸の真ん中を這うと、乳房を強調するように締め上げた。
"我を愛せ"
喉に3回ほど塒を巻いてから、目交いに小顔を持ってきた。
「愛しております。恋い慕って……」
"あの袈裟斬りの傷に入り込んで、御事を屠ってもいい"
「おやめください……」
"我を抱け!"
蛇は鱗と同様に白い牙を見せた。薄紅の長い二叉の舌が可憐で、不釣り合いである。雪と桜だ。見慣れた色である。恐怖の対象ではない。
「抱きますとも」
すると蛇による緊縛が解かれた。胸元に頭突きをする人物が現れるが、反対にぐったりしていたダリアの姿は消えていた。
「抱いて、抱いて。お妻しゃん」
狐の耳を生やした珍妙な青年が、桔梗の胸とも鎖骨付近ともいえぬ場所に顔を押し付けている。
「他の人のところ、行っちゃヤダ」
「どこにも行きません」
「嘘だ。だっておよめしゃん、ボクじゃない人のコト考えてる……ずっと、ずっと……」
尨毛の焼けた大根みたいな尾を打ち鳴らして、珍奇な青年は糾弾するような調子である。
「だって薬師さんは、お命が危うい状態で……」
「違う、その人じゃない!あの薬師さんじゃない!」
泣きそうになって、彼はぽかりぽかり妻の肩口を叩いた。宛ら市井の由々しき夫婦喧嘩である。多くは夫の不貞に嘆き謗る妻と、ただ無言の狭間に謝ることしかできない夫の構図が役割を逆にしてそこにある。
「ボクのことだけ愛して」
彼は噛み付かんばかりである。そこだけ人のものではない牙を見せた。
「あなたのことだけ愛しています」
「嘘だ!」
それは人の哀訴ではなく獣の威嚇を思わせる。
「夫はボクなのに……!違う人のお妻さんになろうとしてるでしょ!」
「していません!」
きゃんきゃんと人懐こい犬猫みたいなのが煩わしかった。夫を突き放す。
「わたしにそのような自由はないのですから」
相手が人ではないという認識が、彼女を傲らせた。また狐畜生のごとき耳と尾を持つ夫を侮らせた。
うるさいとばかりに斬り払う調子で彼女は吐き捨てたが、そこに清々したところはなかった。
「じゃあ、夫婦の時間、してよ」
「……今からですか」
だが言ってしまってから、今の、まだ日が昇っているこの時間のほうが好都合であることに気付く。
「うん……」
「分かりました」
桔梗は睫毛を伏せ、夫とは目も合わせなかった。手を引かれ、部屋へと誘われる。
「赤ちゃん、作ろう」
「一体わたしは、何を身籠るのですか」
「ボクの子」
布団も敷かずに夫は彼女を倒す。何の抵抗もなかったのは、やはり後ろめたさゆえか。着ているものを脱がされていく。愛撫が肉体を覚ましていく。時折腿を叩く甘薯めいた尾が、冷淡な妻へ鞭打っているみたいだった。
「ボクを愛して」
手段を選ばなくなったらしい夫は、桔梗の良心を突き刺さし抉り取って腐らせることも厭わなくなった。彼の顔が変わり、そこにあるのは、叔父に向けたあどけなく淡い初恋から長いこと臥せて形を変え、身体も成長するにつれ暗黒に放置していた蝋燭に、火を点した相手であった。
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