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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年
熱帯魚の鱗を剥がす 19
しおりを挟む糸魚川双子の部屋は2階に別個にある。瞳希の部屋は、元は物置代わりだったらしい。彼の使っている少ない家具と、脇には季節外れの物品が積まれている。殺風景であるが、その質素ぶりは朋夜の部屋とあまり変わらない。かといって貧さを思わせるわけではなく、随分と整理された屋根裏部屋を思わせる。
「散らかっていてすみません。人を呼べるようなところじゃないですね」
彼は卑屈なところもなくにこにことしていた。
「いいえ……そんな……」
「カノジョは埃臭いって言ってたんですよ」
元の部屋は8畳ほどだが居住スペースは6畳ほどだった。使っていない家具や衣装ケースにはタオルを乗せてあったが、ところどころ確かに埃をかぶっていた。それでいて瞳希の生活する6畳はまるで家具屋の見本みたいなものだった。
「兄の部屋より広いのは拙いでしょう。なんとなく。喧嘩になる。まぁ、そう大きな喧嘩とかはしたことないんですが。双子は、お揃いでなきゃ」
大らか過ぎて愚鈍の域にありそうな瞳汰と、穏和な瞳希である。朋夜から見ると同胞には見えなかった。互いにマイペースで、一人っ子が2人いるみたいだった。
「お揃いだったんですか?」
何気なく問い返す。大した興味はなかった。多少の相似は認められるが、兄弟という範囲で、双子と聞くと意外な感じがある。
「お揃いじゃなかったですよ。似てませんからね。見た目も性格も。綾鳥さんから見てどうですか?似てます?ぼくたちは」
「あまり似ていないかも知れませんね」
彼はその返答に満足したみたいだった。煌びやかな微笑を湛えている。そこに妙なかぎろひを認めたとき、朋夜の全身の毛穴がひゅっと締まった。糸魚川瞳希が一頭の牡に見えた。彼女は思わず後退る。甥に対して抱いた羞悪を催す警戒心がここでも誤って発動してしまったらしい。直感と乖離した理性によって後ろめたさが押し寄せる。
「瞳汰くんは、溌溂としていて、エネルギッシュでしょう?糸魚川さんは、爽やかで……」
朋夜の強張った愛想笑いに、瞳希の眸子に秘められた危うげな輝きが増した。さらに彼女の直感は、自身では御しきれないところが、警戒を呼び掛けている。
「ははは、よかった。ぼくって綾鳥さんにそう見えてるんだ」
廊下から無邪気な話し声が聞こえる。ドアが閉まっていた。冷房がかかっているのかも知れない。肌寒い。しかしそれは温度によるものではないらしい。冬に晒される寒さの類いではなかった。どちらかといえば夏にアトラクションや映画で得られるそれに近い。
「カノジョはそうは言ってくれなかったので……嬉しいです」
眇められた目に萎縮する。アプリコットじみた唇は柔らかな笑みのはずだ。
「カノジョさんは、なんて……?」
やはり大した関心はなかった。しかし沈黙はこの場に於いて居心地が悪い。糸魚川瞳希とは無言の空気の中でも気拙さはなかったはずである。だがこの場に於いて、肌が、直感が、本能が、静寂を恐れている。
「恋人ですか?ウジウジしてて、陰気だって言われましたよ」
彼は照れ臭そうに笑うけれど嘘臭さがあった。その匂いを隠そうともしていないふうだった。
「そ、そうなんだ……?なんだか意外で……」
話し声が移動し隣で落ち着く。糸魚川瞳希の醸し出す空気感が研がれ砥がれ、危ういものを帯びる。彼が一歩一歩、踏み込むように近付くのを見ると望まない確信に戦慄く。
ピアノとは違うがピアノのらしき電子音が聞こえた。鍵盤を無作為に押しているような脈絡のない音が壁をひとつ隔て鳴らされる。同じ部屋にいる人物の目の色が変わった。膨らんだ涙袋の奥に潜んでいるのは欲望だ。
「綾鳥さん」
呼ばれきる前に朋夜は反応していた。だが遅かった。否、飢渇した若い猛獣の挙措が速すぎたのだ。朋夜の肉体は捕らえられると部屋奥のベッドに沈められた。格闘技と見紛うほどの身のこなしてまあった。身投げのようですらある。濁流に落ちた一葉にも似ていた。
急激な浮沈に朋夜の思考はついていかない。身体には他者の体温と多少の重みが乗っている。よくある洗剤の匂いにふわりと異国情緒の甘い香りが混ざっていた。
「捕まえた」
それはもしかすると少女漫画のワンシーンに思えたかも知れない。ところが主観視点になった途端、そこにあるのは生命の危機である。
「瞳希くん……」
しかしまだ現状を受け止めきれず、彼は冗談でも言ってすぐに退くものだと朋夜はも思っていた。願望に寄せて信じていた。ところが爛々とした眼差しを見るに、彼が故意に、このような流れへ持ってきたことを知らなくてはならなかった。
「綾鳥さんは……京美くんと、どういう関係なんですか?変な関係じゃないですよね?」
瞳希は鼻先に鼻先をくっつけかねないほど近くにいた。
「なんで……」
「質問に答えてください。甥とはどういうご関係なんですか」
拾うように両手を回収されてしまう。それまで朋夜は何もかも忘れてしまった。盲いていた。自分に抵抗という選択があることも見えなかった。
「綾鳥さん」
腕は頭上で纏められる。朋夜はただまばたきすることしか許されていないみたいだった。
「教えてください」
麗かな顔が迫る。ぼやけた。囁かれる。耳腔にメープルシロップでも注ぎ込まれているような甘たるさだ。
「綾鳥さん」
「糸魚川さん……マユちゃんいるのに、こんなの……」
「マユ?」
彼は「誰だそれは」と言わんばかりの不思議げな表情をした。
「カノジョ……」
朋夜も呆然としてしまう。
「あ、ああ……マユ。マユは…………ふふふ、ぼくは綾鳥さんが好きだから」
「え……?」
頭上で膝をつき、まるで添い寝のような体勢で瞳希のカルメラみたいな眼光を浴びる。
「でも、マユちゃ……」
「そうですね、マユはカノジョです。上面の関係をいうなら。ですが、カノジョが一番好きな人であるべきだ、なんて決まりはありませんよね。だってそんなの、誰が決めたんですか?」
過去の傷は塞がるだけ塞がり、痕になっているが、もう津液が滲むことはない。痒みも起こらない。ただ時折、じくじくと思う出させる。痛みそのものではなく、痛みを負ったということについて。
「酷い……」
「酷いですか?じゃあ別れます。だって綾鳥さんと……ふふふ、綾鳥さん」
瞳希の顔が落ちてくる。朋夜は顔を背けた。耳朶を舌で掬って遊ばれた。
「綾鳥さんのこと、歳上なのに、ずっとかわいいなって思ってたんです。美人だし……あまり目立つ感じじゃないですけど」
「離れて……ください。マユちゃんに、悪いですし……」
「悪くないです、別れますから。マユが欲しいのは、"有名大学に通ってるカレシ"でぼくじゃありません。それから"カレシ一筋な一途なワタシ"ですかね。自己実現のために必要なのはぼく個人じゃないんです。兄を見た時の落胆と言ったら……ぼくもちょっとだけイラっときました。兄を殴ったとか言われた件については、全然なんとも思わなかったんですが」
片手で朋夜の自由を奪い、瞳希は獲物と見つめ合いながら満足そうに話す。
「でも、それでも、マユちゃんのカレシなんですよね……?」
「そうです、今は」
朋夜の表情が歪む。反対に相手は笑っている。
「離れて、ください……」
「離れません。ぼくは綾鳥さんを手に入れます。今日」
彼女は頭を振った。整えられた掛布シーツに髪が擦れて乾いた音を立てる。
「やめて」
「手に入れます。もう手に入れたんですが……」
瞳希の肩や腕を押してみる。しかし彼は退かない。多少の加減はされているが女の身体を敷いたままだ。肘をついたのとは逆の手で呑気に朋夜の前髪を摘んだり撫でたりしている。
「驚きましたよ。薄々、そうだったらな~なんて妄想はしていたので、まっさかぁ、なんて。驚いたのは、綾鳥さんが自ら口にしたことにです。デキてるんですか?実際のところ」
やがて前髪を掻き上げられながら手櫛を入れられて朋夜は額を晒した。
「わたし、いつ……」
覚えがなかった。生え方と逆向きに髪を撫でられる不快感も気にしていられない。
「言っていたじゃないですか。暗闇の中で犯されながら。甥っ子の名前を呼んでいましたよね?あれはどういうことなんですか」
朋夜は気の違った、人語も解せない相手と喋っている不気味さに惑う。覚えのないことを、然も皆が知る事実かのように語る。兄の瞳汰のどこか浮世離れし、白痴じみた屈託のなさに反し、瞳希は今風に垢抜けて親近感のある程度に俗っぽかった。ところが今の瞳希は、病的すぎるあまり霊的な域に達するような不気味な存在になってしまった。
恐ろしさに震えた。彼女は目を瞑る。するとまたピアノめいた電子音が聞こえた。隣に人がいることをまたもや思い知らされる。それは救いであったか、はたまた苦難であったのか。ぎこちない曲が奏でられる。たとえば隣室にいるのが、瞳汰一人であったのなら朋夜は声を上げたかも知れなかった。しかし彼の傍には子供がいる。嫌なものを見せたくない。朋夜は瞳希を睨んだ。彼は杏色の健康的な唇に弧を描いていた。やはり恐ろしかった。甥が牡に化けるときと同じ眼光を携えている。瞳汰を呼ぼうか。考えてから、何故瞳汰が双子の弟を庇わないと思ったのか、彼女は咄嗟に選択しかけたところで留まった。そうしているうちに瞳希の掌が彼女の口元を覆う。
「喪服姿の綾鳥さんを駅で見かけたときからぼくは……夢中なんです。また会えるなんて嬉しいですよ。もう会えないものなのかと思って…………寂しい思いをしていたんですから」
深々と眉間に皺を寄せながら朋夜は欲熱に潤む瞳希の双眸を探る。何を言っているのか理解に至れない。そもそも彼は、他者が理解できるように話しているのだろうか。
「京美くんでしたっけ。彼とはどれくらいなんですか。どこまでしたんですか。この唇は、もう奪われたんですか?」
少しざらりとした指が朋夜の唇の端から端までをなぞる。リップカラーが拭き取られていくようだ。
「ちが……―ッ」
言わせないとばかりに彼は頭を傾けて拭いたばかりの唇を塞いだ。どこまでが自身のものだったのか分からないほどにとろけた接吻だった。境界線が消えてしまったのだ。肌が期待と紙一重の不安を訴えている。個人の魂が介入できない、肉と肉、肌と肌、本能と本能が意気投合してしまいそうである。たったの一箇所の触れ合いでそれを思い知らされてしまった。朋夜はびくりと身体を波打たせる。肉と精神の談合を承伏したのは朋夜だけではない。瞳希もまた彼女の反応につられ、唇を強く押し当てた。角度を変えて何度も女の口唇を吸う。吸っては浅く食んで、飽きる様子もない。暫くは表面的なキスで遊んでいたが、やがて親鳥と雛鳥の餌付けみたいに瞳希は厚くした舌を朋夜の口腔に捩じ込んだ。肉体の奔放ぶりに負けた精神はすでに寝呆けていた。相手の舌が闖入してきた途端に彼女は全身から力が抜けていた。不本な行為のはずだった。しかし肌が期待に期待を重ねた結果、甘やかな恐怖を呼び起こす。
「ぁ……っふ、ぅ」
奥で避難していた舌が穿くり返され、捕まってしまった。巻き付く舌の質感を脳髄で感じてしまう。舌と舌が擦れ合うだけで仄かな快感が広がった。腰が揺れる。下半身は密着し、脚は接していた。相手に知られていてもおかしくない。
「んっ、く………ぅ、」
口水が溢れていく。瞳希は悪趣味にもそれを掻き鳴らした。口腔はまるで全自動洗濯機の如く、それでいて技巧的だ。淫らな戯れに朋夜の身動きは忙しない。衣擦れがする。時折ベッドが軋んだ。嚥下しきれない2人の唾液が喉奥へ流れ込み、朋夜は咳をした。瞳希が離れる。しかし両者はまだ切り離されず、脆い橋が架かった。3秒と保たずに消え失せる。
「放して……、放してください……」
咳き込みながら彼女は訴えた。口角から垂れた津液を掬い取ろうと伸ばされた手も払い落としてしまう。
「まだ終わりませんよ、綾鳥さん。兄を呼びますか?兄を呼んで、助けを求めますか?」
咳をしているにもかかわらず、まだ彼はちゅっちゅと朋夜の濡れた唇を啄んだ。リップカラーは落ちてしまった。
「どうして、こんなこと……」
「綾鳥さんに夢中だからですね」
「マ、マユちゃんは…………」
「言わせたいんですか?あはは、綾鳥さんも巷の女みたいなマウンティング根性があるんですね。ぼくはマユより綾鳥さんが好きです。綾鳥さんを愛しているんです」
瞳希は彼女の首筋に顔を埋めた。唇が肌を愛撫する。
「さい、て……ぇ、です……っ」
「最低ですね、分かってますよ。最低の二股野郎です。気持ちではもう誤魔化しきれないほどの差がついてますが……セックスでちゃんとマユには尽くしますよ」
「やだ……っ、放して、放してください!」
服の裾を捲り上げられるのは本日二度目であった。キャミソールにネイビーのブラジャーが透けている。彼は顔を上げてその姿を観賞した。手はキャミソールの密着した脇腹の感触を愉しむ。
「ブラジャー、素敵ですね。よく似合ってます。綺麗です、とても」
「いや……っ!」
片手で括られた両腕を振り切ってどうにか自由を奪い返す。瞳希は焦った様子もなかった。涙袋を膨らませて目元は穏やかに微笑んでいる。
「綺麗ですよ。とてもお似合いです」
己を抱いて胸元を隠しす朋夜を、相手は嬉々として眺めていた。まるで愛猫や愛犬が可愛らしいことをしているのを見守っているような様相である。彼だけを切り取れば、その目線の先に下着を晒す女が横たわっているとは思えない朗らかさ、呑気さだ。嫌がる歳上の女を存分にその眼で舐め舐ると、彼は胸を隠す彼女の腕を剥がした。キャミソールが捲り上げ、素肌とブラジャーが露わになる。瞳希は服とキャミソールの撓とブラジャーの狭間で盛り上がるふっくらとした日に焼けていない脂肪を吸った。
「痕……いや、っ!」
「京美くんにバレちゃったら大変ですね。でももう遅いですよ」
肌を吸われる。ちゅぽっ、と滑稽な音がした。赤い花弁が触れて色移りしたみたいに彼女の胸元は小さく鬱血していた。
「あ………あ……」
「京美くんにアイシテもらえませんね」
やはりその微笑する青年だけを切り取ると、彼の眇められた両目の奥に映るのが蹂躙された女の姿とは思え難かった。
「あ……」
「素敵です。何もかも素敵です」
抵抗するだけ彼は相手をする。ブラジャーのフロントホックを外す間も戯れるような攻防があった。ところが虚しくも朋夜の豊満な胸は紺色のゲートから解放された。
「ああ!」
悲嘆の声が上がる。だがそれも、爽やかな青年を食らった獰猛な牡獣には悦びの囀りとして聞こえたことだろう。
「綾鳥さん……!」
肉食獣みたいな危うさを持ちながら、彼は瑞々しい大きな肌桃に齧り付いた。その匂いを嗅ぎ、吸い付くす。糸魚川瞳希の唇には化粧用顔料が塗られていたのかと紛うほど、朋夜の乳房には薄紅色が散らかされていった。彼女の肌を別の場面で目にしたものは、まず発疹を疑うかも知れない。
「あ、あ……ああ!糸魚川さん!」
混乱のあまり叫んでしまった。ピアノに似た電子音に掻き消される。いくつか鍵盤を押してまた静かになる。
瞳希は揉みしだき吸い尽くし染め上げた女体から一旦顔を上げた。
「勃ってますね」
揶揄の意は感じられなかった。それは事実確認だった。今までの挙動はどこへやら、あまりにも冷静な態度で指摘され、朋夜は羞悪を煽られる。嫌がっていたくせに反応しているぞ、と言わんばかりである。だが彼は明言しない。普段の表情とは裏腹に無愛想な指が避けられていた柔らかな皮膚に触れた。指摘どおり、先端部はつんと天井に背伸びしている。無造作に突つかれる。
「ぁっんっ」
甥に追い詰められ、先程も弄ばれてから彼女は暗雲をその臍下に飼っていた。そして今まさに、瞳希によって一度落ち着いたものが呼び覚まされつつある。
「腫れてるわけじゃないですよね?ぼく、よく分からなくて。胸はあまり触りませんから」
つん、つん、つん、と彼は手持ち無沙汰のペン回しのような要領で朋夜の張り詰めた乳頭を突つく。
「興味なくて。綾鳥さんの胸には興味ありますよ?ただマユはぺったんこでしょう?向こうから誘ってくるんですが、多分忖度してるんです。ぼく、そこまで性欲強くないのに。遠慮してるんですね。セックスするしかやることないカップルって悲惨です」
突ついていただけの指先は、今度は凝った実粒を軽い力で何度も倒す。起き上がるたびに倒し、暇そうな掌は脂肪を揉んで遊び耽ける。
「ゃ、んっ、ぁっあっ……」
脚と脚の間が蒸れていく。腰が溶けていくような熱が生まれている。
「暇だからセックスするんです。やることないから。話すこともないので……あるにはありますが、ぼくが聞いてばっかりで。別にいいんですがね、人の話を聞いてるの好きですし。楽しいですもん、どういう関係かなんて関係なく」
涙堂をぷくりと膨らませて喋る男の指は、作業的に、ところが的確な技巧を持って朋夜の両胸を刺激する。左右の先端部は疼き、腰にさらなる慰めを求めている。
「本気のセックスってぼく知らないんですよ。童貞みたいですね。みたいというか、童貞なんです。挿れて腰振って終わるんですから。でもぼくは……やっと、見つけたんですよ。見つけたというか気付いたんです。挿れて腰振って射精するだけの暇潰しみたいなセックスはもういいやって」
劣情以外にはもう何も読み取れない目で覗き込まれた。朋夜の身体が震える。媚びろと肉体が訴えている。胸の先端から脳と下腹部に伝える快楽に流されてしまいそうだ。すでに彼女の顔は惚けている。虚ろな目は瞳希を捉え、口からは涎を垂らして唇を濡らす。寄せられた眉が悩ましい。
「綾鳥さん」
甘い疼痛に支配された二箇所を摘まれる。指と指の狭間で捏ね回され、彼女は身を引き攣らせた。
「ああんっ」
「胸すごいですね。こんなに感じてくれるなんてありがたいです。もしかして京美くんに開発されてたんですか?だとしたら悔しいな。この前セックスしたときはあまり感じてくださらなかったから……」
睫毛に涙の絡んだ朋夜の目が仄かな疑問を示す。
「ぼくです。暗闇の中で綾鳥さんを抱いたのは」
彼女は眦の裂けそうなほど目を見張った。
「ぼくですよ。気持ち良かったです、綾鳥さんの肉体は」
あっけらかんとしている。朋夜は口を閉じ切るだけの力もなくぱくぱく顎を動かした。叫び声を出すだけの活力はなく、またそうするだけの思考も回らない。
「綾鳥さんを抱けた……それだけで満足だったんですが、こんな傍にいるのに何も無いだなんて……そんなのは、苦しくて」
彼は目をかっと大きくした。満月をそこに嵌め込んだみたいな狂気を帯びている。欲情の果てには命さえ奪っていきそうな、まったく理性の翳りもない目付きに朋夜は全面的に降伏するほかなかった。隣から無邪気な声と音が聞こえる。それでいてこの部屋では胸を丸出しにした女が男にその乳頭を擂り潰されて嬌声を上げている。恐怖と屈辱を一時的に塗り替えてしまうほど、その指淫は巧みだった。
瞳希の口に含まれ、十数分、あるいは数十分前まで縺れるほど絡め合わせていた舌に艶やかな疼痛を掬われたとき、とうとう彼女は果てた。池沼に深々と沈められていくような全身を覆う恐ろしい悦楽だった。溺れて足掻くこともできないほどの快感に朋夜はそこに突き落とした犯人にしがみつき、縋りつくしかなかった。無意識に男の腕に爪を立てる。男のほうも、その薄皮を削がれる痛みに満足しているようであった。
「あ………ああっ……」
高められたくせ抑えられ、溜め込まれ続けた官能の爆発は大きなものだった。それだけでなく、この糸魚川瞳希という人物と朋夜の肌理の凹凸は、まるで元々ひとつだったかのようにぴたりと合った。
彼女はすでに皺の偏って乱れた掛布団のシーツを逆手に握り、さながら寒がる生まれて間もない仔猫だった。
とゎーん、ぽゎーん、と隣の部屋から呑気な音が聞こえる。
『それはこれじゃないの』
子供の声がしてから、エレクトーンの音がする。
「綾鳥さん」
ぼんやりしている時間はなかった。瞳希は四肢を投げ出した朋夜のボトムスを脱がせにかかる。ブラジャーと揃いの紺色のショーツの上から股に鼻先を差し込み、暫く静止していた。
「官能小説をよく読むんです、ぼく。官能小説そのままですね。芳醇な匂いがします。綾鳥さん……あなたは、いちごの妖精みたいだ」
彼は長いこと紺色のショーツに顔を押し当てていた。
「恥ずかし……い……」
恥は何枚重ねても機能した。胸を晒し、媚態を披露してもなお、ショーツを嗅がれることには羞恥を覚える。彼女はうとうとしながら腿を閉じた。内腿で挟んでしまう。瞳希は髪を擦り付けながら彼女の膝から頭を抜いた。
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