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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年
熱帯魚の鱗を剥がす 18
しおりを挟む甥の指先がくるくると円を描く。朋夜はそれが左右の胸の先端部に当たるたび、息を詰めなければならなかった。一体甥の京美はどういうつもりなのだろう。無かったことにしたい叔母が黙認しているのをいいことに、彼は小さく芽吹いた痼りを挽いていた。にちゃにちゃ、ねちゃねちゃと瞬くたびに目蓋の鳴りそうなほど淫猥に輝く眼玉から、朋夜は視線を外せずにいた。
「ん……っ、」
大胆になっていく指遣いは、そのうち実を摘んだ。軟らかく泉いた唇は引き結んだとて容易に滑り、開いてしまう。甘えた声が漏れた。すると、生唾を呑む喉の軋りを真下で聞くことになる。それが瓦解を意味をしていた。暗黙の受容と寡黙な奔放が崩れ去る。
「叔母さん……!」
熱っぽい響きが生々しい。掠れてもいる。それが猥らな空気を醸し出す。
「わた……し、もう、寝ないと………」
胸が先端を目指して張っている。そして一部が2つ、くすぐったさに似た疼きを訴えている。さらには下腹部にまで緩やかに連動し伝播している。
「寝られるの?」
「う、うん……」
「うそ」
京美の頭が朋夜の頭の脇に沈んだ。彼女は首筋に生温かさを感じる。それから皮膚が吸われた。
「っひ、……」
ざらついた質感が這う。吐息を感じるたびに力が抜けた。
「俺の……叔母さんは、俺の。朋夜は俺のだから……イトイガワも、神流おぢさんも、知ったことじゃないよ」
「京美くん………くすぐったいよ。くすぐった………い、」
挙動不審な甥が怖かった。牡が怖い。男が恐ろしい。身が竦む。あらゆる事情が朋夜を束縛し、媚び諂う態度をとらせた。だがそれはあくまで、心身の破滅に繋がる暴行を回避しようとしているのであって、この蛮行を促して求めているわけではなかったはずだ。
「俺が寝かせてあげる。今日から毎日でもいいよ」
京美のなめらかな白い両手が朋夜の寝間着のボタンを一つひとつ上から外していく。
「えっ、えっ……京美く………」
現れたタンクトップを捲り上げられ、夜用ブラジャーを晒す。そこでやっと、甥の目に毒なものを見せている認識を強めた。
「や、やめて、京美くん。何してるの……」
照れ笑いを繕い、彼女は気拙さをやり過ごそうとした。ところが京美は絵本やそれらしいものに出てきそうな"氷の貴公子"然とした冷え切った美貌で叔母を眺めている。
「俺の……俺のだから。誰にも渡さない……朋夜は、俺の。俺のだ。俺の……」
悲痛な呟きだった。当てもなく解消する術もない母親に対する飢渇した情を、まったく異なる関係で、ただ年上というだけの女に向けるしかないのではないか。朋夜は己の状況も忘れて孤独なこの子供を哀れんでしまった。否、彼にとっての父親代わりに違いのなかった叔父の妻は、畢竟、母親である。それは誰を指しているのか―
「俺の……!」
乱暴な手が叔母を下着姿に剥き、膝を割り開く。京美は膝頭にまで唇を落とした。
「京美くん……っ、しないよ………?ヘンナコト、しない…………」
「しない。分かってるよ。寝かせるだけ……気持ち良くして……寝かせる、だけ……」
爛々とした眼も汗ばんで熱い掌も渇いている感じのする喉もそうは言っていない。今にも牝肉で身体を潤そうと画策している。
「京美くん……もう平気……だから……わたし、もう寝る……よ?」
この哀れな義甥が牡獣と化さないよう、朋夜なりに気を遣っていた。その声音は媚びに媚び、阿諛している。
「朋夜……」
熱病患者の譫言だ。彼はもう虚ろである。
「ね、もう、京美くんも寝よう?疲れたんじゃない?」
「……叔母さん」
触れたら爛れそうなほど熱く、妙に毛羽立った感じのする手が朋夜の頬に添えられた。
「京美くん……もう、寝ようよ………」
彼女は甥のこの異変を、眠気によるものだと信じたかったのだろう。
まだ片方の手が膝頭に残っていた。脛を撫でる。何度も撫でる。膝頭に戻っては、脛の中間までも行かぬところで折り返す。不気味な摩擦だった。熱も生まれない。朋夜の肌はむしろ粟立ってすらいる。
「ね、ねぇ……」
「寝かしつけるから。俺が……」
頬を触る手が離れた。朋夜は下着を晒している恥ずかしさに火照る顔を腕で隠す。だがすぐに外された。そしてさらなる恥ずかしさに彼女は身悶えなければならなかった。下着に手が入っている。薄い茂みを掻き分けて、木通𡱖の様子を窺っている。
「京美くん!なんで……っ」
「気持ち良くする」
朋夜は身を起こしかけて甥の二の腕に縋る。彼は相変わらず虚ろな、妖しく、何かに操られてでもいるようなおかしさで叔母をとろんと見つめた。さらにはロボットが新たなプログラムを読み込んだみたいな唐突さで首を伸ばして唇を吸う。
「しない……、しないって……」
「セックスは、しない。セックスはしないけど……」
まだまだキスが物足りなさそうな距離で彼はぼやいた。
「いや……!しない。ぜんぶ、しない……!」
やはりまだこの甥は口寂しかったようである。叔母の動く口唇に吸い寄せられていって塞いだ。二度、三度、タップするような軽さで接吻する。そうしている間にも、彼の指は叔母の肉蕊を探した。辿り着き、柔らかく抉る。
「ぁっひ、」
「気持ち良くなって」
漏れた声を抑えようとしてももう遅かった。すでに後の祭りであるにもかかわらず、彼女は口元に手を当てる。しかし京美はそれを赦さない。
「朋夜」
加減はされていた。爪を立てられたわけでも抓られたわけでもない。痛みはないというのに一方的に与えられれ望まない快感はまさに暴力だった。敏感な箇所を擂られている。
「あんっ、あっぁ、!」
「朋夜」
京美は叔母の嬌声を愉しみながらも、情欲を堪えきれなかったのか、顎や口角を狙ってキスをする。
「んっゃ、あっん」
「ともよ……」
やがて快楽を捏ね回されて大きく凝り固まって、脳天へ突き抜けようとしたとき、執拗な指先が止まった。
「あ………あ、ぁ……」
「大丈夫。ちゃんとイかせる」
不本意に高められておきながら絶頂を迎えられなかった肉体は不平不満を訴えるように腰を揺らした。朋夜の意思の乖離したところで、彼女の欲望と甥とが会話をしているみたいだった。
京美の指は雛茎から下を辿った。窪みを見つけ、湧き出た秘蜜を潜る。
「みやびく……っ、ん」
「中でイこ?」
おそらく中指がひとつ、内部に侵入した。レイプされて間もない。
「や……だ、やだ……、」
_自ら掻き出したときは、どこか呆然としていられた。その作業に取り掛かるまでが長く感じられ、しかし長風呂は同居中のこの甥に怪しまれることが想像できた。彼女はただ頭を真っ白にし、擬似的に乱暴された部位を洗った。痛みがある。力強く何度も洗い過ぎた。屈辱が今になってやってくる。
「あ、あ……っ」
「朋夜?」
「やだ………それ、やだ……」
「怖い?」
甥の指に体内を探索されている。レイプ被害を咎めるように感じられた。誰にも知られたくない。この甥には特に知られたくない。ただでさえ卑猥で乱れきった関係を彼に知られている。すでに呆れられ、落胆されているのである。次はどうなるのだろう。また叱責と嫌味の日々に巻き戻るのであろうか。朋夜は身を強張らせた。
「朋夜、怖くないよ」
「みやびく………ん、もう、ダメだから……」
まだ挿入に慣らしている段階である。京美の眉間に皺が寄る。
「……も、う……イ、イっちゃう…………から、」
これは彼女の嘘であった。京美を退かせるための、不器用で粗末な企みであった。
「ウソだ」
親指でぐりりと過敏な肉芽を挽かれる。
「ぁひんッ」
また本意ではない甘い痺れを叩き込まれる。
「朋夜、ウソ吐くの?俺が朋夜のカラダのこと分かってないと思った?バカにするなよ」
潜んでいた指が突如、方向性を変えた。侵入したのは中指だけだったはずだが、数を増やし、外部と内部から追い詰めることを意図した技巧で刺激される。
「あ、んっや、ぁっ、あんっ、あっ!」
「朋夜はイくとき、そういう声出すでしょ」
湿った音がする。手淫を施され、腰が持ち上がった。それがさらに京美の悪戯を促す。
「や、あっんっ、あっ、あっ、あんっ」
「俺のこと騙そうとしたの?早く終わって欲しかった?気持ち良くない?カラダはそうはイってないけど……」
すでに朋夜の下と京美の指は水音を奏でていた。
「あ、っんっ、もう……っィっああッ!」
「それとも俺がイヤなの?」
水音が止まった。京美の手も止まった。朋夜の腰はまだ慣性の法則の如く、大胆に跳ねている。彼女は散々期待させられておきながら肉の悦びを味わえなかった。
「朋夜は俺がイヤなんだ。俺がイヤなら、俺になんかイかされたくないよね」
下腹部に暗雲が立ち込め、疼いている。身体は快放を望んでいた。反対に、朋夜は「イヤ」というものの主語の違い、質の違いを弁解できないものかと考えていたが、そこには悶々とした雑念が入り乱れ、妨げになっていた。
「おやすみ、朋夜。また明日」
京美は叔母の濡肉から手を離した。指先が淫猥にてらてらと照っている。彼は不貞腐れた様子もなく、叔母の顔面を啄み回した。しまいには顔に張り付く髪を払うついでに頭頂部から指を通して毛先まで梳いてから去る。
◇
顔を合わせた瞬間に無言のまま至近距離まで迫る男体に朋夜は戦々恐々とした。相手は長いこと同じ屋根の下に暮らす甥であるから彼女は戸惑い、己を咎めずにはいられない。
「叔母さんも出掛けるの?」
遅めに大学へ向かうらしい京美と出掛けるタイミングが重なった。先に玄関ホールにいた朋夜はいくらか機嫌の好さそうな甥に狼狽を見せた。彼はすでに若い義理の叔母を壁と自身の肉体で挟んでいる。
「叔母さん?」
顔を伏せ、睫毛を伏せ、目を伏せて泳がせる叔母に京美はあざとく首を傾げる。
「う、うん……ちょっと出掛けるから……京美くんも大学行くんだよね?気を付けていってらっしゃい………」
今までのパターンから読めば、舌打ちが返ってくるか、或いは返事も何もないかだった。朋夜もまだそのつもりでいた。しかし陰が迫る。暗雲みたいである。
「叔母さん」
呼ばれて顔を上げたのは彼女にとって迂闊だった。陰険な感じのする美貌を捉える前に、その距離によってぼやけていた視界がさらに霞んだ。唇が湿る。
「ひとりでした?」
触れて離れ、それでも額と額にビー玉ひとつ挟めるかどうかという場所で彼が問う。朋夜はふるふると否定に頭を揺らす。反応はない。二の腕を掴まれ、乱暴に引き寄せられるが、受け止める硬いクッションは間近にある。力強い抱擁は頑丈そうでもない女を潰しかねない。
「あ、あ、京美く……、大学、行かないと………遅刻しちゃ……う」
「まだ時間、平気なんだけど。叔母さん送ろうと思っただけ」
「そういうことなら、だ、大丈夫よ。ありがとうね」
妖異で野蛮な目の輝きを、この叔母は目視せずとも察していた。接した部分から伝わる爛れかねない不埒な体温と粘こい蒸れ。皮膚と毛穴のひとつひとつが警戒どころか危険信号を出している。
「叔母さん」
それは希求を訴える響きを帯びている。
「も、もう行かないと」
「…………そう」
快諾という雰囲気ではなかったが、彼は確かに承諾した。ところが、朋夜は一向に解放されない。甥の手が彼女の服の裾を持ち上げる。
「京美くん……?」
「急いでるんでしょ?急いでるなら協力して。早く終わらせあげる。最後までしないし」
「え……?」
キャミソールまで持ち上げられて、京美のでは細さを確かめるように叔母の腹周りを揉むように腰から上に登っていく。
「京美く……」
彼は紺色のレースの下着を凝らしていた。視線は舌となり、滾った眼が舐め回している。
「エロい顔してどこ行くの?」
背中に忍び込む腕はブラジャーのホックを探していたが、ないことが分かると胸と胸の間に割り込む。フロントホックが呆気なく外される様を見ていることしかできないでいた。
「困る、よ……」
解放されてしまった胸を押さえる。刺激してはいけないと、防衛本能が諭している。
「ねぇ、質問に答えてない。どこ行くの?」
「買い物……」
「ふぅん」
乳頭を隠す両腕を甥は剥いでしまった。朋夜は身体を半転させて背を向ける。
「い、いや!」
嘲笑うような指先が逃げる胸の先端を咄嗟に繰った。
「見せて。見せろよ、叔母さん。そんな小さいのに、すぐ気持ち良くなっちゃうところ」
甥は後ろからでも叔母を攻めた。腕を落とさせ、豊満な胸を揉む。
「だめ……本当に、だめ……もう出掛けるから……っ」
「早めに終わらせるって。待ち合わせしてるの?約束してるとか?誰と?女の人なら問題ないね。レズの人でも、女なら、こんないやらしい表情、嗅ぎ取れないもんな」
指は彼の話している間も朋夜の胸の柔らかくも硬くなっていくところを轢いた。
「ぁ………っぅ、」
「男と会う気ならやめておいたほうがいいよ。大事なこと?スマホとか保険とか、契約なら、俺も一緒についていくんだけど?」
「ちが……っ、ぁ」
「誰と会う気なの?」
勃ちあがった実粒を碾くだけだった指がさらに仲間を呼び寄せて、摘んだ。凝りを確かめられると艶やかな痺れが強さを増して体内に広がる。
「あ……ん」
「言えないの?どうして言えないの?」
大きな膨らみに宿る控えめな膨らみが淫らに甚振られていく。
「ぁっ、んっ、ぁあ………っぅん、」
「叔母さん……!」
女の痴態に炙られ焼かれ煮られて燻された甥はぐいとその下半身を叔母に押し付ける。
「いや……っ、京美くん、放して……」
「言えよ。誰と会うの?」
「友達よ……友達と会うだけだから……」
「ウソだ」
敏感に硬くされた部分を撚られる。脳髄に響くような朧げながらも深い快感が染み渡る。
「本当…、だから……」
「帰ってきた時、証明できる?風呂入らないで、検査させろよ……」
甥の言い分は横暴だった。しかし頷かなければいつまで経っても解放されそうにない。彼は叔母に対する嫌がらせに於いては命を賭けているのかも知れなかった。
「京美くん……大学はちゃんと行ってね……わたしは大丈夫だから」
大学を休みさえするかも知れない。彼の叔父であり朋夜の夫は、高校を出たら働くと言って聞かない京美を大学に進学させることについて苦心したという。生前に語っていた。そして死後の計画も、彼は甥が大学を卒業していることが前提になっている。朋夜は余程のことがない限り、この孤独な甥には学業を優先させるつもりであった。しかしこの甥は、叔母への嫌がらせにこそ刻苦精励している。
「……うん」
京美の手が離れる。興が削がれたらしい。朋夜はすぐに胸の下着を直した。捲り上げられたキャミソールと服を下ろしてから甥と向き合う。
「見送らないから。ヤバそうなときは電話して。講義中とか、気にしなくていいから。何からあったら嫌だし」
「うん……ありがとう」
多少の掠れを残していても、彼の声はいつもどおりに冷淡だった。だが朋夜はそれで安堵した。情欲が拭われている。
家を出ようとしたときに腕を掴まれて止められた。唇を奪われ、弾かれたように放された。
「いってらっしゃい」
甥が言った。朋夜はさっと顔を背けてしまう。何も返せず玄関扉から出た。気の利いたことを言えない自分を恥じながら。
恐ろしい甥に素直に伝えなかった行き先とは、彼が狼藉を働いた糸魚川家である。明かせば厄介なことになるであろう。自分も行くと言いかねない。仮に日を変え時間を変えて甥を連れて行ったとして、ふたたび糸魚川 瞳汰を殴らないとも限らない。また瞳汰も自分を殴った相手を家に快く入れられるだろうか。彼は入れるかも知れない。朋夜はそう読んでしまった。そしてそれを朋夜は苦々しく思った。気持ちの優しい子なのかも知れない。それか迂愚なのである。そこに付け入れられない。本人に謝らせるのが筋であろう。だが甥は糸魚川瞳汰という人物に頭を下げるであろうか。己は何をして、何がどう悪かったのかを理解しているであろうか。表面的に、抽象的には分かっているかも知れない。しかし理解し、反省し、悔いているのだろうか。この点に於いて朋夜は甥の信じていなかった。信じるか否かというよりも、飛髙京美と関わる日々の中で構築された人物像のシミュレーションからいって、理解はしても、反省と悔いはないように思えた。
駅前の洋菓子店で焼菓子を買って糸魚川宅に向かった。インターホンを押すと、すぐに返事があった。その声は双子の母や父、その他家族ではなく、瞳汰か瞳希であるようだが、戸を隔てているとどちらか判じることはできなかった。玄関が開き、現れたのは双子の弟の瞳希のほうだった。顔を合わせると、双子といえども似ず、兄のほうではあまり特徴的でない涙袋を膨らませる。来訪に対して疑問よりも歓迎が先のようだ。驚いた様子はない。
「こんにちは、綾鳥さん。いらっしゃい。どうしたんですか?」
「いきなりすみません。わたしが倒れたでしょう?そのときにお世話になったのと……―」
彼女の声が低くなった。双子の兄に起こったことを話せば、彼は気分を害するかも知れない。激しい拒絶や非難してもおかしくはない。瞳汰は家族であろう。
「―それから、わたしの甥が瞳汰くんを殴って怪我をさせたものですから……」
「えっ、そうなんですか?」
しかしまだ詳細を知らないせいか、彼は眉を顰めることもしなければ、声を低くすることもない。
「本当は、甥本人を連れて来るべきなのですが、お恥ずかしい話ですけれど、また何をしでかすか…………瞳汰くん、いらっしゃいますか」
「生憎なんですが、今居ないんです。なんかついさっき出掛けていきましたけど。電話して呼び戻しますよ」
「それじゃ悪いわ。また来ます」
朋夜が軽く頭を下げると、瞳希は首を傾げた。
「歩いてきたんですか」
「はい」
「大変でしょう。ほぼ出勤みたいなものじゃないですか。今日はお休みなのに。上がっていってください。瞳汰にはぼくから話しておきますから」
瞳希は朗らかに笑って中へと促す。
「でも……」
「気にしないでください。兄はああ見えて頑丈ですし、実際ぼくも、あいつが怪我をしていただなんて気付きもしませんでしたから」
涙堂を隆起させ、柔和な目が細まってさらに穏やかな印象を与える。非常に魅力的な表情を見せられると朋夜も安心せずにいられなかった。
「さ、上がって。せっかくいらっしゃったんですから、お茶の1、2杯召し上がってください。3杯でも4杯でもいいですが」
莞爾として彼はまた急な来訪者を中へと促す。アルバイト先の人物として連絡先の交換はしているが、特に個人的なやりとりはしていなかった。
「では、お邪魔します」
断るのも憚られるような爽やかな態度に負けてしまう。
リビングに通され、瞳希が飲み物の用意をしているあいだに玄関から物音が聞こえ、やがて会話と共に開いた。片方は瞳汰で、もうひとつの声は耳に馴染みがない。少し高さがあるそれは、女のもののようにも思えた。朋夜はばつの悪さが否めなかった。しかしリビングに入ってきたのは小学校高学年か、もしくは中学校の1年生といった年頃の少年だった。朋夜を目にした途端、睨むような眼差しをくれた。
「こんにちは、小星くん」
瞳希は雑な所作で歓迎した。手を止めず、とりあえず首は曲げたが身体を向けることはない。
「ちは」
子供もまた瞳希のほうに雑な態度を見せる。
「とーきただいも~」
また別の声がリビングに入ってくる。生成色の地の半袖シャツを着て、ステテコパンツを穿いている。瞳汰である。口角に絆創膏を貼り、頬には薄らと黄土色の痣が浮いていた。彼はすぐに朋夜に気付いた。一瞬当然のようにしていたが、着後に目を剥く。
「あ、朋夜さんだッ!朋夜さん、どしたん?」
彼は朋夜と自分の弟を何度も見比べた。
「瞳汰に用があっていらっしゃったみたいだけど?」
「え、オレ?」
弟に言われて瞳汰はまた目を丸くした。途端に傍にいた少年が朋夜と瞳汰のそう近くもない間に割り込んだ。朋夜はそれに気付いた。ところが瞳汰のほうはそのことに気付いていないようだった。
「あ……うん、でも、」
朋夜が子供の存在を気にしているのを瞳希は敏く察したらしい。
「それはまたの機会にね。綾鳥さんは、今日はぼくと遊びますから」
双子の弟は控えめに手招きをした。朋夜は何度か瞳汰に意識を引かれたが、彼は今日、喫茶店にいた子供と遊ぶようだ。そしてその子供から朋夜は敵意を向けられていた。朋夜は瞳汰に話しかけられず、瞳希に2階へ案内された。
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