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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年
熱帯魚の鱗を剥がす 10
しおりを挟む天条奏音が帰ったあと、玄関ホールには気拙い空気が流れていた。終わったとばかりに京美はそそくさと自室に籠もるものと朋夜は思っていたが、実際はそうではない。じとりと叔母を見下ろしてそこに留まっている。
「ごめんね、急に電話かけちゃって……」
冷え切った双眸がそこにあるに決まっていた。朋夜は甥の顔も見ずに謝る。その態度が癪に障ったのかも知れない。顎を掴まれた。
「天条さんが来るまで、何してたの?」
「え……?」
「誰かと会ってた?」
瞳孔の奥を覗き込まんとする眼差しが恐ろしい。
「誰かって……?」
「男と会ってた?」
「なんで……?」
問いを問いで返し、京美は話にならないと悟ったに違いない。
「いやらしいカオしてる。オナニーでもしてたってわけ?」
露骨な物言いに朋夜は顔を赤くした。
「何言って……」
「いいよ、別に、恥ずかしがらなくても。叔母さんだって若くて、もう叔父貴いないんだし。あるでしょ、性欲くらい」
顎にあった手は頬を撫でる。耳を覆い、その裏を柔らかく掻く。髪を梳いて首に降りていく。凝視してしまった義甥の眼が妖しく粘こく光っている。
「ねぇ、怒らないから。怒らないから言えよ。男連れ込んだの?それとも自分でしてただけ?」
柳眉が切なく歪んだ。どちらでもない。しかしこの甥はまったく天条奏音を怪しんでもいない。男を連れ込んでいたか、自慰に及んでいたか。どちらを選ぶのが無難であるか、躊躇はあるが分かりきっていた。
「自分で………し、てた」
「……そう」
冷ややかに手が離れていく。叔母に背を向け、自室のほうに行こうとするが、その手は拳を作ったり開いたりしていた。
「でも、気を付けろよ。そんなカオして外とか行くな」
「う、うん。どこにも行かないし、誰とも会わないよ」
愛想笑いを浮かべた。恥ずかしさを表にしないことで羞恥心に抗う。年下の、それも甥に嘘でも性生活を暴露する。ある種の虐待にさえなり得るだろう。恥ずかしさに加え、情けなさに追撃されている。肩落とした。京美はといえば背を向けたままなかなかリビングにせよ自室にせよ、歩を進めようとしない。
「京美くん?」
具合でも悪いのかと声をかけると彼は急に踵を返す。朋夜は両肩を掴まれて壁に背を打った。
「叔母さん」
彼に持病があるとは聞いていない。しかし時折、こうして発作的に動き、その結果叔母を壁に打ち付けることがある。まさか叔母を壁に打ち付けるのが目的ということはあるまい。
「京美くん……?大丈夫?」
苦しそうな表情が憐れみを誘う。本当にどこか悪いのではないかと疑ってしまう。忌み嫌っている叔母に弱みを見せたくないあまり、虚勢を張っている可能性がある。彼は仁実の血縁者で、仁実は遺伝を心配していた。彼を死に至らしめた病の遺伝を。
「どこか具合が悪いなら、病院に……」
「違う」
甥は即答の後、壁に打ち付けた叔母を今度は壁から剥がし、ぬいぐるみやボディピローの如く抱き締めてしまった。荒々しい息遣いがやたら大きく聞こえた。
「叔母さん……」
「どうしたの?やっぱり、どっか苦しい?」
力強い抱擁は、痛苦のためと思われても仕方がないほどだった。激しい否定は無言のうちに行われたが、朋夜は腕の中で横に揺れた。彼女は考える。これは恋い焦れた女性と久々に会ったことによる喜びの反動なのかも知れなかった。常日頃から、彼は天条奏音の名を口にする。彼女こそが完璧で最高、無欠の女とでも言いたそうであった。実際それと同等のことを言っていた。
「京美くんは天条さんが好きなんだもんね。ごめんね。せっかく天条さんがいらっしゃったのに、わたしったら気を遣わせちゃって……」
甥は黙っている。そういうつもりはなかったが、拗ねたような、僻むような響きを帯びていた。
「なんだよ、それ」
やがて絡めていた腕を緩めた。そしてふたたび発作を起こしたみたいにあの衝動によって叔母は壁に突き飛ばされる。耳の真横が風を切り、鈍い音が威にかかる。義甥は拳を痛がる素振りもない。
「叔母さん、嫌じゃないの?叔父貴の元カノが家に来て。あっさり中入れて、何へらへらしてんの?プライドないわけ?あの人と叔父貴の関係、知らないはずないよね」
やはり降ってくる眼差しは冷ややかだった。侮蔑の念が滲んでいる。
「だ、だって別れたっていっても仁実さんの、大切な人だし……」
「でもあの人は、叔父貴を捨てた」
「捨てた……わけじゃないと思うよ。色々事情があったんじゃないかな。それに京美くん、天条さんが来るの、楽しみにしてたんじゃないかと思って……」
陰が迫る。鼻先がぶつかりそうなほど近い。
「なんで?なんでそう思った?」
「だっていつも、天条さんは、天条さんは……って言うから…………好きなのかなって………………」
大きな溜息が聞こえた。聞かせているのだ。呆れを主張している。叔母に愛想を尽かしている。朋夜は返答を誤ったことに狼狽え、身を縮めて玄関ホールの床を左見右見する。
「あの人がなんで叔父貴捨てたか知ってる?俺が邪魔だからだよ」
「……邪魔?」
「婚約までは事が運んでた。でも俺が一緒ってなった途端に急に話が変わったよ。嫌でも察するよな。甥の世話まではできないってさ」
眼振を起こしたみたいに彼の目が揺らいだ。そこには寂寥がかげろう。
「俺は叔父貴から幸せを奪っちゃったってわけ。俺さえいなければ、叔父貴はあの人と結婚してたんだろうな。あんたは、代わりなんだよ。あの人の代わりなんだ。都合の良い身代わりなんだよ」
京美は突如吠えた。あまりにも突然で朋夜は肩を跳ねさせた。心臓も脈をとばす。
「で、でも、わたしは……ちゃんと仁実さんから説明されたし、仁実さんとの結婚は、わたしの意思だから……身代わりだなんて思ってないよ。京美くんにたくさん迷惑かけてるし、力不足なのも分かってるけど……」
甥は不機嫌そうに唇を噛んでいる。
「ごめんね、京美くん。天条さんみたくなれないけど、頑張るから。頑張っても、やっぱり天条さんには届かないけれど……だから身代わりにもなれなくて……」
壁を殴った手が叔母の髪をぐしゃりと掴む。
「バカじゃないの」
彼は自室に籠ってしまった。ドアが派手な音を立てて谺する。何故仁実と天条奏音が破局したのか、それは京美の憶測でしかなかったけれどもひとつの説として朋夜を納得させた。
◇
雨が降っている。増水した川の濁流と傘の中の小気味良い音の外から歌声が紛れて耳に届いた。和風な情緒の朱色に塗られた欄干がグレーを帯びた視界に浮いている。まだ竣工して間もない橋である。もともと住宅地にこのような橋はいくつかあったがさらに増やされ、遊歩道から駅前通りに繋がる。
その遊歩道の途中にある小さな公園に、公園といえども休憩できる程度の小規模なスペースから歌声が聞こえた。歌謡いは植込まれて伸びた植物たちに隠されている。相手からも見えないだろう。それが朋夜をそこに留めた。水嵩の増した濁流を見下ろす。呑気そうなカモやハトの姿も今日はなかった。
「綾鳥さん」
誰何する間もなくほぼ反射的に振り返った。歌の聞こえる反対側の方角に黒い傘を差した、エスニックファッションの青年が立っている。爽やかな笑みを浮かべている。糸魚川瞳希だ。
「こんにちは」
朋夜に姿を認められると、彼は目を眇めて挨拶する。
「こんにちは……」
彼女も挨拶を返す。
「お散歩ですか?」
「はい……ちょっと」
甥には秘密で出てきてしまった。その後ろめたさが少し朋夜を弱気にさせる。
「そうなんですね。ぼくは大学の帰りです。兄を見ていたんですか?」
瞳希はパーゴラとベンチが設けられている程度の休憩スペースを目で差した。鼻歌のようなメロディはまだ続いている。
「じゃあ、あそこで歌っているのって……?」
「ああ、知らなかったんですね。兄ですよ」
「同じ大学なんですか」
「いいえ。兄は専門学校に進んだんですが、すぐに辞めちゃったんです。今はフリーターですね。もしかしたら本気で歌手になりたいだなんて思っているのかも知れませんけど」
目を眇めて彼は朗らかに笑っているが、そこには微かに嘲りを帯びていないこともなかった。弟は美青年だった。兄のほうは殊に醜怪というほどではなかったが、二卵性とはいえ双子というには弟の容姿端麗ぶりと差があった。また雰囲気や喋り方から感じられる知性にも、双子といって連想される酷似性を欠く。弟はそういう兄をどう思っているのだろう。
「歌、上手いですもんね」
はぐらかすように彼女は言った。瞳希はただ目を眇めて微笑するばかりだった。
「この前一緒にいた方は?」
瞳希が訊ねた。柔らかな笑みが消え、しかつめらしい顔をしている。
「甥ですか?大学です」
「帰りを待っている?」
「いいえ。そこの駅は使いませんから」
するとまた爽やかな美青年の表情に微笑が戻る。
「そうなんですね。おいくつくらいなんですか。同い年くらいに見えましたが」
「19です。もうそろそろ20なんですけれど」
口にした途端、妙に重い心地になった。甥の様子から言って家を出なければならないだろう。しかし実家にも帰れそうにない。
「じゃあぼくのほうが少し上ですね」
「おいくつなんですか」
「21歳です」
瞳希が21歳であれば双子の兄も余程複雑な産まれ方をしていない限り21歳であろう。瞳希のみを見れば21歳は頷けたが、その双子の兄はまだ高校生くらいに思われた。肌や髪の瑞々しさでいうとまた話は変わってくるけれども、雰囲気からすると神流のほうが大人びているかも知れない。
「子供っぽくて恥ずかしいですね」
彼は自分の髪をくしゃりと撫でた。ふわりと異国情緒のある模様の入ったビッグサイズのカーディガンからこれまた異国情緒の甘い香りが漂った。香を焚き付けた匂いである。
「子供っぽくないですよ、全然。しっかりしていて。―そろそろ帰らないと」
別れを言おうとエスニックな装いを身に纏う清爽な青年に爪先を向ける。だが先に口を開いたのは相手だった。
「あ、送ります。最近物騒ですから」
「さすがに悪いです。糸魚川くんも忙しいでしょう?」
「いいえ。送らせてください」
今から帰っても、京美の帰宅予定時間には余裕がある。
「でも……」
「送りますよ」
彼女は押しに弱かった。善意を跳ね除けられない。
「ちょっと遠いですよ。糸魚川くんのおうちと反対方向だし……」
「大丈夫です。今日は帰って寝るだけですから」
ごはんとお風呂もありますけど、など言っておどけている。
雑談を交わし、マンションのエントランスに辿り着く。ポストを何気なく確認した。淡いブルーをしたダイヤモンド貼りの洋封筒が入っている。それを適当に取った。怪文書はまだ続いている。
「ここで大丈夫です」
瞳希を見た。彼は興味深そうに封筒に目を留めていたが、朋夜がポストから振り返ると、彼女に笑む。
「そうですか。気を付けてくださいね」
「はい。ありがとうございました」
「いいえ、ぼくがしたくてしたことですか―」
しかし彼の言葉は掻き消された。
「―ら」
ほんの一瞬、瞳希の目が冷淡な色を秘めて伏せられ、また背後を気にし側めてもいた。
「何してんの?」
どくりと心臓が縮み上がる。ここで会ってはいけない人物と会ってしまった。
「京美くん……あれ、今日いつもより……」
「休講。それで朋夜は何してんの?」
京美は瞳希との間に割って入り、叔母の腕を掴んだ。
「京美くん、こんにちは。綾鳥さんとばったり道で会ったんです。1人では危ないと思って。昼間でも女性の一人歩き、やっぱり放っておけないでしょう?世の中物騒ですから」
「自分は物騒じゃない、みたいな言い方だな」
「少なくとも綾鳥さんにはそう認識していただけたみたいで」
「押しの弱い女に善意をたたみかけでもしたんじゃないのか」
瞳希は京美の奥にいる朋夜に目元を細めて微笑みかけたが、京美は叔母を背に隠してしまった。
「朋夜に近付くな」
「京美くん。そんな言い方はやめて……」
「あんたが無防備すぎるんだ」
甥に腕を引かれて朋夜は瞳希に謝った。彼は控えめに手を振り、特に気分を害したところもなく微笑みを絶やさない。
エレベーターに連れ込まれ、乗員は朋夜と京美の2人しかいなかった。突き飛ばす力加減に容赦はない。さらには画鋲や釘でも打つように肩を押される。怒気を含んでいる。乾燥した空気に似た素肌のひりつきを覚える。
「分かんない人だよね」
目の前が暗くなる。逆光した京美の姿、顔も捉えられなくなるほど近付き、ぼやけた途端に唇が弾んだ。上昇するエレベーターとはまた別の浮遊感に襲われる。
「や……っ!」
甥を離す。口元を拭った。
「ふぅん。でも人目につかないところに連れていかれてさ、こういうふうにされたら、あんたどうする気だったの。力で敵うの?もしかして自信ある?下手に自信持たれても困るんだけどさ」
朋夜は黙ってしまった。特別腕力に自信があるわけではない。そういう訓練や鍛錬も積んでいない。また体格が秀でているわけでもなかった。
「あの人はそんなことしないって本気で思ってるの?年齢も見た目も関係ないよ。弱そうならね。変態なら尚更。ヤりたいより支配したいのほうが強かったりして」
エレベーターのドアが開いた。京美は先に降りていく。朋夜も少し遅れて出た。
「ごめんなさい」
「……別に」
鍵を出して京美は自宅の玄関扉を開ける。
「京美くんが20歳になったら、わたし出ていかなきゃでしょ。ちゃんとしなきゃなって思って……その、働きに出たくて。まずは、パートからでも……京美くんのいる日は家にいるよ。京美くんが大学にいる時間だけ……」
「……出ていかなきゃいけないなんて決まりあったっけ」
彼は冷ややかに框に腰を下ろすと靴を脱いだ。
「ない……けど、京美くん、出て行ってほしいんでしょ?」
義甥からの返事はない。それはおそらく肯定だった。彼なりの遠慮で無言に徹しているのだろう。
自室に入る前になって京美は叔母のほうも見ずに口を開いた。
「あて、あんの?」
「ないよ。これから探す」
「なかったら?今から探してあるわけないだろ。見通しが甘い。実家にでも帰るつもりかよ」
今度は朋夜が返事をしない番だった。このマンションから出ていって、また別に住める場所が見つからなければ、実家に帰るほかない。
「いれば?叔父貴の妻追い出したら、俺が叔父貴に顔向けできないだろ」
目の前でぱたりとドアが閉まった。
リビングの明かりを点けるほどではなかった。チェストの上の遺影に両手を合わせ目を瞑る。内心で甥のことを相談した。返答はもちろんない。
ダイニングテーブルに移動して、弱いカクテルを作った。糸魚川家で粗相をしてからアルコールの量を減らしたり、飲まないこともあった。だが今夜は酒無しでは飲めない手紙がある。ダイヤモンド貼りの淡いブルーの洋封筒を開ける。封緘には青いハートのシールが使われている。便箋も封筒よりさらに淡いブルーで、色味を統一されていた。しかし字はやはり金釘流で赤インクである。
『愛しの朋夜へ
最近めっきり外へ出なくなってしまったね。若ツバメと愛の巣でナニをしていたのかな。
この前はレディースクリニックに行っていたようだし、おさかんなのは結構だけれど、避妊はきちんとしなきゃだヨ。
君の若ツバメが羨ましい。私も朋夜の中に入りたい。
興奮してきてしまったよ朋夜。私の利き手は今、私の熱くなったものを慰めている。だから字が汚いのは勘弁してくれたまえ。
いつでも見ているよ 君の運命の人 ご存知より』
すぐ空になってしまったグラスにウイスキーを注ぐ。量には気を付けたつもりだが2杯飲んでしまえば同じことだった。しかし気色の悪い文面を前に、飲まずにはいられなかった。ジュースで割ってある種の吐気ごと飲み下す。
「電気くらい点けたら」
髪にタオルを被せた、寝間着姿の京美がリビングへやってきた。軽快な音と共に明るくなる。
「ああ、ごめん」
彼はダイニングテーブルのほうへやってきた。金釘流の赤インクが異様な感じを与える便箋を覗き込む。
「読むなよ、そんなもの」
「うん……そうだね。読まないほうがよかったかも」
そう言いながら甥は叔母の対面に座って便箋に目を走らせる。
「気持ち悪い」
「うん……」
「この若ツバメって、神流おぢさんのこと?まさかさっきのへらへらしてたヤツのことじゃないよな」
「どうだろ」
テーブルに便箋を置き、彼もグラスに飲み物を注いだ。ここに留まるつもりらしい。そうなると忌々しい叔母の存在は邪魔であろう。酒瓶とグラスを持って立ち上がる。なんだとばかりに義甥が叔母を下から捉えた。
「おやすみなさい」
京美は目を逸らして口を引き結んでいる。いつものことだ。朋夜は部屋に戻った。ベッドサイドにグラスを置く。端末でこの区域の求人情報を探る。やがてリビングで明かりを消す音がした。足音が近付く。
「叔母さん」
廊下から光が漏れて、まだ起きていることが分かったのだろう。ノックもなくドア越しに呼ばれた。朋夜はベッドに座っていたが、廊下へと出た。呼んだ本人は叔母のほうを見ようとしない。ちらちらと視線が忙しなく動く。
「どうしたの?洗濯物、何か足らなかった?」
「違う」
一気に距離を詰められ、すばやく背に回った腕によって朋夜も前へ突き出される。しかし突き出た先にあるのは一昨日の夜に洗濯し、朝に畳んだ寝間着である。
「朋夜」
彼女はぎくりとした。その動揺は密着した甥に悟られてしまったかも知れない。
「傍にいろよ。どこにも行くな。ずっと」
風呂上がりで少し湿度が高い。体温も高い。朋夜は京美を見上げた。冷ややかな目付きに蒸れた眼が嵌まっている。彼女は義甥の美貌に手を伸ばした。
「京美くん、酔ってるの?お酒、飲んじゃった?」
彼は19歳だ。未成年である。酒を飲んでいい年齢ではない。朋夜も気を付けていた。そのために酒瓶は自室で管理しているが、しかし彼は大人びている。大した年齢確認もされずに自ら買ってしまえば朋夜も把握はしきれない。
両肩は押さえたまま、胸元から引き剥がされる。いくら機嫌を悪くしたらしいのが貌に出ていた。それが図星であったからか、疑惑をかけられたからなのかは定かでない。
「酒臭い?俺。叔母さんの酒の匂いじゃないの。嗅いでみなよ」
彼はまた自分の胸に血の繋がりのない叔母を押し込んだ。ボディソープと洗濯用洗剤と飛髙家の匂いがする。酒臭さはなかった。
「ごめんなさい、京美くん。疑って、ごめん」
しかし抱擁は解かれない。むしろ強くなっている。
「それだけで分かるの?ちゃんと嗅ぎなよ。大切な甥っ子が、未成年飲酒してるかも知れないんだろ?叔父貴が泣くよな」
「ごめ……っ、ごめんなさい。疑っちゃって……京美くん、いい子だもんね。仁実さんの悲しむことなんか、しないもんね」
離れようとしても男体はびくともしなかった。まるで彼の胸筋や肋骨が怪物みたいに口を開いて、喰われてしまいそうだった。
「朋夜」
息をすれば甥の匂いが入り込む。酒よりもそれに酔いかねない。
「京美くん、ごめんなさい。赦して……」
「俺の傍にいろよ。ここでずっと一緒に暮らすんだ。どこにも行かせない」
やっと解放されたものと思われた。視界が利くようになったのも束の間、焦点の合わせられないほど至近距離に甥がいた。エレベーターと同じ展開だった。唇に唇が触れる。反射的に拒絶した手へ彼の身体は反抗を示す。
「ん……っふ、」
力尽くの、強行突破的な口付けだった。唇を啄んでそれから抉じ開けられる。肌に甥の指が食い込んだ。口腔にも甥が乱入している。
「く………っぅん………っぁ」
溢れ出る互いの蜜を舌で掻き鳴らす。淫らな音がした。混ぜ合わさったのを啜られ、また注がれる。甘く噛まれて引っ張られると弱かった。力が抜けていく。膝から崩れ落ちるのを支えられ、徐々に床に座り込む。まだ、深いキスは終わらない。一体とどういう関係の誰と口接しているのか、すでに考えるだけの余力もなかった。口水を吸われ、舌を蹂躙されて思考は奪われてしまっている。身体に自由が残されていることさえ忘れていた。彼女等は叔母と甥の関係でありながら口で淫らに交わった。
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