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蜜花イけ贄 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意
蜜花イけ贄 10
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小指であっても桔梗の親指ほどの太さで彼女の中指ほどの長さがありそうな強靭な手が胸実を撚。身体は熱く、眼球は蒸らされ、視界が滲んだ。やがて下目蓋から溢れ、頬を流れ落ちていく。
「泣くほど嫌かぃ」
蒸し風呂の焼き石みたいな美丈夫が訊ねた。
「い………いえ…………」
元々は女衒に売られ、望まぬ相手に望まぬ行為を繰り返す日々があるはずだったのだ。それに比べれば一夜の辛抱である。桔梗は己に言い聞かせる。
「せめてカラダは悦ばせてやるよ」
「あ……ぁ………」
片腕で身体を持ち上げられ、下ろされる時には圧迫感が伴った。腹を割られていくみたいだった。納まりきらないものを納めようとしている。激痛というものはないが、鈍く重い痛みが腹奥に響いている。
「あっ………う、」
威鳴狐狗狸神社で抱かれたときよりも大きなものだった。
「壊しちまったら責任取るぜ。全部切り捨てておれの妻になりやっせ。茉莉様も壊れた女は嫌がるだろうさ」
そこに嘲笑の色がないことが、桔梗を怯えさせる。暴力的な圧迫感から逃がすつもりはないらしい。
「後悔しろ。身売りみたいな真似しやがって。嫌がってくれりゃ無理強いなんかしなかった。臭ぇ意地張るのなんざやめろぃや。明日になったらさっさとあの貧民とは別れるこった」
椿の山茶は抱接しかけているのを解かずに桔梗の身体を支えて体勢を変えた。俯せにさせられる。椿の山茶は彼女の背に被さった。潤っている肉壁は巨大すぎるものを拒む。
「う………うっあ、!」
胴体から頭まで、内部から真っ二つにされかねない。呼吸が乱れる。脈が飛ぶ。
「壊れろ」
力任せの一打が入った。根元までとはいかずとも、半分以上が挿入される。内臓を押し上げられ、桔梗は意識を失いかけた。殴打と紛う。彼女は朝まで湯中りから覚めなければよかったのかも知れない。
「あっあ………ッは、ぁ、」
「子壺潰したかも知れねぇな。おれの子、産むか?娘なら茉莉様に嫁がせねぇとな」
まだすべてが彼女の腹の中に入ったわけではないが、椿の山茶は腰を動かしはじめた。
「ぅ……っ、あ…………は、ぁ!」
「おれとお前さんの子だ。悪ぃようにはならないだろ」
呻く彼女の腹に筋肉質な腕が回り、自身のものを咥え込ませたところの反対側から潜り込む。そして密やかに芽生えをその指が抉った。
「あ!んっ、!」
びくりと身体が跳ねた。男の侵入を赦してしまう。腹が重いが、それを緩和するように痺れだけでなく官能が巻き立つ。
「ここ触られると、弱くなっちまうんだろ?」
腰を進められるたびに秘芽を擂られる。鋭い快感が脳天を迸る。
「あっ、んっあっ」
食い千切るほど締め付けたつもりなくともみっちりと詰められた熱塊はわずかな収縮で内容物を拒む。
耳の裏で咆哮が轟いたのを聞いた途端に、激しい揺さぶりによって彼女は前後左右上下の感覚も分からなくなってしまった。苦しさも快楽が互いに彼女を苛む。脚を持ち上げられ、凄まじい抽送の合間に体位が変わった。椿の山茶の魁偉も魁偉なものの前ではただでさえ狭かった秘路が無理矢理に抉じ開けられ、蜜肉を擦る。
「や、あっんっ、あっあっ!」
小さくなっていく苦しさに縋る。淫楽の恐ろしさに呑まれる。彼女は自身の身体に巻き付く腕を剥がそうとした。剥がれないと分かると離れては迫る硬い筋肉板を突っ撥ねる。
半ば恐慌状態の女体を容赦なく抱き締め、彼は腹の中で爆ぜた。繁吹く感じはなかった。桔梗は腹の中に柔らかな鉛玉を転がされるような異様な感触を味わう。あまりにも濃い精が彼女の隘路に絞り出されている。真横にある唸り声に恐怖する。本当に女性は自らこの野獣みたいなのに身体を差し出すのであろうか。強靭な肉体、秀麗な容姿、そこそこ貴い家柄の子種という点では有り難がられるのかも知れない。しかし肉体に受ける衝撃と恐怖を考えると桔梗は今すぐにでも逃げ出したくなってしまった。表ではアサガオとはまた異質の軽佻浮薄で軟派、軽快で飄々としておきながら、褥では飢えた獣に似ている。
牡獣は蠕動し、雌腹に精を塗りつけていた。桔梗の眦に涙が伝う。
「悪ぃな。ここ数日、女抱いてなかったんでな。次はお嬢さんを気持ち良くするからよ」
「も………もう、これで………」
「そうはいかねぇよ。自分だけ気持ち良く終わるのはおれの美学に反する。男の沽券にも関わる」
一旦、まだ慣れきっていない巨物が引き抜かれた。それだけでも激しい摩擦が起こり、内臓も共に排されそうだった。
「あっ………ん、」
膨張を保つ牡器の先端部が彼女の淫らな小園を掠めた。
「ここ好きかぃ」
離れつつあった腰が浅く戻ってきた。女の身体が震える。
「ぁ、ひ……っ」
椿の山茶は隘路の蜿りを楽しんでから彼女を放した。だが終わりではなかった。大男を背にして側臥に転がされた。腿を担がれる。注入された半固体の精を漏らす間もない。一息に穿たれる。勢いは少しも衰えていなかった。
「や!あっ、!あァァ!」
視界は湯中りのときよりも強烈な白さでだった。脳天まで突き破られている誤った確信があった。
「軽~く逝っちまったな」
息を弾ませる桔梗を猛々しい腕が抱き寄せた。そして彼女の淫核を捏ねた。
「ぁっや、っあんッ」
緩やかに抽送が始まる。外も中も腹の皮膚が伸びそうだった。呼吸を忘れる。自ら努めて息を吸って吐いた。大男の存在を認める余裕もない。
「1回じゃ手放せないかもな」
先程よりも気遣いのある律動だった。秘粒を擂る指も優しかった。
「あ………っあ、ん………んっ、」
「外と中、どっちで逝きて?」
桔梗は首を振る。腰を捻り、枕に顔を埋めようとする。椿の山茶の匂いが鼻に入ってきた。欲の燻る肉体は嗅覚を頼りに牡を見出して内部にあるものを扱く。
「おれの枕が好きかよ」
彼の声が上擦る。いくらか上機嫌になって狭まる蜜路を削っていく。
「あっ、や………んっぁ」
出入りが安定した頃、襖の奥に足音があった。
『桔梗様……?どちらに………?』
葵の声がした。昂らされていた彼女の身体は、冷水を浴びせられたに等しい。
『桔梗様…………』
この部屋の襖が開けられた。葵の持つ硝子手燭が影絵を作る。男女が寝台でみっちりと交合う姿が彼の目に映し出されたことだろう。
葵は顔を伏せた。燈火が揺らめく。
「…………失礼いたしました」
「待ちなさいや。観ていきなさいよ。観ていきなさい」
桔梗は冷水を浴びて凍ってしまったに違いない。椿の山茶が呼び止めるのも耳に入っていなかった。
「しかし……」
「茉莉様も葵君の遊び方にはお嘆きだ。女性はきちんと、愛してあげなきゃいけない。等しくな。たまには体位を変えて、このように」
椿の山茶に後ろから抱き上げられ、彼の胡座のさらに上へ座らなければならなかった。膝を開かされる。
「ぃやっ!いや、!やぁっ!」
葵へ向けて秘部を晒している。剛直を咥えているところを見せている。燈火の陽炎う葵の目は拉げた妖花を凝らしていた。
「いや!いや!やめて……!放して!いやああああっ!」
「うるさいよ、お嬢さん」
下からの突貫によって彼女の喉は痞えた。声を呑む。息もできない。
「大切な彼氏を起こしたいんか?」
緩やかな突き上げに桔梗はゆるゆると首を振る。
「こんなの………こんなの、」
廃人みたいな面構えで佇立している姿がありありと浮かんでいる。桔梗はそれが恐ろしくて堪らない。彼は一言も発さない。
「逝きなさい、桔梗」
彼の大きな両手が彼女の腰を固定した。桔梗は灯りを大きく反射させた目を見開いた。その直後、苛烈な上下運動に襲われる。
「あっ、あっあっあんっ」
それは決して女穴を用いた椿の山茶の自涜だけではなかった。的確に淫情を催し絶頂に至る玉壁を穿っている。
「あ……ゃあ、あっあっあっ!」
灯し火に浮き上がる廃人の睨むようでいて虚ろな目に視線を掴まれたまま彼女は下半身を戦慄かせて果てた。わずかに持ち上げられ、摩擦が起こる。絶頂に神経を焼かれながらさらに淫楽の炎に炙られた。
「あ………っ!」
真後ろで小さな呻めきを耳にする。接合部が脈を打つ。楔の蠢きを敏感なところが捉えている。鼓動に合わせ、腹の中に情液が叩きつけられていく。葵の昏い眼差しが真っ直ぐにそこを見据え、燈火はそこに嵌められた二つの硝子玉を照らす。
「女の身体は二人の男、三人の男、四人、五人……多くの男に愛されるようできている。ははは……」
亡霊と化した葵に反し、椿の山茶は笑い出した。そして桔梗はその腕の中で静かに涙をこぼす。
「葵君も、ほら…………」
上司の差し出した女肉に葵は応えなかった。聞こえてさえいないのかも知れない。緋色が揺らめくだけである。
「葵君……」
葵はやはり入ってきたときのまま静止している。桔梗の涙が落ちていく。彼女は目蓋を閉じる。
縁側とを隔てる障子の奥に人影が現れた。葵がやっと身動きをとる。振り向いた。
「どなたです」
彼の声は低い。
「桔梗ちゃん、どこ?桔梗ちゃんは?桔梗ちゃん……」
アサガオだった。桔梗の時間していた身体に芯が通る。
「開けてやりなさい」
どこか冷めつつある頭に、椿の山茶の訛りのない喋り方が入ってくる。
葵が警戒しながら障子を開けた。アサガオは目元を擦っている。綺麗な衣を身に纏っている。泳ぐように傍にやって来る。
「桔梗ちゃん…………泣いてるん?」
相手が褥の上に異性と裸であることに彼は気付いていないらしい。
「アサガオさん……」
胼胝だらけの硬くも肉感の厚い掌が桔梗の顔を触った。腕の届く距離にいながらアサガオには彼女の裸体を認めた様子がない。
「いじめられたん?」
「違います」
「お馬のお兄さん、これ桔梗ちゃんに貸してもいい?」
アサガオは障子のすぐ横で呆然と立っている葵を振り返る。上等な寝着に手を掛け、無邪気に問うている。
「どうぞ」
「ありがと。桔梗ちゃん、裸んぼは風邪ひいちゃうよ」
彼は帯を解き、裸の女に羽織らせる。
「アサガオさん。寝ていなきゃ……」
腕が伸びた。男と結合しているにもかかわらず、アサガオは布越しに桔梗を抱き締める。背中を摩った。
「風邪ひいたらおでが看病してあげる」
彼はほぼほぼ全裸になって踵を返す。
「寝着をご用意いたします。どうぞ、こちらへ」
葵が橙色の輝きと共に去っていく。アサガオも後をついていった。桔梗は唇を噛む。嗚咽がふっと漏れた。
「叶わねぇ想いなんぞ、手前が傷付くだけさな」
椿の山茶は思わぬ乱入に気を削がれたらしかった。腰が離れる。桔梗の身体は寝かされる。物音が聞こえた。やがて苦みのある匂いが漂った。半裸の大男は煙管を吸っている。紫煙が漂う。
用は済んだのだ。桔梗は臥榻から片脚を下ろす。中に出されたものが滴り落ちてくるのを感じる。
「まだ終わりじゃねぇよ」
爪楊枝みたいな煙管が置かれた。言い終えてから煙を燻らせる。乾いた音がした。彼は桔梗の両手を両足を縛り上げる。そしてまた煙管を咥える。
「何故……」
「寝着2つ貸したんだろ?お嬢さんの連れに。貸衣装代はどうすんだ?」
「んふ、」
口腔に布が詰められる。苦い香りを焼べながら彼は桔梗を肩に担いだ。
「そうとうの物好きでもよろしい。男色家?たいへん結構。ンでもな、あれはねぇよ。不気味だ」
長い廊下を渡り、先程出てきたばかりの部屋に放り込まれた。桔梗は布団に身を打つ。椿の山茶は長いこと煙を吐いていた。
「諦めやっせ。仲人は居なけりゃおれがやりまさぁ。叔父貴の代理人になってもいい。身籠り婚でも何でもな」
彼は煙管を口に突き入れて部屋を出て行った。布団から葵の匂いがした。手足を容赦ない力で縛られている。桔梗は青虫のようにして這った。疲労感が押し寄せる。前で纏められた腕に顔を埋める。牡種の流れた落ちていくのが肌を擽った。
「あ………ぅ、う………」
嗚咽に紛れて呻めく。綿紗の縄が皮膚を削る。畳を蠕いていると襖が開いた。燈りが濃い影を作った。葵は入ってこない。桔梗は泣き濡れて乱れた顔を上げる。図画で見る幽霊を思わせる。彼を見つめながら口に詰め込まれた布を吐き出す。
「山茶殿ですか」
葵はおそるおそる彼女に近付いてきた。縛めに手を掛けた。
「アサガオさんは……?」
充血した目が怯える。彼女の声は震えている。
「着替えをさせて寝かせました」
桔梗は唇を噛んだ。素材自体は柔らかな縄が緩んでいく。
「ありがとうございます……」
「いいえ。アサガオ殿の横に布団を敷きましたので、そちらでお休みになりますか」
彼は掛け布団を引っ張って足を縛られた哀れな全裸の女の背を覆う。
「アサガオさんに、お召し物を貸したと……」
「はい」
賤しい村民が袖を通したものを彼等がまた着ることはないだろう。2着も貸している。唇を噛んだ。目頭が熱くなる。
「…………夜伽を、いたします…………」
「結構です。着る物を持ってきます。山茶殿のところですか」
返事をせずとも葵は出て行った。そして脱がされた着物や襦袢を持って戻ってきた。
「私は湯浴みをしてきますので、ここで失礼します。お気を付けて」
葵は頭を下げた。
「借りを返さねばなりません。お背中を流させてください」
「借りとはなんです」
橙色に炙り出される美貌は不機嫌そうであった。桔梗が口を開く。彼女の脳裏の椿の山茶像も唇を開いた。声を出した瞬間に騒ぎがあった。葵は即座にそちらへ気を取られる。足速に立ち去ってからまた戻ってきた。
「アサガオ殿のお履物がございません」
桔梗は飛び起きた。葵はまた走り出す。急いで身支度を整えて彼女は玄関に向かった。すでに開け放たれた戸の奥に物々しい村人たちの姿が見える。
人食い妖怪だの、野犬が出たのと騒いでいる。しかし桔梗には関係のないことだった。鈍く痛む腰を撫で摩って外へ出る。大きな明かりの元に仰々しい影絵が蠢く。あの中にいるのかも知れない。桔梗は自ら人混みに紛れた。一人ひとり顔を見ていく。
「そこの娘、何をしている?」
桔梗は自分が話し掛けられていることにも気が付かなかった。アサガオの姿がないことに焦る。人食い妖怪だったか、凶暴な野犬だかが出没したらしい。村から出ようとする彼女の肩に後ろから手が伸びて捕まえた。
「どちらに行かれるのです」
葵である。
「アサガオさんが見つからなくて……」
「街の方で人狼が出たそうです。今、村を出て行くのは危険です」
それは却って桔梗を村から出す理由になり得てしまう。彼女の顔が蒼褪めた。絆綱の如く留められているにもかかわらず走り出そうとする。
「桔梗様……!」
「無事で帰ります!無事で帰りますから!」
葵の腕を振り払った。隣の村まで行ってみて、そこにアサガオの姿を一目認められたならすぐに帰ってくるつもりだ。
「危険です」
彼はもう一度桔梗を掴んだ。
「私はこれから村の警備にあたらねばなりません。貴方様とは行けない」
「ひとりで平気です。そのつもりでしたから」
村で帯刀を許されているのは葵だけだ。椿の山茶も刀剣の類いは好き勝手に振り回せないはずである。
「アサガオ殿自身が、人狼だったらどうなさいますか」
険しい眼差しが問う。
「アサガオさんが……?そんな…………」
「私も信じておりません」
彼は悍馬みたいな自分本位な女を惧れているのか、ふっさりと茂る睫毛を伏せた。
「ですが、可能性として無くはないのです。人狼の被害はこの村の以東に潜んでいるのではないかと噂を今聞いたばかりです。アサガオ殿のいらした村がひとつ当て嵌まりますね。そうなると彼も候補から外れないのです」
桔梗は葵から顔を逸らした。
「アサガオさんではありません。何故……」
「…………該当項目にひとつ当て嵌まっている以上は行かせられないのです。失礼」
何を失礼するのかと警戒する。彼は自分の小指を丸めて口に咥えた。笛が鳴る。民家の陰から気配は忍び寄る。次の瞬間には腕を背で捻り上げられていた。葵は目の前にいる。隠密を雇っているようだ。
「薬師さま……」
「お赦しください。―山茶殿に引き渡しなさい。お前も傍にいるように」
「放してください!アサガオさんにもしものことがあったら……」
葵の手が、連れて行けと合図した。
「私も軽率でした。その場合は一生詫び続けます」
桔梗は背を押され、無理矢理歩かされる。屋敷に戻り、押され押され椿の山茶の部屋に還ることになる。
「随分騒がしいな」
部屋の主は障子を開け放ち、縁側に立っていた。その威圧的な後姿こそ、人狼かと疑いたくなる。
「人狼ねぇ……人魚のほうに会ってみてぇもんだが」
彼は緩やかに振り返った。
「何しにきたぃ、お嬢さん。葵ノ君じゃ満足できなかった?」
「……違います。山茶様から、後ろの方にわたしを放すように言ってください」
前のめりになる。転ぶのも厭わなかった。拘束する者の力は強く、彼女の体重を支えている。椿の山茶は畳で跫音をたたせた。桔梗は彼を睨み上げる。すると大きな手が彼女の顎を掴んだ。
「さっきは泣いてたのにまぁ……女の気の移ろいやすいこと」
「放してください。放して……」
「あの村人が人狼かも知れねぇんだって?隣街のお役人が来たぜ、さっき。お嬢さんには悪いが、あれはそうかも知れねぇな。人狼は所詮狗畜生。番う相手もやっぱり狗畜生ってこった」
桔梗は彼の手から顔を振り払う。
「人狼かも知れねぇヤツを連れ込んじまったのはお嬢さんだなんて、あーしも葵ノ君も他の輩にゃ言えねぇやな。ここでおとなしくしときやっせ」
今度は綿紗の帯というわけにはいかなかった。実用化された縄によって手足を縛られ、大男の部屋の押し入れに放り込まれる。遅れて厚手の布団と共に月の光も届かない暗闇が訪れる。暴力的な情交で擦り切れかけた喉が完全に擦れるまで彼女は喚き続けた。やがて湯中りのときよりもなだらかな気が途絶えた。
結局、アサガオは彼の住まいで寝ているのがそのあと発見された。椿の山茶が馬を駆けて探し出したのである。桔梗は朝を迎えてから押し入れの外に出た。彼女の顔色は青白く、隈が浮かんでいる。
「ご迷惑をおかけしました……」
「まったくですな。さっさと別れるこった。叔父貴に免じて手切れ金を肩代わりしてやろか?若ぇ女に興味がなくても大判小判ならどうだかな」
身体の節々が痛む。頭もぼんやりとしていた。彼女は土間に立ち、框にいる大男を見上げる。
「……片方が貴人、片方が賎民のガキがどれだけ歯痒い思いをすると思ってる?」
「男女が2人でいれば、いきなり子供のお話ですか」
「おれぁ、あの兄ちゃんが人狼かも知れねぇってんで見に行ってみたが、人狼であってくれたほうが助からぁな。ンで、葵君が寝込んじまった。ってわけで薬屋は暫く閉める。今日もどうせ行くんだんべ?明日からは直接 玄関に来やっせ」
彼は喋りながら大きな欠伸をした。口の中に桔梗の拳がひとつ入りそうだった。
「承知しました」
彼女はふらふらとした足取りで一度蟄居先の屋敷に寄った。2階に上がり合図しても反応のない襖を少し開くとダリア少年はまだ寝ているらしかった。乱れた掛布団を直す。枕に巻いた手拭いにはべったりと傷から滲み出た体液が付いている。日が経てども快くならない。安らかに眠るダリアを見つめ、静かに溜息を吐いた。それから隣の村へと出掛ける。
アサガオは川べりにはいなかった。そのまま彼の家を訪ねる。呼んでもやって来ないため、戸を開けるとまるで急病者みたいに倒れた姿が目に入る。
「アサガオさん……!」
桔梗は中に駆け込んで、俯せの肩を揺すった。息があることを確認する。
「ん~?桔梗ちゃぁん?」
揺さぶり続けるとアサガオはむくりと身体を起こした。
「そうです、アサガオさん」
触れると上質な生地ながら、地味で控えめな衣はあまり似合っていなかった。
「あれ……猫ちゃんは?」
「猫……?」
「小さい子。これくらいの」
また新たに拾ったのであろうか。
「アサガオさん、昨日、預けてきた子じゃなくて?」
彼は目を大きくした。それから自分の袖を摘み、身を包む生地を確かめる。
「あれ……?あ、そっか。おで………ああ、猫ちゃん、もうお家あるんだ。いっぱいごはん食べてるといいな」
上唇の引っ掛かる特徴的な八重歯を見せた。すべてどうでも良くなってしまう。昨晩のことが悪夢に思えた。厭な幻覚として片付けられた。いつもと装いの違う胸元に飛び込む。
「泣くほど嫌かぃ」
蒸し風呂の焼き石みたいな美丈夫が訊ねた。
「い………いえ…………」
元々は女衒に売られ、望まぬ相手に望まぬ行為を繰り返す日々があるはずだったのだ。それに比べれば一夜の辛抱である。桔梗は己に言い聞かせる。
「せめてカラダは悦ばせてやるよ」
「あ……ぁ………」
片腕で身体を持ち上げられ、下ろされる時には圧迫感が伴った。腹を割られていくみたいだった。納まりきらないものを納めようとしている。激痛というものはないが、鈍く重い痛みが腹奥に響いている。
「あっ………う、」
威鳴狐狗狸神社で抱かれたときよりも大きなものだった。
「壊しちまったら責任取るぜ。全部切り捨てておれの妻になりやっせ。茉莉様も壊れた女は嫌がるだろうさ」
そこに嘲笑の色がないことが、桔梗を怯えさせる。暴力的な圧迫感から逃がすつもりはないらしい。
「後悔しろ。身売りみたいな真似しやがって。嫌がってくれりゃ無理強いなんかしなかった。臭ぇ意地張るのなんざやめろぃや。明日になったらさっさとあの貧民とは別れるこった」
椿の山茶は抱接しかけているのを解かずに桔梗の身体を支えて体勢を変えた。俯せにさせられる。椿の山茶は彼女の背に被さった。潤っている肉壁は巨大すぎるものを拒む。
「う………うっあ、!」
胴体から頭まで、内部から真っ二つにされかねない。呼吸が乱れる。脈が飛ぶ。
「壊れろ」
力任せの一打が入った。根元までとはいかずとも、半分以上が挿入される。内臓を押し上げられ、桔梗は意識を失いかけた。殴打と紛う。彼女は朝まで湯中りから覚めなければよかったのかも知れない。
「あっあ………ッは、ぁ、」
「子壺潰したかも知れねぇな。おれの子、産むか?娘なら茉莉様に嫁がせねぇとな」
まだすべてが彼女の腹の中に入ったわけではないが、椿の山茶は腰を動かしはじめた。
「ぅ……っ、あ…………は、ぁ!」
「おれとお前さんの子だ。悪ぃようにはならないだろ」
呻く彼女の腹に筋肉質な腕が回り、自身のものを咥え込ませたところの反対側から潜り込む。そして密やかに芽生えをその指が抉った。
「あ!んっ、!」
びくりと身体が跳ねた。男の侵入を赦してしまう。腹が重いが、それを緩和するように痺れだけでなく官能が巻き立つ。
「ここ触られると、弱くなっちまうんだろ?」
腰を進められるたびに秘芽を擂られる。鋭い快感が脳天を迸る。
「あっ、んっあっ」
食い千切るほど締め付けたつもりなくともみっちりと詰められた熱塊はわずかな収縮で内容物を拒む。
耳の裏で咆哮が轟いたのを聞いた途端に、激しい揺さぶりによって彼女は前後左右上下の感覚も分からなくなってしまった。苦しさも快楽が互いに彼女を苛む。脚を持ち上げられ、凄まじい抽送の合間に体位が変わった。椿の山茶の魁偉も魁偉なものの前ではただでさえ狭かった秘路が無理矢理に抉じ開けられ、蜜肉を擦る。
「や、あっんっ、あっあっ!」
小さくなっていく苦しさに縋る。淫楽の恐ろしさに呑まれる。彼女は自身の身体に巻き付く腕を剥がそうとした。剥がれないと分かると離れては迫る硬い筋肉板を突っ撥ねる。
半ば恐慌状態の女体を容赦なく抱き締め、彼は腹の中で爆ぜた。繁吹く感じはなかった。桔梗は腹の中に柔らかな鉛玉を転がされるような異様な感触を味わう。あまりにも濃い精が彼女の隘路に絞り出されている。真横にある唸り声に恐怖する。本当に女性は自らこの野獣みたいなのに身体を差し出すのであろうか。強靭な肉体、秀麗な容姿、そこそこ貴い家柄の子種という点では有り難がられるのかも知れない。しかし肉体に受ける衝撃と恐怖を考えると桔梗は今すぐにでも逃げ出したくなってしまった。表ではアサガオとはまた異質の軽佻浮薄で軟派、軽快で飄々としておきながら、褥では飢えた獣に似ている。
牡獣は蠕動し、雌腹に精を塗りつけていた。桔梗の眦に涙が伝う。
「悪ぃな。ここ数日、女抱いてなかったんでな。次はお嬢さんを気持ち良くするからよ」
「も………もう、これで………」
「そうはいかねぇよ。自分だけ気持ち良く終わるのはおれの美学に反する。男の沽券にも関わる」
一旦、まだ慣れきっていない巨物が引き抜かれた。それだけでも激しい摩擦が起こり、内臓も共に排されそうだった。
「あっ………ん、」
膨張を保つ牡器の先端部が彼女の淫らな小園を掠めた。
「ここ好きかぃ」
離れつつあった腰が浅く戻ってきた。女の身体が震える。
「ぁ、ひ……っ」
椿の山茶は隘路の蜿りを楽しんでから彼女を放した。だが終わりではなかった。大男を背にして側臥に転がされた。腿を担がれる。注入された半固体の精を漏らす間もない。一息に穿たれる。勢いは少しも衰えていなかった。
「や!あっ、!あァァ!」
視界は湯中りのときよりも強烈な白さでだった。脳天まで突き破られている誤った確信があった。
「軽~く逝っちまったな」
息を弾ませる桔梗を猛々しい腕が抱き寄せた。そして彼女の淫核を捏ねた。
「ぁっや、っあんッ」
緩やかに抽送が始まる。外も中も腹の皮膚が伸びそうだった。呼吸を忘れる。自ら努めて息を吸って吐いた。大男の存在を認める余裕もない。
「1回じゃ手放せないかもな」
先程よりも気遣いのある律動だった。秘粒を擂る指も優しかった。
「あ………っあ、ん………んっ、」
「外と中、どっちで逝きて?」
桔梗は首を振る。腰を捻り、枕に顔を埋めようとする。椿の山茶の匂いが鼻に入ってきた。欲の燻る肉体は嗅覚を頼りに牡を見出して内部にあるものを扱く。
「おれの枕が好きかよ」
彼の声が上擦る。いくらか上機嫌になって狭まる蜜路を削っていく。
「あっ、や………んっぁ」
出入りが安定した頃、襖の奥に足音があった。
『桔梗様……?どちらに………?』
葵の声がした。昂らされていた彼女の身体は、冷水を浴びせられたに等しい。
『桔梗様…………』
この部屋の襖が開けられた。葵の持つ硝子手燭が影絵を作る。男女が寝台でみっちりと交合う姿が彼の目に映し出されたことだろう。
葵は顔を伏せた。燈火が揺らめく。
「…………失礼いたしました」
「待ちなさいや。観ていきなさいよ。観ていきなさい」
桔梗は冷水を浴びて凍ってしまったに違いない。椿の山茶が呼び止めるのも耳に入っていなかった。
「しかし……」
「茉莉様も葵君の遊び方にはお嘆きだ。女性はきちんと、愛してあげなきゃいけない。等しくな。たまには体位を変えて、このように」
椿の山茶に後ろから抱き上げられ、彼の胡座のさらに上へ座らなければならなかった。膝を開かされる。
「ぃやっ!いや、!やぁっ!」
葵へ向けて秘部を晒している。剛直を咥えているところを見せている。燈火の陽炎う葵の目は拉げた妖花を凝らしていた。
「いや!いや!やめて……!放して!いやああああっ!」
「うるさいよ、お嬢さん」
下からの突貫によって彼女の喉は痞えた。声を呑む。息もできない。
「大切な彼氏を起こしたいんか?」
緩やかな突き上げに桔梗はゆるゆると首を振る。
「こんなの………こんなの、」
廃人みたいな面構えで佇立している姿がありありと浮かんでいる。桔梗はそれが恐ろしくて堪らない。彼は一言も発さない。
「逝きなさい、桔梗」
彼の大きな両手が彼女の腰を固定した。桔梗は灯りを大きく反射させた目を見開いた。その直後、苛烈な上下運動に襲われる。
「あっ、あっあっあんっ」
それは決して女穴を用いた椿の山茶の自涜だけではなかった。的確に淫情を催し絶頂に至る玉壁を穿っている。
「あ……ゃあ、あっあっあっ!」
灯し火に浮き上がる廃人の睨むようでいて虚ろな目に視線を掴まれたまま彼女は下半身を戦慄かせて果てた。わずかに持ち上げられ、摩擦が起こる。絶頂に神経を焼かれながらさらに淫楽の炎に炙られた。
「あ………っ!」
真後ろで小さな呻めきを耳にする。接合部が脈を打つ。楔の蠢きを敏感なところが捉えている。鼓動に合わせ、腹の中に情液が叩きつけられていく。葵の昏い眼差しが真っ直ぐにそこを見据え、燈火はそこに嵌められた二つの硝子玉を照らす。
「女の身体は二人の男、三人の男、四人、五人……多くの男に愛されるようできている。ははは……」
亡霊と化した葵に反し、椿の山茶は笑い出した。そして桔梗はその腕の中で静かに涙をこぼす。
「葵君も、ほら…………」
上司の差し出した女肉に葵は応えなかった。聞こえてさえいないのかも知れない。緋色が揺らめくだけである。
「葵君……」
葵はやはり入ってきたときのまま静止している。桔梗の涙が落ちていく。彼女は目蓋を閉じる。
縁側とを隔てる障子の奥に人影が現れた。葵がやっと身動きをとる。振り向いた。
「どなたです」
彼の声は低い。
「桔梗ちゃん、どこ?桔梗ちゃんは?桔梗ちゃん……」
アサガオだった。桔梗の時間していた身体に芯が通る。
「開けてやりなさい」
どこか冷めつつある頭に、椿の山茶の訛りのない喋り方が入ってくる。
葵が警戒しながら障子を開けた。アサガオは目元を擦っている。綺麗な衣を身に纏っている。泳ぐように傍にやって来る。
「桔梗ちゃん…………泣いてるん?」
相手が褥の上に異性と裸であることに彼は気付いていないらしい。
「アサガオさん……」
胼胝だらけの硬くも肉感の厚い掌が桔梗の顔を触った。腕の届く距離にいながらアサガオには彼女の裸体を認めた様子がない。
「いじめられたん?」
「違います」
「お馬のお兄さん、これ桔梗ちゃんに貸してもいい?」
アサガオは障子のすぐ横で呆然と立っている葵を振り返る。上等な寝着に手を掛け、無邪気に問うている。
「どうぞ」
「ありがと。桔梗ちゃん、裸んぼは風邪ひいちゃうよ」
彼は帯を解き、裸の女に羽織らせる。
「アサガオさん。寝ていなきゃ……」
腕が伸びた。男と結合しているにもかかわらず、アサガオは布越しに桔梗を抱き締める。背中を摩った。
「風邪ひいたらおでが看病してあげる」
彼はほぼほぼ全裸になって踵を返す。
「寝着をご用意いたします。どうぞ、こちらへ」
葵が橙色の輝きと共に去っていく。アサガオも後をついていった。桔梗は唇を噛む。嗚咽がふっと漏れた。
「叶わねぇ想いなんぞ、手前が傷付くだけさな」
椿の山茶は思わぬ乱入に気を削がれたらしかった。腰が離れる。桔梗の身体は寝かされる。物音が聞こえた。やがて苦みのある匂いが漂った。半裸の大男は煙管を吸っている。紫煙が漂う。
用は済んだのだ。桔梗は臥榻から片脚を下ろす。中に出されたものが滴り落ちてくるのを感じる。
「まだ終わりじゃねぇよ」
爪楊枝みたいな煙管が置かれた。言い終えてから煙を燻らせる。乾いた音がした。彼は桔梗の両手を両足を縛り上げる。そしてまた煙管を咥える。
「何故……」
「寝着2つ貸したんだろ?お嬢さんの連れに。貸衣装代はどうすんだ?」
「んふ、」
口腔に布が詰められる。苦い香りを焼べながら彼は桔梗を肩に担いだ。
「そうとうの物好きでもよろしい。男色家?たいへん結構。ンでもな、あれはねぇよ。不気味だ」
長い廊下を渡り、先程出てきたばかりの部屋に放り込まれた。桔梗は布団に身を打つ。椿の山茶は長いこと煙を吐いていた。
「諦めやっせ。仲人は居なけりゃおれがやりまさぁ。叔父貴の代理人になってもいい。身籠り婚でも何でもな」
彼は煙管を口に突き入れて部屋を出て行った。布団から葵の匂いがした。手足を容赦ない力で縛られている。桔梗は青虫のようにして這った。疲労感が押し寄せる。前で纏められた腕に顔を埋める。牡種の流れた落ちていくのが肌を擽った。
「あ………ぅ、う………」
嗚咽に紛れて呻めく。綿紗の縄が皮膚を削る。畳を蠕いていると襖が開いた。燈りが濃い影を作った。葵は入ってこない。桔梗は泣き濡れて乱れた顔を上げる。図画で見る幽霊を思わせる。彼を見つめながら口に詰め込まれた布を吐き出す。
「山茶殿ですか」
葵はおそるおそる彼女に近付いてきた。縛めに手を掛けた。
「アサガオさんは……?」
充血した目が怯える。彼女の声は震えている。
「着替えをさせて寝かせました」
桔梗は唇を噛んだ。素材自体は柔らかな縄が緩んでいく。
「ありがとうございます……」
「いいえ。アサガオ殿の横に布団を敷きましたので、そちらでお休みになりますか」
彼は掛け布団を引っ張って足を縛られた哀れな全裸の女の背を覆う。
「アサガオさんに、お召し物を貸したと……」
「はい」
賤しい村民が袖を通したものを彼等がまた着ることはないだろう。2着も貸している。唇を噛んだ。目頭が熱くなる。
「…………夜伽を、いたします…………」
「結構です。着る物を持ってきます。山茶殿のところですか」
返事をせずとも葵は出て行った。そして脱がされた着物や襦袢を持って戻ってきた。
「私は湯浴みをしてきますので、ここで失礼します。お気を付けて」
葵は頭を下げた。
「借りを返さねばなりません。お背中を流させてください」
「借りとはなんです」
橙色に炙り出される美貌は不機嫌そうであった。桔梗が口を開く。彼女の脳裏の椿の山茶像も唇を開いた。声を出した瞬間に騒ぎがあった。葵は即座にそちらへ気を取られる。足速に立ち去ってからまた戻ってきた。
「アサガオ殿のお履物がございません」
桔梗は飛び起きた。葵はまた走り出す。急いで身支度を整えて彼女は玄関に向かった。すでに開け放たれた戸の奥に物々しい村人たちの姿が見える。
人食い妖怪だの、野犬が出たのと騒いでいる。しかし桔梗には関係のないことだった。鈍く痛む腰を撫で摩って外へ出る。大きな明かりの元に仰々しい影絵が蠢く。あの中にいるのかも知れない。桔梗は自ら人混みに紛れた。一人ひとり顔を見ていく。
「そこの娘、何をしている?」
桔梗は自分が話し掛けられていることにも気が付かなかった。アサガオの姿がないことに焦る。人食い妖怪だったか、凶暴な野犬だかが出没したらしい。村から出ようとする彼女の肩に後ろから手が伸びて捕まえた。
「どちらに行かれるのです」
葵である。
「アサガオさんが見つからなくて……」
「街の方で人狼が出たそうです。今、村を出て行くのは危険です」
それは却って桔梗を村から出す理由になり得てしまう。彼女の顔が蒼褪めた。絆綱の如く留められているにもかかわらず走り出そうとする。
「桔梗様……!」
「無事で帰ります!無事で帰りますから!」
葵の腕を振り払った。隣の村まで行ってみて、そこにアサガオの姿を一目認められたならすぐに帰ってくるつもりだ。
「危険です」
彼はもう一度桔梗を掴んだ。
「私はこれから村の警備にあたらねばなりません。貴方様とは行けない」
「ひとりで平気です。そのつもりでしたから」
村で帯刀を許されているのは葵だけだ。椿の山茶も刀剣の類いは好き勝手に振り回せないはずである。
「アサガオ殿自身が、人狼だったらどうなさいますか」
険しい眼差しが問う。
「アサガオさんが……?そんな…………」
「私も信じておりません」
彼は悍馬みたいな自分本位な女を惧れているのか、ふっさりと茂る睫毛を伏せた。
「ですが、可能性として無くはないのです。人狼の被害はこの村の以東に潜んでいるのではないかと噂を今聞いたばかりです。アサガオ殿のいらした村がひとつ当て嵌まりますね。そうなると彼も候補から外れないのです」
桔梗は葵から顔を逸らした。
「アサガオさんではありません。何故……」
「…………該当項目にひとつ当て嵌まっている以上は行かせられないのです。失礼」
何を失礼するのかと警戒する。彼は自分の小指を丸めて口に咥えた。笛が鳴る。民家の陰から気配は忍び寄る。次の瞬間には腕を背で捻り上げられていた。葵は目の前にいる。隠密を雇っているようだ。
「薬師さま……」
「お赦しください。―山茶殿に引き渡しなさい。お前も傍にいるように」
「放してください!アサガオさんにもしものことがあったら……」
葵の手が、連れて行けと合図した。
「私も軽率でした。その場合は一生詫び続けます」
桔梗は背を押され、無理矢理歩かされる。屋敷に戻り、押され押され椿の山茶の部屋に還ることになる。
「随分騒がしいな」
部屋の主は障子を開け放ち、縁側に立っていた。その威圧的な後姿こそ、人狼かと疑いたくなる。
「人狼ねぇ……人魚のほうに会ってみてぇもんだが」
彼は緩やかに振り返った。
「何しにきたぃ、お嬢さん。葵ノ君じゃ満足できなかった?」
「……違います。山茶様から、後ろの方にわたしを放すように言ってください」
前のめりになる。転ぶのも厭わなかった。拘束する者の力は強く、彼女の体重を支えている。椿の山茶は畳で跫音をたたせた。桔梗は彼を睨み上げる。すると大きな手が彼女の顎を掴んだ。
「さっきは泣いてたのにまぁ……女の気の移ろいやすいこと」
「放してください。放して……」
「あの村人が人狼かも知れねぇんだって?隣街のお役人が来たぜ、さっき。お嬢さんには悪いが、あれはそうかも知れねぇな。人狼は所詮狗畜生。番う相手もやっぱり狗畜生ってこった」
桔梗は彼の手から顔を振り払う。
「人狼かも知れねぇヤツを連れ込んじまったのはお嬢さんだなんて、あーしも葵ノ君も他の輩にゃ言えねぇやな。ここでおとなしくしときやっせ」
今度は綿紗の帯というわけにはいかなかった。実用化された縄によって手足を縛られ、大男の部屋の押し入れに放り込まれる。遅れて厚手の布団と共に月の光も届かない暗闇が訪れる。暴力的な情交で擦り切れかけた喉が完全に擦れるまで彼女は喚き続けた。やがて湯中りのときよりもなだらかな気が途絶えた。
結局、アサガオは彼の住まいで寝ているのがそのあと発見された。椿の山茶が馬を駆けて探し出したのである。桔梗は朝を迎えてから押し入れの外に出た。彼女の顔色は青白く、隈が浮かんでいる。
「ご迷惑をおかけしました……」
「まったくですな。さっさと別れるこった。叔父貴に免じて手切れ金を肩代わりしてやろか?若ぇ女に興味がなくても大判小判ならどうだかな」
身体の節々が痛む。頭もぼんやりとしていた。彼女は土間に立ち、框にいる大男を見上げる。
「……片方が貴人、片方が賎民のガキがどれだけ歯痒い思いをすると思ってる?」
「男女が2人でいれば、いきなり子供のお話ですか」
「おれぁ、あの兄ちゃんが人狼かも知れねぇってんで見に行ってみたが、人狼であってくれたほうが助からぁな。ンで、葵君が寝込んじまった。ってわけで薬屋は暫く閉める。今日もどうせ行くんだんべ?明日からは直接 玄関に来やっせ」
彼は喋りながら大きな欠伸をした。口の中に桔梗の拳がひとつ入りそうだった。
「承知しました」
彼女はふらふらとした足取りで一度蟄居先の屋敷に寄った。2階に上がり合図しても反応のない襖を少し開くとダリア少年はまだ寝ているらしかった。乱れた掛布団を直す。枕に巻いた手拭いにはべったりと傷から滲み出た体液が付いている。日が経てども快くならない。安らかに眠るダリアを見つめ、静かに溜息を吐いた。それから隣の村へと出掛ける。
アサガオは川べりにはいなかった。そのまま彼の家を訪ねる。呼んでもやって来ないため、戸を開けるとまるで急病者みたいに倒れた姿が目に入る。
「アサガオさん……!」
桔梗は中に駆け込んで、俯せの肩を揺すった。息があることを確認する。
「ん~?桔梗ちゃぁん?」
揺さぶり続けるとアサガオはむくりと身体を起こした。
「そうです、アサガオさん」
触れると上質な生地ながら、地味で控えめな衣はあまり似合っていなかった。
「あれ……猫ちゃんは?」
「猫……?」
「小さい子。これくらいの」
また新たに拾ったのであろうか。
「アサガオさん、昨日、預けてきた子じゃなくて?」
彼は目を大きくした。それから自分の袖を摘み、身を包む生地を確かめる。
「あれ……?あ、そっか。おで………ああ、猫ちゃん、もうお家あるんだ。いっぱいごはん食べてるといいな」
上唇の引っ掛かる特徴的な八重歯を見せた。すべてどうでも良くなってしまう。昨晩のことが悪夢に思えた。厭な幻覚として片付けられた。いつもと装いの違う胸元に飛び込む。
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