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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年
熱帯魚の鱗を剥がす 8
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肌に節くれだった長く細い指が食い込むのが痛い。朋夜の身体は強張った。力強く引かれ、足が出る。
「怖かったろ」
男体にぶつかった。否、彼が胸元に叔母を埋めた。ふわりとよく知る香りに包まれる。背中に掌が添わる。
「京美くん……」
「ちゃんと相談しろよな」
「ごめんね。ちゃんと警察に行かなきゃだよね。でも、もしかしたら神流ちゃんかも知れないって思ったから……」
肘を張って朋夜は甥の胸から離れた。
「どうすんの?」
自意識過剰だと嗤われそうである。"あんたが油断してるから"と言われそうである。言われたことはない。ただ朋夜から見て、京美はそう言いそうなのだ。雨上がりに車に撥ねられた泥水をかぶったとき、そのようなことを言われた。2人で出掛けなければならなかったとき電車内で乗客に怒鳴られたときも同じような注意を受けた。服を比べていたとき、部屋の前を通り過ぎていったこの甥に自意識過剰だと残されていった。彼は言いかねない。そして笑ってやり過ごせるか分からない。愛想笑いを予定するのもなんだか自分がおかしかった。
「大丈夫……もう少し、様子みて、それから決めるよ」
ぎこちない横歩きで壁と迫る京美の肉体の狭間から抜け出る。
◇
買い出しに出掛けなければならなかった。玄関ドアを開けた途端に朋夜は人影に衝突される。結婚してから知った実家の匂いが鼻腔を擽ぐる。
「お姉ちゃん」
抱き付かれ、その女の肉の柔らかさを確かめるみたいに強い力加減のなかに緩急があった。このイノシシの如く猛進してきたのは弟だ。レスリングのタックルを思わせる。玄関ホールに押し倒され、朋夜の頭は真っ白になりながらも呑気な問いが口をついて出る。
「神流ちゃん……学校は…………?」
「だってこうでもしないとお姉ちゃん、会ってくれないでしょ?」
制服姿であるところを見ると、登校する気はあったのかも知れない。天井でシーリングファンが回っているが、ネクタイのノットに白く細い指を突っ込む弟の姿で消えてしまった。
朋夜はただ弟の愚行に目を瞠いているのとしかできなかった。
「ねぇ、お姉ちゃん。あの後、京美おにいさんとはセックスしたの?」
「何を……言って………」
青いヘビが陋劣な弟の首から伸びてくる。
「あんなよく喋る京美おにいさん初めて見たよ。もうお姉ちゃんを、自分の女にした……って感じだった」
「そんなわけないでしょう!神流ちゃんの勘違いよ」
姉は獣同然に発情期真っ只中にいるらしい弟の腕を掴んだ。華奢な身体は軽いはずだった。しかしびくともしない。
「勘違いなんだ。じゃあよかった」
彼は自分の腕に縋る姉の手を剥がして指を絡めた。
「でも別に僕、驚かないよ。だって京美おにいさん、若いし。お姉ちゃんも叔母さんやるには若いもの。若い男女が2人暮らしでしょ。何か起きちゃうんだろうなって考えておかないほど、僕、バカじゃないし」
両手を塞がれよく磨かれたフローリングに縫い留められる。
「神流ちゃん……やめよう?おかしいよ、おかしいの、姉弟でこういうことするの……」
「おかしくていいよ。別に正常になんて、なろうとしてないし」
爛々とした目が逆光の中で爛々としている。
「神流ちゃん、やめて!神流ちゃん、お願い!」
「ダメだよ、お姉ちゃん。早くお姉ちゃんと繋がりたいって、僕のおちんちん、破裂しそうなんだもん」
腰に馬乗りになった神流は姉の胸の膨らみを揉む。柔らかさを愉しんでいる手付きだった。
「お姉ちゃん、好き。好き、好き、お姉ちゃん」
弟は尻を姉の腰や腿に擦る。そして重なるように身体を寝かせ、姉の胸に顔を埋めた。鼻から息を吸われている。嗅がれている。
「お姉ちゃんのおっきなおっぱい……いい匂いする」
声変わりは終わったはずである。しかし姉に甘えるその喋り方は舌足らずで間伸びし、幼い子供のような高さであった。
「やめて……神流ちゃん…………こんなの、」
「お姉ちゃん、昔、僕と結婚してくれるって言った!」
かっと目を丸くした神流が額のぶつかるほど顔を近付けた。瞳孔が見えるほどの距離でいて、焦点が合わせられないほど接近している。
「なのに仁実義兄さんと結婚したよね。すぐ死んじゃうって分かってたから僕、許してあげたんだよ」
神流の嫋やかな手が姉の服を下着ごと捲り上げる。キャミソールは襞を作り、中身を失くした薄いパープルのブラジャーが拉げる。
「いや……っ!」
「お姉ちゃんは桃みたい」
幼児返りしたみたいな弟は姉の柔肌を吸う。抵抗する彼女の腕を跳ね除け、やがてネクタイで縛り上げてしまう。片方ずつ縛って纏められ、朋夜は両手を暴れさせても簡単には解けそうになかった。繊維と皮膚が削れ合う。すぐに赤みが差してきてしまった。
「きゃはは、お姉ちゃんかわいい……お姉ちゃん。このまま実家帰ろっか」
薄皮の擦れた姉の腕を桜色の舌が慰める。ボディクリームと日焼け止めが落ちたことだろう。
「お姉ちゃんはどこもかしこも甘いね」
神流は溶けたソフトクリームを舐め上げるみたいに姉の腕に舌を這わせ、手は乳房を揉みしだく。
「あ……神流ちゃ………っ、」
「お姉ちゃんは乳首好きなんだもんね。ごめんね、忘れてた」
親指と人差し指が加虐的に彼女の膨らみの先端を的確に捉えた。
「ぁっ、」
朋夜の身体から力が抜けた。天空から大きな白翼を生やして舞い降りたような妖美な少年の桜色の唇が麗かな微笑を湛える。
「おっぱい気持ちいい?」
小さな粒を捏ね回される。甘い痺れが頭の中を蕩かせ、下腹部に熱を集める。
「ぁ、やめ……て、神流ちゃ、んっ、も……う、や………ぁ」
跨る弟の下で朋夜は腰をくねらせる。
「気持ち良いと困る?」
「そうじゃ、なくて……ぁっんッ」
不意にくりりと摺り潰されて彼女の声には艶を帯びる。神流はうふふと可憐に笑みながら短い間隔で指を往復させる。熟れた小実が弾かれていくたび、悶えてしまう。
「お姉ちゃんのおっぱい」
彼は目を眇め、そして瑞々しいペールピンクの口が指で遊ばれた姉の弱いところを覆った。片方は揉まれながら、生温かい感触に包まれる。淫らな悪寒が背筋を撫でる。
「ぁっ、やだ………神流ちゃ………んぅ」
弟の舌の質感で実粒を転がされた。浮遊感を覚える悦びが脳と臍裏に分岐していく。脚の間が潤けそうになっている。
神流は飽きたのか、姉の胸を咥えるのを止めた。舌で犯された乳頭はぬらぬらと照っている。
「変な手紙の犯人さんも、見てるかな?変な手紙の犯人さん!聞いてる?」
彼は辺りを玄関ホールを見回した。まるで監視カメラや盗聴器がこの家にあるみたいだった。義甥がすでに盗聴器を仕込んでいる。無くは無い話だった。
「あ………あ、」
「どんな人なんだろ?お姉ちゃんとこういうこと、したいのかな」
「いや………、いや!」
縛られた両手で弟を拒む。神流はただ無邪気に微笑んでいる。
「したいよね。お姉ちゃんのおっぱいの形とか柔らかさ想像して、乳首の色はピンク色だなんて信じて疑わなくて、ちんちんごしごししてるんだろうな。どんなふうにお姉ちゃんが喘いで、どんなふうにイくのか。ははは、可哀想な犯人さん。お姉ちゃんのおまんこの温かさも知らない、惨めな人!」
きゃはきゃはと哄笑し、彼はまたもや姉の胸に顔を産める。纏められた両手の拒否など意にも介さない。
「いや……、いや!神流ちゃん!やめて……!」
インディゴブルーのジーンズが下ろされていく。
「やだ……っ!や、ぁんっ」
凝っている小蕾に浅く歯が立った。じんわりと快感が滲む。そうしている間にも、弟の手は姉の下半身を漁っている。ブラジャーと揃いのショーツに手が入る。薄い茂みを通り越して、秘部に辿り着く。
「神流ちゃん、やめて……だめ、いけないよ…………いい子だから……」
朋夜は泣きそうな顔をしていた。弟は首を伸ばし、哀れな姉の唇を啄む。桜色に人工的なピンク色が上塗りされる。
「いい子じゃないよ、僕は」
下着に潜んだ手が女の敏感な箇所を抉る。鋭い快楽が走る。
「ああ!」
「お姉ちゃん、かわい……」
美少年は清らかに頬を綻ばせる。それでいてその指先は姉を淫虐する。何か塗り込むみたいに彼女の核芽が擽った。
「んや、…………あっん、」
「陰核でイくの、つまらないよね?」
神流の指遣いはぴたと止まった。
「あ……」
「残念だったかな、お姉ちゃん。イけなくて。でも、もっと気持ち良くしてあげるから、待っててね?」
こてんと細い首を傾げる様があざとかった。この男は姉に対してだけ、己は庇護対象なのだという主張を欠かさない。
神流は姉の履いていたパンプスを脱がせて放った。そして彼女の抵抗も虚しく、下半身を裸にしてしまう。上半身も乳房まで露わにした朋夜はほぼ丸裸に等しかった。縛られた両手で顔を隠し、彼女は沈黙している。
「泣かないで、お姉ちゃん。気持ち良くするから」
力尽くで膝を割り開き、白皙の美少年は姉の股ぐらに顔を埋める。茂みに鼻先を突っ込みすんすん匂いを嗅ぐ。
「嗅ぐの………ほんと、やだ………」
「なんで?お姉ちゃんはいつもいい匂いがするよ。僕のお嫁さんはお姉ちゃんしかいないんだなって匂い」
すんすん、すんすんと匂いを嗅いでやっと満足したらしい。濡肌に唇だの舌だのを這わせはじめる。
「やめて……」
「だって舐め舐めしないとお姉ちゃん、痛いよ」
朋夜は首を振った。彼女の声は弱々しく掠れていた。
「……そう」
ファスナーの下ろされる音を聞く。弟の肉塊が姉のラヴィアを躙り、一気に貫いた。
「ああああ……っ!」
悲鳴が上がる。姉の嘆きに、弟の美貌は邪悪ながらに莞爾と桜を咲かせる。
「ただいま、お姉ちゃん………!お姉ちゃんのナカ………あったかい」
彼は女体をがっちりと掴んで腰を振る。弟の猛り狂ったものが往復し、すぐさま体液が混ぜられ粘こく湿った音がたつ。
「あ、あ、あ、あ……!」
内臓を打ち上げられているみたいだった。弟は姉の業の苦しみを分かっている。ゆえに執拗だった。胸の色付きや結合した場所の真上を触る。
「あ……んっ、いゃ……ぁん」
「イってお姉ちゃん。イけよ。イーけ。イけ」
弟はピストンをやめた。女の蕾を抉じ開けることに躍起になっている。朋夜は抗いがたい苛酷な快楽で殴られているようだった。
「やッ、あっあんっ」
神流は滾り勃つものを器用に遣い、姉の臍の裏を内側から圧迫する。白い指が呼応したように疼く牝芽を摘んだ。
「ああっ」
泣き崩れんばかりの嗟嘆は、ところが肉の悦びを秘めているのだった。
「濡れてきたね、お姉ちゃん。でもまだまだだよね?」
上の二つの膨らみを撚られながら、姉弟で深く口付ける。近過ぎる血肉でありながら弟の口蜜はあまりにも甘く朋夜を潤し、淫靡な舌戯で溺れさせていく。
「ああんっ」
朋夜の肉体が引き攣った。激しく弟を引き絞る。
「あ……お姉ちゃん………っすごい、」
艶めいた美少年のその表情はまるで地上へと墜落し、翼を失ったかのように困惑していた。すでに身体の持主の制御を越えて、彼も絶頂への誘惑に呑まれていた。細い腰を振りたくる。収斂する愛しい女の隘路に扱かれて、とうとう精を放つ。
「お姉ちゃ………ぁうう………っ」
脈動が起こっている。朋夜は腹の中で弟の子種を受け止めた。脳味噌を跡形もなく乱暴に洗い流されているような明滅に彼女は襲われていた。
弛緩する女体に手指や腕が減り込むほどの抱接のなか、美貌の少年はかくりかくり腰を前後させて肉親との結合を隅々まで堪能する。この何かの機みで天空の庭園から堕ちてきたのかと紛うほどの絶世の美男子はまるで醜怪な下天の者どもなど歯牙にもかけぬといった具合に、己の血脈に閉じこもるつもりなのかも知れなかった。
「放して!」
先に冷静になったのは朋夜のほうだった。纏められた両手で、射精の余韻に浸る弟を突き飛ばす。恍惚とした美童の双眸は、今ここで犯された女以外の者が見たならば庇護欲を掻き立てられたに違いない。
「これで終わりなわけないよ、お姉ちゃん。いっぱいしなきゃ、赤ちゃんデキてないかも知れないじゃない」
「いや………!しない、しない!」
まだそれなりに熱を留めていた身体に冷水をぶっかけたような忌まわしいことを、神流は何の躊躇いもなく口にする。
「するんだよ?お姉ちゃんは僕の赤ちゃん産むって決まってるの」
強く掴まれて赤みの差している腰肌にもうまた可憐な白魚の如き指が食い込む。
脚の間からどろどろと弟の体液が漏れ出た。ネクタイを解かれても腕は持ち上がらず玄関ホールの床に叩きつけられる。
「3回もイって、素敵なお姉ちゃん」
蒸れた髪を梳かれるたびに汗ばんだ頸が冷えていく。
「こんにちは、僕と姉の赤ちゃん。すくすく育って元気な顔見せてね」
神流は姉の臍の下に接吻する。そしてショーツを履かせた。すぐに滲んでいく。さらにその上にジーンズも履かせていく。ファスナーを閉め、タックボタンを留める。
「赤ちゃん産むのにはちょっとお腹が細いかな。いっぱい食べてね」
彼は姉の括れた腰を妖しい光沢を帯びた眼で眺めていた。
「じゃあ帰るね、姉さん。明日はちゃんと学校行くよ」
呆然としている朋夜の額や頬を啄み、それから神流はリップカラーの残骸を帯びて罅割れた唇へキスを降らせようとした。
「いや!」
フローリングに落ちていた手が白皙を引っ叩く。
「ダメだよ、姉貴。ヒステリックになっちゃ」
横面を張った腕を握り潰さんばかりの力で咎め、神流は姉の唇を塞ぐ。
「じゃあね、ママと僕の赤ちゃん」
皺まみれのネクタイを結び、神流は玄関ドアの奥に消えていく。朋夜はすぐに起きなければならない必要性を分かっていながら、そこでうとうとと眠ってしまった。喪失感とも虚無感ともいえない真っ白な時空にいる気分だった。そこに疲労がやって来て、彼女を泥沼に引き摺り込む。
鍵穴を触る物音と悪態で目が覚めた時にはもう遅かった。朋夜ははっとして玄関扉を見る。勢いで起き上がった。その頃にはすでに京美がドアを開け、玄関ホールで尻餅をついて後退る叔母を発見していた。
「……叔母さん、何?どうしたの?」
朋夜は目に涙をいっぱい溜めて首を振る。シーリングファンでは消臭しきれない淫らで生々しい若牡と牝の匂いを、若い京美も嗅ぎ取ったのかも知れなかった。
ただでさえ険のある麗かな風貌にさらに棘が増えていく。
「何か、あった?」
「何も………ない。おかえり、なさい…………早かったね。ちょっと買い出しに行ってくるよ」
目を開いたままにしておくと、眼球に張る水膜が乾いていく気がした。鈍く痛む腰を上げる。
「待ちなよ」
何事もないのを取り繕う。愛想笑いを浮かべて平生のようにすれ違う。だがそれを京美が許さなかった。彼は振り返って様子のおかしい叔母の腕を掴む。
「何かあったろ」
「ちょっとそこで転んじゃって。恥ずかしいね」
京美くんも気を付けて、と続けようとしたが彼はそのような粗相はしまい。多弁は怪しまれる。付け加えたところで返事に嫌味が混ざることは分かりきっていた。否、それは嫌味ではなく真っ当な見解であることのほうが多いことは朋夜も分かっている。
「あの怪文書?あの手紙の差出人が来た?」
腕に触れる甥の手を彼女は柔らかく剥がして、落とすこともなく置いた。
「大丈夫よ。買い物に行ってきます」
「隠し事するなよ」
玄関ドアを向いていた爪先が三和土を踊る。強い力で引き寄せられ、ふわりと京美の匂いがした。柔軟剤も薫っている。
「俺に隠し事するな」
脈が速くなった。人工的な優しい香りの中に先程いやというほど脳髄で嗅がなければならなかった牡の匂いが紛れている。意識を飛ばしかけるほど淫苦を教え込まれた肌が新たな若い牡獣を拒んでいる。それでいて本能は甘えろといっている。この狭間に眩暈がする。
「だ、大丈夫……心配かけてごめんね。本当になんでもないから。転んじゃって、ちょっと腰打っちゃっただけみたい。帰ってきたら湿布して安静にするし」
胸元に収めようとする力と逆行してしまった。ぎらぎらと危うい眼差しに射すくめられる。
「あ、安静にするっていうか、いつも家の中で安静にしてるもんね!」
刺々しいことを言われる前に彼女は自ら予防線を張る。先に毒づかれるにしろ、ここで肯定されるにしろ、結局傷付いてしまうことには変わりはなかった。だが分かっているのだ、その意識はあるのだと、それを伝えることで多少の酌量の余地を期待した。
「俺も行く」
「え……でも、帰ったきたばかりだし…………」
「でもあんなストーカーみたいなのひっついてるあんたを1人で外にやれって?」
朋夜は目が泳ぐ。
「あんたが怪我でもしたとき、誰が面倒看るの?離れて暮らしてる高校生の弟?」
黙った叔母の耳に嘆息が聞こえる。
「大袈裟に言ってるわけじゃないし、怪我じゃ済まないかも知れないじゃん」
一度下ろさせた手がまた朋夜の肩に触れる。今度は有無を言わずに抱き竦められた。
「京美く……ん」
「髪ぐしゃぐしゃ、口紅落ちてるし、その服の皺……………神流おぢさん来たの」
後頭部に掌が添えられた。乱れた毛を撫でつけられていく。朋夜は否定も肯定もできなかった。
「病院行こう。俺も付き添うから」
口の中が渇いた。髪を毛先まで梳いた手がそのまま背中を摩っていくのが寒い。彼は無関係な甥である。このようなことに巻き込み、付き添わせるのに相応しい相手ではない。知り合いに会ったらどうする。不健全な感じがした。不適切だ。
「一人で行けるから…………平気」
そして京美の懸念事項を思い出す。
「人のいないところ、歩かないから」
「俺が嫌なんだよ」
「平気………へいき……………大丈夫だから………」
全身が乾燥していく気がした。駄々を捏ねる子供みたいに彼女は平気だ、大丈夫だと繰り返す。ひとりになりたかった。弟に犯され、孕んでいるかも知れない現実と向き合わなければならない。悍ましいことだ。忌まわしいことだ。京美はそこから逃れさせてはくれない。頭を掴み、目蓋を開かせて、眼球の向く先さえも決めてしまいそうだ。
「叔母さん」
冷え切った手に甥の手が重なった。自分の手が戦慄いていることに気付く。
「行こう……………俺が、守るから」
彼の手も震えている。繋いだ叔母の手の振動に流されているのかも知れなかった。或いは、得体の知れない不気味な手紙の差出人の出現に怯えている。よくある事件の例でいえば刺されてもおかしくない。
「ごめんね」
保護しなければならない未成年の義甥に気を遣わせている。京美は眉根に皺を寄せた。
「謝るなよ」
彼にとって叔母の「ごめんなさい」「ごめんね」などは価値のないものだ。彼女はあまりにも安く、反省も学びもせずに同じことを言葉を吐き続け、その場をやり過ごしてきた。
「ご、め……っ」
反射的に言いかけたのを呑み込む。甥は気に入らなそうな表情をして、叔母の手を引いた。しかし彼女は歩を進められなかった。
「やっぱりひとりで行くよ」
「は?なんで」
威圧的な返答が来ることは予期していた。気に入らなそうな表情はさらに不機嫌ぶりを色濃くする。
「シャワー、浴びたくて……」
彼女の声は消え入りそうだった。羞悪に顔が熱くなる。眼球の裏が滲みた。だが甥は理由を言わなければ引かないだろう。それか要領のいい彼は無駄なやり取りに辟易することだろう。共に暮らしていてその気質を十分、痛みを伴って理解しているのだ。
歯軋りが聞こえた。そうとう、腹を立てている。
「……待つ」
「で、も………」
「何時間かかってもいいから」
握られていた手が放される。朋夜は頷いて玄関ホールに戻った。弟に犯されたこと、忌まわしい身であること、甥に対する不甲斐なさ、情けなさが一挙に押し寄せる。背を向けた途端にぼろりと角膜でも剥がれたみたいに一雫涙が流れていく。頬を滑り降り、顎で滞ってやがて脱衣所の扉を閉めるのと同時に落ちた。壁伝いに背中が擦れて膝が折れた。泣いている場合ではない。京美が待っている。すぐに立ち上がった。髪が乱れ、化粧は崩れ、服には痛々しい皺が刻まれていた。まだ泣き止まない己の頬を叩く。夫はもう死んだ。唯一であり最大の遺言を果たさなければならない。泣いている場合ではない。
「怖かったろ」
男体にぶつかった。否、彼が胸元に叔母を埋めた。ふわりとよく知る香りに包まれる。背中に掌が添わる。
「京美くん……」
「ちゃんと相談しろよな」
「ごめんね。ちゃんと警察に行かなきゃだよね。でも、もしかしたら神流ちゃんかも知れないって思ったから……」
肘を張って朋夜は甥の胸から離れた。
「どうすんの?」
自意識過剰だと嗤われそうである。"あんたが油断してるから"と言われそうである。言われたことはない。ただ朋夜から見て、京美はそう言いそうなのだ。雨上がりに車に撥ねられた泥水をかぶったとき、そのようなことを言われた。2人で出掛けなければならなかったとき電車内で乗客に怒鳴られたときも同じような注意を受けた。服を比べていたとき、部屋の前を通り過ぎていったこの甥に自意識過剰だと残されていった。彼は言いかねない。そして笑ってやり過ごせるか分からない。愛想笑いを予定するのもなんだか自分がおかしかった。
「大丈夫……もう少し、様子みて、それから決めるよ」
ぎこちない横歩きで壁と迫る京美の肉体の狭間から抜け出る。
◇
買い出しに出掛けなければならなかった。玄関ドアを開けた途端に朋夜は人影に衝突される。結婚してから知った実家の匂いが鼻腔を擽ぐる。
「お姉ちゃん」
抱き付かれ、その女の肉の柔らかさを確かめるみたいに強い力加減のなかに緩急があった。このイノシシの如く猛進してきたのは弟だ。レスリングのタックルを思わせる。玄関ホールに押し倒され、朋夜の頭は真っ白になりながらも呑気な問いが口をついて出る。
「神流ちゃん……学校は…………?」
「だってこうでもしないとお姉ちゃん、会ってくれないでしょ?」
制服姿であるところを見ると、登校する気はあったのかも知れない。天井でシーリングファンが回っているが、ネクタイのノットに白く細い指を突っ込む弟の姿で消えてしまった。
朋夜はただ弟の愚行に目を瞠いているのとしかできなかった。
「ねぇ、お姉ちゃん。あの後、京美おにいさんとはセックスしたの?」
「何を……言って………」
青いヘビが陋劣な弟の首から伸びてくる。
「あんなよく喋る京美おにいさん初めて見たよ。もうお姉ちゃんを、自分の女にした……って感じだった」
「そんなわけないでしょう!神流ちゃんの勘違いよ」
姉は獣同然に発情期真っ只中にいるらしい弟の腕を掴んだ。華奢な身体は軽いはずだった。しかしびくともしない。
「勘違いなんだ。じゃあよかった」
彼は自分の腕に縋る姉の手を剥がして指を絡めた。
「でも別に僕、驚かないよ。だって京美おにいさん、若いし。お姉ちゃんも叔母さんやるには若いもの。若い男女が2人暮らしでしょ。何か起きちゃうんだろうなって考えておかないほど、僕、バカじゃないし」
両手を塞がれよく磨かれたフローリングに縫い留められる。
「神流ちゃん……やめよう?おかしいよ、おかしいの、姉弟でこういうことするの……」
「おかしくていいよ。別に正常になんて、なろうとしてないし」
爛々とした目が逆光の中で爛々としている。
「神流ちゃん、やめて!神流ちゃん、お願い!」
「ダメだよ、お姉ちゃん。早くお姉ちゃんと繋がりたいって、僕のおちんちん、破裂しそうなんだもん」
腰に馬乗りになった神流は姉の胸の膨らみを揉む。柔らかさを愉しんでいる手付きだった。
「お姉ちゃん、好き。好き、好き、お姉ちゃん」
弟は尻を姉の腰や腿に擦る。そして重なるように身体を寝かせ、姉の胸に顔を埋めた。鼻から息を吸われている。嗅がれている。
「お姉ちゃんのおっきなおっぱい……いい匂いする」
声変わりは終わったはずである。しかし姉に甘えるその喋り方は舌足らずで間伸びし、幼い子供のような高さであった。
「やめて……神流ちゃん…………こんなの、」
「お姉ちゃん、昔、僕と結婚してくれるって言った!」
かっと目を丸くした神流が額のぶつかるほど顔を近付けた。瞳孔が見えるほどの距離でいて、焦点が合わせられないほど接近している。
「なのに仁実義兄さんと結婚したよね。すぐ死んじゃうって分かってたから僕、許してあげたんだよ」
神流の嫋やかな手が姉の服を下着ごと捲り上げる。キャミソールは襞を作り、中身を失くした薄いパープルのブラジャーが拉げる。
「いや……っ!」
「お姉ちゃんは桃みたい」
幼児返りしたみたいな弟は姉の柔肌を吸う。抵抗する彼女の腕を跳ね除け、やがてネクタイで縛り上げてしまう。片方ずつ縛って纏められ、朋夜は両手を暴れさせても簡単には解けそうになかった。繊維と皮膚が削れ合う。すぐに赤みが差してきてしまった。
「きゃはは、お姉ちゃんかわいい……お姉ちゃん。このまま実家帰ろっか」
薄皮の擦れた姉の腕を桜色の舌が慰める。ボディクリームと日焼け止めが落ちたことだろう。
「お姉ちゃんはどこもかしこも甘いね」
神流は溶けたソフトクリームを舐め上げるみたいに姉の腕に舌を這わせ、手は乳房を揉みしだく。
「あ……神流ちゃ………っ、」
「お姉ちゃんは乳首好きなんだもんね。ごめんね、忘れてた」
親指と人差し指が加虐的に彼女の膨らみの先端を的確に捉えた。
「ぁっ、」
朋夜の身体から力が抜けた。天空から大きな白翼を生やして舞い降りたような妖美な少年の桜色の唇が麗かな微笑を湛える。
「おっぱい気持ちいい?」
小さな粒を捏ね回される。甘い痺れが頭の中を蕩かせ、下腹部に熱を集める。
「ぁ、やめ……て、神流ちゃ、んっ、も……う、や………ぁ」
跨る弟の下で朋夜は腰をくねらせる。
「気持ち良いと困る?」
「そうじゃ、なくて……ぁっんッ」
不意にくりりと摺り潰されて彼女の声には艶を帯びる。神流はうふふと可憐に笑みながら短い間隔で指を往復させる。熟れた小実が弾かれていくたび、悶えてしまう。
「お姉ちゃんのおっぱい」
彼は目を眇め、そして瑞々しいペールピンクの口が指で遊ばれた姉の弱いところを覆った。片方は揉まれながら、生温かい感触に包まれる。淫らな悪寒が背筋を撫でる。
「ぁっ、やだ………神流ちゃ………んぅ」
弟の舌の質感で実粒を転がされた。浮遊感を覚える悦びが脳と臍裏に分岐していく。脚の間が潤けそうになっている。
神流は飽きたのか、姉の胸を咥えるのを止めた。舌で犯された乳頭はぬらぬらと照っている。
「変な手紙の犯人さんも、見てるかな?変な手紙の犯人さん!聞いてる?」
彼は辺りを玄関ホールを見回した。まるで監視カメラや盗聴器がこの家にあるみたいだった。義甥がすでに盗聴器を仕込んでいる。無くは無い話だった。
「あ………あ、」
「どんな人なんだろ?お姉ちゃんとこういうこと、したいのかな」
「いや………、いや!」
縛られた両手で弟を拒む。神流はただ無邪気に微笑んでいる。
「したいよね。お姉ちゃんのおっぱいの形とか柔らかさ想像して、乳首の色はピンク色だなんて信じて疑わなくて、ちんちんごしごししてるんだろうな。どんなふうにお姉ちゃんが喘いで、どんなふうにイくのか。ははは、可哀想な犯人さん。お姉ちゃんのおまんこの温かさも知らない、惨めな人!」
きゃはきゃはと哄笑し、彼はまたもや姉の胸に顔を産める。纏められた両手の拒否など意にも介さない。
「いや……、いや!神流ちゃん!やめて……!」
インディゴブルーのジーンズが下ろされていく。
「やだ……っ!や、ぁんっ」
凝っている小蕾に浅く歯が立った。じんわりと快感が滲む。そうしている間にも、弟の手は姉の下半身を漁っている。ブラジャーと揃いのショーツに手が入る。薄い茂みを通り越して、秘部に辿り着く。
「神流ちゃん、やめて……だめ、いけないよ…………いい子だから……」
朋夜は泣きそうな顔をしていた。弟は首を伸ばし、哀れな姉の唇を啄む。桜色に人工的なピンク色が上塗りされる。
「いい子じゃないよ、僕は」
下着に潜んだ手が女の敏感な箇所を抉る。鋭い快楽が走る。
「ああ!」
「お姉ちゃん、かわい……」
美少年は清らかに頬を綻ばせる。それでいてその指先は姉を淫虐する。何か塗り込むみたいに彼女の核芽が擽った。
「んや、…………あっん、」
「陰核でイくの、つまらないよね?」
神流の指遣いはぴたと止まった。
「あ……」
「残念だったかな、お姉ちゃん。イけなくて。でも、もっと気持ち良くしてあげるから、待っててね?」
こてんと細い首を傾げる様があざとかった。この男は姉に対してだけ、己は庇護対象なのだという主張を欠かさない。
神流は姉の履いていたパンプスを脱がせて放った。そして彼女の抵抗も虚しく、下半身を裸にしてしまう。上半身も乳房まで露わにした朋夜はほぼ丸裸に等しかった。縛られた両手で顔を隠し、彼女は沈黙している。
「泣かないで、お姉ちゃん。気持ち良くするから」
力尽くで膝を割り開き、白皙の美少年は姉の股ぐらに顔を埋める。茂みに鼻先を突っ込みすんすん匂いを嗅ぐ。
「嗅ぐの………ほんと、やだ………」
「なんで?お姉ちゃんはいつもいい匂いがするよ。僕のお嫁さんはお姉ちゃんしかいないんだなって匂い」
すんすん、すんすんと匂いを嗅いでやっと満足したらしい。濡肌に唇だの舌だのを這わせはじめる。
「やめて……」
「だって舐め舐めしないとお姉ちゃん、痛いよ」
朋夜は首を振った。彼女の声は弱々しく掠れていた。
「……そう」
ファスナーの下ろされる音を聞く。弟の肉塊が姉のラヴィアを躙り、一気に貫いた。
「ああああ……っ!」
悲鳴が上がる。姉の嘆きに、弟の美貌は邪悪ながらに莞爾と桜を咲かせる。
「ただいま、お姉ちゃん………!お姉ちゃんのナカ………あったかい」
彼は女体をがっちりと掴んで腰を振る。弟の猛り狂ったものが往復し、すぐさま体液が混ぜられ粘こく湿った音がたつ。
「あ、あ、あ、あ……!」
内臓を打ち上げられているみたいだった。弟は姉の業の苦しみを分かっている。ゆえに執拗だった。胸の色付きや結合した場所の真上を触る。
「あ……んっ、いゃ……ぁん」
「イってお姉ちゃん。イけよ。イーけ。イけ」
弟はピストンをやめた。女の蕾を抉じ開けることに躍起になっている。朋夜は抗いがたい苛酷な快楽で殴られているようだった。
「やッ、あっあんっ」
神流は滾り勃つものを器用に遣い、姉の臍の裏を内側から圧迫する。白い指が呼応したように疼く牝芽を摘んだ。
「ああっ」
泣き崩れんばかりの嗟嘆は、ところが肉の悦びを秘めているのだった。
「濡れてきたね、お姉ちゃん。でもまだまだだよね?」
上の二つの膨らみを撚られながら、姉弟で深く口付ける。近過ぎる血肉でありながら弟の口蜜はあまりにも甘く朋夜を潤し、淫靡な舌戯で溺れさせていく。
「ああんっ」
朋夜の肉体が引き攣った。激しく弟を引き絞る。
「あ……お姉ちゃん………っすごい、」
艶めいた美少年のその表情はまるで地上へと墜落し、翼を失ったかのように困惑していた。すでに身体の持主の制御を越えて、彼も絶頂への誘惑に呑まれていた。細い腰を振りたくる。収斂する愛しい女の隘路に扱かれて、とうとう精を放つ。
「お姉ちゃ………ぁうう………っ」
脈動が起こっている。朋夜は腹の中で弟の子種を受け止めた。脳味噌を跡形もなく乱暴に洗い流されているような明滅に彼女は襲われていた。
弛緩する女体に手指や腕が減り込むほどの抱接のなか、美貌の少年はかくりかくり腰を前後させて肉親との結合を隅々まで堪能する。この何かの機みで天空の庭園から堕ちてきたのかと紛うほどの絶世の美男子はまるで醜怪な下天の者どもなど歯牙にもかけぬといった具合に、己の血脈に閉じこもるつもりなのかも知れなかった。
「放して!」
先に冷静になったのは朋夜のほうだった。纏められた両手で、射精の余韻に浸る弟を突き飛ばす。恍惚とした美童の双眸は、今ここで犯された女以外の者が見たならば庇護欲を掻き立てられたに違いない。
「これで終わりなわけないよ、お姉ちゃん。いっぱいしなきゃ、赤ちゃんデキてないかも知れないじゃない」
「いや………!しない、しない!」
まだそれなりに熱を留めていた身体に冷水をぶっかけたような忌まわしいことを、神流は何の躊躇いもなく口にする。
「するんだよ?お姉ちゃんは僕の赤ちゃん産むって決まってるの」
強く掴まれて赤みの差している腰肌にもうまた可憐な白魚の如き指が食い込む。
脚の間からどろどろと弟の体液が漏れ出た。ネクタイを解かれても腕は持ち上がらず玄関ホールの床に叩きつけられる。
「3回もイって、素敵なお姉ちゃん」
蒸れた髪を梳かれるたびに汗ばんだ頸が冷えていく。
「こんにちは、僕と姉の赤ちゃん。すくすく育って元気な顔見せてね」
神流は姉の臍の下に接吻する。そしてショーツを履かせた。すぐに滲んでいく。さらにその上にジーンズも履かせていく。ファスナーを閉め、タックボタンを留める。
「赤ちゃん産むのにはちょっとお腹が細いかな。いっぱい食べてね」
彼は姉の括れた腰を妖しい光沢を帯びた眼で眺めていた。
「じゃあ帰るね、姉さん。明日はちゃんと学校行くよ」
呆然としている朋夜の額や頬を啄み、それから神流はリップカラーの残骸を帯びて罅割れた唇へキスを降らせようとした。
「いや!」
フローリングに落ちていた手が白皙を引っ叩く。
「ダメだよ、姉貴。ヒステリックになっちゃ」
横面を張った腕を握り潰さんばかりの力で咎め、神流は姉の唇を塞ぐ。
「じゃあね、ママと僕の赤ちゃん」
皺まみれのネクタイを結び、神流は玄関ドアの奥に消えていく。朋夜はすぐに起きなければならない必要性を分かっていながら、そこでうとうとと眠ってしまった。喪失感とも虚無感ともいえない真っ白な時空にいる気分だった。そこに疲労がやって来て、彼女を泥沼に引き摺り込む。
鍵穴を触る物音と悪態で目が覚めた時にはもう遅かった。朋夜ははっとして玄関扉を見る。勢いで起き上がった。その頃にはすでに京美がドアを開け、玄関ホールで尻餅をついて後退る叔母を発見していた。
「……叔母さん、何?どうしたの?」
朋夜は目に涙をいっぱい溜めて首を振る。シーリングファンでは消臭しきれない淫らで生々しい若牡と牝の匂いを、若い京美も嗅ぎ取ったのかも知れなかった。
ただでさえ険のある麗かな風貌にさらに棘が増えていく。
「何か、あった?」
「何も………ない。おかえり、なさい…………早かったね。ちょっと買い出しに行ってくるよ」
目を開いたままにしておくと、眼球に張る水膜が乾いていく気がした。鈍く痛む腰を上げる。
「待ちなよ」
何事もないのを取り繕う。愛想笑いを浮かべて平生のようにすれ違う。だがそれを京美が許さなかった。彼は振り返って様子のおかしい叔母の腕を掴む。
「何かあったろ」
「ちょっとそこで転んじゃって。恥ずかしいね」
京美くんも気を付けて、と続けようとしたが彼はそのような粗相はしまい。多弁は怪しまれる。付け加えたところで返事に嫌味が混ざることは分かりきっていた。否、それは嫌味ではなく真っ当な見解であることのほうが多いことは朋夜も分かっている。
「あの怪文書?あの手紙の差出人が来た?」
腕に触れる甥の手を彼女は柔らかく剥がして、落とすこともなく置いた。
「大丈夫よ。買い物に行ってきます」
「隠し事するなよ」
玄関ドアを向いていた爪先が三和土を踊る。強い力で引き寄せられ、ふわりと京美の匂いがした。柔軟剤も薫っている。
「俺に隠し事するな」
脈が速くなった。人工的な優しい香りの中に先程いやというほど脳髄で嗅がなければならなかった牡の匂いが紛れている。意識を飛ばしかけるほど淫苦を教え込まれた肌が新たな若い牡獣を拒んでいる。それでいて本能は甘えろといっている。この狭間に眩暈がする。
「だ、大丈夫……心配かけてごめんね。本当になんでもないから。転んじゃって、ちょっと腰打っちゃっただけみたい。帰ってきたら湿布して安静にするし」
胸元に収めようとする力と逆行してしまった。ぎらぎらと危うい眼差しに射すくめられる。
「あ、安静にするっていうか、いつも家の中で安静にしてるもんね!」
刺々しいことを言われる前に彼女は自ら予防線を張る。先に毒づかれるにしろ、ここで肯定されるにしろ、結局傷付いてしまうことには変わりはなかった。だが分かっているのだ、その意識はあるのだと、それを伝えることで多少の酌量の余地を期待した。
「俺も行く」
「え……でも、帰ったきたばかりだし…………」
「でもあんなストーカーみたいなのひっついてるあんたを1人で外にやれって?」
朋夜は目が泳ぐ。
「あんたが怪我でもしたとき、誰が面倒看るの?離れて暮らしてる高校生の弟?」
黙った叔母の耳に嘆息が聞こえる。
「大袈裟に言ってるわけじゃないし、怪我じゃ済まないかも知れないじゃん」
一度下ろさせた手がまた朋夜の肩に触れる。今度は有無を言わずに抱き竦められた。
「京美く……ん」
「髪ぐしゃぐしゃ、口紅落ちてるし、その服の皺……………神流おぢさん来たの」
後頭部に掌が添えられた。乱れた毛を撫でつけられていく。朋夜は否定も肯定もできなかった。
「病院行こう。俺も付き添うから」
口の中が渇いた。髪を毛先まで梳いた手がそのまま背中を摩っていくのが寒い。彼は無関係な甥である。このようなことに巻き込み、付き添わせるのに相応しい相手ではない。知り合いに会ったらどうする。不健全な感じがした。不適切だ。
「一人で行けるから…………平気」
そして京美の懸念事項を思い出す。
「人のいないところ、歩かないから」
「俺が嫌なんだよ」
「平気………へいき……………大丈夫だから………」
全身が乾燥していく気がした。駄々を捏ねる子供みたいに彼女は平気だ、大丈夫だと繰り返す。ひとりになりたかった。弟に犯され、孕んでいるかも知れない現実と向き合わなければならない。悍ましいことだ。忌まわしいことだ。京美はそこから逃れさせてはくれない。頭を掴み、目蓋を開かせて、眼球の向く先さえも決めてしまいそうだ。
「叔母さん」
冷え切った手に甥の手が重なった。自分の手が戦慄いていることに気付く。
「行こう……………俺が、守るから」
彼の手も震えている。繋いだ叔母の手の振動に流されているのかも知れなかった。或いは、得体の知れない不気味な手紙の差出人の出現に怯えている。よくある事件の例でいえば刺されてもおかしくない。
「ごめんね」
保護しなければならない未成年の義甥に気を遣わせている。京美は眉根に皺を寄せた。
「謝るなよ」
彼にとって叔母の「ごめんなさい」「ごめんね」などは価値のないものだ。彼女はあまりにも安く、反省も学びもせずに同じことを言葉を吐き続け、その場をやり過ごしてきた。
「ご、め……っ」
反射的に言いかけたのを呑み込む。甥は気に入らなそうな表情をして、叔母の手を引いた。しかし彼女は歩を進められなかった。
「やっぱりひとりで行くよ」
「は?なんで」
威圧的な返答が来ることは予期していた。気に入らなそうな表情はさらに不機嫌ぶりを色濃くする。
「シャワー、浴びたくて……」
彼女の声は消え入りそうだった。羞悪に顔が熱くなる。眼球の裏が滲みた。だが甥は理由を言わなければ引かないだろう。それか要領のいい彼は無駄なやり取りに辟易することだろう。共に暮らしていてその気質を十分、痛みを伴って理解しているのだ。
歯軋りが聞こえた。そうとう、腹を立てている。
「……待つ」
「で、も………」
「何時間かかってもいいから」
握られていた手が放される。朋夜は頷いて玄関ホールに戻った。弟に犯されたこと、忌まわしい身であること、甥に対する不甲斐なさ、情けなさが一挙に押し寄せる。背を向けた途端にぼろりと角膜でも剥がれたみたいに一雫涙が流れていく。頬を滑り降り、顎で滞ってやがて脱衣所の扉を閉めるのと同時に落ちた。壁伝いに背中が擦れて膝が折れた。泣いている場合ではない。京美が待っている。すぐに立ち上がった。髪が乱れ、化粧は崩れ、服には痛々しい皺が刻まれていた。まだ泣き止まない己の頬を叩く。夫はもう死んだ。唯一であり最大の遺言を果たさなければならない。泣いている場合ではない。
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