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熱帯魚の鱗を剥がす(改題前) 陰険美男子モラハラ甥/姉ガチ恋美少年異母弟/穏和ストーカー美青年

熱帯魚の鱗を剥がす 6

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 夜景を臨みグラスを傾ける。ダイニングテーブルを隔てた椅子に仁実がいるような気がした。何故彼は、甥も懐いている当時の恋人と結婚にまで至らなかったのだろう。彼女ならば上手く京美みやびとやれたのではないだろうか。
 甘味のあるウイスキーをジンジャエールで割っている。仁実はよくそうして朋夜ともよに出していた。アメリカの酒造メーカーで、酒瓶の黒地に白抜きの洒落たラベルが特徴的だった。
「太っちゃうね」
 誰にともなく呟いた。そしたら痩せればいいんじゃない、と気楽に言う声はもうない。仁実はいつもそう言っていた。
 グラスを空にしてからそのグラスで改めて水を飲む。少し喉が痛んだ。酒気を帯びてベッドに向かう。



 インターホンを押す。天気は晴れていた。朋夜はビニール傘を腕に引っ掛け、図書館近くの家の前にいた。
 玄関扉が鈴の音と共に開いた。爽やかな美青年が顔を出す。身形も体格も野暮ったく貧相で少年か青年かも分からなかった糸魚川いといがわ瞳汰とうたの面影はあれど、今目の前に首を突き出したのは美貌の持ち主である。形の良い額と長い眉、切れ長の目に沿った薄い二重目蓋。黒マスクはないが顔上半分でこの者が誰なのか思い出す。
「こんにちは。突然お邪魔してすみません。あの……糸魚川瞳汰くん、いらっしゃいますか?」
 アプリコットを思わせる色味の唇が柔らかく笑む。目元が眇められ、糸魚川瞳汰の愛嬌がそこに再現される。
「生憎ですが、今兄は留守なんです」
「そうでしたか。傘を借りたんです。これ、瞳汰くんにお渡しください。お礼です。とても助かりましたとお伝えください」
「ええ、話は聞いています。そうだ、よかったら上がっていってください。せっかくおいでになったんですから」
 すぐに彼の兄は帰ってくるのだろうか。アルバイトの勧誘にも有耶無耶な対応をした。朋夜は何度も断るのを悪く思い、彼の言葉に甘えることにした。
「何か淹れますね。コーヒーと紅茶と、兄のコーラがあるんですが、どれに致しますか」
「では紅茶をおねがいします」
 広いリビングに通される。野暮ったく貧相な糸魚川瞳汰の家とは思えない、少し堅くおごそかな雰囲気が漂っている。あの少年とも青年とも判じられない人物がここで暮らせているのだろうかと考えてしまう、重厚感のある内装だ。
 ゴールドともベージュとも淡いグリーンともいえないファブリックソファーに促され、朋夜はそこに腰を下ろした。まるで応接室のようである。リビングとそのまま繋がったキッチンで糸魚川瞳汰の双子の弟が紅茶を淹れる。
「すみません、ちょっと席を外しますね」
 彼はリビングを出ていった。2階に上がったらしい。それからすぐに戻ってきて、紅茶とケーキを運んできた。
綾鳥あやとりさんが来るかもってあいつ、言ってたんですけどね。忘れて遊びに出掛けちゃいました。多分またどこかで歌っているんでしょうね。だからケーキ買ってきたんですよ、さっき。すれ違わなくてよかった」
「気を遣わせてしまってすみません」
「いいえ、まったく。わざわざお返しに来てくださったんですから。これも何かの縁です」
 この者からアルバイトの勧誘をされている。今度は宗教の勧誘でもされるのかと身構えてしまった。
「このケーキ、駅前の商店街にあるちょっと昔っぽい喫茶店のなんですよ。奥でレストランみたいなこともやっていて。喫茶グリーンピースってご存知ですか。というか、綾鳥さんは地元こちらなんですか」
「それが違うんです。就職がここで、そこで結婚して、そのままここで暮らしているんです。だからこの辺りの地理もあまり詳しくないので、そのお店も聞いたことないですね」
「ああ、そうなんですね。旦那さんがいるって言ってらっしゃいましたもんね」
 糸魚川瞳汰に似た美青年は目を眇めて淑やかに笑う。早く客人に喫茶グリーンピースで買ったモンブランを食べて欲しくてうずうずしているようだった。朋夜は黄金の華奢なフォークを手に取る。
「いただきます」
「どうぞ召し上がってください」
 甘すぎず、微かな渋みと栗の濃厚な餡が頬に響く。
「美味しいです」
「よかった。兄はいつもチョコレートケーキなんですが、ぼくはモンブランが一推しなんです。紅茶とよく合うんですよ」
 朋夜はティーカップに口をつけた。糸魚川瞳汰の弟の目元が柔らかく窄む。
「ああ、そうだ、お名前まだでしたよね。ぼくは兄から綾鳥さんのことは聞いていたのですが。兄から聞いていますかね。でも改めて。糸魚川いといがわ瞳希とうきです。目の中のひとみに、希望きぼうです。珍しいでしょう?」
 彼は自身の目を指した。
「なんだかおしゃれですね」
 雑談の合間に数度ティーカップに口をつけた。やがて朋夜はうとうと目蓋を重そうにして、ソファーの背凭れに身を預ける。
 糸魚川瞳希は随分と寛いでいる客人をテーブルを隔て、姿勢もそのままに数分の間まじまじと眺めていた。それから徐ろに立ち上がると相対していたソファーに回る。テーブルにあるティーカップの飲み口の液垂れを舐める。黄金のフォークにも舌を這わせた。それからハイブランドロゴマークスが入ったリップカラーを取り出した。キャップを外す。コーラルピンクの芯が現れる。訪問中に突如眠り始めた客人の唇に仄かにくすんだ明るい桃色を塗る。そして紙をそこに当てた。スタンプを上手く押せたらしい彼は、満足げに鑑賞する。また別の紙で彼は安らかな寝息を立てる訪問者の人差し指にも同じようにリップカラーを塗りたくって、別の紙に押させる。
 かわいい……
 声にはなっていなかったが、彼のアプリコットを彷彿とさせる唇はそのように動いた。重厚な薄ピンクに汚れた指を舐め、それから瞳希はパンプスで来たらしい彼女のフットカバーを外した。指を包むネレースが艶めかしい。彼は床にひざまずくと、来訪者の足を取り、口元を当てた。足首を舐め上げ、足の甲に唇を這わせ、指の間も丹念に舌を絡める。左右の足を舐めねぶると、今度は彼女のバッグに目をやる。瞳希は彼のものらしき革とメダルのようなキーホルダーを彼女のバッグの小さなポケットに捩じ込んだ。それからハンドタオルを抜き取った。
「すぐに返します、朋夜さん……」
 彼は無防備に眠る来客の耳を舐め、口に含み、舌で愛撫する。手はハンドタオル越しに血を煮え滾らせた下半身のものを扱く。盛んな息吹と、小さな呻き声でハンドタオルは無残に穢れた。粘液を纏った繊維の筒の中を、まだ威容な塊が行きつ戻りつする。空いた手が新たに彩られた唇をなぞる。
「早くダンナサンと、別れられるといいね……」
 身体中を触っていく。それでいて胸を揉もうとしていた掌は躊躇いをみせて結局腹を撫で摩る。




「お疲れっすか~?」
 ぼやけた視界で一度目が開いた。柔らかな毛布が心地良い。また目蓋が落ちたが、きゃらきゃらとしたふざけた声で、軽やかに目が開いた。思考が伴う。
「あれ……?」
 隣に座るのは冴えない顔立ちの少年なのか青年なのか判じられない人物である。
「傘返しに来てくれたんすよね。どうもっす」
 彼は無邪気に笑った。歯並びがあまり良くなかった。
「ごめんなさい……わたし、もしかして………寝てた?」
「うん」
 朋夜は時計を探して部屋を見渡す。
「今6時くらい」
 リビングはすでにカーテンが掛かっていた。目の前のテーブルにはまだモンブランの乗っていた皿とティーカップが置いてある。
「弟さんは……?」
「バイト行ったっすよ」
「ごめんなさい、わたしったら……」
「お疲れなんすね。気にしないでくださいっす」
 彼はけらけらと本当に何でもないことのように笑う。
「オレもフツーに友達の家で夜まで寝てたことあったんで。晩ごはんまで世話になっちゃったレベルっすよ」
 朋夜は毛布を畳むと、出された食器をキッチンまで運んだ。
「ごめんなさい、本当に。ご迷惑をおかけして……」
「だいじょぶっすよ。瞳希も寝かせておくよう言ってたし」
 瞳汰は玄関まで見送りにやってきた。相変わらずサンドベージュの服を着ていた。形と体格と年齢層と雰囲気が合っていないのがやはり垢抜けない。しかし厭忌感がないのはその愛嬌と俗物じみた軟派な空気感だろう。
「だいじょぶっすか?オレ、送っていきましょっか?」
 外へと出ると、彼は玄関ドアから上半身を割り込ませる。
「平気です。帰りに買い物寄りますから。長居してしまってごめんなさい。ではまた」
 深く頭を下げた。庭は非常に狭く、玄関から3歩ほどで門がある。道に出たところで斜向かいの公園から瞳希が現れた。
「綾鳥さん。もうお帰りですか」
 黒い不織布のマスクに黒のポリエステルの半袖シャツ、白抜きのスポーツブランドのロゴがプリントされた黒のスウェットパンツを身に纏っている。
「糸魚川さん。ごめんなさい、わたし、途中で寝ていたみたいで」
 傍へやって来た糸魚川瞳希にも頭を下げた。
「いいえ、いいえ、いいんですよ。ところで兄は、送りもしてくれませんでしたか。気が利かなくて恥ずかしい」
「ああ、いいえ。わたしが断ったんです」
「そうですか。ぼくが送りましょうか。体調が心配なので」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「では、ここから見送りますよ。気を付けてください」
 目を眇めると、冴えない兄とよく似ていた。マスクの下はおそらく微笑を浮かべている。

 少し急いで自宅マンションへ帰った。すでに甥も家にいるらしい。靴がある。
「ただいま、京美くん。帰るの遅くなっちゃってごめんね」
 京美の部屋の扉が開く。狭間から姿を見せている。それから玄関ホールへやって来た。
「叔母さん、そんな色の口紅持ってた?新しく買ったの?」
 仁王立ちになって腕を組んでいる様は威圧的だった。朋夜は甥の目を見られず、俯いてしまった。
「口紅?新しく買ってないよ。持ってたやつ……」
 無駄遣いだと叱られている心地がした。叔父が生前、汗水流して稼いだ金をそんなものに使うなと言われている気がしてしまった。今まで京美はそのような嫌味は言わなかったけれど、彼に指摘され問われるとすべて叱咤に聞こえてしまう。
 化粧品はここ暫く買っていない。
「ふぅん。俺今日午後空いてたから、2時頃帰ってきたんだけど」
 つまり4時間何をしていたのだと訊いているのだ。
「傘を借りて……返しに行ってたの」
「へぇ。ま、興味ないけど」
 彼は部屋へと引っ込んだ。
「今ごはん作るから……よかったら食べてね」
 ドアに話しかけ、彼女は買い物袋を運び入れる。




 シャワーの最中に曇りガラスを張った引戸が開いた。朋夜は身体を抱き締めた。
「入ってるよ。ごめんね、すぐ出るから」
 しかし入ってきた甥は焦る様子もなかった。
「別に出なくていい」
「え……」
「今日、どこ行ってたんだよ。正直に言えよ」
 彼は腰に手拭いを巻いていた。だがここは自宅の風呂場だった。混浴場ではない。
「だから、傘を返しに……って、」
「ふぅん。じゃあ、俺が検査してあげる。本当に傘を返しに行っただけなのか……実は神流かんなおぢさんのところでした、なんてことはないよね?」
「神流ちゃん?神流ちゃんのところになんか行ってないよ……あの子は高校に行ってるんだし……」
 近付かれるだけ後退ってしまった。そして冷たいタイルに背を打つ。胸と股を隠す腕が冷えていく。一度湯を浴びた身体は寒さを覚える。
「じゃあ神流おぢさんじゃないってことにしておいてあげる」
「だから神流ちゃんは関係なくて……」
「でもまだ叔母さんの潔白を証明したことにはならないよな。調べてやるよ。おいで」
 彼は突然声音を柔らかくして両手を開いた。朋夜は首を振る。
「何か後ろめたいことがある?」
「だって、おかしい……こんなの」
「叔母さんが隠すからだろ?」
 隠したつもりはなかった。傘を返しにいったことに嘘偽りはなかった。
「どこの誰と会ってた?」
「変な言い方はやめてよ。線路向こうに図書館があるでしょ?あそこの近くの、糸魚川さんってお宅に……」
「傘返すのに4時間もかかるの?図書館ってここから歩いても20分そこらだよね?もしかして知り合い?それで食事にいってもまぁまぁ2時間……買い出しに3時間近くも使ったってこと?」
 何故、義甥にそこまで詰問されるのだろう。何に対して彼はそこまでこだわりを見せているのだろう。一体何が気に入らないのか。答えはすぐに彼女のなかで出てしまった。邪魔な叔母を一刻も早く追い出したいのだ。
「寝ちゃったの……糸魚川さんのお宅で」
「寝た……?」
「うたた寝しちゃって……それで帰るのが遅くなっちゃったの。本当にごめんなさい。もうお酒は控えるから。赦してね」
 京美は黙った。シャワーがタイルを叩く。寒さか恐怖か朋夜は慄いている。
「あんな変な色の口紅つけて、信じろって?イトイガワサンって男なんじゃないの」
 帰ってきたときにも彼が口にした口紅のことが朋夜には何のことだか分からなかった。
「俺が調べてあげる。叔母さんが嘘吐いてないか」
 京美が躙り寄る。朋夜は彼に背を向けた。すると真後ろまで接近を許してしまう。胸を隠していた腕が力尽くで剥がされる。
「いや……!」
「イトイガワサンにも揉まれたんじゃないの」
「変なこと言わないでっ!」
 糸魚川双子はどちらも好い人物だ。兄は明るく愛嬌があり、弟は礼儀正しく優しい。それを侮辱されたみたいだった。
 普段から口を開けば一番に謝る卑屈な叔母が語気を荒げたのが、京美には意外だったらしい。いつでも昏い切れ長の目が縦に開き円くなる。
「躍起になってるの、逆に怪しいんだけど」
 京美の手が叔母の胸の膨らみを両側から掴んだ。脂肪の柔らかさを確かめている。
「あ……!」
「こうやって、揉まれたの?こうしてほしいって揉ませた?」
 彼の手は加減がされていた。痛みはない。それが却って恐ろしい。甥との間に特殊な感慨を錯覚させる。
「やめ……っ」
 膨らみの先端部を摘まれる。じんわりとした艶やかな痺れが頭の中に広がる。
「ぁん……」
「イトイガワサンは叔母さんのここが弱いって知ってるの?」
 捏ね回されていくうちに凝っていく。芯にまで響くように擂り潰されると思考にも視界にも靄がかかった。
「ぁあ……っんん、」
 敏感になったところで何度も弾かれる。腰が揺れた。尻に手拭いの質感が当たる。
「乳首だけでイけそうだよね、叔母さん」
「んや、ァっ!」
 露骨な物言いに朋夜は抵抗を思い出す。しかし抱き竦められ往なされる。
「こっちは?」
 京美は自身の指を舐めてから叔母の股に突き入れた。
「やだ!やめ……っ!」
 胸への刺激で膣は蜜膜を張っている。節くれだった指はそれを貫いて彼女の中に入った。
「ああッ!」
「あれ……、空っぽだね。証拠隠滅でゴムしてヤッたの?神流おぢさんとはゴム無しだったクセに?」
 濡れた隘路を探られている。意思に反して甥の指を食い締めてしまった。彼には、弟とのやり取りを聞かれている。実弟が避妊せずに姉を犯していることは録音の中で明言している。
「外に出してもらった?中出ししてもらって、子供作って、新しい寄生先見つけるつもりだと思ったのに」
 指が出入りするだけの感触へと変わった。彼の発言が朋夜の視界を真っ白にした。落雷に遭ったことはないが、今この時、彼女は心持ちそれに近い体験をしたような気がする。
「寄生……先、」
 彼女の頬から涙が落ちていく。仁実との結婚はこの甥にとって寄生だった。
「だる」
 舌打ちがシャワーの音よりも近くで聞こえた。体内に入っている指が抽送を繰り返しながら、親指は体外に芽吹いた尖肉を抉る。感情と感覚が乖離する。朋夜は悲鳴を上げた。悲しみに喉を灼きながら外側と内側から肉体を追い詰められる。
奏音かのんさんなら仕事も夫婦生活も両立してたよ』
 言われたことはない嫌味が勝手に彼女の中で生成されていく。朋夜は仕事が嫌いではなかった。職場環境も職務内容も悪くなく、人間関係も良好だった。結婚後に専業主婦になるよう望んだのは仁実であり、それに頷いたのも朋夜だ。当時すでに夫を蝕む病は深刻であり、また彼は甥の身をなによりも案じていたのだから、朋夜もそれを尊重したかった。だがそれを嘲笑の如く「寄生」と表現されたことに彼女自身訳の分からない抵抗を覚えている。
 慟哭とともに果てた叔母を京美は抱き締めた。張りのある肩に彼女の頭を乗せ、湿気った髪を撫でた。
「……悪かったよ」
 すべては夫婦で決めたことだ。甥の意見は聞かなかった。京美は大人の都合で振り回された側の人間である。朋夜は己の事情は打ち明けないことにした。それが尚更に自身を苦しめる。
 謝らなくていいと首を振った。京美はこれをどう解釈したのだろう。
「ごめん」
 彼はもう一度謝った。叔母の髪を撫で下ろし、強く抱き締める。
「風呂、入ってくれ」
 抱擁は呆気なく解かれた。シャワーの音の奥に引戸の開閉の音が聞こえた。ひとりになった朋夜は虚ろな様子でシャワーの下にまで移動してきたが、急に屈むと顔を覆ってまた暫く啜り泣いた。不甲斐ない叔母しか遺されていない甥の不憫な境遇と、怒りを向けるには容赦してしまう手前への頼りなさ、惨めさと不信感に打ちひしがれる。


「お風呂、出たよ。長湯しちゃってごめん」
 甥の部屋のドアをノックして用件を伝えた。聞こえているかは定かでない。しかし下手に声をかけても機嫌を損ねるだけだ。朋夜もまだバスタオルを一枚、身体に巻いているだけである。彼女はたった一度だけ言い残して自室へと戻った。京美の部屋からは妙な声が聞こえるのだった。ドラマでも観ているのかも知れない。女の呻くような、唸るような、嘆くような声が聞こえるのだ。
 徐々に音量が上がっている。
『アアン……!アンっ!そんなにしちゃダメ!』
『おばさん!おばさん!ボクもう出ちゃうよ!イく!』
 卑猥な台詞が隣の部屋から漏れている。最早、聞かせてさえいる。イヤホンが外れたのか。
 朋夜の身体が硬直する。甥は19歳である。思春期はとうに過ぎている。大人の男の肉体とそう大差がない。性に対する関心もあろう。それは漠然と理解していた。脱衣所で触れられたことも、つい今しがた風呂場で起きたことも、邪魔で愚鈍な叔母に対する嫌がらせであるはずだ。ゆえに、甥が純粋に己の性に耽っていることを知るのは気拙い。
 激しい物音がした。殴り倒したか、蹴り倒したかした、物の倒壊するような音だった。それから乱暴にドアが開け放たれ、獰猛な跫音きょうおんがやってきた。目を血走らせた京美はバスタオル一枚の叔母を捉えると、ベッドに投げ払うも同然に押し倒した。
「叔母さん……!」
 何か、朋夜も無自覚な大きな失態をしていたに違いない。そういう憤激を彼から感じた。恐怖で声も出ない。ヒトであるはずの義甥が肉食獣に見えて仕方がなかった。その薄い唇から牙を剥き出すのではあるまいか。首に歯を突き立てられ、肉を食い千切られるのではあるまいか。
「叔母さんとセックスしたい。叔母さんとセックスがしたい」
 鼻先がぶつかりそうなほど端麗な顔面が迫る。
「させろよ、弟としてたみたいに、させろよ」
「そんなこと、できるわけ……」
「セックスさせろよ……ヤらせろ!」
 至近距離で吠えられ朋夜は目を瞑った。バスタオル越しに下半身がしかかる。硬いものがなめらかな三角州に収まるだけでは済まず、減り込もうと画策している。
「い……や、!わたしは京美くんの叔母さんで……」
 彼は頑として首を振った。
「叔母さんとしたい。叔母さんに挿れたい」
「だめ、そんなの………絶対ダメ……」
「でもここで叔母さんをレイプしても、叔母さんは俺が成人はたちになるまで、俺のもとから離れないんだよね?」
 彼は叔母の耳を撫で、突然耳朶を潰そうとした。千切らんばかりに引っ張る。
「いたい!痛いよ」
「なにこれ?」
「え?」
 京美の怒りの形相に怯えるよりも先ず戸惑う。
「痣ある。朝はなかったよな。なんで?イトイガワって男か?」
「そうだけど、京美くんと同じくらいの年頃こどもだよ。親切にしてくれた人のこと、悪く言うのはやめて」
 きゃらきゃらと笑う野暮ったい少年みたいなのがふと脳裏に浮かぶ。覆い被さる男体を撥ね除けようとする。
 陰が一瞬薄まった。京美の片腕が消えて見える。直後に風を切った。認識したころには拳がベッドを叩いている。
「あんたの意見なんか最初から要らなかった」
 バスタオルがむしり取られる。露わになった素肌を隠そうとするも、もう遅かった。腿を担ぐ甥は、柔らかな内側の皮膚を吸う。赤い小花が散る。
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