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【完結一周年】蒸れた夏のコト night of knight 全3話/一人称視点/鯉月兄妹視点
night of knight 3 【完】
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-jelly fish-
お兄たむたむはいわゆる陰キャってやつだと思う。モテるけど、本人にその気がないんじゃ仕方ない。お兄ちゃむと付き合いたいって友達も何人かいたけど、もし別れたら?あたし、お兄の元カノはあーしの友達ってコト?いやいや、この場合は、あーしの友達はお兄ちゃまの元カノってコト。
兄上が前と雰囲気がちょっと変わって、怖いなって思うようになった。ジョカノがいるんだと思う、多分。あんまり興味ないケド。なんか淡白そうだなってのは、なんとなく思ってた。選り取り見取りなのにね。
祭夜兄ちゃんのほうがモテそうだった。ちゃんと女の子のこと褒めてくれそう。あとあたしがいとこだからか分からないけど、色気より食い気ってカンジで、下心感じさせないところがいい。だからこう、グラビアアイドルとかセクシー女優にしか興味ないし、他の女そういう目で見てません!みたいな。
祭夜お兄は気の優しい、サバサバしてて好い人だ。お兄ちゃむちゃむが月なら、祭夜兄は太陽だと思う。
結婚するなら祭夜兄みたいな人がいいと思うな。髪切ったら似合うとか、服のことかわいいとか言ってくれるもん。別に言われたいかというと、別にそうでもないけど。ありがちじゃん、そういうのがモテる、みたいなの。
お兄たまには言えないけどね。だってお兄ちゃまはシスコンな傾向あるから。多分ちょっと機嫌悪くすると思う。母親と父親はそこの機微分かってないみたいだけど。だから地雷踏む。祭夜兄のお囃子がサマになってきたとか、祭夜兄にジョカノできたとか、どこ大に入ってどんなバイトしてるかとか。
祭夜兄は自分から色んなこと話してくれる。でもお兄は気難しいし、一人でなんでもしようとしちゃうし実際一人でなんでもできちゃうから、家族仲は悪くないけど、マミィもパピィもちょっと接し方に困ってるみたいだった。だってたまに苦笑いしてる。でもお兄ちゃむも家族には本当に優しい。優しい人だ。
小さかったあたしはいっぱいワガママ言って、いっぱい困らせちゃったな。
〈迷惑をかけて悪かった。実家には近いうち帰る。母さんと父さんによろしく。ありがとうな〉
ある日、お兄ちゃむは自分の好きな人を一人暮らし先のアパートに監禁してたコトを知ったんだ。飼猫と同じ名前の女の人。何回か会ったことある人だった。勘違いかも知れないけど、結構前にどこかで会ったことあるような気がした。でも多分気のせい。そういう、なんかちょっと頭が痛くなるくらい昔のことを抉じ開けてくるような懐かしさがある人。
お兄ちゃむは、お兄ちゃむは高校の2年生くらいのときに学校のグラウンドに捨てられてた猫を持って帰ってきて、キジトラの子にカスミって付けてた。4匹いて、2匹は祭夜兄ちゃんの家。
色々繋がってさ、もっと早くに気付ければ。いやいや、気付いたから何?お兄たむたむだって干渉されたくないでしょ。
『お兄たむ、お兄たむ。迷惑かけたって何?かかってない、大丈夫……』
ねぇ、あたしも女の子だからさ、好きでもない人に拉致監禁されたら、それは怖いよ。それは怖い。でも今回の、拉致監禁した側はお兄ちゃんなんだよ。家族なんだよ。どんな悪いコトしても、"加害者"って名札より、"あたしのお兄ちゃん"ってタグが先にきちゃう。めちゃくちゃ可愛がってくれたお兄ちゃんなら尚更。好きな人に一方的な片想いをして拉致監禁してたのは、知りもしない誰かじゃなくて、あたしのお兄ちゃん。だからあたしは、世間の人がどうこう言ったって、「同じ女として怖い」って感想より、被害者のことなんてどうでもよくて、滅多にこんなこと書いてこないお兄ちゃむと、別れ際に見た疲れた笑い方で、ヤバいなって思っちゃった瞬間から、「あたしのお兄ちゃん死んじゃうかも、嫌だな」って感想のほうがずっとずっと何倍も何乗も大きかった。
メールが来たからね、電話をしたんだ。お兄ちゃむに。
『迷惑をかけたよ。海夜は優しい子だな。こんな時はお兄ちゃんを恨むものだ』
『お兄ちゃむ、傷付いてるでしょ』
『傷付くわけないだろう。傷付けた側なんだから。海夜。バカな兄ちゃんで悪かった。許されるとも思っていないよ』
『傷付いてるよ、お兄たむ……』
『ごめんな、海夜。こんな兄でも心配してくれて。ありがとう。じゃあ今から帰ろうか。父さん母さんに謝らなきゃな』
帰ってこないなって分かったんだ。誤魔化せてるつもりだったみたいなのが、お兄たまの不器用さ丸出しでさ、急に可哀想になっちゃったんだ。急に可哀想になっちゃってさ、最期の声、涙声でさ、あたしもどうしていいか分からなくなってさ、もうあたしのほうは涙も出なかったよ。薄情なのかもね。
お兄たまは結局、死んじゃった。事故に遭ってさ。事故、ね。まぁ、故意に起こした自損の死亡事故のことを、世間や法律はなんて呼ぶのか知らないけど……意識不明の間、あたしは「死んじゃいなよ」って思ってたんだ、酷いでしょ。やっぱり薄情者なのよ。優しくて繊細なお兄ちゃんとは大違い。まぁ、そんなだから、こんなあたしでもお兄たむたむはあたしを大切にしてくれたんだけど。
怖かったのかも。めちゃくちゃモテてた顔はぐしゃぐしゃだって。モテるかどうかなんてどうでもいいよ。とんでもないブサイクになってたとして、もしあたしがそこにお兄たまみを見出せてたらさ。でもぐるぐる巻きの包帯の下にあるのが、もうあたしの知らない人だったら?って。っていうかずっと、これ本当にお兄ちゃむなの?違う人と入れ替えてない?って長いこと疑ってたよ。でもそんなこと、マミィパピィに訊けるはずないし、もしかしたらマミィとパピィも同じ疑念抱いてたんじゃない?人間は希望を探し続けなきゃ生きていけないんだって。絶望ってやつに甘えちゃったほうが楽なのにね。絶望したときに、やっと希望を探す厄介さをさ、手放せるわけだ。冷酷かもね。あたしが一番よく分かってるよ。知らないお兄ちゃむちゃむなら要らないって意味だもんね。
南波くんのこと、嫌いだったな、あたし。無邪気に人のこと唆すんだもん。秘めておかなきゃ、この憤怒は秘めておかなきゃ……って、チャチな恋愛ドラマみたい?
愛想はないけど成績はいい息子が死んでさ、家族は狂ったよ。家族は狂ったよっていうと、一家離散みたいだね。狂ったのは気だね。仲は相変わらず良かったよ。とってもね。葬式の後なんか両親とあたしでプリン作ったんだよ、プリンキットが買ってあったから。不謹慎でしょ。息子が死んで、あたしの場合はお兄ちゃむちゃむが死んで間もないのにこんなことしてていいのかって。なんでかなぁ……別に本当に、マミィもパピィもお兄たむを疎んでたわけじゃないんだ。あたしも。ショックでさ。日常が恋しくなっちゃって。日常に戻りたかったんだよ。プリン作るのは日常じゃないんだけどさ。
それでね、今度はマミィなんだけど、祭夜兄のことを気にするようになってね。祭夜兄の話ばっかりするようになったんだ。相当、精神やられちゃってるなって思った。祭夜兄のこと、お兄ちゃむちゃむにしたかったんだろうな。っていうか、自分の息子だと思っちゃいたい、みたいな。そこに理屈なんかなくて。黒魔術とか儀式とかそういう概念でもなくて。母親失格かな。でも多分、ショックってそういうことなんだよ、直視できないって。
だってマミパピはお兄ちゃむの包帯なしのぐちゃぐちゃになった顔見てるわけだから。本人確認のときにさ。残酷だよね。
パピィのほうは、お兄たむたむとちょっとやっぱり男同士馴れ合わないのが流儀、みたいな感じで一線引いてたから、そこのところちょっと冷静だったのかも。釣り行ったりキャンプ行ったり、登山とか、ゲームとかして遊んだりはしてたけど。
もしマミィが祭夜兄に関心寄せてなかったら、あたし南波くんの提案に乗ってたかもね。分からないけど。
あたしお婆ちゃんいるんだけど、そのお婆ちゃんってのが祭夜兄贔屓でさ。我先に!ってカンジでテンションアゲアゲで先にどんどん行っちゃう祭夜兄のほうが、荷物持って歩幅合わせて待ってくれるお兄ちゃむより可愛かったんだね。懐く猫より懐かない猫が好きな人だったし、ああ、あれってそういうことだったんだな。
お婆ちゃん、前はね、「孫たちに何かあったら、あーしが命に変えても守ってあげるからね」って言ったんだ。「孫たちのためなら、あーしゃ命も惜しくない」って言ってたの。ちょっと悲しいなって思った。でももし3人同時に溺れたとして、しかも一刻を争うとして、お婆ちゃんは誰を助けるか?ってなったら、やっぱり祭夜お兄だと思う。そんな気がしてたんだよ。なぁ、そうだったんだろ?お蛍ばあさん。実際そうだったのかもな、って、あたしの邪推の勘繰り。
祭夜お兄が南波くんに刺された時、意識もなくて寝たきりだった。そんなときにさ、お婆ちゃん、急に死んじゃったんだ。最悪の年だよ。身内何人死ぬ気なの?って。お兄ちゃむちゃむが"不思議な"死に方して、大好きな祭夜お兄も刺されて意識不明。老体には堪えたんだね、きっと。
でもあたしがもっと最悪だったのは、親戚が放った一言なんだよ。祭夜兄が目覚めたときにね。「おばあちゃんが守ってくれたんだね」だって。じゃあお兄たむは?
どうしてお兄ちゃむちゃむのときは守ってくれなかったの?顔がぐちゃぐちゃになってるから?あたしが「死んじゃいなよ」って思ったから?それともやっぱり祭夜兄のほうが可愛かった?
お兄ちゃむちゃむが拉致監禁してた女の人ね、綺麗で若い叔父さんがいるんだ。その人とこの前たまたま会ってさ。偶々だよね。多分、偶々。まさか監視してるわけ、ないじゃない。
で、『君の兄の所為で姪と婿が幸せになれなくなったよ』ってさ……これはあたしの被害妄想。でもそんな感じだった。知るかよ、そんなこと。なれよ、勝手に。お幸せに。それあたしに言うんだ?って呆れちゃった。ああ、言ってないよ。言われてない。ほんと……うっふっふ。
祭夜兄は後遺症あってさ、実はもう前みたいには歩けないし、中学時代は万年レギュラーで高校のときなんかリレーに選ばれてたくらいなのに、もう前みたいには走れないと、思う。あの歩き方の感じ。そのうち治るのかな。銭湯行ってるって笑って話してた。いとこもお婆ちゃんも死んだのに。―つら。湯治ってあるじゃない、あれ。
車の運転もどうなんだろ。この前は、お兄たむが拉致監禁してた女の人の運転で線香上げにきてたけど、あの女の人は家には上がらなかったな。当たり前だよね。
祭夜兄は、仏壇の前でへらへら笑ってるの。分かりやすく土下座して泣いて謝ったりなんかしたら、そんな安い低俗なパフォーマンスなんか要らないんだけどって、追い出してやろうかと思ったのに。そういうことしそうなくらい、祭夜兄って、単純っていうか、記号的な人っていうか。
あたしはなんとなぁく、後ろから忍び寄ってさ、棚の上に恵比寿様の銅製の置物あるんだけどさ、あれでぶち殺そうと思ったね。
祭夜兄が悪くないことは、理屈では分かってるよ。でもなんか、もう全部がムカつくんだ。
車の中で顔拭いてもらってたこととか。なんかミルクティーかなんかのストロー口にまで持っていってもらってところとか。あと、車から降りたときに、あの女の人と笑い合ってたこととか。あたしは全然笑えないよ。別にあたしが笑う必要なんかないか。当たり前だよ。何を求めてんだか。
幽霊っていないほうがいいよ。死んで終わりのほうがいいね。
祭夜兄は最後まで仏壇の前でへらへら笑って、イキノコッテヨカッタデスネーって思った。殺意なんてあたしの虚勢。そんなことしたら、両親が悲しむんだし。あたしはまだこの何気ない日常が恋しいよ。
セミがミンミンジージー鳴いててさ、暑いんだろうなって。いい感じに脳味噌茹でられて、気でも狂っちゃえば、その声が南波くんに聞こえるよ!って感じで一思いにやっちゃったかもね。なんて他力本願?でもこれも虚勢。イキりたくなっただけ。だって他にぶつけようないもの。
祭夜兄は仏間から出てきてさ、物置部屋みたいな小さな部屋なんだけど、そこであたしは偶然を装って鉢合わせてさ。
祭夜兄、泣いてて。あたしの姿見たらすぐ拭いてさ。誰も幸せにならないなって思ってさ。別に幸せなんか各々探せばよくて、幸せ求めてるの前提なのがおかしいんだけど。老人になった辺りでふと急に思い出すような記憶にしちゃいたかったんだよ。50年前、60年前、あたしにはこれこれこういうお兄ちゃむがいたんだよ、って。誰に語るでもなく。過去にできないんだよ、このままじゃ。過去にできなくて、日常に戻りたくて、また家族でプリン作り続けるの?気が狂ってる。
祭夜お兄は「来年もまた来るよ」って言ってさ。
「もう来なくていいよ」って言ったんだよ。
「思い出してくれるんでしょ、それならどこでも同じだよね」って。祭夜お兄を突き放したのは、初めてだった気がするな。
―ねぇ、鮎見くん。今言ったことは、もう全部忘れてね。他に言う人がいなかっただけだから。また、名前も知らない元同級生Aでいて。
お兄たむたむはいわゆる陰キャってやつだと思う。モテるけど、本人にその気がないんじゃ仕方ない。お兄ちゃむと付き合いたいって友達も何人かいたけど、もし別れたら?あたし、お兄の元カノはあーしの友達ってコト?いやいや、この場合は、あーしの友達はお兄ちゃまの元カノってコト。
兄上が前と雰囲気がちょっと変わって、怖いなって思うようになった。ジョカノがいるんだと思う、多分。あんまり興味ないケド。なんか淡白そうだなってのは、なんとなく思ってた。選り取り見取りなのにね。
祭夜兄ちゃんのほうがモテそうだった。ちゃんと女の子のこと褒めてくれそう。あとあたしがいとこだからか分からないけど、色気より食い気ってカンジで、下心感じさせないところがいい。だからこう、グラビアアイドルとかセクシー女優にしか興味ないし、他の女そういう目で見てません!みたいな。
祭夜お兄は気の優しい、サバサバしてて好い人だ。お兄ちゃむちゃむが月なら、祭夜兄は太陽だと思う。
結婚するなら祭夜兄みたいな人がいいと思うな。髪切ったら似合うとか、服のことかわいいとか言ってくれるもん。別に言われたいかというと、別にそうでもないけど。ありがちじゃん、そういうのがモテる、みたいなの。
お兄たまには言えないけどね。だってお兄ちゃまはシスコンな傾向あるから。多分ちょっと機嫌悪くすると思う。母親と父親はそこの機微分かってないみたいだけど。だから地雷踏む。祭夜兄のお囃子がサマになってきたとか、祭夜兄にジョカノできたとか、どこ大に入ってどんなバイトしてるかとか。
祭夜兄は自分から色んなこと話してくれる。でもお兄は気難しいし、一人でなんでもしようとしちゃうし実際一人でなんでもできちゃうから、家族仲は悪くないけど、マミィもパピィもちょっと接し方に困ってるみたいだった。だってたまに苦笑いしてる。でもお兄ちゃむも家族には本当に優しい。優しい人だ。
小さかったあたしはいっぱいワガママ言って、いっぱい困らせちゃったな。
〈迷惑をかけて悪かった。実家には近いうち帰る。母さんと父さんによろしく。ありがとうな〉
ある日、お兄ちゃむは自分の好きな人を一人暮らし先のアパートに監禁してたコトを知ったんだ。飼猫と同じ名前の女の人。何回か会ったことある人だった。勘違いかも知れないけど、結構前にどこかで会ったことあるような気がした。でも多分気のせい。そういう、なんかちょっと頭が痛くなるくらい昔のことを抉じ開けてくるような懐かしさがある人。
お兄ちゃむは、お兄ちゃむは高校の2年生くらいのときに学校のグラウンドに捨てられてた猫を持って帰ってきて、キジトラの子にカスミって付けてた。4匹いて、2匹は祭夜兄ちゃんの家。
色々繋がってさ、もっと早くに気付ければ。いやいや、気付いたから何?お兄たむたむだって干渉されたくないでしょ。
『お兄たむ、お兄たむ。迷惑かけたって何?かかってない、大丈夫……』
ねぇ、あたしも女の子だからさ、好きでもない人に拉致監禁されたら、それは怖いよ。それは怖い。でも今回の、拉致監禁した側はお兄ちゃんなんだよ。家族なんだよ。どんな悪いコトしても、"加害者"って名札より、"あたしのお兄ちゃん"ってタグが先にきちゃう。めちゃくちゃ可愛がってくれたお兄ちゃんなら尚更。好きな人に一方的な片想いをして拉致監禁してたのは、知りもしない誰かじゃなくて、あたしのお兄ちゃん。だからあたしは、世間の人がどうこう言ったって、「同じ女として怖い」って感想より、被害者のことなんてどうでもよくて、滅多にこんなこと書いてこないお兄ちゃむと、別れ際に見た疲れた笑い方で、ヤバいなって思っちゃった瞬間から、「あたしのお兄ちゃん死んじゃうかも、嫌だな」って感想のほうがずっとずっと何倍も何乗も大きかった。
メールが来たからね、電話をしたんだ。お兄ちゃむに。
『迷惑をかけたよ。海夜は優しい子だな。こんな時はお兄ちゃんを恨むものだ』
『お兄ちゃむ、傷付いてるでしょ』
『傷付くわけないだろう。傷付けた側なんだから。海夜。バカな兄ちゃんで悪かった。許されるとも思っていないよ』
『傷付いてるよ、お兄たむ……』
『ごめんな、海夜。こんな兄でも心配してくれて。ありがとう。じゃあ今から帰ろうか。父さん母さんに謝らなきゃな』
帰ってこないなって分かったんだ。誤魔化せてるつもりだったみたいなのが、お兄たまの不器用さ丸出しでさ、急に可哀想になっちゃったんだ。急に可哀想になっちゃってさ、最期の声、涙声でさ、あたしもどうしていいか分からなくなってさ、もうあたしのほうは涙も出なかったよ。薄情なのかもね。
お兄たまは結局、死んじゃった。事故に遭ってさ。事故、ね。まぁ、故意に起こした自損の死亡事故のことを、世間や法律はなんて呼ぶのか知らないけど……意識不明の間、あたしは「死んじゃいなよ」って思ってたんだ、酷いでしょ。やっぱり薄情者なのよ。優しくて繊細なお兄ちゃんとは大違い。まぁ、そんなだから、こんなあたしでもお兄たむたむはあたしを大切にしてくれたんだけど。
怖かったのかも。めちゃくちゃモテてた顔はぐしゃぐしゃだって。モテるかどうかなんてどうでもいいよ。とんでもないブサイクになってたとして、もしあたしがそこにお兄たまみを見出せてたらさ。でもぐるぐる巻きの包帯の下にあるのが、もうあたしの知らない人だったら?って。っていうかずっと、これ本当にお兄ちゃむなの?違う人と入れ替えてない?って長いこと疑ってたよ。でもそんなこと、マミィパピィに訊けるはずないし、もしかしたらマミィとパピィも同じ疑念抱いてたんじゃない?人間は希望を探し続けなきゃ生きていけないんだって。絶望ってやつに甘えちゃったほうが楽なのにね。絶望したときに、やっと希望を探す厄介さをさ、手放せるわけだ。冷酷かもね。あたしが一番よく分かってるよ。知らないお兄ちゃむちゃむなら要らないって意味だもんね。
南波くんのこと、嫌いだったな、あたし。無邪気に人のこと唆すんだもん。秘めておかなきゃ、この憤怒は秘めておかなきゃ……って、チャチな恋愛ドラマみたい?
愛想はないけど成績はいい息子が死んでさ、家族は狂ったよ。家族は狂ったよっていうと、一家離散みたいだね。狂ったのは気だね。仲は相変わらず良かったよ。とってもね。葬式の後なんか両親とあたしでプリン作ったんだよ、プリンキットが買ってあったから。不謹慎でしょ。息子が死んで、あたしの場合はお兄ちゃむちゃむが死んで間もないのにこんなことしてていいのかって。なんでかなぁ……別に本当に、マミィもパピィもお兄たむを疎んでたわけじゃないんだ。あたしも。ショックでさ。日常が恋しくなっちゃって。日常に戻りたかったんだよ。プリン作るのは日常じゃないんだけどさ。
それでね、今度はマミィなんだけど、祭夜兄のことを気にするようになってね。祭夜兄の話ばっかりするようになったんだ。相当、精神やられちゃってるなって思った。祭夜兄のこと、お兄ちゃむちゃむにしたかったんだろうな。っていうか、自分の息子だと思っちゃいたい、みたいな。そこに理屈なんかなくて。黒魔術とか儀式とかそういう概念でもなくて。母親失格かな。でも多分、ショックってそういうことなんだよ、直視できないって。
だってマミパピはお兄ちゃむの包帯なしのぐちゃぐちゃになった顔見てるわけだから。本人確認のときにさ。残酷だよね。
パピィのほうは、お兄たむたむとちょっとやっぱり男同士馴れ合わないのが流儀、みたいな感じで一線引いてたから、そこのところちょっと冷静だったのかも。釣り行ったりキャンプ行ったり、登山とか、ゲームとかして遊んだりはしてたけど。
もしマミィが祭夜兄に関心寄せてなかったら、あたし南波くんの提案に乗ってたかもね。分からないけど。
あたしお婆ちゃんいるんだけど、そのお婆ちゃんってのが祭夜兄贔屓でさ。我先に!ってカンジでテンションアゲアゲで先にどんどん行っちゃう祭夜兄のほうが、荷物持って歩幅合わせて待ってくれるお兄ちゃむより可愛かったんだね。懐く猫より懐かない猫が好きな人だったし、ああ、あれってそういうことだったんだな。
お婆ちゃん、前はね、「孫たちに何かあったら、あーしが命に変えても守ってあげるからね」って言ったんだ。「孫たちのためなら、あーしゃ命も惜しくない」って言ってたの。ちょっと悲しいなって思った。でももし3人同時に溺れたとして、しかも一刻を争うとして、お婆ちゃんは誰を助けるか?ってなったら、やっぱり祭夜お兄だと思う。そんな気がしてたんだよ。なぁ、そうだったんだろ?お蛍ばあさん。実際そうだったのかもな、って、あたしの邪推の勘繰り。
祭夜お兄が南波くんに刺された時、意識もなくて寝たきりだった。そんなときにさ、お婆ちゃん、急に死んじゃったんだ。最悪の年だよ。身内何人死ぬ気なの?って。お兄ちゃむちゃむが"不思議な"死に方して、大好きな祭夜お兄も刺されて意識不明。老体には堪えたんだね、きっと。
でもあたしがもっと最悪だったのは、親戚が放った一言なんだよ。祭夜兄が目覚めたときにね。「おばあちゃんが守ってくれたんだね」だって。じゃあお兄たむは?
どうしてお兄ちゃむちゃむのときは守ってくれなかったの?顔がぐちゃぐちゃになってるから?あたしが「死んじゃいなよ」って思ったから?それともやっぱり祭夜兄のほうが可愛かった?
お兄ちゃむちゃむが拉致監禁してた女の人ね、綺麗で若い叔父さんがいるんだ。その人とこの前たまたま会ってさ。偶々だよね。多分、偶々。まさか監視してるわけ、ないじゃない。
で、『君の兄の所為で姪と婿が幸せになれなくなったよ』ってさ……これはあたしの被害妄想。でもそんな感じだった。知るかよ、そんなこと。なれよ、勝手に。お幸せに。それあたしに言うんだ?って呆れちゃった。ああ、言ってないよ。言われてない。ほんと……うっふっふ。
祭夜兄は後遺症あってさ、実はもう前みたいには歩けないし、中学時代は万年レギュラーで高校のときなんかリレーに選ばれてたくらいなのに、もう前みたいには走れないと、思う。あの歩き方の感じ。そのうち治るのかな。銭湯行ってるって笑って話してた。いとこもお婆ちゃんも死んだのに。―つら。湯治ってあるじゃない、あれ。
車の運転もどうなんだろ。この前は、お兄たむが拉致監禁してた女の人の運転で線香上げにきてたけど、あの女の人は家には上がらなかったな。当たり前だよね。
祭夜兄は、仏壇の前でへらへら笑ってるの。分かりやすく土下座して泣いて謝ったりなんかしたら、そんな安い低俗なパフォーマンスなんか要らないんだけどって、追い出してやろうかと思ったのに。そういうことしそうなくらい、祭夜兄って、単純っていうか、記号的な人っていうか。
あたしはなんとなぁく、後ろから忍び寄ってさ、棚の上に恵比寿様の銅製の置物あるんだけどさ、あれでぶち殺そうと思ったね。
祭夜兄が悪くないことは、理屈では分かってるよ。でもなんか、もう全部がムカつくんだ。
車の中で顔拭いてもらってたこととか。なんかミルクティーかなんかのストロー口にまで持っていってもらってところとか。あと、車から降りたときに、あの女の人と笑い合ってたこととか。あたしは全然笑えないよ。別にあたしが笑う必要なんかないか。当たり前だよ。何を求めてんだか。
幽霊っていないほうがいいよ。死んで終わりのほうがいいね。
祭夜兄は最後まで仏壇の前でへらへら笑って、イキノコッテヨカッタデスネーって思った。殺意なんてあたしの虚勢。そんなことしたら、両親が悲しむんだし。あたしはまだこの何気ない日常が恋しいよ。
セミがミンミンジージー鳴いててさ、暑いんだろうなって。いい感じに脳味噌茹でられて、気でも狂っちゃえば、その声が南波くんに聞こえるよ!って感じで一思いにやっちゃったかもね。なんて他力本願?でもこれも虚勢。イキりたくなっただけ。だって他にぶつけようないもの。
祭夜兄は仏間から出てきてさ、物置部屋みたいな小さな部屋なんだけど、そこであたしは偶然を装って鉢合わせてさ。
祭夜兄、泣いてて。あたしの姿見たらすぐ拭いてさ。誰も幸せにならないなって思ってさ。別に幸せなんか各々探せばよくて、幸せ求めてるの前提なのがおかしいんだけど。老人になった辺りでふと急に思い出すような記憶にしちゃいたかったんだよ。50年前、60年前、あたしにはこれこれこういうお兄ちゃむがいたんだよ、って。誰に語るでもなく。過去にできないんだよ、このままじゃ。過去にできなくて、日常に戻りたくて、また家族でプリン作り続けるの?気が狂ってる。
祭夜お兄は「来年もまた来るよ」って言ってさ。
「もう来なくていいよ」って言ったんだよ。
「思い出してくれるんでしょ、それならどこでも同じだよね」って。祭夜お兄を突き放したのは、初めてだった気がするな。
―ねぇ、鮎見くん。今言ったことは、もう全部忘れてね。他に言う人がいなかっただけだから。また、名前も知らない元同級生Aでいて。
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