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飾れ星屑 9話放置/濃いめの暴行・流血の描写あり/殺人鬼美少年/引きこもり美青年

飾れ星屑 6

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 車庫にすでに車が停まっていた。オフホワイトとパステルピンクのそれは叔父の車だ。
「誰もいないって言ったじゃん」
「そのつもりだったんだけど、叔父さんが来てるみたい」
 何の気なしに緋霧かすみは言ったが、まだ車庫に曲がる前だというのにシートベルトを外した謎の青年は助手席を後ろから抱き締めた。
「おじさんってどこのおじさん?ヤバい人?ピンクの車、誰の」
「え?だから叔父さんのだよ」
 ピンクの車の横に停める。後部座席の彼は落ち着きがない。
「ドア、気を付けて。隣の車にぶつからないように……」
「あのなぁ。僕ちゃんピープルが何者か知らないな?」
「うん……」
「俺ヌンティヌスも免許持ってるし、運転してるし、山で走り屋やってるかんね」
「そうなんだ」
 その声は図らずも、呆れて聞き流しているような響きが込もってしまった。
「なんだよ!」
 2人が車を降りたとき、緋霧の父の異母弟が家から出てきた。彼も腹違いの兄の娘とその連れの姿を認めた。
「こんにちは、叔父さん。今帰り?」
 大柄な男は相変わらず特注品らしきスーツに身を包んでいた。長くもっさりと暑苦しい固げな髪を束ねもしないため、異様な感じがある。彼はふいと姪の隣にいる図々しげな若者を一瞥した。
「おん……ちょっとぎま出てくるけん。そちらさん、何飲みんさる?」
「あ、叔父さん。この人、あの…………」
 叔父は静架しずかを知っている。会わせたこともあれば、この叔父の手相マニヤ的なところにも巻き込んだりした。亡き恋人に風貌の似た人物をどう説明するのか、説明するにしても情報がほとんどない。
「双子ちゆうとったな」
静架しずかの双子じゃなくて……」
 緋霧は助けろとばかりに視線を送った。
「静架さん双子の愚父と不倫相手との間にデキた豚児とんじです。平たく申しますと非嫡出子ですね」
 叔父の太い眉がぴくりと動いた。
「緋霧の父の母違いの弟です。茶梅坂さんざか馴鹿じゅんろくいいますん」
 本名はそうではない。これは占い師として名乗っている名だ。本名は鷲海わしゅう霜雪そうせつとかいっていた。
「ほ!ぼくは、"かるたがわつらら"ですん」
 初めて聞いた彼の名に隣にいた緋霧もぎょっとしてそのほうを向いた。叔父は右掌に左の指で字を書いている。
「氷に柱け。ひらがな?」
「違います。氷にうららか。綺麗の麗ですね。それに歌です。歌手とか歌謡曲のです」
 言われたとおりに叔父は右掌に姪の連れの名を書き起こす。氷麗歌と数度なぞる。
「上の字は」
「稲刈りの刈りです。草冠ないやつです。田んぼの田に、川」
 叔父の自身の掌を見つめる表情が段々と険しくなっていく。姓名判断の結果は芳しくなかったらしい。
「ココアでぃも買ってくるけん。よか子にしてやっせ」
 すれ違いざま叔父の大きな掌が緋霧の頭上に乗った。焼き石みたいだ。目を惹く容貌であることに自覚が無いらしく、車に乗ることもなく目立つ風采でのっしのっしと門を出ていった。
「鷹庄緋霧の叔父おじいさん、漢検マスターなん?」
「人に興味があるんじゃない?ちょっと変わってるけれど、悪どい人じゃないから。あと祖父おじいさんじゃなくて叔父さん」
「ふぅん。じゃあ、姪っ子が浮気性ってバレたら大変だから、言わないでおいたげる」
 刈田川かるたがわ氷麗歌つららとかいう男は叔父の後姿を見ていた。
「うん……?うん」
「ありがとうございます、は?」
「え?」
 彼は緋霧のほうを向いたかと思うと、拗ねた貌をしてふんと外方に首を曲げる。そして彼女の案内も不要とばかりに玄関に進んでいった。
「なぁ」
「なに?」
「僕ちゃんを縛りなさい」
 その命令の意図が分からない。
「……なんで?」
「もし近所にみてたらどうすんだよ。僕のちんは浮気慣れしてないうえに、鷹庄緋霧とデキてるんだ!なんて思われたら心外だからな。さぁ、縛りなさい」
「叔父さんがこれから帰ってくるのに?」
「叔父いさん帰って来なけりゃ縛る気なのかよ!ヘンタイ!縛リスト!」
 いずれにせよクレームをつけられたのだろう。
「紐とかないん?」
「ない」
「縛リストのクセに?」
 彼は自分自身の前ポケットや尻ポケットを探った。しかし紐状のものはないらしい。緋霧は玄関を開け、ひとり愉快げな男を残して中に入った。
「おい、待てよ!お邪魔しますって」
 慌しくも、しかし律儀なところは律儀で、虚礼きょれい的であるのも否めなかったが、彼は真面目な中高生が職員室にでも入るかのように頭を下げた。
「あ、花」
 玄関入ってすぐの鏡に目を奪われたかと思うと次は花瓶に興味を示す。多動だ。しかし花に鼻先を寄せて匂いを嗅ぐ仕草はあまり賢くないなりに可愛い犬を思わせた。そのままぱくりと食べてしまいだ。
「匂いちょっとだけする」
「……そう」
 かなり淡いグリーンを帯びた白い花にまた鼻を近付けている。
「白ペンギンちゃん、ここに飾ろう。ここでみんなのこと出迎えたり見送ったりしたらいいや」
 玄関脇のサイドチェストの上に空いたスペースがある。そこを示して氷麗歌つららとかいったのが勝手に決めた。
「分かった」
 逆らうのも面倒になって緋霧は紙袋から真っ白なフクロウのぬいぐるみを取り出す。
「ちゃんとこの白ペンちゃんに、行ってきますおかえりなさいって言うんだぞ、鷹庄緋霧」
「盗聴器とか入ってたりしない?」
「はぁ?するワケねぇだろ!」
 二つ縫い付けられているブラウンのガラス玉を覗き込む。カメラのレンズ的な感じはない。ぬいぐるみを押し込んで確かめてみる。固さはない。とはいえ彼女も本当に盗聴器が入っているなどとは疑っていない。
「貸せよ。ここに置くから」
 ひょいと渡す。しかしそれも彼の気難しいというよりは文句をつけるのが趣味らしき意地の悪さに触れたらしかった。
「そんな簡単に寄越しちまって、僕レウスのあげたプレゼントが要らなかったっつーのかよ」
 氷麗歌とかいう剽軽な青年は強気に言ったあと、唇を尖らせて拗ねてしまった。
「じゃあ、あげない」
 彼の絡みたがりから逃げ、緋霧は上がりかまちを跨ぐ。
「待って」
 氷麗歌青年も入ってくる。洗面所までついてきて、家主に倣い手を洗いはじめるけれど、彼はハンドタオルは携帯していないらしかった。
「鷹庄緋霧ぃ」
「叔父さんの前でもフルネームで呼ぶの?」
「だって叔父いさん、苗字違ったじゃん」
「そういうことじゃなくて……」
 ぴっ、ぴっと水を飛ばし、緋霧が手を拭くタオルを強奪した。
「ハム男は?早くハム男と遊ぶ」
 リビングへ案内して、それから緋霧は氷麗歌の要望のとおり、亡弟の部屋にかさかさやっているケージを運んだ。オニオンスープに浸された毛玉みたいな生き物は滑車を回していたが一旦停車し、虚空を嗅ぎ回っている。弟の雪兎吉ゆうきちは自分より早く訪れるこのハムスターの死を先んじていたが、彼が先に落命した。給水器を軋ませ、毛玉に黒いボタンがついたみたいな生き物は滑車に戻る。
 リビングのテーブルに乗せると氷麗歌の目が輝いた。



「ごーん、ごーん」
 廻冬みふゆは教会で行う結婚式の鐘の音を再現しているつもりだった。彼の艶めいて照りつける爪の嵌った指はレッドともオレンジともいえないガーベラの舌状花を毟り、白のガーベラに振り撒いている。それを可憐な薄いオレンジ色の筒状花だけ残した白い芯が死体のように見ている。
「ごーん、ごーん………ふひ、ふひひ」
 その上からみかん色のオレンジが降る。さながら結婚式のフラワーシャワーだ。にっかりと綺麗な歯を見せ、それから机から離れる。窓辺に置かれた小型のオルガンを開くと、曲を演奏する。結婚式定番のクラシック音楽だ。音量が絞られている。玄英げんえい家はなかなか立派な一戸建て住宅ではあるが、いかんせん住宅地の中にあり、隣人宅ともそう距離があるわけではなかった。
 演奏が止まる。階段を上る足音がした。オルガンの音がうるさいと怒られるのかも知れない。案の定、努めて柔和を装いながらもヒステリックさの隠せない注意が飛ぶ。
「はい、ママ。ごめんなさい」
 この新築に引っ越してきてから母親は性格が変わってしまった。情緒の安定していないところがある。新たな環境に慣れずにいるのか、それとも本質的な部分が変わったか或いは元々こうであったのが覚醒したのかも知れない。
 廻冬はオルガンをしまった。白いガーベラに頬擦りし、花芯に鼻先を突っ込んだ。
「お姉ちゃん」
 彼の脳裏には薄手のニットを押し上げた二つ横に並ぶ丸い膨らみが大きく描かれていた。男の陰部の勃起とは異なる、満遍なく張った胸、左の膨らみと右の膨らみの短い狭間の危うさ、伸びのある繊維、それでいて細まった腹周りでは急激に撓むのだ。
 廻冬はもぞもぞと腰を動かした。牡の本能がまったく必要のないときに働いている。触りもせずに彼の脚の腋芽えきがは質量を増して硬くなりながら首をもたげる。
「お姉ちゃん……」
 口が寂しくなった。敏感な牡の器官を摩擦することよりも強い欲求だった。たった一人、ある特定の人物のどこかを吸ってみたかった。指でも髪でも、耳でも鼻でもいい。唇、顎、首…………乳房!女陰!そして足の指。
 彼は爪先同士を擦り合わせ、一人の女に対する渇望に身悶える。肉体はその女との直接的な交合、それか馳せた淫楽であっても貪り尽くさんと求めている。しかし廻冬は自身の熱い疼きの相手をせず、まだ彼女の姿を思い描いて脳髄にまで染みていく微かな心地良さに浸っていたかった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん………お姉ちゃん」
 冷え性みたいに爪先を擦り合わせ、かくかくと腰が前後する。とある女に対する慕情と欲望が咲き溢れそうだ。
 大振りな花を潰すほど抱き締めた。艶やかな舌状花の質感が気持ち良く、それよりも小さいながらにしっかりした筒状花の円環が少しむず痒い。温度はないが湧き出る希求に熱殺されそうで胸を掻き乱したくなる。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん………―あぁっ」
 彼は子猫が母猫に甘えるような声を上げてベッドに弛緩した。運動せずに得た射精の快感に浸る。物理的な刺激によって肉体を果てさせるよりも、放出には限度があるくせ、底知れない劣慕が次から次へと押し寄せる。
 雑誌に載った女体を観て熱くなっていたときよりも厄介だった。水着の食い込んだ乳房や三角形の撥水布に隠された脚の間への想像し、陰茎を扱くだけでは事足りなくなっていた。某女を裸に剥いて肉欲のまま犯し尽くし、果ては孕ませ、前後で結婚してしまいたい欲もありながら、彼女には触れずにその派手さもない控えめで地味なりに艶やかな見目、大ぴらには覚られづらい色香にてられ、牡の死線まで搾り取られてしまいたくもある。肉を貪るか、毒気に死んでしまいたい。
 廻冬は悶えた。たった一人の女に猛烈な淫情に灼かれる。恋人の前で大胆に脚を開き、甘く鳴きながら上下に揺さぶられる肉体と撓み波打つ胸の大きな膨らみを描像する。penisを扱かなければこのれた気分からは抜け出せない。
「あ、あ、お姉ちゃん…………お姉ちゃん…………」
 腰を自ら摩っただけで彼は快楽に身を縮める。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
 あの女とセックスがしたかった。舌を絡め、唾液を飲ませ合うようなキスをしたい。肉を潰すような抱擁を交わし、腹周りや尻の割りには胸から千切れて落ちそうな大きな胸を吸いたい。彼女が未来、子に飲ませるかも知れない乳まで飲み尽くしてしまいたい。女の翳った生臭く汚穢きたならしい部分を舐め回したい。恋人の雰囲気に似合わない凶暴な肉棒を何度も抱き込んで注がれた場所は、もしかするとモザイク越しの女のそこよりもグロテスクかも知れない。そこに突き入れてしまいたくなる。
「あ、あ、お姉ちゃん…………っ!ぁっ」
 べとついた下着から勃起が飛び出す。雰囲気に似合わず凶暴なものを生やしているのは彼の妄想する彼女の恋人だけではない。執拗な自涜に奸佞かんねいな色味の差した、おぞましく穢らわしいまでに緊迫している。外気に触れただけでも先端の窪みは汁気を増した。あの女は、これを目にして何を感じるのだろう。唐突な行動に恐怖するだろうか。恋人のものと比べるのだろうか。それとも挿入感を想像するのだろうか。廻冬は彼女の怯える姿をイメージし、そしてそこに軽蔑の眼差しを見出した。またひと回り、陰茎が膨らむ。数えるほどの手淫でまた吐精する。短い快感が打ち上がったその直後にはもう神秘的な装填が済まされている。
 若い身体は長いことその熱量に耐えた。肉悦でさえも体力が要る。陶器のように白く、その胸で潰した大振りな花の質感の如くなめらかな肌と背丈はあるが首にせよ肩にせよ華奢な彼の嫋やかな躯体からは想像もつかない活力がそこには秘められていたらしい。
 ゴミ箱に丸められたティッシュが放り投げられる。投げるというよりもすでに手繰り寄せられたそれは落とされたも同然だった。
 廻冬はラクダのような長い睫毛を伏せた。立て続けに数発放ち、眠気が粘こくまとわりつく。すでに薄い目蓋の裏側には夢が形成されている。金槌を振り下ろし一呼吸置いたのち、膝から崩れ落ちる不潔そうな犬の姿だ。まだあの時の感触が残っている。実弟だという。似ても似つかないが、二親同じ姉弟なのだそうだ。それは爪切りで多少痛め付けながら聞き出したことだ。しかし女親というのは男親に隠れて、別の種を孕むことができる。廻冬はそれを疑った。姉と少しでも似ていれば、もう少し容赦というものが出来たかも知れない。或いは彼女にそう遠くないどころか近しい血脈に興奮し、性別に対する嗜好などかなぐり捨てて獣姦よろしく犯していたかも知れない。顔には紙袋でも被せておけばよい。口はどうにでも防げるのである。人語を話す牡犬の声が興醒めならば焼く準備もあったのだ。彼女と近しい血潮の駆け巡る肉体のみに用があった。彼女にまだ手を伸ばしていない以上、その辺で捕獲した女体よりも価値がある。しかし本当に、鷹庄雪兎吉という迂愚な犬は彼女と二親同じ弟なのであろうか。拭い去れない疑い、鷹庄家の妻に対する断定に近い疑惑が廻冬を止めた。彼女に近しい血肉の玩具にもなりはしなかった。廻冬にとっては片親違いに違いない鷹庄家の異分子みたいなのが、平然と二親同じ実弟然としているのだ。彼女は牡の犬畜生と一つ屋根の下で暮らしている。邪魔であり、危険だ。ゆえに殺してしまった。異父弟の身でありながら姉を犯すかも知れない不義の子供を消したのだ。彼女の純潔は守られた。彼女は恋人と甘く濃密な情交を結ぶ純潔性のみで、莫迦犬の異父弟と獣姦に等しい真似を行う未来を潰したのだ。これを善行といわず何と言うのだろう!廻冬は雪兎吉を殺害した夜、白い吐息を漏らしてほくそ笑んでいた。それでもわずかばかり、たとえ片親だけの繋がりだとしても彼女と揃いの血肉を奪っておかなかったことを惜しんだ。今でも朝な夕な、ふと後悔の掻痒そうよう感に襲われる。あれが弟ではなく妹や姉であれば。否、本人を早く捕まえてくればよいのである。しかし廻冬はそれを簡単に諾とはしていないらしい。
 廻冬は彼女の飼犬を繋いでいた部屋の隅を見ていた。押し入れの下に敷いていた枕と寝袋は既に撤去してある。鎖だけがヘビのようにのたくっている。伏せた銀蛇と睨み合う。そこに女の肉体を思い描いた。デニム生地のペンシルスカートに隠されていながらも分かる太すぎず、かといって不健康に貧相というわけではない腿、ダメージ効果のある裾から伸びていた長く細く、しかし淑やかに肉感をのせた膝下、背伸びしたようなブーティー。裸を想像する。この季節で全裸に剥けば、彼女は寒がるだろう。下半身はストッキングに短い丈のスカートやツイードやスエードのショートパンツなどを履いていながら、上半身といえば冬毛の小動物みたいに厚めのタートルネックやコートなのでもっさりしているのだ。彼女は寒がりに違いなかった。白い息を吐いていた。横に並び共に熱い缶を握っていた男はそのあと黒煙をその口から吐き出すことも知らずに。
 身震いする。昨年の冬、仲睦まじい2人の男女を見たときの喜び。何よりもあの光景を守りたいと思い、尊んだ。妄想を逞しくして、そのたびに違う様子の家庭、未来を想像した。腹の膨らんだ女と寄り添う男、或いは腹の膨らんだ女を忌み嫌う男、嬰児を連れ買い物にゆく2人、娘を持った夫婦、息子のときもあった。長子を寝かせた隣室で交尾し第二子を仕込む牝牡ひんぼ。牡の性器が女の肉体を揺さぶるのだ。廻冬は長子に己を馳せ、父と母の交合いを眺めるのだ。地味で控えめ、淑やかで清純、目立たない美しさが可憐な母が、夜は愛しい夫の前で大きく膝を開き、子を産んだ場所で優しい配偶者の牡を咥えて舐めしゃぶり、食い貪るのだ。
 扱くのはもう痛い。しかし廻冬の下腹部はまた疼いている。一夜明けていれば間違いなく陰部はいきり勃っていたことだろう。性欲とはもうかけ離れていた。射精には満足している。しかし物足りない。まだまだ女を犯し足りない。石蕗つわぶき静架を早めに殺したのは失敗だったのかも知れない。愚犬を殺してから間もなかった。
 廻冬は反応しなくなった自身の股を弄った。まだまだ射精をしたい。絶頂の瞬間に女の口、顔面、膣の中に出すことを夢見るのだ。しかし肌は摩擦を嫌がっている。限界さえなければ、彼女の内腿、伝線させたストッキングと素肌、タートルネックの繊維の中、どこにでも好きなだけ放出したい。
 廻冬は叶わない欲望に喘いだ。潰されては死にきれることもないカエルのように喉を嗄らしている。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん………お姉ちゃん!」
 固く張り詰めない陰嚢を陰茎ごと揉みしだく。彼女のほっそりした手に握らせたい。千切られてもいい。彼はベッドを転がりガーベラを轢いた。暫く小さくなって蹲っていたが、やがて爆破したようにひょいと立ち上がる。焦がれることも気持ちが良い。しかし会えないわけではなかった。顔を覚えられない程度に近付き、一目見るだけでいい。ただでさえ美貌に美肌、顔に怪我のない男を、顔に怪我のあることに高鳴りを覚える彼女が興味を示すはずはあるまい―



 彼女の家の前の2つ前の小道を歩く。車は疎らだ。白線ごと罅割れたアスファルトを見下ろす。目当てのものは見つからなかった。雨に流され、風も太陽に乾かされたのだろう。迷い犬の頭をち割ったところである。交通死亡事故のように最寄りの電柱にそれらしき跡もない。愚犬の顔も彼女の恋人同様に火傷があれば、対応も変わったのかも知れない。哀れな犬は哀れなまま死んだのだ。莫迦犬の姉は、ケロイドがなければ存在すらも見えないのかも知れない。
「ひ、ひひ……」
 捨て犬の死地を通り抜け、飼い主の家に向かう。モスグリーンの車が目の前を通過した。彼女の家の車庫にはモスグリーンとピンク、渋柿色の車が停まっているのを見たことがあった。決して賢くないが、犬にも飼主家族の車を見分けることはできるらしい。モスグリーンが彼女で、メタリックめいたピンクはその叔父、渋柿色じみたブラウンともオレンジともいえないは父のものらしい。とすると今のは、目的の人物の車だ。出遅れてしまった。
「く……………くくく、」
 乾いた風に吹かれ、行先を考えた。彼女には彼女の地に足ついた生活がある。しかし廻冬の頭に真っ先に思い浮かんだのは恋人の家である。近くのマーケットにガーベラを買う予定もある。答え合わせをしに行く価値があった。
「ひ、ひひひ………………くく、」
 爛々とした目は眠たげにも見えた。それが彼のあどけない美少年ぶりに魅力を加える。
 死んだ恋人の宗教宗派までは情報を得ていないが、おそらく仏壇の前で、線香の匂いに包まれながら、失った性生活の輝きを悼むのかも知れない。欲の闇路やみじに迷い込み、煩悩の豪火に身を焼くのだ。激しく興奮した。彼女は喪服だったろうか、平服だったろうか。喪服はワンピースだろうか、和装だろうか。彼の頭には黒いワンピースに身を包み、膝と爪先を擦り合わせ、亡き牡の匂い、牡の熱に悶える様が容易に描かれている。
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