18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-2

結局は俗物( ◠‿◠ )

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蜜花イけ贄 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意

蜜花イけ贄 4

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 薬が塗り終わり、ふと顔を逸らした瞬間、目の前に座っているのは女関係にだらしのないあの薬屋であった。
「指を洗ってきます……」
 何度か懐紙で拭う。立ち上がりかけたところを捕まった。
「あっ」
 転びそうになるところを力強く引っ張られ、床に倒される。真上には葵の美貌がある。違うのは表情だが、彼の一個人的なところで出す面構えなのだろう。緩みきった、軟派な笑みを浮かべている。人違いをされた正しい相手にはそういう貌も見せているのかも知れない。
「洗ってきますから……」
 笑ってばかりの葵はあらゆる角度から下に敷いた女を眺め回す。彼女は首を曲げ、顔を逸らした。
「桔梗様」
「指を……」
 軟膏と津液のついた指を葵の顔をした夫は何の躊躇いもなく舐め取った。その正体はダリアであるため、自分で自分のものを舐め取ったに過ぎないことにはなるけれど、桔梗には十分な不快感を与えた。葵の面をした夫は執拗に彼女の指を舐めねぶる。
「桔梗様……お慕いしております」
 これは夫である。薬師ごっこをしたいと言っていた。彼は転倒を支えるついでに押し倒した妻を抱き上げ、寝屋に連れ込んでしまった。布団の上でまたもや乗られる。
「だ、だ………旦那さま………」
「嬉しいです。長年お慕いしていた貴方様に、そのように呼んでいただけるのは…………」
 あくまでも夫は葵の役に徹するらしかった。趣味が悪い。そして息の詰め方や目の泳ぎ方など仕事の時に見せる所作の再現度は高かった。彼に会ったことがあるのだろうか。この邸宅の正面玄関を出ると少し離れて薬屋が面している。ダリアの中に潜むこの夫があの監視役を目にする機会は多い。
「長年は、嘘っぽいです」
 出来は良いがあらがある。とりあえず多く見積もった感じがいい加減だ。
「嘘ではありません。本当です」
 嘘であろう。叔父と逃亡を図る以前にこの顔の男との接点があまりない。葵は、叔父の仕える―つまり叔父の職場にいた人間であり、桔梗個人として関わりのある人物ではない。叔父の仕事の都合で顔を突き合わせたことはあるがその程度だ。花見会の支度で半日ほど共にいたくらいではなかったか。それも煩雑な厨房仕事で桔梗はろくに喋った覚えもない。つまり彼女の価値観からして、それだけの関わり合いで男が女に惚れたとかすのは欺瞞であり虚偽であり譎詐けっさなのだ。
「本当です」
 それを押し通すしかあるまい。
「貴方様を思って毎夜、身を疼かせております。桔梗様……」
「それは、気持ち悪いことです」
 爛々とした眼差しはすでに冗談ではなくなっている。取られた掌が裸の胸に添わった。鼓動が伝わる。少し速い。
「桔梗様……あの村人と話すのはもうおやめになってください。苦しいです。あの者にはあのような、柔らかな顔をするくせに、俺には……」
「あの人、そんな言葉遣いは……」
 何故夫は、アサガオのことを知っているのか。そしてあのアサガオに似た人物は誰なのか……
「お慕いしております」
 桔梗の余裕は葵の顔をした夫に舐め吸い取られてしまった。舌を押し込まれ、口腔は荒らされていく。夫を迎えるか跳ね除けるか判断のつかない指は縋りついているように見える。
「ん………っぁ、」
「桔梗様との接吻は何よりも甘くていらっしゃる」
 散々に舌を絡め、糖蜜を彼女の口から引かせた。
わたくしは薬師。桔梗様。お胸に腫物ができているご様子。わたくしめが、薬の塗り方をご覧に入れましょう」
 おそらく桔梗の知っている葵はこのような物言いはしないであろう。しかし顔も声も同じである。
「よろしいですか?」
 身を強張らせ、赦しを乞うような愛想笑いを浮かべる妻を彼は少しの間眺めていた。
「妻の義務、楽しみだなぁ」
 やがて彼女の額へ手を翳す。その時の爪は、触れたなら引っ掻き傷を残すほど長く鋭かった。手だけは葵のものではない。
「桔梗。私は誰です」
「薬師さま……」
 蕩けた双眸は媚びを売るように上擦った声を漏らす。
「私は桔梗の何です」
「夫です……」
「そうです。桔梗。おまえは俺の人形ものです」
 葵に化けた夫はにたりと口角を吊り上げた。妻の衣服を剥ぎ、彼女の部屋の文机に置かれていた白油軟膏を手に取った。哀れな奴隷の傷に塗るか迷ったまま放置されたものである。
「桔梗……ほら、胸を見せてごらんなさい。自分で広げて」
 彼女は虚ろな目をして自身の膨らみを両手で押さえ、夫へと差し出す。
「こんなに腫れさせて。ここはもっと腫れていますね。赤くなっていますよ。痛くありませんか」
 夫は下に敷いた妻に跨り、胸全体を揉みしだいてから、その先端に色付くしこりを指で窺った。触れると張り詰めていく。
「あ………ん、」
「硬くなっていますね。いけない。俺が夫として、薬を塗ってあげましょう」
 粘度の高い白油軟膏を指で掬い、片方ずつに塗りたくる。指と指の狭間で妻の胸に芽吹いた腫物が虐げられる。甘い痺れが桔梗の昏い瞳を潤ませた。空しげな顔に悩ましい色が添えられる。
「あ………ゃ、あっ」
「こんなに硬くなって……このまま捏ねていたら、そのうち取れてしまいそうですね。もう取れますか?」
 痛みにまでは至らない力で抓られる。変則的な刺激に彼女は身を震わせた。
「痛みますか?では触らないでおきましょう。次は飲み薬ですよ」
 夫は文机の上の木製の小皿から菓子を取った。一つひとつ小分けにされている。チヨコレイトウである。この邸宅の持主が桔梗のために度々持ち寄るものだった。夫は包みのりを開き、茶色の塊を自分の口に放る。そして瞬時に愛妻を抱え起こし唇を塞ぐ。甘さのあるべったりとした溶けやすい飲み薬は彼のか彼女のか曖昧な場所を移動しながら縮んでいく。後頭部に添えられた夫の掌は妻を逃がさない。
「あっ、ふ………ぅん、っ、」
 消えていきつつあるものを探し、奪い取ろうとする夫の舌遣いに桔梗は溺れてしまった。舌を巻き付く舌で引き抜かれそうだった。喉はじ開けられ、溶けたチヨコレイトウを流し込まれる。飲み薬は役目を果たした。しかし夫は妻の中で消えたものを探り続け、そのために彼女の口腔を仄かに苦い甘味が引いても尚、漁るのをやめない。
「ぁ、ふ……っ、んんっ」
 夫が深く突き入れた舌を抜いた。桔梗の身体がびくりと一波打った。葵の面をした男の片腕に身体を預ける。
「飲み薬は苦かったですか?俺にはとても甘く感じられましたが……少し顔が火照っていますね。熱があるのでは」
 葵の面をした夫は前髪を掻き上げた。桔梗も前髪を除けられ、額と額を合わせる。それから頬と頬が合わせられる。
「俺がおまえの貼り薬ですよ、桔梗。俺から離れたら罰則です。当然ですね。俺たちは愛し合う夫婦なんですから」
 頬と頬をくっつけたまま夫は妻の耳に息を吹きかける。
「かわいい桔梗。俺の妻」
 彼は手の届く限り、あらゆる場所を撫で摩り、揉みしだき、擦り回す。
「誰にも渡しませんよ。叔父御と逃げるだなんて許さない……」
「あ………あ、」
 されるがままぶら下がっていた桔梗の手に力がこもった。肘を張り、夫との狭間に割り入る。
「いけませんね。叔父御にそんな不埒な想いを抱いているだなんて」
「俺の傍に居ればいいんです。俺のものですよ。俺のです。俺のものだ。他の男のものになるだなんて許さない……」
 夫が妻の頭を強く抱き寄せるだけ妻もまた夫を押し撥ねようとする。
「あ………、」
「俺の妻になればいい……!」
 怒声が響いた。それと同時に夫は妻を突き飛ばした。尻餅をついた桔梗の目に光が戻るが、彼女のまず捉えた葵は自身の首を引っ掻いていた。様子がおかしい。薄皮が剥け、瞬く間に薄紅色を帯びた。気が付くと自室で全裸の葵が狂乱しているのだから桔梗も自分の正気性を疑った。しかしこの葵の面をしたのがキツネの妖怪みたいなはずの夫だと思い出す。
「あう、ぅ、あ…………桔梗さ、ま………桔梗、桔梗様、………」
 葵の顔が陽炎かげろう。葵の面構えと夫の大判な護符を貼られた顔面が揺らめきながら順々に入れ替わる。冬場の湯気に似ていた。
「お慕いしています。お慕いしています!」
 葵で留まった顔が桔梗に飛び付いた。床を這い、彼女の脚に縋り付き、じ登る。
「お慕いしています!」
 彼女の肩を鷲掴んだ。そこには威圧がある。
「忘れられません。桔梗様……」
 歯軋りが聞こえる。強い力で押し倒され、葵を睨むと次の瞬間には護符で顔立ちを隠した夫に戻っているために桔梗も訳が分からなくなっていた。
「ボクだよ?おヨメしゃ、―桔梗様。愛しています。愛しています、愛しています!俺の傍から離れるのなら、殺してやる………!」
 夫が喋ったかと思うと葵だった。葵は桔梗の首に両手を重ねる。血走った目を剥き、歯列を晒す。
「ぅぐ………っ!」
「俺も死にます……!俺も胸を突いて死にます。桔梗様……!―待って、おヨメしゃ、蹴って!ボクを蹴って、おヨメしゃ……!」
 容赦のない力で首を圧迫され意識が霞む。葵なのか夫なのか分からない者の腕を引っ掻く。力任せに爪を立て、同時に哀れな奴隷のことを思い出した。
「ダー…………シャ………」
 ダリアが罪に問われはしないかと、桔梗はそれを考えた。掠れ切った声で名を呼べば夫とも葵ともいえない曖昧な存在が目を見開いた。首の圧迫が止む。咳き込みながら、眩い光が彼女の視界を占めた。次第に身体が重くなり、やがて気が付くと少年が乗っている。彼はすぐさま目を開いて桔梗の顔を覗き込む。痛々しい火傷は薬で水気を多く含んでいた。
「桔梗さま……?」
「すまない、ダーシャ。見ないでくれ。裸なんだ」
 彼は状況を分かっていなかった。命じたことの意味をすぐに解せず、あどけない目は女主人の全裸を見回してしまう。みるみるうちに紅潮していく。
「あ、あ………っ!ごめんなさい………!」
 彼は声を上擦らせ飛び退いた。すると視界が拓け、さらに女主人の肌を見ることになる。両手を顔で覆った。それでは傷に障る。桔梗は胸を隠し、掌を火傷から引き離す。
「いいや、いい。お前の所為じゃない」
 ダリアに背を向け衣類を身に纏う。
「お生贄ヨメさん……」
 皺の寄った着物を拾い上げる手が止まった。また夫がダリアを乗っ取っている。
「ごめんね。あんまりにあの人がおヨメさんのこと好きだから、ボク、ちゃんと降ろせなかった」
「……ダーシャを巻き込むのだけはおやめください。事が起こればあの子が引っ被ることになるでしょう」
「ごめん、ごめん。もうあの薬師にはならないよ。でも、まだおヨメさんとお薬屋さんごっこしたいなぁ」
 夫が後ろから抱き付いた。彼の尻尾が襦袢の上から腿を撫でた。毛並みは良いようだった。柔らかく、厭な感じはない。
「したいなぁ……おヨメちゃんとイイコトしたいなぁ」
 彼の手が素肌に辿り着く。大雑把に胸の柔らかさを確かめ、それから指がある一点を探す。左右で二点だ。
「旦那さま……」
「したいなぁ。いいかな、おヨメちゃん。おヨメさんの口から聞きたいなぁ」
 夫の指がまた芯を持った実粒を焦らす。
「ん、ぁ……」
 艶やかな長い痺れが頭の奥に強く響く。
「したいなぁ……したいなぁ。おヨメさんのかわいいところ、たくさん観たいなぁ」
 指の往復を短くすると、桔梗は喉を反らせた。身体から力が抜け、夫が抱える。さらに密着する。
「あぁ………っ、」
「―桔梗様」
「も、う………しない、って………」
「うん。だってコレ、ボクだよ?―桔梗様。俺が桔梗様の、夫です」
 直後に夫の声で「きゃっきゃっ」と笑うのが聞こえた。
「ダーシャに……」
「迷惑はかけないよ。だってボクもおヨメちゃんともっと一緒に居たいもん―それから俺も、ずっと貴方様の夫でありたい」
 何かの芸のようである。瞬時に声音を使い分けている。
「少しずつ分かってきたよぉ、おヨメちゃん。あの人のこと!ははは!―だから俺のこと、嫌って、拒んで、憎んで、厭がってください」
 この夫は意地が悪いようだ。妻に対してもそうだが、ことにこの屋敷の真正面に少し離れて建っている薬屋の若店主が気に入らないようである。
「それが妻の義務つとめなら……」
「ボクも夫として、いっぱいキモチヨクするからね~」
 桔梗はまたもや押し倒され、全裸に剥かれた。夫は妻の手を強く握ると彼女の脚の狭間に頭を埋める。
「汚いです…………」
 敏感なところの近くに息遣いを感じ、彼女は身を竦めた。
「汚いの?じゃあボクがキレイにしてあげる!」
「そういうことでは……っ、!」
 躊躇いもなく夫はべろりと彼女の秘裂を舐め上げた。
「んっあぁ!」
「おヨメちゃんの汚いところ、ボクが全部キレイにしてあげる。ココかな?ココが気になるの?」
 舌先は徒らに彼女の奥肌を突つき回す。厚い部分に触れられると腿が夫を挟み込む。三角形に丸みを帯びた毛むくの耳がぴん、ぴん、と跳ねる。
「だめ、です………もう、おやめになって………っあ、はァ、んっ……ッ!」
 彼の歯が弱点を甘く食んだ。鋭い快感が突き抜け、冷めやらぬうちに舌で転がされる。
「旦那さま、旦那さま………っぁんっ」
 口淫に翻弄される。蜜が内部からき出て夫の舌を潤す。くちくちと音を聞かされた桔梗は両手で顔を覆った。耳まで熱くなっている。この火照りまで夫には見透かされているに違いない。しかし彼は揶揄するでもなく、妻への奉仕にいそしんだ。ようやく頭を上げる頃には桔梗の全身はふやけたみたいになっていた。
「最後はね、坐薬。―俺の、呑んで」
 桔梗は目を閉じた。宣言どおり腹の中に葵の声を真似た夫が入ってきた。慣らされはしたけれどもそれでは足らなかった。痛みはないが、異物感は拭えない。
「おヨメちゃん………」
 おそるおそる目を開く。夫であった。何が書かれているのかも分からない護符しか見えない。ほんのわずかな安堵があった。
「ボクの奥さん!ボクの妻!ボクのおヨメさん!ボクの!かわいい」
 安心も束の間だった。興奮しているらしき夫は激しく妻を揺さぶる。
「あっ、そん、な………っあっ、旦那、さまっ………っ!あっ」
 擦られるたびに壺肉が夫を追う。
「おヨメちゃん、ボクのことすちなの?絡みついてきて、かわいい。すち」
 滑稽なほどこの夫は引き締まった尻を振る。一心不乱に妻へ叩きつける。
「あっ、あっあっんっ、あぁ!」
「かわいい。ボクもお桔梗きょうさんのことすちだよ。―俺も好きです。今日こそは俺の稚児ややみごもってくださいますか」
「だめ、!や、あっんっあっん、あっあっあっ!」
「おヨメさんはいぢめられるのがすちなんだねぇ―好きでもないオトコに抱かれるのが」
 強く抱き締め耳元で囁けば、彼女は夫との結合部を噛み千切らんばかりに引き絞る。激しい肉壁のうねりに夫も深く息を吐く。長い幅を取って貫く余裕もないらしい。短い間隔で肌を打ち合う。
「おヨメちゃんは、まだボクのだよ」
「んっあっ、あ、ああああっ!」
 妻の悦びは限界を迎える。収斂で夫に訴えた。彼はさらに煽られて妻を追い詰めてしまう。
「も、だ、め、だめ、だめぇ、………ゃん、あっあっあっああッ」
 夫婦は蠕動ぜんどうしながらぶるぶる震えた。
「ボクのおヨメさん。すち、すちすち」
 桔梗はもう意識がなかった。夫は彼女の髪や肌に頬擦りし、長いこと抱き締めて、接合も解かなかった。
「ボクのお生贄ヨメさん。ボクのお人形……かわいい」
 べろ、べろり、と先の割れた長く薄い舌で妻の頬を舐め摩る。





 桔梗は目が覚めるのと同時に物音に気付いた。隣でダリアが寝ていることにも気付く。少し驚いた。物音で起きてしまうことに焦る。彼女は布団を抜け出して物音がする場所に向かった。玄関扉である。気に入らない薬師の声に呼ばれている。時間は夜だ。そろそろ村の多くの人々が眠りに就く頃だろう。
「なんです、突然」
 桔梗の応対は刺々しい。来訪者が来訪者であり、時間が時間である。暗い外に葵の白い細面が浮かんで見えて不気味だ。
「すみません。大変申し訳ない。ふと嫌な予感がしたものですから。桔梗様の身に何かあったのではないかと……」
「薬師さまの予感次第で、わたしは叩き起こされなければならないんですか」
 葵はふと顔を伏せた。
「本当に申し訳ないです。本当に……ですがご無事ならよかった。ご協力ありがとうございました」
 彼もまた寝る時間であろう。わざわざ確認のために衣服も着替え、平身低頭するその姿に同情も仄かに湧き起こる。
「監視役も大変ですね。その予感とやらによっては飛び起きなければならないのでしょう。嫌味まで言われるのですから」
「……いいえ」
 仕事であるから仕方ないというのだろうか。桔梗の想定するよりも高いろくんでいるのかも知れない。
「貴方様が無事ならば、それに越したことはありません」
 女遊びをしてきただけあるようだ。桔梗は陰険な微笑を浮かべた。
「わたしの無事は確認できたのでしょう?それではもう戻って構いませんね。おやすみな、」
 手を取られた。誰を前にしていたのか忘れてしまう。この監視役はそのようにはしない。腕を引かれ、気が付けば葵の抱擁の中にいる。
「すみ、ません………」
「身体検査ですか?」
 てっきり彼女は自分の身が危険に晒されていないかを案じられているのだとばかり思っていたが、もしかすると危険な第三者というのは彼の中には考えも及ばず、再度脱走を企てていないかという点で悪い予感を覚えていたのかも知れない。
「違います………!」
 慌てた様子は葵もまた自身の行動に動揺しているようだった。それでいてしっかりと桔梗を抱き締め、その腕を放そうともしない。
「妙なゆめをみたんです。それで……貴方様は無事かと………」 
「わたしが無事ではないゆめをみたわけですか。願望では?」
「そんなはずはありません。そんなはずは………」
 桔梗は監視役を突っ撥ねる。
「もしわたしがアサガオさんとこんなことになっていたら、貴方は彼に刃を晒しますね。アサガオさんでなかったとしても、そのお役目から……………なのに貴方は、ご自分であればいいというんですか」
「いいえ」
「では、無かったことにいたします。叔父のことがありますから逃亡は目論んでおりません。ただ、少し散歩がしたかったのです。では、おやすみなさいまし」
 桔梗はぴしゃりと言って中へ入る。布団に戻るとまだダリアが寝ていた。何故ここで寝ているのか分からない。部屋の隅に腰を下ろし、気休めに垂れた布から覗く爛れを見つめる。その視線だけで少年は長い睫毛を上げた。きょとんとした顔で桔梗を捉えてから室内を見渡して起き上がる。
「え……?あれ、」
「気にしなくていい。今日はここで寝ていろ」
 枕は彼の傷によって汚れている。
「あ、あ、ごめんなさい……枕が、」
「手拭いを持ってくる。いい、ダーシャ。怖がるな」
「あ、あ、僕、わたくしが、自分で持ってきます……!」
 彼は逃げたかったのだろう。すばやく布団を出て行った。
 桔梗も混乱している。薬を哀れなダリアに塗ってからの記憶が抜け落ちている。寝てしまっていたのだろうか。ぼんやり考えながら待つ。ダリアが戻ってこない。もう少し待つがやはり遅い。彼女は腰を上げた。鈍い痛みがあるのは久々に外を歩いたからか。
「ダーシャ、どうした」
 干して畳んだばかりの手拭いの積まれたところでダリアが泣いている。手拭いを抱いて、顔を覆っている。傷口に触れそうな手を引き剥がす。
「どうした、ダーシャ。何故泣く」
 熱傷に涙は沁みるであろう。見ているだけで痛ましい。
「だって………ぼ、わたくしは、桔梗さまに迷惑をかけてばっかりで、失敗ばかりしているんです」
「迷惑をかけられた覚えはない。失敗も覚えがないよ。気にしなくていい。火傷が痛むだろう?集中力を欠くこともある。それはわたしの所為だ。お前の所為じゃない」
「でも……」
「気にするな。これでも、わたしもお前に済まないと思っているんだ。お前は自分の傷のことで精一杯でも仕方がないくらいなんだから。わたしのことは気にしなくていい。枕は明日洗濯に出す。今日は寝なさい。それが結局は何よりの薬だ」
 背丈は彼のほうがあるはずだ。それでいて妙に小柄な印象を受ける。彼のその頭に手を置いた。
「おやすみ」
 湯浴みは明日の朝になるだろう。どっと疲れてしまった。やはり久々に外を歩いたからだろうか。
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