18禁ヘテロ恋愛短編集「色逢い色華」-2

結局は俗物( ◠‿◠ )

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飾れ星屑 9話放置/濃いめの暴行・流血の描写あり/殺人鬼美少年/引きこもり美青年

飾れ星屑 1 ストーカーっぽい謎の美少年と顔を一部損傷した死んだ恋人の双子の兄に言い寄られる話。

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 花弁を散らす。散らす。散らす。ぷつ、と手応え。散らす。散らす。散らす。花序だけになったガーベラの残骸が床に叩き付けられる。黄色のスリッパがそれを踏みにじった。毟り取られた鮮やかなオレンジともレッドともいえない翅を散らかし、何の抵抗もできはしない。
 吃逆似た発作的な引き笑いは段々と昂っていく。花瓶に一輪、白いガーベラが遺る。たお やかな手に抜き取られ、淡いピンク色の唇が冷たい舌状花に口付け、甘くんだ。



 指先が戦慄いた。掌に爪を立て、青白くなっていく。凍えたように歯ががちがち鳴っている。
 恋人が死んでから1ヶ月も経たないうちに緋霧かすみは他の男とベッドの中にいた。塗り込まれた体温は上辺だけだ。芯は底冷えている。彼女の冷めていく裸体に筋張った腕が絡み付き、掛布団に引き摺り入れる。それは未確認生命体を題材にしたサイエンスホラー映画さながらの光景だった。
「逃がさない」
 ダウンケットの中には妖魔が潜んでいた。いやに青い朝に真っ白なシーツがよく目立つ。濃い陰に溶け込んだ人物が寒気のするほど美しい顔を醜く歪めて笑った。精巧すぎる蝋人形が嗤っているようだった。緋霧は恋人が生きていた時分からこの男が嫌いだった。恋人とは正反対の彼の双子の兄が気色悪くて仕方がなかった。
「もう俺のだ。鷹庄たかしょうさん……」
 恐ろしいベッドの軋みが始まった。
「俺の緋霧かすみ……俺もかすみって呼んでいいか?」
 一卵性双生児だと聞いているが、まるで似ていない。顔の作りは多少似ていたかも知れない。しかし表情の有無も種類もまるきり違った。一卵性双生児だと薄情げな唇が口にするまで忘れてしまうほどだ。
「いや………いや……………っ、!」
 ベッドは繭を作る。牡と牝が交尾をするためだけに、男と女が狂乱歓喜するためだけに蛹になる。




 特徴のあり過ぎる男だった。顔面に大きな傷がある。先天的なもののようにも思えたが、おそらく後天的なものだろう。顔の左半分、目元を巻き込んでケロイドが目立った。肉腫のように浅く立体感を持ち、醜くないといえば嘘になる。美しいとまで言えば嫌味だ。しかし無傷な右半分とケロイドに呑まれていない口元、鼻梁が端正であればあるほど、この小さな醜悪がストーリー性を匂わせ、むしろある種の美点となっていた。嗜虐心さえ刺激する。温厚げな表情、柔らかな空気感がさらにそれを助長する。鞭で引っ叩いてみたくもなれば、産毛一本一本に火を点けてみたくなる。そういう愛情表現を試みてみたい気を起こさせる相手だった。
 玄英げんえい廻冬みふゆはその人物の姿を見つけ、可憐な顔にこれまた可愛らしい笑みを浮かべた。駅前の歩道橋を降りてくるところだ。
 左顔面にケロイドのある美男子こと石蕗つわぶき静架しずかを惨たらしく殺害したのはこの廻冬だった。故意である。動機は単純だった。怨恨ではない。彼に対して詐欺を働いてその隠蔽をしたわけでもない。廻冬気に入りの"白いガーベラちゃん"の恋人だからだ。


 パッションフルーツみたいなオレンジともレッドともいえないガーベラを踏み躙り、廻冬は黄色のスリッパを持ち上げた。茎が折れ、濃いブラウンの芯が潰れている。
「へ、へ、へ………」
 廻冬はそれを興味深そうに見下ろし、満面に笑む。花瓶に遺された白い花に何度も接吻する。2人で残骸を眺めた。恋人と睦むように花を相手に頬を擦り寄せたり、花瓶ごと抱擁する。やがて彼はガーベラの骸を前に自慰をはじめた。脳裏には、ひとりの女の姿が張り付いている。毛先を緩くカールさせた、栗色の髪の女で、腰回りの細さの割りに胸がある。背は高くもないが小柄という感じもなかった。全体的に華奢な分、胸の大きさが強調される。暗い色のノースリーブのニットにタイトスカートがよく似合っていた。廻冬の一目惚れだった。醜さすらある顔面の男に腕を絡ませ、彼のそう目鼻立ちの悪くない顔には忌まわしいケロイドがあることも忘れてしまったように無邪気に微笑みかける、目以外のあらゆるパーツが小振りの、可愛らしい地味な女だった。
 廻冬はくちゃくちゃとペニスを扱いた。よく見るとなかなか縹緻きりょうのいいくせ、とにかく地味で、目立たなげな控えめで陰気な女が、グロテスクな様にされた男を相手に笑いかけるのだ。目の前にあるのが火傷痕であることも見えていないみたいだった。あの女はヘンタイに違いない。廻冬は彼女がケロイド男と手を繋ぐところ、腕を組み、頭を預ける仕草を思い出して熱心に陰茎を擦る。手筒が激しく上下する。怪物みたいなつらをした男を女は積極的に引っ張っていく。洒落た喫茶店、ファンシーな雑貨屋、レトロなレストラン、フォトグラフ映えするデートスポット。彼女は男を覗き込みながら嬉しそうに笑い、手を繋ぎ、ツーショットを撮り、デザートを分け合う。実験の失敗作みたいな男も女を好いていたようだが、それ以上に女が男を好いていたように思う。そういう彼女が、あの男の死骸を見たらどんな反応をするのか。横恋慕をしたことのある者ならば、誰もが必ず絶対的に持ち得てしまう興味のはずだ!
 焼け焦げた恋人を見た時の女の見開いた目、濡れた唇、おかしな体勢。射精欲が突き抜け、花の遺骸に粘液が飛ぶ。廻冬は余韻に浸った。あれが現実なのか、妄想の産物なのか、今はまだ深く考えたくはない。
「ぐふ、ふふふ、ぐふふ、ぁは、あははははは」
 吐精に汚れた性器もしまわぬまま、廻冬は腹を抱えて笑いはじめる。今日、いとしの彼女がおかしな男といるのを見た。火を点けて燃やした男と顔立ちのよく似た、廻冬よりはやや上、彼女と殺害した男と同年代くらいの美青年だ。しかしあの青白い顔にケロイドはなかった。上手いこと整っただけの顔には何の面白みもなかった。彼女も暗い顔をして、つまらない男に目を合わせもしていなかった。
「か……っかかかかか、」
 廻冬は喉を掻くように笑った。笑い転げた。水が己に降りかかり、床に広がるのも厭わず、花瓶ごと白いガーベラを抱き、フローリングに転げ回り、のたうち回る。そして何度もキスをする。怪物好きの好事家ヘンタイ女には綺麗な顔面のあの男が物足りないに違いなかった。
「へ、へへへ……!僕のかすみお姉ちゃん……!」
 花瓶の底部にまたもやerectionしたペニスを押し付けた。それは女性との交合を模していたのかも知れない。愛しい人の寂しさを埋めるのは、恋の奴隷の務めである。
 廻冬は白いガーベラの名を呼んでのたうち回り、やがて劣情が溢れて精失禁した。



 左目を巻き込み頬から耳にかけて赤黒い瘢痕のある男性の遺影の前で緋霧かすみは合掌していた。恋人の死をまだ理解できず、ぶるぶる震えている。秋が寝坊でもして冬が代わりに早番にでもなったみたいに夏が終わるとすぐに寒さがやってきた。昨年彼に贈ったマフラーの燃えかすが目蓋の裏に張り付いたまま固定されている。開ききった目は瞬くこともない。咀嚼に似ていた。味を感じずにいるには閉じなければよい。
 大きな地震の初期微動の如く彼女は戦慄いた。足音が近付いてくる。襖が開け放たれた。苦手な人物がやってくる。
 石蕗つわぶき叶奏かなで。彼女の大好きな静架の双子の兄だ。目が合っても黙ったままで、隣に腰を下ろし、彼の双子の弟に手を合わせる。石蕗家を訪れても口を開いたのは緋霧のほうで、彼は一言も喋らなかった。寡黙を通り越し、無口で無表情、愛想もないこの男に嫌われているらしい。緋霧のほうでも思い当たる節があった。この双子は近所や通う先々で美男子兄弟と謳われている。それに比べ、派手さはなく、地味で、目立つことに臆し、男女から囲まれるようなこともない自分が到底付き合えるような相手ではなかったと、彼女はこのように分析している。静架とは、中学からの知り合いだった。彼の顔面左半分にある傷は塩酸によるものだ。全面的な損傷と失明は免れたけれど傷は完治しなかった。ただ塞がっただけだ。寒くなる日の前は少し痛がった。梅雨前と夏の終わりは特に恋人を放っておけなかった。外に出たがらなくなった彼の前で背伸びをした。明るく振る舞う。性分に合わないことをした。
 遺影をぼんやりと見ていた。印刷物と視線がかち合ったような気がして、そのようなことが起こるはずもなく、緋霧は目を伏せた。
「帰ります。お邪魔しました」
 玄関先で見送るような男ではない。軽やかに立ち上がった瞬間に手を取られ、引き寄せられる。万事万端とわんばかりの艶のある色白い肌と、化粧要らずの顔面が近付く。緋霧はそれを事故か何かと思ってしまった。自分がつまずいたものだと咄嗟に思った。そしてそれを支えようとしたが、上手くいかなかったのだと。
 床に、恋人の双子の兄を敷いてしまった。恋人の双子の兄といっても、静架とは同い年で、誕生日からいうと緋霧のほうが早かった。
「鷹庄さん……」
 冷ややかそうな幅の狭い二重目蓋の下で濃く長い睫毛が眇められ、そこにはガラス玉みたいなのが嵌まっている。
「ご、めんなさい。わたし……っ」
 慌てて立ち上がろうとしたが、腕をがっちりと鷲掴みにされている。無表情以外に見たことのない美しさを通り越して不気味な顔面が、口裂け女みたいに歪んだ。表情に慣れていない顔は笑みによって皺を作るとなかなか消えない。
「ごめんなさい、石蕗くん。ごめんね、わたしったら……」
 何も見なかったふりをして緋霧はもう一度起き上がろうとする。
「鷹庄さん…………これからは、俺が守る」
 さらに引き寄せられ、硬い肉に沈んだ。恋人の胸よりも質量感がある。
「ご、ごめん。重いよね。今退くから、」
「俺がこれから、鷹庄さんの恋人かれしになる」
「石蕗くん………?」
静架おとうとみたいに呼んでくれ」
 噛み合わない会話に戸惑った。不気味な美貌を見下ろし、掴まれた腕を引こうとするが、放されることはない。
「呼んでくれ。今日から俺が、鷹庄さんの恋人だよ?」
 違う、という言葉が出なかった。ただ横に首を振る。いくら双子でその面構えが似たり寄ったりでも、恋人とその兄を同一視したこともなければ、代わりにしようなどと思ったこともなく、また考えを改めようとしたところで面立ちが似ていようとも空気感も雰囲気も喋り方すら違っているのでは、まったく他人、あかの他人のほうがまだ恋人の面影を探し出せる。
「あ……、あ、…………」
 薄ら寒い。確かに夏が終わってから急激に冷え込んだ。かと思えば気温が上がり、また急下降。しかし温気うんきの問題ではない。蝋人形みたいな男が恐ろしい。口裂け女を都市伝説でしか知らないが、実際にいたら性別こそ違うが、このように笑い、このような雰囲気に違いない。蝋でできているくせに、この男は荒く熱っぽい息を吐いた。蚰蜒げじヽの脚を重ねたような長く濃い睫毛に翳ることなくガラス玉みたいなのが爛々と照っていた。粘こい光は眠そうでもある。
「そろそろ、帰りますから………」
 腕を引けどもやはり放されない。それどころか腰に手を回され、緋霧は抱き寄せられてしまう。
「あっ」
 視界も反転する。天井がぼやけ鼻先に恋人の双子の兄がいた。逆光している。
喉をからからと鳴らし、彼は長い息を吐く。そして彼にとっての双子の弟の恋人に触れた。
「ああ……………鷹庄さん………………やっと、触われた」
 彼はふふふ、と妖美な貌を歪ませる。緋霧はぶるぶると震えた。雪女みたいだ。
「柔らかいな。餅みたいだ。少しさらさらしているな。マシュマロ…………女はみんなそうなのか?鷹庄さん………の肌………………綺麗だ」
 美貌に色白の男がこう言っている。嫌味に違いない。しかしこの男の蝋みたいな皮膚には餅やマシュマロを持ち出せるほどの張りはなかった。緋霧にしてみれば、恋人の爛れていくらぶよついていた瘢痕のほうが愛嬌がある。
「鷹庄さん……………」
「か、帰ります、」
「帰らなくていい。うちに住めばいいだろう?」
「帰ります………帰りますから、」
 離れようとする。恋人の存命中も上面だけは好くしていた。しかしやはり気味が悪い。顔立ちの好さなどは、人並みに垢抜けたところがあって初めて美点となる。この男はそうではない。人語を解する蝋人形だ。
「放してください、帰ります……!」
 叶奏はゆるゆると相手に分からせるように首を横に振る。
「俺と暮らそう。俺が代わりに、鷹庄さんの夫になる。君を遺してさっさと死んだ弟に代わって…………」
 にんまりと彼は笑っている。あまりにも恐ろしい形相だった。緋霧の手指はかじかんで、彼女は身を縮めた。
「寒いのか?」
「帰ります…………」
「鷹庄さん」
「帰ります。全部、忘れますから…………」
 双子の弟を失い、この蝋製の人物も気がおかしくなっているに違いない。忘れることはできずとも、形式的に無かったことにはできる。緋霧は叶奏の目を見る。しかしそこにあるのは彼女の期待したものとは違った。
「本気だ。俺の妻になってくれ…………俺の妻にする!」
 彼は突然怒鳴りはじめた。白魚と言わず鱈の切り身みたいな指が猛禽の如く鋭くなり、緋霧を襲った。私服の黒いブラウスのボタンが弾け飛ぶ。今日は何か法事としての用があったわけではない。
「いや……!」
 ブラジャーとキャミソールの上から白い手が胸を触る。
「柔らかい………」
 石膏像みたいな顔面がまた歪んでいる。眉を寄せ、悩ましげに女の乳を揉んでいる。
「鷹庄さん……」
 奇々怪々とした男の薄く筋張った手を剥がし、緋霧はその手から逃れる。ハンドバッグを振り回し、遺影の置かれた間を飛び出した。するとリビングにぶつかる。4人掛けのダイニングテーブルに両手をついた。
「逃がさない」
 立ち姿のまま後ろから抱き竦められ、それはまるで仲の良い男女のようだった。自らがネックレスにでもなると言わんばかりに首を囲い胸元で両手を重ねている。
「どうして………」
 それは迷惑な気遣いであるかも知れない。双子であるゆえに、ある程度似通っているところは否めない。恋人がいる様子のない彼なりに、死んだ弟の役目を引き継ごうと下手な気を回しているのだ。そうでなければ頭がおかしくなったか、取り憑かれたのであろうけれど、緋霧の知る静架はこのような奇行に走ったりはしなかった。
「好きだから」
 落雷だった。視界が閃く。一瞬にして背骨を粉砕された。それくらいの衝撃だった。
「う、そ………」
「嘘なものか。弟が貴方を連れてきたときから、一目惚れだった」
「嘘……嘘!」
「本当だ」
 あまりにも見え透いた嘘を頑なに張っているのが滑稽だ。この男から好意を感じたことは一度もない。恋人に菓子を作ったときでさえ口にしなかった。むしろ、他人の作ったものをよく食えると弟を嘲っていたようにも思う。そして、手作りは重いと、ありがたい、ご高尚な忠告までいただいている。果たしてこれが好意であろうか。
「変な冗談はやめて!放して……」
「いい匂いがするな?やっと俺の恋人モノになる」
 喪服を彷彿とさせる丈の長く黒いレイヤードスカートの裾が捲られていく。
「いや……っ」
「弟とそう変わらないだろう?」
 ぶるぶると首を横に振る。大きく違う。腿を裏から掴む手を止めようとするけど、恋人の双子の兄が構う様子はなかった。そのまま彼女の日の当たららない箇所を撫で上げていく。
「暫くのうちは、弟だとでも思えばいい。鷹庄さん……」
「そんなの………できるわけない」
「何故」
「なんでって…………貴方はしずちゃんじゃないもの………」
 耳元に吐息が触れたのも束の間、耳殻に厭悪感を催す弾力が当たる。
「素敵だ……………どっちでもいいとは言わないんだな?けれど悔しい。俺と弟にはそれほどの違いがあるのか。俺では埋められない?」
「埋めるってなに…………あたししずちゃんのこと、そんなふうに、考えてない。埋めるとか、埋めないとか、そんな存在じゃなかった」
「悔しい……!悔しくて、悔しくて、なのに、鷹庄さん……………鷹庄さん!」
 彼は力尽くで緋霧を押し倒した。緋霧はヒグマに出会でくわしたことはないが、本物のヒグマに襲われたことのない彼女には、ヒグマを連想するにはこれが精一杯だった。ボタンが弾け飛んだままのブラウスは襤褸切れにされ、スカートもゴミ袋をひっくり返したように翻り皺まみれになった。首を噛まれる。
「鷹庄さん……!鷹庄さん!」
 食い殺されそうだった。押し退けても押し退けても彼はそれ以上の力で緋霧を押さえつけた。キャミソールの首元を掴まれ、現れた素肌に顔を埋める。痛覚が働くほどに吸われ、鬱血した。ひとつでは済まさないらしい。点々と花弁のような痕をつけられていく。
「いや……っ」
 脚の間、彼の双子の弟にしか許さなかった秘路へ指が侵入した。あまりにも性急で、あまりにも乱暴だった。
「い、痛い!」
 乾いた粘膜を乾いた冷たい指が突き刺し、膣を苛む。ぼこりと浮いた関節は双子でよく似ていたが、心持ちも動き方も力加減も違う。躊躇いも気遣いもない。
「鷹庄さん………!」
 視界にひびが入っていくような時間が通り過ぎていく。被さる男の顔に、何度も撫でつけて癖になるぶよぶよとしたケロイドはない。質感の異なる境目を親指の腹で往復するのが好きだった。皮膚の元どおりにならず、擽ったがるのが楽しみだった。
 引き裂かれる痛みと灼熱をぶち込まれ、視界は上下に揺さぶられた。汗が降り、唾液を塗りたくられ、息遣いを浴びる。鼻から抜けるような喘ぎに寒気がした。甘い声が掠れ、全身が粟立つ。びゅく、と腹の中で暴力的な精排泄を感じた。
「い…………や、」
「鷹庄さんの中にいる………」
 意識を現実に引き摺り出され、恋人への裏切りをまざまざと見せつけられる。臓物を掻き回されているのだ。ケロイドのない似たような顔、恋人の贋作に強い眼が真上から射さる。フローリングに固定されたまま短い範囲を上下に弾む。体内に恋人の偽物が入り込んでしまった。あまりのおぞましさに絶叫した。
「隣近所に通報されてもいいのか」
 彼は平然と訊ねた。叫ぶ口を塞ぐこともしなければ、焦りの色もない。ただ首を傾げた。まるで通報されても自分は構わないという態度である。悠々とした仕草でスマートフォンを操作し、緋霧はその背面にあるレンズと目が合った。
「家族には内緒だ」
 この一言はおそらく脅迫だった。恋人との婚約の際に石蕗家には会ったことがある。この男は同席しなかった。そのことをふと思い出したのは彼女だけではなかっただろう。目を見開いたその反応に、口裂け女の笑みが戻る。
「あ……」
 反射的に起き上がり、鱈の切り身のごとき指の絡みつくスマートフォンへ手を伸ばす。
「かすみ」
 伸ばした手にドライアイスみたいなのが重なった。びくりと肩が震えた彼女に口裂け女を飼う唇が近付く。そして接触。淡いリップカラーを塗った唇を吸われていく。甘いゼリーでも啜るようだった。
「今日から俺のかすみだ」
「いや……、いや!」
 彼女はぎらぎらと笑う白い頬を張り、一目散に駆け出した。ボタンの飛んだブラウスの前を掻き合わせ、捲れ上がった皺くちゃのスカートを適当に垂らし、パンプスに爪先を引っ掛けた。腹の中から滴り落ちる嫌悪感に涙ぐみ、急ぎに急ぐ。目玉の奥が熱く沁み、視界はぼやけた。
 歩道橋を駆け上がる。どん、と肩が質量感のあるものにぶつかった。
「わぁ、!」
 子供みたいな声がした。律儀な性格が緋霧をそこに引き留める。
「ごめんなさい……」
 さらさらとした髪が肌触りの良い布が擦れるような音をたたて風に靡いた。長く上に反った睫毛が大きくなり、くりくりとした大きな目はよく煮た蜜栗を思わせる。風車みたいに咲いた、朱色のガーベラを一輪握っている様が、どこか慌ただしい世間から外れた白痴的な無邪気さを醸し出し、独特の時間の流れを感じさせる。不思議なのはその方のくせ、不思議そうな顔を向けられていた。
「僕のほうこそ、ごめんなさい」
 彼はにこりと笑った。涙袋が何か眩しがっているようだ。1人にしておくのが不安になるほど線の細い嫋やかな、真珠が受肉したような美少年に、いくらか歪みつつあった日常が、また反対方向に捻れていく感じだった。乾涸びた唇と目元に柔らかな風が吹いていく。空が高い。
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