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怪盗キッスとストロベリー 不定期/弟持ちヒロイン/大学生/女装美少年/軟派美青年/気紛れ美男子/etc…
怪盗キッスとストロベリー 2
しおりを挟む甘苦い匂いから目が覚めると、緋鯉の視界は塞がれていた。失明したものかと彼女は内心、そして一瞬大きく焦った途端に、自身のあらゆる違和感にどれから反応していいか分からず、ただびくりと身体を震わせるだけだった。視覚は布を被っているらしくちりちりと小さな薄明かりが透けて見えるが、そもそも布の奥がそう明るくないらしい。口には大きな飴玉サイズの球体を咥えさせられていた。頬には左右とも平たいゴムのベルトが伸びている。感触がある。秋冬春に愛用しているマスクよりもきつく、また圧迫も局所的である。さらに彼女を黙らせたのは両腕の不自由ぶりだった。頭の中で手首を縛られ、固定されているから腋を晒している。それでいて脚は自由だった。寝相が良くなかったときのように腿から爪先まで強い電流が走ったように痺れる。その感覚で閃きが起こった。
彼女は記憶を辿る。一神夫妻の妻と会ったのだ―
「目が覚めたかな」
しっとりとした麗しい声が耳元で聞こえた。囁きだったが、おそらく男だ。耳殻に吐息が当たり、緋鯉はぴくんと震える。
「スイーツビュッフェに行ってきたのだけれど、なかなか美味しそうなものには巡り会えなくてね。これは僕の好みの問題だから、君のオーナーさんに対する文句ではないよ」
緋鯉はまたぴくりと動いた。頭上で金属の軋む音がした。
「オーナーご厚意のスイーツビュッフェということは、君を食べてもいいということだよね」
優しい喋り方で、上品な感じがある。身動きを取ろうとするとひとつに纏められた両手がついてこない。金属が軋る。固い床に寝ているようだが、薄い布を隔てているらしい。張られているわけではなく、肌の動きに伴って皺を作っている。
「これは極上のスイーツだな」
皮膚に触れる空気の流れが変わった気がした。胸の辺りがむず痒くなる。柔らかなもので撫でられるようだった。
彼女はパーティー用と思しき大きなテーブルとクロスの上に寝かされていた。衣一枚纏っていない身体中にパステルカラークリームやカットフルーツが乗せられている。乳房と陰部には特に念入りなデコレーションと盛り付けがされている。その周りを長い金髪を後ろで束ねた男が練り歩く。身を縮める女に口元を寄せたり離したりして柔和に微笑している。彼は一神氏だ。
一神氏は緋鯉の胸の膨らみに巻貝のような塔を作るパステルクリームを舐め上げた。紅い舌先が可愛らしい半固体の中に埋もれた小実を転がす。
「ぅ……んっ」
穴の空いたボールの奥で彼女は曇った声を漏らす。
「美味しいね。器がいいと、味まで好くなるのかな」
一神氏は舌先を引っ込めくすりと笑うと、まだ肌に残るパステルカラーのクリームを舐め取っていく。だがその目的は、果たして本当にクリームをすべて舐め拭うことにあったのだろうか。尖らせた舌はなかなか舐め取れない薄紅の実に執着する。散々その突起は左見右見させられ、上を向かされ下を向かされる。
「ぅ……ふ、………く………」
轡の穴から空気が抜け、声が漏れた。片方の膨らみばかり舐め舐られると、もう片方の胸もじんわり滲むような痺れが微かに広がった。それは膝に感じた痺れとは違う。どこか甘く、理性を試すような陶酔の類いだ。
「これは美味しそうなクランベリーだな。早速いただくとしよう」
べとついた皮膚の上を彼の吐いた息が通り抜け、緋鯉は背筋を反らしかける。しかし次には軽く歯を立てられた。強くはないがそれでも確かな快感が脳を突き抜ける。
「は……ぅ、」
「甘いな。とても素敵なスイーツだ。まだ物足りないよ」
彼は口を離し、形の良い長い指が唾液に照る"美味しそうなクランベリー"を摘んだ。収穫する様子はない。品質を確かめるように小さなそこを器用に揉みしだき擂りはじめた。
「もうひとつ、いただこうかな?」
「ぁ、ふ………」
ふすぅ、ふすぅとボールギャグの通気孔が鳴る。
「うぅ……」
もう片方のクリームは猫が水を飲むようで、クリーム全体を食らうようなことはない。しかし緋鯉にしてみれば、そこに気配が留まりながら何の刺激もないのである。多少クリームの溶けていく感触はあったかも知れない。一神氏は焦らしているのかゆっくりと肌へ近付く。その間も、すでに飾り付けを取られた"美味しそうなクランベリー"は収穫され続け、彼女の腰が揺れるのをシーツの波紋は詳らかに語る。
一神氏はそれこそ乳を飲む嬰児の如くクリームを柔らかく食み、泡の中で伸ばした舌が緋鯉の小苺を突つく。左右のよく熟れた箇所を捉えられ脳が緩やかに蕩ける。
「ぅ、う………」
「美味しいな。最高のスイーツだよ」
緋鯉の肢体から力が抜けると、一神氏は見守るような優しい笑みを向けた。クリームのタワーを失った突起を捏ねる指先も決して彼女に痛みは与えなかった。絶妙な加減で悦びだけが選び取られ、緋鯉を微睡みに似た浮遊感に浸していく。
「君も美味しいのかな。少し腰が揺れているね」
ふふふ、と笑みを溢して一神氏は両の膨らみを放した。緋鯉の身体はまるで彼の肌を追うように波打つ。その様は優しく、しかしただ甘たれているだけではない、的確な厳しさを持つ指遣いを乞うているふうにも見えた。
「これは夢だよ、緋鯉ちゃん。甘美な、夢だ。キモチノイイ夢だから、すべて忘れてしまおう?」
一神氏は不敵な微笑を絶やさぬまま緋鯉の耳元で囁いた。そして故意的に息を吹きかけ、耳珠の触れるか触れないかというところに舌を這わせる。
「ふ、………ぅ、ん」
「耳珠、開発したら、耳珠だけでイきそうだけど、どうするんだい?」
すでに一神氏へ身を委ねていたが、この囁きと蒸れた愛撫でさらに男へ身を渡してしまう。
「イきたいよね。ゆっくり深くキモチヨクなろう。かわいいね。怖くないよ。とても、キモチノイイことだけだ」
ふふふ、とまた優雅に笑うと氏は緋鯉から轡を外した。口が自由になろうとも彼女が言葉を発するところはない。まるで睡眠中だ。ボールで開かされていた唇はそのまま開いたままで、唾液が溢れていくのが不穏な印象だった。一神氏は彼女の口元の雨漏りみたいなのを拭うと、怪しげな意匠の栓がされた小瓶を取り出して一気に呷る。とろみのついた葡萄ジュースを思わせる色味が消えていく。しかし嚥下する前にその口で緋鯉の唇を塞いでしまった。彼女の後頭部には手が添えられ、わずかに角度をつけられる。口に含んだ者がそのまま飲むわけではなかった。代わりにクリームやフルーツを纏った全裸の女が飲んでいく。
薬品染みて苦みを帯びた甘さと人工的なグレープの風味が緋鯉の鼻を通り抜け、口腔に残った。残ったのはそれだけでなく、一神氏の舌が何か紛失物を探しているかの如く彼女の中を荒らし回り、漁っていく。
「ふ………ぁ、…………」
態度、笑み、愛撫は穏やかだが舌遣いにはギャップがあった。寝静まっている彼女の舌を叩き起こすつもりなのか絡まっては払っていく。舌同士の質感が擦れ合い、押し合い圧し合い縺れ合う。
「ぁふ……、んぁ」
呼吸を奪っていく口付けに無意識ながら緋鯉は侵入者を拒もうとして、金属ががち、と鳴った。渦巻くような意識がさらに沈んでいくようでいて快い感覚は研ぎ澄まされていく。素肌に乗せられたクリームや果物が傷みそうなほど彼女は火照っていた。それを濡れた粘膜から敏く感じ取ったのか、氏は深過ぎるほどの接吻を解いた。シロップをひっくり返したように互いに口唇を潤わせ、蜜柱が柔らかく長さを伸ばすがやがて呆気なく切れた。
「熱くなってきちゃったかな?涼しくしてあげる。バニラとピスタチオとフランボワーズ、マーブルキャラメルもあるね。どれがいい?」
緋鯉はぽんやりと口を半開きにして答えない。長い指が彼女の顔に張り付く毛先を除けた。
「フランボワーズがいいね。そういう気分だよ」
一神氏はアイスクリームディッシャーで強いピンク色のシャーベットを掬うと緋鯉の臍の上に置いた。呼吸のたびに不安定で、どちらかに転がりそうだ。
「ぁっ……」
振り落とさんばかりに暴れかける。そんな彼女の腿を摩って一神氏は宥めにかかった。
「冷たいね。女の子の身体は冷やしたらいけないよ。でも、君自身は熱くなってきたよね?」
地肌に盛り付けられたシャーベットは結露し、接した場所は溶けはじめている。
「あ………あ、……、」
氏は小振りなスプーンを握って、本当にデザートを愉しむようにシャーベットを食べ始めた。薄く焼かれたクッキーに添えて自身で食らったり、紅い氷菓球を削って皿にされた女に食わせたりする。些細な動きに彼女は両膝や爪先で摩擦を生む。
「ここのオーナーはとんだ美食家だな。もう他のものは食べられなくなりそうだ。君も、このキモチノイイ夢に夢中になったらイけないよ。スベテハ虚構だから。いいね?」
彼はシャーベットを舐めながら緋鯉の首に持参のペンダントを翳した。それは珊瑚細工らしく、ピンクともオレンジともいえない色味で花が彫ってある。形からするとダリアの花かも知れない。金色の金具を挟んで黒いベルベットのベルトが艶かしい。
「嘘のお土産だよ」
翳して満足したかと思いきや一神氏はこの首飾りを緋鯉の首に巻いてしまった。
目隠しと汗ばんで乱れた髪、朦朧と開いた唇、そして素肌に佇む珊瑚のペンダント。一神氏は退廃的で倒錯的な匂いも否めない女を肴にフランボワーズのシャーベットを平らげる。スプーンの裏の丸みが彼女の皮膚を撫でもすれば、微かな縁が溶けたピンクの液体を集めもした。
「君に生ったクランベリーも素敵だよ」
シャーベットの最後の一口を放り、氏はアイスディッシャーを手に取った。小振りで洒落た形状のスプーンを咥えているのが行儀の悪そうで、この男にかかるとむしろひとつのポージングのようでもある。彼は先程は選ばれなかったキャラメルマーブルとバニラをそれぞれ掬い取ってすでにカットフルーツでモザイクアートのようになった薄いアンダーヘアの上に盛り付ける。ぶるる、と彼女の肉体が震えた。
「は、…………ぁう………っ」
「冷やしたらいけないね。けれど君、そろそろ熱くなってくる頃だろうし、いいよね?」
パーティー用の大きなテーブルがぎしりと鳴く。一神氏の六尺はあろう身体が飛び乗っての驚嘆だった。彼は緋鯉の腿を両脇にして、彼女の秘部を越えアイスとフルーツを直接、スプーンもフォークも箸すらも通さず食べはじめた。犬食いで、彼女の茂みやその周りの柔肌を冷やされた舌が舐め摩る。
「ここにもなんだか、美味しそうな実があるね?」
パイナップルを食み、パパイヤを食み、キューブ状の柔らかな水晶はおそらくナタデココだ。一神氏は下腹部を食い荒らすと女の果実そのものに向かっていった。敏感な箇所に吐息と生々しい体温を覚り緋鯉の肉体が竦然とした。しかし直接そこには触れない。
「怖がらないで。痛いことも苦しいこともない。これは幻覚で、とてもキモチノイイことなのだから」
一神氏は緋鯉の腿に頬を寄せ、その柔らかくどこよりも滑らかな内側の肉を愉しんでいる。ときには唇を押し当て、浅く吸いもした。
「ぅ………」
「くすぐったいね。そのうちぜんぶキモチヨクなる。ぜんぶ、ぜぇんぶ……」
まだ視界の自由は許されていない緋鯉の顔を見つめ、氏は舌をべろりと出してアイスを舐める。相変わらずその目付きも声音も優しい。
「そろそろ君を食べてもいいかな」
長い指が肉房を割り開く。熟れた果肉が男の眼前に晒され、外気に触れただけで緋鯉の息は切なく掠れた。
「ぁ、」
彼女の身体がまた一度ぴくんと大きく揺らめいた。一神氏はその反応に気を好くする。
「触ってないのにそんな反応をして……舐めたりなんかしたら、君はどうなってしまうんだい?」
呆れたような口調はわざとらしく、氏は嬉々としている。今の言葉は宣言に等しく、彼は悪戯を仕組んだように女の敏感な部位を舌先で転がす。
「あっ!」
がちがちと彼女の両手首に嵌まる銀輪とその鎖、小型の鉄柱が軋んだ。身をのたうたせ、テーブルも鳴った。衣擦れも起こる。
「試食ばかりじゃ、君のご主人様に怒られてしまうかな?」
同じ場所を唇で甘く食まれる。小さな珠を転がされているような感触がある。
「ぁ……っう、」
微細な動きを感知される距離だった。秘肉の収縮も一神氏には伝わってしまっていることだろう。
「キモチイイね、ここは。奥は?ご主人様以外には触らせないのかな。……………僕の―秀妻のバター犬くんにも?顔見知りみたいだったけれども?あの薄ぼんやり君がなかなか君には好い反応をするから、飼主家族としては、少し妬けるよ」
氏は少し乾いた唇を一舐めして湿らせた。緋鯉の潤部に顔を埋めようとして何か言いたいことを思い出したらしく急に首を引いた。
「カレシくんとか、いないだろうね。いたとしてもこれは錯覚だから。悪く思ったらいけないよ。自分のことも」
そう言って一神氏は口淫舌戯唇撫に勤しむ。
「あっ、あっ!」
アイスが溶け、彼女の肌を滴り落ちていく。時にはカットフルーツを押し流しもした。一神氏はそれに気付くと液状化したアイスやそれに浸った果肉、緋鯉の肌、粘膜を吸った。
「キモチイイね?キモチヨくて、堪らないね……」
催眠ではない、錯覚ではないとばかりに彼は緋鯉の果汁を啜る。じゅる、じゅる、じゅじゅじゅ……と音を立てた。
「ぁっ……ん、ん!」
傷を舐める獣の舌遣いに似ていた。慰められた緋鯉の秘所は嗚咽するように収斂する踵はシーツを蹴り、そこだけ皺が伸びていく。やがて彼女は腰を浮かせた。足先がシーツの繊維が伸びてしまうほど張っていた。一神氏の口の中の器官が蜜膜を貫いた。
「や、ぁんんっ!」
浮いた腰がぶるぶると小刻みに戦慄く。男を挟む膝頭もシーツを張る爪先もそうだった。ぷし、と霧吹きされたような水気が股ぐらに頭を沈めた男にかかる。
「ぁ、は………っん、」
「暫くご主人様は遊んでくれなかったのかな」
一神氏の口元には雫群が付着し、唇には淫猥な照りがある。彼はそれに満足した様子を示して拭う。
「緋鯉ちゃん」
視覚をほとんど塞がれた緋鯉の耳に氏の唇が寄せられる。
「想像して。これからどんなキモチヨさがクるのか。自分がどんな風に乱れちゃうのか。恥ずかしがることはないよ。これは虚構なのだから」
長い指が彼女の目隠しを解く。どこでもないところを虚ろに凝らしている潤んだ目が現れた。意識があるのかないのかも分からない。
「君はイイ子だから、もうイこうね」
「あっ………」
蕩けるような穏やかな美声と耳珠を責める舌先、耳裏に引っ掛けられた唇。それらを受けて緋鯉の両胸の先はつんと上を向いて勃っていた。
「乳首の相手もしてあげなきゃいけないね」
艶出しの塗られたらしき爪を乗せた指が同時にキュッと彼女の凝り二点を摘んだ。
「ゃっ、あんっ!」
吃驚したか、突沸的な快楽を得たかして彼女は胸元まで身体を浮かせた。一神氏はただ不敵に笑い、口を閉じる気力もない唇を吸った。
「甘いね」
キスをしながら彼は細かく緋鯉の両胸を捏ねた。
「ぁっあっ……んぅ…………」
互いの口腔に舌が架かる。口角と二枚の舌の狭間から唾液がとろとろと滴り落ちていく。
「ふ………ぁ、んっ、んんっ……………ンく、」
凍えたように震えて緋鯉は緩やかに、しかし深く睡魔に似た悦びに透けていくようだった。勢いのないエクスタシーは肉体的な快楽というよりも不穏な幸福感に近い。
「……僕も我慢できなくなってきてしまったよ」
妖しく光る蜜紐を自ら千切って彼はいくらか余裕のない微笑を見せる。冷ややかな態度でありながら確かに一神氏の脚と脚の間には張り詰めた影があった。
彼の手は口でしか愛撫しなかった秘園に伸ばされる。細くもしっかりした指が陰溝に割り入り、蜜を溜めた窪みに進んでいく。
「は、ぁ………あぅ……」
「痛くはないと思うけれど、痛いかな。少しきついようだからね。しっかり慣らそうか。キズモノには……………」
一神氏の指は緋鯉の狭肉の機嫌を窺いながら侵入していたが、停止したかと思うと、この部屋の扉を鋭く睨んだ。両開きのドアの片方だけが徐ろに動いた。
「挿れたらイケナイのかな」
入ってきた人物の反応を見て、一神氏は微苦笑した。
「こんなに昂っておいて……」
ぐちゅぐちゅ、と緋鯉の潤肉が掻き混ぜられた。入室者に見せつけるようでもある。
「あっ、あっ、あっあん!」
「挿れたらダメなんだって。だから指だけでキモチヨくなってね」
指の侵攻は再開し、数も増える。
「やっ、やっあ、ぁんっ」
薄く汗を滲ませて腰を上げ、膝を開いていく女の様相に一神氏はくくく、と今度は邪悪なところのある笑みを浮かべた。彼の指が出入りするたびに緋鯉の隘路は繁吹いた。
「あ、あ、あ、ああああっん!」
「今になって媚薬が効いてきたのかい?大変だね」
「や、あっああああ、!変なの、クる、………!」
緋鯉は自由にならない腕を動かした。淫靡な水音に鈍い金属音が加わる。響き方からいうと部屋はそう広くはないようだ。
「指だけで、絶頂までキモチヨくなろうね」
感じてしまうスポットを的確に撫で突かれ、緋鯉は腰をかくかく震わせた。膝は開き、快感を受け取ることに躊躇いはない。
「あ、あ、あ、あああ、やぁんッ」
「イって」
一神氏の声が柔らかなものから威圧的な低さに変わる。氏の指が彼女の中を抉ると、応えるように液体が噴く。緋鯉の下肢は痙攣を起こし、ぴしゃしゃっ、と水が撥ねた。
「緋鯉ちゃんの快感ジュースが出ちゃったね」
笑いながらもまだ彼は指淫する。びゅ、びゅ、と透明な液体がシーツの色を変えた。
「だめ、だめ、だめ………っぁ、ぁひ、」
見ているだけで哀れなほどに膝を揺らし、それでいて緋鯉の肉蜜甕はしとどに濡れた男の二指を食い締めた。徐々に抽送が治まっても緋鯉の淫唇は氏の指を咀嚼し舐めしゃぶるのをやめず、咥えようと必死だった。
「かわいい……挿入までしたかったな」
彼は最後とばかりに緋鯉の弱いところを撫でた。
「ぁひ、んっ」
「緋鯉ちゃん。これは嘘だよ?だから現実で会おうね」
ぴく、ぴく、と刺身にされたばかりの魚みたいに彼女の肉体はところどころ引き攣った。それでいて意識はすでに無いようだった。
「おやすみ、緋鯉―なんて、ご主人様が怒るかな。それとも怒るのはあのバター犬くんかな」
緋鯉の果汁に濡れた手を舐め上げ、氏は満足そうだった。弛緩した肢体を眺め、それから金具を外した。
「すべては、一瞬の夢だよ」
気を失った全裸に珊瑚細工のペンダントの女を抱き上げ、その額に唇を落とす。
肩がぴく、と跳ねて緋鯉は目を覚ました。石鹸の柔らかな香りに包まれているが、石鹸そのものの香りではなく、あくまで再現された匂いだった。そこには別の要素の匂いも混ざっている。そしてそれは洗剤だけではなく、他人の家庭の匂いだとか。
消灯された暗い部屋かと思いきや、緋鯉は手が届きそうなほどの距離にある頭上から光が漏れているのを見つけた。水平線のように直線上だった。起き上がる。彼女はバンダチに似た横長で上蓋の収納家具の中に寝ていた。黒いフード付きのスウェットシャツとデニムジャケットを着て、下半身はボンディングパンツを1枚だけ履いているところにこの船の刺繍が入った厚手のバスタオルをパレオ代わりに巻いていた。
彼女はふいと自分のいる場所を見る。月明かりだけを頼りにした部屋で、すでに夜であることを知る。そういう中に炙り出される人影が振り返った。目の前に立っている。第一印象は蝙蝠だった。マントを羽織っている。胸元のストライプのリボンとグリーンのウェストコート、異国の祭りを思わせる仮面がそこに認められた。艶やかな黒髪に月の輪を携えている。
「誰……?」
自分はここで何をしているのか、もう夜なのか、その他さまざまに疑問が浮かんだけれども、まずは視界に入った奇妙な人物を誰何してしまう。それは勝手に口をついて出ていた。
「助けてって言ったよね」
この声を知っていた。布を放り投げられ、広げてみると濃いピンク色のロングスカートだった。この船に持ち込んだ緋鯉の私服のひとつだ。何故それがここにあるのか、また新たな疑問が追加される。
「迎えに来るから待ってて」
彼はまだ家具の中に入っている緋鯉の前に屈んで目線を合わせた。白い手袋が彼女の首に添わる。
「あとこれは貰っていく」
緋鯉には何がなんだか分からなかった。鎖骨のあたりで珍奇な風采の知らないわけではない人物は何か掴んでいる。簡単に引っ張り、彼女は首が軽くなるのを感じた。離れた白い手袋にはゴールドの金具と黒いビロード生地のベルトが垂れた。
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