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蜜花イけ贄 不定期更新/和風/蛇姦/ケモ耳男/男喘ぎ/その他未定につき地雷注意
蜜花イけ贄 1 ある咎を背負い領主の息子に良いように遣いに出される女の話。
しおりを挟む駕籠に乗せられ桔梗は運ばれていく。20になってそう長くない年頃の女である。華美な緞子を身に纏い、何かの催し物がある様子だ。威鳴狐狗狸神社の長い石段を2人組の若い駕籠舁きが登っていく。その後ろをちろちろと粗末な身形の少年が追う。歳の頃は10代半ばか後半であろう。
古びた社の前で駕籠が落ち着く。桔梗は垂れを捲り上げた。
「ご苦労様でございます」
一度若い駕籠舁きたちは今登ってきたばかりの石段を降りていった。
桔梗はやっと彼女に追い付いた粗末な身形の少年には一瞥もくれず、裾に気を付けながら社の中に入っていく。
「桔梗さま……」
薄汚れて草臥れた着物の少年は裸足だった。踝と腱に濃い影が落ちる。呼び止められるも無視され、彼も社に足を踏み入れる。中には何も置かれていなかった。ただ空間になっている。掃除はされている様子だった。桔梗は真ん中で正座する。
威鳴狐狗狸はこの地を守る獣の神であるらしかった。その生贄になるというのが彼女の役割である。領主がそう決めたのだ。ある理由から。彼女はある罪があって、その任を拒むことができなかった。
少年は狼狽えながらも桔梗に倣い社の隅で同じように座った。彼は煌めく刺繍の入った上質な布に身を包む生贄姫の背中をちらちらと見遣った。
何時間待っていたのか分からない。日が落ちていく。社の四隅に新しい蝋燭が立てられてはいたけれど、ここに火付け器具はなかった。社の内部は外同様に真っ暗くなっていく。
「お前は帰るといい」
桔梗は少年に顔を向けることもなく言った。
「桔梗さま……」
「お前はただの付き添いだ。帰りなさい。茜殿に、世話になったと……」
"茜殿"とは桔梗の住む座敷牢を持った家の、まだ15くらいの娘である。
「ここにおります」
桔梗の提案を断ると、彼女はもう何も言わなかった。再び静寂が訪れる。その時、ふ……と四隅の蝋燭に火が点った。4つ同時にである。桔梗は少年を振り返った。無表情で愛想のない彼女が初めて驚きを露わにする。
「ああ………帰りなさい、ダーシャ」
少年の名はダリアといった。異国人の奴隷として売られていたところを当時はまだそこそこの地位があった"茜殿"の家に買われたのである。桔梗がその家の座敷牢に入ってからは彼女の身の回りの世話を命じられていた。
ダリアは首を振った。彼は腰を上げない。社の戸が開いた。まるで風に遊ばれたように、人の姿はない。
「化物に食われるところを見られたくないよ。帰りなさい。みっともなく命乞いをする様を、見られたくない」
桔梗はまたダリアに背を向けた。壁に対して喋っている。
「最期までお供します、最期まで……」
少年はぷるぷる震えながら言った。開いた戸から白い蛇が蜿りながら入ってきた。燈火に照らされ薄らと緋色を帯びている。少年は立ち上がろうとして動けなかった。桔梗もまた純白の蛇に近付かれながら身体が動かない。金縛りに遭っている。白蛇は彼女の身体に巻き付き上を目指した。腕で螺旋を描き、両手を器用に結んでいく。
「ダーシャ……」
恐ろしさに潤んだ目が少年を捉える。社にはまた白蛇が侵入し、彼のほうにも蜿りながら進む。
「その者はおやめください。その者は賤しい異人です。その者は貢物ではございません……」
彼女が掠れ切り、震える声で訴えると、少年の腕を登っていた蛇はどこから首でどこから胴体ともいえない躯体を長くして桔梗のほうへ伸び、もうひとつ拘束具として彼女を苛む。抗えない不思議な力が、腕を縛られた桔梗に膝を伸ばさせ、足首を巻き込み蟠を作る。白蛇は2匹にとどまらず、何匹も社へ入ってきた。ダリアの目の前を通り過ぎ、まるで認識している様子もない。桔梗を拘束し、そして緞子の中へも潜った。桔梗は浅く息を吐き、金縛りの中身を悶えさせる。体温のない、しかし質感のあるものが足首から膝へ、腿へ、そして股を辿る。
「ぁあ……っ」
そして肩まで登り、胸元から入り込む蛇は胸の膨らみと膨らみの間をまるで巣にでもせんばかりだった。
「桔梗さま……」
「見、るな……ダーシャ、ぁっん、」
脚の付け根に蛇の頭を感じた。産まれたからある程度の時期を過ぎてからは誰にも触れさせたところのない場所に白い蛇が迫っている。くすぐったさと不安が混ざり合う。ダリアの視線の先のこともすぐに頓着できなくなる。
上質な布の下で蛇は桔梗の柔らかなところを弄んだ。暗いところで長くいやらしい舌が出入りし、彼女の奥まった紅肌を触るか触らないかと甚振る。びくり、びくり、桔梗は跳ねなければならなかった。若く美しい娘のその艶かしい姿と声が、どれだけこの年下の控えめで純朴な奴隷の心を打ったことだろう。
「ぅ……んっ、あぁ………っ」
敏感な珠を舌先で突つき飽き、舐め飽きた蛇はさらに奥へと進んでいく。桔梗はいっそう身をのたくらせた。肩が大きく強張った瞬間に彼女は金縛りが解けたらしく床に崩れ落ちる。綺麗に緋色を写す白い拘束があるとはいえ、すでに関節の自由は得ているというのに彼女はすぐに起き上がりはしなかった。体内に蛇が来ていた。
「あっあぁ……っ!」
内部を擦られる感触に目の前が明滅する。背筋を伸ばし、床にまた落ちた。
胸から入り込む蛇は内部でぐるりと方向転換をして熱く吐息する桔梗の口元に近付いた。彼女は唇を引き結び顔を背ける。汗ばんだ首が蝋燭の火に照らし出される。荒くなる息が整い終わる頃には蛇たちの動きは緩慢になった。
動きを封じ戦意を喪失させてから食うのだ。桔梗はそう思った。
社に忍び寄る人影があった。しかし人影というには頭頂部に、人にはない丸みを帯びた三角形を2つ生やしている。それはネコやイヌみたいなヒトの頭髪とは異質の毛に覆われていた。尻にもだらんと太い房が垂れている。それは裸であった。全裸である。肉付きや骨格からいうと男と思われる。肩、腕、背中、腰、尻、腿と脹脛。引き締まってはいるが、局所的に獣毛を携えているのみで布は一枚も身に付けていない。その様相で外を出歩いたらしい。額には大判の護符が貼られ、顔立ちは分からなかった。異様な者の登場にダリアは息を詰めた。白蛇同様にそれは少年に一瞥もくれず、やはり存在を認識してもいないようである。一歩一歩、爪先から踵までを床に着けて歩き、全裸であることに羞恥のひとつもみせなかった。自分が全裸であることも分かっていないのかも知れない。雰囲気は妖怪に近かった。起き上がらない桔梗の傍に寄り、吟味しているみたいだった。ダリアが叫ぼうとした。彼は叫んでいるつもりだったが、声が出ていなかった。
桔梗は下腹部の違和感に力が入らなかった。人の手の感触があり、安堵した。ダリアだと思われた。しかし、視界に入ったのは顔面に護符を貼った―子供である。全裸だ。ダリアよりもいくつか年下の、まだ傍目では男か女かもはっきりしないといった年頃の子供だ。しかしそれでいて、股の間には大人の男としか、大人の男としても猛々しい象徴が居座っていた。それだけではない。ヒトの耳殻は髪で見えなかったが、頭頂部に獣の耳が生えている。一目でそれが威鳴狐狗狸だと分かった。
「ちんちんすき?」
顔を隠す護符の奥で女子と紛う声が聞こえた。
「ちんちんすき?」
年端もいかない少年は桔梗の煌びやかな衣裳を脱がせにかかった。帯を巻いたまま、衿を乱される。白い蛇が彼女の胸と胸の狭間に落ち着いている。朱色の爪化粧が施されていた少年の細い指が純白の鱗をなぞると、そのぐにゃりと蜿る体温のない生き物はすぅ…んと消えていく。奇怪な光景を前に桔梗は呆気にとられた。
「ちんちんすき?」
さらに衿を開かれて、桔梗は胸を晒す。それを阻もうにも、まだ両手の拘束は解かれていなかった。下腹部を穿つ芯も重く感じ、金縛りの名残りに似た痺れもまた彼女の動きを制している。
「ちんちんすき?」
少女の声で子供の姿をした男は桔梗の胸の膨らみに成る小さな果実をつんと突いた。
「……っぁ、」
内部に棲む白い蛇の形が腹の中で浮き彫りになる。
「ちんちんすき」
同じことを繰り返して、獣人間は桔梗の胸に飛び付いた。揉みしだき、護符の貼られた顔を埋める。頬擦りをされると紙の感触がした。
「ちんちん、ちんちん」
威鳴狐狗狸と思しき奇人は次々と白蛇を消していった。残るは、桔梗の腹の中のものだけになる。帯を剥かれ、桔梗もこの狂人みたいなのと同様に裸にされてしまった。膝の間に入られ、それは男女の交合を強く示唆する。桔梗はわずかな抵抗を試みる。膝に置かれた手を剥がそうとふる。滑稽に全裸のくせ爪化粧だけされている指はびくともしない。巨大化した腫物みたいな赤黒く太いものが白蛇の埋まった場所の上を擦る。火傷しそうなほど熱かった。威鳴狐狗狸と思われるそれにも血が通い、体温があるらしい。薄い茂みの感触を気に入ったのか、何度も何度も人といえるのかも分からない奇妙な者は厭悪感を催す魁偉な肉茎を擦りつける。
「ちんちんすき?」
飽きるほどその大きく膨張した活根で狭く疎らな叢を躙ると、やがて子供の体格のくせ桔梗を軽々と抱き上げてしまった。膝を開き、白い蛇の尾が肉紅の渓谷から生えているのをダリアのほうに向けた。それは偶然だったのかも知れない。しかしダリアは女の秘められた肉を知り、一瞬で燈火を凌ぐほど顔を真っ赤にした。
「あ、あっ、やめて、やめっ!」
桔梗は暴れた。自らが食われる宿命であることも忘れ、情けなく乞うが叶いはしない。朱色の塗爪が蛇を引っ張る。柔らかな内肉が擦れた。鱗の並びに反した摩擦が桔梗の腹の中を甘く掻き回す。
「ぁ、!ぁう、ん……っ」
何度かに分けてずるり、ずるりと白く長いものが出されていく。子供の腕の中で彼女は背をしならせる。
「ちんちんすき!」
水飴を纏ったような蛇の頭が現れた。同じ呪いをかけられ、それも霧の如く消え失せた。
「ちんちんすき?ちんちんすき!ちんちんすき」
体内から蛇が抜かれて間もなく、あの巨物の先端が腹底についた。
「待って!いや、あっぁ!」
桔梗の意識は人と認識していないその怪しい子供ではなく、目の前に座るダリアを向いていた。あとは煮るなり焼くなり食われる宿命である。だがダリアは人里に帰す。"茜殿"に奴隷を返さねばならない。この屈辱の時間が彼の中で生き続けてしまう気がした。それは堪らなく恐ろしい。
彼女の肉体は灼杭を咥えさせられた。軋む感じがある。眼前に白く細く長い指が近付き、トンボを捕まえる童がする仕草同然にくるくると円を描いた。意識が遠退く。眠気に似ていた。蛇に棲まれてしまった場所が熱く滲んだ。爪先から脳天まで水嵩が増していくような様を想起させ、火照っていく。他者の肉の形がはっきりと皮膚や粘膜の奥まで伝わる。
「やっ……あぁ……」
拒否するも拒みきれない感覚が肉塊の挿入と連動して迫り上がってきている。甘い痺れに関節まで響く。威鳴狐狗狸らしき怪人を食い締めるところ以外に力が入りそうになかった。巨楔に隘路が開かれていく。嬲られているに等しい。
「ぁっ、うぅ………っ」
ダリアの姿が涙でぼやける。身体が熱い。傑肉から伝熱しているのか。感情とはまた別の水分が目を覆う。秘蕊を暴かれている様を軽蔑していた奴隷に見せている。ぞくりとした。蜜が泉く。桔梗の身体は墜落した。顔面を殴られた心地がした。臍が先程の蛇みたいに蜿った。牡身をすべて呑んでいる。衝撃の波はなかなか去らない。
「ちんちんすき!」
背後で少女然とした声がする。腹で受け止めているものと一致しない。混乱状態にある桔梗を置いて、激しい突き上げが始まった。脳天まで穿たれるほど強い快楽がそこから直線上に放たれ、桔梗は声にならない声で喉を灼いてしまった。
「ちんちんすき!ちんちんすき!ちんちんすきぃ」
墜落を何度も何度も繰り返す。ダリアに剛毅な抽送と卑猥な氾濫を見せている。その羞恥が快感を助長した。食い締め引き絞れば、内部の脅根は彼女に応えた。欲蜜が急激な出入りを許す。
「あっあっあっ!あんっ、!」
快楽のもとがある自身も知らない場所を内部から知らされる。そこを容赦なく突かれ、悦びに媚びた濡れ肉は巨肉を扱く。
「だめ、だめ!あっ!ゃ、あっ、あっあっあああ!」
「ちんちんすき……!」
背後から膝裏ごと強い力に抱き締められ彼女は天井を仰ぎ、腰をぶるぶる痙攣させた。その下半身こそ蛇に近いくねり方だった。数拍後、結合部から粘度の高い白濁が噴き出した。
「あ………ぁあ……」
桔梗は自分で自分の身体を御すことができなかった。内肉も腰も背筋も勝手に動き、腹の中で爆ぜる強い閃きは知らないものだった。
「ちんちん………すき?」
片方の腕が膝と腿の間から抜け、桔梗は均衡を崩した。彼女の片脚は床に落ちる。爪化粧された手はダリアのほうへ上向きに糸を繰る手付きで宙を掻いた。奴隷の少年の目が、ただ蝋燭の陽炎いを映す水面のような活力のない虚無のものと化す。正座を崩し四つ這いになって彼は忍び寄る獣みたいだった。桔梗はまだそのことに気付けず息を乱し、肉体に起こった訳の分からない情動の荒波が引くのを待っていた。
「あ………ぅ、はぁ、あ……んっ、」
上げられたままの膝だけさらに持ち上げられ、床に置かれた脚から大きく開かれる。彼女は目元を塞がれてしまった。その間も遠く細部まで疼く蜜壷を焦らすように突かれている。微睡みに引き込んでいく緩やかな快感に桔梗は四肢を委ねていた。しかし柔らかな秘肉で気配を覚り、鋭い快感に腹の奥にあった瀞みゆく鈍重な痺れが上塗りされた。
「あっ、ゃんっ!」
腹に内腿を芒で撫でられている。秘蕊には濡れた生温かいものが這い、珠を転がした。
「あ、あっ!ゃ、ぁあっ、」
突き上げも止まらない。形のはっきりした艶めいた情念が内側と外側で結び付き、規模を大きくする。覚ましていた怒涛がすぐそこまで来ている。
「だ、め……っ!」
芒の穂と、生温かく濡れたものの組み合わせが想像できなかった。そうする余裕すらも奪われていく。生まれてから一切の記憶を失くしそうな焦燥を腹に抱え、実際今現在叩き込まれている悦楽に耐えることしかできなかった。長くは続かない。彼女は身を縮め、一気に弛緩した。目元を覆っていた腕が退く。視界が利きはじめる。脚の間にいるものを桔梗は知ってしまった。身の回りの世話をさせていた少年が水を飲むネコよろしく彼女の股に口を付けていた。
「ダーシャ、ダーシャ、だめ……っ!」
聞こえている様子はない。呼べばいつでも戸惑う貌をする彼は仮面のように無表情だ。
「ちんちんすき」
肉杭が抜かれた。内部を一気に逆向きで擦られ、過敏になった蜜肉はまた桔梗を果てさせる。栓を失い漏れ出る多量の汁の流れにも頗る感じた。はしたなく尻を揺らし、腰を捻ってしまう。股にあるダリアへ淫らにそこを押し当てていた。
「あ……っあん……っ、」
ダリアは夢中になって舌を伸ばし、仕えている女の不浄花を舐め舐った。転がし、突き、啜る。それだけでなく、不浄どころか別の体液を搾り取った壷にまで彼は鼻先を潜らせる。
「そんなとこ、いけない………っ、やめなさ、ぁっんんっ、」
舌の質感と温みが桔梗を責め立てる。詰り、誹り、罵倒する。
「ちんちんすき」
無防備な耳を吐息が掠った。悪寒に似た戦慄が背筋を駆ける。真後ろにいる者の顔が分からず、この体位では見えないのも悪かった。今、意識一色がダリアに染まっている桔梗の口は彼を呼ぶ。
視界に稲光が走る。同時にダリアの悲鳴が聞こえた。彼は顔を押さえ、床に転がっている。桔梗は驚いて、奴隷の少年へ手を伸ばす―しかし、後ろに居座る者はそれを許さない。陵辱は長いこと続く。
明るさに目が目覚めた。眩しさはなく、そう強い光でもなかった。社の戸は閉まり、内部はほんのりと暗い。桔梗は緞子を纏っていた。着付けはしっかりして乱れたところも目立った皺もなあた。寝間着にして重く硬く、肩や背中や膝が軋る感じがあった。のそりと起き上がり、社の中を見渡す。同行した奴隷がぐったりと倒れている。桔梗は脈を飛ばす。這って近付き、乱暴に揺り起した。首が落ちたようにごろんと彼の頭がこちらに向いた。可憐な顔面の片側が爛れている。焼いたばかりの傷だ。額から口角のほうまで伸びている。
「ダーシャ……!」
息を確かめる。掌に小さな呼吸が当たる。
「すまない、ダーシャ……許してくれ、許してくれ…………」
桔梗は両手を覆った。淫らな夢に浸かっている間に、奴隷の少年が威鳴狐狗狸の餌食になってしまった。彼女は疚しさ、己のいやらしさ、ダリアに対するすまなさに顔を上げることができなかった。
「桔梗よ」
彼の目がかっと開いた。爛れに変色した肌の中に埋まったほうの瞳には火が迸る。声がダリアではない。
「人里に帰ると良い。ただし、この者の中に我がいることを忘れるな」
ダリアはいやらしく、陰湿に笑った。否、ダリアはダリアでも彼ではない。威鳴狐狗狸に違いない。桔梗は慄然とした。あれは夢ではなかったのだ。それか、まだあの卑猥な夢の中にいる。
「………桔梗さま」
まるで一瞬の幻でも見せられていたかのように、いつも身の回りの世話をするダリアがそこにいる。
「痛くはないか」
爛れに触れるか触れないかのところを手の甲で撫ぜた。免れた皮膚も少し腫れている。
「御手を汚してしまいます」
「構わない」
血とは別の体液が滲み、涙や汗のように垂れているのを拭い取る。
「……ダーシャ。覚えているか、昨晩のことを」
彼は頬をさっと赤らめた。それが答えだった。桔梗は目を伏せる。
「汚らしいことをさせてすまなかった。わたしの所為で傷を負ってしまったな」
「桔梗さまに触れられたことも、この傷もわたくしめにとって家宝でございます」
純粋な眼差しを向けられ、目を合わせることができない。
「……帰ろう。生き延びてしまった」
「駕籠舁きを呼んで参ります」
奴隷の少年は飛び起きて、社を駆け出していった。1人この古びた社の中に残された桔梗はふと寒気がして身を竦める。
―今日からボクの妻だからね。
大きな手が後ろから伸び、両目を塞ぐ。声は掌の大きさに反してやはり変声期を迎えていない。
―ボクの奥さん。威鳴狐狗狸のお嫁さんだからね。
耳を齧られる。
―あの小間使いの中で眠ることにしたから、離れちゃダメだよ?ボク等は夫婦なんだから。
寒気が消え、両目を覆う手も、気配も消えた。桔梗は抜け殻になったようにそこに静かに佇み、やがて迎えの駕籠が社の前に到着した。ダリアも走って長く急な石段を登りきって来たかと思うと、息も整わぬうちにまた降りることになった。
村に帰り、着替えを終えると監視付きで自由を許された。桔梗の通う場所は決まっている。柵越しの面会だった。寝台に青年が寝ている。その者は膝から下を壊されていた。もう歩くことは難しい。
「叔父上」
桔梗は甘えた声を出した。本人に自覚があるのかは分からない。ただダリアに対する態度とは大きく違う。
「なんだい、桔梗」
優しく静かな声音は叔父の躑躅だ。しかし血の繋がりはない。血の繋がった叔母の配偶者というわけでもない。ただ形式として叔父と姪という関係になっている。
「結婚しました」
明かりひとつない場所で、叔父の幽閉された部屋は格子の対面が大きな透かし窓になっているため、叔父の姿は影絵になっている。
「…………そうかい」
「お相手は茉莉様ではございません」
叔父は黙っている。茉莉というのは領主の息子であった。桔梗は一度その者から求婚されている。
「叔父上………」
「幸せになりなさい。桔梗、おまえは幸せになりなさい。私も祈っているから」
元来、口数の少ない人だった。以前は気にならなかった静寂が2人の間を重苦しくする。監視役がやってきた。領主の息子・茉莉が桔梗を見張らせるため村に住まわせた同年代の男である。
「行きましょう」
木像みたいに表情のない青年だった。愛想もない。冷たい手に腕を引っ張られ、桔梗は叔父の幽閉された格子から離された。外に出ると手足を縛られ牛車に放り込まれる。桔梗の住む村から距離がある。馬を走らせるべきところを、桔梗の逃亡を危惧し、こうして牛車を用いている。監視役の男は彼女のほうを見向きもしない。この男こそ、桔梗と叔父を引き離した張本人なのだから、相容れるはずがない。
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