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【BL】「そりは"えちぅど"」から 

お題「起きられない朝のこと」擤鼻

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 うぐいすのさえずりで目が覚めた。下手くそな鳴き方だったが響きは心地良く、それはどこかで聞いた念仏の一節にも似ていた。

 今年初めて、鳥の鳴き声を聞いた気がする。そんなはずはない。この前不気味なカラスの声を聞いたはずだ。
 けれどカラスでは、それは鳥の囀りではなく、雑音だ。


 もう春だ。まだ手足は冷たい。生きとし生けるものならば、そろそろあの程良い陽だまりに酔って、新しい恋を見つけに行くものだ。それが生命の営みで、人情の業だ。

 ところが俺は布団から出られなかった。蛾でも蝶でもいい。俺は繭だし蛹だった。けれどそう言ってしまうのなら、変化が必要だ。成長が。生産性に向かって。別に生産性を求めて、こだわるつもりもないけれど
 少なくとも世にいう生産性というものを叶えられなくても、俺は満たされていた。失ってから気付く。普段から自分の幸福を考えてしまうほど俺は貧しくはなかったのだ。失くしてからでしか気付けない。どうして? 満たされていたからだ。


 目は砂に浸され、鼻にはコルク栓を突っ込まれていた。泣いているのか? いいや、花粉症だ。花粉も生産性を求め彷徨さまよっている。それがやはり定め。
 煩わしかったこの症状の原因に、まさか同情を寄せる日がくるとは思わなかった。
 春というのが朗らかなわけはない。誰もが気をおかしくする。そうでなければ、恋なんて狂ったことはできない。恋愛だなんて本能にプログラムされているものを、実行する力なんてもう俺たちにはない。


 目元を擦る。鼻をむ。泣いているわけではない。花粉症だ。

 彼がいたときはこんなことはなかった。アイノチカラというやつか? いいや、理由は分かっている。ヨーグルトだ。彼に合わせてヨーグルトを食べていた。そんなものだ。アイノチカラなどという意味不明なものにはれっきとした根拠がある。正体が。
 けれどまたあの習慣を再開する気は起きなかった。味と嗅覚は記憶に染み付いて、それもおそらくこの時代には不要なくせに捨て去りきれない生存本能。

 出会ってしまっては、出会う前には戻れない。もう凪いだ気持ちではいられない。


 目を擦る。鼻を啜るのでは追いつかず、またティッシュを毟り取って鼻を擤む。泣いているわけではない。花粉症だ。嫌な季節だ。頭がおかしくなる。春の日差しは催眠光線だ。それは眠くもなる。

 俺は枕に頭を埋めた。新しい出会いなど探す気はない。蛾にも蝶にもならない。進化など要らない。


<2024.3.27>
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