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【BL】「そりは"えちぅど"」から
お題「おやすみ」境界
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人はいつ死ぬのか?
気の利いた答えは、世間から忘れ去られたとき、だ。
俺の答えは? 心臓が止まったとき、だ。けれど実感するときは、彼の入った箱が、焼き尽くされるときだった。そしてまた実感というものは消え失せていく。
彼が買い物に行ったままなかなか帰ってこない。そんな気持ちでいる。頭では分かっているというのに。
世間から忘れ去られたとき、人は死ぬのだと気の利いた人は答えた。死んだように生きるな、という訓示なのだろう。
死んだように生きる とはどういうことなのか。
死んでもなお俺の心に居座り続ける彼は生きていて、人との柵に疲れてしまった俺は生きているのに死んでいるというのだろうか。
俺は死んだように生きている。きっと。
この心臓が動き続けている限り、悲しいのに腹は減る。彼のもとに行きたいと思いながら、明日の予定を練っている。溢したコーヒーを拭こうとして、紙で切った傷を舐める。すべて放り投げてしまえばいいのに。
彼は死んだのだ。けれど、気の利いた答えに則るならば、彼は生きている。死んだように生きている俺が、忘れることもできずにいるから。死んでもなお、生きているというのなら、今すぐにでも声が聞きたい。触れたい。
死んでしまうとは不思議なもので、俺はどこか彼の人格を私物化しているようだった。いずれ俺のなかの彼は、事実からかけ離れた理想のものと化すのだろう。その変容こそ、まさに生きている。俺という器だ。彼を生かすための。蘇りはしないのに。
生きている人間には使命がある。手前の人生を真っ直ぐ前をみて続けることだ。そうプログラムされている。欲も業も深いことだ。そしてそれがきっと合理的なのだ。
泣きながら腹を減らすことに戸惑わなくていい。
人はいつ死ぬのか。俺はまた考えた。心臓が止まったときだ。それ以外にあるわけない。
彼の両親に挨拶に行ったのだ。遺品を求めた。ネックレスをもらってきた。けれど彼のご両親は渋っていた。俺はまだ若くて、きっとまた誰かと出会い、関係を築いていく。もしかしたら。生きていくとはそういうことだった。
寝る直前になってネックレスを眺めた。シルバーが曇って見える。
物理的な形を以ってさえすれば、俺は忘れることを自分に赦すのだろう。俺は君を忘れられる。忘れ去っていいものだと。
生き物の世界は即物的だから。
「おやすみなさい」
またあの実感が俺を呑み込む。
忘れないでいさせてくれよ、と、また。
<2024.3.27>
気の利いた答えは、世間から忘れ去られたとき、だ。
俺の答えは? 心臓が止まったとき、だ。けれど実感するときは、彼の入った箱が、焼き尽くされるときだった。そしてまた実感というものは消え失せていく。
彼が買い物に行ったままなかなか帰ってこない。そんな気持ちでいる。頭では分かっているというのに。
世間から忘れ去られたとき、人は死ぬのだと気の利いた人は答えた。死んだように生きるな、という訓示なのだろう。
死んだように生きる とはどういうことなのか。
死んでもなお俺の心に居座り続ける彼は生きていて、人との柵に疲れてしまった俺は生きているのに死んでいるというのだろうか。
俺は死んだように生きている。きっと。
この心臓が動き続けている限り、悲しいのに腹は減る。彼のもとに行きたいと思いながら、明日の予定を練っている。溢したコーヒーを拭こうとして、紙で切った傷を舐める。すべて放り投げてしまえばいいのに。
彼は死んだのだ。けれど、気の利いた答えに則るならば、彼は生きている。死んだように生きている俺が、忘れることもできずにいるから。死んでもなお、生きているというのなら、今すぐにでも声が聞きたい。触れたい。
死んでしまうとは不思議なもので、俺はどこか彼の人格を私物化しているようだった。いずれ俺のなかの彼は、事実からかけ離れた理想のものと化すのだろう。その変容こそ、まさに生きている。俺という器だ。彼を生かすための。蘇りはしないのに。
生きている人間には使命がある。手前の人生を真っ直ぐ前をみて続けることだ。そうプログラムされている。欲も業も深いことだ。そしてそれがきっと合理的なのだ。
泣きながら腹を減らすことに戸惑わなくていい。
人はいつ死ぬのか。俺はまた考えた。心臓が止まったときだ。それ以外にあるわけない。
彼の両親に挨拶に行ったのだ。遺品を求めた。ネックレスをもらってきた。けれど彼のご両親は渋っていた。俺はまだ若くて、きっとまた誰かと出会い、関係を築いていく。もしかしたら。生きていくとはそういうことだった。
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物理的な形を以ってさえすれば、俺は忘れることを自分に赦すのだろう。俺は君を忘れられる。忘れ去っていいものだと。
生き物の世界は即物的だから。
「おやすみなさい」
またあの実感が俺を呑み込む。
忘れないでいさせてくれよ、と、また。
<2024.3.27>
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