263 / 294
【BL】「そりは"えちぅど"」から
お題「秋風が吹く夜」飽きなき秋
しおりを挟む「泣いているのか」
寝床を抜け出した人影がベランダにいることに気付く。
飼っていたハムスターが死んだ。寿命だろう。これから寒くなる。室温管理はするつもりでいたけれど、死期に近付くと冷暖房ではどうにもならない自然の力というものがあるのかも知れない。寒くなる前に逝ったことを、俺はどこか呑気に考えていた。かわいい、ジャンガリアンだった。
「泣いてないよ」
冬の前の冷えた空気に全身を晒しながら、そう言う彼は特に強がっている様子でもなかった。
「星見てた」
彼の掴んでいるアルミの手摺りは皮膚が張り付いてしまうほど冷たく感じられた。
「風邪ひくぞ」
言ったそばから風が吹いた。季節が深まればこれからさらに荒れていくのだろう。冬は苦手だ。冬の何かが、俺を不安にさせて焦らせる。
「なんか不思議だな。不思議じゃね?あんな小さい体に命入ってたんだぜ。星になったんだな」
虹の橋を渡るだとか、空に昇っただとか、そういうありがちでメルヘンな言い回しを、実際に耳で聞くとは思わなかった。おそらく俺は呆気にとられていた。
「ここで見ると星小さいのにな、って話」
彼は拗ねたような声を出す。それで俺も納得しきれはしなかったが、ある程度理解した。俺にはない発想だった。
「秋風は、」
「うん?」
「秋風は、2人の関係が冷え切ることの比喩らしいが、お前に飽きることなんてないんだろうな」
「……ダジャレかよ?」
彼はへらへら笑っている。夜になったら寝て、朝になったら腹が減って起きる。そういうやつなのに、今日は。
どさくさに紛れて肩を抱き、室内に促せば素直についてくる。ほんのりとした温かな空気に身体が溶け込んでいく。まだ放置されたケージに長い役目を終えた冷暖房。静かなリビングが懐かしく思えて不穏な感じだった。何気ない、変わり映えしない生活が、結局のところ俺にとっての一番の幸せなのだ。毎日の繰り返しに飽きるくらいが。平穏で退屈で厭き厭きするくらいが。
「へっくし」
少し大袈裟なくらいのくしゃみが響く。
「ココアでも飲むか。冷えてるだろう」
「へーき、へーき。起こしちゃって悪かったんな」
彼は戯けたように笑っている。寒かろう。抱き寄せて摩ってやると、くすぐったいのかまた小さく笑う。
「やっぱ泣いてい?」
「許可とるな、ばか」
俺の胸元に潜り込む背中を鼓動に合わせて叩く。子供にしてやるみたいに。
滑車の音がないのが、なんだか寂しいけれど。
<2023.11.20>
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
「俺は小説家になる」と申しております
春秋花壇
現代文学
俺は小説家になる
語彙を増やす
体は食べた・飲んだもので作られる。
心は聞いた言葉・読んだ言葉で作られる。
未来は話した言葉・書いた言葉で作られる。
想い出写真館
結 励琉
現代文学
<第32回岐阜県文芸祭佳作受賞作品>
そのさほど大きくない私鉄の駅を降りて駅前の商店街を歩くこと数分、そろそろ商店街も尽きようかという少し寂しい場所に、その写真館は建っている。正面入口の上には福野写真館という看板がかかり、看板の下には昔は誰でもお世話になったカラーフィルムのロゴが今も残っている。
入口の左右のウインドウに所狭しと飾られているのは、七五三や入学記念、成人式といった家族の記念写真。もう使われなくなったのか、二眼レフのカメラも置かれている。
どこにでもある写真館、いや、どこにでもあった写真館と言った方が正しいか。
デジタルカメラ、そしてスマートフォンの普及により、写真は誰でも、いつでも、いくらでも撮れる、誰にとってもごくごく身近なものとなった。一方、フィルムで写真を撮り、写真館に現像や引き延ばしを頼むことは、趣味的なものとしては残ってはいるが、当たり前のものではなくなっている。
人生の節目節目に写真館で記念写真を撮って、引き延ばした写真を自宅に飾るということは根強く残っているものの、写真館として厳しい時代となったことは否めない。
それでも、この福野写真館はひっそりではあるが、三十年以上変わらず営業を続けている。店主は白髪交じりの小柄な男性。常に穏やかな笑顔を浮かべており、その確かな撮影技術とともに、客の評判はよい。ただ、この写真館に客が来るのはそれだけ故ではない。
この写真館は客の間で密かにこう呼ばれている。「想い出写真館」と。
【心壊】心を持たない彼女の心を壊す方法
朝月なつき
現代文学
※休止
他人の精神に入る力を持つ織部八斗(おりべはちと)は、「AIの自我を消してほしい」と依頼を受ける。
現れたそのAIは、感情のない少女だった――。
少女を“ザンセ”と名付けて、ハチは調査を始める。
何をしても無表情で無反応なザンセに戸惑うハチだが、依頼達成のために好かれる努力をする。
次第に変化していくザンセに、ハチは自我を消すことに躊躇いを覚えるようになり……。
心を持たないはずのAI少女ザンセと異能力者ハチ、
二人の一年間が始まる。
■ ■ ■
※注意※
残酷な描写、過激な表現が本作には多く含まれます。
苦手な方はご注意ください。
【本当にあった怖い話】
ねこぽて
ホラー
※実話怪談や本当にあった怖い話など、
取材や実体験を元に構成されております。
【ご朗読について】
申請などは特に必要ありませんが、
引用元への記載をお願い致します。
世捨て人の孤児
紅茶 螺鈿 (こうちゃ らでん)
現代文学
事故と病で両親をなくした少女。
引き取られた先は、優しい伯父の家だった
だが、ここの生活から、彼女の人生は、狂って
いった。愛を求め、探し、生きる女の子
彼女は、どうなってしまうのか...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる