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お題「好きになった子は指名手配犯」屠殺の勇者・愛の巣

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結婚願望はまぁまぁあったけれども、僕が「結婚した」という認識がほしいだけで、別に相手は人間でなくてもよかった。メスなら。
 そんなわけで、旅の末にやっと見つけた僕のお相手はドラゴンだった。赤い鱗の大きな竜で、翼には牙みたいなのが生えている。洞穴が僕たちの新居だった。
 僕が食事の用意をして、寝床は彼女が温めてくれる。幸せな暮らしだと思う。産まれたとき、僕は多分だけど顔にある刺青みたいな痣のせいで川に流されたらしいから。でも今なら分かる。だってそんな刺青みたいな痣あるの怖いもの。僕は家族ってものに憧れはあるけれど、でも別に僕を捨てた人たちを恨もうだなんてこれっぽっちも思わなかった。
 妻を持った今なら分かることだけど、家庭を壊されるのは誰だって嫌だし、怖いことで、不安ばかりだから仕方がない。何でもかんでも罪悪感も後ろめたさもなく憤れるのは若さのためなんだって思った。大切なもののない哀れな人なんだなって思った。
 誰かひとりを愛してしまったら、他の誰かを陥れて、傷付けてでも、守りたいと思う。支えたいと思う。それを仕方ないと思うし、綺麗事ばかり言っていられないんだと思う。
家族っていってもヒトとドラゴンじゃ子供は望めないけれど、それでも文字通り、つまり物理的に寄り添ってくれる妻がいればそれでよかった。寒さは寂しい感情に似ているから。
 いくら外が暑い日でもこの洞穴の中はひんやりしていたし、妻の大きな身体はいつでも温かかった。暑さは怒りの感情に似ているというけれど、不思議だね。

 自分で産んで、自分で手に掛けずに僕を川に流したことは、それは僕にとって「愛されてなかった」ってことだった。何も知らないうちに手に掛けてほしかったよ。溺れ死ぬかも知れないならね。でも僕を生んだ人は母にせよ父にせよそれを厭った。自分の手が汚れるのを。子殺しの汚名を被る覚悟もなかった。
 でも感謝してるんだ。きっと僕が妻帯するなんて思いもしなかっただろうけど。生きていればそれでいいくらいに思っていたのかもしれないし、川が僕を殺すように仕向けたのかも知れないけれど。

 彼女が産んだ卵を、僕も必死に温めたけれど結局孵化はしなかった。ヒトとドラゴンでは、やっぱり子供は望めなかった。オスのいないメスが産んだ卵を僕たちだって食べているだろう。こんなときに限って、メスだけの生殖を望むだなんて都合がいい。傲慢だ。なのにオスがいたってこのザマだ。

 僕は剣を抱いて眠っていた。愛するひとはドラゴンで、僕が彼女を知ったきっかけというのは街でみた貼紙だから。つまり彼女は討伐対象だった。討てば大金が手に入る。この前買い出しに行ったとき、また額が膨れていた。
 彼女はいまの洞穴が好きだから、きっと引っ越しなんてことはできないし、彼女は大きいから、彼女と棲める新居がそうすぐに見つかるとは思えない。

 僕は街へ行くたびに貼紙を剥がしていた。ときおり、声を掛けてもらうこともある。討伐隊に参加しないかと。賞金は山分けにするからと。けれどもこの貼紙にあるのは僕の妻なのだから、そんなものに参加するはずがなかった。



 やがて僕たちのところに、5~6人連れの討伐隊がやってきた。でも普通の街の討伐隊とは少し違って見えた。装備が立派だったし、何となくだけれどももっと遠方から来たって感じだった。討伐隊にはいそうにはない服装の女の子もいたし、討伐隊の隊長になんてなれそうもない華奢な体格の若い男の子が指揮を執っていたし、討伐隊に興味のありそうな年代でもなかったし。


 同じ人間でも分かり合えないことなんて沢山ある。大きいのから小さいのまで各種各様。だから同族だからどうこう、なんてことはない。
 向こうは僕の姿に躊躇している感じはあったけれど……
 でもやるかやられるかだった。妻が彼等にやられるか、僕が彼等をやるか。

 妻を食わせていくために、ここへやってくる討伐隊を討ってきて、ひとつだけ気付いたことがある。僕は魔法が得意だということだった。僕の意図するよりも大きな魔力が具現してしまう。
 妻が街で有名な討伐対象だったことは皮肉にも幸いなことだった。妻を討とうとするつもりのない無辜の人々は近寄ったりしてこないから。討伐隊の人たちも、食っていくためには仕方のないことだけれど……

 仕方の無さがぶつかったときに、結局頼れるのは力だった。暴力だった。そうやって決着して、妥協してきたじゃないか。

 彼等は僕に高尚な命の輝きについてご高説を垂れる。でもそれは僕の妻について度外視している。何故なら“ヒトじゃない”から。実はこの世が人間至上主義であることなんて伏せて、人々のシアワセ、穏やかな暮らしについて語る。そして僕もそこに加わるべき一員で、こんなことは間違っていて、僕は殺人鬼だと言う。魔物になるなと主張して、罪を償うよう訴える。それはきっと正論だったのかも知れない。僕が人々に受け入れられていたなら。不気味がられていた時点で僕は魔物と変わらないのだ。妻と寄り添う資格を得たのだ。

 僕は戦った。けれど負けた。彼女は討たれた。彼女の鱗からは強力な防具が作れたし、牙や爪からもまた強力な武器が作れる。尾からは万能薬が作れるし、髭や骨板からは御守りが作れる。骨や肉だって高級食材だった。そう書いてあった。竜薬、医者不要いらずというわけだ。

 僕の意識はまだあった。彼等の仕事は僕を討つことではなく彼女を討つことだから、僕を殺すなんて心的労力は払いたくないというわけだ。それもそうだろう。僕に説いた高尚なお気持ちに反してしまうから。
 
 僕は解体されていく妻をただ眺めていることしかできなかった。身体中が痺れて、動こうにも動けなかった。愛の力なんて嘘だった。物理的な環境に左右される。お気持ちだけじゃどうにもできない。僕は負けた。

 そしてふと目に触れたのが、神選の剣だった。神に選ばれた者が相手では勝てるはずもなかった。
 神に見放された僕と、神に選ばれた彼。その白刃の輝きは僕の目から光を奪った。盲いたわけではなく……
顔の痣が焼けるように熱い。



 僕等はどこかで交わることを運命づけられていた。そしてそれを結びつけた妻こそがお伽噺の姫というわけだ。そして神というのは、信仰者を失えば容易く退廃するものなのだ。結局は、人によって思念された胡乱なものに過ぎないのだ。神を殺す。そしてすべてを屠る。


 今度こそ、愛の巣を作るのだ。僕と彼女の安寧の巣だ。セカイという名の……






―そして闇の力に目覚めた若き寡夫は、既存の魔王を倒し、新たな帝国を築くのだった。


<2023.6.21>
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