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その他ジャンル(架空取材、架空レポート)
お題「眠らない羊」二角獣
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やまない雨はなくて 明けない夜はなくて。なのにわたしはそんな慰めの言葉よりもこのまま雨に打たれて溶けてしまいたかった。夜に閉じ篭もって消えていってしまいたかった。
青くて暗い視界の中で、月の光が差し込む。そうするとあの人の身体が白く浮かび上がるの。大きなベッドに横たわって、わたしを包む闇より暗いものに覆われている。
震える手を伸ばしてみるけれどやっぱり冷たかった。深夜まで続く真夏のアスファルトでわたしたちは炙られて暮らしている。クーラーに守られて。でも今は、この人を白くしていくだけ。
カーテンを開ける。雨なんぞは降っていない。月が輪郭を持って、鋭く凍っている。罪人はあそこに帰っていくのなら、わたしもこのまま連れて行ってほしい。竹の姫でも月の姫でも何でもないわたしは、ただ宇宙の塵になるだけだ。この空を前にして、やっぱりヒトは塵みたいな存在だけれど、意識があるまでわたしは罪人のまま。下着一着、それだけを身に纏ってまだこの麻痺の中、明けそうな夜に佇んでいる。
ベッドを振り返った。あの人が起き上がることはない。隣に寝そべってみる。感傷に耽ってみるけれど、なるべく悲観してみるけれど、何故だか後悔はなくて。だからあの姫みたいに誰も迎えに来ない。白い車と赤い光さえない。ただただ静かなわたしだけの息吹が消えていく。あの人の鼓動も聞こえない。声も思い出せない。
朝靄みたいな視界の中で、甦るのは出会ったときの温かなベッド。あの人と、2人で、雲羊に包まれているみたいな―……
ああ、もう掻き消えて、怒った顔と唸り声ばっかりだ。やまない雨はなかったけれど、痛みの雨が止まらなかった。ガラスの霰が降って、あの人が噴火する。灰が舞う。
夜が明けていく。鈍く痛む、あの人の拳で染まった斑模様のわたしが浮かび上がる。バイオレットのキスマークと熱い印鑑。あの柔らかな雲みたいな眠りを求めて、あるのはぐにゃぐにゃ歪んだあの人のカオ。麻薬中毒みたいなわたしが悪い。あの人が乾かしてくれた髪はもうぐしゃぐしゃで、あの人が掛けてくれた布団はもう汚れてしまって、あの人が遺してくれたお腹の子も、―……
悪魔はヤギに似ている。ヤギは羊に似ていて、眠るには羊が1匹現れる。2匹現れて、白と黒。朝と夜。ちかちかと明滅する視界。引き裂かれていく。食われていく契約書。わたしと消えていく、優しかったあの人。
<2021.8.30>
青くて暗い視界の中で、月の光が差し込む。そうするとあの人の身体が白く浮かび上がるの。大きなベッドに横たわって、わたしを包む闇より暗いものに覆われている。
震える手を伸ばしてみるけれどやっぱり冷たかった。深夜まで続く真夏のアスファルトでわたしたちは炙られて暮らしている。クーラーに守られて。でも今は、この人を白くしていくだけ。
カーテンを開ける。雨なんぞは降っていない。月が輪郭を持って、鋭く凍っている。罪人はあそこに帰っていくのなら、わたしもこのまま連れて行ってほしい。竹の姫でも月の姫でも何でもないわたしは、ただ宇宙の塵になるだけだ。この空を前にして、やっぱりヒトは塵みたいな存在だけれど、意識があるまでわたしは罪人のまま。下着一着、それだけを身に纏ってまだこの麻痺の中、明けそうな夜に佇んでいる。
ベッドを振り返った。あの人が起き上がることはない。隣に寝そべってみる。感傷に耽ってみるけれど、なるべく悲観してみるけれど、何故だか後悔はなくて。だからあの姫みたいに誰も迎えに来ない。白い車と赤い光さえない。ただただ静かなわたしだけの息吹が消えていく。あの人の鼓動も聞こえない。声も思い出せない。
朝靄みたいな視界の中で、甦るのは出会ったときの温かなベッド。あの人と、2人で、雲羊に包まれているみたいな―……
ああ、もう掻き消えて、怒った顔と唸り声ばっかりだ。やまない雨はなかったけれど、痛みの雨が止まらなかった。ガラスの霰が降って、あの人が噴火する。灰が舞う。
夜が明けていく。鈍く痛む、あの人の拳で染まった斑模様のわたしが浮かび上がる。バイオレットのキスマークと熱い印鑑。あの柔らかな雲みたいな眠りを求めて、あるのはぐにゃぐにゃ歪んだあの人のカオ。麻薬中毒みたいなわたしが悪い。あの人が乾かしてくれた髪はもうぐしゃぐしゃで、あの人が掛けてくれた布団はもう汚れてしまって、あの人が遺してくれたお腹の子も、―……
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