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Valentine's Day 小話 1/2
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Lifriend本編の根源を覆す世界線、パラレルワールドでのVD小話。
ヴァレンタインデーって言うんですよ、青年は穏やかに目を眇めながらそう言った。復唱してみる。異国の横文字のような単語をさらに慣れない発音で青年は言ったが、初音には難しかった。小皿に入った茶色のカケラを横から手に取り口に入れる。これは美味しいやつだ、という経験から、口に入れることに躊躇いはなかった。青年は綺麗にラッピングされたカップケーキや小さな箱、クッキーの入った袋をテーブルに並べている。小さな糊の付いたメモや手紙だけを集めて手に収める。
「ふぅん。」
縁の遠そうな話だ。僅かに、ほんの僅かに身に覚えのあるような光景が脳裏を過るがそれだけだった。
「知りませんでした?」
これ美味い、と呟く初音に馬鹿にするでもなく青年は顔を覗き込むように首を傾げて訊ねる。
「知らな~い」
「初音さん、モテそうなのに…今までチョコ貰ったこととかありません?」
世辞ではないようで、青年は少し驚いた表情を浮かべる。今まで、と言われても、青年が思うほどの年月を人間としては生きていない。
「ない、けど」
青年が真顔になり、視線を泳がせる。
「え、でも」
「あ~アイツだろ?なんかカレシとよろしくやってる感じだから入る隙ねーもん俺」
初音が困ったように言う、アイツ。契約相手の女だ。青年は彼女を好いているらしいが、カレシ持ちだと知るや否や言い寄るのをやめたらしい。
「なんかホッとしました」
「ンだよそれ」
初音が青年の意中の相手から好意の証をもらっていないことに、青年は安堵を隠さない。初音は苦笑した。
「なんて冗談ですよ。半分は、ですけど。でも相変わらずなんですね」
「ホントだよ。毎日いちゃいちゃしやがって」
「でも初音さん、なんだかんだ楽しそうですよ」
笑う青年に初音は、う、と唸ってまた茶色のカケラが入った小皿に手を伸ばす。表面に凹凸がいくつも浮かぶ茶色の薄い板状のものが乱雑に割られて小皿に入っている。
「それ、オレから初音さんへのヴァレンタインチョコです」
初音が摘み食いしている小皿を差す。
「マジ?」
「結構マジのつもりですけどね」
小皿に伸ばしかけた手を止め、初音は青年を見遣る。
「これめっさ美味いけどさ、」
「余り物ですけど喜んで頂けてよかった」
「でもさすがに-」
初音は伸ばした手を引っ込める。。その時チャイムが鳴って、すぐに青年が立ち上がった。
「あれ、どうなさいました?」
玄関へ向かった青年の声が上擦っている。アイツだ、初音は口内に広がる甘みを飲み込んで玄関の方へ意識を向ける。
『初音くん、多分片岡くんに何も渡してないでしょ?ごめんね!私と初音くんから、ってことで』
初音は自身の名が出たことにぎょっとする。
「え、いいんですか?ありがとうございます、すごい、嬉しい…」
青年の声が大きく上がる。
『ううん、初音くんがお世話になってるし、初音くんもチョコ溶かすの手伝ってくれたんだよ』
昨夜、意味も分からず溶かした物と、この小皿の破片は同じ甘さ、同じ苦味。同じ味。色も形も似ていた気がする。
「ありがとうございます!」
暫く何か世間話をして、そして青年が戻ってくる。契約相手は帰ったようだ。
「よく分からん行事だな」
「そうですか?明解だと思いますけど。どういう意味でも好きな人にお菓子渡せばいいんですから」
「どういう意味でも好きな人に?」
青年がそうです、と返してから、また小皿に手が伸びた。
「…いや、待てよ。嫌われてるってコトか、それ」
口の中に割れる音を響かせながら初音の頭の中である方程式が出来上がる。
「はい?誰にです?」
脇に座る青年の疑問に気付くことなく、べたりと座っていた身体を起こす。立ち上がった初音を見上げて青年は首を傾げる。
「ちょっと、初音さん?」
突然玄関へと歩き出す初音を青年は追う。どこ行くんです?と問いかけてからまた居間に戻り、軽く火の元を確認して照明を消す。雑に掛けてある上着を取って、づかづかと外へ出て行く初音の元へ急ぐ。
「俺素直じゃないし、やっぱこんなだから?それなりに気は遣ってるつもりだったし?でもあれか、やっぱあのカレシめがっさ甘いもんな?」
初音の肩を掴んで呼び止める。言い訳を述べる子どものようにぶつぶつと捲し立てる。聞かせるつもりもないのだろう。青年が困って、けれど笑みは絶やさず初音の正面に回り込む。
「初音さんもそういうの気にするんですね」
初音が無言のまま、背の低い分青年を目線だけで見下ろす。
「嫌われてるとかではないと思いますけど。逆に近すぎて渡さないってこともあると思うんです」
言ってみてから青年は頬を引攣らせて目を逸らす。
「っていうのはあまりフォローにはなりませんね」
「いや、さんきゅ。分かんないけどそういうコトもあるかもな」
初音が不器用に口角を上げた。青年は安堵の溜息を吐く。青年のボトムスの尻ポケットに入っているらしい端末が軽快な音を2、3度立てて点滅している。一言断って青年は端末を取り出す。初音は青年から離れ、大きな河川に架かる橋の上、欄干に手を掛け、少し暗くなり始めた空を見つめる。
「ちょっと、早まらないでくださいよ?」
端末を弄りながら初音の腕を掴む青年。
「何が」
ヴァレンタインデーって言うんですよ、青年は穏やかに目を眇めながらそう言った。復唱してみる。異国の横文字のような単語をさらに慣れない発音で青年は言ったが、初音には難しかった。小皿に入った茶色のカケラを横から手に取り口に入れる。これは美味しいやつだ、という経験から、口に入れることに躊躇いはなかった。青年は綺麗にラッピングされたカップケーキや小さな箱、クッキーの入った袋をテーブルに並べている。小さな糊の付いたメモや手紙だけを集めて手に収める。
「ふぅん。」
縁の遠そうな話だ。僅かに、ほんの僅かに身に覚えのあるような光景が脳裏を過るがそれだけだった。
「知りませんでした?」
これ美味い、と呟く初音に馬鹿にするでもなく青年は顔を覗き込むように首を傾げて訊ねる。
「知らな~い」
「初音さん、モテそうなのに…今までチョコ貰ったこととかありません?」
世辞ではないようで、青年は少し驚いた表情を浮かべる。今まで、と言われても、青年が思うほどの年月を人間としては生きていない。
「ない、けど」
青年が真顔になり、視線を泳がせる。
「え、でも」
「あ~アイツだろ?なんかカレシとよろしくやってる感じだから入る隙ねーもん俺」
初音が困ったように言う、アイツ。契約相手の女だ。青年は彼女を好いているらしいが、カレシ持ちだと知るや否や言い寄るのをやめたらしい。
「なんかホッとしました」
「ンだよそれ」
初音が青年の意中の相手から好意の証をもらっていないことに、青年は安堵を隠さない。初音は苦笑した。
「なんて冗談ですよ。半分は、ですけど。でも相変わらずなんですね」
「ホントだよ。毎日いちゃいちゃしやがって」
「でも初音さん、なんだかんだ楽しそうですよ」
笑う青年に初音は、う、と唸ってまた茶色のカケラが入った小皿に手を伸ばす。表面に凹凸がいくつも浮かぶ茶色の薄い板状のものが乱雑に割られて小皿に入っている。
「それ、オレから初音さんへのヴァレンタインチョコです」
初音が摘み食いしている小皿を差す。
「マジ?」
「結構マジのつもりですけどね」
小皿に伸ばしかけた手を止め、初音は青年を見遣る。
「これめっさ美味いけどさ、」
「余り物ですけど喜んで頂けてよかった」
「でもさすがに-」
初音は伸ばした手を引っ込める。。その時チャイムが鳴って、すぐに青年が立ち上がった。
「あれ、どうなさいました?」
玄関へ向かった青年の声が上擦っている。アイツだ、初音は口内に広がる甘みを飲み込んで玄関の方へ意識を向ける。
『初音くん、多分片岡くんに何も渡してないでしょ?ごめんね!私と初音くんから、ってことで』
初音は自身の名が出たことにぎょっとする。
「え、いいんですか?ありがとうございます、すごい、嬉しい…」
青年の声が大きく上がる。
『ううん、初音くんがお世話になってるし、初音くんもチョコ溶かすの手伝ってくれたんだよ』
昨夜、意味も分からず溶かした物と、この小皿の破片は同じ甘さ、同じ苦味。同じ味。色も形も似ていた気がする。
「ありがとうございます!」
暫く何か世間話をして、そして青年が戻ってくる。契約相手は帰ったようだ。
「よく分からん行事だな」
「そうですか?明解だと思いますけど。どういう意味でも好きな人にお菓子渡せばいいんですから」
「どういう意味でも好きな人に?」
青年がそうです、と返してから、また小皿に手が伸びた。
「…いや、待てよ。嫌われてるってコトか、それ」
口の中に割れる音を響かせながら初音の頭の中である方程式が出来上がる。
「はい?誰にです?」
脇に座る青年の疑問に気付くことなく、べたりと座っていた身体を起こす。立ち上がった初音を見上げて青年は首を傾げる。
「ちょっと、初音さん?」
突然玄関へと歩き出す初音を青年は追う。どこ行くんです?と問いかけてからまた居間に戻り、軽く火の元を確認して照明を消す。雑に掛けてある上着を取って、づかづかと外へ出て行く初音の元へ急ぐ。
「俺素直じゃないし、やっぱこんなだから?それなりに気は遣ってるつもりだったし?でもあれか、やっぱあのカレシめがっさ甘いもんな?」
初音の肩を掴んで呼び止める。言い訳を述べる子どものようにぶつぶつと捲し立てる。聞かせるつもりもないのだろう。青年が困って、けれど笑みは絶やさず初音の正面に回り込む。
「初音さんもそういうの気にするんですね」
初音が無言のまま、背の低い分青年を目線だけで見下ろす。
「嫌われてるとかではないと思いますけど。逆に近すぎて渡さないってこともあると思うんです」
言ってみてから青年は頬を引攣らせて目を逸らす。
「っていうのはあまりフォローにはなりませんね」
「いや、さんきゅ。分かんないけどそういうコトもあるかもな」
初音が不器用に口角を上げた。青年は安堵の溜息を吐く。青年のボトムスの尻ポケットに入っているらしい端末が軽快な音を2、3度立てて点滅している。一言断って青年は端末を取り出す。初音は青年から離れ、大きな河川に架かる橋の上、欄干に手を掛け、少し暗くなり始めた空を見つめる。
「ちょっと、早まらないでくださいよ?」
端末を弄りながら初音の腕を掴む青年。
「何が」
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