19 / 35
メランコリックリリック 9-1
しおりを挟む
まどかをよろしくお願いします。昨日と同じ挨拶と、それから初音との別れを惜しむまどか。初音は帰りも迎えに来てやる、などと調子のいいことを言って、まどかは高級マンションの一室へと入っていく。
「私、支度とかあるから夕方は来られないよ?」
「おう、片岡クンと俺で行くわ。片岡クン、いい?明日のことも話したいし」
片岡には命日を告げられない。だから片岡は身辺整理など出来ないまま死んでしまうのだ。
「いいですよ。分かりました」
片岡の充血した目を初音は何も問わなかった。むしろ気付いているからこそまどかの意識を逸らしていたようにも思う。
片岡の勤務先の近くに至るまでは他愛ない話が続く。事務所長がどうだとか。
「初音さんは、また後で。お姉さん、また明日!」
会釈して片岡は勤務先に駆けていく。薄いブルーの上下揃った服が人混みに紛れて消えるまで見つめていた。
「アンタのせいじゃねぇって」
その横に並んで初音が一度背を叩いた。
「何の話かな」
「別に。弟みたいだから男として見られない、でいいだろうが」
「私なりに考えたんだけどな。それも言ったけど、諦めないって」
初音は溜息をついて肩を竦める。
「好感の抱ける子だよ。あと少しの寿命でないなら…もっと言いたいことあったけど」
「片岡クン、やっぱカワイイわ。どうせ小難しい型作って、そこから抜け出せないカンジなんだろ」
「だって片岡くんが言い寄るのは命半分渡したからでしょ。必然で、本能で錯覚じゃない?引き合わされて、そうなるように仕向けられたみたい」
初音は暫く黙っていた。これで分かっただろうか。
「あのさぁ」
話が完結した、となったところで初音が口を開く。
「偶然で理性的で経験に則って理屈っぽいマジものならいいのか?」
初音が訝しんだ目で見た。
「必然で本能で錯覚ってダメなのか?」
顎を掴まれて唇に親指で触れられた。
「からかわないで」
初音の腕を掴み返して振り解く。
「まぁ、それを抜きにしてもアンタがムリって言うならムリなんだろうけど」
両手を上げておどけて見せられる。
「私は恋したいワケじゃないから。新しい人デキるよとか、あの人の母さんにも縛られなくていいって言われたけど、別にカレシが欲しいワケじゃないから」
「…そうかよ。残酷だな。人間の真理だの摂理だのは」
スケールの大きな話を空を仰ぎながら突然始めだす。
「錯覚だらけなんだろ。この前テレビでやってたぜ。7秒だか10秒、息切らしながら見つめ合うだけでいいらしいな」
「何が?」
「恋なんて錯覚だ。片岡クンもカワイソウにな」
「…悪かったって思ってるよ」
「アンタのせいじゃねぇって」
愉快そうに笑う。幻覚だと思っていた初音は確かに存在している。
「責められてる気に、なる」
「疑わしいんだよ。錯覚ってもんが。マジものだって信じたい気持ちでいっぱいなのかもな。ならソレってマジものじゃねって」
甲高い声の情けない笑顔の、よく見知った男へ抱いているものは錯覚なのだろうか。それとも真実なのか。そもそも真実とは何なのか、どれなのか。
「どういう…コト…」
「マジものにすりゃいいんじゃね、って話」
「え?」
「アンタはそれでいい。こっちの話」
初音の中では決着がついたらしい。
「1人で帰れるの?」
「…あのさ、今までずっと1人だったでしょ。あなたこそ大丈夫?まどかちゃん小さいんだから気を付けなさいよ」
遠方に住む家族や友人に迷惑は掛けられない。暫く1人にほしいと突き放して4年。荷物の整理や片付け、掃除はしておきたい。
「そういうイミじゃなくて…まぁいいや。分かったって。安心しろよ」
片岡の仕事が終わるまで散歩するらしい。初音が手を振って、互いに離れていく。
「片岡クンもまぁ…頑張るねぇ…」
「片岡クン」
「お待たせしてすみません」
深々と頭を下げて片岡がやって来た。
「あのさぁ」
片岡は私服だった。薄いブルーの上下の服から解き放たれた姿はどこか幼く見える。
「はい?」
「もう諦めてやってくんねぇかな?アイツのこと」
「…知ってたんですか。それとも聞きました?分かりますかね…やっぱ」
初音の方が背が高いため片岡が項垂れると項がよく見える。
「う~ん、アイツも面倒臭い事情があるみたいなんだわ」
ゆっくりだが歩は進める。片岡は立ち止まってしまう。
「それは初音さん絡みではなく?」
「俺は関係ねぇよ。話せ話せって言っても関係ないコトだ、つまらない話だってカンジ」
片岡が立ち止まってしまったため初音も足を止めた。立体横断施設のど真ん中のため他の通行人の邪魔になる。
「ナイショな。俺が話したコトは」
「え?はい」
「私、支度とかあるから夕方は来られないよ?」
「おう、片岡クンと俺で行くわ。片岡クン、いい?明日のことも話したいし」
片岡には命日を告げられない。だから片岡は身辺整理など出来ないまま死んでしまうのだ。
「いいですよ。分かりました」
片岡の充血した目を初音は何も問わなかった。むしろ気付いているからこそまどかの意識を逸らしていたようにも思う。
片岡の勤務先の近くに至るまでは他愛ない話が続く。事務所長がどうだとか。
「初音さんは、また後で。お姉さん、また明日!」
会釈して片岡は勤務先に駆けていく。薄いブルーの上下揃った服が人混みに紛れて消えるまで見つめていた。
「アンタのせいじゃねぇって」
その横に並んで初音が一度背を叩いた。
「何の話かな」
「別に。弟みたいだから男として見られない、でいいだろうが」
「私なりに考えたんだけどな。それも言ったけど、諦めないって」
初音は溜息をついて肩を竦める。
「好感の抱ける子だよ。あと少しの寿命でないなら…もっと言いたいことあったけど」
「片岡クン、やっぱカワイイわ。どうせ小難しい型作って、そこから抜け出せないカンジなんだろ」
「だって片岡くんが言い寄るのは命半分渡したからでしょ。必然で、本能で錯覚じゃない?引き合わされて、そうなるように仕向けられたみたい」
初音は暫く黙っていた。これで分かっただろうか。
「あのさぁ」
話が完結した、となったところで初音が口を開く。
「偶然で理性的で経験に則って理屈っぽいマジものならいいのか?」
初音が訝しんだ目で見た。
「必然で本能で錯覚ってダメなのか?」
顎を掴まれて唇に親指で触れられた。
「からかわないで」
初音の腕を掴み返して振り解く。
「まぁ、それを抜きにしてもアンタがムリって言うならムリなんだろうけど」
両手を上げておどけて見せられる。
「私は恋したいワケじゃないから。新しい人デキるよとか、あの人の母さんにも縛られなくていいって言われたけど、別にカレシが欲しいワケじゃないから」
「…そうかよ。残酷だな。人間の真理だの摂理だのは」
スケールの大きな話を空を仰ぎながら突然始めだす。
「錯覚だらけなんだろ。この前テレビでやってたぜ。7秒だか10秒、息切らしながら見つめ合うだけでいいらしいな」
「何が?」
「恋なんて錯覚だ。片岡クンもカワイソウにな」
「…悪かったって思ってるよ」
「アンタのせいじゃねぇって」
愉快そうに笑う。幻覚だと思っていた初音は確かに存在している。
「責められてる気に、なる」
「疑わしいんだよ。錯覚ってもんが。マジものだって信じたい気持ちでいっぱいなのかもな。ならソレってマジものじゃねって」
甲高い声の情けない笑顔の、よく見知った男へ抱いているものは錯覚なのだろうか。それとも真実なのか。そもそも真実とは何なのか、どれなのか。
「どういう…コト…」
「マジものにすりゃいいんじゃね、って話」
「え?」
「アンタはそれでいい。こっちの話」
初音の中では決着がついたらしい。
「1人で帰れるの?」
「…あのさ、今までずっと1人だったでしょ。あなたこそ大丈夫?まどかちゃん小さいんだから気を付けなさいよ」
遠方に住む家族や友人に迷惑は掛けられない。暫く1人にほしいと突き放して4年。荷物の整理や片付け、掃除はしておきたい。
「そういうイミじゃなくて…まぁいいや。分かったって。安心しろよ」
片岡の仕事が終わるまで散歩するらしい。初音が手を振って、互いに離れていく。
「片岡クンもまぁ…頑張るねぇ…」
「片岡クン」
「お待たせしてすみません」
深々と頭を下げて片岡がやって来た。
「あのさぁ」
片岡は私服だった。薄いブルーの上下の服から解き放たれた姿はどこか幼く見える。
「はい?」
「もう諦めてやってくんねぇかな?アイツのこと」
「…知ってたんですか。それとも聞きました?分かりますかね…やっぱ」
初音の方が背が高いため片岡が項垂れると項がよく見える。
「う~ん、アイツも面倒臭い事情があるみたいなんだわ」
ゆっくりだが歩は進める。片岡は立ち止まってしまう。
「それは初音さん絡みではなく?」
「俺は関係ねぇよ。話せ話せって言っても関係ないコトだ、つまらない話だってカンジ」
片岡が立ち止まってしまったため初音も足を止めた。立体横断施設のど真ん中のため他の通行人の邪魔になる。
「ナイショな。俺が話したコトは」
「え?はい」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
年下男子に追いかけられて極甘求婚されています
あさの紅茶
恋愛
◆結婚破棄され憂さ晴らしのために京都一人旅へ出かけた大野なぎさ(25)
「どいつもこいつもイチャイチャしやがって!ムカつくわー!お前ら全員幸せになりやがれ!」
◆年下幼なじみで今は京都の大学にいる富田潤(20)
「京都案内しようか?今どこ?」
再会した幼なじみである潤は実は子どもの頃からなぎさのことが好きで、このチャンスを逃すまいと猛アプローチをかける。
「俺はもう子供じゃない。俺についてきて、なぎ」
「そんなこと言って、後悔しても知らないよ?」
そのキスから、どこまでいける?
KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
すべてのきっかけはキス。
付き合うとか付き合わないとか、好きとか嫌いとかは二の次で、キスがすべての始まりだった。
すれば恐ろしいことが起こるけれど、しなくても困ったことが起こる。
堅物なわたし(野宮ハルカ)は彼とのキスはとても恐ろしい。
恐ろしいことが起こるからだ!
けれど、そのキスがないとわたしの生活の安定は保たれないらしい。
関係が膠着しても、別れを考えても、キスが必要な限り、わたしは彼のそばから離れられない。
そのキスから、わたしたちはどこまでいけるの?
そのキスには未来があるのでしょうか?
キスで引っ張るラブストーリー。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
オ ト ナ の事情。~人気アイドル × 人気モデル、今日から “ワケあり” な同棲始めます!~
月野アナ
恋愛
【”スキ” と言えない距離が切ない、ワケあり同棲ラブコメディー】
オトナの恋は、複雑な事情で溢れてる──それは甘くて、切なくて、誰にも秘密の期限付きの恋
***
人気アイドルグループ BLUE のボーカルとして活躍する向坂宏之(コウサカ ヒロユキ)は、ひょんなことからドラマの共演者である狭間ルナ(ハザマ ルナ)と同棲することになってしまう。しかし、7つも年下のルナは、28歳の宏之にはとても理解のできない超自由人!
最初はそんなルナのマイペースに戸惑いを隠せず調子を狂わされているばかりの宏之だったけれど、ぎこちない同棲生活の中でその飾らない素顔とミステリアスな過去に触れ、次第に惹かれていってしまう。ところが、通い合い始める二人の心とは裏腹に、実はルナにはあるタイムリミットが迫っていて……?!
本当のことなんて誰も知らない。日本中が見守ったビッグ・カップルの、切なすぎる恋の始まり。
***
人気アイドル × 人気モデル、今日から “ワケあり” な同棲始めます!
《明るい君が 困ったように笑うから、俺は好きなんて言わないと決めた》
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
竜の都に迷い込んだ女の子のお話
山法師
恋愛
惑いの森に捨てられた少女アイリスは、そこで偶然出会った男、ヘイルに拾われる。アイリスは森の奥の都で生活を送るが、そこは幻の存在と言われる竜が住む都だった。加えてヘイルも竜であり、ここに人間はアイリス一人だけだという。突如始まった竜(ヘイル)と人間(アイリス)の交流は、アイリスに何をもたらすか。
〔不定期更新です〕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる