Lifriend

結局は俗物( ◠‿◠ )

文字の大きさ
上 下
14 / 35

シックシックミッシング 7-1

しおりを挟む

 身体が怠い。風邪だろう。もともと風邪をひいていての行動だったのかも分からない。布団の中で目覚まし時計を見つめる。仕事を辞めたばかりで目が覚めたと当時に時刻を確認する癖が抜けない。予定が狂って生きているがあと3日なら再就職も考えにない。
「飲んでいいってば」
 初音が落ち着かない様子だ。空腹なのだろう。人間に化け続けるには吸血が必要なのだそうだ。
「貧血が3日後の死因に響いたらどうする」
「貧血の薬飲もうか?初音くんがそわそわしている方が気になるんだけど」
 葛藤しているようだ。暫く初音は吸血していない状態で人間に化けている。
「アンタ、もう怒ってないのか」
「怒ってたのは初音くんの方でしょ」
「…そうだったか?」
「仮に私が怒ってたとしても…そういうのは常に怒ってるものじゃないから」
「出た」
 次に来る言葉は分かっている。
「面倒臭い女」
「面倒臭い女」
 初音と声を揃えて続きを言う。
「私は休みだけど、バイトあるんでしょ、飲みなさいって」
 そういうと同時に視界が変わる。空気も変わる。寝ていた布団の感触も変わる。いつもと違うのは寝間着に身を包んでいるところだ。けれど身に覚えのないこれも薄手の派手なローブのような寝間着。
「これ、着るイミ、ある?」
 胸元が大きく開いている。毎回変わる派手な下着が見える。
「脱ぐか?」
「着させていただきます」
 初音なりの気遣いなのだろう。シーツを寄せて肌を隠す。室温は丁度良いが、今の体調では身体を冷やしてしまいそうだ。
「なぁ」
「何?気、遣ってくれてるの?」
 今までは背後からだったが今日はベッドの上で膝立ちで向かい合い、初音は正面から抱き留める。
「初音くん!」
「嫌なんだろ、こういうの。分かってる」
「だったら…」
 真剣みを帯びた初音の声に拒否することを忘れた。
「アンタは悪くない。俺が無理矢理こうしてる」
「急にどうしたの。早く飲みなさいよ。バイト遅れるでしょ」
 抱擁の力が強くなる。
「だからアンタは何も裏切っちゃいない。俺が巻き込んでるだけだ」
 いつの日か言った、宛てのない誓い。言い訳。呪い。初音の意図が読めない。
「本当、どうしたの。あなたもどこか悪いの?」
 抱擁を解かれ、僅かな間お互い見つめ合った。蒼白い顔にガラス玉を嵌め込んだような黒い瞳に、窓から差し込んだ光が反射する。
「アンタとあと3日しかいられないコトが惜しくなった」
 初音は素直にそう口にしてから首筋に頭部を埋める。正面からは初めてだ。初音の背に回しかけた腕は途中でシーツの上に落ちた。すでに回された初音の爪が背に刺さる。
「私が死んだら」
 3日。実感はない。信じきれてさえいない。
「初音くんはどうなるの」
 人間になりたがっている。アルバイトも見つけた。けれど契約相手は死ぬ。その後初音はどうなるのだろう。聞きたくなかったが、同じくらい気になった。
「アンタからもらってる生気が尽きたらまた、死神に戻るだけだと思う」
「じゃあ初音くんは」
「アンタのいなくなった世界を見るんだ」
 首筋から口を放して初音は言った。息が首にかかると擽ったかった。
「良かった」
 躊躇した腕が初音の背に回る。
「何だよ」
「あなたも消えちゃうのかと思った」
「バカじゃないの」
「うん。バカみたい。あと3日で死んじゃうんだって思ったら、急に…ッ」
 初音の動きが止まって、それからまた首筋に歯を立てる。
「ありがとう、初音くん」
 背骨が浮いた背中は広く固い。悲しくはない。少しだけ満たされたような気分になって、瞬くとぼろりと眦から熱が零れた。
「ごめんなさい」
 誰の背に縋っているのだろう。誰に抱き締められているのだろう。意識は遠退いて。誰とも分からない名前が頭に浮かぶけれど、声は口まで届かずに。

 清算と精算は今後があってからこそ役に立つ。だからすでに死期が近い身でそれをして、何か満たされるだろうか。
 気付くと「いつものところ」へ足が向く。大きな駅に隣接したデパートたちに繋がる立体横断施設。思い出の場所。出会いの場所。身体のだるさも忘れていた。望んでいたはずの「死」を目前にした時すでに自らそこに行く気が失せた。疎遠になった家族や友人が思い返される。少しの間1人にさせておく、が4年経っている。
「お姉さん」
 片岡だ。ビニール袋を下げて薄いブルーの上下揃った服を着ている。仕事中か、これからか。
「あ、おはよう」
「やっぱり元気ないです。オレの…せいですか?」
「ううん。違うよ。元気ないかな?」
「…そうですか。顔色悪いですから。でも思ったよりは元気そうです」
 相変わらず胸ポケットに有名なキャラクターのマスコットがついたボールペンが挿さっている。
「これから出勤?」
「はい。今、まどかを幼稚園に預けてきたところで」
 片岡は笑う。ここは片岡の死地なのに。
「仲直りできました?」
「う~ん、多分」
「そうですか。よかったです。なんかちょっと残念な気もするんですけど」
 利用できるわけがない。片岡は片割れなのだ。自分自身なのだ。
「あの」
 またひとりの世界に入りかけて、片岡の声で我に返る。
「迷惑かけませんから…!」
 腕を取られ、握り締められる。温かい。半分渡した命で冷えた指先が温かくなっていく。
「迷惑かけないようにしますから、まだ好きでいていいですか」
 諦めないと以前言われた気がする。迷惑ではない。何よりも3日後に死ぬ。片岡も後を追ってすぐに。セミなのだ。土から出てきた、羽化したセミ。
「オレのこと、好きになってもらえないの、分かってるんです」
 セミの鳴き声と比べるほうがおかしいくらいの小さな声。割り切れない感情だろう。本能と錯覚なのだから。そしてそのような業から解放したい気持ちは確かにあるが、やはり出来ないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

異世界でワーホリ~旅行ガイドブックを作りたい~

小西あまね
恋愛
世界史オタクで旅行好きの羽南(ハナ)は、会社帰りに雨に濡れた子供を保護した。そのご縁で4泊5日の異世界の旅へご招待!紳士的なイケメン青年アレクの案内で、19世紀ヨーロッパ風の世界をオタク心全開で観光するが、予想外のことが起こって…? 題に「ワーホリ(ワーキングホリデー)」とありますがお仕事展開は第2章からです。異文化交流多め。 本オタク×歴史オタクの誠実真面目カプの恋愛展開はゆっくりで全年齢。ヒロインが歴史・旅行への愛を糧に(?)人生切り開いていきます。ヒーローは地道で堅実な職業ですが、実は王子や魔王というオチはありません。家事万能年下男子。魔法やチートはないけどエセ科学はある。女子が仲良し。メインでありませんがざまぁ(因果応報)あり。ハッピーエンド。 ストックが切れるまで毎日AM 6:00更新予定です。一話3千字前後目安ですが、一部大きく異なります。 ∕ヒーロー君の職業出てきました。貸本屋です。私はヨーロッパ風小説でこの職業のキャラを見たことないのですが、当時庶民の文化を支えた大きな産業でした。 ∕第2章21話から不定期更新です。3月中に完結予定です。 ∕本作は小説家になろうにも掲載しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

処理中です...