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金春村 全34話(打切り風)/5話~/剽軽攻め/偏屈クール攻め/ワンコ受け/若パパ受け/
金春村 23
しおりを挟む巴炎が帰ってきてたのを火子伝てに聞いた。その名を聞くとうんざりするような疲れに襲われながら、山鳩の隣に入っていたところを引っ張り出される。
「顔色が優れませんわね」
「なにせ赤ちゃん扱いだったから。目を離したら死ぬ生き物だと思われてたみたいにさ。稲城長沼くんのお友達みたいなのもずっと見張ってたし。さっき居たでしょ、あの女の子みたいな腹喋りの美少年」
火子の瞳孔の奥を見ようとした。彼女には何の揺らぎもない。やっと距離を戻しつつある弟じみた幼馴染に手いっぱいなのだろう。それが咲桜にとっても心朗らかだった。
「お父様は、あたくしの縁談の話を、お兄さんになさいまして?口止めされていたのなら答えてくださらなくていいのですけれど、それとなく訊くよう、言われてらしたら……」
咲桜は内心、「おっ!」と思い、口にも出しかけていた。火子は山鳩が猫の化けたのみたいに丸くなっている模様を所在なく観察している。
「いいんですのよ、いつでも。ただ叔父兄、あたくしに嫌味を言っておいてあたくしが本当に結婚したら、翠鳥はあたくしと行くんですのよ。翠鳥がそう言ってくれたんです。あたくしとても嬉しかった」
「ふぅん。山鳩クン行くならオレもご一緒しようかね。まぁ自邸警備士にはなるでしょうな。で、相手はいるのかい。気持ちの話だけ?」
「候補の方が何人かいらっしゃいますの。まだお一人しかお見合いはしていませんけれど。翠鳥と合う方がいいです。あたくしと来てくれるって言うんですから」
咲桜は首を傾げた。女配偶者と同時に連れ子や義弟みたいなのが家に居るのだ。婿からすれば彼女と山鳩の関係を潔白な目で見られるのか疑わしい。
「婿さんは許してくれるかね」
「難しいとは思います」
「で、そのお見合いした人ってのはどうだったのさ。嬢ちゃん的には、合いそう?」
大きな目が眼窩から転がり落ちそうになりなる。満更でもないという感じがあった。
「まだお兄さんが来る前のことでしたし……随分前のことで………あたくし、半ば自暴自棄だったんですの。身ひとつでどうにでもなると思っていましたから……伊勢石橋様という方です」
「ふぅん。オレよりいい男なんだろうな」
「はい」
即答に咲桜は首を捻る。火子はまた飽きもせず頭の位置を変えて丸まり続けて眠る山鳩を眺めている。
「……なんて、ふと思い出したんです。いいえ、本当のことを言うと、お兄さんがお父様のところにいる間そんな話があったのかと思ったんですの。何故といって……そうなのかと疑ってしまったんです」
「ああ~、オレのこのつぶらな瞳のせいだね」
香染目に対する悪戯心を見透かされているような心地だった。
「お兄さんが来てから、色々変わって……あたくし、いい意味で、結婚したくないんですの。まだ翠鳥と居たいです。どうなるか分からないですけれど、まだ昔みたいに、この村で、あたくしはあたくしで、翠鳥は翠鳥で」
懐かしく温かな過去の話は火子にとって不本意な感情を引き連れてくるらしかった。眼は潤みがちで、それを乾かすために目蓋を大きく開くのだ。だから尚更輝いて見える。
「オレぁ君たち幼馴染には強火なんだよな。意地悪叔父さんの話は聞かなくてよろしい」
少女の肩を一、二度軽く叩いた。
「あたくしきっと、お兄さんがそう言ってくれると思って期待していたんですわ。ごめんなさい、甘えて」
「いいよ。そのためのオレでもあるんだから。寝て起きて人の期待に応えて食う飯は美味いし。最高のお新香だよ!山鳩クンもお嬢ちゃんが肩から力抜けてるほうが嬉しいっしょ」
山鳩の寝顔を見下ろす火子の横顔は美しかった。そこに彼女の叔父と共有している邪な審美眼はなかった。飼男を監督していた少年には甘過ぎる毒かも知れない。
「ま、爺むさい助言をするのなら、見た目がいい、よろしいな。金を持ってる、よろしいな。家柄がいい、よろしいな。でも一番よろしいのは、気持ちの優しくなれる相手がいいですわ。究極それだから。究極は」
言い終えたところで廊下から不穏な足音がした。計算よりも襖が開くのは遅かった。咲桜がその思慕を弄り倒し捏ね繰り回したい少年が入室の許可を取っている。火子は誰にでもするような素気無い、しかしはっきりした声で許可した。
「お屋形様がお帰りになりました。陸前高田様をお連れしてもよろしいですか」
赤痣みたいな火傷痕のある美少年が特徴的な腹喋りで訊ねた。話者本人は稲城長沼のように片膝をついて顔を伏せ、ひどく真面目な体勢なのだから滑稽で、虚空から話しかけられているような不思議な体験を得る。
「普通こういう場合、陸前高田先生本人に訊くべきではございませんこと?」
火子なりの咲桜への気遣いでもあった。それは若い忍びへの非難になってしまう。板挟みにある彼女は苦々しげだった。
「まぁまぁ、お嬢様の手前、そういう手間も必要なんでしょうよぉ。まったく、お偉方の顔を立てるには無駄の上に無駄を積み重ねなきゃいけませんからな。いや、むしろ無駄の多さこそ誉というわけですわな」
咲桜は2人のぎすぎすした空気を気にすることもない。
「今、旦那どうしてんの」
「ひどく憔悴しておられます」
「なんで」
「陸前高田様がいらっしゃらないために」
肩凝りをほぐすみたいに咲桜は首を左右に傾げた。その様を容易に想像できる。項垂れて捉えた香染目の眼差しは火子に送られている。彼女は山鳩の横たわる布団に半分身体を向けていた。
「戻るか。ヤだけど。ありがと、嬢ちゃん。またすぐ帰ってくると思うけど、ダメげだったらまた迎えに来て」
「あたくしも行きます。あなた、彼を看ていてくださる?ひとりにしておきたくないのです」
火傷痕の美少年忍びは頷いた。火子はまったく疑う様子がない。今山鳩にとって一番危険な男が稲城長沼ではなく彼であることに。
咲桜は襖を出る時まで、恋慕の美少年が任務の片手間に火子の姿を追っているのを執拗に盗み見ていた。
「さっきの子かわいくない?」
「さっきの子……?」
先を歩く火子は律儀にもわざわざ足を止め、振り返った。話し込むほどの内容ではなく、進むよう促した。
「あの赤痣のある蕎麦殻ナントカ衆の若い忍び」
「考えたこともありません。それに、目的もなく人の見た目を断じてしまうのは憚られます」
「本人に聞こえなきゃいいのさ。今、山鳩クンの子守りしてるんでしょ?まさか天井裏まで来てないよね?」
前を歩く少女は呆れたのか返事もしなくなった。
「俗人は無職でも生まれつき2つの仕事を持ってる。なんだと思う?」
「お兄さんのことですから、食事と睡眠とでもいうんですか。それとも怠惰と乱食?」
「いい線イッてるけど違いますな。正解は、他人評論家と自己弁護士」
またもや反応はない。
「あまりこういうことは言いたくありませんが、お兄さんは翠鳥に手を出したんです。お忘れではありませんね?お兄さんが女性を好いているということは存じています。ですが、翠鳥以外の男児を可愛いだなんてやめてくださいまし!あたくし、お兄さんなら翠鳥を悪いようにしないと信じておりますのよ。だからあたくし、翠鳥とお兄さんの関係についてほぼほぼ心配はないと思って片が付きましたの。後生ですから、後生です!翠鳥以外の男児に色惚気を抜かすのはやめて!」
まるで不貞を叱る世間の妻のような物言いで、聞かされている咲桜にも滑稽に映っていた。
「申し上げさせていただくなら、お兄さんがそんなこと言う方を、あたくしはかわいいと思えません!」
辱められていく美少年の慕情が尚更磨かれていくようだった。満面の笑みに変わっていく。反対に野州山辺の少女は肩を落とす。
「……複雑な三角形を描いておりますの?怒らりませんから、正直におっしゃってくださいな。怒りませんから……多少、気持ちの整理の時間はいただきますけれど…………複雑なんです!お兄さんたちの歪な三角形じゃ完結しません!それはお兄さんもこの屋敷に入って、目の当たりにしましたね……?」
「うん。でもホントに安心して。オレは山鳩クンとしかデキてないから」
可憐な目は強く溺愛している幼馴染の契り相手を睨み付け、いくらか威勢を持って歩き出す。父親の部屋前まで来て、彼女はまた弱気な態度に戻った。
「頼むで。オレを守って~」
咲桜はくねくねの身体を曲げて戯けた。項垂れた馬の尾みたいなのを付けた頭が前を向く。
「父親。あたくしです、火子です。お話がございます。入ってもよろしいでしょうか」
うん、と短い、幻聴や空耳と聴き紛う、はっきりしない応答があった。野州山辺の娘の手が襖を開く。
「陸前先生もご一緒です」
巴炎の目は娘の肩越しにいる食客に釘付けになった。
「朝ぶりで」
接し方が分からない。巴炎は傷付けても構わないと断じるほど嫌な相手ではなかった。しかし腫物同然に扱うような相手でもない。髪を掻きながら無難な言葉を探す。同居してるといっても過言ではないのだ。この兄弟のように壁を作って生活するのは苦しいものがある。
「あ、ああ……」
「お父様。陸前高田先生は火子の先生です。お父様が独占していては、勉学に励めませんことよ」
「すまない……」
「お父様らしくありませんでした」
眠っている間、そして飼われている間、屋敷の者たちにどのような変化があり、またどういう指示や要求が飛んでいたのか、それは咲桜の知るところではない。
「私らしいというのはどういうふうだった?私にとっても陸前高田くんは大切な人だ。彼があんな目に遭って冷静で居られるはずがない。おかしくもなる。私のやったことは悪いことだ。私のやったことは確かに許されない。悪いことだ。けれど、もうあんな思いはしたくない」
巴炎は両手で顔を揉みくちゃにする。肩幅は広く背も高い大男であるにもかかわらず、虐げられ泣きじゃくる女児のような純な哀れさがある。
「お父様は陸前高田先生がお好きなんですの?お慕いしているんですか。この際はっきりさせましょう。あたくし、反対いたしません」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと!ちょっと、お嬢ちゃん?」
「止めないでくださいませ。お互いの距離の測り方として、きっと大切なことです」
「あのね、お嬢ちゃん。大人の事情ってものがあるんだよな。大人と親の葛藤ってものが……」
火子の後ろに落ち着いていたが咲桜は隣に並び、巴炎を背にしてした。
「それじゃ、よく分からない微妙な関係をなんとなく続けていく気なんですの?確認しなければ無いも同然で居られるから?お父様、それでいいんですの?陸前高田先生はその点、麻痺薬よりもずっと鈍感な方です。何も伝わってません。いいんですの?それで!この方は、このことも、ただの乱心だと思っているんです!」
打ちのめされ、折檻された生娘みたいな巴炎に愛娘の鞭が容赦なく振り下ろされる。答えたのはここにいる誰のものでもなかった。
「残酷です」
腹喋りの妙な質感が残っている。咲桜は火子の後ろ、いつの間にか開いた襖の奥にいる火傷痕の少年にたまげた。
「すべて言葉で分かりあっても感情が伴えないこともあるはずです」
香染目は口を動かさない。どこから声を出しているのか分からない不気味さがあった。忍びでなければ、陽気な人であったなら、一芸として見られたであろう。火子は顔を顰めた。
「なんですの、あなた。翠鳥をみていなさいと言ったわね。お戻りなさい!」
「いいんだ、香染目くん……私は大丈夫だから、任務に戻ってくれ」
巴炎に制されると、赤痣の美少年は一礼する。
「あ~、じゃあ、オレも戻ります。旦那の考えがまとまったらでいいんで。そういうの、気持ちの整理とか準備って要るでしょ。っつかボキがそうだし」
火子を置いて、咲桜も戻ってしまった。中紅梅の部屋には香染目の他にもうひとりいた。引き継ぎの途中だったらしい。香染目でないほうは咲桜に会釈して消えた。火傷痕の美少年は薄い瞳を山鳩に注いでいる。
「お嬢ちゃんは山鳩クン命ですな!まったく、誰も入り込む余地がない!」
聞こえていないのか、咲桜のほうを見ようともしない。不穏な視線だった。
「罌粟朱郡の寺子屋……」
若い忍びは山鳩を強く見つめたまま呟いた。腹喋りではなかった。
「え?なんて?」
土瀝青みたいな色の瞳が咲桜を向いた。晴れた日に澄んだ水を汲んだブリキのバケツの底みたいだった。囚われたような心地になる。桜色の唇は動かない。腹喋りもしない。無言だ。山鳩の寝息だけが聞こえる。不思議な色の瞳が枕に戻る。火子が稲城長沼に恐れているものと方向性だけ異なる不穏な空気がびしびしと伝わる。知りたくなかった。幼い頃から人の顔色を窺う癖がついている。それが不用意に鍛えられ、余計な情報を得てしまう。
「山鳩クンのこと、嫌い?」
根拠はなかった。否定を待ってもいる。しかし山鳩は意中の娘が傾注している相手で、命令であったにせよ一時の殿純潔を奪われることになった相手でもある。煌めき過ぎた水面を彷彿とさせる双眸が妖しく咲桜を捕縛する。何か言うと思った。腹喋りかは分からない。唇を見つめてしまった。その口元が薄らと笑む。
「おでのこと嫌いなの?」
衣擦れと、ほんの小さな振動。いつから目を覚ましていたのか、随分と寝起きがいい。
「青藍様とのこと?」
山鳩は媚びるような表情だった。冷ややかに香染目はそれを受けている。
「巻き込んでごめん……」
「嫌いじゃないっしょ、別に」
咲桜は山鳩の肩を握った。おそらく嫌っている。少なくともこの土瀝青色の瞳の持主は好感を抱いてはいない。右半分を損傷していてもなお美しい少年は、掘りたての芋よろしく泥臭い色売り坊主を蔑んでいるようでもあった。
「おで、えっと………できるだけ、嫌な気持ちにさせないようにすっからさ……!……………ごめん」
山鳩は努めて明るく振る舞った。無言の若い忍びは表情ひとつ変えない。
「あ、えっと、火子ちゃんは?あ、あ、ご、ごめんなさい、咲桜様……おでひとり、寝ちゃってて……」
「それはいいんだけどさ」
山鳩の肩をまだ放せなかった。明言させるのは残酷だと口を挟んだ香染目の言葉が重くのしかかる。知らなくていいことだった。
「火子お嬢様をお呼びいたします」
腹喋りがどうにも小馬鹿にしているようだった。落胆している少年と2人きりになる。沈黙に気を遣い、山鳩は焦ったように喋った。
「火子お嬢様、大丈夫そうでしたか?倒れちゃったりしたらヤダなって。おで、ひとり寝ちゃって情けないや。火子お嬢様も一緒に寝てくれるって言ったのに……」
首が据わらなくなり、咲桜は額を撫で摩った。可愛らしいが間抜けな会話だ。彼は異性と寝るという表現の危うさを知っているのだろうか。
「するってぇと、一緒に寝てたんかい」
「ちょっとだけ!」
指摘すると素直な頬が淡く染まる。無邪気な少年の髪を掻き乱すように撫で付けた。山鳩はそのまま咲桜の肩に撓垂れかかる。飼い猫の如く甘えるようになったのが嬉しかった。
「山鳩クン……?」
「言うの忘れちゃったんですけど、お帰りなさいまし」
彼を仮想の弟のようにも思っている。だが他の感情も紛れているのだから質が悪い。火子に警戒されてしまう感覚も持ち合わせている。架空の弟のようだと慈しむことができておきながら、参ってしまった相手として愛でることもできてしまう。
「ただいま」
帰るところができていた。拘束的な休息では解消できなかった疲労が捻くれた彼を吟遊詩人みたいな感受性にした。
「川で遊んだ時のこと、ずっと頭から離れなかったです。楽しかったなって。あれが最期になったらヤだなって思いました」
「山鳩クンらしいね。んじゃまた行こうか」
「おで、らしい?」
「うん。楽しかったなってとこがさ。だってそういうときは、悲しいとか、寂しいって来るものだと思うじゃん。山鳩クンっぽいや」
山鳩は人懐こく咲桜の胸に張り付いていた。子猿みたいで、離したりできなかった。咲桜自身、悪い気がしなかった。火子が部屋に戻ってきても彼等はそのままだった。
「仲が良いのね」
「お嬢ちゃんも片側くる?」
「あたくしは遠慮しておきます」
山鳩は幸せそうにはしゃいだ。青藍が寝たきりである。それがこの少年にとっては開放的なのだろう。しかしながら、彼が自覚をしてしまえば生活上、罪悪感に苛まれることになるのはみえていた。
「旦那と話したんかい?」
鮒にエサをくれている背中に問う。
「ええ。お兄さんが出ていったりしないかは心配していました。やることは大胆ですけれど、ああ見えて気の大きな人じゃないんです。出て……いきませんよね?」
彼女は上体を捻り顧みた。
「うん。そりゃね。ここ、今のところオレん宅でもあるからね」
「…………そうですわね」
「山鳩クンだってオレと離れたくないもんな?」
少年は頷いた。肩に凭れる身体を擦り付ける猫を思わせる。火子はわずかに苦い表情をちらと見せた。
「お父様のこと、お嫌いにならないでくださいな。おかしなことをするのは、それだけ原動力が大きいということですから……いいえ、あの、出過ぎた真似をいたしました。迷惑を被ったお兄さんに言うことではありませんね」
「まぁ、迷惑っていうかお嬢ちゃんにも山鳩クンにも会わしてくんなくて、稲城くんのことも教えてくれないからさ。あとあの子供みたいな蕎麦殻ナントカくんも黙りだし。だから暇でさ。寝てるだけで食わしてくれるのはありがた……くはないか」
大きな手に握られた枝みたいな箸がご丁寧に魚の小骨まで取り除いて口に放られるのだ。どこか気味が悪い。そして巴炎は調味料を好まないため味が薄い。塩や醤油をかけない。食の好みが合わないのである。味を濃くしたがる人間が目の前に、まさに飼っている男がそうであるという考えもない。共に食事を摂る相手は行儀がいいのだ。絆に繋がれる前の飼われ男のように好き勝手に味付けをしたりしない。
「嫌いになったりしないって」
咲桜はへらへらと締まりのない笑みを浮かべた。
「あんまりお父様を責めたり問い詰めたりしちゃいけないよ。突飛なことをしがちなら尚更」
「痛感しております」
火子は俯いてしまった。父親のことが重くのしかかっているらしい。
「ところでさ、ところでなんだけど、ケシ……ケシ、ケシなんとか郡の寺子屋ってどこ?何かあんの?」
肩口にくっついていた夏場の湯たんぽが動いた。
「罌粟朱郡……?」
「そう、そこだ!」
山鳩の顔が強張った。曖昧に聞いたおそらく地名を彼はきれいに補完した。香染目は確かそこの寺子屋と言っていた。
「どうして……」
動揺を含んだ強い関心を示す幼馴染に火子は妙な眼差しをくれる。
「そこに何かあるの?翠鳥」
彼は凍えたときのようにぶるぶる首を振った。
「べ、別に、何もないでございます、です……よ………」
二度三度重げに畳を見つめて瞬ぐ山鳩に、火子と咲桜は顔を見合わせた。彼はその素直な性分ゆえに嘘が下手だ。
「若旦那関係のこと?」
野州山辺の娘の目が尖る。咲桜の予想では、罌粟朱郡とかいう場所の寺子屋で待ち合わせであるだとか、もしくは、そこに2人で住むなどの夢見ちがちな約束を取り付けているとかだった。
「全然、全然違います!と、もだちが、そこにいて…………ただ、それだけです」
山鳩は畳の目を凝らし、ぼうっと喋った。咲桜は火子の言葉を待った。共通の知り合いだと思い込んでいた。しかし彼女も胡乱げな様子をみせた。
「友達?あたくしの知っている方?」
山鳩はまた凍えたみたいにぶるぶる首を振った。
「火子お嬢様が野州山辺のお屋敷に入ってからのことですから、多分、知らない人だと思います。でも、なんでそれ……」
おそるおそる、あどけない目が咲桜を捉えた。疑うようでいて、疑うことも躊躇うような。そこまでにこの地名らしきものが山鳩を揺るがすものだとは思わなかった。発言者を特に隠す必要性も感じず簡単に口を割る。
「香染目くんから聞いた」
途端に少年の表情に不安が過る。
「なんで、そんなこと…………」
「知られたらまずいこと?」
慰った声音で火子は可愛くて仕方のない幼馴染に触れた。
「そうじゃないですけど、その人、この村の人じゃないから…………なんで知ってるのかなって思って……」
「怖がることじゃないっしょ。オレもいつも尾けられてるっぽいし。ねぇ?蕎麦殻ナントカ衆のみなさん」
試しに天井へ吠えてみたが何ひとつとして反応はなかった。
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