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ネイキッドと翼(74話~) ケモ耳天真爛漫長男夫/モラハラ気味クール美青年次男義弟/
ネイキッドと翼 77
しおりを挟む茉世はその夜、自室から布団を持ち込み、蘭の部屋で寝た。自身の匂いというものを自身では分からなかったが、洗濯用洗剤やシャンプーの匂いに包まれると落ち着いた。
蘭との間には中学生男子が寝ている。狡猾な飼猫るんも発育途中の小柄な躯体に乗って喉を鳴らしている。猫とは文鎮のごとく人を踏み潰す生き物なのだ。
除湿のために稼働しているエアコンが息吹のようだ。
自室から聞こえていた鈴虫の囀りはこの部屋には届かない。
「うぅ………うぅ………」
隣から唸り声。蘭ではなかった。
「禅さん……?」
茉世は飛び起きる。白い毛尨が小柄な中学生の呼吸を阻んでいるのではあるまいか。尊大な生き物を追い払う。すると、今度は隣で寝ている家主の上で丸くなる。この不遜な獣は人を敷布団だとでも思っているのだ。
「うぅ……」
しかし義末弟はまだ魘されている。
「禅さん」
肩を揺する。そろそろ肉体的にも明確に性別が分かたれる年頃のはずだが、その骨といい、肉といい、見た目よりも細い印象を与えた。
「ううう………」
義弟は目覚めない。茉世はその額に触れた。髪は湿気を帯び、肌は汗ばんでいる。そして痙攣を起こす。強い電流がその身体を駆け巡っているようだ。とても尋常の状態とは思われない。
「禅さん……っ!」
茉世は蘭を起こしにかかった。しかし目覚めない。激しく揺さぶった。首の骨が折れ、脳髄が液体と化すほど揺さぶった。だが蘭は、大きな鼾をかきはじめた。呑気に寝ているようには思われない。何か重篤な変化が生じているようだ。洞窟に吹き荒ぶ木枯らしのような鼾に、安眠の響きはない。蘭もまた尋常な状態にはないようだ。
「蘭さん……っ」
一気に背中が暑く濡れた。
「茉世義姉さん」
蘭ではなかった。茉世は義末弟を見遣る。禅の声でもなかったが、禅から聞こえるのである。
「ひっ……」
悲鳴を上げられるほど、彼女に余裕はなかった。驚きのあまり耳を劈く奇声を上げられるほど、この女の肝は据わっていない。代わりに吃逆のような息が漏れた。
禅の顔は半分、尼寺橋渡霑になっていた。映像を切り取ったような霑の顔が、苦しみに歪む禅の顔の半面に重なっている。霑は茉世を見ていた。火傷痕がないほうの顔が浮かんでいる。霖と同じ顔立ちだが、その悪辣な面構えを見紛うことはなかった。
「三途賽川のお嫁さん、お久し振りです。ボクですよ、ボク。霖さんのスペアです」
言葉を話している。幻覚に違いなかった。これは夢だ。分かっていながら、目覚め方が分からない。
「三途賽川のお嫁さんに会いたくて、出てきましたよ」
「あぁ!」
禅は苦しんでいた。背中を布団に打ち付け、四肢を這わせる様は、宛ら毒液を噴霧された蜘蛛を思わせる。
「禅さん……しっかりなさって……!」
霑は笑っている。肉体の持主の苦しみは、この張り付いた別人の顔には伝わっていないようだ。
「三途賽川のお嫁さんも、いじめられてるんでしょう? いじめられっ子も、場所を変えればいじめっ子になり得るんですね」
「禅さんをいじめているのはあなたでしょう、霑さん」
禅の身体を揺する。しかし禅の躯体も内側から慄えていた。寝間着は湿気を帯び、茉世の手もまた嫌な汗で湿っていた。
「いじめ! ボクたちは双子の兄弟ですよ。幼い頃に引き裂かれた哀れな双子です。兄弟間にいじめがあるというんですか。だとしたらその原因はなんですか? 三途賽川にあると思いませんか。三途賽川の正当な子供でありながら、いじめですって? 情けないですね。男がいじめられるなんてことはないんです。いじめられる男なんてものは存在しない。そんなのは男じゃないからです。でも女でもありませんね。じゃあなんですか? 人非人です。違いますか? 三途賽川にいじめられたボクも人非人ですね」
霑は笑っている。茉世は頭を空にしておきながら、拳を振り上げそうになっていた。この中学生男子に言葉は通じない。言葉が通じない相手には暴力で威し、決着するしかない。そして彼女はこの衝動的に弾き出された答えによって、我に返った。
「そうでしょう、三途賽川のお嫁さん。そんな認識で、跡継ぎを育てられるんですか。三途賽川の男子に弱さは赦されないのに……」
「誰が赦さないんですか。三途賽川ですか。わたしも今は三途賽川です。わたしは赦します。赦すとか赦さないとかないけれど……禅さんをいじめないで」
霑の顔は笑い声と共にかぎろう。
「それは侮辱だな! それは侮辱です。三途賽川のお嫁さんに擁護されるなんて、そんな屈辱はないですよ」
「うう……うううう……!」
茉世は、自身の手に負えない事柄だと理解した。永世か鏡花辺津月の手が必要だった。鏡花辺津月のほうは精神の容態が好くないようだが、禅の処置について、一人では判断ができなかった。依然として蘭も不安を掻き立てる鼾をやめない。
蘭の部屋を飛び出す。廊下の真ん中を走ったはずだ。だが壁にぶつかる。しかし平坦で、堅いものではなかった。茉世の視覚は、夜に潜む人の姿を認められなかった。
「鏡花辺津さん……っ! 禅さんが大変なんです……」
衝突の詫びも忘れた。
「どのように?」
彼は呑気だった。
「霑さんが乗り移ってて、禅さんは痙攣してるんです。蘭さんも起きなくて、鼾が……」
月に焦る様子はない。事の重大性が伝わらない。
「あの、だから! 禅さんがッ!」
「説明ヘタやな」
「とにかく、来てください!」
茉世は月を引っ張っていった。襖を開く。あるのは暗い静寂。
「あれ……?」
蘭の病的な鼾は鳴りを潜め、禅も静かな寝息をたてている。茉世は立ち尽くしてしまった。違う部屋に来てしまったのかと疑った。だがこの部屋だ。
「茉世奥様……せっかく呼んだデリ嬢を勝手に帰したり、何もないのに私を暗い部屋に引っ張り込んだり……もしかして私に気があるんですか? だから大旦那様とセックスをなさらないのですか? いいでしょう。一夜くらい、思い出になって差し上げましょう。いいですか、茉世奥様。これを慰めとして、明日からは大旦那様とセックスに励んでくださいな」
今度は月が茉世を引っ張った。二つの事柄に挟まれ、彼女の思考は停止する。先程の出来事は何だったのか。そして月は何を言っているのか。
月の借りている部屋に放り込まれる。布団が敷かれ、その上に投げ出され、転がった。布団の匂いや畳の匂い、ふと帰宅したときに香る三途賽川の匂いのほかに、生臭さが潜んでいる。いやらしい、淫らな臭さだ。
「茉世奥様は寝ていればよろしい。なにせ三途賽川のお姫様なんですからね」
茉世は汚らしい布団から跳び起きた。ところが出入り口を塞ぐようにして月が立っている。ジャケットを脱ぎ、シャツのボタンをひとつずつ外している。優雅な顔立ちに似合わない、凶暴な腹筋をしている。肉感を伴った板チョコレートがそこにある。永世のような生活感のある筋肉ではなかった。鱗獣院炎のような恵まれた骨格や体型による肉置でもない。自らファッションとして築きあげたのだろう。
「どうしました、茉世お姫様。私の胸筋に飛び込んできますか。いいですよ」
「寝ます……もう、寝ます……」
「ああ、無理矢理のシチュエーションがお好みなのですね。いいですよ。性に積極的であるというのは、女性にとっては後ろめたいものですからね。女は責任負うん嫌いやもんな」
シャツの前を開けるだけ開け、脱ぎはしなかった。白い手袋も嵌めたままである。黒瑪瑙と思しき光沢を持つ粒ガム型のボタンが外れた袖口が揺らめき、素肌が覗く。
「明日早いので……」
「小旦那様のお弁当は私が作ります。小旦那様の高校に直接届けても構いません。そんなことよりもセックスです。まずは避妊具を嵌めます。避妊具を嵌めるためには、陰茎を勃起させなければ。陰茎を勃起させるためには、茉世奥様の協力が必要です」
有無を言わせなかった。茉世の腕を掴む手は、薄手の布越しでも熱かった。繊維によって伝播した体温が生々しい。
「放して………ください………」
蘭から聞いているとおり、気を病んでいるらしいのは目の当たりにしている。しかし分家として三途賽川に付き従おうとしているようなのだ。蘭を裏切りはしないだろう。笑えない冗談だ。茉世は侮蔑の念を抱きながらも、まだこの胡乱な男を信じてもいた。
「茉世奥様が私を勃起させてくださるのですか。いいえ、本家のお嫁さんに、賤しい分家の見窄らしいものを触っていただくわけにはいきません」
月はスラックスのポケットから光沢のあるテープを引き出した。マジックショーのごとく、赤いリボンが長さを伸ばしていく。茉世は思わずその果てを凝らしてしまった。
「ご安心ください、茉世奥様。低俗な分家など、ソーセージと大差ないのですから。我々は茉世奥様含め、本家にとって腐ったカボチャ。傷んだニンジン。奇形のナスでございます」
リボンがやっと途切れた。一直線に伸ばせば人の背丈ほどもある。月は微笑を向け、それを畳の上に落とす。暗赤色のヘビが塒を巻いているようだった。
「ゆえに分家に恋心を抱くだなんて言語道断。茉世奥様は異常性癖をお持ちということですね。同性愛者でも異性とセックスはできますし、獣姦願望をお持ちでも相手が獣である限りは矯正や代替が見込めます。我々、虫螻に心を奪われるなんて……虫姦、魚姦、野菜姦、これらはマスターベーションと変わらない。茉世奥様はマスターベーションがお好きと見える。それは困りますね。誤ったマスターベーション、過激なオナニーはセックスの大敵です。直さなければ。直すためには日頃のオナニーを見なければなりませんね。私が見ています。けれど気にすることはありません。分家は人間ではありませんからね。陰茎の生えたジャガイモです。人語を解するダイコンでございます」
月は舌をカッと鳴らした。大した音ではなかった。だがそれは屋外コンサートのような音波を以って茉世を圧倒する。額の奥まで縫針の貫通したような衝撃。手が勝手に動く。
「え……?」
茉世は寝間着の裾を捲っていた。タンクトップが現れる。大きな膨らみを包み、小さな突起の影を透かしている。
「就寝用ブラジャーを着けるべきですね。クーパー靭帯が衰えてしまいます。奥様の見た目の衰えは、大旦那様の勃起の衰えでございます」
月は腕を組み、いたって冷静な眼差しを胸に注いでいる。
「見……見ないでください……」
茉世は握っている裾を放そうとする。けれども指は痺れ、関節の一つひとつが固まっている。
「私はただの規格外のブロッコリーでございます」
胸の上に寝間着の裾を置き、茉世はタンクトップ越しに自身の胸を抱えた。
「どうして……」
その行動は彼女の意思ではない。
「茉世奥様はお胸からオナニーするのですね」
彼女は首を振った。人に見せるものではない。
「私はタヌキに食い荒らされたカブでございます」
三途賽川の人々は、それで納得するのであろうか。だが茉世には、鏡花辺津月は一人の人間としか見做せない。その言葉に傷付き、その眼差しに辱められる。思想も主張も権利も感情も発生しない、ただの物体とは思えない。
「これは鏡花辺津さんの仕業なんですか……?」
震える声で茉世は訊ねた。顔は火照り、俯いて、目を閉じた。
「茉世奥様のご意思ですよ。茉世奥様はオナニーが好きなのです。デリ嬢を勝手に帰したのは嫉妬ですね。大旦那様と末旦那様の寝ている横に私を呼んで、私を誑かして、私でディルドオナニーをしようとしたからですね。茉世奥様は分家ディルドでオナニーするのがお好きなのです。何故なら茉世奥様は分家性愛者だからです。それはつまりオナニーなのです。大旦那様とのセックスを放棄して、オナニーに耽溺している。茉世奥様の意思でございます」
茉世には彼の言っていることが分からなかった。狂人の言い分である。意味が通らないのも無理はない。
茉世は己の乳房を抱える手から指を伸ばし、布を押し上げる小さな影を擦った。
「あ……」
天敵がすぐ傍にいる。生存本能が鋭敏に働き、神経が研ぎ澄まされていた。そしてそれは自身が引き起こした刺激も例外ではなかった。もどかしい感覚が胸の先端に芽吹く。
「乳頭オナニーから入るのはいいことです。いきなり性器から入るのはよろしくないでしょう。性感を高めることで妊娠率が上がるという話もありますからね。ただセックスを義務的に熟していただけるのならそれはそれで私ども下劣な分家一同には喜ばしいことですが、大旦那様と茉世奥様を見ているかぎり、義務的にセックスを熟せるご気質ではないようですので。次に繋げるためのセックスには性感を高め合う前戯が必要でしょう。問題は大旦那様のテクニックですね。セックスをしないのなら、日頃から大旦那様に乳頭マッサージをしていただくことです。フェラチオやクンニリングスと違って汚れもしませんから、同衾しながら実行できますね。そのままセックスに繋がれば、私ども卑賤な分家一同は泣いて喜びましょう」
月は淡々としていた。茉世が指先で乳頭を捏ね繰り回しているのを眺めている。
「ぁ、あ………」
「茉世奥様の乳頭のように、大旦那様の陰茎も固く勃起すればいいのですが……」
「ん…………ぁ………」
茉世は目を眇めた。胸の先端を摘む。布の感触と適度な圧迫の快楽に、思考がぼやけた。鏡花辺津月の存在もどうでもよくなりはじめている。
「茉世奥様はゲテモノ食いでいらっしゃるようですから、私を"おかず"にしてください」
腕組みを解いて、月は両肌を脱いだ。真っ白なシャツが肘の辺りで撓んで留まる。鍛えられた肉体が露わになった。ところが茉世に響くのは、弱い個体、膂力の劣った雌としての危機感であった。取っ組み合えば勝てない。容易に組み伏せられ、反撃は赦されない。一方で、この肉体的魅力のある強者に取り入り、その庇護下に入りたい淫らな打算も働くのであった。
屈辱である!
「やめさせ……くださ…………ぁ………」
口腔に溜まった涎が滴り落ちる。前屈みになり、眉を下げ、目は潤み、頬は紅潮していた。
「ゲテモノ食いの茉世奥様でも、下等な分家では萎えてしまいますか?」
「は…………ぁ、…………」
彼女は応答しない。涎を垂らし、瞳を濁らせ、胸を弄り続ける。脳裏に、この場にはいない人間の姿が浮き上がりはじめていた。抵抗した。だが鏡花辺津月の体貌を削いだり付け足したり塗り直したりなどして、蠱惑的な彫刻ができていくのである。畑仕事で焼けた肌、鍬を振り翳しできた筋肉。伏せられがちな長い睫毛。密着型の小さな耳。ふと、筋肉の隆起の陰に目印のごとく刻まれた一点のほくろのことも甦った。
背後から、何者かが腕を伸ばし、己の腕と代わってしまったかのように感じられた。肉感も大きさも変わらない。勝手に動いてしまうが、動かしている感覚もあった。けれど茉世は支配されてしまった。肉体はすでに身を委ね、抗うことを放棄していた。だが目蓋の裏に築き上げられた彫像は壊さなければならなかった。
「だめ………、だめ……………だめ………」
粘性を帯びた口水を溢しながら、茉世は自身に言い聞かせた。比べるべくもないほど筋力も骨格も肉付きも異なる腕に、幻想を重ねてしまう。打ち壊すべきだ。目覚めるべきだ。蹂躙してしまう。それは凌辱と変わらない。
呂律が回らない。口腔を掻き回し合い、舌を糾わせた直後の気怠さに似ていた。それが尚のこと、彼女に存在を意識させる。網膜を介さないそれは魅惑的な造形をしているのだ。鼓膜を振るわせることなく淑やかな声を聞かせ、嗅部を掠ることなく清楚に薫る。
茉世は膝を擦り合わせた。腿が互いを押す。肉越しに骨がぶつかった。けれどもそうしていなければ、下腹部に渦巻く淫らな活気に耐えられなかった。
乳頭を扱く。鏡花辺津月の姿が消え、代わりに違う人物がそこに立ったときから、その動きは激しく、巧みなものに変わっていた。
「ごめ…………なさ、…………っ…………あ、ん……!」
茉世は果てた。背筋を反らし、身体は痙攣によって均衡を失う。浮遊感と転倒。しかし質量のある肉叢に受け止められる。
「乳首アクメしはったん?」
嘲笑とも感心とも判じられない声が降る。
「答えぇ」
しかし息が切れ、それどころではなかった。身体中から力が抜けた。重力に従って、腕がぶら下がった。そこに誰かの意思はもうなかった。しかし月は、茉世の力なく垂れている手首を掴んだ。暗赤色のリボンが、彼女の両手を縛ってしまった。そして彼女の背後を取ると、一括りにした両腕の輪を潜り、宛ら巨大な人型のペンダントである。
「ふ、あ………」
両手を縛られ、肌にリボンの食い込む痛みと、両肩を後方へ回されている関節の痛みがあったが、彼女はまだ余韻から抜け出せていなかった。
「茉世奥様。しっかりと、念入りに、大旦那様にテクニックがなくとも用を足せるように、絶対的な感度を手に入れましょう」
月は茉世のタンクトップも捲ってしまった。素肌が外気に触れる。
「ああ……っ!」
肌寒さに彼女は我に返った。けれども、もう遅い。
「放してください……! やめて………っ!」
まだ頭は冴えず、身体は気怠く、舌は縺れる。だが肌を曝している緊張感が、彼女を叩き起こそうとする。
「騒いだらいかん」
僅かに毛羽立った白い手袋が突起を捕まえる。
「ぁんっ」
達したばかりの箇所が不意に刺激され、茉世は跳ねた。
「人にシてもらうほうがええやろ」
月の項にも、彼女の重さが少なからず加わっているはずだった。しかし大したことではないらしい。
「素肌に手袋、気持ちええな?」
時間が経って薄まった香水の気が鼻腔を通り抜けていく。
「も………いじら、な………、」
笑みは囁きのようだった。吐息が耳を撫でていく。
体温と人の湿気を帯びた繊維が、まだ勃起している小さな実を擂り潰す。
「あぁッ、だめ………っ、だぇ………っ!」
耳孔から脳に綿菓子を詰め込まれているようだった。快感が意識をぼかしていく。
茉世は暴れ、尻で月の躯体を打った。両腕を留めたリボンが彼の項の皮膚を削っているはずだが、一向に気にする様子もない。
「張りのあるいい胸ですね。肌理も細やかで、感度も抜群です」
強い刺激の後は、手袋の毛羽で色付きの周りを掃く。
「あ………、ぅう………も、やめ………」
擽ったさとむず痒さ。曖昧な感覚が、茉世を戸惑わせる。
「大旦那様は淡白でしょうから、茉世奥様は、前戯でオーガズムに達しておく必要があるでしょう。義務的なセックスでは苦痛です。私ども下種の分家一同としましては、子宝に恵まれさえすれば過程にこだわりはありませんが……」
ガマズミの一粒よりも小さな部位を器用に二本の指で捉え、抜いていく。
「ぁ、はぁん……あああ……!」
「陰核よりも敏感にしておいたほうがいいのでは? 三途賽川の男児は、膣に挿入して射精するようにとしか教わりません。コミュニケーションを意図したセックスについて反対はしませんが、三途賽川に於きまして、セックスに子を成す以外の意味はありません。すべては子を成すためのセックスです。大旦那様のことですから陰核に触れるとは思えない。茉世奥様がご自身で触れるなら話は別ですが、できそうですか。必要性はありませんが、しておいて損もまたありません」
温気の籠もった手袋が朱露を轢き潰した。
「ああんっ! だめ、放し………っ、も……、やぁ!」
「茉世奥様の分家者好きにも困ってしまいますね。大旦那様とのセックスのときには分家が"お控え申し上げ"ているほうがいいのではありませんか」
指の狭間が緩急をつけて肉芯を圧迫する。その頃には茉世は暴れるのをやめ、またもや口水を粘こく垂れ流し、虚空を凝らしていた。
「あまりセックス、セックスと申し上げますと意識が性器に向かってしまいますか。茉世奥様……今は乳頭でオーガズムに達することを意識してくださいませ。乳頭のみでアクメしてください。わざわざこんな小さなところでイくんですよ、いいですね」
一句ごとに刺激が変わる。月が言葉を発しても、その意味はなかった。それらは茉世の耳を通り抜けてしまった。彼女はまったく話を聞いていなかった。苦しみに似た悦びに浸るのが精一杯だった。彼の項に体重をかけることも厭わず、身体を放り出していた。
「ここはもう茉世奥様の第一性感帯であるべきです」
茉世は首を振った。下腹部が寂寞の涙を流している。腿を擦り合わせ、膝頭をぶつけ合った。羞恥心を隠す余裕もない。食欲とはまた異質の空腹に襲われた。満たし方は知っている。誰が満たせるのかまで知っていた。思い浮かんでしまったのだ。その他の者ではどうだろう。
茉世は恐ろしくなった。真後ろに、やはり夢想が立っている。背格好に大差はないが、よく見ると肉付きが違う。匂いも違う。声も違う。しかし重ねることができてしまうのだった。
「茉世奥様、どうなさいました。素直におっしゃってくださいませ。大旦那様とのセックスでは求められないことを、この廃棄品のジャガイモにこそ求めたらいかがです?」
自ら禁じた事柄ほど注意し、集中してしまうものだ。そこに禁じる意味はなかった。過去の情報を掻き集め、彼女の記憶から吸い寄せた夢像は精巧になっていく。
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