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【打切未完結】威鳴祭祀社 6P(27話)未完/傍観主人公/年上攻め/師弟

威鳴祭祀社 3

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11話
 風呂の順番がやって来て青明はるあきらは立ち上がるが、腰を押さえてバランスを崩す。真横にいた安住が支えたが、突然かかった体重に抗えなかった。背中を打ち付け、敷布団と化す。首を上げると眼前に金髪が広がっていた。
「悪いっ、痛かったか?」
 患部を摩りながら青明は起き上がる。ひらひらと金色の経糸がはためいた。
「ううん」
 髪を鷲掴んで引っ張ると、彼は再び胸元に落ちてくる。
「な、んだよ」
「変なおじちゃんに気を付ける」
 野良猫が他の野良猫の横腹でたまにやっていた足踏みのような手付きで掌にたわむ毛束を揉む。
「分かったから、放せって」
 毛を握る手をまだ冷めている指で解かれていく。
「風呂に入るんだ、これから」
「うん」
 ばたばたと忙しなく青明は部屋を出て行った。安住は真っ暗な調理場に向かって大きなテーブルを前に座ると祭礼酒をマグカップに注いで飲み干した。風呂上がりの主人が調理場にやって来て電気を点ける。少しの間両者とも視線をかち合わせ静止していた。
「あの怪物が来たのか」
 先に口を開いたのは生命尊みことだった。
「うん」
「徐々に力を付けてきている」
「うん」
「…暫く青明から目を離すな」
「うん」
 またマグカップに注いだ祭礼酒を呷る。
「久々に彼と外に出られて楽しかった。すまなかったな」
「ううん」
 ぱちりと電気が消され、主人は項垂れながら調理場から去っていく。濡れた長い髪をタオルで包んで結い上げた生命尊の白い頸が一瞬だけ晒された。


 飲み物を取りに行ったはずの青明は緊張した様子で硯と半紙の置かれた簡易机のもとに腰を下ろす。部屋中に新聞が広げられ、その上に何十枚もすでに墨の乗った朱記帳が並んでいた。
「一緒に寝ようって、やっぱりそういう意味だよな」
「うん」
 金魚鉢の中の魚を眺めていたが、話しかけられると後ろへ首を曲げた。
「…どうしたらいいんだろうな」
「一緒に寝る」
「いや、そうなんだけどよ。そうじゃなくて…」
 無駄な動作が多く、彼はなかなか書写の練習に集中出来ないようだった。
「一緒に寝ない」
「ばっか、お前。そういう問題じゃなくて…嬉しいけど、色々考えちゃうことってあるんだよ」
「ない」
「俺にはあんの」
 彼はまた頬杖をついて天井を見上げていた。
「こんなことで悩んでる場合じゃねぇのに」
「ゆっくり君のペースでいいって生命尊いつも言ってる」
 ぶわりと湯上りで首や耳を晒す青明の肌が色付く。
「おま……それ、その…セックスの時の、そういうのは、いちいち覚えてなくていいんだよ…」
睦神楽むつみかぐらの修行をしなきゃって生命尊が言ってた」
 睦神楽は威鳴祭祀社のみでおこなっている要予約の、参拝した夫婦が生命尊や青明の儀礼を受けながら性交する儀礼だった。不妊や身的不能の快癒の信仰を集めている。
「…もう、何も言うな」
 顔を覆っていたが、火が噴き出るほど赤くなっている。
「うん」
 時計の針の音と、半紙を捲る音が室内を支配する。途中から時計の音だけが残った。もうすぐで彼の師の就寝時間だというのに片付けを始めない弟子を振り返る。
 半紙に数滴の墨をこぼして、彼は舟を漕いでいた。彼の元に回り、慎重に筆を硯へ戻した。
『安住に布団は必要ないよ』
『ですが…見ていて自分が腹壊しそうだったので…』
 安住は押入れからタオルケットを引き摺り出す。寝てる野良猫や、カエルを捕まえる時のようにゆっくりと肩に掛けていく。数分ほど、筆を失った腕を枕にしはじめた金髪を見下ろしていたが、金魚鉢の前の新聞紙のない畳のスペースに戻った。襖が開く音にも彼は気付かず目覚めなかった。来室者は真っ先に安住と目を合わせたが、すぐさまその後ろの簡易机へ意識を移す。普段は厳しく引き結ばれた唇が参拝者へ向けるもの以上に柔らかく、そして緩くなる。
 一緒に寝ようって生命尊が言ったって言ってた。
 言ったな。約束は守らせてもらうさ。私の命令も守ってもらおうか。
 安住は頷いた。主人は敷居を跨ぐ。時計がコチコチと音を刻んでいる。


12話

 障子に朝日が差し込み、まだ眠っている青明はるあきらの髪色が少しずつ変わりゆくのを観賞していた。寝息は2つで、青明のすぐ後ろに彼の師が背を預けて眠っていた。弟子が肩に掛けているタオルケットの余りを膝に乗せていたがほとんど露出していた。昨晩は生命尊みことが出ていくような事態は起こらなかった。
「起きる時間」
 目覚まし時計を付けないまま眠りに落ちた青明を揺り起こす。
「起こさなくていい」
 青明が目覚める前に、壁に凭れていた主人が阻んだ。
「片付けて、寝かせてやれ」
「うん」
 安住は部屋のほとんどを覆う新聞紙や半紙を片付け、布団を敷いた。師が自ら青明を軽々と抱え上げた。
「痩せたな」
 呟きに長い睫毛が薄く開いた。
「あれ…ぇ、生命尊様、」
 布団の上に寝かされたが、彼は師を掴んだ。
「あの、もしかして…」
「気にするな。今日は休みなさい。それも向上の為だ」
 安住はまだ師の袖を離さない青明へ布団を掛ける。
「こらこら、そんなことをされたら仕事に行けない。私に君の手が振り払えるとでも?」
 青明は躊躇いがちに師の袖を離す。
「申し訳ございませんでした」
 寝起きの声は低く掠れていた。
「何を謝る?約束は果たしただろう?」
 生命尊は青明の頭を抱いて額に唇を落とす。
「言うことをきいて寝ていられるね」
「はい」
 返事を聞くと、布団の脇に座る安住を一瞥して生命尊は帰っていった。青明は寝返りを打つ。
「生命尊様はお優しい」
 時計が小気味よく針を動かす。
「だから勘違いする」
「勘違い」
 安住は復唱した。額に腕を乗せ、青明は頷く。
「弟子が抱くには不釣合いで不合理だ」
「不釣合いで不合理」
「こんなだから何をやっても上手くいかないのかもな…なんて。ごめんな、お前も病み上がりみたいなもんだろ」
 仰向けになった青明は頭を起こして安住を確認する。赤い瞳からは疲労が窺えた。
睦神楽むつみかぐら護手淫ごしゅいんの修行同時にやると疲れる」
「恥ずかしげもなく言うなよ、そういうこと」
 呆れながらもどこか吹っ切れた様子で青明は笑った。
「あれがあるからいけないんだな。お前にも毎回付き合わせて悪かったと思ってる。後戻り出来なくなる前にちゃんと断るようにするよ。護手淫の修行に励むから。じゃないとお前、生命尊様の元に帰れないもんな」
「帰らない」
「俺もお前といるの、居心地良いけどさ」
 金糸の睫毛に覆われた目が重そうに瞬く。掛け布団の上に放られた手が目に入り、安住は弛緩した指を拾う。熱いくらいに体温が籠っている。青明は何も言わなかった。ただ重く目蓋を開閉し、その間隔もやがて長くなる。くしゅん、と小さな破裂の音がして、握った手の主は鼻を啜る。指先から届く温かみを切り離すことに逡巡したが安住はその腕を布団に入れた。青明は寝返りを打って安住から背を向け、布団の中で小さく丸まった。


 昼頃に青明は目覚めた。上半身を起こし、まだ眠気の残る目が室内を見回す。
「喉渇いた…」
 師に関してみせるのとはまた違う赤みを持って彼は呟くと、またくたりと枕に還っていく。安住は腰を上げ、調理場へと向かう。そこには昼飯を作っているボランティアの人々がいた。冷えた水をもらいまた青明の自室に戻った。彼はすでに寝息を立てていた。首の後ろに腕を回し抱え起す。安住は自身で一口冷水を口に含んで、渇いた唇をこじ開ける。親鳥のようには上手くいかず、口角から細い水流が滴った。支える腕を握られる。こくりこくりと喉の隆起が上下し安住から水を受け取っていった。
「み…ことさ、ま…」
 また寝かそうとすると、彼はしがみついた。汗ばんだ身体はいつもとは質の違う温かさがあった。
「み、ず……ほし、…」
 安住はもう一度青明を抱え起す。2度3度水を与え、4度で彼は安住に唇を押し付け、縋りつく。

13話

 ばちりと腹や腰に腕を絡める青年の赤い瞳が覗けた。
「安住…?」
 鼻声に呼ばれる。目の前の青明はるあきらは困惑しながら安住の体の下に通した腕を引いた。腹や腰に回った彼の手がぶつかる。頭を抱えて慌ただしく起き上がり、まだ寝転がっている安住を見下ろす。
「随分寝ちゃったな」
 青明の姿が陰り、落ちていく日差しが障子越しに金糸を焼く。
「腹減った。ごめんな、飯食えなかったろ」
 溜息を吐いて彼は俯いた。
「買い出し、行かないと」
生命尊みことが行く」
「あの人はそういうことに時間を割いていていい人じゃない。俺が出来ることは俺がやらないと」
 起き上がろうとする湿っぽい手を安住は両手で挟んだ。
「生命尊は休みなさいって言った」
「十分休めたよ。ありがとな」
 押さえていないほうの手で髪を撫でられる。安住は捕まえた手を放してしまう。すでに日は傾いていたが彼は布団を抱えて干しに向かった。安住も追いかける。近所で時報の音楽が鳴っていた。少し離れたところから布団を物干し竿に掛ける青明を監視する。縁の下から現れた野良猫が脹脛に執拗に頭を押し付け、胴体を擦り付け、尻尾を張っては毛を纏わりつかせる。
「青明」
 生命尊が現れ、彼を呼んだ。安住は野良猫を触りに近寄るつもりでいたが足を止める。
「もういいのか」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「何も迷惑などかかっていないよ。…青明」
 生命尊は弟子の前に立ち、金色に照る髪と共に彼の顎を掬う。艶やかな黒髪が弱い風に揺れながら青明に重なった。数秒。安住は目を逸らして足元を歩く蟻を追っていた。小さな蛾の羽根が運ばれていく。
「今日の夜、また逢いたい」
「…生命尊様」
 蟻を辿っていくうちに巣を見つけ、そこから出てくる蟻の行く先を見据える。
わたくしは、生命尊様の弟子ですから…それ以上のことは、もう…出来ません」
「……そうか」
 優しい主人の声がする。安住は立ち上がり、突然走り出す。結界門に向かって境内に敷き詰められた砂利を蹴る。結界門の下に影が立っている。生命尊は何も気付いていないようだった。鈴の音もしない。敷地を囲う木々が騒めき、空間がこの祭祀社のある閑静な住宅地から隔絶されたようだった。
今日こんにちはご機嫌いかがですか」
 桃の実のような色の円い目が眇められ、緩やかに巻かれた毛は風に泳ぐ。
「おじちゃん」
「少し散歩に行こうよ」
 茶髪の若者は安住に朗らかな笑みを向けた。
「行かない」
「あの若い子がいるね」
 茉箸まばしと名乗っていた若者は安住の境内を覗こうと首を伸ばす。
「ここから出してあげるよ」
「出ない」
「あの若い子がこっちに来るね」
 安住、安住、と呼びながら青明が石畳の上を歩いてやって来る。彼は茉箸に気付くと恥ずかしそうにした。安住と茉箸を見比べる。
「参拝者の方ですか」
「はい。案内していただけますか」
「変なおじちゃん入れたらだめ!」
「安住!失礼だろっ。すみません…」
 青明は激して茉箸に頭を下げる。
「安住も、きちんと謝れ」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
 茉箸は青明へ明朗に微笑みかける。青明は安住を睨みつけ、茉箸を迎え入れる。案内する穏やかな声は普段とは違う。朗らかな返事に何の疑いもなく青明は話を続ける。
「だめだよ、だめだよ、入れたらだめ!」
 並んで石畳を辿っていく青明を追って腕を掴んだ。首を振る。彼は困り果て、茉箸を気にした。
「お前!参拝者の前で何てことを!」
「そのおじちゃん、金色ちゃんのこと食べる。いつも来てる。生命尊ももう気付けてない」
 安住は叫ぶように言った。青明は眉を顰める。
「どうしたんだ、安住…」
 引き気味に青明は掴まれた腕を振り解く。
「そのおじちゃん、中に入れたらだめ」
「…そうは言ってもな…大変申し上げにくいのですが、日を改めていただくことは…、」
 茉箸の麗らかな笑みが歪んだ。強く張られた糸が断ち切られるように青明の肉体は軸を失う。転倒する前に茶髪の若者に抱き留められる。
「返して」
「返さないよ。もらっていく」

14話

 返して、返して。安住は茉箸まばしを叩いた。しかし若者は麗らかに笑うだけで、境内の奥へ踏み込んでいく。膝裏と背に腕を回されて抱えられた青明はるあきらはぐったりとして目覚めそうにない。
「返して、返してよ」
 本尊安置所の前にある清殿せいでんに上がろとする茉箸の肩を掴む。部外者が無断で立ち入っていい場所ではなかった。数段の古びた木の階段から転がり落とす勢いも、軽く往なされる。
「金色ちゃん食べないで。清殿に立ち入らないで」
 安住は喚いた。しかし若者は中へと入っていく。天井に二頭の龍が狐を巡り尾を齧り合う荘厳な絵が描かれ、部屋奥には端から端まで紫漆の資材で組まれた祭壇があった。数百本の蝋燭により照明がなくても十分に視界が利いた。畳の上に青明は放られ、安住は駆け寄る。しかし突然四肢が固まった。
「金色ちゃん」
 声は出せた。安住は畳へ金糸を散らす青明を呼んだ。
「金色ちゃん」
 茉箸はくすくす笑い、意識のない身体に触れた。安住はまた喚いた。
生命尊みことぉ」
「祭祀者さんのことは呼ばせないよ」
 喉が引き攣り声を失う。
 生命尊、生命尊。
 主人は呼び掛けに応えなかった。茉箸のネオンサインに似たピンク色の双眸に見下ろされる。
「食べてあげる」
 頬を親指と人差し指で摘まれ安住の唇が盛り上がる。垂れがちな円い目が発光する。連動しているのかのように青明は起き上がった。赤い目には妖しい光が射し、虚ろだった。
「生命尊様…」
 青明は安住と向かい合う茉箸に背後から腕を回した。若者の首に顔を埋める。
「生命尊様…の匂いがします」
 青明の上擦った声を耳元に茉箸は安住を捉えたまま口角を吊り上げた。朗らかな青年は霧散し、禍々しい靄へ変わっていく。
「生命尊様…」
 茉箸だった黒い霞は青明を迎えた。
「生命尊様…生命尊様…」
 青明の手が、し掛かる怪物に回った。自ら衣服を乱し、日に焼けていないしなやかな脚で形の無い靄を抱く。張りのある肌に黒い霧が触れ、段々と人に酷似した組織を形成していく。生命尊の姿が作られ、黒い髪の美しさまで似ていた。
「生命尊様…」
 自発的に胸元をはだけさせ、健気な弟子は師匠に上体を突き出す。
「いい子だ、青明。綺麗だよ」
 声質までよく似ていた。生命尊の姿をした者は据え膳を食らう。首筋に頭を埋め、首元や肩を辿る。青明の手は師と瓜二つの怪物の手を探し、掌を擦り合わせ、角度を変えて焦らしてから指を絡めた。
「ぁ…」
「君の肌は甘いな。桃のようだ」
「ぁっ、生命尊さ、ま…」
 青明は熱い吐息を漏らし、下半身へ向かいながら肌をなぞる化け物の頭を抱いた。その黒さとどことなく漂うしとやかさまでよく模倣されている髪を梳くと青明の手の白さが際立った。
「ああ…匂いまで甘いんだな」
 下腹部に辿り着いた化物は金麦畑を思わせる下生えに鼻先を埋めた。
「 護手淫ごしゅいんをいっぱいしてきたんだな。偉いな、青明」
「はやく……生命尊、様のように…ご立派な護手淫を、ッぁん」
 師の姿をした茉箸は青明の半分そど反応を示している茎に口付ける。先端部だけくるくると円を描くように舌が這った。びくりびくりと青明は口元を押さえて腰を揺らす。彼から繋いだはずの手を外そうとしたが、相手はそれを許さずに、鼻を鳴らして笑った。
い反応をするな。ここも随分と可愛いな」
 中途半端に垂れた双嚢を繊細な指遣いで揉みしだく。
「ご褒美にここが空になるくらい気持ち良くしてやろう。いっぱい気をやるといい」
 安住が目にしてきた営みまで本物に近かった。ただ青明の遠慮や狼狽、戯れに部外者を呼ぶ主人の声がない。
「あ、んぁ…」
 青明の腿に黒い髪がたわんだ。ゆっくりと頭が彼の脚の間に沈んでいく。
「あ…っぅ、ぁ、気持ち…い、い…」
 金糸が畳の上で乱れる。
「気持ち…ぃ、みこ、とさ…ま、」
 繋がれた手が落ち着いていなかった。空いた手で漆黒の髪に触れようとしたが結局寸前で留まるところは本物の師と交わる彼と同じだった。

15話
  清殿せいでんに似つかわしくない淫靡な音が広い空間に響き渡る。外観から想像するよりも高く感じられる天井から二頭の龍が偽り師弟の秘め事を眺めていた。金糸が快感に畳を掻き鳴らし、その股座では上手いこと複製されている上質な繊維が擦れる。水音の激しさが増し、黒い髪が舞う。繋がれた手は師の手の甲へ遠慮する余裕もなく爪を立て、行くあてのない片手は光る赤い目元を隠した。
「あ、っあ、みことさ…も、ぁっ」
 泣きそうな声を出して青明はるあきらの身体が大きく跳ねた。しかしその直後に惜しそうな溜息が漏れていた。
護手淫ごしゅいんしてくれるね」
「は…い…」
 あと少しで達してしまうほどに張り詰めた雄茎を青明は師の姿をした者の手を離して、握り込む。
「ぅ、…っあッ」
 数回手が上下し、白濁色の粘液が飛んだ。力の入らない手が円を切る。何も起こらなかった。紛物の師は穏やかに笑う。
「次は後ろで気持ち良くなろうか」
「は、い…」
 虚ろな目が幻影から切り離され、宙を彷徨う。安住を通り越し、部屋の隅から隅を見ていた。
「どうした?」
「…今日は、あ、安住は、いないんですね…あの、その…顔見て、したいです…」
 主人と同じ顔をした偽物が安住を見て、にこりと笑った。茉箸まばしが見え隠れしている。
「勿論だ。私も君の顔を見て達したい」
「……生命尊みこと様、あ…う、嬉しい、です」
 普段ならば猫や蛙のように背後から重なっていた。師になりすました茉箸は服を脱ぎ、青明の脚の間に入った。青明は少し驚いたふうで後ろ手に肘をつきながら上体を起こす。
「あ、の…」
「なんだ」
「い、いえ…そのまま、続けてください」
 畳を爪が掻く音がした。安住は口を開いたが、やはり声が出なかった。彼を責め苛むほど丹念で臆病なほどに慎重な先立ちの行為が無かった。怪我をする、傷付けたくない、と主人は事あるごとに言っていた。師の幻影は怯えをみせた弟子の身体に重なった。
「あ…ぅぐ……んぁ、」
 青明は両手で悲鳴を抑えた。師の姿をした者は腰を容赦なく押し進める。
「は、ぁっあ、あっ…んンッぐ、」
「気持ち良くない?私が相手をしているのに?」
「きも…ち、い…いで、す、」
 弾んだ呼吸は健やかさを欠いた感を帯びていた。上半身を捻り起こし、畳に爪を立てる。
「ここは萎えているようだがね」
 迸って間もない器官を雑に扱われ青明は小さな悲鳴を上げた。師と同じ形で同じ長さの指先が光り、弟子の額に当てられる。瞳に宿っていた妖しい輝きが濃くなる。そのくせ更に虚ろになった。
「生命尊様、もっとください」
 青明は畳に背を預け、腰をくねらせる。脚が師の姿を複写した者の腰を迎えた。
「可愛いな」
 腰が強く進み、勢いのまま青明は貫かれた。
「あっあ、あ…すごい、固、ぁん、」
 高い声が天井に響く。両腕を広げ青明は師を求めた。紛物はその希望に応える。胴体が重なり、幻影の腰が引いては強く穿たれる。
「あっ、あっぁ、んぁ、生命尊様、あっ」
 青明の手が偽物の背を掻く。揺れ動き、揺さぶられる姿は燈火を思わせ、肉のぶつかる音は拍手に似ていた。安住は瞬きを繰り返しながら、普段目にする営みよりもどこか白々しく毒を持った交合を焼き付けていた。
「あっあっ好き、好き…みこ、とさ…ぁっんあ!」
「淫らな子だ。奥が好きなのか。絡み付いてくる」
 茉箸の扮した生命尊は大きく腰を打ち付けた。抽送は激しく、肌が合わさるたびに放たれる音は間隔を縮めた。
「好きです、あっあっ奥は、んぁ、弱い、からぁっあっ」
 首を仰け反らせ、金糸が畳の上に打ち寄せては引いていく。
「ここを突くともっと好きになってしまうかな」
「ああっ、すご、い、そこ、やぁっ、気持ちぃ…んぁあっ」
 師の幻影は青明の腰を折り曲げ乗り上げた。
「ぃあああっあっ」
「ほら、ここでいっぱい私を受け入れなさい。私の種壺だ」
 青明の腕が震える。伸びた脚が痙攣した。生命尊の声で生命尊でないものが低く呻く。緩やかな蠕動ぜんどうに黒絹も誘われる。
「あああ…」
 聞いたことのない蕩けた声が彼の濡れた唇から抜けていった。師の姿を保つことも忘れたらしき茉箸が飢えた眼差しで獲物を見下ろしている。
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